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日本再生のための素晴らしい動きが、政府からではなく、日本全体の中小企業経営者の中から出てきた。その「エネルギーから経済を考える経営者ネットワーク会議」の設立趣意書の全文を「阿修羅」から転載する。
これこそ、国民の精神的なアセンション(次元上昇)の一つの現れだろう。
経団連などというものがけっして日本の経済界全体を代表しているわけではない。
(以下引用)
エネルギーから経済を考える経営者ネットワーク会議/設立の趣意・設立趣意書・世話役・アドバイザー
http://www.asyura2.com/12/genpatu26/msg/178.html
投稿者 okonomono 日時 2012 年 7 月 31 日 14:37:19: ufgCmUGS6CG6M
(回答先: 実は経済界も脱原発が多数派だった。経団連は経済界ではなく原子力ムラの代表にすぎない。(秋場龍一) 投稿者 盗電マン 日時 2012 年 7 月 31 日 11:56:10)
エネルギーから経済を考える経営者ネットワーク会議 https://enekei.jp/
◇
設立の趣意 https://enekei.jp/page/abstract
エネルギーから経済を考える経営者ネットワーク会議
1. 私たちは経営者の集まりです。
地域に生まれ、育ち、暮らす顔の見える人々ともに働き、地域に支えられ、
地域を中心の活動とし、経済活動の一翼を担っている、中小企業たちです。
2. 私たちは目指します。
経済人としてエネルギーの問題を正面から捉え、地域での再生可能エネルギーの
給体制の実現を通じて、持続可能な地域経済と地域社会の自立を。
3. 私たちは問い直します。
本当の豊かさとは何かと。「経済」とは単なるお金のやりとりとその周辺での出来事
だけでなく、「経世済民」 つまり、天下を治め民を救うためのしくみのはず。
その本来の姿を取り戻すためには「お金のものさし」だけでない「いのちのものさし」
が大切だと。
4. 私たちは行動します。
私たちが具体的に取り組むべきは、単なる反原発運動ではなく、原発がないほうが
健全な国・地域づくりができるという対案を示し、それを実践していくこと。
そのひとつは地域でのエネルギー自給のしくみを、最初は小さくともいいから、
同時多発的に実現させること。たくさんの小さな循環を起こし、
そのネットワークを創っていくこと。いわば「実践のネットワーク」。
それが私たちの役割だと任じています。
◇
設立趣意書 https://enekei.jp/page/concept
■東日本大震災から見えてきたこと
東日本大震災の原発事故を機に私たちは多くの犠牲を代償に、エネルギーのことに正面から向き合うこととなりました。
ともすれば、エネルギー、特に産業の米と言われる電力について、その供給体制に何の疑問も持たず、電気料金さえ支払っていれば欲しいだけ手に入るものだと思ってきましたし、その安定的な供給も当たり前だと享受してきました。しかし、今回の事故でそうではないことに否応無く気づかされたました。電力源としての原発の安全性、安定性、コストなどについて、その危うい実態を知ることになりました。そこで学んだことは、原発は安全でも安定でも安価でもない上に加えて、この国の経済の健全な成長と地域の発展に妨げになるということです。そして、中央は地方の犠牲の上に存立していることも明らかになりました。
■いわゆる「経済界」の意見の妥当性
メディアを通じてよく聴くのは、「経済界」の意見として「原発がないと電気が足りなくなり、日本の産業は空洞化し、GDPが下がり、経済が沈み、豊かな生活ができなくなり、皆さん不幸になる。だから、原発はこれからも必要だ。」という言い分です。
冷静になって考えてみましょう。
どんな商売でも(一部の軍事産業や一時的ないわゆる軍需という特需を除いて)、普通に屋外を歩けて、普通に水が飲めて、普通に深呼吸できるからこそ、おいしいものを食べに行こうとか、新しい服を買いに行こうとか、旅行に行こうとかなるわけで、経済活動の前提条件は、世の中が安全、安心であることではないでしょうか。毒マスクをし、線量計を携帯し、四六時中ビクビク怯えながらの暮らしの中で、GDPとか経済成長とか何の意味があるのでしょう。それが今、福島では現実になっているのです。安心、安全な暮らしがあってこその「経済」であることを肝に銘じなくてはなりません。
GDPの大きさイコール豊かさであるという思い込みへの反省の声も急速に高まっています。
今一度、私たちのいのちは何によって支えられているのかを真剣に考えなくてはならないと思います。
さらにGDPと電力の関係についても言及すれば、過去20年間、この国の電力の使用量は3割増えているにも拘わらず、生活実感を表現すると言われている経済指標のひとつである名目GDPはその間480兆円でずっと変っていないのです。豊かさの指標であると考えられてきたGDPと電力の関係も疑ってみる必要がありそうです。
次に産業の空洞化についても考えてみましょう。企業がその事業の拠点を海外へ移すという決断をするのはどういう理由からでしょう。円高、労働力、市場などその要因は、業種業態あるいは企業ごとに千差万別です。空洞化は様々な要因が複雑に絡み合って起こることで、全てを電力のせいにする議論には恣意的なものを感じざるを得ません。
製造業の工場生産額に占めるエネルギーコストは業種によっても異なりますが、2~7%と言われています。その内電気の比率は半分程度とすると、仮に電気料金が10%上がったとしても総コストに与える影響は0.1%~0.3%とかいうレベルです。企業経営者なら容易に判ると思いますが、そのレベルでコストが上がったからと言って工場を海外に引っ越すでしょうか。慣れない海外での事業展開のリスクと天秤にかけた時、どんな判断をしますか。そもそも、わが国以外で電力の安定供給(切断や電圧変動のない電力供給)が存在する国とは一体どのくらいあるのでしょうか。
更に、こうした海外移転の経営判断は、国内での雇用を放棄するという重大な意味を持つことも経営者として強く認識しなくてはいけないと思います。
■原発の根本的な問題
今回の原発事故は人災だと言われます。確かに人類が引き起こした事故という意味では
人災ですが、その表現は多くの場合、異なる意味で使われています。今までのやり方に不備があったから、それを修正すれば大丈夫。あるグループの人たちのミス・怠慢だから人を変えれば大丈夫と言っています。本当にそうでしょうか?未だ事故の真因が解明されていないというのに、どうしてそう結論付けることができるのでしょう。人智を超えた未塾な技術と断ずるべきではないでしょうか。
私たちはそう思いませんが、仮に百歩譲って原発の稼動の安全性が担保されたとしましょう。しかし、最後まで残るのは使用済み核燃料の問題です。
原発を推進する人たちは言います。原発の使用済み燃料は高速増殖炉、プルサーマルで完全なサイクルができるから夢のエネルギーだと。20年前に動いているはずのもんじゅが彼らが言うように2050年に動くという言葉を信じることは難しいです。日本以外の他の国では、すでに諦めて、最終的にはガラスで覆って地下深く埋めるしかないという結論になっています。認めていないのは我が国だけです。何故でしょうか。今このサイクルの破綻を認めてしまうと彼らの論理は根底から崩壊してしまうからです。
この状況でいくらお金を積まれても、自分の家の裏庭に引き取って埋めてあげますよという自治体が出てくるはずはないでしょう。原発を作った時と同じように地元に目くらましのお金をばら撒いてお金の力で引き受けさせようというのでしょうか。
いずれにしても、何万年という単位でその毒性が消えないものを何世代 いや何千、万世代に残し、問題を先送りすることは人として、生き方としていかがなものだろうかと思うしだいです。私たちが次代に残すべきは、どうしようもない核のゴミなどはなく、夢や希望ではないでしょうか。
■新しいフロンティアへ
今回の震災から学んだこととして多くの方々が挙げるのは、人と人とのつながり、それも顔の見える関係の大切さです。例えば、被災地への物資支援においてもボランティア活動においても、今まで高度成長を支えてきた中央集権的なしくみが今、限界を示し、それだけでは問題が解決しないことが露呈しました。そこで、力を発揮しているのは、顔の見える人間関係をベースにしたピンポイント型、あるいは独立型の活動としくみです。
それはこの原発に端を発したエネルギーの問題についても当てはまります。電力会社と巨大企業を中心とした中央集権的なしくみの危うさが露呈した今、顔の見える関係をベースにした地域自立型のしくみを併せ持つことが必要です。それぞれの地域でその地域の特性を活かした再生可能エネルギーによるエネルギー自給に挑戦すべきと考えます。
この国には資源がないと言われます。しかし、技術の進歩とともに何が資源かは変ってきます。確かに、石油、ウラン、天然ガスはありません。しかし、海も森も川も火山もあるこの国は自然エネルギーの宝庫です。
