今日の参院特別委員会での山本太郎議員の質問。アメリカがイラクでいかに国際人道法に反した無差別殺戮を行なっていたかを告発し、その戦争を支持し、自衛隊機で米軍の兵員や物資を輸送して協力した日本政府と安倍首相の責任を鋭く追及した。 http://www.youtube.com/watch?v=H-LpV9zJWTk&sns=em …
(引用2)「孔徳秋水」さんのツィッターから。赤字は徽宗による強調。
絶対君主制の君主ですら、しばしば国を乗っ取られたり、滅ぼされたりしているのが歴史の教訓である。主権在民国家において君主は国民。それが暗愚では、国がどこかの勢力に乗っ取られるのも当然の成り行きというものである。[7/30 14:48] 「偉大なリーダー」のような”救世主”を乞い求めるような国民は、主権在民国家にはいらない。「いらない」どころか、有害である。こういう甘ったれ国民は、権力に甘えればエサがもらえ、罪も許してもらえると思っている家畜である。家畜は参政権をもつべきではない。
[7/30 14:44] 主権在民は、権力のウソを見抜くことから始まる。テレビの”やらせ”ひとつ見抜けぬようで選挙権などもつべきではない。
[7/30 14:42] 主権在民においては、権力者のウソはひとつでも許してはならないが、畜民は「ウソのひとつもつけぬようでは、偉大なリーダーではない」などという話を妄信している。それは主権在民の放棄にほかならず、参政権を返上すべきことだ。
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今、「阿修羅」を見たら、ひとつ前の記事に書いた昨日の参議院での山本太郎の質疑書き起こしが載っていたので転載しておく。
イラク戦争に賛成したんですよね? 安倍総理は。賛成してなかったら多分ここまでこれなかったですもんね? 総理までね。で、アメリカ兵の輸送に関しても賛成されたわけですよね? これ賛成しなければここまでこれてないですもんね?
の部分は、昨日テレビを視聴しているときには、あまりにもサラッと言われたので気づかなかったが、相当な「突っ込み」である。今読んで、思わず笑ってしまった。
日本が米国の属国であり、総理も政府も米国の管理下にある、という事実を国会で暴露したのは初めてではないか?
いや、以前の国会質疑はまったく知らないが、(共産党議員あたりが言っているかもしれない。)少なくとも、この件が表マスコミでニュースになったという記憶は私にはない。
(以下引用)
<質疑全文掲載>山本太郎議員が戦争犯罪常習犯・米国の手口を告発!「総理、米国に民間人の殺戮、やめろって言ったんですか?
http://www.asyura2.com/15/senkyo189/msg/703.html投稿者 赤かぶ 日時 2015 年 7 月 31 日 00:42:06: igsppGRN/E9PQ 
yai @picoyaiさんより https://twitter.com/picoyai/status/626665423266648064
・【質疑全文掲載】山本太郎議員が戦争犯罪常習犯・米国の手口を告発!「総理、米国に民間人の殺戮、やめろって言ったんですか? この先、やめろと言えますか?」――安倍総理はまたイラクに責任転嫁
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/255683
IWJ Independent Web Journal「武器を持つ人間をみたら、殺せ。双眼鏡を持つ人も殺せ。携帯電話を持つ人は殺せ。何も持たず、敵対行為がなかったとしても、走っている人、逃げる人は、何か画策しているとみなし、殺せ。白旗を掲げ、命令に従ったとしても、罠とみなし、殺せ」――。
アメリカは大量破壊兵器の保有を「大義」にイラク戦争に踏みきり、国際法違反の攻撃を繰り返した。2007年、米軍はわずか1年の間に1447回もイラクを爆撃し、罪なき民間人を組織的に殺戮し続けた。
そして、「人道復興支援」の名のもと、米軍を支援してきた日本の自衛隊。結局、大量破壊兵器など存在せず、戦争の正当性など、どこにもなかった。
大義なき戦争に加担するという失態を演じておきながら、その総括もせず、なぜ安保関連法案で海外での自衛隊の活動を拡大し、これまで以上に米軍への支援を強めようとするのか。
「アメリカに民間人の殺戮、当時やめろって言ったんですか? そしてこの先、やめろと言えるんですか? 引き上げられるんですか?」
2015年7月30日(木)、参院の平和安全特別委員会で「生活の党と山本太郎となかまたち」の山本太郎議員が質問に立った。
以下、質疑の詳細な要旨を掲載する。
(原佑介)【速報】山本太郎vs安倍晋三【全19分】 7/30
■山本太郎議員の質疑要旨
山本太郎議員「『生活の党と山本太郎となかまたち』の山本太郎です。航空自衛隊がイラクに派遣されていたことは、総理はご存じですか?」
安倍総理「航空自衛隊は、イラク特措法にもとづきまして、平成16年の3月から、平成20年12月までの間、クウェートを拠点として、イラク国内の飛行場との間で、人員、物資を輸送していました。
具体的には、イラクの復興状況や、国連、多国籍軍の輸送ニーズを踏まえまして、国連、米軍等の要員や、事務機器、医療機器、車両、航空機部品、テント等を輸送したわけでありまして、その際、輸送対象となる人員が武器を携行することについては、それが常識の範囲内で、通常携行するものであれば、移送の対象としていたわけであります。これらの内容は、活動期間中や活動終了後に国会に説明、報告するとともに、適切に公表しています、と説明されました。これに間違いありませんか?」
山本議員「丁寧にご説明ありがとうございました。それはそうですよね。空自の先遣隊がクウェートに出発したときには内閣の官房副長官であられたんですもんね。航空自衛隊、イラクで何を運んでいたのかという話です。平成19年4月24日、衆議院本会議にて、総理は、航空自衛隊のイラク派遣について、国連、その他の人道復興支援のための人員、物資の輸送を行っていると説明されました。これに間違いございませんか?」
安倍総理「間違いはないわけでありまして、今、ご答弁したとおりでございまして、国連や多国籍軍の輸送ニーズを踏まえまして国連、米軍等の要員や事務機器、医療機器、車両、航空機部品、テント等を移送したわけであります」
山本議員「そうですか。2009年10月、防衛省が開示した、航空自衛隊がイラクでの活動を開始した2004年3月3日から最後の空輸となった2008年12月12日までの空輸実績の全記録では、全体で46000人、輸送いたしましたと。先ほど平成19年の総理の国会答弁だけを聞くと、『輸送したメインは国連の関係者がほとんどなのかな』と勘違いしそうになりますけれども、実際は、国連の関係者はたった6%ほど。
その10倍、約60%以上が米軍や米軍属だったということなんですけども、これ、何の目的だったんですかね? おうかがいしていいですか?」
中谷防衛相「ご指摘の通り、総人員が46479人、米軍人が約23727人でございます。この活動については、特措法にもとづいて、人道復興支援活動を政策的に重視しましたが、基本計画において、派遣部隊の編成規模については人道復興支援活動を実施するために必要な規模という観点から定めるとともに、派遣部隊は、人道復興支援活動に支障を及ぼさない範囲で、安全確保活動を実施しておりました。
イラクに派遣された航空自衛隊、こうした方針のもとで活動を実施いたしまして、米軍は、類似の安保理決議にもとづいて、治安維持活動のみならず、復興支援活動にも取り組んでいたということで、この2つの任務の中で活動したということでございます」
山本議員「蓋を開けてみたら60%がアメリカの軍人だったり軍属だったという結果があるわけですよね。じゃあ、どうして国会の答弁において『国連、その他の人道復興支援のための人員、物資の輸送を行っている』という答えにするのか。どうして一番多い人たちがその他の部分に込められるのか。意味がわからない。
(「“等”と一緒だよ」という声)
そうですよ。いちいち法律みてたら“等”と書いて、結局そこに全部集約されているんだろって。国連関係と言いながら、メインは米軍輸送に使ってたんじゃないかって。『週間運輸実績の一例』という資料があります。国連職員を運んでいると言いながら、その中身はほとんどが米軍関係、自衛隊関係の人員だった。
人道支援と言いながら、戦闘員を輸送してたんじゃないの、っていう話だと思うんですけれども、『自衛隊が運んだ米軍兵士も復興支援のための人員だった』と、総理、宣言なされますか?」
安倍総理「これはイラク特措法に基づく活動として、このクウェートを拠点としたイラク国内の飛行場との間で、人員、物資の移送をしたわけでありまして、あくまでもこの特措法に基づく活動をしていたわけです」
山本議員「なるほど。そうおっしゃるなら総理は、自衛隊がバグダッドまで輸送した兵士たち、お届けした兵士たちがその後、何をしたのかということの詳細まで把握されているということでよろしいですよね?
ということは、それらの兵士の所属部隊であるとか、従事した作戦まで知っていたという話になります。それが把握していたということになりますから。もう一度おうかがいします。把握していたということでよろしいですか? 内容は結構です。把握していたかしていなかったか」
安倍総理「この法律によって、まさに人道復興支援活動と安全確保支援活動を行うということになっているわけでありまして、そして自衛隊の舞台は物品の輸送に際しては、武器の輸送は行わないことにしているわけでございますが、今、私は詳細について承知しているわけではございません」
山本議員「なるほど。詳細はわからないんですよね、要は。そういうふうに聞かされているというお話ですよね? 当時も。そういう話に聞かされていたということじゃないんですか?
先に進みましょうか。総理は航空自衛隊がバグダッドに…ああ、そうや。これ資料請求したいんですけど資料請求できますかね? これ総理今は把握していないけれども、昔聞いた話によるとそういうことだということだと思うんですけれども、これ、本当に平和活動のみだったのかということの詳細というのはこれ、資料請求できますかね? 隠したりしないでしょう? 出してくれますか?」
安倍総理「輸送した米兵については、イラク国内で復興支援、または治安維持、いずれかの活動に従事していたと認識しています」
山本「では総理は、航空自衛隊がバグダッドに、輸送活動を行った2006年から7月以降、市民、米兵の犠牲者数がどのように変化していったか把握されていますか?」
外務省・上村司中東アフリカ局長「お答え申し上げます。米軍の犠牲者数に関しましてですが、ある一定の期間をくぎって米国が発表しているものではございません。我々が持っております数字は、米国国防省の数字でございますけれども、2003年3月19日から2010年8月31日までのイラクの重要作戦全体の総数でございますが、4424名の犠牲者が出ているという数字を持っております」
山本議員「イラクで犠牲になった亡骸、この亡骸の数をカウントしているNGO『イラクボディカウント』が発表しているものをご覧になればわかる通り、2007年の民間人の犠牲死亡者数、24000人にも登っている。で、自衛隊のクウェートへの移送が始まったのは、2006年の7月だと。この当時は安倍官房長官時代ですよね。これ以後の約1年間、開戦直後の空爆が激しかった頃を別にすると、もっともイラク市民の犠牲が多かった時期であり、米軍兵士の犠牲も一番多かった時期だそうです。
総理にお聞きしたいんですけれども、2007年の1年間ですね。まぁ2007年の1年間といえば、総理が第一次安倍政権で総理になられたときですよね。この2007年の1年間で、米軍が爆撃した回数はご存知ですか? これ(事前に質問を)通告していません。ご存知かご存知ないかだけで結構でございます」
安倍総理「爆撃した回数までは今、お答えすることはできません」
山本議員「1447回。2007年の1年間で、1447回も爆撃された、というのがイラクの現状だ、と。いわゆるテロとの戦いだと先進国が始めた戦争によって、子ども、女性、お年寄り、多くの市民が犠牲になった、と。
イラク戦争に賛成したんですよね? 安倍総理は。賛成してなかったら多分ここまでこれなかったですもんね? 総理までね。で、アメリカ兵の輸送に関しても賛成されたわけですよね? これ賛成しなければここまでこれてないですもんね?
