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「泉の波立ち」で見掛けた記事から転載。南堂氏はこの政策に反対しているが、私は大賛成である。ただし、この政策はただの予算の無駄遣いになる可能性もある。
これからの日本の進むべき道は、第一次産業である、ということと、自由貿易を拒否してできるだけ鎖国に近い状態にする、というのが私の考えである。それしか悪辣な世界経済支配層の魔の手から逃れる手段は無い。
第一次産業への回帰についてのプランもあるが、それについてはメモ日記過去記事の中などにも一部は書いてあるので、ここでは詳細は書かないが、「農業の工業化」あるいは「工業的農業」というのがそのプランだ。具体的には「農業工場」を作るのである。つまり病害虫や気象条件から完全に遮断され保護された室内で農産物を作っていくという計画だ。それに「海水淡水化」を組み合わせれば、農地の無いところでの農業も可能になる。夢物語でも何でもない。すでに「農業工場」は一部の農産物では当たり前の生産方法なのである。
若者を中心とした雇用問題も、こうした産業構造変化で解決できるはずである。まずはこの問題についての議論を深めていくことで、日本の進路を少しでも明るく、希望がもてるものにしていきたいものだ。
(以下引用)
《 Uターン就農に手当、年百万円を5年間 》
農林水産省は5日、都市から農村に移住して農業を始める人などを対象とする「Uターン・Iターン手当」制度を創設する方針を固めた。
担い手の高齢化や人手不足が深刻化している農業の活性化や、耕作放棄地の解消が狙いだ。政府の「食と農林漁業の再生推進本部」などの場で制度の詳細を詰め、早ければ2012年度にもモデル事業を開始する。
制度は、農家出身者が故郷に帰って農業を継いだり、農業経営に意欲を持つ都市出身者が、脱サラして農業に就いたりする場合などを念頭に、就農から5年間、年間100万円程度を交付する方向で検討が進められている。
対象者は、できるだけ幅広い人材を農業に呼び込むため、新卒者が農業に就いた場合も認める可能性があるほか、後継者不足が問題となっている漁業や林業も対象として加える方針だ。農水省は、制度の利用者を最大で年間1万人程度と想定しており、予算額は最大で500億円を見込んでいる。
( → 読売新聞 2011年1月5日 )PR -
私がここに転載する記事は、私が賛意を抱くものばかりではない。下記の記事は、「経済三団体」が日本国民の敵であることの証拠として残しておくための転載である。TPP参加、消費税増税によって日本経済が破壊され、日本国民の生活はどん底に陥ると私は見ている。「自由貿易」とは自由競争であり、その実態は「強者がルールを作る」闘争なのである。
(以下引用)
消費税、TPPで決断と実行を=菅政権に「合格点」―経済3団体
http://www.asyura2.com/10/senkyo103/msg/732.html
投稿者 スタン反戦 日時 2011 年 1 月 05 日 21:18:06: jgaFEZzEmIsYo
時事通信 1月5日(水)17時53分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110105-00000093-jij-bus_all
日本経団連、日本商工会議所、経済同友会の経済3団体トップが5日、都内のホテルで年頭記者会見を行った。菅直人首相が4日、消費税増税を含む税制改革の方向性や環太平洋連携協定(TPP)への参加の判断時期を「6月ごろ」と改めて言明したことに関連し、3団体首脳は「決断し、実行あるのみだ」(桜井正光同友会代表幹事)などと述べ、重要課題での首相の指導力発揮に期待感を示した。
昨年6月に発足した菅内閣への評価は、「合格点」(米倉弘昌経団連会長)「まあ60点」(岡村正日商会頭)「いろいろあるけど50点」(桜井代表幹事)と、まずまず。米倉会長は「毎年、首相が変わるようではいけない」と指摘、国政の重要問題に落ち着いて取り組むため現政権を支持する考えを改めて明確にした。 -
「阿修羅」記事から転載。いちいち断るのも面倒だから言わないことが多いが、原記事からはもちろん孫引きになる。
日本の労働運動が衰退し、絶滅してしまったことは過去に「メモ日記」の中で述べた記憶があるが、それが日本の現在の労働状況を生み出しているのである。つまり、組合運動の有名無実化が現在の労働大衆の貧困化と格差社会の一大原因なのである。そして、今回、「連合」はもはや労働大衆の側に立つ存在ですらなくなった。日本国民、特に労働者は、長い間「権利の上に眠る者」であり続けた。その結果が現在のこの惨状である。
労働者としての権利、民主主義、平和憲法、それらがすべて奪われようとしている現状を生み出したのは、日本国民自身なのである。
だが、国民の持つ唯一の政治参加の権利、選挙における投票権だけはまだ残っている。それを正しく行使しない人間は、もはや政治について何一つ批判する権利すらないだろう。
(以下引用)
<連合も大増税推進宣言>本澤二郎の「日本の風景」(650)「ジャーナリスト同盟」通信
http://www.asyura2.com/10/senkyo103/msg/612.html
投稿者 Ryukyuan.isao-pw 日時 2011 年 1 月 03 日 21:36:41: YrP2vZDuHZBQs
<連合も大増税推進宣言>本澤二郎の「日本の風景」(650)「ジャーナリスト同盟」通信
<連合も大増税推進宣言> 正月早々に意外な報道が飛び込んできた。日本を代表する労働組合の連合会長が、菅官内閣が推進する消費税の大幅増税計画にワル乗りしたというのだ。労働組合を庶民・大衆の代表と受け取る向きは、現在も少なくない。そこからの大増税受け入れ宣言に戸惑った市民は多かったに違いない。大増税は景気をいっぺんに冷やす。大企業・財閥に対しては5%減税だ。庶民には5%消費税アップという路線を民主党支持の連合がOKしたというのである。
松下財閥・政経塾・PHP研究所路線を突っ走る菅内閣であることが、税制面でくっきりと理解することが出来るだろう。あるいは、マスコミが報道しないため、理解できない民衆も多いかもしれないが。それにしても労働組合が大増税を容認、推進する役目を担った例は過去にはない。この財閥・官閥主導の日本政治は、外交安保政策面では日米韓軍事態勢の推進強化・中国敵視政策というのだからお話にならない。
均衡を欠いた菅官内閣が、極右勢力に乗っ取られていることが理解できよう。
<古賀会長は松下一派> 古賀という人物は何者か。ネットで調べてみた。このネットというのは、実に便利なもので、問題人物の経歴がすぐ判明する。昔の取材と比べると、まことに効率がいい。
なるほどと頷いてしまった。彼は松下電器産業出身である。松下労組だ。労働貴族の典型である。政経塾とは身内の間柄といってもいいだろう。政府もそうだが、支援労組も松下一派なのだった。
自民党にも松下から金をもらっている議員がいたと記憶している。財閥の暴走の一環なのであろうが、そうだとしても連合までもが大増税に加担するとは、やはり驚きである。
腐ったリンゴそのものの、財閥にぶら下がる労働組合と言えるだろう。これでは、日本の将来は暗澹たるものである。
