●翁長捨て身、アイデンティティ勝負 安倍失墜の引き金にも
裏切り知事・仲井真弘多を破って沖縄県知事になった翁長雄志知事の辺野古新基地移設に関する動きに対して、様々な勢力から、様々な攻撃が加えられている。本土のお利口さんな人々は、“見ざる聞かざる言わざる”のポジションをキープしておくのが賢明と云う態度に終始している。あからさまにバカで愚かな行為をしているのは、在特会はじめとする旭日旗振りまわし、翁長知事に向かった「売国奴」と叫んでいた右翼の連中だ。「琉球処分」否、それ以前の琉球民族の歴史を踏まえよ、と言っても日本語さえ十分理解出来ない輩だから、捨て置いて晒しておくしかないだろう(笑)。
次に馬鹿と云うか、陰湿で卑怯なのは安倍官邸である。「翁長沖縄知事は中国の手先」との情報工作(週刊ポスト)であり、「週刊文春」「週刊新潮」などの保守メディアは官邸からの依頼を受けたの如く、バッシングの動きを見せている。「翁長知事を暴走させる中国・過激派・美人弁護士」(週刊文春)文春系は、今や官邸を情報源として、特捜検察のリーク報道紛いの勢いで、内部情報を特集化させ、特ダネ風味の官邸広報活動の一翼を担っている。「文春」は官邸の謀略機関に成り下がったと言えば、今始まったことのようだが、文春とは、立花隆の田中角栄ロッキード以来CIAの機関紙化しているのだろう。
≪ 安倍政権 「翁長沖縄知事は中国の手先」との情報工作進める
普天間飛行場の辺野古移設に反対する翁長雄志(おなが・たけし)・沖縄県知事に対し、徹底した会談拒否方針を貫いてきた安倍政権だったが、急遽、方 針を一転させて菅義偉・官房長官が沖縄を訪問。翁長知事と会談した。基地移設について「粛々と進めていく」と語る菅官房長官に対し、翁長知事が「上から目 線」だと批判をすると、菅氏はすぐに「粛々と」は封印すると語った。
宥和姿勢を装う裏で、政府側は翁長知事に対する情報工作を進めている。本誌が昨年12月、沖縄知事選の情勢を取材していると、複数の公安や内閣情報調査室(内調)の関係者から「翁長の疑惑を何か掴んでいないか」という探りが入った。同時期、別の情報機関の関係者が沖縄県に入り、翁長氏の当選を阻むための スキャンダルを探し回っていたという証言もある。
結局、翁長氏は仲井眞弘多(なかいま・ひろかず)氏に大差をつけて勝利したが、辺野古移設問題が暗礁に乗り上げるやいなや、虚実ないまぜのネガティブキャンペーンが展開された。「翁長は中国と近すぎる危険人物」という情報である。
一つが、那覇市の若狭緑地に建設中の中国風のモニュメント「龍柱」をめぐるものだ。市の都市計画マスタープランでは、那覇西地域で「中国とのゆかりが深い歴史性を生かしたまちづくり」を推進。
福建省・福州市との友好都市締結30年を記念し、「那覇の新しい玄関口としての魅力を高めたい」と龍柱建設を計画した。それは翁長市長時代に決められた プランであり、「翁長氏に中国側から賄賂が流れた」という怪情報が地元で流されているのである。加えて「龍柱が完成したら、龍の目は上海を向く」というイチャモンのような話も広められた。
菅官房長官の沖縄入りと前後して、情報工作はさらに熱を帯びた。 「翁長知事の娘は長く中国に留学していた」 「娘は、上海市政府に勤める中国人と結婚している。相手は習近平人脈に連なるエリート共産党員だ。中国に行ったままなかなか帰国を認めてもらえない。人質に取られているも同然だから、基地問題で中国寄りの姿勢をとらざるを得ない」
そんな内容で、一部のネットメディアにリークされ、同じタイミングで自民党議員や番記者たちも噂を広めていた。それがネトウヨたちに転載されて一気に広がった。
しかし実際は、娘は結婚も留学もしていない。「龍の目が上海を向く」も、単に空港からの車の流れや港に着く船からの人の動線を考慮して「海側に向けられただけ」だった。
さらに、翁長知事が福州市から「名誉市民賞」を受けているとする情報も広がっている。だから「中国寄り」というわけで、やはりこれもネットで「売国奴 だ」と批判の対象になった。名誉市民賞は事実だが、実態は友好都市として歴代那覇市長と福州市幹部が「名誉市民」の称号を交換してきた歴史があるだけだ。
安倍政権は「情報収集能力強化」を謳うが、この程度のお粗末な情報工作に手を染めているようなら、児童会選挙のスパイごっこレベルである。何より、沖縄の市民感情も日本の国防も本気で考えていない証左になる。 ≫(週刊ポスト)
そして、最後に厄介な連中が、翁長知事の真意への疑念者たちだ。この人たちは、辺野古基地反対の立場は同じなのだが、翁長知事の方法論が気に入らないと云う人々だ。リベラル系な人々に多く見られる困った人たちなのだが、大同団結の妥協と云うものを知らないので基地賛成派の人々以上に厄介だ。今回の安倍晋三との会見も「安倍・翁長会談は安倍訪米のアリバイづくりに協力するだけの意味しかない」と翁長知事への疑心暗鬼を披露するのだが、翁長雄志知事が知事選で勝利した知事なのだから、民意に沿っている。
筆者の見立てでは、単に、基地問題に限らない、沖縄(琉球)のアイデンティティをコアに戦略化された手法を選択しているのが、翁長知事なのである。一見、遠回りな方法論に見えるが、保守としての矜持の道を踏み外さず、目的を達成しようと云う試みは、骨太に見える。ちゃらちゃら世相に簡単に阿らない点で武骨で無口な武者を想起する。
翁長氏がTwitterで呟く言葉には、琉球の魂的言葉が淡々と語られている。黙って読んでやり、本土の日本人が、自らの良心の鏡に照らして、本気で考えてみることだ。日本人は素質があるとか、一流国家だとか言う前に、人の話を聞いてみるものだ。
■翁長氏のつぶやき
翁長「ぼくは自民党県連の幹事長もやった人間です(中略)ただ、自民党でない国民は、沖縄の基地問題に理解があると思っていたんですよ。ところが政権交代して民主党になったら、何のことはない、民主党も全く同じことをする」
翁長「もう折れてしまったんです。何だ、本土の人はみんな一緒じゃないの、と。沖縄の声と合わせるように、鳩山さんが『県外』と言っても一顧だにしない。沖縄で自民党とか民主党とか言っている場合じゃないなという区切りが、鳩山内閣でつきました」
翁長「振興策を利益誘導だというなら、お互い覚悟を決めましょうよ。沖縄に経済援助なんかいらない。税制の優遇措置もなくしてください。そのかわり、基地は返してください。沖縄で在日米軍基地の74%を引き受ける必要は、さらさらない」
翁長「よく聞かれるよ。自民党政権になっても辺野古移設に反対ですかって。反対に決まっている。オール日本が示す基地政策に、オール沖縄が最大公約数の部分でまとまり、対抗していく。これは自民政権だろうが何だろうが変わりませんね」
翁長「沖縄にすべて押しつけておいて、一人前の顔をするなと言いたい。これはもうイデオロギーではなく、民族の問題じゃないかな。ぼくは分かった。ヤマトンチュになろうとしても、本土が寄せ付けないんだ」
翁長「寄せ付けないのに、自分たちの枠から外れると『中国のスパイだ』とかレッテルを貼る。日本の47分の1として認めないんだったら、日本というくびきから外してちょうだいという気持ちだよね」 ≫( 以上翁長知事Twitter抜粋 )
17日、翁長氏と安倍首相が、お互いに仁義を切るような会談をしている頃、BBCのクルーが、辺野古の海上保安庁の暴力的取締りの現状を取材に訪れた。BBCクルーが乗船しているとも知らず安倍政権の犬と化した海保が、当該抗議船に乗り込んできた状況が、つぶさにビデオ撮りされたようだ。安倍が訪米で、オバマに嘘っぱちを言わせない為、オバマに事前に情報を提供するために、近々画像を放映するようである。海外メディアに頼らないと、日本の民主主義らしいものさえ守れないのだから「情けない」のひと言だ。
いずれにしても、翁長知事にしてみれば、問題がこじれれば拗れるほど立場は有利になる。世界の目が、日本の沖縄県の米軍基地問題から、「琉球の領地と民族」を、植民地化政策で掠め取った「日本」と云う構図が浮き彫りになる。辺野古埋め立てに関して、仲井真県政において承認事項に瑕疵があったと指摘、司法の場に持ち込むのが最高のシナリオだ。中国、韓国ロビーストはじめ、欧州勢が加担するのは明らかで、世界のメディアを安倍官邸がコントロールすることは不可能だし、オバマも腰を引くだろう。アメリカのメディアを動かす前に、欧州勢と中国勢に火を着けておくことが肝心だ。そのような展開になれば、安倍官邸に辺野古埋め立て工事を実行する力はなくなる。もしかすると、政権自体の存続にも影響が及ぶだろう。
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「あいば達也『世相を斬る』」から転載。
記事中でも言われているように、リベラル派の一部から言われている「翁長知事批判」の発言の数々は、昔の左翼学生の「内ゲバ」と同じことであり、まったくの利敵行為で、「いったい、敵は誰なんだ」と外部のシンパを嘆かせるものだろう。
私自身、翁長知事誕生の時には彼がそのうち裏切るのではないかという懸念を持ち、その懸念をブログにも少し書いた記憶があるが、その後の彼の言動は批判の余地は無い立派なものだ、と言っていいと思う。それを批判するのは、だいたい、沖縄の置かれた状況を深く知りもしないでなされた軽率な発言に思われる。
その点、下のあいば達也氏の記事は、沖縄への深い理解と同情をもってなされたもので、沖縄出身者としては感謝したい。
今は、辺野古問題については「オール沖縄」から「オール日本」へと進めていかねばならない時であり、同じ意思を持ちながら、ただ手法が違うということだけを殊更に取り上げての「内ゲバ」だけは最悪の道だ、と思う。
もちろん、自分の考えを言うことは当然許容されるべきだが、それが「利敵行為」にならないか、考えてから(あるいは批判の仕方に配慮するなりして)発言してほしいということである。
(以下引用)●翁長捨て身、アイデンティティ勝負 安倍失墜の引き金にも
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「阿修羅」から転載。
あっしら氏が何を言いたいのか、今一つつかみにくいが、安倍総理と翁長知事は実は仲間だ、ということだろうか。安倍総理自身が沖縄に辺野古移転反対姿勢を堅持させていると?
