ヒリピンのトランプだというんだが、かつてはヒリピンの「ダーティーハリー」と呼ばれていたそうで、自前の処刑団で1000人以上の悪人を超法的的に殺したのが自慢、まぁ、土人国家にはふさわしいヤカラですw もっとも、「日本より難しい」といわれる司法試験を突破して検事をやっていたんだから、アタマは悪くない。アメリカが悪いんだけどねw アジア政策が支離滅裂で、方針が決まらない。アメリカは中国と本気で戦ってくれるのか? と、誰しもが疑問に思っている。アメリカが逃げ腰だと、目の前にいる中国とは仲良くやってなきゃならない。東南アジア諸国にとって、中国というのは「隣国」なのだ。フィリピンでもトランプ現象か。6年に一度のフィリピン大統領選挙で南部ミンダナオ島最大の都市ダバオの市長、ロドリゴ・ドゥテルテ氏の当選が確実になった。「犯罪者は殺す」といった過激発言の連発で、米大統領選を席巻するドナルド・トランプ氏に例えられる。日本以外の国は、どこも、「アメリカ抜きのアジア」へ向けて動いている。日本だけが、アメリカにすがっている。 このような他国の状況と対照的に、日本だけは「米軍がいないと中国の脅威に対抗できない」「日米同盟が消失(希薄化)したら日本はやっていけない」という、対米依存の見方しかなく、米国に依存しない国策が皆無だ。中国に対する不必要な敵視をしないなら、米軍の西大西洋戦略は、グアムとハワイだけで十分に機能する。日本はこの10年ほどかけて、対米従属を続けるため、尖閣問題などで中国との関係を意図的に悪化させ、中国を深刻な敵国に仕立てた(対照的に、カナダは深刻な敵国を作っていないのでB計画がなくても困らない)。米国の衰退(自滅)傾向は、03年のイラク侵攻あたりから見えていたのだから、日本はオーストラリアや韓国、東南アジア諸国と同様、米国と中国の両方とバランスをとって協調する策をとるべきだった。08年の鳩山政権はそれをやろうとしたが、対米従属プロパガンダ(官僚機構傘下のマスゴミと、その軽信者たる多数の国民の世論)に負けて潰れた。南沙諸島の帰属なんて、日本にとってはどうでもいい問題で、「航行の自由」さえ保証されるなら、中国の縄張りでもいっこうに構わない。ところが、中国にとっては、話は違う。というのも、戦前までは、南沙諸島は日本軍の縄張りだったからだ。台湾が日本領だったからです。なので、自衛艦が南沙諸島をウロウロすると、中国としては「挑発してるのか」「戦争したいのか」とナーバスになる。中国の海軍は貧弱だが、南沙諸島近辺の他国の海軍はもっと貧弱で、とても話にならない。フィリピンやベトナムとしては、中国とは仲良くやって行くしかない。ユタ゜屋の軍産複合体が描くストーリーとしては、中国海軍に対抗できる自衛隊を使って、中国と戦争させようというのだが、アメリカは味方してくれませんw |
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序論で書いてある、「これからの日本のグランドデザイン大綱」をもう一度上げておく。(「あげる」はこの場合「上げる」でいいのか?)自分でも忘れているからwww
1)現在の三権のありかたを変える。具体的には後で考える。
2)選挙制度を根底的に変える。いうまでもなく不正選挙を完全に防止する。
3)多数決に代わる、国会その他での決議方式を考案する。
4)マスコミの在り方を根底から変える。
5)教育制度を根底から変える。
6)自衛隊を災害救助隊に変える。
7)産業構造を変える。具体的には第一次産業を振興し、所得構造を変える。さらに具体的には、労働分配率を大きく上げ、国民平均所得を5割アップ、最低所得を倍増させる。
8)税制を大きく変える。具体的には「土地国有制」に基づく諸改変をする。場合によっては、財産再分配も考慮する。
9)中央と地方の関係を変える。具体的には、中央一極集中の是正と地方の産業振興。具体策は後で考える。
10)原発すべての即時停止と廃棄、福島の処理、原発立地地方の再建策を進める。
で、実はこのうち1)と2)は「日本改造法案」と題されたジャンル中の初期の文章、まさに「日本改造法案」の中で既に論じているので、興味のある方はそちらを見ていただきたい。ただし、2)に関しては、ただ厳罰主義と、「手書き投票、人力読み取り」に戻すというだけのことで、それで「根底的に変える」はやや誇大表現かもしれない。
残りのうちで6)は提案自体が内容を規定しているから論じるまでもないかと思うが、簡単に言えば、ほぼ完全な武装放棄である。
敵が攻めてきたら即座に降参する。(笑)それで国民が奴隷化されても、まあ、戦争で死ぬよりはマシだ、という考えである。
そうならないための努力だけは不断に行う、ということである。
ただし、「征服国家」へのテロはもちろん勝手である。相手がテロでくるのにこちらがテロを厳禁することはない。私も征服国家に対してならテロリストになります。(まあ、米国のような日本へのステルス支配や、あるいは同様に日本の場合の、戦前よりも戦後がマシになる征服に対しては考えも違うがwwwこれはGHQの中に理想主義者がいたことの結果であり、稀な事例だ。だが、今の米国による他国支配は当時の日本とは意味が違っている。)いざとなれば何でも武器にはなる。戦争よりも政治の中心人物へのテロのほうが人道的だとすら私は思っている。人間一人を殺すのには包丁一本で十分だ。軍隊は不要である。一人が失敗したら他の国民が後に続けばいい。
戦時以外は無用な戦車や軍用飛行機を持つから国家財政の疲弊が起こり、軍人や極右がのさばり、戦争の危険性が高まるのである。