<労働貴族と政治家・役人は共闘> 軍拡と増税・戦争体制と大増税は歴史が証明している。表は福祉のためと称して民衆に負担を強要する悪政の最たるものである。財閥は減税で暴利の一部を政界や官僚に還元するだろう。
民衆もよほどなめられている。自分たちがバブル経済で踊り、暴利を手にして酒池肉林の生活を送ってきた。崩壊して1500兆円の大穴をあけると、無知な市民をよそに借金尽くめ、その間隙をぬって金融制度の安定確保などとほざいて血税投入だ。こうして財閥は生き残ってしまった。これが過去25年の日本政治、すなわち官僚政治・官財閥政治の正体だった。
莫大な借金を抱えた企業は生き残るために、役員と労働者を半減、給与も半減するしかなかった。家計では収入に合った質素な生活をする。ご飯と味噌汁だ。昔は麦飯だ。戦後はサツマイモをご飯の中に入れた。漬物のタクアンで生き延びてきた日本人である。
だが、現在の日本の政治家や官僚にはその発想がない。役人天国の給与に変化はほとんどない。官僚の代表である人事院が、財閥給与を基準にした給与体系を答申してきている。日本の政治家・役人は世界的レベルの高給を懐に入れている。
その原資は孫たちの借金である。年間30数兆円の税収も役人の給与でほとんど消えてしまう日本の財政である。
まともな為政者であれば、40兆円の予算を編成、役人の給与を10兆円程度に抑えるしかない。現状は92兆円の予算を編成した菅官内閣である。亡国の予算なのだ。
身を削るという当たり前のことをするのが、先決である。議員と役人の定員と給与の半減から、まず始めなければならない。これに蓋をしている政界と官界、言論界である。財界だけは減税だ。そして自分たちの特権的給与・体制は温存して、大衆に大増税を課すというのである。
こんな不条理を労働貴族の連合と政治家・役人が共闘する日本ということになる。20年前からわかりきったことをしてこなかった官閥政治である。理由は、関係者の不正に蓋をかけて責任をとらないようにするためであった。
主役の中曽根は本来、蟄居閉門の身のはずである。大連立工作に暗躍する立場にはないのである。
<平和運動を放棄した悪しき労組> 筆者は以前「連合の罪と罰」(データハウス)を世に問うたことがある。平和運動を放棄した労働組合に失望したからである。労働貴族化は日本政治の右傾化に貢献した。革新政党を内部から崩壊させた。財閥の手に落ちてしまった労働組合のその後には、衰退だけが待っているというのに。
今も悪しき連合が民主党にまとわりついて、個々の議員に横やりを入れているのである。同党が健全化するわけはない。崩壊する日本の象徴なのであろうが、4月の統一地方選と総選挙を想定すると、日本沈没は止まることはない。
ヒトラーのような人物が登場する素地が、急速に形成されているようにも感じられる春以降の日本政局なのか。
大増税の前に為すべきことを断行する政治家が出てこない不思議ニッポンである。
2011年1月3日記 -
「泉の波立ち」から、夢にあふれた新春の祝いの言葉を。
私は「表社会の著名人」の発言をまったく信用していない。学者などもそうであり、彼らの発言は常に自己保身が大前提になっているからである。「泉の波立ち」の南堂氏も、名前を公表しての発言だし、「きっこのブログ」のきっこ氏も、もはやマスコミ著名人だから、その発言に本物の権力批判はもはや存在しない。しかし、彼らのブログが面白いというのも事実であるから、私が愛読することには変わりはない。つまり「一歩距離を置いてのアクセス」である。その一歩の距離が無くなれば、その愛着は宗教的なものになり、ドグマ化するのである。まあ、法然に騙されて地獄に落ちてもいいと言った親鸞のように、それが宗教の本質でもあるだろうが。
(以下引用)
● ニュースと感想 (1月03日)
「民主党から新年のお年玉」について。
ハッピー・ニュー・イヤー! イエス、アイ、キャン。アイム・カン。
みんな元気かい? 民主党から、国民にお年玉をあげるよ。本当だよ。
去年は子供手当を上げただろう? だから今年はその分、各種控除を廃止して、たっぷり増税してあげるよ。
あ、言い間違えた。これは隠しておくことだった。じゃ、やり直し。
去年は法人税の減税をしただろう? だからその分、企業は国民の給料を上げてくれるよ。きっとそうなるよ。みんなもこれで、ぬか喜びだぜ。あ、言い間違えた。大喜びだぜ。
特に、自動車会社は、たっぷりと儲けているからね。たとえば昨秋の決算だと、日産の売上高は27・7%増の4兆3191億円、営業利益は約3・5倍の3349億円だった。( → 出典 ) すごいね。自動車会社はこんなに景気がいいんだし、労働者はたっぷりと還元してもらえるよ。日産の従業員なら、ボーナスは何倍にもなりそうだし、賃上げもたっぷりだぜ。法人税減税をした効果があるというものさ。
え? 同じことが十年前にもあったって? そうさ。2000年ごろには輸出がすごく伸びて、企業はすごく黒字だったんだよ。その再現が起こるよ。実際、あのころは、企業はすごくリストラをして、どんどん首切りをしていたしね。首切りをして黒字を出せば、企業はすごく儲かる。だから、その黒字を、社員は分配してもらえるんだ。今度もきっとそうなるよ。社員の給料はすごく良くなるよ。
ま、派遣社員や失業者は社員じゃないから、仕方ないけどね。少なくとも社員はきっと給料はすごく上がるよ。2000年のころも、そうだったしね。……あ、ただし、社員のうちの、重役以上に限られるけどね。法人税減税で、重役以上はウハウハさ。
ま、それが羨ましかったら、みんな努力して、重役になりたまえ。みんなが努力すれば、みんなが重役になれるはずだよ。市場原理主義を唱える経済学者は、みんなそう言っているよ。努力すれば競争原理で給料は上がるって。だから、全員が努力すれば、全員が社長になることもできるんだ。きっとそうさ。
だから、これが国民のみんなにあげる、お年玉さ。あ、間違えた。初夢さ。
ハッピー・ニュー・イヤー! イエス、アイ、キャン。アイム・カン。 -
「阿修羅」記事より。元記事は「新ベンチャー革命」か。
ある意味、年頭を飾る大ニュースである。つまり、大手マスコミとネット世界の常識の間の垣根が崩れる可能性が出てきたということなのだから。この「告白」がただのミスなのか、それとも日米支配層の「新戦略」なのか、事態の推移を注意深く見守る必要がある。もっとも、これが新聞に載ったのは去年の夏なのだから、年頭を飾る大ニュースというのは勇み足かもしれない。しかし、ネット世界での常識が世間の常識となるための一歩であるには違いない。
(以下引用)
大手マスコミ人、ついに悪徳ペンタゴン黒幕の存在を認める、新ベンチャー革命(空き缶も仙谷もパシリに過ぎないという事です)
http://www.asyura2.com/10/senkyo103/msg/404.html
投稿者 小沢内閣待望論 日時 2010 年 12 月 30 日 18:19:22: 4sIKljvd9SgGs
(回答先: 危険すぎる 菅直人政権。: 次期選挙では、国民から愛想を尽かされた民主党は消滅するか・・ (ふじふじのフィルター) 投稿者 純一 日時 2010 年 12 月 30 日 18:06:55)
http://blogs.yahoo.co.jp/hisa_yamamot/17168669.html
大手マスコミ人、ついに悪徳ペンタゴン黒幕の存在を認める 傑作(2)