「安倍首相を信じ切っているわけではないが、普天間基地を使用停止にしたいという気持ちと辺野古に新しい基地は建設したくないという気持ちの両方を持っているとは推測している。」
というあっしら氏の「推測」がどこから出てくるのか、まったく理解できない。
こうなると、あっしら氏が老いて頭がボケてきたのでは、とすら思う。
もちろん、自民党出の翁長知事をあくまで自民党側の人間、すなわち安倍の仲間だと「推測」した、というのなら、それは理解できる。だが、安倍一派イコール自民党ではないし、また辺野古移転に安倍一派が反対の気持ちを持っているという形跡は完全にゼロである。これはもはや「推測」ではなく「妄想」の類いだろう。
あっしら氏は普天間基地移転が喫緊の課題だ、と安倍一派の代弁者(あるいは産経や読売社説)のようなことを言っているが、沖縄県民は戦後70年も普天間基地と共存してきたのだ。今さら何が「喫緊の課題」か。これは辺野古新基地を作るための口実以外の何物でもないだろう。そして、辺野古新基地を作りたいのはアメリカよりも日本政府だ、というのは下記記事への二つの優れたコメントからも分かる通りである。
あっしら氏は、沖縄基地問題については、よく考えもせず、妄言を垂れ流してしまっているのではないだろうか。かつてのあっしら氏を尊敬する私としては残念だが、人は老いには勝てないもののようだ。
この記事は、本当なら「阿修羅」のあっしら氏記事へのコメントにすべき内容だが、私は他サイトや掲示板への投稿はしない主義の人間なので、ここに書いた。
(以下引用)
翁長さん、安倍さん、猿芝居をぎりぎりまで続けてください
http://www.asyura2.com/15/senkyo183/msg/401.html投稿者 あっしら 日時 2015 年 4 月 18 日 04:25:50: Mo7ApAlflbQ6s
「翁長さん、猿芝居はいい加減にしてください(生き生き箕面通信)」
http://www.asyura2.com/15/senkyo183/msg/369.html==========================================================================================
タイトルのようなことを阿修羅に書いても、肝心な人たちは見向きもしていないはずだから問題はないだろう。辺野古問題については、翁長さんに限らず、沖縄知事選にわざわざ立候補し敗れた仲井真前知事も、安倍首相や菅官房長官も猿芝居を演じていると受け止めている。
(普天間基地を閉鎖するためにやむを得ず辺野古沖の埋め立てを認めた仲井真さんが県知事選に立候補し敗れたことで、沖縄県民多数派が辺野古基地建設に強い反対の意思を持っていることが際立った。仲井真さんの県知事選立候補はそのための猿芝居)
猿芝居をしなかった(できなかった)鳩山由紀夫氏は、普天間基地の移転について「国外少なくとも県外」を主張したことで、国内主要メディアから足を引っ張られ、衆知の事実であった母親からの巨額献金問題が決め手になって首相職を辞することになった。
最高裁が憲法適合判断を放棄したことでもわかるように、日本国で、憲法よりも上位にある規定が、日米安全保障条約であり日米地位協定なのである。
要は、条文的には廃棄できる日米安保条約を廃棄しようとする政治家や国民が多数派になるのかという問題なのだが、世論形成に大きな影響を及ぼしている主要メディアが「鳩山事件」や「小沢事件」でもわかるように米国支配層の走狗なので、日米安保条約廃棄での多数派形成は今しばらくムリだろう。
日米安保条約廃棄という立場から普天間に駐留する米国海兵隊の辺野古への移転問題には反対(基地の新設をやらせないことが重要だと思うから)だが、普天間基地の返還もしくは使用停止は喫緊の課題である。
日米安保条約を廃棄できる政治的条件が整っていないのなら、移転先の基地を建設する素振りだけ見せて引き延ばしながら、普天間基地をできるだけ早く使用停止(やむを得ないときは県外で訓練など)に持ち込むという戦術しかないのではと思っている。
また、東アジアの国際情勢も変化していくので、引き延ばしを図っているうちに、日米安保条約の「形骸化」を国民多数派が恐れなくてもよくなる状況が生まれる可能性もある。
そのような策しかないのなら、「生き生き箕面通信」のように、翁長知事が「埋め立て許可を取り消す」といえばすむ話と考えるわけにはいかない。
それにより辺野古での基地建設は暗礁に乗り上げる可能性もあるが、普天間基地使用停止のほうは実現しないからだ。
裁判になり、沖縄県知事に取り消しの権限がないという判断が出てしまう可能性もある。その場合、政府は辺野古での基地建設をずるずる引き延ばす戦術が採りにくくなる。辺野古基地建設についてはこれまでも「出前の蕎麦」のように建設を進めているふりだけでいいと言ってきたが、そのふりが通用するためには、沖縄県と日本政府が激しく対立して思うように建設が進まないという状況を見せ続けなければならないのである。
なぜなら、“建設ができない”、“建設ができる”のいずれであれ、決定的な状況を生み出してはならないからである。“建設ができない”なら、普天間基地の使用が固定化されてしまう。
“建設ができる”なら、辺野古に新基地を建設するしかなくなる。安倍首相を信じ切っているわけではないが、普天間基地を使用停止にしたいという気持ちと辺野古に新しい基地は建設したくないという気持ちの両方を持っているとは推測している。
安倍首相の“策”が揺らがないようにするため、米国の新基地建設意欲を削ぐため、安倍首相の真意を信じるひとも信じないひとも、辺野古での新基地建設に対する反対の意思を強く長く示さなければならないと思っている。
拍手はせず、拍手一覧を見る
(徽宗追記)あっしら氏の書いた記事の元ネタらしい「阿修羅」記事(生き生き箕面通信)のコメント3が素晴らしいので、生き生き箕面通信記事と共に転載しておく。やはり県外の人より沖縄県民のほうがこの問題を深く理解しているようだ。「生き生き箕面通信」はたしか原発問題などで積極的に原発反対の声を上げているリベラルなブログだと思うが、「沖縄基地問題」については理解が浅いと思う。(コメント2なども同様。)仮に、翁長知事が「腹に一物」あろうと、彼を「オール沖縄」の旗頭として辺野古新基地反対の意思を示すことが一番大事なのである。コメント3にあるように、アメリカは民主主義を標榜しているので、これが一番こたえるわけだ。
翁長さん、猿芝居はいい加減にしてください(生き生き箕面通信)
http://www.asyura2.com/15/senkyo183/msg/369.html投稿者 笑坊 日時 2015 年 4 月 17 日 11:18:27: EaaOcpw/cGfrA http://blog.goo.ne.jp/ikiikimt/e/b08a6a36e00c5b9e4b73139e77ace7a7
2015-04-17 08:02:02安倍晋三という男と沖縄県の翁長雄志知事との初の会談が、本日4月17日に首相官邸で行われます。しかし、何の進展もあるはずがない。やる前から、双方がそれぞれの立場を述べ合って、「会談はしましたよ。話し合いはやっていますよ」という、パフォーマンスをして見せるにすぎない、と言われています。今朝のNHKも、7時のニュースで「立場を述べ合うだけ」と伝えていました。
恐ろしいことです。政府広報機関に堕したNHKですら、「単なるパフォーマンス。安倍訪米のアリバイづくり」といっているのですから。
実際のところ、安倍・翁長会談は安倍訪米のアリバイづくりに協力するだけの意味しかない、と断言できます。
翁長氏が知事に当選してからの一連の動きは、辺野古での米軍基地建設で、安倍政権と翁長沖縄県知事との“猿芝居”が続いていることを証しています。事実、基地建設工事は一向に止まる気配がありません。厳然とした事実は、安倍政権側が「粛々と」工事を進めており、「合法的に」工事が出来ると強弁できる状態があります。
工事を止めるためには、翁長知事が「埋め立て許可を取り消す」といえばすむ話です。それ以外にないはずです。しかし、この「決定的な決め手」を打ち出すことだけは、翁長知事が頑として拒否し続けています。
なぜか。埋め立て許可を取り消しさえしなければ、政府は工事を進められるからです。翁長知事は、政府が工事を進めることができるよう、許可取り消しを拒んでいる結果となっています。立候補前の政策協議にあたって、支援団体側が「公約の中に、『埋め立て許可を取り消す』ことを入れるべきだ」と強く主張しても、この点については頑なに拒否しました。
「埋め立て許可は取り消さない」のです。裏をかえせば、「政府は工事を続けて下さい」というメッセージです。認めたくないことですが、実は沖縄県民をだます政権と知事の「猿芝居」なのです。権力の座につくものはそのくらいのことはするものです。沖縄でも、琉球と呼ばれてきた時代から、幾多の「芝居」が演じられてきた歴史があります。
大手のメディアも、許可取り消しが決め手であることを分かっていながら、その点を追及することだけは慎重に避けてきました。メディアも一体になった「騙しの結果の辺野古基地建設」といっていい状態ではないでしょうか。
安倍晋三という男は、今月28日にオバマ大統領と会談がセットされました。その際、辺野古に触れざるを得ず、オバマ氏の方からは「沖縄の県民の反対が強いではないか」と指摘されることは目に見えています。その際、「地元とは丁寧に理解を求める手続きを踏んでいます。ご心配はご無用です」というための、アリバイづくりです。