我が国の総理がイラク戦争の実態をあまり詳しくはご存じないようなんですね。その一方で自衛隊の活動を拡大しようとしているって、アラブの人々、世界の人々が聞いたらどう思うんですか。
航空自衛隊のイラクでの空輸活動については、2008年の名古屋高裁で違憲判決、憲法違反だという判決が確定しています。総理、ご存知かご存知ないかだけお答えください」
中谷防衛相「平成20年の4月17日に、名古屋高裁における判決について、違憲の確認、および差し止めを求める訴えは、不適法なものであると却下されました。また、損害賠償請求は法的根拠がないとして棄却されておりまして、国側が全面勝訴の判決でございました」
山本議員「総理、とお願いしたんです。総理にお答えいただきたい。最高責任者なんでしょ? この違憲判決。ようは、このイラクでの空輸は違憲だ、憲法違反だという判決が出た。その要旨、中身を見てみると、『政府と同じ憲法解釈に立ち、イラク特措法を合憲としても、憲法9条1項に違反する活動を含んでいることが認められる』。
人道支援といわれるものの実態は結局、米軍との武力行使一体化であった、と。それがはっきりと司法によって判断された。イラク戦争でも我が国は多くの民間人を殺すことに加担していた可能性が高いということを伝えているわけですよね。
輸送した米兵の中では、ひょっとしたら戦場に向かって、人道復興支援だという話になっていたかもしれませんけども、表向きは。でも、その中身はわからないってことですもんね?
総理は衆議院の質疑で国際憲章上、違法な武力の行使を行ってれば、それは国際法上認められないことであり、我が国はそのような国を支援することはないと答弁されました。
総理。我が国がジュネーブ条約や国際人道法や国際人権法に反する行為、つまり、戦争犯罪に協力することなんてありえませんよね? 一言でお願いしたいです。ありえるか、ありえないか」
安倍総理「我が国として国連憲章上、違法な武力の行使を行う国に対して、支援や協力を行うことはないわけであります」
山本議員「今のやりとりは、『戦争には最低限ルールがある』ということです。攻撃するのはあくまで戦闘員、軍事拠点であり、一般市民や民間施設は攻撃しちゃ駄目。当たり前ですよね?
これに反するのは戦争犯罪とする。当然です。アメリカが批准しているジュネーブ条約では、民間人に対する攻撃、殺人、傷害は禁止、病人の保護、文民病院の攻撃禁止が定められております。
そして今、総理が言われたことは、『ルール違反は許さないよ』ということですよね。で、おそらく、そういう違反をする連中とは一緒にやっていかない、という強い意思を示してくださったと思います。今までの委員会での発言でも。
でもですね、総理。一番、一体化…一体化って言ったらおかしいですか? 一番絆を深めたがっているアメリカ、米軍は、ジュネーブ条約など国際人道法、国際人権法違反の常習犯だそうです。安倍総理にとっては、お祖父様の時代から深く縁があるアメリカかもしれない。この法案が成立すれば、より一層その絆も深まるかもしれない。そのアメリカの軍隊は例に漏れず、イラクでも戦争犯罪の常習犯との呼び声が高いそうです。
2004年4月、米軍はイラクのファルージャという都市を包囲。猛攻撃を行った。翌月、国連の健康の権利に関する特別報告官が、ファルージャの攻撃で死亡したのは、90%は一般市民だった。約750人が殺されたという情報もある。国連は一刻も早く、人権侵害行為に関して、独立した調査を行うべきであるという声明も出している。フリップをお願いします。

▲山本太郎議員が使用したフリップ(ジャーナリスト志葉玲氏撮影、提供、2004年6月イラク西部ファルージャ)救急車、攻撃されてますよ。アメリカの攻撃ですよ、これ。2004年6月、現地入りしたジャーナリスト・志葉玲さんが撮影したもの。黒焦げになった救急車。で、先ほどのお話です。国連の方が言うには、医療活動を妨害したのはアメリカ、そして救急車を攻撃したのもアメリカという話なんです。あまりにもひどすぎる。じゃあファルージャ、どんな戦いだったのか。
2004年の11月から、米軍の大規模攻撃を受けたんですけれども、この作戦に参加した米兵がこう言っている。『冬の兵士・良心の告発』というDVDの中で。攻略戦の訓練を受けていた全員、みんなキャンプに行きますから、訓練をうけますから、ある日、軍法の最高権限を持つ部隊の法務会に招集され、こう言われた、と。
『武器を持つ人間をみたら、殺せ。双眼鏡を持つ人も殺せ。携帯電話を持つ人は殺せ。何も持たず、敵対行為がなかったとしても、走っている人、逃げる人は、何か画策しているとみなし、殺せ。白旗を掲げ、命令に従ったとしても、罠とみなし、殺せ、と指示した。ファルージャで僕たちは、その交戦規定に従った。米兵たちは、ブルドーザーと戦車を使って、家屋を一つ一つ轢き潰し、人間は撃ち尽くしたか、犬や猫やニワトリなど動くものは何でも撃った。動物もいなくなったから、死体も撃った』
これ、一部のおかしな米兵がやったことじゃないですよ。米軍が組織としてやってきたことです。ファルージャだけじゃない、バグダッドでもラマディでも。
総理、アメリカに民間人の殺戮、当時やめろって言ったんですか? そしてこの先、やめろと言えるんですか? 引き上げられるんですか? お答え下さい。
安倍総理「まず、そもそもなぜ米国、多国籍軍がイラクを攻撃したかといえば、大量破壊兵器、当時のサダム・フセイン、独裁政権が、かつては間違いなく化学兵器を持ち、そしてそれをイラン・イラク戦争で使用し、多くの人々を殺し、自国民であるクルド族に対してもこれを使用して、相当多くの自国民も殺したという実績があったわけでありまして、そして、それを既に、大量破壊兵器はないということを証明する機会を与えたにもかかわらず、それを実施しなかったというわけであります。
そこでですね、国連決議において、国連憲章第7章のもとで採択された決議、678、687および1441を含む関連の安保理決議によって、これは正当化されたと、考えているわけでございます」
(議場から「878は関係ないだろ」の声)
山本議員「今、ツッコミが入りました、878は関係ないというお話が入りました。イラクに査察に入った国連の方々、700回以上ですよ、大量破壊兵器はなかったって話になっている。でも、無理矢理踏み込んだのは、アメリカとイギリスじゃないですか。
で、その片棒を担いだのは日本なんですよ。その総括がなされずに、自衛隊をまた外に出す? 遠くに出す? 拡大させる? これ、総括必要ですよ。総理、総括する必要あるでしょ? あなた自身が。だって、ずっと、その決定してきた組織の中にいて、良いポジションにいたんですから。ありがとうございます。質問を終わります」
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昨日の参議院特別委員会でも山本太郎が連闘で質問に立ち、舌鋒鋭く政府の欺瞞振り、無責任さを追及したが、政府側は相変わらず、蛙の面に水、という顔であった。
この山本太郎質問についてもどこか(IWJなど)で全文書き起こしが出ることを期待したいが、取りあえずその概要を、「カマヤンのツィッター」でリツィートされたものの引用で紹介しておく。
なお、山本太郎の前に社民党福島瑞穂が質問に立ち、こちらもなかなか健闘していた。また共産党の、あまり著名とは思われない議員(井上哲士議員)の質問も、派手ではないが真剣な、誠実なもので、高く評価されるべきだと思う。
しかし、できることなら、国会中継ワッチングなどよりも、他の楽しい暇潰しに時間を使いたかった、というのが本音である。国民にそういう「鼓腹撃壌」の幸福を与えることこそが政治の使命ではないか。それが逆に、国民生活を圧迫し、国民を戦争に追いやる政府というのは何なのだろうか。
まあ、そういう(精神的な意味だけでも、だが)「政治参加」を面倒くさがる国民が家畜国民であり、孔徳秋水さんあたりからチンパン国民と言われるのだろう。実際、日本という国が今のような姿になったのは国民の責任なのだから。
小泉改革のあたりで日本の政治は危険水域に入った(つまり、政治家の嘘が大手を振って罷り通るようになった)のだが、それを座視しているうちに「霜を踏みて堅氷至る」となったのである。
(以下引用)
布施祐仁 @yujinfuse- 最後、タイムオーバーになってしまったが、山本議員は、当時小泉政権下で官房副長官や官房長官を歴任した安倍首相に、「いまあなたはこの法案を強行に通そうとしているが、その前にあなた自身がイラク戦争の総括をする必要がある」と迫ったのだ。安倍首相には、これに答える責任がある。
- Retweeted by カマヤン1192
- イラク戦争を検証することなしに「国際法違反の戦争は後方支援しませんから」という政府の言葉だけで自衛隊の後方支援を拡大してはならない。今日の安倍首相の答弁では「米軍が国際人道法を犯すはずがなく調べてもいない」ような言いぶりだった。これでは無自覚なまま戦争犯罪に加担するリスクが高い。
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- しかも、イラク戦争は、国連安保理で武力行使決議の採択に失敗したアメリカが国連憲章を無視して勝手に始めた国際法違反の先制攻撃だった。また仮に国際法に則って行う戦争でも国際人道法は遵守しなければならない。日本は国際人道法違反の無差別攻撃を行なった米軍を後方支援していた疑いがあるのだ。
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- 安倍総理の答弁は「大量破壊兵器がないことを積極的に証明しなかったイラクのサダム・フセイン独裁政権が悪い」の一辺倒で、反省の弁は一言もなかった。アメリカが主張した大量破壊兵器の脅威情報が誤ったものであったことは当時米大統領だったブッシュ氏ですら認めているにもかかわらず、だ。
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「リテラ」が早速、昨日の参議院での山本太郎の「斬り込み」を記事にした。
今や、信頼に値するマスコミは、この「リテラ」しかないとすら言えるのではないか。
何はともあれ、昨日のテレビ放映を見る機会の無かった人は、下の記事でその様子を想像してほしい。ここに書かれた内容だけでも快哉を叫ぶ人は多いだろう。
発言内容も口調もかなり正確に写し取っている記事だが、やはり実際にあの場面を見た人は幸運だった、と思う。後世に残る世紀の名場面の一つかもしれない。
山本太郎は、今の日本の政治世界におけるワンマンアーミー(一人で軍隊全部に相当する勇者)だ、と讃えておこう。
(以下引用)安倍首相が山本太郎に安保法制のインチキを暴かれた! 政府はやっぱり国民の生命を守る気なんてなかった!