抑止力論を是とするなら、長距離ミサイルと原爆のセットで十分だ。仮に武装するならそれだけに絞ればいい。戦争開始と同時に相手国の政府所在地にミサイルをぶちこめばそれで戦争は終わりである。ミサイルを撃ち落とすなど、幻想だろう。「上級国民同士の殺し合い」はいやだから、ミサイル戦争はしない、という「紳士協定」があるから歩兵どうしのドンパチがあるだけだと私は思っている。
まあ、要するに、憲法9条のほうに現実を合わせよう、そしてそれを世界的な潮流にしていこう、ということだ。
軍隊は日本には不要だ、という一方で、自然災害大国の日本では「災害救助隊」は大きな必要性がある。軍隊同様に平常時には「無駄飯食い」だから、平常時には「輸血用血液供給要員」にでもすればいい。www どちらも「国民の生命を救う」という目的にかなっている。
したがって、「自衛隊は災害救助隊にする」というわけだ。
軍隊の問題はこれだけで終わりとする。絶対に戦争はしないという覚悟をするかしないかだけのことだ。戦争で死に、財産を失うのはほとんど下級国民だけなのだから、戦争になった時点ですべては終わりである。戦争や勝利で利益を得る下級国民はいない。
なお、「自衛戦争」はどうだ、という意見については、ほとんどの戦争は自衛を口実に始められている、ということだけを言えば十分だろう。PR -
「ネットゲリラ」から記事を二つ転載。ネットコメントは割愛(最初から読んでもいないのだがwww)。
野次馬氏の着眼点の良さには驚く。ふざけた口調に騙されてふざけた内容だと思うと大違い、誰も言わなかったことを見事に指摘している。
私は、「文化大革命」のプラス面を指摘した発言を生まれて初めて読んだ。もちろん、圧倒的にマイナス面が大きいとは思うが、米国の植民地化されるマイナスの可能性と比べてどうだったか、という比較もできるわけだ。いわば、経済学における「機会損失」と同じで、「見えないマイナス」というものがありえたわけである。それを未然に防いだのは偶然にすぎないだろうが、案外、米国はこれで大きな「機会損失」をした、と苦々しく思っていたのではないかwww
なお、最初の記事の2番目の引用は田中宇の長大な記事の一部だが、見事な抜粋だと思う。こういう引用の手際も野次馬氏の頭の良さを示している。
フィリピンのトランプというか、ダーティ・ハリーというか、読みにくく覚えにくい名前の新大統領は確かに風貌も人相も(風貌と人相はほぼ同義だろうwww 簡単に言えば、酷い顔だ、ということ)ヤクザだが、犯罪者(ウォール街や霞が関の犯罪者なども含めてねwww)は殺せ、というのは誰の心にもある「正義感」であり、残念ながら人殺し(犯罪者)を殺すとこちらが人殺し(犯罪者)になるというジレンマがある。それを殺してくれるから、「法を無視した正義の味方」はいつも人気があるのである。水戸黄門などもそういう「超法規的正義」である。
(以下引用)風貌や人相もヤクザ
文化大革命はおいらの中高校生時代で、おいらは短波ラジオで北京放送聴いてワクワクしていたんだが、アレがあったのでアメリカは中国に手を出せなかったわけです。今の中東みたいなもんで、当時のアジアは、アメリカの軍産複合体に引っ掻き回されていた。挙句に、ベトナム戦争からポルポトです。あの時代に毛沢東が鎖国的な政策をやってなかったら、改革開放とか言ってたら、今ごろ中国はアメリカの植民地だw 中国南部・広東省スワトーで、経済や文化に壊滅的被害をもたらした文化大革命(1966~76年)の「悲劇」を伝える「文革博物館」が、地元当局によって封鎖された。
ベトナム戦争でアメリカを潰し、東南アジアから追い出して、はじめて、中国は改革開放へと舵を切った。中国人は、それくらいにはアタマがヨロシイw
文革開始から50年となる節目に共産党の「負の歴史」に注目が集まることを警戒したものとみられる。
博物館は「歴史を鑑かがみとするため」として、スワトー市元副市長の彭啓安さん(83)を発起人に建設され、2004年に完成。館内では、毛沢東が発動した武力闘争などで1000万人が犠牲となったとされる文革の教訓を記した掛け軸などを展示していた。 -
最近あまり聞かなくなったが、昔は公務員の悪口として「税金ドロボー」とよく言ったものである。そうすると公務員は「私たちだって税金を払っている」と反撃したものだが、その給料自体が税金から出ているという根本事実は変わらない。これが、税金も払わなければ、何かのたびに公務員リンチ事件が起こるだろう。
という前置きをするのは、我々庶民が公務員を「特権階級」だと考えている、という事実をまず明確にしておきたかったからだ。「親方日の丸」という言葉もある。つまり、公務員は社会の寄生虫だ、と民間人の多くが考えているのだが、私などが「国民の半数以上を公務員にしろ」と言ったら、それこそキチガイ扱いされるだろう。亡国の言だ、とされるに決まっている。
だが、はたしてそうか。私はキチガイ発言をしているのか。
国民が公務員を特権階級だと考えているなら、「あなたも公務員になれますよ」と言われたら、飛びついてOKすればいいだけの話ではないか。それを、こんな時だけ愛国心に目覚めて、「公務員数拡大案」に反対するのは、奇妙な話である。それだけ「公務員悪玉論」がこの社会に浸透している、ということなのである。
確かに、これまでの公務員の概念は「自分では何も生み出さないくせに高給を取り、安定した生活をしている寄生虫」だっただろうが、私が言うように、第一次産業も含め、社会に必要な「実業(これは虚業の対義語として使う。)」をする者はすべて公務員とするならば、公務員は「税金ドロボー」どころか尊敬すべき職業の第一となるのである。