2010/8/5(木) 午後 3:40日米関係政党、団体 Yahoo!ブックマークに登録 新ベンチャー革命2010年8月5日 No.165
タイトル: 大手マスコミ人、ついに悪徳ペンタゴン黒幕の存在を認める
1.大手マスコミ人のサプライズ発言、飛び出す
2010年7月30日の毎日新聞夕刊の特集ワイド記事『日本の政治これから』にて、同氏の編集長が『日本の政治の黒幕はアメリカだと思います』と発言しているニュースが、ネット世界を駆け巡っています。これがなぜビッグニュースかといえば、これまで大手マスコミの幹部から、このような発言が飛び出したことはなかったからです。ネット世界の政治ブロガー(ネットウヨ除く)の多くは、筆者も含め、アンチ大手マスコミの世論形成を行っていますが、基本的に日本の政治の黒幕はアメリカであるという前提に立っています。その意味で、上記がネットブロガーの発言なら誰も驚きませんが、大手マスコミ人から飛び出した発言である点がサプライズなわけです。
上記の発言は大手マスコミ界ではタブーであったはずですが、毎日新聞は、あえて活字にしたというわけです。
筆者の見方では、毎日新聞を含み、日本の大手マスコミ(主に新聞とテレビ局)は『日本の政治の黒幕がアメリカである』ことを国民に知らしめないようにすることが使命であるとみなせます(注1)。
2.鳩山政権から菅政権へのバトンタッチで、さすがの国民も気付いた
今年6月初め、菅政権が誕生、7.11参院選にて民主が大敗北して今日に至っています。今では国民も冷静に戻って、菅政権を見守っていますが、何かに脅えた菅首相の一挙手一投足を見て、何ともいえない不審感を覚えているのではないでしょうか。
菅首相は何に脅えているのか、ネットにアクセスしない国民も不可思議に思っているのではないでしょうか。ネットをちょっとでも覗けば、菅首相が何に脅えているのかすぐわかります。それは“悪徳ペンタゴン”(注2)です。悪徳ペンタゴンの黒幕、それこそアメリカ様、もっと具体的に言えば“米国戦争屋”(注3)です。
そして、悪徳ペンタゴン一味・大手マスコミ人の口から、日本政治の黒幕はアメリカだという証言が飛び出したのです。
3.黒幕の正体を見破る国民の急増を期待する
本ブログでは、毎回のように、悪徳ペンタゴンおよびその黒幕・米国戦争屋に関する解説を注記して、ネット世界にできるだけ広く、その存在が知られるよう努めています。そこに、上記、大手マスコミ人の裏付け証言が飛び出したのです。今後、国民のひとりでも多くが、『日本の政治の黒幕がアメリカである』ことを知るようになって欲しいと切に願います。
この現実を知って、日本政治を観察すれば、国民の日本政治観が大きく変わるはずです。そうなれば、日本にホンモノの民主主義が生まれる第一歩となります。
4.日本政治の民主主義の欺瞞性を知ろう
ここで、はっきり言います、戦後日本の民主主義は欺瞞です。民主主義という政治思想は、欧米白人社会のレディーファースト思想(注4)とよく似ています。このような言葉があるのは、欧米では男女差別が存在するからであると解釈できます。真に男女差別がないのなら、このような言葉は不要です。同様に、民主主義という言葉があるのは、真の主権が国民にないからだと解釈できます。
現実に、日本の真の権力者は悪徳ペンタゴンとその黒幕であって、国民が選挙で選んだ政治家ではないのです(注5)。
今回、鳩山首相の突然の辞任から、菅首相誕生までの慌ただしい動き、そして、その後の菅首相の、何者かに脅えた一挙手一投足から、国民の目に、選挙でわれわれ国民の選んだ政治家の背後に、何者かが別に君臨していることがある程度、見えるようになったということです。
上記、毎日新聞幹部のサプライズ証言は、昨今の、日本政治のあまりの右往左往振りに、さすがのお人好し国民も不審に思っていると気付いたから飛び出したのでしょう。反国民・悪徳ペンタゴン一派に従属させられることに、もう我慢できなくなった良心的大手マスコミ人としての、ひとつの答えを示したものではないでしょうか。これに倣って、今後も大手マスコミ人のサプライズ証言がもっと、もっと飛び出ることを是非、期待したい。
注1:本ブログNo.60『国民にとって重要な情報ほど報道しないのが大手マスコミ』2010年1月4日
http://blogs.yahoo.co.jp/hisa_yamamot/6222825.html
注2:悪徳ペンタゴンとは、
元・早稲田大教授・植草一秀氏の造語である。日本に蠢く一部の(1)政治家、(2)官僚、(3)マスコミ人、(4)財界人を指し、日本国民の利益より、米国寡頭勢力(主に米戦争屋)の利益を優先する(あるいは優先させられる)買弁家的日本人、および(5)米国ジャパンハンドラー(買弁日本人をコントロールする米国人)を指す。彼ら悪徳ペンタゴンは、アンチ戦争屋の小沢・鳩山コンビや亀井・国民新党を目の仇にしている。
日刊ゲンダイを除く日本の大手マスコミはことごとく悪徳ペンタゴン化していることが、2009年9月の政権交代によってあらわになった。
注3:米国戦争屋とは、
デビッドRF財閥を頂点に形成される米国の軍産複合体を指し、米国の軍産政官学に広く分布する米国覇権主義者で構成される。戦後日本は、米国戦争屋によってもっぱらステルス支配されてきた。米国寡頭勢力を構成する米国覇権主義者には他に銀行屋がいて、彼らは国際金融資本や米国中央銀行FRBを支配しているが、戦争屋に比べて、日本支配への執着心が薄い。なお、戦争屋ボス・デビッドRFは、軍産複合体に加えて、金融機関も所有している。彼は元々、チェイス・マンハッタン銀行(現・JPモルガン・チェイス)頭取経歴の銀行家の顔ももっている。
オバマ政権は米国主流の戦争屋系というより、どちらかといえば銀行屋系に属しているが、戦争屋の謀略部隊から常時、監視を受けている。そのため、オバマ政権が戦争屋の意図に逆らうと、必ず何らかの妨害工作が行われる。
注4:レディーファースト、ウィキペディア参照
注5:本ブログNo.164『国民の敵:悪徳ペンタゴンはどのように生まれたのか』2010年8月2日
http://blogs.yahoo.co.jp/hisa_yamamot/17041216.html -
あけましておめでとうございます。私のようなひねくれ者でも正月くらいは素直に祝いましょう。
この前からIT技術者で神秘主義者のケイさんの過去ログを興味深く読んでいるが、今日はその中から正月向きの文章を転載しよう。どこが正月向きかというと、現代の日本人にとっては金が無いことが不幸の第一の原因だが、その「金が無い」には幻想的不安も混じっていると思われるからだ。そういう人には、下記の文章は大きな示唆を与えるだろう。
(以下引用)
2010.08.23
不幸への道を捨てる
今は、年収200万円以下をワーキングプアと言うらしい。ワーキングプア(working poor)とは、「働く貧困者」という意味で、フルタイムで働いてもまともな生活のために必要な収入がないことのようだ。
私は、年200万円も稼げば十分以上に立派と思うが、都会では住居のための費用が高いのと、携帯電話を始め、人々から金をむしり取っていくことに巧みな仕組みが蔓延し過ぎている等、無駄な金がかかり過ぎるのだと思う。
ところでもし、あなたが、「300万円でどう?」と言われたら、どう思うだろか?