そして、それらを安全に効率よく使う技術は実用化に向けて様々な形で、すでに多くの萌芽を見せています。それらの芽は中小企業が持っているケースが多く、残念ながら中小企業にはそれらを実用レベルまで持ち上げる資金力やヨコにつないでシステム化する力が足りないのです。今まではほとんど全ての資金的なものも含めたサポートは原発とその周辺に行ってしまっています。それらを再生可能エネルギー技術の実用化とそのために頑張る中小企業に向ければ、あっと言う間に完成度の高い実用システムができるはずです。そうすることで、地域の中小企業に仕事が廻る可能性があります。新たな雇用を生む機会にもなります。従来の下請けとは異なる、自立型の事業が創出されるフロンティアが生まれるのではないでしょうか。
一基何千億円という巨額の投資が必要な原発に直接的に関われる企業はそう多くはありません。地域の中小企業には廻ってくるのは下請けの下請け、孫請けの孫請けといった価格発言権すらないような仕事だけです。再生可能エネルギーは比較的に小資本で取り組めるので、地域の中小企業に参入の機会が巡ってきます。また、海外の発展途上国のエネルギー体制構築には有効かつ適切な方法であることも特筆しておくべきことと考えます。
地域でエネルギーの自給のための会社を起こすことで地域の人の意識と行動が変る可能性があります。その会社は地域の企業も志民も関われる形態が望ましいと考えます。それによって今までは「他人ごと」であったエネルギーのことが「自分ごと」になります。
そして、自分の地域にどんな資源があるか真剣に考え調べるようになるはずです。大都市へ向かっていた意識・関心が自分の地域に向くようになります。
まちづくりも変ってくるはずです。地域でエネルギーを手がけることで、地域に仕事が発生し、地域でお金が廻り始めます。
今までは、お金は電力料金あるいは税金として全て中央へ集められ、様々な経路を経て、地域には補助金、交付金(特に原発所在地へ)として戻ってきます。そして、一部は前述の原発を維持するために、毎年数千億の単位で使われています。
お金を牛耳って、それを配分することで自らの存在価値を示してきた国と、それをいただくための政策に四苦八苦してきた地方公共団体との関係も変るでしょう。
自らの地域に関心を持ち、地域の課題に自分ごととして積極的に関わり、顔の見える人間関係を大切にしつつ、お金を廻していく。こういう小さくとも確かな循環が日本各地で起こり廻り始めることで、この国のあり様を変えることにつながる。エネルギーのことはエネルギーにとどまらない広がりのある話なのです。
図らずも震災に対する被災者の皆さんの秩序ある尊厳ある行動が世界中から賞賛を受けました。1億2千万人という大きな数の日本人が、自然に恵まれたこの国で平和に安全に安心して経済を廻して豊かに暮らす姿こそ、わが国が世界に発信すべき姿ではないでしょうか。そして、そのノウハウこそ、世界に向けて日本が売り出すべき「商品」ではないでしょうか。決して原発などではないはずです。
世界、特にアジアの各国に先駆けて、経済、社会、環境等の諸問題を、痛みを感じながら経験してきた、いわば課題の先進国として、その経験から得た知見を活かし、アジアの隣人をはじめとする世界の国々の健全な発展に貢献することがわが国の役割であるべきでしょう。それはわが国の安全保障にも寄与することにもなるでしょう。
■「経済」を問い直す
地域に生まれ、育ち、暮らす顔の見える人々とともに働き、地域に支えられ、地域を中心に活動している私たち中小零細企業が目指すべきは、かけがいのない自然の恵みの中で、生きとし生けるもの全てと共に生かし生かされ、全てのいのちが輝く生活の実現だと思います。私たちが日々悪戦苦闘している商売という経済活動はそのための便法に過ぎません。
今、私たちは、「経済」という言葉の定義をやり直さないとならないのかも知れません。
経済とは、単なるお金のやりとりとその周辺での出来事だけを指すのではなく、本来は「経世済民」、つまり、世の中をよくしていくための営みのはずです。そのための道具であるお金をいかに上手に使っていくかという観点でお金というものを捉え直していかなくてはならないのだと思います。経済を生産、分配、消費として捉えた古典派経済学に代表される西洋的伝統での定義に対しての、 天下を治め、民を救うと捉えた東洋的伝統での定義に立ち戻ることだと思います。
本来お金とは人と人をつなぐ道具でしかなかったはず。それがいつしかお金を持つことが目的化し、お金のある所・人が価値があり、そうでない所・人は価値がないということになってしまいました。それがお金をとても冷たいものにしてしまいました。ある地域を犠牲にして成り立つ原発のロジックを成立させるために使われてきたいわゆる原発マネーはその最たるものかも知れません。ここで今一度、お金に本来の役割を取り戻させ、温かく顔の見えるものにすることが必要です。
お金は重要です。しかし、お金のものさしに加えて、もうひとつのものさし=「いのちのものさし」が本当に必要な時代になったということでしょう。
お金の奪い合いにつながる狭い意味での経済ではなく、もっと広い意味で経済を捉えていくことが必須だと思います。 そのことで、この行き詰まり感から脱却し、懐かしく明るい未来が描けるように思います。企業経営者として企業経営のあり方を再検証することが求められていると言えます。
■経営者としての新たな実践
そうすることで、先に述べた「経済界」の主張は当たらないことが明白になるはずです。
小さく微力かも知れませんが、同じ「経済界」にいる「経済人」として考え、発言し、行動してまいりたいと思います。
私たちが具体的に取り組むべきは、単なる反原発運動ではなく、原発がないほうが健全な国・地域づくりができるという対案を示し、それを実践していくことだと思っております。そのひとつは地域でのエネルギー自給のしくみを、最初は小さくともいいから、同時多発的に実現させることであり、そのための活動をしてまいります。たくさんの小さな循環を起こし、そのネットワークを創っていくこと。いわば「実践のネットワーク」。それが私たちの役割だと任じています。
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エネ経会議世話役一覧 https://enekei.jp/vip/sewa
北海道地区
北海道 加城祐史 オホーツク警備保障株式会社
北海道 川田弘教 川田自動車工業株式会社
北海道 國枝恭二 株式会社帯建工業
北海道 後藤健市 合同会社場所文化機構
北海道 竹本直人 株式会社 ネクセスステージ
北海道 仁志方紀 有限会社仁志陶器建材店
北海道 爲廣正彦 株式会社 エコERC(エルク)
北海道 舛川誠 北見通運株式会社
北海道 三宅雅登 左希子化粧株式会社
東北地区
青森県 倉橋純造 倉橋建設株式会社
青森県 鈴木順三 S.K.K 情報ビジネス専門学校
青森県 高森公嗣 青森環境開発株式会社
岩手県 門脇秀朗 有限会社 門脇コンクリート工業
岩手県 渕上清 有限会社 フチガミ
宮城県 阿部有美 株式会社 紅彦
宮城県 亀田治 合資会社 亀兵商店
宮城県 坂井政行 気仙沼復興株式会社
宮城県 千葉富士夫 有限会社 東大清掃センター
宮城県 新田秀悦 新東総業株式会社
宮城県 渡辺晋也 株式会社あおいビジネスソリューションズ
秋田県 高橋茂 株式会社オコス
秋田県 鍋谷昭 なべや製麺株式会社
山形県 石山徳昭 有限会社 石山設計事務所
山形県 井上義裕 株式会社 新和設備
山形県 片山朋彰 株式会社 丹工社塗装所
山形県 齋藤峰彰 株式会社 セゾンファクトリー
山形県 西村修 仮設機材工業株式会社
山形県 前田昌信 有限会社 前田商店
福島県 阿部幹郎 野村不動産有限会社
福島県 菊地亮 菊地歯科医院
福島県 斎藤孝裕 信陵建設株式会社
福島県 林克重 タカラ印刷株式会社
福島県 福地雅人 株式会社フクトウ
関東地区
群馬県 亀田慎也 株式会社有花園
群馬県 小池秀明 "有限会社小池 (LLP高崎食文化屋台通り組合員)"
埼玉県 大村晴利 株式会社 う匠山家
埼玉県 鳥澤加津志 株式会社セントラル工事 関東
千葉県 木川総一郎 木川染色株式会社
千葉県 関学 株式会社 星広告
東京都 今井良治 株式会社アイマックス
東京都 大石英司 みんな電力株式会社
東京都 木内孝 株式会社イースクエア
東京都 五味勇人 株式会社イキゴト
東京都 清水昭 エミリオ森口クリニック
東京都 清水仁司 株式会社がいあプロジェクト
東京都 白岩聖子 アールアンドディーアイスクエア株式会社
東京都 高安和夫 NPO銀座ミツバチプロジェクト
東京都 竹林征雄 "一般社団法人サステイナビリティ・ サイエンス・コンソーシアム(SSC)"
東京都 田中淳夫 NPO銀座ミツバチプロジェクト
東京都 丸橋浩 株式会社アマテラス都市建築設計
東京都 本木陽一 アールアンドディーアイスクエア株式会社
東京都 吉澤保幸 LLC場所文化機構 場所文化フォーラム
神奈川県 青木政行 グリンハイヤー株式会社