さて、では、公務員の給与はどうするか、と言えば、それは、公務員なのだから税金から出るに決まっている。要するに、公務員自身が納めた税金が公務員のもとに返ってくるのである。国民の納めたカネが国民にほとんど還元されるわけで、これほど理想的な税金の在り方は無いのではないかwww
いや、冗談に聞こえるが、これが冗談ではないのである。税金とは本来そうあるべきものなのだ。少なくとも、王侯貴族や政商(代表がロスチャイルドやロックフェラー)のいない社会では、税金はそうあるべきだ。
つまり、政府の役目は、国民から預かったカネを適切に再配分して国民に返す、というのが主なもの、となる。間違っても役人や政治家や政商が自分の懐に入れてはならないのである。
さあ、これはキチガイ思想だろうか。それとも、未来永劫ありえない能天気(ユートピア)思想だろうか。私は、100年後の世界では、むしろこれこそが当たり前となっていて、今の社会が狂った社会、暗黒社会だったと考えられているかもしれないと思っている。
国民の半数以上が公務員、ということなら、当然残りは民間人である。その民間人とは、私企業に勤める人間と無職者である。民間企業では、給与体系を好き勝手に設定し、ホワイトからブラックまで好き勝手にやればいい。利益獲得が企業目的なのだから、泥棒だろうが、詐欺だろうが、脱税だろうが節税だろうが、お好きなように、だ。あまりにひどい場合は、もちろん、警察と裁判所の出番である。カネと贅沢が人生の主目的で、自分の「努力」次第で超高給が取れる職場で働きたければ、私企業に就職すればいいのである。外国に脱出してもいい。
ということで、今度こそ、完全に「産業と経済」の項目は終わりとする。
すなわちこれが、私が言う「社会主義と資本主義の幸福な結婚」である。
なお、老人でも子供でも公務をすれば「公務員」あるいは「準公務員」となる。まさに「一億総活躍社会」ではないかwww 専業主婦もPTAや町内会の「公務」をすれば公務員であり、給与支払いが当然発生する。ボランティアなどという「公務経費削減」用の洗脳思想は社会から退場させるべきだ。
移民に関して言えば、「来るものは拒まず」でいいが、ただし犯罪歴や犯罪可能性は厳しく見るべきだろう。日本国内で犯罪を行ったら、即座に国外追放すればいい。 -
これからの日本の産業と経済に関しては、前回で終わりにしようと思っていたが、ただのグランドデザインにしても、まだまだ不十分な気がするので、もう少し続ける。
これからの産業と経済を考察するために「針路盤」が指し示す海図区域は次のようなものだ。
1)貿易によって儲ける、ということは現在の世界状況から見て、可能性的に最小限にとどまる。
2)つまり、国内生産がそのまま国内消費となる経済システムを構築すべきである。(ほとんど鎖国経済である。)
3)上記の条件でありながら、生活水準を下げず、むしろ向上させる方向(手段)を見つけることは可能か。
4)その条件下で、通貨システムはどうあるべきか。たとえば、ドル基軸体制の下で3)は可能か。
5)同様に、金融システムはどうあるべきか。
6)その他の要件は何か。
まあ、要するに、自分の思考を進めていくために自分で仮に設定したガイドを羅針盤とか海図と言っているわけである。
で、「第一次産業をこれからの産業の核とする」というのが産業論の一応の解答、「国民の6割(数字は7割でも8割でもいい)を公務員にする」というのが経済論の一応の解答であった。
だが、これですべてが解決するわけではもちろんない。これは大きなデザインでしかないし、そのデザイン自体が間違っているかあるいは大きな不備がある可能性があるかもしれないから、ここで再度考察しておこう、というわけだ。
特に、「外貨獲得が無くて、国内経済が成り立つか」「公務員給与だけで国家財政が破綻するのではないか」という疑問が起こることは想定できる。
私の記憶が確かなら、GDPに占める輸出産業の割合は15%程度だったと思う。ということは、輸入産業の割合も同じくらいだろうから、合わせて30%が海外貿易であり、これはGDPのおよそ6割が個人消費(家計消費)だという事実と一致する。ということは、単純な考え方をすれば、海外貿易が無くなれば、日本のGDPは3割減少し、日本は3割貧乏になる、とほとんどの人は考えるはずである。
だが、本当にそうか。海外貿易をやっている企業が政府に納めている税金や従業員給与は確かに日本経済に寄与しているだろうが、では、それらの代わりに、国内だけの営業をする企業が同様の規模で誕生したらどうなるのか。それでも同じだけの税収があり、同じだけの雇用があることになるのではないか。たとえば、前から書いている「大規模農業工場」を作る、という話でもいい。
海外との貿易が日本を豊かにしている、というのは一種の幻想ではないか、と疑う必要があるのではないだろうか。(貿易による「文化輸入」も「(精神的)豊かさ」の増大ではあるが、それはここでは論じる必要はないだろう。)
確かに、中国などの経済的発展を見たら、海外からの投融資が後進国の経済を飛躍的に発展させるその凄まじさを感じざるを得ない。だが、これは、「カネを投入すれば経済は膨れる」というだけのことだ。今の日本に外国資本がカネを投入するどんな理由があるだろうか。
つまり、「外貨獲得」は、日本に関してはオワコンの概念ではないか、と私は考えているわけである。そもそも、低賃金労働者もいない、使える理系人材もいない、土地も無い、地下資源も無い、海は汚染されている、地震だらけである、老人だらけである、という国だ。まあ、漫画やアニメの先進国である、というだけが取り柄の国ではないか?