「そんな安い額じゃ・・・」と気落ちしたり怒ったりするかもしれないし、「それだけあれば、ワーキングプアから解放される」と喜ぶかもしれない。
しかし、それが、年棒ではなく、月給であれば(年棒だと3600万円)、大半の人は大喜びするかもしれない。しかし、誰もがそうではないのも確かと思う。
アルベルト・アインシュタインが、ドイツからアメリカに亡命し、プリンストン高等研究所(※1)にスカウトされた時であった(1933年頃)。
※1
正式には「高等研究所」。ニュージャージー州プリンストンにあるのでそう呼ばれる。現在も世界で最も優れた研究機関である。私立研究所。
アインシュタインは、給料の希望を聞かれ、「千ドル」と答えた。
プリンストン高等研究所では、年棒2万ドルを予定していたので、半分ほどである。しかし、相手がアインシュタインでは「そうですか」と簡単に済ませるわけにはいかないし、とはいえ、「安いんじゃないですか?」と言うのも失礼だ。
そこで、担当者が気まずそうに、「間違いないですか?」と尋ねると、アインシュタインも気まずそうに、「5百でいいです」と答えた。
しかも、アインシュタインは、年棒のつもりで言っていたのだ。
いかに世間や金に疎いアインシュタインでも、契約の重要性を知らないような立場ではないし、就職難や安月給に苦しんでいた時もあった。経済観念はしっかりしていたと思う。
しかし、アインシュタインは、大した収入を必要としなかった。
いつも着古したよれよれの服を着て満足していた。靴下を履かなかったことはよく知られている。
区別が面倒という理由で、洗濯石鹸でヒゲを剃った。
質素な食べ物を好み、コーヒーすら飲まなかった。
そして、請われれば、誰にでも気軽にお金をやったりもした。
そんな感じで、お金に不自由はしていなかったが蓄えもなかった。しかし、彼は平気だった。
世界屈指の科学者揃いであるプリンストン高等研究所の研究員の多くは自動車を所有していたが、アインシュタインはそれを買わなかったどころか、勧められても同乗せず、バスにさえ乗らずにかなりの距離を歩いて通勤した。
(研究所員だった矢野健太郎さんは、真似をして道に迷ったと、自分の著書に書いていた)
アインシュタインにとって、物理学は趣味であり、成果を誇ることもなく、実際、自分を重要人物とはみなしていなかったのは確かなようだ。
今の時代は、良い仕事をすれば高収入で当たり前という奇妙な幻想が世界中を覆ってしまっている。
イチローのようなプロスポーツ選手はともかく、アマチュアの立場のスポーツ選手も、若くて人気があれば(誰かが儲けるために過剰に煽った人気なのだが)、特に海外では恐ろしい高収入であることも多い。しかし、それは、彼らを決して幸福にしないばかりか、悲惨の中に叩き込んでいるというのが事実である。
本質的には芸術家であるミュージシャンも、売れてしまって膨大な収入を得ると破綻するのも、いわば当然だろう。ある一流ミュージシャンが言ったように、「ミュージシャンってのは、街角でハーモニカを吹いていれば満足」なもので、それが幸福なのである。
アインシュタインの人格を疑うようなエピソードを吹聴する者もいるが、誰だって失言や失態はやらかす。それに、私は、別にアインシュタインが人格者だったかどうかに興味はないし、完全な人格者であったとも思わない(そんな人はいない)。
しかし、1セントにもならなくても、中学生の数学の宿題を熱心に手伝って(アインシュタインは頼まれたら気軽に応じ、教え方は解りやすくて評判だった)その親を卒倒させかけように、「サービスには対価が必要」という世間の馬鹿げた信念を持っていなかった、とてもまともで自然な人間だった。
別に、彼のように天才でない、普通の人でも、彼のような生き方をして不幸になるとは思えない。逆に、天才であっても、物にばかり価値を置けば確実に不幸になるだろう。
そして、現代の日本人の大半は、不幸への道を競争して突っ走っているようである。 -
今年最後の文章くらいは自前のものにするつもりだったが、「独りファシズム」氏が、日本の現状を見事に総括する文章を書いているので、それに代えることにする。
では、来年こそ日本国民の多くが目覚め、日本が少しでも良い方向に進むことを祈って、「来年は良いお年を」。
(以下引用)
Cry For The Nations
2010/12/27 14:33つくづく、この国のイデオロギーというのは官僚ファシズムです。来年度の一般会計予算が公表されましたが、相変わらず役人とマスコミが結託し大本営さながらの垂れ流しをやっているわけで、こりゃもう完全な国家病理、日本の宿痾と言っていいでしょう。総予算96.7兆円とメディアはなんら検証性もなく斉一的な報道に終始していますが、そもそもこの数字には全く意味も根拠もありません。だいたい歳出の科目に公務員と特殊・公益・独行法人の人件費、維持費、補助金が記されないわけです。そりゃ税収が40兆円しかないのに、役人の給料と権益へ70兆円規模の金が投じられているなんてことは表沙汰にできないでしょ。
国債償還費が21.5兆円とかこれもふざけた話で、借換債を合算すれば実質の償還費は120兆円を超えます。公共事業費4.9兆円なんてのもあからさまな嘘です。なんせ、国土交通省の出先機関である地方整備局の維持・人件費だけでも毎年8兆円を超えています。全く報道されませんが、アメリカは貿易不均衡解消のため93年以降日本の公共事業費を年間50兆円ベースに堅持するよう厳命しており、来年度もおそらくこれに拮抗する予算枠となるでしょう。徳川幕府が外様大名の勢力を減衰すべく参勤交代を命じたようなもんで、属国が宗主国の脅威とならぬよう、自ら経済力を削ぐことをいまだに課せられているわけです。試算では道路、橋、ダムなど過剰体積した公共財のメンテナンスには今後40年間でさらに190兆円を要するとのことですから、国家が緩慢に自殺しているようなもんです。