沖縄県民の心からの願いを実現するべく懸命に努力しているように見せる翁長知事。沖縄への中国からの観光客が増えるよう、翁長氏は訪中もするという。県民からは、「翁長知事は地元のために、大変良く努力されている」と、評価が高いようです。それが、実は……。信じられない。
たしかに、知事が「埋め立て許可を取り消しても、政府は最高裁まで争うでしょうし、最高裁では許可取り消しが覆されるのは間違いない。そして、それ以上は、合法的な差し止めの手はない。
安倍政権側は、「どのようなことがあっても、辺野古は完工させる」決意です。そこまで見通したうえで、さてどうしますか。本当の勝負は、そこからのはずですが、なかなかそこまでいきません。そうこうするうちに、辺野古は完成し、運用が始まる。……、……。
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「hulu」にチャップリンの映画が幾つか新たに配信され、その中に「独裁者」があったので、何年ぶりかで見た。やはり素晴らしい作品である。チャップリンの映画のベストワンかもしれない。最後の演説のところでは、毎度ではあるが、涙が流れた。
「ハンナ聞こえるかい。
君がどこにいても、
空を見上げてごらん。
ご覧、暗い雲が消え去った。
太陽が輝いている。
明るい光がさしはじめた。
新しい世界が開けてきた。
人類は貪欲と憎悪と野蛮を克服したのだ」
チャップリンがそう語ってから半世紀余りが過ぎた。
そして、彼の予言は「これから」実現すると私は信じている。
(以下引用)
独裁者 - ラストの演説「独裁者」のラストを飾る6分間もの壮絶な演説は、言うまでもなくチャップリンが全世界の人々へ伝えたかったこと。そして母ハンナへのメッセージも…。
I'm sorry but I don't want to be an Emperor. That's not my business.
I don't want to rule or conquer anyone.
I should like to help everyone if possible, Jew, gentile, black man, white.
申し訳ない 私は皇帝になりたくない
支配はしたくない
できれば援助したい ユダヤ人も黒人も白人もWe all want to help one another, human beings are like that.
We all want to live by each other's happiness, not by each other's misery. We don't want to hate and despise one another.
In this world there is room for everyone and the earth is rich and can provide for everyone.
人類はお互いに助け合うべきである
他人の幸福を念願として お互いに憎しみあったりしてはならない
世界には全人類を養う富があるThe way of life can be free and beautiful. But we have lost the way.
Greed has poisoned men's souls has barricaded the world with hate, has goose-stepped us into misery and bloodshed.
人生は自由で楽しいはずであるのに
貧欲が人類を毒し 憎悪をもたらし 悲劇と流血を招いたWe have developed speed but we have shut ourselves in, machinery that gives abundance has left us in want.
Our knowledge has made us cynical, our cleverness hard and unkind.
スピードも意思を通じさせず 機械は貧富の差を作り
知識をえて人類は懐疑的になったWe think too much and feel too little,
more than machinery we need humanity,
more than cleverness we need kindness and gentleness,
without these qualities, life will be violent and all will be lost.
思想だけがあって感情がなく
人間性が失われた
知識より思いやりが必要である
思いやりがないと暴力だけが残るThe aeroplane and the radio have brought us closer together.
The very nature of these inventions cries out for the goodness in men, cries out for universal brotherhood for the unity of us all.
Even now my voice is reaching millions throughout the world, millions of despairing men, women and little children,
victims of a system that makes men torture and imprison innocent people.
To those who can hear me, I say "Do not despair".
航空機とラジオは我々を接近させ
人類の良心に呼びかけて 世界をひとつにする力がある
私の声は全世界に伝わり 失意の人々にも届いている
これらの人々は罪なくして苦しんでいる
人々よ 失望してはならないThe misery that is now upon us is but the passing of greed,
the bitterness of men who fear the way of human progress,
the hate of men will pass and dictators die,
and the power they took from the people will return to the people,
and so long as men die, liberty will never perish.
貧欲はやがて姿を消し
恐怖もやがて消え去り
独裁者は死に絶える
大衆は再び権力を取り戻し
自由は決して失われぬ!Soldiers, Don't give yourselves to brutes,
men who despise you and enslave you - who regiment your lives,
tell you what to do, what to think and what to feel,
who drill you, diet you, treat you as cattle, as cannon fodder.
兵士諸君 犠牲になるな
独裁者の奴隷になるな!
彼等は諸君を欺き
犠牲を強いて家畜の様に追い回している!Don't give yourselves to these unnatural men, machine men, with machine minds and machine hearts.
You are not machines. You are not cattle.
You are men.
You have the love of humanity in your hearts.
You don't hate, only the unloved hate. Only the unloved and the unnatural.
Soldiers! Don't fight for slavery, fight for liberty.
彼等は人間ではない! 心も頭も機械に等しい!
諸君は機械ではない!
人間だ!
心に愛を抱いてる
愛を知らぬ者だけが憎み合うのだ!
独裁を排し 自由の為に戦え!In the seventeenth chapter of Saint Luke it is written "the kingdom of God is within man" -
not one man, nor a group of men - but in all men - in you, the people.
"神の王国は人間の中にある"
すべての人間の中に! 諸君の中に!You the people have the power, the power to create machines, the power to create happiness.
You the people have the power to make life free and beautiful, to make this life a wonderful adventure.