神奈川県 井上一 星槎グループ
神奈川県 櫻井泰行 有限会社TAICO一級建築士事務所
神奈川県 鈴木悌介 [世話役代表・鈴廣かまぼこ]
神奈川県 中戸川洋 株式会社中戸川
神奈川県 福西定敏 千代田商事株式会社
神奈川県 古川晴基 新陽冷熱工業株式会社
神奈川県 宮澤保夫 星槎グループ
神奈川県 山中仁 有限会社山中自動車商会
静岡県 神谷竹彦 株式会社 サカエ
北陸信越地区
新潟県 有本俊明 有本建築
新潟県 岩田孝義
新潟県 古泉幸一 有限会社 丸武古泉商店
新潟県 小林均 株式会社小嶋屋
新潟県 坂井一義 Kazu総合プランニング
新潟県 中村勉 株式会社中村ガラス
新潟県 馬場一也 株式会社馬場工務所
新潟県 伴田宏 株式会社 又上
新潟県 保坂裕一 きも乃や
新潟県 本間清人 村上市議会議員
新潟県 森山一理 有限会社モリデザインワークス
富山県 川合声一 日の出屋製菓産業株式会社
富山県 小清水勝則 氷見市議会議員
富山県 松原勝久 社団法人富山湾マリン
石川県 小谷由美子 株式会社カーロカーラ
石川県 小西裕太 株式会社カーロカーラ
石川県 田邊真澄 Promo Source 代表
東海地区
岐阜県 池戸一成 株式会社環境考房
岐阜県 伊藤素近 株式会社フジエンタープライズ
岐阜県 亀山健壽 ヤマト物産株式会社
愛知県 浅井秀明 株式会社出雲殿
愛知県 奥澤和行 豊川市議会議員
愛知県 神谷篤
愛知県 原田隆司 株式会社ハラックス
愛知県 森岡厚 ONOYAスキンケアプラザ
愛知県 八木勇達 株式会社 八木
三重県 竹川博子 株式会社タケカワダイヤツール
三重県 辻正敏 株式会社辻工務店
三重県 森通人 有限会社マイドソフト
近畿地区
滋賀県 上田健一郎 株式会社 千成亭
滋賀県 杉本定幸 有限会社杉本塗装
滋賀県 中村寿志 明文舎印刷商事株式会社
滋賀県 西居基晴 株式会社 松喜屋
京都府 大村利和 株式会社大村工務店
京都府 山本博美 山本博美保険事務所
大阪府 小野義信 オーレス株式会社
大阪府 北野健太郎 株式会社壇建築計画事務所
大阪府 小園浩幸 小園工業株式会社
大阪府 谷崎博幸 ユニオン電子株式会社
兵庫県 木下一成 株式会社一成
兵庫県 西多寛明 ニシタ米穀株式会社
奈良県 虎杖徳明
奈良県 吉本博次 吉本造園
和歌山県 丸山信仁 丸仁商店
中国地区
鳥取県 荒濱健太朗 有限会社 荒濱建築工務店
鳥取県 清水雅文 有限会社モリサキ
島根県 矢口伸二 中国ウィンドパワー株式会社
岡山県 井上和宜 株式会社マルイ
岡山県 梶谷俊介 岡山トヨタ自動車株式会社
岡山県 坪井祥隆 大惣株式会社
岡山県 吉原洋二 株式会社ヨシハラ工務店
広島県 杉本昇 株式会社上垣組
山口県 冨永洋一 株式会社コミュニティエフエム下関
四国地区
香川県 中條慎也 株式会社T・P
愛媛県 兼頭一司 株式会社しまの会社
愛媛県 清家幹広 株式会社かどや事業本部
愛媛県 宮成雄大 株式会社メビウス四国
九州地区
長崎県 松田祥吾 株式会社多津屋
大分県 工藤哲弘 大分タクシー株式会社
宮崎県 黒木敏之 株式会社 黒木本店
鹿児島県 妹尾隆也 丸一製薬株式会社
鹿児島県 大脇唯眞 有限会社エスポワール
鹿児島県 牧野啓一郎 有限会社牧野水産
沖縄県 真境名エリ子 有限会社ケイ・エフ
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エネ経会議アドバイザーの皆様 https://enekei.jp/vip/adviser
浅尾慶一郎 衆議院議員
阿部守一 長野県知事
阿部知子 衆議院議員
飯田哲也 認定NPO法人 環境エネルギー政策研究所所長
石田秀輝 東北大学大学院環境科学研究科教授・工学博士
稲本正 工芸家
内山節 立教大学哲学者・立教大学教授
大和田順子 一般社団法人ロハス・ビジネス・アライアンス共同代表
加藤憲一 小田原市長
亀山秀雄 東京農工大学工学府産業技術専攻教授
河口真理子 株式会社大和総研
神津多可思 埼玉大学経済学部客員教授
河野太郎 衆議院議員
小宮一慶 株式会社小宮コンサルタンツ代表取締役
桜井勝延 南相馬市長
佐藤仁 東京大学東洋文化研究所准教授
鈴木英敬 三重県知事
田中幹夫 南砺市長
西平良将 阿久根市長
野中ともよ NPO法人ガイア・イニシアティブ代表
原田博夫 専修大学大学院経済学研究科長・教授
平井伸治 鳥取県知事
福島みずほ 参議院議員
藤間秋男 TOMAコンサルタンツグループ
藤巻幸大 株式会社シカタ代表取締役プロデューサー
古沢広祐 国学院大
三上元 湖西市長
藻谷浩介 日本政策投資銀行・日本総研
森摂 株式会社オルタナ代表取締役社長 兼 編集長
守屋輝彦 神奈川県議会議員
安田喜憲 国際日本文化センター
山口昇士 箱根町長
米倉誠一郎 一橋大学イノベーション研究センター長・教授PR -
「遠くを見つめて」というサイトから転載。
ソニー創業者井深大は事業家であると同時に、政治や社会問題にも深い関心を持っていた幅の広い人物だったが、その人の次の言葉は未来への警鐘、つまり現在の日本の混乱と悲惨の真の原因を見抜いていたと言える。
ゲッペルスは、いわば「カラマーゾフ兄弟」の中の寓話に出る「大審問官」であり、愚衆を正しく導くために、あえて欺瞞を行った人物だろう。彼の「嘘も百回言えば真実になる」という言葉は今なお政治における最高の金言であり、ほとんどあらゆる政治家はこの言葉を実行している。
(以下引用)
『心を置き去りにした日本人 あと半分の教育』
井深 大(いぶか・まさる)氏 ソニ-創業者 以下抜粋
「わが国として気をつけねばならないことは
わが国に向けられている 数々の企てである。
それは、愛国心の消滅、悪平等主義、拝金主義 過度の自由要求
道徳軽視、3S(スポーツ・セックス・スクリーン)の奨励、
ことなかれ主義の政策、無気力・無信念、義理人情の抹殺、
俗吏(ぞくり=役人をあざけっていう語)・属僚(下級役人の仲間)の横行、
否定・消極主義、自然主義、刹那(せつな)主義、尖端主義、
国粋主義の否定、享楽(きょうらく)主義、恋愛至上主義、家族制度の破壊、
民族的歴史観の否定。
以上 19の企(くわだ)てをもって、
わが国の持っている 非常に理想的なものを潰そうとかかってくる
強い勢力がある」 (『あるユダヤ人の懺悔 日本人に謝りたい』抜粋)
私は この文章を読んだ時
これこそ まさに 戦後から現在に至る日本の姿ではないかと思い、
愕然(がくぜん)としてしまいました。
誰の言葉だと思いますか。
実は これは1934年、ドイツの宣伝相 ゲッべルスが
ドイツ国民に与えた 19の警告なのです。
ゲッべルスは、”非常に強力な超国家的勢力”(すなわちユダヤ人)が、
文明の破壊にもつながる心理戦、
神経戦を挑(いど)んできていることを察知し、
これに対して ドイツ国民は十分に警戒せねばならない と考えました。
この心理戦、神経戦の目的とするところは、
人間の誠実性を低めることにより
現存する国家を 内部からむしばんでいこうとするものであると判断し、
そうした”悪(あ)しき企(くわだ)て”を
19の明快な言葉でとらえ直したうえで、
国民に向かって 警告を発し、抵抗への奮起をうながしました。
ゲッペルスが、これら19の”悪しき企て”を総称して、
”人間獣化計画”と呼んでいる点も、
日本人の別名 ”エコノミックアニマル”と対応しているようで、
大変 興味深く思われます。 -
井口博士のブログから転載。
私は人類型の知的生命体が地球以外にいるとはあまり信じていないのだが、いたら面白いな、とは思っている。そして、一部の人間の強欲(この「強欲」がどうしても一発で漢字変換されないのである。これまで何百回もワードで書いてきたのに。ワードの嫌いな言葉なのだろう。)のために「文明の進化」が「金による人類支配と人類の奴隷化」になっているのだから、宇宙から人類をはるかに越える聡明な知性を持った存在がやってきて奴隷化した人類を救ってくれるというファンタジーも、神への信仰というファンタジーと同様に人類にある種の希望を与えるものだと思っている。
さて、下の記事が面白いのは8月4日という明確な期日を明示しているところである。その日に何も起こらなければ、これらの記事の筆者たちは、これまで自分が書いてきたすべてがただのファンタジーだったことを自ら認めるしかなくなる。それほどの危険を冒しながら、こうした記事を書いたということは、よほどの覚悟か自信があってのことだろう。
であるから、8月4日を刮目して待つことにしよう。
それが悪魔の姿で現れたら某SF小説は予言の書であったということになる。まあ、今の地球を支配する連中が自分たちの敵の姿を使って「悪魔」イメージを作ってきた、というわけだが、地球がそんな宇宙的闘争の舞台であるというファンタジーは、人類の自惚れであって、宇宙全体から見れば地球の中の人類など、人類の目から微生物の世界を見るようなものだろう。ヴォルテールがそんな話を書いていたのを今思い出した。
(以下引用)
2012年8月4日は地球人類にとって永久に忘れることのできない記念日になる!?