2015.07.30
左 衆議院議員安倍晋三公式サイト/ 右「参議院議員 山本太郎」オフィシャルホームページより
安保法制の審議が参議院に移るなり、安倍首相が中国を名指しした上、「場合によっては日本が先制攻撃することになる」などと言い出した。追い詰められた結果、本音を隠さなくなってきた安倍首相だが、昨日の国会では意外な人物の追及で、安倍首相と安保法制のデタラメが暴露されることになった。意外な人物とは、あの「生活の党と山本太郎となかまたち」の山本太郎議員のことだ。
山本がこの日、追及したのは、「原発にミサイルを撃ち込まれたらどうする?」というものだ。いくつかの前提確認の後、山本は、今年1月に提出した質問主意書と同じく「政府自身は九州電力株式会社川内原発発電所に対する他国等からの弾道ミサイルによる武力攻撃を想定していますか?」と質問する。
すると、安倍首相から返ってきたのは案の定、「弾道ミサイルの脅威に対応するため各種のシミュレーションや訓練を行っている」としながら、「他国等からの弾道ミサイル攻撃に関する想定については、政府として特定の施設についてお答えすることは差し控える」という典型的なゴマカシ答弁だった。
そこで、山本議員は「総理、さまざまな事態を想定し、各種シミュレーションを行っているそうでございますが、川内原発の稼働中の原子炉が弾道ミサイル等攻撃の直撃を受けた場合、最大でどの程度、放射性物質の放出を想定していらっしゃいますか?」と切り返す。
しかし、この質問に答えたのは、名指しされた安倍首相ではなく、原子力規制委員会の田中俊一委員長。しかも、田中委員長は「弾道ミサイルが直撃した場合の対策は求めておりません」と回答したうえ、川内原発1・2号機で何かが起こっても、放射線物質の放出量は「福島第一原発で放出された1000分の1以下」と想定していると答えたのだ。
シミュレーションしているといいながら対策は講じず、何かあっても放出される放射性物質は、見積もって福島の1000分の1くらい……。このいい加減な回答に、山本のツッコミが炸裂する。
「要はシミュレーションしていないんだと、シミュレーションしないんだということをおっしゃったんですよね?」
「みなさん、どう思いますか? 弾道ミサイルが着弾したとする。そのほかにいろんなミサイルが着弾したとして、原子力施設破壊されて、福島の東電原発の1000分の1の放出量で済むと思いますか?っていう話なんです。思えませんよね」そして、「仮定の質問であり、お答えすることを差し控えたい」といった安倍首相に対しても、山本議員は「仮定の話って言っているけれども、やっぱり仮定の話っていうと、これ、答えるの難しいものなんですかね?」と水を向ける。すると、安倍首相から返ってきたのはまたぞろゴマカシ答弁だった。
「武力攻撃事態はですね、その手段、規模の大小、攻撃パターンが異なることからですね、実際発生する事態もさまざまであり、一概にお答えすることは難しいということでございます」
しかし、こんなもので引き下がる山本ではなかった。ゴマカシを重ねる安倍首相に、安保法制の姿勢との矛盾を突きつけたのだ。
「でも、考えてみてください。今回の(安保)法案の中身、仮定や想定をもとにされてませんか?“A国がB国に攻撃をしかけた”“友好国のB国から要請があり、新3要件を満たせば武力行使ができるのできないの”、これ、仮定ですよね? 仮定でしょ。仮定でよくわからないとごにょごにょ言うわりには、仮定で物事をつくっていこうとしてるんですよ」
「都合のいいときだけ仮定や想定を連発しておいて、国防上、ターゲットになりえる核施設に関しての想定、仮定、できかねますって、これどんだけご都合主義ですか?って話だと思うんです。“我が国を取り巻く安全保障環境、著しく変化”してるんでしょ? 飛んでくるかもしれないんでしょ、ミサイル。“中国が!北朝鮮が!”。いろんな話されてるじゃないですか。“10分で到達します!”。え、で、飛んできたときは? 何もできてませんよ。困りますよね。本気で守る気、あるんですか? この国に生きる生命、財産、幸福追求権守るんだったら、いちばん脆弱な施設、しかも核施設を、どのように防御するかを考えなくてはいけないのに、その(人びとを)逃がす方法も、1000分の1、100分の1? その程度の放出量でしかないなんて、これ、なんなんですか? 意味がわからない」さらに、山本は、もし弾道ミサイルが川内原発に撃ち込まれたとき「防災計画作成の必要性は最大で何キロメートル圏の自治体に及ぶと想定していますか?」と質問を出していたというが、これに対する回答がなかったと言う。もしもの場合、どの範囲で避難をするか、もちろん考えられていなければいけない問題だが、大庭誠司・内閣官房内閣審議官の回答は、「事態の推移に応じて避難の範囲を決定する」というもの。“起こってから考える”と言っているのだ。この答えに、山本の怒りは頂点に達する。
「要は一度、被曝していただくという話ですよ。実測値で計っていくしかないっていう話ですよ。こんないい加減な話あるかよ」
北朝鮮や中国の脅威を叫ぶばかりで、もっとも標的になると思われる原発に関しては何の検討も行っていない。津波であれだけの被害を出したのだから、弾道ミサイルだったらどれほどの被害になるか、そんなことは小学生でもわかる。そればかりか、国民に何かがあっても被曝してから考えると政府は言っているのだ。
ようするに、安倍首相は「国民の生命を守るため安保法制は必要」と言いながら、国民の生命のことなど何も考えていないのだ。集団的自衛権も実際は「日本人にも命をかけさせてアメリカと対等になりたい」、そして「中国をやっつけたい」という危険な欲望に突き動かされた結果にすぎない。
今回、山本の質問と追及はその安倍の本質を見事に暴き出した。事実、山本のほとんどの質問に、安倍首相はまともに答えることが出来ず、肝心のところはすべて田中委員長や大庭審議官に押し付けた。
ただ、こうした山本の主張をまともに取り上げ、安倍首相を追及しようというメディアはほとんどないだろう。これまで、山本がどんな本質的な問題を突きつけても、永田町にいる「政治の専門家」と称する連中はまともに相手にしようとせず、「どうせ山本太郎だから」と冷笑を浴びせかけてきた。
実際、今回もNHK『ニュースウオッチ9』をはじめ、ほとんどのニュースはこの山本議員と安倍首相のやりとりを一切無視した。比較的、安保法制の報道に力を入れている『報道ステーション』(テレビ朝日系)や『NEWS23』(TBS系)でさえ、である。
だが、メディアは山本のことをトンデモ扱いして無視する前に、もう一度、「国民の生命を守るため」と戦争法案をゴリ推ししながら、原発がミサイルの標的になるケースは一切考えていない首相のことを考えたほうがいい。トンデモなのは、明らかにこっちのほうなのである。
(水井多賀子) -
「反戦な家づくり」の山岸飛鳥さんは、「聖教新聞を印刷している毎日新聞がこの記事を載せたことには大きな意味がある」、という趣旨をツィートで述べているが、私も何か風向きが変わってきているように感じる。少なくとも、今の公明党を学会員が心から支持しているようには思えない。
記事の最後にある現在の公明党参議院議員のインタビューへの各議員の回答も、自民党との共闘体制に従順な言葉を並べてはいるが、どことなく様子見をしている感じで、今後の成り行きでは「平和を守る政党」の議員としての本来の理想を守って、「戦争法案」反対に回る議員が出ないとも限らない。それを期待したい。「戦争法案」反対に回る公明党議員は、今の状況からは、英雄的だ、と言える。
仮にこれらの議員が議員当選時と違う政見を持っているとしたら、それは投票者への裏切りであり、次の選挙では落選させてしかるべきだろう。
(以下引用)安保法案:公明離れの学会員次々…自民と協調に「失望」
毎日新聞 2015年07月27日 21時07分(最終更新 07月28日 13時12分)
安全保障関連法案審議の舞台が参院に移った。日を追って国民の批判が高まる中、自民と足並みをそろえる公明党の足元で、地方議員や支持母体の創価学会員たちの反発や離反が起きている。平和を訴え、与党の「ブレーキ役」を自任する党はどこへ向かうのか。
愛知県武豊町の本村強町議(62)は創価学会員だが、公明党を離れ10カ月になる。「失望しました。平和の看板を掲げてきたのになぜだ、と」
まだ党にいた昨年6月、集団的自衛権に反対する意見書案を共産党議員らとともに議会に提出し、自民系議員らを説得し、1票差で可決させた。これが後に反党的だと問題視されたが、信念を貫き離党。今春、町議選に無所属で出た。学会関係者に「あなたの個人票は(学会票の)2%だ」と警告されたが前回並みの得票で3選された。一部の学会員も陰で応援してくれたという。
和歌山県岩出市の創価学会員、春村徳龍(のりたつ)さん(53)は19日、大阪での安保法案反対デモに家族で参加した。「法案は平和を求める学会の教えにそぐわない。『自民の歯止めになる』と公明党への投票を呼びかけてきたが裏切られた思いだ」
デモ行進では、学会のシンボルの三色旗に「バイバイ公明党」などとプリントしたプラカードを掲げた。別の学会員がデザインし、ツイッターで配布していたものという。
ツイッターには、東京都内の抗議デモで同種のプラカードを掲げる参加者の写真も投稿されている。春村さんは言う。「今は『点』に過ぎないが、線になり面になれば党に脅威となる。法案を止めるには学会員が声を上げるしかない」
九州地区で活動する創価学会職員も「一般の会員は同じ感覚だ」と、抗議デモ参加に理解を示す。公明党の地方組織も批判への対応に追われる。沖縄県の党県本部関係者は、「支援者に批判的な意見が多い」。遠山清彦衆院議員(比例九州)の事務所でも、寄せられる意見の大半は「法案反対」。事務所は「戦争を止めるための法案だと、なかなか納得してもらえない」と頭を抱える。【町田結子、日下部聡、門田陽介】
◇2年前、全員「認めない」…解釈改憲巡り参院議員11人
集団的自衛権を巡って、2013年に当選した公明党参院議員11人は、当時の毎日新聞の候補者アンケートに「行使容認のために憲法解釈を見直すべきではない」と回答しており、今回の参院審議入りを機に、11人のうち4人から改めて話を聞いた。
アンケートは、国政選挙のたびに全候補者を対象に毎日新聞が実施し、政治課題を巡る賛否や見解を尋ねている。13年参院選で「集団的自衛権を行使できるよう、憲法解釈を見直すべきだと考えるか」という問いを設け、公明党候補11人がそろって「見直すべきではない」と回答した。
「覚えていない。当時どういう政治状況だったのか……」。平木大作氏(比例)に2年前の回答の理由を聞くと、当惑の表情を浮かべた。今の見解を尋ねると、一転「集団的自衛権の容認は限定的」との政府の公式見解を展開。「限定的ではなくフルサイズの集団的自衛権を認めるための解釈見直しなら、2年前も今も反対だ。やろうと思ったら憲法改正しかない」と語った。
魚住裕一郎氏(同)は「政府の考えは深まった。自国防衛だと総理も言っている」と説明した。若松謙維氏(同)は「政府の努力を覆すような報道はフェアではない」とマスコミ批判を口にした。新妻秀規氏(同)は「今回の見直しは専守防衛の枠内だ」と強調した。【樋岡徹也、林田七恵】
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「逝きし世の面影」から転載。
「逝きし世の面影」ブログが、おそらくご自身のブログの命名の元となっている本『逝きし世の面影』について語っている記事だが、後半の憲法9条についての部分は、いわば「逝きし世」としての日本(江戸文明)の精神が実は「憲法9条の精神」に継承されている、と論じている。ただし、支配階級としての武士の精神ではなく、被支配階級としての庶民の精神である。
被支配階級の精神と言うと奴隷的精神と見下げられ、論じるにも値しない、とされがち(たとえば孔徳秋水氏が常々口を極めて罵っている「馬鹿国民」「チンパン国民」を想起させる)だが、実は江戸期において本当の意味で幸福だったのは、支配階級の武士ではなく、被支配階級の庶民だったのかもしれない。庶民は「ご政道」はお上の専権事項と考え、お上の暴圧には黙って耐えながら、政治とは無縁の自分たちの生活を平和に幸福に楽しんでいた。日本を訪れた外国人たちが一様に驚いたのが、庶民の幸福そうな顔なのである。これは多くの証言が残されている。
