日米関係及び沖縄関連小史
1941年 太平洋戦争始まる。(12月8日真珠湾攻撃)
1945年 太平洋戦争終わる。(8月14日、ポツダム宣言受諾。8月15日終戦の詔勅放送)
* 同年3月、米軍の沖縄上陸。8月6日、広島に原爆投下。8月9日、長崎に原爆投下。
* 沖縄県民約60万人のうち、12万人(5分の1)が死亡。広島では20万人以上、長崎では10万人以上が原爆で死亡。国家指導者たちが敗戦を早めに受け入れていれば、これらの死者は無かった。降伏勧告の受諾が遅れた理由は、彼らが国体(天皇制)護持にあくまでこだわったからであった。
1945年 連合国総司令部(GHQ)による日本占領政策の開始。
* 天皇の「人間宣言」、戦争指導者の公職追放、政治犯・思想犯の解放、労働三法の立法など、「日本の民主化」が行われた。
1946年 日本国憲法の制定。
1949年頃より、「東西冷戦」が始まる。資本主義(自由主義)諸国と、社会主義諸国の対立。(ただし、水面下での経済交流はあった。)
* 1949年、東西ドイツの分離、中華人民共和国の成立、南北朝鮮の分離。
1947年頃より、日本の占領計画の変質。(労働者側寄りの政策から、経済界寄りの政策となり、大規模ストライキの禁止、公務員の争議権の禁止などが行われた。)
1950年 朝鮮戦争の勃発。(実質は、米国と中国・ソ連のための代理戦争)
* 軍需景気により、日本の経済復興の一因となる。
* 日本国内の共産主義者の弾圧(レッド・パージ)と、公職追放されていた旧軍人・財界人の公職復帰が行われ、「逆コース」と言われた。
* 自衛隊の前身である警察予備隊の創設。
1951年 サンフランシスコ平和条約締結により、日本は独立。
* 同時に、日米安保条約を「強制的に」締結し、日本における米軍基地の恒久化が行われた。つまり、日本の「独立」は名目のみ。(なお、日本の保守政党は、米国からの資金援助で作られた。)
1960年 安保条約改定と安保騒動。(60年安保)
1970年 70年安保。(これ以降は、自動延長となった。)
1970年 コザ暴動。
1972年5月 沖縄の祖国復帰。
1995年 少女暴行事件と、沖縄県民総決起大会。(2008年にも同種事件あり。)
* 橋本総理とクリントン大統領の間で、普天間基地返還が取り決められるが、その後、難航。(県民の希望に反し、実体は県内移設、つまり新基地の建設にすぎない。)
コメント
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