みなさん、こんにちは。
今回のロンドン五輪がたいへん興味深いのは、我々地球人類の行うオリンピックだけではない。なんと、この2012年ロンドン五輪を、これまでずっと外から見守って来た宇宙人グループが、UFOデクローク(UFO出現)のためのイベントに選んだというのである。スピリチュアルな能力を持つかなりの人々がそうしたメッセージをチャネリングなるもので得たという。例えば、以下のものである。
遂にその日が決まりました。
2012年8月4日は地球人類にとって永久に忘れることの出来ない記念すべき日となるでしょう。地球外知的生命体とのファーストコンタクトが実現することが決まりました。19世紀半ば、英国で始まり世界中に広まったスピリチュアリズム(地球の霊的浄化運動)は同じく英国でグランドフィナーレを迎えることになりそうです。オリンピックの開会式にははるか上空を遠慮がちに飛んでいたUFOですが、8月4日には堂々とオリンピックスタジアムに姿を現すことを伝えてきました。
これまで期待を持たせて実行されなかった数々の出来事がありましたので、今度もその類と思われるかもしれませんが、これほど明確なメッセージが寄せられたのは始めてです。信用して良いと思います。これが偽旗作戦であるなら、私も以後一切のチャネリング・メッセージは信用しないことにします。
プレアデスからのチャネリング・メッセージ
地球時間7月25日に、プレアデス高等評議会とほかの四つの銀河連合は、銀河規約ガイドラインにしたがって、光のプレアデスファミリーが、ガイアの次元上昇に完全に介入すべきことを決定した。さらに、このメッセージの伝送から八日後の8月4日に世界中の人が見られるようにロンドンでのオリンピックゲームで、地球人との完全コンタクトを行うことが決定された。これは私たちの紹介と同時に、あなた方と共に初めての努力として行うガイアの修復と次元上昇作業、およびあなた方の次元上昇支援のためである。この銀河の介入は、以下の理由で指令された。(以下省略)
8月4日を過ぎれば、我々でディスクロージャーを行う—サルーサからのメッセージ(7/30)
銀河連邦 SaLuSa 30-July-2012 by Mike Quinsey
親愛なる皆さん、既に多くの情報源から聞いているでしょうが、神から、ディスクロージャーを遅延なく行うようにとの指示が出されました。我々はこれまで極限まで我慢し、皆さんのリーダーたちに、皆さんをイルミナティの支配から解放するステップに自ら踏み出すように、多くの機会を与えてきました。彼らもまた、イルミナティを怖れていることは判ってはいますが、それは横へ置いて、真実は真実として明らかにされねばなりません。オリンピックは世界中の注目を集める機会であり、ディスクロージャーを行う上で、それ以上に良い機会は考えられません。時間は飛ぶように過ぎつつあり、我々は、我々を知ってもらう機会をどうしても必要としています。(以下省略)
ディスクロージャー、早くて8月4日か?
私の以前の記事、「ミステリー・サークルが伝える日付け」で、この6月2日に現れたサークルが、2012年8月4日(土曜日)19:43:53、を指していると書きましたが。
また、新たなサークルが、7月27日に現れて、同様に、8月4日、を指しているようです。
この8月4日が、「天界の定めたディスクロージャーを行うべきデッドライン」である、という情報が今、ライトワーカーの間で急速に広がっています。この日までに、地球人側でディスクロージャーを行わなければ、8月4日以降は、スペース・ファミリー側単独でもディスクロージャーを行うことが許される、というものです。(以下省略)
ロンドン五輪にエイリアンの介入、それも金髪碧眼タイプのプレアデス人の介入が起こるかもしれないという話である。 -
「阿修羅」から転載。
引用の前半は「ハイヒール女の痛快日記」から、後半はそれに対するコメントである。
私は総理官邸前デモの支持者であり、一般庶民がこうして政治に参加する機会が出来てきたのは非常に素晴らしいことだと思っている。しかし、それがすぐに政治に反映されるとは思っていない。と言うのは、デモによる民衆の声は、為政者が「大きな音だね(笑)」と無視してしまえばそれで済むからだ。
デモは、国民の政治意識を高めはするが、実際に政治を変えるのは選挙による国民意思の表明なのである。これまで政治に無関心だった人々、マスコミに騙され洗脳されてきた政治音痴の人々が、デモに普通の人々が参加しているのを見て、今の政治に疑問を持ち、自分の頭で考えるようになるというのが、現在のデモの一番の効果だろう。そういう意味ではデモは大事だ。しかし、デモに即効性を求めると、人々は効果がすぐに現れないことに失望し、参加者はどんどん減少して、ただの一過性のお祭りになるだろう。
さて、引用したのは現在の(総理官邸前)デモと60年安保デモとの比較の部分である。ハイヒール女史は産経新聞の記事を批判しながら、実はその記事に乗せられている。その点ではコメント09氏(おそらく60年安保デモ参加者か)のハイヒール女史批判の方が正しい。
しかし、コメント09氏もまた(自分のアイデンティティを守るためか)現在のデモを否定するような言葉でコメントを結んでいるのは、好ましくない発言だと私は思う。
そのコメント09氏に対するコメント11氏の言葉は私の考えに近いが、その言葉は著しく攻撃的であり、批判された相手を意固地にさせるだけだろう。
日本人は議論がすぐに自分と相手の優劣決定戦になる傾向がある。議論とは、自分の論の不足部分を議論の中から見出し、より良い解決を得るために行うものである。
コメント09氏の現代史認識・現実認識は非常に素晴らしいものであると思う。しかし、自分の発言が与える影響を考えるならば、コメントの最後の部分は無いほうがよかった。というのは、これだけ頭脳明晰でしっかりした現実認識をしている人の発言だから、ということで、その発言全体を受け入れる人間も必ず出てくるだろうからだ。
(以下引用)
更に産経新聞では、脱原発デモを取り上げ、数十年前の安保闘争と比較しているのだが、極めて表層的分析で幼稚そのもの。署名入りで掲載する代物でない!産経新聞の頭脳程度が極めて低いことを証明する記事になっていて、超笑えるの。
「脱原発」を訴え、原発再稼働に抗議するデモが毎週のように、東京の首相官邸や国会の周辺で行われている。20日は鳩山由紀夫元首相まで参加した。といっても主催者が道路使用許可などを申請したデモではない。多くはインターネットの「ツイッター」の呼びかけなどで集まっており、その参加者数も正確には把握できないほどだ。それだけに「脱原発」を支持するマスコミや識者からは「これだけの国民が自発的に抗議行動しているのは昭和35年の安保闘争以来だ」と、その盛り上がりを強調する声が聞かれる。「だから政府はその声に耳を傾け、原発再稼働をやめるべきだ」と言いたいようである。だが、どうしても安保闘争に例えて評価したいのなら、あのときのデモや抗議行動がどんな意味を持ち、何をもたらしたのかをまず検証すべきだろう。
時の岸首相が強行採決後の記者会見で「声なき声に耳を傾けなければならない」と述べ、デモには屈しないことを強調した。さらに、全学連主流派が国会内に突入後にも「都内の野球場や映画館は満員で、銀座通りもいつもと変わりがない」と強気の構えを崩さなかった。結局、岸の不退転の決意が安定した日米同盟関係を築いたのである。逆に反対のデモは政治的には何も得ることなく終わった。それどころか大きな弊害を残した。この後何十年も続く自民党政権が、まるで「羹にこりた」ように、安保改定の後取り組むべきだった憲法改正をはじめ、「国の守り」に関する議論を先送りし続けたことである。
この前説からしてアホでしょ。以下、延々と安保闘争と比較して、最終的には安保闘争デモが悪弊を招いたとしているのだ。っていうか全く次元の違う話だわ。
識者が「昭和35年の安保闘争以来だ」と言っているとあるが、一体どこの識者なのか教えて欲しいわ?