こうした「鼓腹撃壌」の姿を見れば、江戸期の政治について、(たとえば白土三平的な)ただ武士による庶民収奪の政治、という見方は単純すぎるだろうし、また庶民が政治に関わることが本当に可能か、可能だとしても本当に望ましいことかどうか、という「民主主義」への根本的疑問すら生まれてくる。
だが、現在でも実は事態(政治の実体)は変わっていない。庶民は本当は政治になど参加していないのである。国政選挙の棄権率の問題も不正選挙の問題もあるが、選挙で選ばれた議員が公約を簡単に踏みにじり、それが簡単に許容されている状態は、国民主権とは名ばかりのものだということを歴然と示している。その政治の結果、庶民生活が更なる窮乏と抑圧に追いやられてきた、というのがバブル崩壊以降の日本の姿であった。
江戸期の政治と今の政治の違いは、今の庶民が不幸そのものの顔をしていることだけだ。その違いはどこから来たのか。政治のせいではなく、「気の持ち方」が違うのだ、というのがおそらく正解だろう。だが、どんなに能天気で、政治に無関心だからこそ幸福だったにしても、その幸福は戦争によって即座に消滅する。つまり、憲法9条こそが「最後の神」だという宗純氏の指摘は正しいと思う。
今や、国民、特に庶民を守るのは憲法だけだ、と言っても過言ではない気がする。
安倍政治は、その庶民の最後の盾(最後の神)である憲法9条を目の前で破壊しつつある。その後に来る世界は、言うまでもなく「日本人」の破壊された世界である。
憲法9条は世界史上の奇跡だ、と私も思う。
(以下引用)『逝きし世の面影』の世界と、『最後の神』としての憲法9条
渡辺京二著『逝きし世の面影』という本がある。
これは幕末から明治にかけて日本を訪れた異人(欧米人)が、当時の日本および日本人をどのように見ていたのかということを、それらの異人が残した膨大な証言録の中から拾い出し、当時の日本の姿を浮かび上がらせようとした本である。
この本の中で浮かび上がってくるかつての日本の姿は驚くべきもので、
この本に登場してくる異人たちは、皆ではないが、ほとんどの者が当時の日本の「優しい文明」に惹かれている。
異人たちは、自分たちが惹かれたものの本質まで見極め切れてはいない。だが、紛れも無く惹かれている。
『逝きし世の面影』
西南戦争の頃に東北地方や蝦夷地に渡りアイヌ部落にも足を伸ばしたイザベラ・バードや幕末に来日したシュリーマンの旅行記を読んで、興味を引かれこの本も読んでみました。いや~ア。はまりました。
資本主義の産業革命以前では有るが、欧米とは異質の価値観を持った高度に発達した文明が日本には存在していた。
妖精のように美しく、はかなく優しげな文明が過ぎし世に日本の国には存在していた事実が描かれている。
今より貧しかったが特異で美しく幸福だったかも知れない二度と戻ってこない失われた文明。
高度に発達した美しく優しく魅力的で、特異な『失われた文明』が遠くインカやマヤ、アステカだけではなく、なんと日本にも150年前に存在していた驚き。
歴史修正主義は、何も靖国文化人だけの専売特許ではない。
『歴史の書き替え』こそが国家のDNAかも知れないが、明治政府が徹底的に過去の歴史に修正を加えた事実が認められる。
新政府は自分達の正当性を証明するために、過去の『文明の痕跡』を徹底的に破壊しつくしたのかもしれない。
『美しかった日本の文明と神殺し』
頼りなく貧弱な体格で貧相な顔立ちの支配者階級(サムライ)と立派な体格と凛々しい顔立ちの被支配者階級(馬丁、職人、船頭、人足)が別の民族に属しているのではないかと考えた外国人もいたようです。
外国では被支配階級と支配階級は別の民族、人種に分かれている場合も数多いですから、そう考えたとしても不思議ではない。
現代人がサムライを武士と考えるから誤解が生じる。260年の平和を維持する為には武力(武士)の必要性よりも行政力(官僚)の必要性のほうが高い。
サムライとは、実質的に行政官僚の、ことだったのでしょう。
在日朝鮮人一世の老人の言った言葉が、今でも気になって仕方が無い。
老人は、自分がどれだけ差別されたか、ひどい扱いを受けたかを激高しながらまくし立て、日本人の無法、非道を非難していたのですが、最後に朝鮮半島から大昔の日本に来た時の印象を、静かに語っていました。
彼は、『今とは比べられないくらい(日本は)素晴らしい国だった』
『信じられないほど良い国だった』
何を指して、素晴らしいと感じたのか。?何がそれ程良かったのか。?
『逝きし世の面影』の時代の神々は廃仏毀釈で滅ぼされ、唯一残った国家神道の神もアメリカによって滅ぼされ、日本は二度にわたった『神殺し』の結果、無道徳、無節操の日本が出来上がったとする、梅原猛の世界がまんざら嘘とも思えない気がしてきました。
『日本の伝統と三度目の神殺し』
今の多くの日本人が、お上(政府)を信用するのは、現在の日本のような、国民国家の特徴です。
150年前の庶民は、「お上」は「お上」、「自分」は「自分」でまったくの別物だと考えていました。
これこそが、本当の日本の伝統というものです。
決して武士道などが日本の伝統などではありません。
(私の思考レベルは150年前の庶民程度に止まっているようです。)
民主主義(民主国家)では建前上、主権者は国民ということになっているので、「お上」と自分を混同する慌てモノが、自然と出てくるような、仕組みになっています。
『最後の神としての憲法9条』
憲法9条はアメリカが日本を律するために与えたとする説(アメリカ押し付け説)もあるが、本当は憲法9条が、元々150年前に日本に存在した「江戸文明の精神」を一番正確に継承している。
『いかにして戦争に勝つか』を考えるのではなく『いかにして戦争を起こさないか』『いかにして戦争に巻き込まれないか』を最優先事項で有ると考えていた。
江戸文明では幕府によって日本全体で徹底した軍備の縮小が図られ最低限度の『警察力』程度の軍備しか保持していなかった。
日本国憲法の成立には不思議な偶然があるようです。
GHQ(アメリカ)が深く関係しているのは疑いないでしょう。
当時ドイツと日本、人口が殆んど同じ両敗戦国のアメリカのコミットの仕方が大きく違ってくる。
2000万人を動員したドイツが(アメリカにとっては)主敵で、600万人しか動員できなかった日本の占領には四個師団しか使わなかった。
文民も一番優れた人材はドイツに送られた。
日本に来たのは、国務省内の主流派には、決してなれない人達だったのです。
アメリカにとって最も優れた人(強者の倫理の信奉者)ではない人々が、日本の憲法の筋道を作っていきます。
彼等は、決して自分の国内では、絶対実現できない理想を夢見たのです。
そして日本国憲法は出来ました。
日本国憲法は生まれたその日から、邪悪な者達の憎悪の対象だったのです。
そう言う意味では、イエス・キリスト誕生の伝説と似通っています。
『憲法9条とは、日本人に残された最後の神ではないか』
憲法をひもとくまでもなく現行象徴天皇制は其の存在を憲法に委ねている。
憲法99条を引き合いに出すまでもなく、今上明仁天皇が9条を含む平和憲法を八百万の神々や先祖神の1つに加えることは十分に有り得る。
靖国派は自分達の神を殺したのが9条であると誤解、逆上、逆恨みの結果、平和憲法改正を主張していますが、
三度目の神殺し(9条改廃)が行なわれれば、其れは日本社会の道徳、倫理を根本的に破壊し、日本国にとって立ち直れない程の、致命的打撃を与えるでしょう。
(以下略) -
「世に倦む日々」記事の後半を転載。
細野豪志の右翼ぶりも、知っている人しか知らない話だろうからこの部分から載せたわけである。女たらしだけが能のプレイボーイだとしか思っていない人が多いのではないか。そもそも今の民主党の幹部はほぼ全員が自民党の精神的双子である。それも、現在の「右翼的かつ新自由主義的自民党」という悪質な自民党の仲間だ。
後半は「戦争法案」を退治するための具体的な建言であり、その一つ一つが傾聴に値する。よって、拡散に協力する。
今回の記事タイトルに「公明」を入れなかったのは、今の公明党は体質が自民と同じというより、利権目当てで政権に擦り寄っているだけで、政治思想そのものはあまり似ていないのではないか、と思うからである。というより、もともと政治思想など無いのではないか。創価学会の利権拡大のために活動する、というのが唯一の党是だろう。だが、今の公明党のあまりの「自民党の腰ぎんちゃく」ぶりには、真面目な学会員は眉をひそめているのではないかと思う。さすがに、日本を戦争に導いた連中として後世から弾劾されるのは御免だ、という人も多いだろう。
(以下引用)
6/1だと記憶するが、衆院の集中審議をNHKで見ていたら、細野豪志が出てきて、これから中東に派遣される自衛隊員は民間人の女性や子どもを射殺することになるから、そうしてもいいように、罪に問われないよう刑法上の措置をしとけという恐ろしい質疑に熱中していた。現職の自衛官に、そう国会の場で政府に要求するよう頼まれたのだそうで、その点が今回の法制の欠陥だから完備せよと迫っているのである。その細野豪志の質疑を聞きながら、委員会室の自民党議員や中谷元が、「うんうん、もっともだ」と頷いていた。これが、責任野党のこの法案への態度なのだ。6/4に憲法審査会でのハプニングが起きなければ、事態はどうなっていたことだろうと青ざめてしまう。責任野党たる民主党のやったことは、結局、領域警備法というグレーゾーン事態に自衛隊を出動させる準戦争法案の提出だった。
参院でも、民主党は責任野党ぶりを存分に発揮するはずで、廃案を願う国民の期待に添う質疑はしないだろう。6月から7月の衆院での政局を見れば、国会の外から論点を持ち込むしかなく、国会の外で関心となる論点を作り出し、マスコミに報道させ、その余波で特別委の質疑を作る形にしないといけない。6月の政局では、憲法学者が法案は違憲だと断じて説明し、テレビがそれを連日拡散し、国民的な議論材料になり、辻元清美が菅義偉とプロレスの雑談問答をする茶番になった。憲法学者が政局の主役になり、立憲主義がキーのコンセプトとなり、憲法学者が「確かな野党」の役割を果たした。8月も同じように、論点を外側から作って国会に持ち込まないといけない。そこで、幾つか提案をしたい。まず、重要なポイントの確認だが、今日の日本の政治において「言論の府」と正しく呼べる機関は、国会ではなくて外国人特派員協会である。この事実の認識が必要だろう。二大政党制下のこの国の国会は、すでに民意を代弁する国民代表が存在しない。形ばかり野党でも、その野党は民意を拾う野党ではなく、民意を拾うフリをする擬態する野党である。衆院で法案が可決された後で考えたことは、もし民主党政権が続いていても、日米ガイドラインは全く同じ形で詰められ、同じ戦争法案が国会に提出されていただろうということだ。野党の自民党は、「民主党政権の集団的自衛権には反対」と言って抵抗の素振りをしただろう。
今日、わが国の言論の府は外国人特派員協会である。外国人記者クラブで重要な論点が提出され、マスコミがそれを拾って報道し、最後に国会審議の場に届くという順番になる。日比谷の外国人記者クラブでイベントがスタートする。そのことを踏まえた上で、第一に、あらためて、最高裁元判事による記者会見を組むことだ。その場に日弁連会長も同席することが望ましい。憲法論議は最後までこの法案の政局の主役である。政府側は、砂川判決と72年政府見解を根拠に法案を合憲化する論理詐術を変えておらず、その主張を押し通していて、憲法の番人は憲法学者ではなく最高裁だと言い続けている。であれば、それに対する最も有効な反撃策は、最高裁元判事を並べ、法案は違憲であると断定することに他ならない。国民の前で一刀両断のジャッジメントを下すことだ。これまで、2人ほど元判事が違憲判断を言う場面があったが、脇役的に小出しで登場するのではなく、本格的なセレモニーの場を設定し、だめ押しで示威を演出する取り組みを提案したい。高村正彦と北側一雄が、二度とテレビで砂川判決と72年見解を口にできなくなるよう、決定的な一打を食らわせて論争をターミネイトすることだ。これは最高裁や法曹界の権威を守るためにも必要なことで、最高裁が政府の玩具でないことを証明し、憲法に従う統治機構の一部であることを訴えるためにも重要なことだ。立憲主義のエバンジェリズムとしてやらないといけない。