「外貨獲得」の問題については以上とし、次の回では「国民の半数以上を公務員にする」ことの可能性を論じてみたい。 -
小林節新党を提案した「世に倦む日々」氏自身が小林節新党の先行きに悲観的なことを言っているのだが、私も同意見である。「世に倦む日々」氏は、選挙の得票数とか政党支持率調査の数字をまともに信じて、昔ながらの選挙対策論を長々と論じる癖があって、そういう場合は読み飛ばすのだが、「選挙民心理」や「大衆心理」に関しては、時々聞くに値する発言もある。
ここでは、本文記事(本当は有料記事だが、コメント欄から遡れば全部読める。)と、その記事へのコメントを二つ転載する。コメントの方が、部分的だが面白い情報や意見がある。
しかし、「世に倦む日々」氏は、「思想の著作権」みたいな馬鹿げた話が好きだなあwww
ネットには無数の「アイデア」や「妄想」が存在するのであり、「自分がそれを言い出した」などというのは何の意味もない話だ。まあ、人間の器が小さいと思われるだけだろう。いいアイデアなら誰のアイデアでも世間に広がるほどいいのである。
(以下引用)本文写真などはカット。私(徽宗)が賛同できる部分は赤字にしておく。
前途多難な小林節の新党「国民怒りの声」 - 立憲主義の言葉の減価償却昨日(5/9)、憲法学者の小林節が政治団体「国民怒りの声」の設立を発表、夏の参院選に比例区から立候補する意向を表明した。昨日のネットは、木下ちがやと山本夜羽音の騒動と並んで、この話題で持ちきりとなっていた。私が昨年6月にブログに上げた「小林節を首班とする立憲連合政府の閣僚名簿」の記事が頻回にTwで参照され、何やら、恰もそれが小林節自身の構想のように早合点されて紹介されていた。私の記事に直接リンクするのではなく、閣僚名簿の画像だけを切り取った形で回覧されていて、誰がこのアイディアを提起したかは触れられず、クレジットが付されておらず、その点は著者として遺憾に思う。ネットではこのニュースは関心が高かったが、夜のテレビ報道ではほとんど取り上げられず、テレビの前で肩すかしを食らった感じを受けた。反町理とか後藤謙次とか、テレビ論者のコメントから政界の反応を窺うことができなかった。総じて言えば、マスコミにとってインパクトのない、政局屋にとって魅力のないニュースだったのだろう。その評価は妥当だと言える。何と言っても、出馬が決まっているのが小林節だけで、10人の政治団体と言いつつ、他に立候補する名前が決まってないのだ。
候補者はこれからネットで公募すると言う。この準備不足の説明には失望させられた。本来、記者会見で立ち上げを発表するなら、そのローンチイベントに著名人の顔を何人か並べ、賑々しく華々しくやらないといけない。世間の耳目が集まり、テレビ報道のトップニュースになるような重量感で演出しなくてはいけない。そうでないと国民の期待は集まらない。私はてっきり、岩上安身とか飯田哲也が脇に構えていて、候補者名簿の中に入っているものとばかり予想していた。投票まであと2か月だが、時間的に間に合うのだろうか。ネットを見ると、新団体の看板が小林節一人だけだった場合、100万票取れるかどうかだという厳しい観測が示されている。私もこの見方に同意で、小林節一人だけの新党の場合は、小林節が思い描いているようなブームの旋風を起こすことはできず、投票率を底上げする要素にはならず、既成政党を拒絶している無党派層の心を動かすことはできないだろうと考えている。もっと他に豪華なビッグネームを揃え、斬新な理念と政策を大きく打ち出さないと、単に立憲主義という言葉だけでは無党派は食指を動かさないだろうと、悲観的に見ざるを得ない。記者会見が一人だけだったのは、呼びかけた者たちに断られたからではないのか。
悲観的な想定をする理由の第一を挙げれば、小林節のイメージがこの半年間で完全に「野党共闘」と同じ範疇に溶け込んで埋没してしまっていて、「野党共闘」とは異なる独立した一つの勢力のシンボルという認識が一般にできなくなっているからである。民進党と共産党が一つになった「野党共闘」、小林節はその「野党共闘」のシンボルであって、「野党共闘」を支持しない層に訴求して共感を調達する政治的性格をすでに失っている。「野党共闘」と一心同体の存在だ。何より、そのキーワードは立憲主義に他ならない。「野党共闘」の旗印と同じだ。だから、比例で「国民怒りの声」に投票する有権者は、本来は民進党か共産党か社民党か生活党に投票する人々であり、そこから削られて票が流れるという具合になる。民進党も立憲主義を言い、共産党も立憲主義を言い、小林新党も立憲主義を言い、結局、同じ立憲主義のバスケットの中から一つを選ぶという投票になる。立憲主義のスローガンで本当に票が取れるのだろうか、新しい票を開拓できるのだろうか、その点は実は大いに疑わしい。というのは、現在の日本の政治における立憲主義という言葉は、反安倍・反安保という意味しかなく、そのレベルでの概念定着しかないからだ。
立憲主義は、きわめて皮相的というか、表面的な政治スローガンに意味が回収されてしまっている。たとえば、現時点で、NHKの世論調査を見ると、安倍政権を「支持する」と答えた層が45%も存在する。「支持しない」と答えた層は33%しかない。立憲主義という言葉を政治変革のイデーとして積極的に受け止めている層は、全体の33%しかなく、45%にはその説得力が全く届いてないのだ。それが現実だ。昨年からずっと言い続けてきたことだけれど、立憲主義について、国民の間で議論の機会があまりに少なすぎたことがある。一人一人が立憲主義の概念について学び、樋口陽一の本を開いて熟読し、学習会をやり、個々人のレベルで立憲主義を自分のものにするという思想の内面化のプロセスがなかった。それは立憲主義じゃないとか、オレはこうだと思うとか、そういう侃々諤々の日常の討論の反復を通じて、個々が立憲主義を自分の思想にすればよかったのだけれど、つまり、昭和21年から22年の民主主義のような形で、立憲主義の限界も含めて、豊かに立体的に、国民が自家薬籠中のものにすればよかったのだが、そうした経験はなく、単に「野党共闘」のスローガンとして、反安倍のフレーズとして活用され普及するにとどまった。