安保闘争時とは暮らし、経済、政治と全く時代背景が違うのである。これを一元的に比較することが不思議である。しかも、実際は安保闘争が純粋に市民の声から発生した訳でもない。
この記事にもあるように「全学連主流派」が国会突入とあるが、既成政党や共産主義者同盟ブントなどの急進的組織などに煽られた結果であり、起因は組織だったデモだったのだ。記事を書いた人間は温故知新のつもりなのだろうが、
今回の脱原発デモと比較すること自体が既に論理破綻してるじゃん!
原発をめぐっても、日本の経済のため推進すべきだという意見も多い。本紙世論調査では大飯原発の再稼働を4割近くが評価している。だが「脱原発」「反原発」という「大きな声」の前に、そうした声はかき消されがちだ。こうした「声なき声」が無視されるようなら、安保闘争同様にエネルギー政策や原発の安全性に関する正面からの議論ができなくなってしまう。ましてや、政府が「大きな声」だけに耳を傾けるなら、将来に禍根を残すだけになるだろう。(論説委員・皿木喜久)
声なき声と言いながら、「再稼働を4割近くが評価」と巧みなレトリックを使い「評価=賛成」と勘違いさせ、再稼働賛成者が多い表現にしているが、これこそ世論誘導でしょ。何度も言うが、産経新聞の三流分析は要らない!
真の言葉で表現すると「再稼働を7割近くが大反対!」になるのよ!
09. 2012年7月29日 08:12:40 : esmsVHFkrM
安保デモをはじめとする戦後の反政府大衆運動について、官僚利権政府とその走狗である保守言論人は一貫して左翼に先導された動員でもであるとのデマを言い続け、少なからぬ若い日本人がそれを信じ込まされているのはまことに嘆かわしいことだ。
私はこの「ハイヒール女」女史の言論に日ごろから共感するものだが、安保デモについてその官僚利権政府と保守言論人のデマをそのまま信じた上で、今の首相官邸前デモと違うと論じていることには異論を呈したい。
まず、安保デモは政治的党派や労働組合の扇動や動員だというのは嘘だ。あれだけの日本人が集まって国会を取り囲み、日米安全保障条約の批准を強行しようとする岸自民党政府を止めようとした。そこには学生や労働者ばかりでなく多くの普通の市民がいた。だからあの膨大な数の人間が集まったのだ。
さらに、その学生や労働者だって強制されて来ていたわけではまったくない。当時学生運動党派が多くの学生の支持を受けていたからといってその支持学生を強制してデモに来させられるわけがない。労働組合だってその構成員を強制することはできない。会社の業務命令とまったく異なるのだから給与待遇上の制裁や雇用を武器に何かを組合員に強制する権力があるわけではまったくない。それができるぐらいだったら今の連合が野田内閣支持デモを首相官邸前でやっているはずだ。
だから、動員だって組合員に参加する意思があって初めて成り立つものだ。今労働組合の野田支持デモへの動員がまったくありえないが当時は安保条約反対でもへの動員が成り立ったのは、労働組合員に安保条約反対の強い意思があったからだ。今連合が逆に反原発デモへの動員をかければ多くの組合員が喜んで参加するはずだ。だから労働組合の動員は単にデモのオーガナイゼーションに過ぎない。
それに扇動ではまったくない。あの東条内閣商工大臣だった岸信介による日米安保条約が日本の対米従属を制度化し決定的なものとしたことを考えると、安保デモに結集したあの多くの国の行方を憂うる日本人が正しかったことは明白だ。当時の日本人は国家のあり方を決める決定的な瞬間において正しく政治を見つめ正しく判断できたということだ。そもそも左翼の扇動というのなら、官僚利権政府や右翼保守の扇動だってあった。その両者の扇動の中で片方を選ぶのは自由意志であってそれは扇動に乗せられているわけではまったくない。それは個人の自由意志による政治的判断だ。あの当時、日本人は今と同じく正しい政治的判断ができたということだ。
このような個人の自由意志によるデモの実態を「動員」や「扇動」のレッテルで貶めようとするのは、官僚利権政府や右翼保守が日本人の大衆運動をいかに恐怖しているかということだ。彼らは今の反原発デモについてだって「左翼による扇動」と誹謗しているではないか。彼らのやり口はいつも同じだ。日本人の自発的な大衆運動があるとき、官僚利権政府とその走狗である右翼保守は必ずレッテルを貼ってその実態を隠して日本人を分断しようとする。「左翼だ」、「アカだ」、「プロ市民だ」、「過激派だ」、「労働組合の動員だ」、「興味半分で集まっているだけだ」、「一種のお祭りだ」、「サイレントマジョリティはそこにいない、後楽園を見ろ、渋谷の賑わいを見ろ」等々だ。これは今も昔も同じだ。
また、いわゆる「全学連主流派の国会突入」だってその有効性について議論があるとしてもあの状況においてはやむにやまれぬものだ。当時国会内においては強力な野党が存在した。野党はみんな安保条約に反対でありそれは安保デモのような国会の外でののあのような広範な国民運動に支持されていた。それでもそれは無力だった。あの岸自民党政権は国会内で野党が一致して反対し国会外で国民が反対する安保条約批准を衆議院で議事手続きを無視した強行採決を行い参議院での採決を行わないまま自然成立させようとしたのだ。このような強行を受けて正義感に駆られた学生が国会に突入して安保条約の成立そのものを物理的に阻止しようとしたということだ。
この広範な国民運動を無視して政権党が(自民党ばかりでなく今や民主党Bや公明党も同じだが)国民の利益に反する法案を強行採決することをどう阻止できるのかという問題は極めて今日的な問題だ。反原発では国会内ではそれに反対する強力な野党すら存在しない。野合三党は国会手続きを無視した強行採決を行う必要すらない。
安保デモの時には正義感に富んだ学生がそれでも安保条約自動批准を物理的に阻止しようとした。今はどうか。金曜日のデモはなるほど人は集まっているが、そんなものは三党によってまったく無視されている。デモは極めて平和的で警察も今や毎週金曜日のお祭り警備扱いしている。これでは原発再稼動が阻止できないことは明白だ。ガス抜きが着々と進んでいる。いつまでこのお祭りが維持できるのか。夏を過ぎたら自然消滅ではないのか。ではどうするのか。このままみすみす原発再稼動が行われてしまうのか。
あの安保デモも安保条約批准が成立することを阻止できずみすみす日米安保体制(米国従属体制)が成立することを許す結果となった。しかし、それでも当時の全学連による国会突入がありその中で東大女子学生樺美智子は警察によって殺されている。
今の平和的な反原発でもはどうか。ただただみすみす原発再稼動を許すことで終わるのか。たとえ絶望的でも何の実質的な抵抗も妨害も行わず、秋になったらみんなの「楽しい思い出」となるのか。なるほど、それなら安保デモとは大違いだといえる。
今後、反原発デモに参加するものは、あの安保デモの偉大さを思い知らされることになるだろう。官僚利権政府と右翼保守言論人の「動員」、「扇動」との誹謗が何のためだったか気づかされるだろう。当時の日本人の止むに止まれぬ心情とその勇気を思い知らされることになるだろう。
1960年の日本人と2012年の日本人。1960年の反安保条約デモと2012年の反原発デモ。
その優劣の審判は歴史によって下されよう。
11. 2012年7月29日 08:59:12 : 4xUjxu4po2
>>09氏
>今の平和的な反原発でもはどうか。
だったらあなたはデモに何を求めるのか?
ゲバ棒持って、機動隊に体当たりしろってでも言いたいのか?
私は、今の平和的なデモのほうが数段優れていると思う。まだまだ認知度は少ないが、平和的に参加しやすい形でだんだんデモの規模が大きくなれば、必ずや国民がその意図を知ることになる。
そうなったときに、果たして役人や政治家が無視することが出来るであろうか?
そういう政治家を国民が連続して当選させるほど、愚かだとお思いか?