第二に、新しい提案だが、造反した創価学会員と元公明党地方議員が並んで発言する記者会見を開くことだ。これは是非見たいし、8月の政局のホットな目玉になるだろう。6月のTBS報道特集で法案に反対する元公明党県議の姿が紹介され、7/26のサンデーモーニングでは元副委員長の二見伸明が反対論を述べていた。7/24の国会前のデモでは、創価学会(SGI)の三色旗をプラカードにして持った参加者が、顔を隠した撮影で報ステの取材を受けていて、7/19の大阪でのサプライズに続き、遂にマスコミ報道に大きく登場する推移となった。内部への影響は小さくないと思われる。8月は慰霊の季節であり、70年前の戦争に思いを馳せるときだ。学会員が原点である反戦の誓いに思いを新たにするときでもある。造反者が勇気を出して外国人記者クラブに登壇し、渾身の熱弁をふるうには、絶好の舞台と時機とも言える。幹部の中にも学会の維持存続のため、そうしたハプニングの出来を内心待望している者が少なくないだろう。この件に関して、少し提案を付け加える形で希望的観測を言うと、リタイアしている元党幹部の長老たちに葉隠的な叛意を促せないかということだ。具体的に名前を挙げると、坂口力(81歳)、神崎武法(72歳)、浜四津敏子(70歳)の3人。神崎武法と浜四津敏子は法曹の人間だ。神崎武法は現在も党の常任顧問、浜四津敏子は創価大法学部の客員教授。信仰と忠誠からの法案反対の声を上げさせることはできないだろうか。
第三に、まだアイディアが纏まってないが、ジャパンハンドラーズの面々に本音の話を聞きたいということがある。具体的に言うと、「南シナ海での日中の軍事衝突」の記事で紹介したところの、アメリカン・エンタープライズ研究所日本部長のマイケル・オースリンと、新米国安全保障センター・シニアフェローのデビッド・アッシャーの2人。昨年12月の報ステの小特集にインタビュー出演し、日米ガイドライン締結・新安保法制成立後の自衛隊について、具体的にこういう活動をやってもらうと計画を漏らした男たちだ。民主党系のアッシャーは、自衛隊にはイスラム国掃討後のイラクでPKO活動を担当してもらうと言った。イスラム国相手の戦闘は米軍主力で遂行するので、自衛隊は戦後の治安任務を請け負ってもらいたいと。無論、治安活動が最も厄介で、リモコン爆弾や自爆攻撃で犠牲者を出し、現地の女性や子どもを射殺してPTSDの重症患者になるのは、この任務に就いた占領軍の兵士に他ならない。米軍はもう懲り懲りなのだ。だから、自衛隊に押しつけるのである。イスラム国相手の派手な軍事作戦は短期で終わる。米軍が本格的な地上戦を敢行すれば、イスラム国などすぐに撃滅一掃される。だが、米軍が引き揚げた後、また町や村で抵抗勢力の地下活動が始まってしまう。そうして、その任務を自衛隊が引き受ければ、イラクの泥沼から逃げられなくなり、米軍と同じ目に遭うのは確実だ。現地で殺し殺され、PTSDを発症し、東京のJRの駅がテロで爆破される。
共和党系のオースリンは、正直に、南シナ海で中国軍を相手にコンバットをやってくれと言った。移民の国の米国人の美徳は率直さである。つくづく感心する。この地域で米軍は中国軍と戦争する意思はないから、自衛隊が引き受けてくれと、何の躊躇もなく明朗に言い放った。高名なシンクタンクで対日政策を仕切る安保外交エリートが、テレビカメラの前での責任ある発言でこう言う。米国人の美質には恐れ入る。この2人を、外国人特派員協会の雛壇に座らせたい。法案が審議中で、国会が佳境で、日本政府にも米国政府にも二重三重に釘を刺され、口に鋼鉄のチャックをして会見に臨むだろうが、そこは米国人のDNA。隠しても隠しても、嘘で逃げても逃げても、オープンにストレートに英語の口が滑ってしまい、ショー・ザ・カードのシンプル主義の本性が露呈してしまうに違いない。 -
「株式日記と経済展望」から転載。
管理人氏コメント(「私のコメント」)部分は、軍人批判の部分には賛成するが、「従米路線」を提唱している部分にはまったく反対である。その従米の結果がTPPなどによる日本収奪であり、中国との戦争へのレールではないか。
しかし、軍人の思考法の限界というものが下記記事全体から分かる、というのはいいところだ。世界を軍事的に見るというのは、数学同様に現実から抽象された「軍事的世界像」の中で「いかにすれば勝てるか」という、最初から結論を決めた問題を、その結論に導く屁理屈を作り出す作業でしかない。蛸壺の中で蛸が勝手に世界を妄想しているようなものだ。
だが、その狂人たちの妄想が今も、現実に世界の戦争を作り出している。
蛸壺や はかなき夢を 夏の月 (芭蕉)
この夏は、戦争とは何か、軍隊(自衛隊)とは何か、国家(政府と国民の関係)とは何かを国民全体で再考する、いや、日本の歴史上初めて本気で考える夏になるだろう。それぞれが自分の蛸壺から出て、広い海を泳ぎ、海の上の本物の月を眺めることである。
(以下引用)満州事変は、永田を中心とした一夕会の周到な準備によって遂行
されたものだったのだ。なぜ軍中央は彼らを粛清できなかったのか?2015年7月27日 月曜日
◆「昭和陸軍」の失敗。エリート軍人たちは、どこで間違えたのか 敗戦は戦う前から見えていた 7月26日 現代ビジネスカギを握る4人のエリート
「満州事変以降の『昭和陸軍』をリードしたのは陸軍中央の中堅幕僚グループ『一夕会』。満州事変の2年前の1929年に結成されました。メンバーは東条英機、永田鉄山、石原莞爾、武藤章、田中新一ら約40人。
一般的には東条が日本を破滅に導いたように思われていますが、昭和陸軍の戦略構想を立てたのは永田と、石原、武藤、田中の4人。東条は彼らの構想に従って動いたに過ぎません。
永田を中心にした彼ら4人とも、単なる軍事エリートではなく、当時の日本社会では知性と教養を併せ持つ知的エリートでした。戦前の陸軍は何も考えずに暴走したと思われがちですが、そうではなかったのです」
川田稔・名古屋大学名誉教授はそう語る。川田氏は、戦後70年に合わせて『昭和陸軍全史』全3巻(講談社現代新書)を上梓。永田、石原、武藤、田中の4人を軸に、なぜ日本が無謀な戦争に突き進んでいったのか明らかにしている。
「一夕会が存在感を強めたのが、1931年の満州事変の発端となった『柳条湖事件』です。満州事変は関東軍作戦参謀だった石原のプランに基づくものでした。彼は日中間で紛糾していた満蒙問題解決のため、武力行使による全満州占領を目指していたのです」
石原は関東軍赴任前から、20世紀後半期に日米間で戦争が行われるとする「世界最終戦争」という独自の世界観を持っていた。
「石原は将来的に、アジアの指導国家となった日本と、欧米を代表する米が世界最終戦争を戦うと予想。その戦争に勝つためには鉄・石炭などの資源が必要で、そのために全満州の領有、さらには中国大陸の資源・税収などを掌握しなければいけないと考えたのです」
石原らの謀略、越権行為に対し、当時の若槻礼次郎内閣は戦線の「不拡大」を決めたが、関東軍はそれを無視して戦線を拡大。陸軍省の軍事課長だった永田も、石原らの行動を支持した。
満州事変は、永田を中心とした一夕会の周到な準備によって遂行されたものだったのだ。
「陸軍きっての俊英と知られた永田は第一次世界大戦前後の6年間、ドイツなどに駐在。大戦の実態をまざまざと見ました。
人類史上初の総力戦となった第一次世界大戦でドイツが負けたのは、資源が自給自足できなかったため。次の世界大戦はさらに機械化が進み、資源や労働力が必要になると確信した永田はドイツの轍を踏まないよう、資源、機械生産、労働力のすべてを自前で供給できる体制を整えねばならないと危機感を募らせた。
永田の目には、敗戦で過重な賠償を課されたドイツが、次の大戦の発火点になるのは必至だった。そこに日本は必ず巻き込まれる。その時に備えて国家総動員体制を早期に整えなくてはならないと考えたのです」
だが、当時の日本は多くの物資をアメリカからの輸入に頼るなど、自給自足には程遠かった。
「そこで永田が考えたのが中国の満州と華北、華中の資源を確保することでした。当時、中国では反日ナショナリズムが盛り上がり、蒋介石率いる国民党政府が中国の統一を目指して北伐を実施。この動きに永田らは、日本の資源戦略が脅かされるとして安全保障上の危機感を強めた。永田や石原が満州事変を起こしたのは、そうした危機感によるものでした」
繰り返される内紛
そんな一夕会の構想とは逆に、当時の日本政府は、第一次大戦の戦禍を踏まえて結成された国際連盟の常任理事国として、国際協調を模索していた。
「この頃の一般世論の感覚は、いまの日本人の感覚と近かった。歴代内閣はワシントン条約など様々な国際条約を結び、平和を保つために国際協調路線を進めていて、政党政治はそれなりに安定していました。
一夕会からすると、とにかく波風をたてまいとする内閣、政党政治家はあまりに無知。いつまでたっても国家総動員体制はできず、日本は次の大戦で滅ぶか、三流国に転落すると、危機感が強まる一方だった」
そうして、永田らは政党政治家にとって代わり、自分たち陸軍の手で政治を支配しようと動きだす。
「彼らは『統帥権の独立』と『陸海軍大臣武官制』を使って内閣に執拗な恫喝を繰り返し、屈服させていきました。(後略)
(私のコメント)
日本の近代史において昭和初期までは大正デモクラシーの延長にあり、軍部も話の分かる軍人たちでまともだった。それがおかしくなり始めたのが昭和六年の満州事件以降であり、満州事変を引き起こしたのが一夕会という中堅若手の陸軍将校たちであり、石原莞爾もその一人だった。
石原莞爾自身も日中戦争を起こしたのは私だと認めており、しかしながら東京裁判では石原莞爾は起訴されなかった。一夕会の存在は私も知らなかったが青年将校とか皇道派とか統制派と言われる集団は一夕会を指しているのだろう。
それまでの軍部は政府の政策に忠実であり、おかしくなり始めたのは満州事変以降の軍部が一夕会に乗っ取られてしまった。首謀者の石原や板垣と言った一夕会のメンバーであり、軍中央は不拡大方針であり陸軍の統制が崩れ始めて陸軍の人事が一夕会によって占められてしまった。
本来ならば軍中央の命令違反で満州事変を引き起こしたのだから、石原莞爾をはじめとして一夕会のメンバーを処分しなければならなかった。しかしそれが出来なかったのは昭和恐慌などの経済情勢があり、軍事的な手段で経済の立て直しを図ろうという風潮があった。
当時の政府も金解や金解禁等の経済政策の失策があり、日本にも世界大恐慌の影響が及んできていた。この失策が響いて政府への信認が失われて軍部のエリート将校への期待が高まって行った。石原莞爾はそのキャラクターが国民に愛されましたが、満州事件の首謀者として処分されるべきだった。
515事件や226事件はこれらの一夕会の流れをくむメンバーが引き起こしたものであり、満州事変で関係者が処分されず出世した事から我も我もと逆上せ上った軍人が出てきて軍部の統制が効かなくなってしまった。515事件を引き起こした軍人に助命嘆願が30万通も集まったそうですが、当時のエリート軍人への期待がそれほど高かった。
一夕会と言っても一致団結したグループではなく、内部の主導権争いが226事件の元であり、相次ぐテロ事件が政府を骨抜きにしてしまった。満州事変が起きた時に徹底した粛清を行い、少なくとも一夕会のメンバーは陸軍から追放処分されるべきだった。
彼ら陸軍のエリート軍人たちは確かに幹部将校たちであり優秀な軍人だったのでしょうが、国際情勢や戦略などについては私から見ても間違っていると思えるような事だ。歴史を見ても日本が大陸へ進出しても最終的には撤退している。地政学的に朝鮮半島は大陸と陸続きであり補給戦で敵わない。
日露戦争で勝ってもロシア軍は満州の北に引いただけで満州の北半分はロシア軍が駐屯していた。中国は軍閥が割拠して英仏ロシアなどの利権が入り組んでいた。そのままでいればいずれはロシアと英仏は衝突していたはずであり、日本がわざわざ割込んで行っても摩擦を生ずるだけだ。
日本は朝鮮半島を米英仏露帝国勢力と中国などとの緩衝地帯にしておくべきであり、その戦略は今でも変わりがない。一夕会は国家総力戦を想定した国づくりを目指していましたが、戦略物資の自給自足を目指していた。しかしそんな事を言っていたら全世界を支配しなければならず無意味だ。
当時は鉄も石油もアメリカに頼っており、そうであるならばアメリカと戦争する事は鉄も石油も無しで戦争する事になる。当然中国に進出すれば英仏露のみならずアメリカとも衝突する事になり、最終的に仏印進駐まで進めばアメリカも経済制裁に出る事までどうして想定できなかったのだろうか?