諸君は幸福を生み出す力を持っている
人生は美しく 自由であり すばらしいものだ!Then in the name of democracy let's use that power - let us all unite.
Let us fight for a new world,
a decent world that will give men a chance to work, that will give you the future and old age and security.
諸君の力を民主主義の為に集結しよう!
よき世界の為に戦おう!
青年に希望を与え 老人に保障を与えようBy the promise of these things, brutes have risen to power, but they lie.
They do not fulfil their promise, they never will.
Dictators free themselves but they enslave the people.
独裁者も同じ約束をした
だが彼らは約束を守らない!
彼らの野心を満し 大衆を奴隷にした!Now let us fight to fulfil that promise.
Let us fight to free the world, to do away with national barriers, do away with greed, with hate and intolerance.
Let us fight for a world of reason, a world where science and progress will lead to all men's happiness.
Soldiers! In the name of democracy, let us all unite!戦おう 約束を果す為に!
世界に自由をもたらし 国境を取除き 貧欲と憎悪を追放しよう!
良心の為に戦おう 文化の進歩が全人類を幸福に導くように
兵士諸君 民主主義の為に団結しよう!Hannah, can you hear me?
Wherever you are, look up Hannah.
ハンナ 聞こえるかい
元気をお出しThe clouds are lifting, the sun is breaking through.
We are coming out of the darkness into the light.
We are coming into a new world.
A kind new world where men will rise above their hate, their greed and their brutality.
ご覧 暗い雲が消え去った 太陽が輝いてる
明るい光がさし始めた
新しい世界が開けてきた
人類は貧欲と憎悪と暴力を克服したのだLook up Hannah.
The soul of man has been given wings - and at last he is beginning to fly.
He is flying into the rainbow - into the light of hope, into the future,
the glorious future that belongs to you, to me, and to all of us.
Look up hunna. Look up.
人間の魂は翼を与えられていた やっと飛び始めた
虹の中に飛び始めた 希望に輝く未来に向かって
輝かしい未来が君にも私にもやって来る 我々すべてに!
ハンナ 元気をお出し! -
どうやら、日本政府はAIIBに参加することを密かに進めているようで、宋文州氏の読みが当たることになりそうだ。
下の引用記事はすべて「ネットゲリラ」からのもので、どれも野次馬氏(管理人氏)の発言が面白いので三つ連続して転載し、その代り有象無象のネットコメントは無視した。
下の三つの記事は、特に中国関連というわけではないが、日本と世界の状況がここから浮かび上がってくる。中国は、今の、そしてこれからの世界経済の焦点だ、ということだ。政治ではロシアが中心か。もちろん、世界の戦争と犯罪の「犯人」を世界の中心とすれば、アメリカこそが最大の中心だ。
(引用3)にあるように、中国は保有する米国債を減らし、日本は増やしている、という事実は、日本は没落する米国と心中する方向にある、ということだが、それがAIIBには参加しようかどうか迷っている、というのも日本政府の腰の定まらない様子を物語っている。イギリスすらAIIBに参加したのだから、もしかして日本も参加しても米国から怒られることは無いのかな、とおっかなびっくりの子供。(笑)
まあ、ためしに逆らってみろよ。それで米国がまた日本に原爆を落とすかどうか。そうなればそうなったで、いよいよ日本も真の独立への覚悟ができるというものだ。今度は「独立戦争」だ。だがまあ、国際世論や世界の政治状況を考えれば、米国が日本に戦争を仕掛けることはまず無い。つまり、米国の反応を気にして日本がまっとうな政治判断を歪める必要など、本当はまったく無いのである。言い換えれば、日本が「独立」したければ、いつでも独立できるということだ。それをやらないのはひとえに今の「属国状態」から利益を得ている政界官界経済界の売国奴集団のせいである。
(引用1)言うだけ言ってみた
経団連が、下請けをいじめるな、と指示を出したというんだが、日本の社会全体が煮詰まっている事の象徴だなw 中国では習近平がせっせと賄賂仲間を捕まえ、日本では首相が企業に賃上げを催促w なんだよ、この世界w やっぱり社会党潰しちゃったのがイケナイねw 世の中、適度な敵と見方(徽宗注:もちろん「味方」の誤記。ネットゲリラ氏にしては珍しい。彼は案外言葉にはうるさい、と私は見ている。)で構成されるモノであって、一方的に誰かが勝つと矛盾が出てくる。 経団連 下請けとの適正取引呼びかけ
中小企業が賃上げできる環境づくりに向けて、経団連は14日に加盟する大手企業、およそ1500社に対して、下請け企業が原材料価格の上昇などを取引価格に転嫁できるように協力を求める文書を送りました。
今回の文書では、「経済の好循環を拡大していく観点からも、原材料費の高騰などで大きな影響を受けている取引先企業に対する価格転嫁を含めた適正な取引価格の形成などに協力をお願いする」などと、下請け企業が原材料価格の上昇などを取引価格に転嫁できるように協力を求める内容になっています。
廃業する小さな会社が増えていて、日本を支えていた底辺が崩れかかっている。適度な儲けがないと、企業は維持できない。今日の仕事はこなせても、明日がない。明日までは頑張っても、未来がない。みんな廃業してしまう。まぁ、そういう事だ。
(引用2)中国はアメリカの植民地ではない
アメリカ人は遊び暮らして、何でも中国人に作らせて、カネがなくなりゃドカドカ刷って渡していたんだが、その結果として、中国に首根っこ掴まれるに至ってしまった。日本は植民地なので、武力で黙らせられるが、中国はアメリカの植民地ではないので、武力では押さえられない。アメリカが中国本土に対して武力を行使するような事があれば、中国は遠慮なく、日本の米軍基地やらニューヨークやらに核ミサイル飛ばすだろう。 AIIBをめぐる日本の姿勢に変化 加入する方向へ一歩前進--人民網日本語版--人民日報
中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)に加入する是非をめぐって、日本政府は最近世論を盛り上げて調査や検討を行い、加入する方向へ前向きに進む姿勢が見られる。日本経済新聞は8日、AIIBに対する日本の方針はほぼ確定したと報道。
では、AIIBに対する日本の態度を変えた要因は何であろうか。
それは主に日本自身の根本的利益によるものだと思われる。
そういう情勢のもと、中国がアメリカのドル覇権を終わらせようと動くのは当然で、アメリカはそれに対して打つ手がない。だから、アメリカのパートナーだった国も、日本以外はみんな裏切ったw 宗主国の交代劇ですw
(引用3)永遠に換金できない
またしても、日本が世界一の金貸しになってしまったという話なんだが、中国が米国債を買わなくなったので、自動的に日本が1位になっちゃいましたw まぁ、アメリカさんも、返すカネがないので、利息分まで新規に買って貰わないと破産するw どんどん借金が膨れあがるw 米財務省が15日発表した今年2月の国際資本統計で、日本の米国債の保有額が中国を抜いて首位になった。
日本がトップになるのは金融危機が起きた2008年8月以来、6年半ぶり。日本の金融緩和や、中国の為替政策の変化などが背景にあるとみられる。
米財務省によると、2月末の日本の米国債の保有額は1兆2244億ドル(約145・7兆円)で、中国の1兆2237億ドル(約145・6兆円)を上回った。昨年2月末では、中国の保有額が1兆2729億ドルだったのに対し、日本は1兆2108億ドルだった。