人間は急激な変化には身を強張らせるが、緩やかな変化にはその身をまかせてしまう。
ユダ金が何10年スパンで、人々を洗脳させてきた実績を見ても明らかである。
緩やかに真実が浸透していけば、必ず状況も変化するだろう。
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世の中の二重規範、つまり本音と建前、あるいは教科書的記述と現実社会との相克によってもっとも苦しむのは青少年たちである。
公害や、過労死や、兵器の在庫整理のための戦争に見られる、利益のためには無数の人命も平気で犠牲にし、人間を使い捨てにする社会の現実と、教育関係者を中心とする口先だけのヒューマニズム。このような社会の偽善を鋭く感じた青少年は、しかし自らの思考を言語化し、表明する能力は無い。彼らのやり場の無い苛立ちは、様々な破壊的行為となって顕れるしかないのである。もちろん、破壊行為の大半は、単なる幼児的欲望を満たそうという衝動であり、同情には値しない。しかし、その心理の背景には確かに社会の病理があるのである。
現代における教育の荒廃は、産業のための選抜試験にすぎない大学入試だけを目的としたその教育内容の無内容さへの反抗であると同時に、自分たちは資本主義社会、あるいは現体制の歯車か敗者となるしか無い事を鋭く予感した子供たちの、無意識の絶望の顕れでもある。もしもあなたが成績劣等生だったとしたら、今の教育体制の中でどのように充実した生活が送れるだろうか。そして、何の才能も無い人間にとって、あえて法律を無視して生きる以外に、今の社会の中で成功するどんな手段があるだろうか。そうした想像力も無しに、今の教育を論じるのは不毛でしかないだろう。もう一度繰り返すが、才能の無い人間でも、善良な人間なら真面目に生きても報われる、そういう社会の現実的なプログラムを示さない限り、今の社会の荒廃は救えないということなのである。そういうプログラムが現在の資本主義社会の枠組みの中で可能なのだろうか。私は、それは不可能だと考えている。これを変えるには、資本主義とも共産主義とも異なる社会システムが必要である。この事については第三章で論ずるつもりである。
Ⅲ 抑圧された秩序と秩序無き自由
この章では、第一章で提出した問題、すなわち、抑圧された秩序と秩序無き自由のいずれを我々は選ぶべきか、あるいはその両者を止揚する道があるのかについての答を出すつもりである。いや、ここまで書かれた内容から、その答はすでに予想されているだろう。日本が真の民主主義国家になることがその答である。しかし、それは政治体制の話であり、社会システムは政治と経済と文化の複合体である。そして、政治と文化はむしろ経済に従属して決まってくるものだ、というのはマルクスの述べた通りだろう。では、いかなる経済システムをとるべきか。これまでのように資本主義と共産主義しか選択の道が無いという状況では、明らかに資本主義しか選択の道は無い。なぜなら、人間の労働にはインセンティブ(誘因)が必要であり、それは基本的には労働に見合う報酬以外には無い。しかし、私有財産の許されない共産主義では、そのインセンティブが無いからである。かつては労働自体の与える喜びという間抜けな御伽噺を共産主義者は謳っていたが、労働など苦痛以外の何物でもないことなど、幼児でも知っていることだ。労働が苦痛でないのは、自ら望んで行なう労働だけであり、食うための仕事にはそんな物など無い。従って、共産主義とは、労働の義務だけがあって報酬は無いという哀れな経済システムであることになるのである。もちろん、まったく報酬が無いわけではないが、私有財産が許されない以上、その場で使える以上の報酬は無意味である。つまりは働いても働かなくても同じことであり、そんな社会で真面目に働く人間など存在しないだろう。いるとすれば、それは労働以外のインセンティブ、すなわちマイナスのインセンティブである刑罰の存在によるものである。かくして共産主義社会は「収容所群島」となるしかないわけだ。
もちろん、現実には共産主義が実現された国は無く、生産手段は国有化するが、私有財産は認めるという社会主義国家がこれまで存在しただけである。しかし、以上に述べたことから見ても、世界は社会主義から共産主義に移行するというマルクスの予言はまったくのナンセンスであることが分かるだろう。むしろ社会の現実は、一度は社会主義革命を経験した国々が、資本主義経済体制に移行するのが歴史の流れであることを示している。
しかし、その事が、資本主義の優越を示すものではないということを、もう一度言っておく。資本主義は確かに人間性の本質に基づいて人間を労働に向かわせるシステムである。資本主義国家の繁栄、経済的勝利は、ただその一点によるものだ。しかし、それは同時に人間性を荒廃させるシステムでもあることは、前の二章に述べた通りである。すなわち、共産主義を一種の理想主義、資本主義を現実主義ととらえるなら、現在の世界は、理想が現実の前に敗れ去った状況なのである。しかし、理想無き社会は「理想的な社会」であろうか。
再度言うが、人間社会とは言っても、生活のための闘争や競争から免れることはありえない。その意味で、競争原理に基づく社会である資本主義社会は、人間を貧相な揺り籠の中で育てようとする共産主義社会よりははるかに現実的である。そして資本主義社会においては、幸運に恵まれれば、このうえない贅沢が味わえるだろう。すなわち、アメリカン・ドリームとは、資本主義社会の夢なのである。人々はその夢によって営々と働き続け、そしてやがて自分が無数の敗北者の一人でしかないことを知る。そして彼らの労働が一部の勝利者の贅沢な生活を可能にするのである。もちろん、ここには別の要素があり、それは技術革新によって社会全体の生産性が上がり、それによって底辺の人民の生活すらも底上げされていくということである。それはしかも、資本主義社会にだけ起こりうることなのである。なぜなら、前述したように社会主義国家や共産主義国家には労働のインセンティブが無い以上、技術革新のインセンティブも無いと見るのが当然だからである。誰が、何の報酬も無いのに、発明や発見に知恵を絞るはずがあるだろうか。
そのように、資本主義の優越性を認めた上で、なおも私は、現在の資本主義は誤った社会システムであり、今の資本主義社会においては、人々はけっして本当には幸福には成り得ないと言う。それは、今の資本主義社会が無数の敗残者を作り出し、無数の弱者を不幸にしているからである。人間社会は弱肉強食のジャングルであってはならない、人間の理性は、人間を野獣以上の存在とするために用いられねばならない。別の言い方をすれば、弱者や不運な人間でも、ある程度の幸福が約束される社会を、人間は作り上げることができるはずである。「世界が全体幸福にならないうちは、個人が幸福になることはありえない」という宮沢賢治の言葉は、単なる甘ったるいヒューマニズムではない。それが可能だと信じ、正しい方向に進んでいけば、いつかは実現できる理想なのである。
では、資本主義でも無く、社会主義や共産主義でもない、もう一つの道はあるのだろうか。私は、あると思う。それは、あまりにも簡単すぎる道である。その道とは、私有財産に上限を設けることである。その上限は、人間が豊かに暮らすには十分だが、それ以上を持つことは無意味だという程度である。年収で言えば二千万円くらいが今の日本での上限でいいだろう。ただし、この場合、住宅建設費用が国民の平均年収相応に下がることが必要であり、また、老後の保障や病気・災害の保障が完備されていることが条件である。さらに加えれば、自分の家族への遺産寄贈はほとんど認める必要は無い。ある限度以上の遺産は国が没収して、これから社会に出て行く青年全体に配分すれば良い。つまり、出発時点の不平等を無くした上での競争社会にすればいいのである。
もしもこれでは労働のインセンティブとして不十分だとするなら、三千万円くらいを上限としてもいいが、普通の人間が普通に生きていくのに、それ以上必要なはずはない。まして、社会保障が十分な社会なら、それ以下でも十分に満足して生きられるはずである。年収二千万や三千万では、確かにゴッホの絵を買ったり、フェラーリに乗ったりすることはできないかもしれない。従って、単にステイタスシンボルとしての贅沢品を作る産業は衰退するだろう。しかし、ゴッホの絵は何億円もするだろうが、ゴッホは生きている時何億円も稼いだだろうか。いや、真の芸術家の多くは、資本主義社会でむしろ冷遇され不幸な一生を送ったのである。そもそも、大衆車とフェラーリの間に何百倍もの価値の差があると本当に言えるのだろうか。カシオの腕時計もローレックスも、時間を刻む性能の点では何も違いはない。資本主義社会の物の値段など、幾つかの情報操作と虚栄心の産物でしかないのである。そうした虚栄心の代償が、この社会の無数の悲惨と不幸ならば、誰がそれを捨てることを嫌がるだろうか。もちろん、「俺が一杯の紅茶を飲むためならば、世界が滅びようがかまうものか」というドストエフスキーの「地下生活者」の言葉は、あらゆる人間の心理を代弁しているだろう。しかし、それと同時に、人間には少しでも世の中全体の幸福の増進に役立ちたいという願いもあるのである。
さて、以上で、「抑圧された秩序」と「秩序無き自由」のどちらを選ぶべきかという問いには答えたつもりである。答えは、「どちらでもない第三の道、秩序ある自由を選ぼうではないか」ということである。多くの人は、これを只の夢想と思うかもしれない。しかし、ジョン・レノンの「イマジン」に言うように、「いつか君がぼくと一緒になるなら」それは夢ではなくなるだろ -