こんな具合に推計260兆円規模とされる特別会計の内訳は事実上隠秘され、国民には収支報告すら行われないわけですから、日本の財政運営は旧ソ連となんら変わりがありません。また、これに随伴する報道機関は支配勢力と不可分の共謀関係にあり、既得権益を不可視とするプロパガンダ組織にすぎないということです。昨年の政権交代においては一気呵成にこれらの構造が瓦解せずとも、財政の一元化、財政投融資(郵貯、年金、簡保の不正流用)の廃止、天下り禁止、特殊・公益法人の統廃合など段階的に腐敗権益を縮減できれば最悪の状態は回避できると期待しました。が、支配勢力の抵抗ぶりはこれまで幾度もエントリーしたとおりの激烈なもので、縮減どころか真逆に拡大する始末ですからどうにもなりません。天下り役人の補助金が毎年12兆円規模であると繰り返してきましたが、ちなみにこの額はアジア通貨危機(というより通貨テロです)の際、欧米のファンドが一斉に引き上げたマネーに相当します。これによってタイ、韓国、インドネシアなどの通貨は最大60%以上も下落しダメージを被ったわけですが、12兆円とはこれら新興国の産業資本に匹敵するほど莫大な額であるということです。
要はもし連年にわたり12兆円もの資本を特殊・公益法人、系列企業群など非生産的部門ではなく、レアメタル等の鉱山、その他の各種資源やエネルギー開発、ITやハイテク企業など生産性の高い分野に対外投資しておけば、今現在どれだけのリターン、割引現在価値が得られていたか、ということです。おそらく高校から大学まで完全無償化、ベーシックインカム施行くらいの原資は確保でき、個人消費の低迷やデフレも地方の壊滅的疲弊も回避できていたでしょう。日本の対外純資産が240兆円規模で世界最大といわれていますが、殆どは米国債などの債券運用ですから多少の利回りが確保できても今年のような円高トレンドになれば為替損で簡単にぶっ飛ぶ程度のものです。
ちなみに日本が買い取った米国債200兆円分は預り証のみ付与され、ゲンブツの保管も自由決済も許認されていません。元本償還見込みのない事実上の永久国債をつかまされてるわけですから、いっそ日米安保を破棄し自前で核配備するほうが財政面でも国防面でも100倍マシです。いずれにしろ、税金、預貯金、年金、保険など国民資産を流用して編成する260兆円規模の国家予算が、社会資本投資という観点からすれば、全くリターンを生まない官製事業分野へ投下され完全に機能不全であるばかりか、実に累計1000兆円規模で毀損をし続けているわけです。つい先週、田原総一郎の「このような財政運営は後何年くらいが限界なのか?」という問いに対し、仙石官房長官が「2年くらいだ。」と答えたとのことですが、こうした喫緊の背景事情を斟酌してのことだったと思われます。
貧困が加速的に蔓延する中、ワープアやネットカフェ難民、これらに派生する悲惨なニュースを見聞きする度になんとも陰鬱な気分になります。自身も金に窮したことが、幾度もありました。つくづく貧困とは究極の暴力であり、家庭、家族関係、人間関係、教育や経験の機会、人格、尊厳、健康、挙句は生命にいたるまで完膚なまでに破壊するものです。「自己責任」という言葉を流布する偽政者がいましたが、これは元々米国系ファンドがもたらした投資用語であり、至純な日本語ではありません。「努力をしたものが報われる社会!」などと売国奴が煽っていましたが、成熟した社会人であれば努力と成果、成果と評価、評価と褒賞が必ずしもパラレルでないことくらい普通に達観しているでしょ。既述のとおり社会資本配分の腐敗によって特権階級化した保守層が富を寡占し暖衣飽食を貪る一方、中産階級は没落し塗炭の貧困にあえいでいるわけですから、自己責任だの自助努力が足りないだのとは、作為的に見当違いの言辞を弄しているだけのことです。
仙石が2年後と予見した財政破綻がどのように収斂するのか見当もつきませんが、いずれにしろ、公債償還のツケは全て国民個々人が背負うことになります。実際、来年度からは各種控除の廃止、増税とともに厚生年金の支給額引き下げが規定となりましたが、これには北爆の弾頭に米兵が綴った‘this is only the beginning!’のロゴが想起されます。年金引き下げの理由はデフレに連動してと騙っていますが、消費財が値下がりしているだけで公共料金、保険、医療費は逆に負担増となり多くの年金受給者は圧迫されているわけですから全くの詭弁です。にもかかわらず、公務員の共済年金については手付かずですから、早い話、為政者や役人にとって一般国民なんてのは馬鹿、すべからく衆愚を前提条件に貫徹した収奪をやらかしているということです。
「私は経済力をもっとも重要な美徳に数え、公共負債を恐るべき最大の危険とみなす。」とトーマス・ジェファーソンは箴言を遺しましたけれど、アメリカも戦争と富の不均衡、腐敗投機で崩壊寸前ですから先人に学ぶことなく自滅状態、日本と大して変わりはありませんね。 -
藤永茂氏の「私の闇の奥」より転載。
国家繁栄の源は教育にある、というのは常識のようでそうではない。為政者の多くは教育への政府支出を平気で削減するものだし、(それによって国家がどんどん活力を失っていったのがイギリス、アメリカ、それに日本である。)また教育がある種の権力の意思で汚染されることも多い。下に書かれた大学の「民主的運営」もうまくいくという保証はまったく無いが、その理想への意思は貴重なものである。
(以下引用)
2010/12/29
ベネズエラの大学法
2010年12月24日、Venezuelanalysis.com に掲載された記事を読んで、ちょっとシュール・リアルな不思議な気持ちになりました。おとぎの国からのニュースのようですが、しかし、これは現実の出来事です。ベネズエラの国会は大学の意思決定に、教授、学生、雇用者、地域住民代表が平等に含まれるという画期的な法案を可決しました。この法律は、ベネズエラ国家憲法の第103条に明記された原則、つまり、政府は小学校から大学学部教育にいたる無償で質の高い一般教育を供給する義務があるという原則に基づいています。
この法律によれば、大学生は大学管理者の選挙の投票権を持ち、教授の評価に加わり、意見発表の自由が約束され、大学の運営記録にアクセスすることが出来、住居、通学費、食費、医療施設、学費についてのサービスを受ける権利が保障されることになります。
この法案の成立について、現政府に反対する野党、富裕層の学生団体は、これは社会主義的政策の強行だとして、チャベス大統領を非難するデモを盛んに行なっているようですが、一般大衆は新しい大学法を歓迎しているといいます。