米国債の海外投資家による保有額は約6兆ドルで、日中だけで約4割を占める。
米国債を減らしているのは、中国だけじゃない。ロシアも減らしてます。それも半分まで減らしている。それでもアメリカ全体では、一年間で2727億ドルも借金を増やしていて、凄いね、破産に向けてまっしぐらw そら、ドル破綻を見越して中国が動くわけですw -
「ギャラリー酔いどれ」から転載。
植草氏が記事タイトルとした「現代日本の良心 福井地裁 樋口英明裁判長 を守れ 」
に私も深く同感する者だが、残念ながらすでに樋口氏は昨年の、同様の判決によって政府の逆鱗に触れ、家庭裁判所への「降格・左遷」が決まっていたようだ。これは「ネットゲリラ」記事のコメントで知った。(この前説部分の最後に載せる。)
今からでも、国民を挙げて、「樋口英明裁判長を守れ」という運動を展開すべきだろう。
『樋口裁判長は四月一日付で名古屋家裁に異動したが、職務代行で仮処分の結論を出す。』
(2015年4月10日 中日新聞)
植草氏に賛同して、今回の私の記事タイトルも植草氏と同じとする。
しかし、樋口氏の正義感の強さ、「裁判官として正義に従う」という信念を守る勇気には感動する。本当に、「現代日本の良心」である。
(以下引用)
◆http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2015/04/post-0865.html
植草一秀の『知られざる真実』
2015年4月15日 (水)
◎現代日本の良心 福井地裁 樋口英明裁判長 を守れ
原発 憲法 TPP
消費税 基地 格差
これが日本の未来を決める六大問題だ。
安倍政権が衆参両院を支配して、強引な政策運営を示しているが、
自民党を積極支持している主権者は17.4%、
公明党を合わせても24.7%だ
(2014年12月総選挙比例代表絶対得票率)。
主権者のなかでの最大勢力は選挙権を放棄した人々で47.3%に達する。
選挙に行って自公以外の政党に投票した主権者が28.0%だった。
つまり、安倍政権与党を積極支持していない主権者が全体の75.3%に達するのだ。
国会は国権の最高機関だから、衆参両院の多数議席を占有している安倍政権与党が
政策運営の主導権を握ることは避けられないのだが、その結果として、
主権者多数の意思に反する政治運営が現実化することは、
日本の主権者にとっての不幸である。
47.3%もの主権者が投票権を放棄した最大の理由は、
野党第一党が崩壊しているからだ。
いまの民主党こそ、日本政治を破壊したA級戦犯であり、
早期に解党の手続きを取るべきである。
統一地方選後半戦で、主権者は、はっきりと民主党に退場を命するべきだ。
民主党をせん滅することにより、
日本政治は「甦(よみがえ)り」に波動に移行することができるのだ。
日本国憲法第13条は、
「生命、自由、及び幸福追求に対する国民の権利について、
国が立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」
ことを定めている。
この「生命、自由、及び幸福追求に対する国民の権利」
にもっとも重大な影響を与えるのが、
原発と戦争 である。
この原発について、福井地方裁判所の樋口英明裁判長は、
昨年5月21日に、画期的な判決を言い渡した。
福井県に所在する関西電力大飯原発3、4号機運転差止請求事件に対する判決で、
「大飯発電所3号機及び4号機の原子炉を運転してはならない」
とする判決を言い渡したのである。
個人の生命、身体、精神及び生活に関する利益は、
各人の人格に本質的なものであって、その総体が人格権であるとしたうえで、
人格権は、憲法上の権利である(13条、25条) とした。
判決は、大飯原発の耐震性能が1260ガル以下の
地震動に対応するものでしかないことについて、
2008年に発生した岩手宮城内陸地震で
4022ガルの地震動を観測したことを指摘して、
基準地震動を超える地震が、大飯原発に到来しないというのは、
根拠のない楽観的見通しにしかすぎないと断じた。
そのうえで、
本件原発に係る安全技術及び設備は、万全ではないのではないかという疑いが残る
として、大飯原発3、4号機の運転差止命令を示したのである。
この樋口英明裁判長が、本日4月14日、
2016年早期にも再稼働が予定されている、
同じ関西電力の高浜原発3、4号機について、
再稼働の即時差し止めを命ずる仮処分決定を示したのである。
同じ裁判長が二度、画期的な判決を示したのである。
今回の判決でさらに画期的であるのは、
原子力規制委員会が設定した新規制基準そのものについて、
「緩やかにすぎ、これに適合しても本件原発の安全性は確保されていない」
「新規制基準は合理性を欠く」
と断じたことだ。
私は本ブログ、メルマガで、
「原子力規制委員会の規制基準が 原発の安全性を確保するものになっていない
ことから、原発の再稼働を認めるべきではない」
と主張してきたが、日本の裁判所が正式にこの判断を示したのである。
適正、かつ、正当な判断であり、
日本の主権者は、原発再稼働を体を張ってでも阻止しなければならない。 -
「阿修羅」から転載。
見事な判決、そして見事な判決要旨である。福井地裁裁判長樋口英明氏の名は、讃えられ、記憶されるだろう。
この判決要旨は、高浜原発だけでなく、日本全国の原発に適用される内容であり、この判決内容を無視して原発再稼働をすることは、全国民的な批判にさらされることを政府および電力各社は覚悟しなければなるまい。
この判決を喜ぶ、別記事にあったコメントが鋭い内容なので、これも転載しておく。
> 佐藤 圭 福島原発事故を一顧だにしない安倍政権の原子力行政を完膚なきまでにたたきのめす決定。脱原発弁護団全国連絡会 : 速報:高浜原発仮処分決定! http://t.co/fLanGxtmL3> Hideyuki Hirakawa 民意(沖縄)に続いて司法判断(再稼働差止)も無視して粛々か。どんなに矛盾や問題があっても「問題ない」「粛々と」と物事が進められていく。「戦争」も「平和」と言い換えられる。何度も書いてるが、安倍政権は憲法秩序・法秩序だけでなく言語秩序・言語作用までをも脱臼させていく。
(以下引用)
09. 2015年4月14日 17:06:43 : DCB6Hi4RSI
新基準、合理性欠く」高浜原発差し止め仮処分決定要旨
2015年4月14日16時34分関西電力高浜原発3、4号機の再稼働をめぐり、即時差し止めを命じた14日の福井地裁(樋口英明裁判長)仮処分決定の要旨全文は次の通り。
①基準地震動である700ガルを超える地震について
基準地震動は原発に到来することが想定できる最大の地震勤であり、基準地震動を適切に策定すること、原発の耐震安全性確保の基礎であり、基準地震動を超える地震はあってはならないはずである。
しかし、全国で20カ所にも満たない原発のうち4つの原発に5回にわたり想定した地震動を超える地震が平成17年以後10年足らずの間に到来している。本件原発の地震想定が基本的には上記4つの原発におけるのと同様、過去における地震の記録と周辺の活断層の調査分析という手法に基づいてなされ、活断層の評価方法にも大きな違いがないにもかかわらず債務者の本件原発の地震想定だけが信頼に値するという根拠は見いだせない。
加えて、活断層の状況から地震動の強さを推定する方式の提言者である入倉孝次郎教授は、新聞記者の取材に応じて、「基準地震動は計算で出た一番大きな揺れの値のように思われることがあるが、そうではない。』「私は科学的な式を使って計算方法を提案してきたが、平均からずれた地震はいくらでもあり、観測そのものが間違っていることもある。」と答えている。地震の平均像を基礎として万一の事故に備えなければならない原子力発電所の基準地震動を策定することに合理性は見いだし難いから、基準地震動はその実績のみならず理論面でも信頼性を失っていることになる。
基準地震動を超える地震が到来すれば、施設が破損するおそれがあり、その場合、事態の把握の困難性や時間的な制約の下、収束を図るには多くの困難が伴い、炉心損傷に至る危険が認められる。
②基準地震動である700ガル未満の地震について
本件原発の運転開始時の基準地震動は370ガルであったところ、安全余裕があるとの理由で根本的な耐震補強工事がなされることがないまま、550ガルに引き上げられ、更に新規制基準の実施を機に700ガルにまで引き上げられた。原発の耐震安全性確保の基礎となるべき基準地震動の数値だけを引き上げるという対応は社会的に許容できることではないし、債務者(関西電力、以下関電)のいう安全設計思想と相いれないものと思われる。