その辺がエリート軍人の能力の限界であり、石原莞爾も武藤章も途中で気がついてストップをかけようとしたが大勢は強硬論が制して暴走してしまった。政府に忠実だった宇垣派は全て追放されて一夕会によって陸軍は占領されて政府も口出しできなくなってしまった。
大東亜戦争のきっかけは満州事変にあり、背景としては併合した朝鮮への過剰な投資が重荷になり不況を招いてしまった。朝鮮はあくまでも緩衝地帯であり敵対しないように関与する程度にとどめておくべきだった。経済的に見れば中国は巨大市場であり企業の進出はしても、政治や外交ではつかず離れずで距離を置くべきだ。
現在では集団的自衛権で左翼は集団的自衛権で戦争に巻き込まれると反対していますが、戦略物資も情報も食料もみんなアメリカに頼ったままなのは戦前も今も同じだ。戦略物資はカネさえあれば手に入るのであり自由貿易体制を守り公海の航行の自由を守る事で戦略物資は手に入る。しかし中国はレアメタルを禁輸して南シナ海には軍事基地を建設して航行を妨げようとしている。
自由貿易体制と航行の自由を確保するためにはアメリカとの協力が必要であり、中国の言いなりになって集団的自衛権に反対するのは戦略的に反する事だ。海軍にしてもアメリカとの戦争では勝てないと誰もが言っていたのに開戦に反対しなかった。陸軍は戦争に負ければ陸軍も無くなると考えて国民の事は考えなかった。この辺がエリート軍人の能力の限界が分かる。自分の出世しか考えない人物はエリートではなく単なる役人でしかない。 -
前回の記事に書いた私の感想は、私だけの印象ではないようだ。
「泉の波立ち」に、私と同じように新エンブレムを批判する記事があり、その記事へのコメントも面白いので転載しておく。もっとも、「東京オリンピックは開かれない」という可能性が70%くらいある、と私は思っているので、当然、オリンピックに関する話はムダ話にしかならないが、まあ私のブログはそのすべてがムダ話である。ムダこそが動物と人間を分ける文明であり文化であるとも私は思っているが、国立競技場に2500億円も使うような「税金を使った無駄」はまた話が別だ。
孔徳秋水さんは最近のツィートで「ゴキブリでも総理が務まるのではないか」と書いていたが、ゴキブリは気持ち悪いだけでそれほど害は無い。「人間のくず」の安部が国民にもたらした害悪と比べてはゴキブリが可哀想である。私は、日本の次の総理にはゴキブリを推薦したい。ゴキブリなら、言葉も喋れず、何もできないだろうから、日本を戦争に引きずり込んで国家破綻させることもないだろう。
話が逸れたが、下記記事付属のコメントの最後のものは、その最初の一文だけは特に大事なことを言っている、と思うのでその部分だけ抜粋して転載した。
現在の日本は、適任でない少数の人間が重要なものごとを決めて「ごり押し」するシステムに
なったため、新国立競技場のような不適切な決定と水面下の進行(既成事実化するための手付け)
が常態化していますね。
これは、今の日本の政治の最大かつ根本的問題ではないだろうか。
(以下引用)2015年07月25日
◆ 東京五輪のエンブレム
東京五輪のエンブレム(ロゴ)が発表された。
──
これだ。
デザインの趣旨は、こうだ。オリンピックのエンブレムは、「TOKYO(東京)」「TEAM(チーム)」、それに「あした」を意味する「TOMORROW(トゥモロー)」の3つのことばの頭文字の「T」をイメージしたデザインとなりました。
また、5年後の8月25日に開幕するパラリンピックのエンブレムは、「平等」を意味する「=(イコール)」をイメージしています。
2つのエンブレムは、同じ理念で作られていて、すべての色が集まって生まれる色の黒で「多様性」を表現し、さらに大きな円で「1つになった世界」を、そして日の丸のような赤い円で、「ひとりひとりのハートの鼓動」を表しているということです。
( → NHKニュース 2015-07-25 )
こういうふうに勝手に思いを込めると、ろくなことはない。各パーツがそれぞれ勝手なことを主張するから、全体としてのまとまりがなくなる。また、T にあれこれの意味を付けようというのも、ダジャレの発想で、センスが悪い。
まあ、駄目なデザインセンスの見本だろう。五輪ボランティアのユニフォームがダサいのと同様だ。
ひるがえって、以前の日本のデザインは、どれも良かった。下記に示す。(出典:ハフィントンポスト)


また、今回のデザインが駄目だというのは、特に私だけの見解ではない。世界的に不評だ。世界中で恥をかいているわけ。
→ 東京五輪のエンブレムに海外で賛否両論(海外の反応)
エンブレムというのは、「良い」と思う人が大半なのが当然だ。たくさんあるものの中から、好評のものを選ぶだけなのだから、当然だ。
なのに、ことさら不評が多いものを選ぶのだから、呆れるしかない。新国立競技場と同様だろう。上の方の人が、勝手に奇天烈なデザインを選んだのだろう。まったく、新国立競技場のトラブルの反省ができていない。
-
「逝きし世の面影」からアポロの月着陸の話とオリンピックエンブレムの話、ヤフー知恵袋から、アポロがどうやって月から帰ってきたのか、という誰でも当然抱く疑問についての解答を転載する。もちろん私は、アポロは月になど行っていない、という説である。アポロ11号以来、アメリカは何度か月に降りている、という話もあるが、11号以外はほとんどニュースで聞いた記憶が無い。ならば、人類はアポロ11号以外には月に降り立っていないのだろうし、その11号は疑惑だらけであるのは、膨大な検証記録が示している。
オリンピックのエンブレムの話は別口だが、1964年のエンブレム(と言うのが適切なのかどうかは分からないが)が載っているのが珍しいので、これも掲載した。
1964年の図案の素晴らしいこと。それにくらべて今回の図案のみっともないこと。「日の丸弁当」と揶揄されているが、「梅干」が片隅に追いやられていて、日の丸弁当ですらない。まあ、侵略戦争の記憶を蘇らせる、ということから日本国国旗を嫌う人々もたくさんいるようだが、私は日本国国旗は好きである。デザイン的に、世界の国旗のナンバーワンだと思う。その一方、「尊皇主義者」である私だが、「君が代」は大嫌いである。あれは民主主義国家としては恥ずべき歌詞の国歌である。曲も良くない。
新エンブレムは「T」をモチーフとしたと言うが、どう見ても中央の灰色の「I」しか目立たない。その左上や右下のきれっぱしと「I」をくっつけて「T」に見立てろ、というのは無理だろう。(「T」を作るには右下の薄灰色のきれっぱしは、そもそもムダである。右上の日の丸と位置を入れ替えれば、めでたく「T」の字が出来上がるが、それだと日の丸が「見下げられる」感じになるので、あまりに露骨な日本軽蔑になる。結局、この小さな日の丸は置き場所が無いのである。鼻くそ扱いだ。)
まあ、図案全体を今の日本に見立てるなら「日の丸」つまり純粋な日本人が片隅に追いやられ、灰色の勢力が日本社会を壟断している、ということ、さらに言えば、その灰色の勢力が中心を占める図案の中央部全体が白い丸(赤い丸、日の丸ではない、ということ)であり、それは空洞化した日本を象徴している、とすれば、分からないことはない。左上の茶色の「きれっぱし」は中国(むしろ北朝鮮か)、右下の薄灰色の「きれっぱし」は韓国、中央の太い「I」は米国と田布施一味か。
(以下引用)7月20日は人類初の月面着陸から46周年の記念日だったのに
『大手メディアが誰も取上げなかった(マスコミ全員が敬遠した)アポロ』
全員が敬遠した既存のマスメディアとは対照的に、インターネットのThe Huffington Post(ハフポスト日本版)が、『アポロ11号にまつわる陰謀論、有名物理学者がツイートで瞬殺』との愉快な記事を投稿している。 (執筆者: Ed Mazza メール投稿日: 2015年07月22日)
ハフポスト日本版の内容は、イギリスのマンチェスター大学の素粒子物理学教授ブライアン・コックスとアポロ11号で月を歩いた男バズ・オルドリンとのツイッターでのやり取り(二人の掛け合い漫才)で、その発言内容が、頭が空っぽで目が節穴の日本のネットウョさんとそっくり瓜二つの代物だった。
ブ君、『前にも言いましたが、もう一度言います。 アポロ11号が月面着陸したと思ってない人は、とんでもない大馬鹿者(nob end)だ。脳みそを入れ替えたほうがいい。』
バ君、『ブライアン・コックス氏はとても頭が切れます。それに、もし私たちが着陸していないなら、今ごろロシアがそれを暴露していたでしょう。』
今更恥ずかしい低脳のネットウョの真似をして、口汚く罵倒しても科学的な客観的事実は覆らない。
46年前に世界同時中継での実写映像だとして流された『人類初の月面着陸』のビデオは、事前に撮影された訓練用のシュミレーション画像であることは、現在のアメリカのNASAの最新月探査機ルナー・リコネサンス・オービター(LRO)によって証明済みなのです。
アポロのビデオの月面は凸凹がありゴツゴツしていて、ところどころに石ころが転がるアメリカ西部のネバダ砂漠に似た地形である。
ところがNASAのLROの最新映像の月面は全面が一箇所も出っ張った(凸)ところが無い平坦な砂の海が広がっていて、無数のクレーターの凹だけが有る特殊な地形だった。
21世紀になってから本物の月面が地球上には絶対に存在しない、とんでもなく珍しい風景だったことが明らかになるが、それなら地球上でも撮影が可能な46年前のアポロビデオとは『少しも似ていない』ことも明らか。
46年前のアポロ計画か最新のNASA(LRO)か。この二つが『一致していない』のですから、どちらかの映像が間違いなのである。
(高度100キロの周回軌道の日本の月探査機「かぐや」の映像とアポロ計画の遠い山並みのビデオ映像はぴったり一致している)
『せっかく46年ぶりの東京オリンピック開催なのに・・・』
7月24日、46年ぶりの2020年東京オリンピックのエンブレムが決定した。
ところが日本のマスコミが7月20日が人類初の月面着陸(アポロ11号)から46周年の記念日だったのに一切無視して報道しなかったのと同じで、何故か敬遠して報道しない。
今回のエンブレムが、アルファベットの最後の文字『Z』にも、片目を瞑った不自然に歪んだ顔にも見えるデザインだったからだろうか。白地に黒の縦帯のこの摩訶不思議なエンブレムから想像(連想)するのは日本では葬式の標識である。
Z旗は日露戦争時の日本海海戦の際、スペインの無敵艦隊とのトラファルガー海戦を真似て、旗艦三笠のマストに『この戦いで負けてしまってはもう後がない』として掲げる。真珠湾奇襲攻撃でも類似するものを掲げている。
ちなみにシンプルで単純明快、誰にでもで分かりやすい1964年のオリンピック東京大会のエンブレムを紹介すると、
この二つを並べて見れば明らかなように、日の丸(日本国)がとんでもなく小さくなっていた。TOKYOも2020も以前の半分以下に小さくなる。
これから極限まで衰退・縮小する日本の不吉な未来を象徴しているのだろうか

アポロ11号が月面着陸しましたが、 どうやって月から地球に帰ってきたのですか? ...