若者達が大学進学を希望する場合、それを全面的にかなえることは、国が特別豊かでなくても可能であることを目の前で実証されると、私などは不思議な思いに駆られますが、立ち止まって考えてみると何の不思議でもありません。先進の諸大国で必要不可欠と考えられているあれこれの出費にくらべて、勉強意欲のある若者達にほぼフリーな教育の機会を与える社会環境を整えるのに必要な出費は小さいものです。かつて極貧の小国ハイチで解放神学の神父であったアリスティドが大統領になった時にも、直ちに着手した政策の一つは教育費の無償化でした。
近視眼的な為政者、支配階級にとっては、大衆が愚民であること、どんな政策をとっても学生達が何も騒ぎを起こさない大学ばかりの方が好都合でしょう。しかし長い目で国家の将来を考えた時、国民の教育程度の高さこそが本当の財産になる筈です。この考え方は余り古すぎて陳腐で、私は頭の奥にしまい込んで忘れかけていましたが、今度のベネズエラからのニュースをきっかけに突然再浮上してきました。
人は高い教育を享けた方がいいのか、わるいのか? これはとても難しい設問です。
田舎で医者をしている立派な友人に言わせると、田舎の無教養の老人たちの方が、学のあるインテリ老人たちより、概して、従容とした立派な死に方をするそうです。ここに重い真理があるのはたしかですが、これは、むしろ、人間の本当の知とは何かという問題でしょう。
長年ピサ大学のスタッフだったイタリア人の友人から聞いた話ですが、1343年創立のピサの大学はイタリア最古の大学の一つで、特にメディチ家がフィレンツェを支配した時代のピサ大学の歴史は大変興味深いものです。フィレンツェ大学は1321年に創立されましたが、1473年、メディチ家のロレンゾによってピサに移され,ピサ大学に合体され、ピサ大学の規模と権威は増大します。友人の説明によれば、フィレンツェの支配層は、学問が栄えるのは重要視したけれども、学生や教授たちが支配権力に楯突いて騒ぎをフィレンツェで起すのはご免蒙りたいという発想からピサ大学の方をもり立てたというのです。騒ぐならピサで騒げ、というわけです。その時々の支配権力に唯々諾々として従う大学などは存在しない方が世の中のためになります。ピサ大学の卒業生やスタッフのリストには凄い名前が並んでいますが、古くは、法王の権威の前でも自説を曲げなかったガリレオ・ガリレイの名もあります。
ベネズエラの若者と一般大衆の大部分は、教育に関する国家憲法の条文と新しく成立した大学法を歓迎しているようですが、それは遠い所で、メディチ家の学問尊重に通じているのかも知れません。
藤永 茂 (2010年12月29日) -
「飯山一郎のホームページ」からの関連で、北朝鮮拉致被害者問題についての一つの思考材料として掲載しておく。北朝鮮に「拉致」された人々は、北朝鮮で重用されているのではないか、ということだ。そして、北朝鮮と日本の警察は、案外ツーカーの間柄なのではないか。さらに言えば、北朝鮮は社会主義国家でもなんでもないのではないか、ということだ。社会主義ではなく、一部の権力者が国民の犠牲の上に自らの欲望をほしいままにしているだけの国家なのではないか。社会主義とは本来、社会全体の福祉を個々人の欲望追及行動より上位に置く思想のはずである。(それを理解しないから、アメリカで社会主義が嫌悪され、あの悲惨な状況があるのだが)
(以下引用)
以前書いた、「めぐみ 引き裂かれた家族の30年」と関連する続報を書いておきます。
中田安彦氏のブログと副島隆彦氏の掲示板リンクで気になるブログ記事が書いてあったので。
私ははっきり言って、アンミョンジンなる人物がどういう筋で、どこの手先なのか調べる時間もないですし、今の安倍政権が国民にどれだけ隠しごとをしているのかよく分かりません。間違いなく、連中は情報操作をしているという、ぼやっとした実感があるだけです。
誰かマジで調べてくれ。
正直に言います
今さら隠していても仕方がありませんので、私が知っていることをすべて言います。
私(横井邦彦)は1986年に日本で蓮池薫氏に会っています。
正確には、拉致されそうになったという方が正しい言い方だと思います。
拉致被害者が日本で拉致未遂事件を起こしていたなどという話は、にわかに信じがたいからこれまで黙っていたのです。
テレビで蓮池薫氏が飛行機のタラップから降りてくるのを見たときには、「あのヤローだ」ということはすぐに分かりましたが、この時期は私とマルクス主義同志会の関係が極端に悪くなっており、最終的に私がマルクス主義同志会から追い出され、赤星マルクス研究会をつくり、ホームページを立ち上げるという私の人生の大きな転回点だったので、私自身が拉致問題どころではなかったということも大きな理由の一つです。
それに、赤星マルクス研究会を立ち上げてすぐに、「実は私は」などと名乗り出ることは、私自身の売名行為のようで気に入らなかったし、あの頃はまだ蓮池薫氏の家族が北朝鮮に残っており、彼に「お前、あの時のヤツだろう」などというのも酷だと思ったので黙っていました。
しかし、今の私は失うものは何もないです。だから正直に言います。
私は、1986年当時愛知県の小学校の教師でした。私の勤務していた小学校は愛知県西春日井郡西春町にある鴨田小学校という学校でした。
3月の下旬のことでしたが、その時私は視聴覚担当をしていたので、鴨田小学校の体育館で、卒業式の練習を終えて、一人で会場の放送用具の整理をしていました。蓮池薫氏はそこへやってきました。
そこで30分ぐらい彼と話をしました。彼の話は彼が拉致被害者であるということと、いろいろな理由で北朝鮮につれてこられたり、自分の意志で北朝鮮に来たりした日本人は100人以上いるということ、自分はそういう人たちの“面倒を見る立場”に置かれているということ、北朝鮮の赤軍派で内部闘争があり、北朝鮮当局が田宮を指導部からはずしたがっているということ、北朝鮮に来れば田宮の代わりに私を指導部に入れたいということ、私を北朝鮮に連れて行くために、“潜水艦ではない船”で秘密裏に日本にやってきた 等々でした。