基準地震動である700ガルを下回る地震によって外部電源が断たれ、かつ主給水ポンプが破損し主給水が断たれるおそれがあることは関電においてこれを自認しているところである。外部電源と主給水によって冷却機能を維持するのが原子炉の本来の姿である。安全確保の上で不可欠な役割を第1次的に担う設備はこれを安全上重要な設備であるとして、その役割にふさわしい耐震性を求めるのが健全な社会通念であると考えられる。このような設備を安全上重要な設備でないとする関電の主張は理解に苦しむ。関電は本件原発の安全設備は多重防護の考えに基づき安全性を確保する設計となっていると主張しているところ、多重防護とは堅固な第1陣が突破されたとしてもなお第2陣、第3陣が控えているという備えの在り方を指すと解されるのであって、第1陣の備えが貧弱なため、いきなり背水の陣となるような備えの在り方は多重防護の意義からはずれるものと思われる。
基準地震動である700ガル未満の地震によっても冷却機能喪失による炉心損傷に至る危険が認められる。
③冷却機能の維持についての小括
日本列島は4つのプレートの境目に位置しており、全世界の地震の1割が我が国の国土で発生し、日本国内に地震の空白地帯は存在しない。関電は基準地震動を超える地震が到来してしまった他の原発敷地についての地域的特性や高浜原発との地域差を強調しているが、これらはそれ自体確たるものではないし、我が国全体が置かれている上記のような厳然たる事実の前では大きな意味を持つこともないと考えられる。各地の原発敷地外に幾たびか到来した激しい地震や各地の原発敷地に5回にわたり到来した基準地震動を超える地震が高浜原発には到来しないというのは根拠に乏しい楽観的見通しにしかすぎない上、基準地震動に満たない地震によっても冷却機能喪失による重大な事故が生じ得るというのであれば、そこでの危険は、万が一の危険という領域をはるかに超える現実的で切迫した危険である。
④使用済み核燃料について
使用済み核燃料は我が国の存続に関わるほどの被害を及ぼす可能性があるのに、格納容器のような堅固な施設によって閉じ込められていない。使用済み核燃料を閉じ込めておくための堅固な設備を設けるためには膨大な費用を要するということに加え、国民の安全が何よりも優先されるべきであるとの見識に立つのではなく、深刻な事故はめったに起きないだろうという見通しのもとにかような対応が成り立っているといわざるを得ない。また、使用済み核燃料プールの給水設備の耐震性もBクラスである。
⑤被保全債権について
本件原発の脆弱(ぜいじゃく)性は、①基準地震動の策定基準を見直し、基準地震動を大幅に引き上げ、それに応じた根本的な耐震工事を実施する②外部電源と主給水の双方について基準地震動に耐えられるように耐震性をSクラスにする③使用済み核燃料を堅固な施設で囲い込む④使用済み核燃料プールの給水設備の耐震性をSクラスにするという各方策がとられることによってしか解消できない。また、地震の際の事態の把握の困難性は使用済み核燃料プールに係る計測装置がSクラスであることの必要性を基礎付けるものであるし、中央制御室へ放射性物質が及ぶ危険性は耐震性及び放射性物質に対する防御機能が高い免震重要棟の設置の必要性を裏付けるものといえるのに、原子力規制委員会が策定した新規制基準は上記のいずれの点についても規制の対象としていない。免震重要棟についてはその設置が予定されてはいるものの、猶予期間が設けられているところ、地震が人間の計画、意図とは全く無関係に起こるものである以上、かような規制方法に合理性がないことは自明である。
原子力規制委員会が設置変更許可をするためには、申請に係る原子炉施設が新規制基準に適合するとの専門技術的な見地からする合理的な審査を経なければならないし、新規制基準自体も合理的なものでなければならないが、その趣旨は、当該原子炉施設の周辺住民の生命、身体に重大な危害を及ぼす等の深刻な災害が万が一にも起こらないようにするため、原発設備の安全性につき十分な審査を行わせることにある(最高裁判所平成4年10月29日第一小法廷判決、伊方最高裁判決)。そうすると、新規制基準に求められるべき合理性とは、原発の設備が基準に適合すれば深刻な災害を引き起こすおそれが万が一にもないといえるような厳格な内容を備えていることであると解すべきことになる。しかるに、新規制基準は上記のとおり、緩やかにすぎ、これに適合しても本件原発の安全性は確保されていない。新規制基準は合理性を欠くものである。そうである以上、その新規制基準に本件原発施設が適合するか否かについて判断するまでもなく債権者らが人格権を侵害される具体的危険性すなわち被保全債権の存在が認められる。
⑥保全の必要性について
本件原発の事故によって関電らは取り返しのつかない損害を被るおそれが生じることになり、本案訴訟の結論を待つ余裕がなく、また、原子力規制委員会の設置変更許可がなされた現時点においては、保全の必要性も認められる。
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「大摩邇」所載「マスコミに載らない海外記事」を管理人氏コメント付きで転載。
私はポール・クレイグ・ロバーツが好きなのだが、なぜか彼の書く内容は私が主張する意見と似ていることが多い。私の書くことは独断的妄想的意見に見え、彼の書くことは冷静かつ論理的に見えるという違いがあるだけだ。主張自体はほとんど同じなのである。ギリシア(ギリシャ)についての下記記事など、私がだいぶ前に書いたことと完全に同じと言っていい。まあ、私は自分が何を書いたか、詳しくは覚えていないほど記憶力が悪いのだが、同じ趣旨のことを書いたような記憶はある。その時は、「デフォルトしろ」などさすがに暴論かなあ、と思いつつ書いたのである。麻生流に「借りた金は返すのが当然」というのが世間の常識だろうし。
では、闇金(昔はサラ金と言ったものだが、サラ金とは別なのか?)から法定外の利息で借りた金も同じか。借りた金は娘や妻をトルコ風呂(これも死語)に売ってでも返さねばならないのか。EUがギリシアに求めている「国家的リストラ」は、「借りた金が返せなければ、内臓を売ってでも返せ」ということだ。
借りた金を返すことを、他の何よりも優先しろ、というのがIMFなどから金を借りた国が強制されることだが、これは闇金から金を借りることと何が違うのか。それでも、「借りた方が悪い」一辺倒の論理を押し通すのか。だいたいが、金を借り、それをいい加減に使うのは政府である。その政府の人間は、返す時には国民にその負担を押し付け、自分たちは何一つ責任など取ることはない。それでも国民は「借りた金は返すのが当然」なのか。ギャンブル好きの亭主がサラ金や闇金から借りた金は、妻や娘がトルコ風呂に身を売っても「返すのが当然」か。
比喩的に言えば、これはそういう話なのである。まあ、極道亭主を持った妻の立場というのは、世界中のどの国民も同じようである。日本も例外ではない、どころか、その最たるものだ。(たぶん、ロシアは稀な例外か。その他、二三の国々はあるようだ。)
なお、管理人氏コメント中にある『なぜ日本は没落するか』は経済学者森嶋通夫の本(新書)のようだが、1998年の時点で今2015年の日本を実に的確に見通していたことに感心する。
(以下引用)
2015年04月14日06:35- カテゴリ
- マスコミに載らない海外記事
- EU
マスコミに載らない海外記事さんのサイトより
http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2015/04/post-77c0.html
<転載開始>Paul Craig Roberts
2015年4月12日傲慢さから、自らを“必要欠くべからざる”存在と見なしているワシントンは何億人もの人々の命にとって脅威となっている。21世紀“アメリカの世紀”にワシントンが殺害した途方もない数の人々は“対テロ戦争”での“巻き添え被害”として片づけられる。
対テロ戦争は、でっちあげだ。ワシントンの世界覇権と、ナイル川からユーフラテス川までのイスラエル覇権を狙う悪のネオコンが創り出したものだ。道徳皆無のワシントンが、自分の意思は、法の支配を超越する“例外的で、必要欠くべからざる”国だと自認する中、ワシントンの世界覇権への衝動が、人類丸ごと“巻き添え被害”として片づけられることを意味するのを世界中の人々は理解している。
冷戦中は、正義の味方だったアメリカが今や悪役となり、悪役だったロシアと中国が正義の味方になったというのが過酷な現実だ。人類にとっての希望は自国民や世界全体に対し戦争を行う軍事化したゲシュタポ的存在となった欧米にはもはや存在しない。
侵略が、21世紀のワシントンと囚われのヨーロッパ属国諸国の特徴だ。21世紀には“欧米文明”による無辜の人々の殺戮が無い年は一年とてなかった。
エリック・キングとの下記インタビュー http://kingworldnews.com/dr-paul-craig-roberts-4-12-15/ で、同胞EU加盟国とアメリカのヘッジ・ファンドによる、南ヨーロッパの略奪に対する反感にこそ希望がもてることを私は語っている。もし南ヨーロッパ人が、ニューヨークとドイツの金融業界が、アメリカと北ヨーロッパの金融業界が儲ける為、南ヨーロッパ人の将来を破壊破壊すると決めているのを理解する知性を見いだせれば、EUメンバーであることでの壮大な栄光という未来の話に洗脳されているヨーロッパ人も、彼等がそれに晒されている、ヨーロッパ諸国の主権を破壊すべく設計された、欧州連合として知られている搾取制度の裏切りに気が付いて、離脱するかも知れない。