さて、GHQは、日本占領の初期には、日本を民主化しようという無邪気な善意に溢れていた。その作業の一つが日本国憲法であった。ここで、覚えておくべきことは、憲法は国の法律の根幹ではあるが、実施細則、すなわちその他の法律のほとんどは当時の官僚たちによって作られたということである。さすがのGHQも、そうした法律の細部までいちいちチェックしていたわけではない。そこで、当時の官僚たちは、自分たちの人民への支配権を維持するために、内閣法の中に官僚による法律提案権を忍び込ませた。これは「国会は国の唯一の立法機関である」という日本国憲法に違反するものだが、「提案」くらいならいいだろうと大目に見られたものであろう。しかし、この事が、国の進路を大きく誤らせることになったのである。行政官僚はもともと法律のプロの集団である。昨日まで町の土建屋やテレビタレントであったような国会議員たちが法律作成能力において彼らに太刀打ちできるわけがない。かくして、今では内閣提出の法律案が、議員立法の法案をはるかに圧倒して採用されているのが現実だ。つまりは、日本は三権分立の国ではなく、官僚支配の国なのである。このあたりは、宮元政於の「お役所の掟」と、「お役所のご法度」および、「お役所のご法度」の伊丹十三による解説に詳しい。
ともあれ、形式的には、日本国憲法によって日本国民は天皇の所有物であることから解放され、自由と人権を手に入れたと言っていい。日本国憲法の真の意義はここにあるのである。もちろん、戦前の社会で天皇が国民を奴隷扱いしていたわけではない。しかし、国の主権が君主にあるということは、国民の生殺与奪の権が君主にあるということなのである。つまり、国民すべてが君主の私有物であると言うに等しいのだ。人権と国民主権とは表裏の関係にあるのであり、民主主義以外には人権尊重の思想は無い。君主主権とは、極端に言えば政治の最終決定権が君主にあることであり、現実問題として、君主が自分の都合によって如何様にでも法律を変えられるということなのである。それが主権の本当の意味だ。その君主がいかに慈悲深く賢明な君主であろうとも、君主制は根本的に誤った政治体制なのである。
日本国憲法によって我々は自分の体が自分の物になった。そして、自由と人権が一応は大幅に拡大した。だが、問題は、日本的現実の中で、日本国憲法は実効性を持ちえたかということである。我々は中学校や高校の社会科教科書の中で日本は民主主義国家だと教えられ、日本国憲法によって自由と人権が保障されていると学んできた。しかし、それと同時に、たとえば憲法第九条が自衛隊の存在によって公然と無視されていることを現実から学ぶのである。このことは、法律の根本である憲法が政府によって公然と破られていることを示している。つまり、法律とは守らなくてもいいものだと我々は暗黙のうちに教えられるのである。誰でも、こう思うだろう。政府が率先して法律を破っているのだから、法律というものは守る必要は無いのではないか、と。もちろん、法律を破れば刑罰がある。しかし、見つからないように破るならいいのではないか。その証拠に、道路のスピード制限を守っている車などほとんど存在しないではないか。見つかって罰を受けるのは運の悪い人間であり、みんな法律など破っているのだ。政治家の選挙違反にしても捕まるのはライバル政治家の策謀によるものであり、みんな選挙法違反はしているのだ。これが、日本人の大半の法意識だろう。
このような法意識を持った人間の集合が法治国家になるはずはない。かくして日本は権威に対する信頼も無く、法律を自主的に守ろうという姿勢も無い、前代未聞のアモラル(無道徳)な社会となったのである。このような社会では自分を守るのは自分しか無い。そして、資本主義社会においての力とは金である。とすれば、小学生から老人に至るまで金の獲得に目の色を変える拝金社会となるしかないだろう。
これははたして「民主主義」の結果なのだろうか。けっしてそうは言えないはずである。日本社会の無道徳さは、官僚、政治家、財界人、マスコミ関係者ら社会のトップたちのこの五十何年間の無道徳さを見習ったものでしかない。民主主義とは何の関係も無いものだ。
国民の大半は、日本が動かしがたい階級社会であることを薄々感じており、そのほとんどの人間は、どのようにあがいても社会の中流以上には行けないことを感じている。その意識は特に青少年に強いだろう。学業優秀な一部の生徒は、まだ学歴競争の勝者になることを夢見て素直に努力するだろうが、国民の大半を占める凡人たちはどう生きていけばいいというのだろうか。為政者たちは彼らに果たして希望ある未来を示すことができるだろうか。現在では、もはやどんな人間でも努力次第で才能を身につけることができるなどという御伽噺を信じている青少年はいないだろう。その御伽噺を信じているのは一部の聖人君子的(または白痴的)教育関係者だけである。何の才能も無い人間でも、善良な人間なら幸福な人生を送ることができるということを果たして政府は約束できるだろうか。できるはずはない。なぜなら、資本主義社会とは冷酷な競争社会だからである。善良さによっては現代社会は生きてはいけない。善良なだけで、単純労働しかできない人間なら、ロボットに変えた方が経営者にとっては有利だろう。つまり、凡人に未来は無い。その一方では、一部の人間が時流に乗るだけで巨額の金を稼ぎ出す、現代はそういう時代である。様々なコマーシャルで欲望は肥大し、しかし、自ら金を稼ぐ才覚は無いという無数の人間を日々に生み出しているのが現代社会である。これで犯罪者の数が幾何級数的に増えないほうがおかしいだろう。
しかし、この状況を変えることがまったく不可能なわけでは無い。まずは日本の表向きの「民主主義」と、その底流に流れる「皇国思想」の現実を見抜くことである。あるいは、人間を産業奴隷としてしか扱わない資本主義の現実を見ることである。賢い人々なら、この現実の誤りに気づけばいくらでも改善の方法を提出してくれるだろう。官僚や政治家の中にもそういう優秀な人間はたくさんいるはずだ。今の彼らはけっして認めないだろうが、現在の日本の道徳的荒廃は、民主主義の結果などではなく、「資本主義」あるいは、それまでの政治を変えることを望まない強力な社会システムの結果なのである。そもそも、現実に問題があるならば、その責任は政権担当党と行政担当者にあるはずである。それはつまり、保守政党と保守政権による内閣ではないか。いったい、これまで本当には実現されてもこなかった「民主主義」に何の責任があるというのか。 -
Ⅱ 戦後民主主義のダブルバインド
日本は敗戦によって戦前の社会がいったん滅び、アメリカ的民主主義の洗礼を受けて再生した、というのが戦後日本社会に対する世間一般のイメージ(私に言わせれば一つの神話だが)だろう。確かに「焼け跡の青空」のイメージは、それまであったものが消滅したという印象を与える。だが、実際には、戦後の社会を作ってきたのは戦前と同じ人間である。なぜなら、敗戦後の日本においても社会の上層部にいたのは「戦争に行かなくて済んだ人間たち」であったからだ。確かに戦争協力者の一部は公職追放などの罰を受けて、一時的に社会の表舞台から退場した。しかし、ほとんど全部の成人男子が戦争協力者であった以上、この措置が形式的なもの以上になるはずはなかったのである。むしろ、「私は貝になりたい」のような映画に描かれたように、真の戦争犯罪者はその地位を利用して罪を逃れ、不運な下っ端が処刑されたことも多かっただろう。戦争によって利益を得た実業家や、国民を戦場に追いやり、死に至らしめた政治家や官僚のほとんどは、そのまま戦後の日本社会で新たな富や地位を作る競争に有利なスタートを切ることができたのではなかっただろうか。
太宰治の「斜陽」に描かれたような華族の没落などもむろんあっただろうが、それも単に一部の人間の贅沢な特権が奪われただけのことに過ぎない。もともと根拠の無い世襲的特権を剥奪されたことに、同情するには及ばない。国民全体の悲惨な運命の中で、何も彼らだけが理不尽な運命にさらされたわけではないのである。むしろ真の悲惨は、何も持たない下層階級の中にあったはずである。最初から何も持たなかった貧民階層の多くの人間は、戦後の飢餓状態の中で無数に死んでいったのではないだろうか。そして、そうした人々は、日本人の体質として、「お上」に向かって不満の声を上げることも無く、従順に死んでいったのである。この体質は、現在でも変わってはいない。日本人は、政治を自分の問題として考える習慣が無いのである。それが諸悪の根源なのであるが。
日本の戦後社会は表面的には「日本国憲法」や「民主主義的教育」によって大きく様変わりしたように見える。しかし、権力と経済の実態面ではほとんど戦前の利権構造を残したままだったのではないか、というのが私の推測である。戦後五十数年もたてばだいぶ様変わりはしただろうが、現在の政治家、官僚の家系の中にも戦前からの政治家、官僚の家系も多いはずだ。問題は、戦前からの有力者は、戦後の時代でもやはり有利なスタートを切っていたことに、多くの人が気づいていないことである。そして、現在の「階級」の土台は、その時期に形成されているのである。実業の世界はそれよりはもう少し実力主義的世界ではあるだろうが、やはり主要銀行を始めとして、戦前の財閥と関係の深い所も多いだろう。つまり、日本は見えない身分社会なのである。学歴競争の勝利者の中から日本の上層部に入り込む人間も多少はいるかもしれないが、それも会社で言えば係長クラス、相撲にたとえれば、せいぜい十両くらいまでであろう。彼らは、確かに日本の社会を動かす主要な歯車になるが、しかしあくまでそれは道具的な存在でしかないのだ。