もちろん私ははっきりと蓮池薫氏の申し出を断りました。日本の革命運動を北朝鮮でやるということの意味がまったく分からない、日本の革命運動は日本でしかできないのではないかということと、私と北朝鮮政府の見解は大きく異なっており、私は北朝鮮を社会主義国家だと思ったことはないというのが断った主な理由でした。
そうしたら蓮池薫氏は、ここまで秘密を漏らしたらこのまま返すことはできない、力ずくでも北朝鮮に連れて行く、というとんでもないことをいいだしたのです。
しかし、残念なことに蓮池薫氏はそれを実行することはできませんでした。
私は蓮池薫氏に彼が私を拉致することができない理由をはっきりと説明しました。
いうまでもないことですが、私は3月いっぱいで小学校を退職し、社労党(社会主義労働者党)から参議院愛知地方区に立候補することが正式に決まっており、それはもう記者会見を開いてマスコミにも伝えていたからです。
国政選挙の立候補予定者が突如としていなくなることの意味を考えなくてはならない、これは普通の人がいなくなるのとはまったく意味が違うのだと、しかも私は労働者階級の利益を守るために立候補するといっているのだから、私を拉致することは朝鮮労働党が日本の労働者階級にケンカを売るのと同じだと、朝鮮労働党が日本の労働者階級の敵となってなお生存を続けることは絶対的に不可能であるというようなことを言った記憶があります。
私と蓮池薫氏が話をしている間に、夕方だったのではっきりとは見えませんでしたが、私たちのまわりには数名(二、三人)の不審な人物がいました。蓮池薫氏は私の話を聞いて、その中の指揮者とおぼしき人物のところに相談に行って、数分の間、話をした後で私のところへ戻ってきて、今回はあきらめるといって去っていきました。
(なお、「指揮官とおぼしき人物」は横田めぐみさんのダンナ称する人物とよく似ていたような気がしますが、蓮池薫氏のように数十㎝の至近距離で直接言葉をやりとりしたわけではないのではっきりと断言できません。)
この時、蓮池薫氏は私にくだらない脅し文句をいくつか言ったような気がしますが、それはすべて忘れてしまいました。
以上が私が知りえた出来事のすべてです。
それで拉致被害者が全部は死んではいないという根拠ですが、一つは、蓮池薫氏は拉致被害者の中でも多くのことを知りうる立場にあり、彼が私に言ったことの多くはそれなりに当たっていたということ。
二つ目は、蓮池薫氏のように北朝鮮で特別の任務を与えられて生きていた拉致被害者は彼だけではなく、その他にもいるのではないかということ。そして、そういう人々は殺されたり強制収容所に送られる理由はないので、彼らがいまだに生きている確率は高いということです。
なお、こういうことは被害者である私が語るよりも、加害者である蓮池薫氏が語るべきことがらなのではないですか。何しろ彼は当事者であり、すべてを語ると言っているのだから、私の拉致未遂事件を含めて、すべてを語る責務は私にではなく、彼の方にあると思います。
なお、蓮池薫氏が私のところに来た理由は、彼が私を赤軍関係者と誤解したためです。
この誤解についてですが、実は、浅間山荘事件で逮捕された連合赤軍のK氏はどういうわけか、浅間山荘で逮捕されたとき、私の名前と住所と電話番号を書いたメモを持っており、そのことで私の実家にはパトカーが2台も来た。
そこで私が不思議に思うのは、田宮たちが北朝鮮に渡ったのは1969年で、連合赤軍事件が起こったのは1972年であり、この事件の関係者たちはすべて長期投獄されている。
したがって、蓮池薫氏が私を赤軍関係者と誤解するというのは、理解しがたいものである。日本国内の赤軍関係者ならば、私と彼らがまったく異なる政治的な立場に立っていることぐらい私が説明しなくても彼ら自身が一番よく知っている事がらであるし、北朝鮮の赤軍派ならば私の存在自体を知らないはずである。
むしろこういう誤解は、私の実家に来たバカなパトカーの関係者のものであったろうし、私に対する拉致計画そのものが、客観的に見れば、社労党(社会主義労働者党)の選挙運動に対する悪質な選挙妨害以外の何ものでもなかったのだから、この計画の主たる発案者は、むしろ北朝鮮政府ではなく、日本国内にいるわれわれ社労党(社会主義労働者党)の参議院選挙への参加をこころよく思っていない勢力なのではないかと考えるのが妥当であろう。
そういう点ではこれは語られなければならない、闇に葬ってはならない政治的な事件だったと思います。
北朝鮮政府(金正日政権)が、日本の反動勢力とつるんで、日本の労働者階級の選挙闘争を圧殺しようとしたという事実は歴史の中にどうしても書き残さなければならない重大な出来事であると私は思うからあえて真実を語るのです。
労働者のこだま(国内政治)正直に言います
http://blog.goo.ne.jp/sekiseima/e/e66b9f6c2bbf87a8c467b6c69bdbcb95 -
「阿修羅」記事の中から、新興宗教の「生成原理」を紹介した珍しい文章である。いろいろと面白い情報が詰まった文章なのだが、悲しいことに、こういう文章を読んでもまだ新興宗教に騙される人間は無数にいる。それだけ人生でひどい目に遭って、宗教に救いを求めるしかない人間が多いということだが、そういう人間の特徴は、「他人を信じやすく、自分の頭で分析的に考える習慣や批判精神が無い」ということだ。もっとも、オウム真理教の場合のように、理系人間だからといって必ずしも騙されにくいわけでもない。
(以下引用)
これは面白い本「日本の10大新宗教」(米国が日本支配の一環として、在日・部落関係者に「起業」させたような気がします)
http://www.asyura2.com/09/cult7/msg/732.html
投稿者 小沢内閣待望論 日時 2010 年 12 月 22 日 09:01:49: 4sIKljvd9SgGs
http://chikura.fprog.com/index.php?UID=1243738775
May 31, 2009
これは面白い本「日本の10大新宗教」 ID:1243738775
以前本屋で立ち読みしたらかなり面白かったので、買ってみた。
人はなぜ宗教にすがろうとするのか?