強力なロシアが選択肢として存在している。中国もそうだ。もしギリシャ政府に、ギリシャを搾取し、破壊すると固く決めている連中に対し、債務不履行をする思慮分別があれば、イタリアやスペインも続くだろう。ロシアと中国はもろ手を挙げて待ち構えており、欧米諸国政府とは違い、ロシアと中国は破産していないのだ。
南ヨーロッパが欠ければ、NATOは取るに足らないものと化する。ユーラシアを支配しようというブレジンスキーとワシントンのネオコン・ドクトリンは無に帰す。NATOが無ければ“世界共同体”つまり白人を代弁するワシントンの口実もむなしく響くのだ。
我々は生命のために祈らなければならない。ワシントンを孤立化させられなければ、地球上の生命の先行きは暗い。
記事原文のurl:http://www.paulcraigroberts.org/2015/04/12/hope-horizon-comes-greece-paul-craig-roberts/
----------アテネ空港、たしか軍と共用だった。ウゾは苦手なのでメタクサを土産に買った。
大本営広報部報道をおおざっぱに見聞きする限り、全く何の変化も起きていないかのごとし。しかし、子細をみると、地方選挙、与党のしぶとさ、民主党のもろさ、そして共産党躍進ということのようだ。自・公のしぶとさというか、洗脳されている皆様の多さに絶望する。
ヨーロッパには、希望が見えているのかも知れないが、この属国、傀儡氏の議会演説と引き換えに、TPPで日本の主権を、すっかり大企業に差し上げる地獄が視野に入っている。
ワシントンを孤立化させるどころか、ぴったり寄り添うこの国の庶民の先行きは暗い。
ワシントンから見え始めた絶望
昨日『終わりよければすべてよし―ある人生の記録』が出てきた。そこで彼の『なぜ日本は没落するか』を思い出した。
『腰抜けと売女マスコミ』で『なぜ日本は没落するか』一部紹介させて頂いたのを繰り返す。
最後に若干つけ加えておくべきことがある。それらについては後にも触れるが、その一つは没落が始まると国民の気質に変化が生じるということである。没落に際して、日本経済が二極分解すれば、組織された経済騒動や無組織の暴動が無秩序に起こり、国全体が一層深く没落していく。このことはマルクス以来周知のことである。それと同時に他方では国民の自信を高めるために、「心ある」人々による右傾化の動きが生じるだろう。すでにその徴候はある。後にもみるように私は、日本の現在の情況では前者より後者の方に気をつけなければならないと思っている。さらに付け加えれば、こういう動きは国際的に連動していることが多い。
この点に関連してさらに言っておくべきことは、私の没落論では、外部からの影響を全く無視しているということである。一つの外生的要因は天災地変であり、もう.つは人為的災害─戦争─である。今もし、アジアで戦争が起こり、アメリカがパックス・アメリカーナを維持するために日本の力を必要とする場合には、日本は動員に応じ大活躍するだろう。日本経済は、戦後─戦前もある段階までそうだったが─を通じ戦争とともに栄えた経済である。没落しつつある場合にはなりふり構わず戦争に協力するであろう。
中略
徳川末期に欧米の使節が日本にきて日本人に下した採点は、文化的にも経済的にも程度は高いが、政治的には無能であるということであった。そして彼らは、朝廷も幕府もともに世襲だから日本はいつまでも政治的に幼稚なのだと判定した。幕府はつぶれた。朝廷もシンボルだけの役割しかしなくなった。そして徳川末期に世襲制であったものは、最大限に打破してしまった。にもかかわらず、日本は依然として、政治的に無能であることを世界にさらけ出している。そういう意味で一九九八年末は徳川末期とほとんど変わることはない。
しかし人は言うかもしれない。今でも政界は、二世議員が示すように、世襲ではないか。
世襲だから悪いので、世襲でなくすればよくなるのではないか。確かにそうであるが、世襲状態が続いているのは制度の故ではなくて、そういう状態を打ち破る勢力が、既成政治グループの外に現われてこないからである。それは政治グループのせいではなくて、政治グループ外の人の政治的無気力のせいであろう。政治が悪いから国民は無気力であり、国民が無気力だから政治は悪いままでおれるのだ。
こういう状態は、今後五〇年近くは確実に続くであろう。そのことから私たちが引き出さねばならない結論は、残念ながら、日本の没落である。政治が貧困であるということは、日本経済が経済外的利益を受けないということである。それでも「ええじゃないか。ええじゃないか」と踊り狂うしか慰めがないとしたら、私たちの子供や孫や曾孫があまりにも可哀想だ。
与党支持者の方々、永久に、こういう言説に耳をかたむけず、与党を支持しない少数派庶民の大多数を“巻き添え被害”者にするだろう。
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「阿修羅」から転載。
まことに御説ごもっともであり、今の選挙システムほど、民主主義、国民主権というものを形骸化し、国民を馬鹿にしたものはない。
まずは、ここから変えていかねばならないのだが、それを変えるには国会での決議が必要であり、この欠陥選挙で選ばれた欠陥議員たちが今の選挙制度を変える可能性はゼロに近いという、はなはだ情けない状況だ。それでも、これが変わる可能性があるとすれば、「三権」に並ぶ「第四の権力」マスコミが声を揃えて選挙システム改善を叫ぶしかないが、そのマスコミも企業(スポンサー)に支配され、政権に許認可権で脅されて発言できないという雁字搦めの状態が、今の日本だ。さてさて、こうした状況を変えるには、今の日本の状況を心から憂え、政治を変える力のある一部の政治家(私は山本太郎などがそれだと思っている。)を国民が支持し、彼らに力を与えるようにさまざまに行動していくしかないだろう。
微力ではあるが、私が自分のブログなどで政治的な発言をするのも、日本の子供たちにより幸福な日本を残したいという「貧者の一灯」のつもりなのである。
幸い、これまで自分が書いた内容について訂正したいと思ったことはほとんど無い。新自由主義という分かりやすい「敵」が最初から存在したから、ということもある。その新自由主義に対抗するのは、名称はどうであれ「社会主義(的政策)」しかない、というのが私がずっと主張してきたことである。自由主義とは「力がある人々がより自由に力をふるい、人々を支配する社会」を目指すことであり、小泉以降、民主党政権初期を除き、今の安倍政権に至るまで自民党の作ってきた社会がそれであることは言うまでもない。
話が逸れたが、選挙がコンピュータで操作された不正選挙でないかぎり、その自民党政権を選んだのは国民だ。そして自民党政権下で格差と貧困が拡大の一途をたどり、フクシマは収束の気配もなく、政府は増税と福祉カットを恣にし、社会中層から下層にかけての国民は生活苦に苦しんでいる。それでも彼らが自民党(自公政権)を選ぶという気持ちが私には理解できない。自分自身の豊かな生活を守りたいという、社会上層部の人々の気持ちも分かるが、ではそういう人々は、自分や自分の家族さえ幸福なら、不幸な人々のことはすべて「自己責任」だ、と考えることができるのだろうか。彼らには「惻隠の情」というのは無いのだろうか。
かつて社会主義に賛同した人々の中には、上流階級の人々もたくさんいた。彼らは「自分たちさえ幸福ならいい」とは考えなかったのである。
この社会の不平等や不合理によって苦しむ人がいてはならない。それが社会主義というものの本質であり、自由競争、すなわち「弱肉強食」が資本主義の本質だ。自由競争ですべてを決めるなら、弱肉強食以外にはなりえないのである。もちろん、「努力したから強者になったのだ。敗者(弱者)は努力をしなかったのだから、何も与えなくて当然だ」と勝者は言うだろう。はたしてそうか。社会的競争は、本当に公正に行われているか。(私は「優勝劣敗」つまり、「優れたものが勝ち、劣ったものが負ける」というのは一面的でしかないと思う。スポーツやギャンブルでも勝ち負けは偶然の要素が大きいし、社会的競争は資本金や家柄、情実などで勝ち負けが左右される。)先天的条件は何一つ考慮せず、同じ条件で競争させればいいのか。
そうではない、社会的競争の不平等を緩和し、勝者と敗者の「得るもの」の差を小さくしよう、というのが社会主義である。よほどのエゴイストでもないかぎり、この思想に不満を持つ者はいないだろう。(いくら金を得ても一度の食事に十人前も食うわけでもないだろうに。)
「福祉政策など不要だ。弱者や貧困者は死ね」という思想が「新自由主義」の極限である。そういう社会を望む人間を私は人間だとは見做さない。人間であるとすれば、サイコパスである。
(以下引用)
統一地方選、こんなのが選挙と言えるのか?