そのことが、今、一人で新党構想を持って現れた小林節に対して、カリスマ登場の期待感が起こらず、小さなニュースになってしまっている原因ではないかと思われる。昨年6月の時点で、小林節が立憲主義の新党を打ち上げれば、それは空前の影響と余波となって大地を震撼させたことだろう。要するに、小林節も、立憲主義の言葉も、半年間で減価償却が甚だしくなっているのであり、政治的な価値と影響力を著しく落としてしまっているのだ。政治的にマンネリズムに陥ってしまっているのである。立憲主義の言葉は、この一年間、それは前提的なことだ、常識の範疇だ、知らない人間が無知すぎるのだと、そう上から教育されて刷り込まれてきた。実際には、中学や高校の社会科の授業で立憲主義など一度も教わったことがないのに、その事実が捨象され、誰もが知っている普遍的な真理という扱いをしなければならなかった。だから、個々人が立憲主義の概念と内面的に格闘しておらず、格闘した後のコミットという碇づけをしていない。したがって、個々に立憲主義への深いコミットはなく、政治の流行用語ぐらいの感覚で相対化され、その延長線上に小林節への今の評価があるのである。秋以降、共産党と行動を共にし、「国民連合政府」の宣伝に一役買い、すっかり左翼リベラルの世界の論客になってしまった小林節には、昨年6月の圧倒的なパワーと存在感がない。
小林新党を提案した立場として恐縮だが、「国民怒りの声」の前途は多難だと思う。
ご無沙汰しています。年甲斐もなくバーニー・サンダースのオッカケに嵌り、かれは現在もさらに奔走中ですが、少し落ちついて考えられるようになったので、コメントいたします。 NY金魚
◆ アメリカのサンダースのほか、英労働党のコービン、スペインではポデモスのイグレシアス、ギリシャ・シリザのツィプラス、カナダのトルドー首相、と世界的に若者を中心としたグラスルーツの運動が、この終末的資本主義を少しでも動かすために大きく動きはじめています。
◆ そして選挙の近い故国日本に眼を向けると、やはり若者たちが奔走しているのは事実のようですが、かれらを牽引する指導者が皆無です。
先年からのお説のように「野党共闘」ではなく、新党を立ち上げないかぎり現政権に対抗する力にはならない。この史上最大の危機に、こんな当たり前のことが実現できない現代日本は、やはり現政権によって体よく去勢させられた、としか思えません。
>昨年6月の時点で、小林節が立憲主義の新党を打ち上げれば、それは空前の影響と余波となって大地を震撼させたことだろう。<
それでも苦渋の選択肢として、在外邦人のひとりとして小林新党の応援をしたいと考えています。
◆ この期に及んで、自分を含めた、反アベに関わる同志たち全員の『怠慢』を告発します。
Commented by 私は黙らない at 2016-05-11 03:37 x3人の憲法学者がそろって国会で「違憲」発言をした、その衝撃は、「立憲主義」の一般市民への鮮烈なデビューでした。
その新鮮な感動が、色あせないうちに小林先生が決断され、実行に移されていたら、また違った展開になっていたのでしょうか。
結局、参院選はどうなるのでしょうか。
来年早々、変革を迫る大波が、太平洋を越えてやってきます。選挙で不正操作がなければ、次期アメリカ大統領はトランプ氏になる公算大でしょう。この事実を、都合のわるい現実と目をそらさず、日本の政治家は直視すべきです。トランプは日本に自立をせまってくるはずです。小林先生には、一歩踏み込んで、近い将来起こるはずの大激動に対する意思を明確にしていただきたいと思います。カネを払って安保体制にしがみつくのか、米軍に撤退してもらうのか。自衛隊の存在をどう定義するのか。はたまた、丸腰になるだけの勇気があるのか、
小林先生には、国民が実は一番関心のあるアベノミクス後の経済政策と安全保障問題に関して、一歩踏み込んで発言してほしい。この二点に関しては強力なブレーンが必要だと思う。 -
新党の設立に賛同するのではないが、新党設立記念として転載保存しておく。
私がこの新党にあまり関心を持てない(むしろやや批判的か)のは、幾つか理由があるが、特に、下の質疑にもあるように、新党設立は野党統合ではなく、野党分断にしかならないと思うからだ。
とりあえず「不正選挙問題」だけでも強くアピールしてくれたら、私は(それがどの政党でもいいのだが)評価を変えるだろう。
それ以外の低評価の理由
1)小林節という人間への評価が未定。「戦争法案」反対で活躍したが、もともと改憲派で保守系の人物だったと思うし、顔もあまり好みではない。人間として信頼できる人物かどうか分からない。
2)新党名がダサイ。そういうセンスの人間が党首では党勢が大きく伸びると思わない。
3)下記記事を読んでも、見切り発車感が強い。こういう調子では空中分解する可能性が高い。
評価できる点も書いておく。
政策にはほぼ賛同する。
言論の自由の回復。
辺野古新基地建設の中止。
TPP中止。
原発再稼動の中止。
憲法改悪の阻止。
の5つは、現在の最重要問題をほぼ尽くしている。だが、アピール力という面で問題がある。
最大の難点は、経済政策の欠如だ。「何か国民の具体的な(物質的な)利益になること」が欠如していては、民意を得ることは難しいだろう。大衆は「義」でなく「利」で動くものである。
もっと大きく言おう。最近の私の「マイブーム」である言葉を使えば、「これからの日本のグランドデザイン」(幸福な未来像)を「現実性をもたせて」描かないと大衆は付いてこないはずである。
インチキのアベノミクスでも大衆の支持はある程度得たはずだ。そこに学ぶべきである。
旗が不鮮明だ、という問題もある。
ここは米国のサンダースブームを見習うべきだろう。世は脱資本主義に向かっていることをはっきりと認知し、1%(あるいは上級国民)対99%(あるいは大衆)の戦いを鮮明にしないと国民の「怒りの声」は、誰の何(誰)に対するどういう怒りなのかも分からないのである。もっと国民の感情に訴える「怒り」の表現が必要だ。
それに、どういうメンバーが「同志」なのか明確にしていないのも頼りない。最低でも「生活の党」や「共産党」と組まないと、新党としての意味はないだろう。
そもそも、上にあげた5つの政策は共産党の訴えとまったく同じなのだから、別政党を作る意味はない。ただ「共産党嫌いの人間が多いだろうから、共産党からは出馬せず、同じ政策の新党を作ってみました」というだけだ。まあ、逃げ腰のままリングに上がった、という感じである。
大衆心理を理解していたからこそヒトラーもあそこまで怪物化したのである。ナチス(ヒトラー)を見習うべきは自民党よりも他の政党ではないか。
(以下「晴耕雨読」から引用)
「「新自由主義から共生社会を目指す。」小林節氏による記者会見:IWJ 実況ch4」 憲法・軍備・安全保障https://twitter.com/IWJ_ch4
5月9日(月)14時より、慶應義塾大学名誉教授・小林節氏による記者会見の模様を実況します。
小林氏は夏の参院選への出馬を表明するものと見られています。Ch4→https://t.co/hVXJMgIk6c