宗教というものに昔から興味を持っている。
私自身は無神論者である(「神は存在しない」というスタンス)し、無宗教だと思っていたのだが、この本によれば、私も含めて多くの日本人は、日本の古い宗教観を普通に受け入れていて、無宗教というわけではないらしい。墓参りにも行くし、神社にお参りもする。これは立派な宗教だとのこと。
まぁ、言われてみればそうだなぁ。
それはともかく、この本は、所謂仏教、イスラム教、キリスト教といった3大宗教などではなく、「新宗教」と呼ばれるジャンルの宗教のうち、反社会的でない、ある程度社会に受け入れられている宗教を10種類ぐらいに絞って、その成り立ちや特徴を解説した本だ。
具体的には、天理教、大本、生長の家、天照皇大神宮強と璽宇、立正佼成会と霊友会、創価学会、世界救世教と神慈秀明会と真光系教団、PL教団、真如苑、GLA、についてそれぞれ紹介されている。
面白いのは、それぞれの宗教について批判めいたことは書かず、ただ淡々と歴史や特徴などを述べているだけにとどめている点だ。とはいうものの、著者の観点から見て「この点から、□□教団の○○という主張は後から作られた可能性が高い」というような感じで、淡々と指摘しているがゆえに逆に皮肉めいた文章になっているのが読んでいてニヤリとする。
例えば、第1章の「天理教」の解説では、教祖である中山みきが「神になった」際のエピソードを次のように紹介している。
立教の日に先立つ十月二十三日、みきの長男秀司が足の病にかかり、修験者が中山家に呼ばれて、祈祷が行われた。その際に、神が降る巫女の代理をみきがつとめたところ、「元の神、実の神」と名乗る神が降り、みきを神の社としてもらい受けたいと言い出した。この申し出を受け入れるなら、世界中の人間を救うが、拒むなら、中山家を破滅させるというのである。そこから、みきに降った神と中山家の人々とのあいだで問答がくり広げられ、家族が申し出を拒むと、みき自身が苦しんだ。そこで、みきの夫、善兵衛は、二十六日に、みきを神の社として差し上げると返答し、それでみきの苦しみもおさまったのだった。
しかし、著者は次のようにこれをさらりと切って捨てる。
この立教の出来事は、教団公認の教祖伝である「稿本天理教教祖伝」の冒頭に記され、現在の教団においては、啓示という位置づけがなされている。しかし、この出来事について述べた文書が登場するのは、みきや信者たちが警察からの厳しい取り締まりを受けるようになる一八八一(明治十四)年になってからのことで、立教の出来事はその時期に創作された可能性が高い。
この本を読むと、意外と日本の新宗教の成り立ちには、女性が深く関わっているということに驚かされる。所謂「神懸り」というものを起こすのは、どうやら女性に多いようだ。そしてそれをサポートする男性指導者が、教団をまとめあげる、という図式が一つのテンプレートのようになっているように思う。
また、意外とこれらの新宗教はお互いに密接な関わりを持っていることが多い・・・というか、ある教祖が元は別の教団の信者で、そこでノウハウを学んだあと独自の教団を立ち上げる、というようなことが多いようで、なんかこういう流れを見ていると、宗教ってホント、ビジネスだよなぁ、と感じる。
この本の指摘で面白いなーと思ったことの一つに、「宗教は、不景気のときではなく、景気が向上しているときに広まる」という話がある。一般的には、不景気の時にこそ「神頼み」的な入信が増えるような思われがちだが、なぜそうならないかというと、例えば金銭問題で苦しむ→入信する→景気が上向く→ 苦しみのもとがなくなる→奇跡が起きた!というような事が、高度成長期には頻繁に起こるから、らしい。逆に不景気の時には、いくら信心しても一向に状況が良くならないので、長続きせずに辞めてしまったりするらしい。
なるほどなーと感心しきりである。思えば、株取引などの「必勝法」だとか「○○をすれば勝てる!」的なノウハウ本がやたらと出回って、みんなが株だ株だといい始めるのも、景気がいい時だけだ。
また、教祖の「奇跡」によって信者を集めるいくつかの教団では、教祖の身内(主に子供)が亡くなるといった不幸が教団の危機になる、と説明している。なぜなら、教祖の奇跡の力に対して懐疑の目が向けられるようになるからだという。
例えば真如苑では、教祖の伊藤真乗の子供が亡くなった際に、教団に「抜苦代受(ばっくだいじゅ)」という新たな教義を取り入れることでその危機を乗り越えている。これは、子供が、信者達の苦しみを代わりに引き受ける為になくなった、という教えだそうだ。伊藤は、伊藤自身が信者の病気を治す奇跡によって信者を集めていたこともあり、新しい教義の導入で矛盾を解消したのだそうだ。
同様な流れは天理教でもあり、他にもキリスト教の「復活」のエピソードも、神の子たるキリストが普通に十字架にかけられて死んでしまったので、その後の教団の運営にとってあまりにも都合が悪く(「神の子なのに、なんかあっけなく死んだな」というイメージ)、その為に後から作られた創作話だろう、という意見が紹介されている。
この本はそういう面白エピソードに満ちているのだが、中でも面白いなーと思ったのはGLAの話だ。
GLAの教祖・高橋と言えば、それなりに有名で名前を聞いたことがある人もいるかもしれない。といってもGLAがどういう宗教なのかこれまでよく知らなかったのだが、こんな感じらしい。
彼の前に、十四代前の先祖があらわれ、信州新野の千石平で武田信玄勢によって殺されたときのことを語りだした
そして、同年七月六日には、高橋の義弟に紀元前千三百年、エジプトで生まれた「ワン・ツー・スリー」という霊が下って、人間のあり方について教えられた。また、高橋の守護霊が、四世紀ごろの中国にいた「フワン・シン・フワイ・シンフォー」であることを教えられる。ほかにも、そうした不思議な現象が次々と起こった。
普通、新宗教で霊と言えば、先祖の霊が基本である。高橋にも先祖の霊が降りてはいるが、それよりも重要な働きをしたのが、古代エジプトや中国の霊である。こうした霊が下ることは、新宗教ではめずらしい。そこに、GLAの新しさがあった。
ちなみに、福井の名物となった(?)白装束集団「パナウェーブ研究所」の教祖である千乃裕子について、「GLAの元信者で、高橋の死後の後継者争いに敗れた」という紹介のされ方をしたらしいが、実際にはGLAは千乃がGLAの信者であったことを完全否定しており、この著者の意見としても、信者でもなければ後継者争いに巻き込まれたということもなかった、という結論になっている。
福井でも良く見かける「真光」だが、見るたびに名前が微妙に変わっていたりするのでなんなんだろうと思っていたら、分裂・統合を繰り返しているのだそうだ。なぜそれほどまでに分裂や統合が多いかというと、ひとえに「簡単だから」だという。真光で行う「奇跡」は「手かざし」というものが基本になっており、これは誰でも出来てしまう為、大体のやり方を学んだ後、分派していくのだそうだ。教義が簡単だと人集めも簡単だが、その分簡単に出て行ってしまうのし、難しくしすぎると分派もしにくい代わりに信者集めも大変、という、なかなか宗教運営も難しいと感じるエピソードである。
最後に、PL教団について。高校野球で有名なこの教団、どういうものなのかなーと思っていたのだが、アルファベットからイメージするものとは打って変わって、大元は普通のお寺からスタートしていた。教祖が元は貧乏寺の住職で、生活が立ち行かなくなったので、当時流行っていた「徳光教」という宗教に入信して、その後を継いだ、というエピソードが紹介されている。PL教団の面白いところは、病の苦しみを教祖が引き受ける「お身代わりの神事」という迷信めいたようなものがあるのと同時に、教団内に普通の病院であるPL病院を持っており、そこでの治療も行う、という感じで、近代医学も認めている点だ。この辺、まさにビジネスチックで面白い。
この本の著者の考えだと思うのだが、話の中で「宗教の教えによって、貧困層が真面目に仕事について働き、生活苦から逃れることができる」というものがあり、それについてはなるほどと納得した。私は宗教が好きではないが、そういう効果は確かにあるのだろうな、と思う。
こんな感じで大変面白い本なので、興味ある人はどうぞ。新書で安いです。