今こそ公職選挙法の抜本的な見直しを
2015.4.14(火) 筆坂 秀世
統一地方選挙の前半戦が終了した。41の道府県議選の投票率は、平均で45.06%となっている。半分以上の人が投票に行っていないということだ。41道府県中、38道府県では戦後最低の投票率になっている。なかでも千葉、埼玉は37%台、愛知は38%台の投票率である。3人に1人強しか投票に行っていないということだ。公職選挙法(公選法)では、最低投票率というような規定はないので、いくら投票率が低くても、選挙そのものはもちろん有効に成立しているということになる。
だが問題は、なぜ半分以上、あるいは3分の2もの人々が投票に行かないのかということである。
公選法第1条は、「この法律は、日本国憲法の精神に則り、衆議院議員、参議院議員並びに地方公共団体の議会の議員及び長を公選する選挙制度を確立し、その選挙が選挙人の自由に表明せる意思によつて公明且つ適正に行われることを確保し、もつて民主政治の健全な発展を期することを目的とする」としている。だが現状は、とても選挙人が自由な意思を表明しているとは言えまい。となれば「民主政治の健全な発展」も実現し難いということになる。
これでは関心の持ちようがない
とはいえ、私自身が一人の選挙人として考えた場合、この低投票率は大いに納得がいくのである。
私は埼玉県川越市在住だが、4年前に当選した県会議員がこの間、どういう活動を行ってきたのか、まったく知らない。同じ政党のメンバーや熱い後援者などを除けば、これが平均的な有権者の実態ではないだろうか。「県議会だより」が発行され、県議会のライブ中継なども行われているが、一体どれだけの人がこれを読み、あるいは見ているのだろうか。
例えば、「埼玉県議会だより」は新聞折り込みになっている。私のように新聞折り込みチラシをほとんど見る習慣がない者にとっては、目に触れることはまれである。もともと県政・県議会は、ある意味、中途半端な存在である。国政のようにテレビ、新聞で大きな話題になることもない。市政ほど身近でもない。そのうえ何をしているのか、議員自身の報告もなければ、議会だよりも目にとまらないのでは、ますます関心は薄れてしまう。
今回の選挙公報も同じだ。おそらく新聞折り込みで入っていたのだろうが、ついに目にすることはなかった。結局、今度の県議選で目にしたのは掲示板のポスターだけである。関心の持ちようがないのである。
同じ議会だよりでも、川越市議会の場合は、市が発行している「広報川越」に挟まれて、各戸の郵便受けに配布される。この場合は、ほとんど見落としなく目にとまり、読むことができる。ところが、この川越市も市議選の選挙公報は新聞折り込みである。
候補者の名前も政見も知らせないようにしている公選法
いまの公選法は、基本的に“べからず集”である。前述したように、公選法第1条には、「自由に表明せる意思によって」とあるが、不自由きわまりないのが公選法の仕組みになっている。
日本では、選挙活動の期間が決められている。最長が参院選と知事選の17日間、衆院選は12日間、都道府県議選は9日間、政令指定都市以外の市議選は7日間、町村議選は5日間となっている。本来なら、この期間こそもっとも旺盛に政治活動が展開されなければならない。
ところが日本の場合には、選挙が始まった途端に、さまざまな政治活動、選挙活動が禁止され、規制されるのである。
まず戸別訪問の禁止である。買収や利益誘導の温床となるというのが、その理由である。世界でも、日本と韓国ぐらいで、あまり例がないようである。選挙になると、候補者名を連呼する宣伝カーが走り回り、街頭がうるさくなるのはこのためである。市議選などになると候補者が多いので、正直、その喧騒に腹が立つこともあるが、戸別訪問が禁止されているので、候補者としてはこうするよりほかないのである。
国政選挙では、選挙に入ると、候補者名を掲載したビラや候補者名を類推することができるビラを配布することはできない。県議選や市議選では、そもそも個人ビラを作成、配布することもできない。まったく馬鹿げたことに、選挙に入れば候補者名を隠さなければならないのである。不合理きわまりない。
ずいぶん有権者を馬鹿にした制度である。有権者が知ることができるのは、掲示板のポスターと候補者名を連呼する宣伝カーの喧騒だけなのである。
前半戦の県議選でも候補者カーに何度か出くわしたが、多少の形容句はつけているが、どの候補者も名前の連呼だけである。あれを見て、「この人に投票したい」とは、絶対に思わないだろう。少なくとも私はそうだった。
選挙公報は、川越市でも新聞折り込みである。川越市を例にとれば、4年前の選挙で定数36人に対して、45人が立候補している。わずか1週間の間に、この材料だけで45人を見きわめ、1人を選べというのである。どう考えても不可能である。
昔なら立会演説会というのがあった。各候補が一堂に会して、持ち時間内で訴えを行うのである。現在のように、街頭や屋内で一方的に言いたいこと勝手にしゃべくりまくるのではなく、他候補と演説で主張を戦わせるものである。ところが各陣営が動員をかけて対立候補をやじり倒すなどするため、廃止になってしまった。残念なことだ。有権者にとっては、各党の政権を知り、各候補の力量を知り、比較する場であり、政治を身近にする場でもあった。また政治家にとっても、有権者の面前で他候補と競うわけだから、大いに自らを鍛える場となっていたからである。
その結果、有権者は、ほとんど判断材料を提供されることなく、投票しなければならなくなったのである。だから特定の政党の熱心な支持者、特定の候補者の後援会員などは選挙に行くが、そういうつながりのない人は、判断しようがないから投票を棄権するのである。
イギリス、ドイツ、アメリカには公示日はない
イギリスやドイツ、アメリカには、“これから選挙が始まりますよ”という公示日はない(原則として国政選挙は公示、地方選挙は告示)。決められるのは投票日だけである。つまり政治活動と選挙活動の区別はないわけである。これこそまっとうなあり方だ。
政治活動がもっとも激烈な形で現れるのが選挙活動であり、そこに断絶はない。連続してこそ意味がある。わずか1週間前後の活動だけで選べという方が無理筋なのである。
本来、政治活動というものは365日行われている。投票日が決まれば、そこに向けて、候補者名を大いに宣伝し、それこそ基本的には自由にそれぞれの陣営が政見を発表し、有権者の中に入っていく。これこそが政治活動であり、選挙活動である。戸別訪問ももちろん解禁すべきである。ここでの有権者との対話が、政党を、候補者を鍛えていくことにもつながる。買収や利益誘導には、厳罰をもって対応すれば抑止は十分に可能である。イギリスでは、戸別訪問こそが選挙活動の中心に据えられている。だからうるさい宣伝カーはない。この方がよほどまっとうである。
私は、日本共産党で40年近く活動してきた。そのうち20年近くは秘書として、参議院議員として、国政に直接関わってきた。その時には、普通の人々がどれほど政治との間に距離があるのか分からなかった。その後、離党して、国政とも地方政治とも縁遠くなって、はじめてその距離間を知った。
“自分たちは一生懸命やっているから、国民にも伝わっているはず”というのは、とんでもない錯誤なのである。宣伝カーの上から大きな拡声器を使って演説しても、ビラを配布しても、それが届いているのはごくごく一部に過ぎない。ほとんどの人には、声もビラも届いてはいない。肉声が届いている人など、取るに足らない数だ。
戸別訪問の解禁、立会演説会の復活(形式は工夫する)、選挙規制の大幅な緩和等々に真剣に取り組まなければ、選挙そのものの意義が根本から問われることになりかねない。その時こそ、本当の民主政治の危機である。そうならないため、各党が公選法改正に取り組むことを強く求めたい。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/43523 -
孔徳秋水さんのツィッターから転載。
嘘か本当かは知らないが、「17%の野党票を消すプログラム」というのは、何だかリアリティがある。
このプログラムで「維新の会」などはおそらく与党扱いなのだろう。先の選挙結果で、維新の会が議席を伸ばしたのが(ここ数年の維新の会や橋下徹の度重なる不祥事から考えて)腑に落ちなかったのだが、これなら理解できる。安倍と橋下の同盟関係は、見る人が見れば明らかだろう。
仮にまともに計算されていたら、共産党は一気に自民党に迫る数字になっていたのではないか?
まあ、これは下の言葉が本当だったなら、という話。次回の選挙では、野党票を30%減くらいでプログラムしたりして。(笑)
>>ナルミ RN:ナルミ 「@kuroda06sayuri 「選挙に行った人72%、投票率55%…」実に約17%の野党票が、一台のコンピューターの操作で消えるプログラム、これがイスラエルから買ったサイバー技術よ。」