小林氏「政治団体『国民怒りの声』を設立します。宣言文を読み上げます。政治の使命は国家権力を用いて主権者国民の幸福を増進することにつきる。立憲主義の危機である。許されることではない」http://bit.ly/1gNf5hT
小林氏「アベノミクスは失敗している。戦争法の制定による防衛法の突出はわが国の富を失わせている。安倍内閣には一日も早く退陣してもらわなければならない。参議院1人区では野党統一候補が着実に誕生している」http://bit.ly/1gNf5hT
小林氏「基本政策は以下のとおり。言論の自由の回復。辺野古新基地建設の中止。TPP中止。原発再稼動の中止。憲法改悪の阻止。以上です。それでは、質問を受付ます」
バズフィードジャパン記者「小林先生の専攻は憲法学だが、憲法以外の政策も述べている。ブレーンは誰か」
小林氏「自由と平和に奉仕するという観点から言えば、政策はおのずと出てくる。ブレーンとしては、友達がたくさんいます」
記者「SEALDsら市民の応援は入るのか」
小林氏「方針はまだ決まっていない。このまま言ったら、安倍総理の暴走は止まらない。ねじれ国会を再び起こすことが重要。すべての人に『気があったら』くらいで呼び掛ける」
小林氏「新自由主義から共生社会を目指す。これと意見が違う人がいたら、一緒に闘ってくれなくて結構です」http://bit.ly/1gNf5hT
朝日新聞記者「既存政党に対する野党票が割れるのでは」
小林氏「割れるという意味がわからないのだが」
記者「食い合う、という意味です」
小林氏「勝つためには、まず裾野を広げなければいけないと思う」
フリー・田中龍作記者「参院選で1人区に候補者を立てるか」
小林氏「立てるつもりはない。推薦を求めてきたら、喜んで推薦する」
田中「選挙資金は」
小林氏「クラウドファンディングを考えている。サンダースの影響が大きい」
田中「党名の由来は」
小林氏「制服向上委員会の歌を聞いたんです。我々には時間がない。インターネットですぐキャッチアップできると思う。いずれ、『怒り』をとって『国民の声』にしたいとも思う」
ファクタ・宮嶋記者「民進党への怒りがあるのか」
小林氏「本当に野党共闘が実現したら、私は引っ込んで応援団に戻りたいと思う。しかし、私を道具として利用しようとする政治家が多すぎる」http://bit.ly/1gNf5hT
小林氏「野党でも縄張り争いが起きている。そうこうしているうちに時が迫ってきた。『世の中の役に立って、はじめて学問である』とハーバードで学んだ。私には女房以外失うものはなにもない」
時事通信記者「既にメドの立っている候補者は」
小林氏「空に向かって公募する。講演で回って分かったが、全国に能力があって志のある人がたくさんいる。既存の政治家にも志を持っている人がたくさんいる」
東京新聞記者「32の一人区で野党統一候補ができた。民進党の候補者に推薦するか。政治団体の届け出はいつか」
小林氏「政策に共鳴し、向こうから言ってくれれば、推薦は出します」
沖縄タイムス記者「辺野古新基地建設を政策にあえて入れた理由は」
小林氏「辺野古なんて、なぜあんなナンセンスなことが続いているのか。自治体が嫌だと言っていることを国策だとして押しつけるのは、デモクラシーに反している」
小林氏「日本の政治家はジャパンハンドラーとしか交渉していない。鳩山さんが言った『少なくとも県外』は常識です。私にやらせてもらえれば、再交渉はできます」
中国新華社通信記者「安倍政権の政策で一番怒りを感じるのは安保法か」
小林氏「怒り心頭です。中国とは経済的に依存しています。米国が1軍で英国が2軍、だから日本が3軍になる、というのは間違っています。政策として愚かだと思います」
月刊正論「自衛隊の存在は合憲か」
小林氏「私は自衛隊合憲説です。専守防衛に徹する第2警察としての自衛隊は合憲です。米国の都合で世界の喧嘩に介入する気はありません」
東京新聞記者「参院選の目標は。それから衆参同日選になったらどうするか」
小林氏「野党全体として、自公+おおさか維新に3分の2を取らせないこと。同日選になったらてんやわんや。参議院に向けてしか能力も資格もないと思う」
フリー上田記者「北海道5区補選では野党が敗れた。投票に行かない人にどうパフォーマンスするか」
小林氏「パフォーマンスはしない。我々が立ったこと自体がサプライズ。これで、選挙に行く楽しみができた、という方もいます」
東京新聞記者「若い世代への呼びかけをお願いします」
小林氏「とにかく、選挙に行くことですね。2年前に大学を辞めた時、無関心層に本当にうんざりしていました。でもSEALDsなどのような若者が出てきた」
フリー・田中龍作記者「政策が近い社民党や生活の党と近いと思うが、一緒になることはないか」
小林氏「そういうことは考えていない。政治を目的とする方とは一緒になるつもりはない」
NHK 記者「参院選まで間もないが、どう臨んでいくのか」
小林氏「私はガラケーだけで生活しているが、10人の仲間にはITに詳しい人がいる。インターネットを活用して政策を訴えていくつもりです」
フリー畠山記者「10人のお仲間を教えてください」
小林氏「それは無理だと思います。ビジネスをやっている方もいますので。友人をここにさらすわけにはいきません」
畠山記者「クラウドファンディングの目標額は」
小林氏「私はよく分からないんです。。サンダースのやり方がいいな、というだけで。供託金、交通費、ポスターが必要だということぐらいしか分からないんです。申し訳ない」
朝日新聞記者「10人のお仲間の中に、これまで市民運動をやってこられた方もいますか」
小林氏「いますね。でも、名前は言えません」
共同通信記者「候補者擁立のメドは何人でしょうか」
小林氏「現時点では私ひとりです。空に向かってオープンに募集します。こちらから誘うと、『誘われて来てやってる』になってしまいますから」
読売新聞記者「候補者が集まらなかった場合、小林先生が単独で東京選挙区から出る、ということはありますか」
小林氏「それはありません」
東京新聞記者「政策が既存の野党と重なっている部分が多いと思います。政策はもう少しブラッシュアップするのか」
辻恵事務局長「今週の金曜日に報告集会をします。ブレーンと詰めて、5月いっぱいにはブラッシュアップしたものを出していきます」
以上で記者会見終了。中継・実況も終了します。ご視聴いただきましてありがとうございました。動画アーカイブは、準備が整い次第、IWJのホームページにアップいたします。http://iwj.co.jp -
国民全員が公務員である、というのは社会主義の一種だろう。社会主義はすべて悪、と思っている人はここで読むのをやめればよい。まあ、そんなのは今どき、よほどの化石人間だけだと思う。