アポロ11号が月面着陸しましたが、
どうやって月から地球に帰ってきたのですか?
地球から発射することはできるけど、
月から発射するなんて無理なんじゃないんでしょうか。
分かる方、教えてください
お願いします(._.)- 閲覧数:
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ベストアンサーに選ばれた回答
月から脱出するにはライフル弾程度の速度を
得られれば良く、この場合高度100キロまで
(こう言うと高く感じるけど、地球なら12キロくらい相当)
まで上がれればよいのです。
もし空気があるんだったらジェットエンジンの出力でも
上がれるくらい。
それくらい、月は重力が弱い。
降下段を発射台にして、発進!
これで十分。
月から戻るためにはドッキング後に着陸船を捨て、
支援船に残った燃料で月軌道を脱します。
地球から離れるより、よほど少ない燃料で
行けます。アポロ着陸は200%捏造。 もはや大常識です。
月着陸船は2段式ロケットの構造になっていると考えれば、
分かり易いです。
月面の重力は地球の6分の1なので、
小さなロケットの推力で足ります。
1段目は着陸に使い
2段目は1段目を発射台にしたロケットで月の周回軌道に打ち上げます。
離陸する様子は↓
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%9D%E3%83%AD%E6%9C%88%E...
「アポロの月面着陸なんて信じているのは無知な素人だけ」
とかのたまっている方がいますが、事実は全く逆です。
世界にはロケット工学の専門家が大勢います。
彼らはロケットや力学について正確で豊富な知識を持ち、
しょっちゅうロケットの推力や力学に関する、複雑な計算をやってます。
ですがその中に「あんな小さな月着陸船で月から飛び立てる訳がない」
などと主張する方は一人もいません。
彼ら全員が計算を間違えていて、
アポロ捏造論者のような素人の印象の方が正しいなどという事がある訳ない事は、
ちょっと考えれば分かりそうなもんですけど(´・(ェ)・`)月着陸船をロケットの先端から引き出してアポロ宇宙船がドッキングして月へ行き、月周回軌道で宇宙飛行士が着陸船に乗り移り、着陸船は逆噴射ロケットでブレーキをかけながら着陸,月面探査が終わると、着陸船を発射台にして、上の部分だけ切り離してロケットで離陸してアポロ宇宙船とドッキングするのです
無理ですね。
発射もそうだが、逆噴射着陸もむずかしい。茶碗の下にを指一本でバランスとれますか?やってごらんなさい。これやらなければならない。ひっくりかえったらおしまい。
着陸船離陸映像にワイヤーが見える映像があります。サンダーバードの世界なのです。
それと、月面から飛び立った着陸船は周回している高速の司令船とドッキングしなければならない。これまた不可能。
アポロ援護派は天体観測などを趣味でやっているアマチュアが大多数で、技術的なことが分かっていません。単に親しんでいるだけの素人なのです。
まともに考えたなら、月面着陸・帰還など不可能であることがわかります。
このことを最もわかっている集団はNASAの中枢にいる職員でしょうね。
unako18さんへ、
当時? 今でも不可能ですよ!!!実際、無理です。
現代では既に、アポロ計画自体が捏造計画だったという事実が周知されています。
当時の技術では月への着陸なんて到底不可能なんです。
写真、映像は全てスタジオで撮影されたものですよ。
http://www.youtube.com/watch?v=b0dAgsOPxsg -
「koushoublog」というブログから転載。
1923年9月1日、未曾有の大災害となった関東大震災発生、死者行方不明者14万人余、被害総額はGNPの三分の一にあたる55億円と多大な被害を出して首都壊滅、不良債権問題と並んで震災復興費用が重くのしかかる。財源確保のために増税に次ぐ増税を余儀なくされ、地方財政は破綻寸前、農民の生活は窮乏の一途を辿り、1927年には金融恐慌が発生、銀行・企業が次々と連鎖倒産し、1929年、金本位制度復帰のための不良債権処理・貿易赤字解消を目的とした引き締め政策の最中という最悪のタイミングで世界恐慌発生、昭和恐慌へと突入。最後のチャンスの高橋是清財政によるリフレーション政策で迅速に回復しつつあったが、1936年2月26日二・二六事件発生、高橋是清暗殺、大政翼賛・戦時経済体制へと転げ落ちていく。
という姿が3.11後の日本の姿とよく似ている、と思うのだが、どうだろうか。違いは、金融恐慌を待たず、また2.26事件のようなきっかけなど無しに、「選管ムサシ」で政権乗っ取りが行われ、体制翼賛・戦時体制へと向かいつつあることくらいか。いずれにしても、日本国破産を目の前にした、計画的戦争による政府のちゃぶ台返し、という経過は同じだろう。
それはともかく、労働者には一銭も余計にやるな、という財界人や経営者大多数の考えは今も昔も変わらない。
こっけいなのは、ネット右翼の大半は貧しい階層かと思われるのに、そういう経営者視点に立ち、社会主義的思想を批判する(つまり、失業は当人の責任であり、社会保障は怠け者を増やすという「自己責任論」である。)馬鹿がほとんどであることだ。まあ、もちろん、そのほとんどは工作員だろうが、その意見を本気で信じる「労働者」がいるとすればよほどの低脳だろう。
自発的退職による失業は、失業のほんの一部であり、他のほとんどは自分の意志からではなく失業を余儀なくされているものだろう。それが「自己責任」であるはずはない。また、自ら退職する場合も、その企業の仕事のやり方があまりにブラックで、耐え難い、という場合も、当人の「自己責任」ではない。無職でも食っていけるという人間でもない限り、自分から会社を辞めるという人間は、そうはいないはずだ。その僅かな例を挙げて、「失業者=怠け者」論を唱えるのがネット右翼論法である。つまり財界人論法である。
なお、次の部分が、大学から文系学部学科を無くせ、という今の安倍政府の姿勢とそっくりである。「老朽無能」という言葉は今のネット族の「老害」という言葉の先祖だろう。
高学歴者の失業問題に関して「日本経済連盟会」の会員たちの意見(1930年四月)は以下の通り。(加瀬P122-124)〇学術を修める機関である大学と実業界とは求めるものが異なるから、卒業生が実業界に迎え入れられるのは「根本に於いて無理ある」ことを自覚すべきであり、「必要以上に学問を修むる傾向を阻止することが必要である(三菱商事会長・三宅河百太郎)
〇「教育事業が若し生産工業であったならこんなに売れ口のない卒業生を濫造して責任がないとは謂われ」ない。上級学校の魅力を減らすために「官学全廃、学士号全廃」が必要である(第一生命保険相互会社社長・矢野恒太)
〇実業に役立たない「商科、経済科及法科の卒業生の数を相当の程度迄思い切つて減少」させるべき(日本共立火災保険株式会社会長・原錦吾)
〇「就職難の大原因は高等教育過重の結果」であって産業面の問題ではないから、「教育上の緊縮が今日の急務」である(千代田火災保険会社監査役・山名次郎)
〇「家業を有する者は断然郷里に帰りて家業に精励」し、他は「職業に付選択を行わず又報酬の多寡を論ずることなく」、何でもやるべきである(生命保険会社協会会長・弘世助太郎)
〇「卒業後、進んで職工徒弟の如き下級地位に投じ、実地に叩き上げるという質実剛健の美風を在学中より鼓吹すること」(日本産業社長・鮎川義介)
(中略)
〇「求人側に於て初任給を引下げ下級の職務に就かしむる」べきである(芝浦製作所社長・岩原謙三)
〇「老朽無能が新進の進路を邪魔し居る嫌」ある点の改善を図るべきである(阪神電鉄専務・今西与三郎)
(後略)
(以下引用)
1920-30年代日本の失業問題と失業対策を断固拒否した財界人の意見まとめ最近読んだ加瀬和俊著「失業と救済の近代史」で、1920~30年代に社会問題化した失業問題についての当時の財界を代表する人々の発言がとても興味深かった。
まずは背景として1900年~1930年ごろの日本経済情勢概観を簡単に。(参考書籍は記事下の加瀬、浜野、伊藤、松元著)
政府財政は発足時から慢性的な財政赤字を抱えており、1895年の日清戦争の賠償金で一息ついたものの、1899年の恐慌、1900年の金融危機、日露戦争の戦費負担、輸入超過による正貨流出問題、地方振興・インフラ整備のための財政支出の拡大など構造的問題をいくつも抱えており、文字通り財政危機にあった。と、ここで山積する諸問題に一つ一つ地道に取り組み、抜本的構造改革に乗り出しておけば後の歴史は随分変わっていただろうが、歴史の女神は残酷なほどにいたずら好きである。
1914年、元老井上馨が「天佑」と呼んだ第一次世界大戦が勃発。戦争特需によって日本は一気にバブル景気に沸く。1914年から19年のGNP年平均成長率は驚異の28.5%、実質国民総支出の年平均成長率は7.3%、1915-19年の累計貿易黒字額30億円、輸出額は1914年の約6億円から19年約19億円へ、流出に悩んでいた正貨保有高は1914年末34千万円から20年末217.8千万円へ、日本銀行券の発行高は14年末38.6千万円から19年末155.5千万円へ四倍増、と景気の良い数字が並んでそりゃ成金もお金燃やすって話だ。主力産業である造船・海運・製鋼・製糸・紡績が軒並み急成長を遂げ、金融・銀行業が発展、農業国から工業国へと産業構造が大転換、戦前は緊縮財政を余儀なくされていた政府はここぞとばかりに積極財政に転じて産業振興を促進、戦後は国際連盟の常任理事国入りを果たして維新以来の悲願であった一等国の仲間入り、全ての問題は「天佑」が雲散霧消させた・・・かにみえた。