しかし、国民全員が公務員という社会体制は存続できるはずはない、と思っている人は多いと思う。だが、はたしてそうなのか。あるいは、公務員の割合が国民の8割くらいいる、という国家は存続不可能なのかどうか、また、そういう国家で国民は幸福か不幸かを考察したい。
旧ソ連は、ある意味では国民全員が公務員のようなものだったと思う。そして、その社会体制は崩壊した。したがって、社会主義国家は存続不可能であることが歴史的に実証された、とたいていの人は思っているだろう。私は、ソ連型国家が唯一の社会主義国家の形態だとは思わないし、その崩壊の理由は社会主義のせいではなく官僚主義のせいだと思っている。そして、官僚主義のもたらす悪は資本主義でも同様にある。ただ、社会主義(あるいは共産主義)では、労働へのインセンティブが失われるから、経済的に衰退していく(資本主義国家との対比の意味でだが)、という面があり、それがソ連の崩壊のもう一つの原因だっただろう。
さて、私の提案は、国民の6割くらいが公務員、あるいは準公務員になればいい、というものだ。
その対象となる職種は
1)政府機関、地方自治体職員
2)第一次産業従事者
3)教育機関従事者
4)保育園、養護施設、養老院従事者
5)医療機関従事者
6)伝統芸能、伝統技術保存者
7)警察、消防、自衛隊(これは災害救助隊に変更)
などだが、見落としは後で追加していけばいい。
1)と7)は現在でも公務員だが、公務員の範囲を大幅に広げろ、というのが私の意見だ。特に、2)の「第一次産業従事者」を公務員にしろ、という意見は暴論だとされるだろう。
だが、国民の食糧を供給し、健康と命を守る意味では、これは警察や消防や自衛隊以上に「公務」というのにふさわしい職種だと私は思っている。「食料防衛」という言葉があるくらいであり、第一次産業は全職種の中でもっとも国民の生命を預かっているのだ。カネがあればいつでも食料が手に入るわけではない。そもそもカネを中心とする資本主義自体が揺らいでいるのだ。
3)~5)も「公」的な仕事であり、「金儲け」を目的としてはいけないものだろう。6)はまあ、文化的保守主義者としての私の希望を書いただけで、取り下げてもいいし、ほかのを入れてもいい。
いずれにしても、「価値はあるが、カネ儲けには結び付きにくい」仕事はすべて公務員とする、という大方針でいくわけである。おそらく、出版業なども近いうちに6)に入るだろう
で、国民の大半がこうして公務員になれば、その原資はどうする、と思うだろうが、最初に書いたように、「公務員の給与は上下格差を少なくする」という方針なのだから、自動的に「給与の平準化」が起こり、原資は要らなくなる。つまり、私が前から言っている「社会主義と資本主義の幸福な結婚」がこうして生まれるのである。ついでに言えば、公務員の給与の2割くらいは日本国債(10年ものか20年もの)で払うことにすれば、給与カットにもなり(ただし、これは一種の「貯蓄」である)、「国家への責任感」も生まれるだろう。
税金のほとんどが公務員給与で消えても、これなら、国民のカネが国民に戻るだけである。もちろん、大金儲けをしたい人は「民間」の仕事に就けばいい。こちらは一律10%程度の所得税と法人税で十分だろう。
まあ、細部の掘り下げは別に考えればいい。今はただ、そういう提案をしておく。 -
第一次産業は、全世界的な競争の結果、カネにならない。
第二次産業も、全世界的な競争の結果、カネにならない。
第三次産業は、一部の「観光県」以外は外から流入するカネにならない。
というのが各県の全体的状況である。では、東京だけはなぜ富裕なのか、と言えば、それは大企業の本社が軒並みそこにあり、会社収益はそこに流れ込み、高給取りの社員や高給取りの経営者や高給取りの政治家や高給取りの(しつこいねwww)官僚や高給取りのマスコミ人・文化人がすべてそこに住んでいるからだろう。
つまり、政治と経済と文化の中心地であるから、東京は裕福なのだ、ということだ。前に書いた中央と地方の問題がここにもある。政策の大半は、実は東京しか念頭にない。当たり前だ。そこを中心にすれば、そこにいる政治家や官僚の懐にカネは入る。政商も東京に群がるわけである。まあ、蟻の群がる蜜のようなものだ。地方が衰退するのも当然の話である。
だが、本題から外れた。地方経済を自立させる方法を私は模索しているのである。
「外から流入するカネ」が無いと、地方経済は富裕にならない、というのが大多数の人の信ずる根本のテーゼだが、これは正しいか。
もちろん、入ったカネの分配の仕方で「景気回復」は可能だし、下の人間の懐を潤し、幸福にすることはできる。だが、上の人間からカネを取り上げ、下の人間に分配する政策を上の人間がやるはずはない。
(さて、ここから私が書いているアイデアは「日本全体を救うかもしれない」画期的アイデアなのではないかと思うのだが、単に「社会主義」のヴァリエーションと言ってもいい。しかし、現実に実行可能かもしれないし、その効果は抜群だと思う。まあ、未来の日本、あるいは未来の世界ではこれが当たり前、となってもおかしくないと思う。もちろんこの括弧内は後で追加して記入したもの。)
そもそも、前に書いたように、地方公務員の給料が地方経済の動脈だ、というのが事実だろうし、それはある程度「平等」だからこそ「血液が全体に回る」のである。公務員給与の上下格差が極端であったら、下の人間は生活防衛に走りカネを使わないし、上の人間は贅沢をしたら市民から告発されるから、カネを溜め込んで、使わない。公務員には給与格差が少ないということが、かろうじて地方経済やひいては日本経済を救っている、というのは新説だと思うが、ここで提起しておくwww
ここから派生したアイデアだが、「公務員(準公務員)の数を増やすことが日本人全体を幸福にする」というのを今思いついたので、次回にそれを考えてみる。
原発立地県の問題はどうでもよくなった。原発立地県もそうでない県も全部ひっくるめて日本全体を改造する案なのだからwww -
10)原発すべての即時停止と廃棄、福島の処理、原発立地地方の再建策を進める。
という考えであるが、日本の電力は原発なしでも十分に足りていること、地震国日本に原発があること自体が無謀であることの2点だけでも、原発すべてを即時停止し、廃止していくべきであることに異論はありえないだろう。その「異論」がすべて無茶苦茶な詭弁であることは論を待たない。
その廃棄へのプロセスは官僚に任せるとして、原発無き後の日本を考察したい。その前に、福島およびすべての原発立地県をどう「処理」するのがいいかを考えてみる。