戦争が終わると、バブルが一気に弾ける。1920年3月、株式市場の暴落を契機として日本は戦後恐慌に突入、信用不安で同4月-7月に169の銀行が取り付けにあい、21の銀行が休業に追い込まれ、政府は25.5千万円の融資を行うが、これが業績悪化企業を生き延びさせることとなり不良債権化する。さらに世界的な生産過剰とインフレで各国が引き締め政策を実施し、世界中をデフレの波が覆う。1923年9月1日、未曾有の大災害となった関東大震災発生、死者行方不明者14万人余、被害総額はGNPの三分の一にあたる55億円と多大な被害を出して首都壊滅、不良債権問題と並んで震災復興費用が重くのしかかる。財源確保のために増税に次ぐ増税を余儀なくされ、地方財政は破綻寸前、農民の生活は窮乏の一途を辿り、1927年には金融恐慌が発生、銀行・企業が次々と連鎖倒産し、1929年、金本位制度復帰のための不良債権処理・貿易赤字解消を目的とした引き締め政策の最中という最悪のタイミングで世界恐慌発生、昭和恐慌へと突入。最後のチャンスの高橋是清財政によるリフレーション政策で迅速に回復しつつあったが、1936年2月26日二・二六事件発生、高橋是清暗殺、大政翼賛・戦時経済体制へと転げ落ちていく。
というわけで、20年代から30年代は農業国から工業国への大規模な産業構造の転換による雇用労働者の増加、すなわち、以前は自営農民・商人・職人として生活できた層が賃金労働しないと生活できない層へと転換し、その後に起きた長期の不況による雇用環境の悪化によって、失業が非常に社会問題として顕在化した時期であった。
職工五人以上の工場の労働者数は1914年男子38万人、女子56万人から19年には74万人と87万人へ、また別の統計では1919年の工場労働者数328万人から29年393万人、31年に366万人に減少したあと増加の一途を辿り、1936年501万人、37年603万人になっている。(加瀬P34-35)失業者総数は統計として取られたのが1930年だけで、その数値は総数32万人(男子29万人、女子3万人)、同年の雇用労働者総数の推計値は約600万人で失業率約5%となるが、この失業者は「雇用されていったん職についていた者のうち、その職を失った者」のみを指すため、戦前と戦後で単純比較は出来ない、とされる。(加瀬P7-8)
そんな中で失業対策は喫緊の課題であった訳だが、当時は失業手当も失業保険も存在せず、職業紹介と公共事業による日雇い労働提供という救済事業のみであった。勿論欧米諸国ではすでに失業保険制度などが始まっており、開明的な官僚たちも海外の事例を参考に失業保険制度を立案したが、財界の猛烈な反対にあって全て頓挫したのである。というわけで、前置きが長くなったが、そんな当時の財界諸氏の御意見を加瀬和俊著「失業と救済の近代史」からまとめてみよう。
失業者対策反対の急先鋒となったのが王子製紙社長藤原銀次郎である。彼は失業対策の弊害について論陣を張り、『各種の労働政策構想に対する妥協なき敵対者として財界のリーダー的役割を果た』(P116)した。
藤原の論は『途上国日本では労働条件が先進国より劣悪であるのは当然であること、働かないで生活できるなら労働者は皆怠け者になってしまうことという原理的理解がまずあり、次いで経営者としての実践的立場に基づいて、景気好転・企業経営の改善がなければ求人は増えないから、必要なら労務コスト削減(首切り)の措置をとることは当然であるという理解が続き「景気好転以外に独自の失業対策は無い」と』(P116-117)して、失業保険や救済事業等一切の失業対策を否定、『企業内の労使関係に国家が介入して企業の自由を制限することは労働者を増長させる結果をもたらす』(P117)と論じた。
日本石油社長内藤久寛も『「人員の需要が起こらなければ、多数の失業者に職を与えるという訳には行か」ないから、「失業問題の根本的対策としては産業の振興を促し、人員の需要を盛んならしむる」以外の方策はない、これに対して政府による労働保護は「産業を委縮させる」し、政府の支えをあてにして労働者が企業に対して要求を出すなどして「労資間に争議を醸すに至れば事業の利益を挙ぐるに由無く、従て投資者の出ざるに至」り失業はますます激化する』(P117-118)として、失業対策全般を否定した。
また、日雇い労働者や俸給労働者だけでなく例えば小津安二郎監督の映画「大学は出たけれど」が公開(1929)されたように高学歴者の失業問題も重要視されていたが、その高学歴者の失業問題に関して「日本経済連盟会」の会員たちの意見(1930年四月)は以下の通り。(加瀬P122-124)
〇学術を修める機関である大学と実業界とは求めるものが異なるから、卒業生が実業界に迎え入れられるのは「根本に於いて無理ある」ことを自覚すべきであり、「必要以上に学問を修むる傾向を阻止することが必要である(三菱商事会長・三宅河百太郎)
〇「教育事業が若し生産工業であったならこんなに売れ口のない卒業生を濫造して責任がないとは謂われ」ない。上級学校の魅力を減らすために「官学全廃、学士号全廃」が必要である(第一生命保険相互会社社長・矢野恒太)
〇実業に役立たない「商科、経済科及法科の卒業生の数を相当の程度迄思い切つて減少」させるべき(日本共立火災保険株式会社会長・原錦吾)
〇「就職難の大原因は高等教育過重の結果」であって産業面の問題ではないから、「教育上の緊縮が今日の急務」である(千代田火災保険会社監査役・山名次郎)
〇「家業を有する者は断然郷里に帰りて家業に精励」し、他は「職業に付選択を行わず又報酬の多寡を論ずることなく」、何でもやるべきである(生命保険会社協会会長・弘世助太郎)
〇「卒業後、進んで職工徒弟の如き下級地位に投じ、実地に叩き上げるという質実剛健の美風を在学中より鼓吹すること」(日本産業社長・鮎川義介)
(中略)
〇「求人側に於て初任給を引下げ下級の職務に就かしむる」べきである(芝浦製作所社長・岩原謙三)
〇「老朽無能が新進の進路を邪魔し居る嫌」ある点の改善を図るべきである(阪神電鉄専務・今西与三郎)
(後略)財界人の失業対策観の共通点としては『「景気の回復がなければ失業問題は解決しない」ので、「景気回復のためには企業にもうけさせなければならない」、したがって企業利潤を抑制したり、経営の自由度を制約したりする失業対策はマイナスであり、原則として失業対策はとるべきでない』(P118)という趣旨で一貫しており、労働者の地位を高めるような諸政策は全て拒否の姿勢を貫いている。
そのような中にあって失業対策にも理解を示して協力しようとした財界人もいる。渋沢栄一は公共事業による政府の失業救済事業を支援、池田成彬(三井合名会社筆頭常務理事。1932年より三井財閥総帥、1937年より日本銀行総裁、蔵相など歴任)は失業対策委員会で社会局の提案する日雇い失業共済制度普及・退職金制度法制化案を支持し藤原銀次郎と論争していたという。
結局、財界の反対によって不十分な失業対策しか打てなかった結果、雇用情勢は悪化、失業問題は解決せず、社会不安は増大し、やがて職を得られない不安から若者たちを中心に左翼思想が広がり、日々の生活にすら困窮する人々が地方・都市を問わず溢れる中で、世直しの機運が盛り上がっていき、暴動やテロリズムが横行、それを鎮めるべく警察機構が強化され、戦時体制が確立されていく。1920~30年代に顕在化した失業問題はその大きな要因の一つとして存在している。
財界の人々の直感に基づく極論に配慮しすぎて情勢を著しく悪化させてしまった歴史がこの国にはある、ということと、新自由主義とかグローバリズムとかを待たずとも前世紀初頭の段階で現在とさほど変わらない経営者的労働倫理が存在していた、という二点を把握することで、現代の労働問題を少し視点を変えて歴史的に考える一助になるのではないかと思います。
参考書籍
失業と救済の近代史 (歴史文化ライブラリー)posted with amazlet at 13.08.16加瀬 和俊
吉川弘文館
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NHKニュース 2015-07-25 の記事:
>オリンピックのエンブレムは・・・文字の「T」をイメージしたデザイン・・・
黒が太すぎて、不快感、拒否感・忌避感が先ず先に立ち、『「T」をイメージした』といわれても素直に納得できません。左上端の金(金メダルの金?)と右下端の銀(銀メダルの銀?)が形でも色でも中央の黒と親和性がないため、「T」とつながりません。あれを見て「T」をイメージ出来る人はいったいどれだけいるでしょうか。全くの落第デザインではないでしょうか。
>パラリンピックのエンブレムは・・・「平等」を意味する「=(イコール)」をイメージ・・・
こちらはもっとイメージし難い絵柄です。あの図柄から「e」をイメージ出来る人は皆無ではないでしょうか。
>2つのエンブレムは、同じ理念で作られていて、すべての色が集まって生まれる色の黒で「多様性」を表現し、さらに大きな円で「1つになった世界」を、そして日の丸のような赤い円で、「ひとりひとりのハートの鼓動」を表している・・・
「同じ理念」って、どういう理念?2つ並べたときの印象は「Ⅰ」と「Ⅱ」です。
「すべての色が集まって生まれる色の黒」は科学的には誤った表現で、むしろ「白」というべきでしょう。黒は全ての色覚が失われた「色」です、集まって出来る色ではありません。
「大きな円」は図柄からはイメージし難く、『大きな円で「1つになった世界」』というメタファーにも全く説得力がありません。
また「赤い円」は日本人には「日の丸」でしかなく、「ハートの鼓動」を想起できる人は皆無でしょう。
どこから見ても共感の得難いデザインで、いっそのこと、両方とも上部の絵を削った下部だけでいい!のではないか、とさえ思います。
では、どうすればよかったのか。
10点ぐらい?に絞り込んでネット投票にかけ、接戦なら決選投票で決める、でも良かったではないでしょうか。はるかに世論を盛り上げることになったのでは。時すでの遅し?
いずれにしても、センスの欠如した組織委員会の面々に決定権を与えてはいけないということでしょう。
私が次項で書く予定だったのに、先に書かれてしまった。 (^^);
なったため、新国立競技場のような不適切な決定と水面下の進行(既成事実化するための手付け)
が常態化していますね。
(以下略)徽宗注:これは管理人氏ではなく、読者コメントの冒頭である。