福島はすでに原発事故の後、他は「これから(事故が起こるwww)」という違いはあるが、その違いはまた「福島は原発依存症への反省は一部にはある」「他県はこれからも原発に依存する気満々で、原発反対の声も上げにくい」ということにもつながるだろう。とりあえず、原発は廃棄する、と政府方針が決まれば、そういう「声」は賛成論も反対論も意味をなさなくなる。これが「民主主義(笑)の現実」である。
さて、原発立地県の「切り捨て」はしないという方針で行くなら、これらの県はどうすればいいのか、また政府はこれらの県にどういう対処をしていくべきなのか。
まず、福島に関して言えば、これは広島の例を考えればいいだろう。原発投下の直後には、広島の復興は未来永劫無理、と思われていたが、数年で復興した。つまり、人が一応住める程度になるには数年あればよかったわけだ。放射能の影響が実際には数十年もあったかもしれないが、広島の街自体が数年で復興し、人が住めるようになったことは事実だ。だからこそ、「仁義なき戦い」のようなヤクザ戦争すらあったわけだろうwww
福島の山野や農地に落下した放射性物質が除去できないのは自明であると思うが、これに関しては「福島(および関東)産の農作物、林産物、水産物は(原則として)後10年は使用しない」という方針で行くしかないだろう。その失業補償は、「原発村」の全収入を当てるしかない。それが福島原発事故を起こした原発村の責任であるのは当然の話だ。だが、それは事実上、国民の出す税金になるのは目に見えているがwww まあ、福島産品の放射能検査を行って、それにパスしたものは流通させる、という方針が今行われているようだが、そこまでして福島の第一次産業を再興させる必要があるとは私には思えない。インチキ検査で福島産品が全国や世界に流通したりするほうが怖い。これは考えの分かれるところだろう。放射能の影響が農作物から完全に消えたら、私も自分の意見を撤回するのにやぶさかではない。
さて、原発を廃棄したとなると、その施設自体が「放射性廃棄物」であり、また一種の「潜在的原爆」になる。廃棄した後も膨大なカネ(監視費用と管理費用)がかかるのが原発の特徴だ。これは、その施設は半永久的に立ち入り禁止にするしかないだろう。
で、原発立地県の新産業をどうするか、である。もともとロクな産業が無いからこそ原発を誘致した県が多いのだろうが、何をして県全体としての収入を得ればいいのか。
最悪の策は、そうした原発立地県に政府が補助金を流し込む政策だろう。それではいくらカネがあっても足りない。結局は国民全体への増税に継ぐ増税となるだろう。
第一次産業は、全世界的な競争の結果、カネにならない。
第二次産業も、全世界的な競争の結果、カネにならない。
第三次産業は、一部の「観光県」以外は外から流入するカネにならない。
というのが全体的な状況だと思われる。では、どうすればいいか。考察は次回に続く。
しかし、私もカネにならない考察をよくしているもんだ。まあ、ほとんど趣味だけど、「市民としての使命感」が無いでもない。誰もそんな使命を与えてはいないが、誰もやらないのだから、誰かがやるべきだろう。
ここで書いたアイデアの一つでも10年後100年後に実現したら、自分がこの世に倦まれた甲斐もあろうというものだ。まあ、安藤昌益や大杉栄や幸徳秋水や中江兆民やルソーやヴォルテールに自分がなったくらいのつもりで書いているのである。思想は世界を変える、というのが私の根本思想である。 -
これからの日本のグランドデザインを考える、というのは私が自分自身に勝手に出した課題だが、最初に考えたのがこういうもの(下の項目1~10)だった。これはもちろん「叩き台」だが、案外自分自身の政治経済的思想の総まとめになっているようだ。
だが、少し前に書いた7)と9)の問題に関しても、書いた内容はかなり不十分なもので、「産業と経済」だけでももっと掘り下げ、徹底して考えたいとは思っている。
とりあえず、備忘の意味で、最初に書いた10項目を再掲載しておき、それから、先に進む前に、「産業と経済』の補足的考察をしておきたい。
1)現在の三権のありかたを変える。具体的には後で考える。
2)選挙制度を根底的に変える。いうまでもなく不正選挙を完全に防止する。
3)多数決に代わる、国会その他での決議方式を考案する。
4)マスコミの在り方を根底から変える。
5)教育制度を根底から変える。
6)自衛隊を災害救助隊に変える。
7)産業構造を変える。具体的には第一次産業を振興し、所得構造を変える。さらに具体的には、労働分配率を大きく上げ、国民平均所得を5割アップ、最低所得を倍増させる。
8)税制を大きく変える。具体的には「土地国有制」に基づく諸改変をする。場合によっては、財産再分配も考慮する。
9)中央と地方の関係を変える。具体的には、中央一極集中の是正と地方の産業振興。具体策は後で考える。
10)原発すべての即時停止と廃棄、福島の処理、原発立地地方の再建策を進める。
さて、「産業と経済」の問題には、膨大な内容があり、たとえば社会問題化している保育園問題や介護事業問題なども重要問題だろう。だが、それらは「グランドデザイン」として論じるべき内容ではない。もっと、全体を大きく見るのがグランドデザインというものだろう。
たとえば、福島県全体を「廃棄する」(これは政府が現実的に行っていること)か、それとも福島を再興し、日本の経済全体の中に組み入れる方策を考えるか。これが、3.11と福島原発事故が起こってから日本の上層部が考えてきた問題だろう。そして、「福島廃棄=東京オリンピック誘致」という結論になったわけである。大事なのは、東京オリンピック誘致は福島ネグレクト(福島廃棄)とセットになっているという事実だ。東京オリンピック実施のためには、誇張して言えば、日本(関東が主だが)の建設業の全リソースを傾注することになり、それは関東東北の津波・原発被害からの再興をほぼ切り捨てることになるのだから。
イメージしやすいように個人の話として言えば、家が洪水で大浸水し、幼児や老人が汚染水を飲んで病気になって寝込み、家財の大半が財産価値を失ったのに、家の主人が「祭りだ祭りだ」と浮かれている家のようなものだ。
こういう人を普通はキチガイと言うのである。
だが、それが家の主人ではなく、家作が無くなっても他に膨大な資産がある家主ならば、住民の洪水被害は見捨てて、祭りで別の金儲けをしようと考えてもおかしくはない。それが東京オリンピックである。だから、私は東京オリンピックは重大な政治犯罪であり、それを許す国民は阿呆であり、それに協賛する人々は犯罪協力者だと言うのである。
ということで、「産業と経済」関連項目として、10)の
10)原発すべての即時停止と廃棄、福島の処理、原発立地地方の再建策を進める。
について、次回は考えてみたい。