なぜ敗戦によっても日本の社会構造が変化しなかったか、というと、第一には戦前に社会の支配的立場にいた人間の多くは戦場に行くことなく、そっくりそのまま生き残ったということ。次に、戦後の産業の復興もまずは戦前から存続した産業を元にして始まったことが原因である。この状況では当然、戦前から指導的立場にいた連中が主要な地位を占めたはずである。仮に表向き権限委譲がされても、実際には院政的支配が行なわれていたのではないか。官僚の中でも公職追放されたのは運の悪い一部の人間だけで、多くは官僚としての技能やキャリアを買われて、そのまま戦後の政府や地方自治体の中で地位を見つけただろう。というのは、日本社会は縁故社会であり、戦後、職を失った人間は、まず自分の元の職場の知り合いに頼んで元の職に復帰させてもらったと思われるからだ。つまり、日本社会の基本構造は、戦争によっては何も変わらなかったのである。戦争で死んだ無数の兵士たちは、戦場に行かなかった老人や、その縁故者たちの犠牲になっただけの死に損だったのであり、彼らの死によって今の日本があるなどと賛美するのは、お門違いもいいとこだ。むしろ、あの戦争を美化することによってあの戦争への反省が消えてしまう事こそが、彼らの死を犬死ににしてしまう事になるだろう。
かくして、戦前の体制はしぶとく生き延びたが、それでも戦後しばらくの間は、GHQによって、戦争に反対した共産主義者や社会主義者の刑務所からの解放などが行われ、日本は民主主義国家としての道を歩み始めたかに見えた。しかし、ソ連の経済発展によって恐怖を感じたアメリカの資本家たちの策謀で、アメリカはすぐにヒステリックな共産主義排斥思想一色に染まり、その波は日本にも押し寄せた。日本を「反共の砦」にしようとする米政財界の意向を受けて行なわれた、朝鮮戦争前のレッドパージ(共産主義者の公職追放、弾圧)や戦争犯罪人の釈放、公職復帰などのいわゆる「逆コース」によって日本は戦前の体制に完全に戻ってしまったのである。日本を戦争に向かわせ、数百万の国民の命を奪った政治家や官僚たちがのうのうと政治の表舞台に復帰し、国民もむしろそれを歓迎するかのごとくであった。たとえば、ノモンハンや東南アジア戦線で幾万人もの日本兵を無駄死にさせた張本人である大本営参謀T.Mなどが国会議員に立候補し、当選したりしているのである。同じく戦争推進者の一人であるK.Nなどは日本の総理大臣にまでなっている。日本人がいかに忘れっぽく、大衆宣伝に踊らされ易いかは、この一事でも分かる。この時期に、日本政治のこの自殺行為について発言しなかった知識人階級の責任は重い。とは言え、他人の戦争責任を言えば、自分の戦争責任を問われかねない状況で、他人を批判できるような人間も少なかったであろうことは理解できる。しかしながら、日本社会を腐らせ、ほとんど倫理的な死を招いて無道徳社会を作る真の原因になったこの出来事に対する名称としては、「逆コース」などという言葉はあまりに軽すぎる。はっきりと「日本支配者層復活」と言うべきだったのである。かくして戦前の社会のエートス(気風)を残した人間たちが政治と経済の中枢に残ったまま、日本は表向きだけは民主主義国家を標榜し、この偽りを抱いたまま戦後五十数年を過ごすことになり、そのダブルバインド(二重拘束)が日本を神経症的国家にしていったのである。 -
我々の日常生活の大半は、論理的思考によってではなく、自動反応(もしくは感覚的反射作用)によって行われている。論理的作業は強靭な意志の支配、思考の統御作用を必要とし、一般の人々には普通、論理的思考の習慣は無い。(これは、最近の国政選挙の結果などを見れば自明であろう。国民は、自分の利益になる政治家よりも、マスコミがもてはやす政治家に票を投じるものであり、マスコミは話題性のある政治家しか取り上げないのだから、つまりは政治家の内容よりも話題性だけが問題となるのである。)人間はいわば出来の悪いコンピューターのようなものであり、外部からの刺激に対し、持ち合わせの解答の中からその時の気分で一つを選んで間に合わせるのである。ということは、人間の(刺激―反応)の傾向を知りさえすれば、人々を支配し、操作するのも容易だということである。
人間性の傾向とは次のようなものだ。第一に我々は、一つの物事に集中している時には、他の事は忘れている。これは奇術の基本原理であり、右手に観客の注意を向けている時、真のトリックは左手で行われているものである。第二に、人間の記憶力はあきれるほど短いものである。特に自分が見たくないものや忘れたいものは簡単に忘れてしまうものである。(マキァヴェリは、このことを「人は自分の親が殺された恨みは忘れても、金を奪われた恨みは忘れないものだ」と皮肉に言っている。)従って、為政者にとって都合の悪い事件も、半年も過ぎれば国民は忘れてくれるのであり、特に官僚の不祥事など、いつ処分が行われ、その後どうなったのかなど、誰も知りはしない。おそらく単に名目的な処分が行われ、半年もすれば前以上の役職に戻っていることだろう。第三に、人間は信じる根拠のあるものを信じるのではなく、信じたいものを信じるのである。これは新興宗教の信者などを見ればよく分かるだろう。彼らにとっては、その時、その神や教祖を信じることが必要だったのであり、外部の人間がその宗教のいかがわしさを言っても、彼らは聞く耳など持たないのである。
こうした人間性の弱点が我々の社会をどう動かしているか見てみよう。
人間が刺激にたいして単純な反応しかしないことを良く示すのは、「レッテル的言葉」である。たとえば「戦後民主主義」という言葉もその一つだ。この言葉が右寄りの思想家によって用いられる場合は、戦後の社会の様々な悪の根本原因というニュアンスをこめて用いており、それはまるで説明不要の、アプリオリな前提であるかのごとくである。「嘘も百回言えば本当になる」とはナチスの宣伝相ゲッペルスの言葉だが、人々も今では右翼的評論家のレッテル的言葉を信じるようになっている。しかし、戦後の様々な悪現象と民主主義との間にいかなる関連があるのか、彼らははたして論証できるのだろうか。後で論証するように、民主主義と社会悪とは結びついてないというのが私の考えである。
我々はこうしたレッテル的言葉を用いた瞬間に、その内容について問う事をしなくなる。これが実は最も重大な人間性の欠陥であり、世の中が改善されない第一の原因であるが、それに気づいている人間は少ない。小林秀雄は、その有名なエッセイの中で「人はある物を言葉で表現した瞬間に、その物自体を見なくなる」という意味の事を言っているが、これは政治の文脈でこそ重大な意味を持つ言葉である。そもそも、たとえば人々が「民主主義」と言う時、何をその意味として用いているか、一概には言えないだろう。
私がここで特に取り上げたいのは、「封建的」という言葉と「アカ」という言葉である。前者は主として政治的革新派が保守派に対して用いた言葉であり、後者は逆に保守派が革新派に対して用いた言葉だ。
私の主張は、日本の戦後政治における革新派の敗北は、言語に対する無神経さと宣伝能力の無さによるものだったというものである。その代表例として、前記の二つの言葉を取り上げてみよう。
この二つの言葉を比べた場合、後者の圧倒的な存在感、迫力に比べて前者が悪口としてほとんど機能していないことが分かるだろう。それが分からない人間は、自分が「封建的な奴だ」と言われた場合と、「あいつはアカだ」と言われた場合を想像してみればよい。明らかに、後者の場合は、自分が社会全体から抹殺されかねない恐怖と不安を覚えるだろう。「封建的」の代わりに「ブルジョワ的」とか、「プチブル」を持ってきても同じである。あるいは「米帝の手先」と呼ばれようが、そう呼ばれた人間は痛くも痒くも無いだろう。しかし、一度でも「アカ」と呼ばれたら、もうこの社会では生きていけないという恐怖感を、「アカ」という言葉は呼び覚ます。それは過去に共産主義が弾圧されてきた恐怖の歴史のためだけではない。この、「アカ」という言葉自体の持つ迫力があるのである。そして、そういう言葉の感覚に敏感であったために保守派は勝利し、鈍感であったために革新派は敗北していったのである。
革新派の言語感覚の鈍感さは、彼らの論文に一度でも目を通してみれば一目瞭然である。まず、そこには一般人に理解可能な言辞は一つも無いと言っていい。ほとんどがその教祖マルクスの用語を撒き散らした意味不明の文章であり、しかもわざと理解されまいとするかのごとき破壊的日本語で書かれている。こうした文章や発言がまったく一般人の共感を呼ばなかったのは勿論だが、問題は、彼ら左翼人(「左翼」という言葉自体、レッテル性の高い言葉であり、私はわざと「左翼人」などという奇妙な言葉を使ってみた。)がそのことに一度も気がつかなかったことである。
社会を変えるものは思想である。しかし、思想を伝えるものは言葉である。人々の心に伝わらない言葉が世の中を変えるはずはない。このことになぜ左翼陣営の誰一人として気づかなかったのか。それは、彼ら知識人の発言は大衆にではなく、常に自分と同レベルの知識人階級に向けられていたからである。つまりは彼ら自身の論壇における評価だけが彼らの関心の中心だったからであり、その不誠実さを人々は鋭く見抜いていたからである。
もちろん、仮に誠実な発言をしていたところで一般人の賛同が得られたかどうかは分からない。前に書いたように、人々は理性や論理によって判断するよりも、むしろ雰囲気や直感で判断するものだから、ヒトラーのような巧妙なアジテーターによって人民が扇動されていく可能性は非常に高い。しかし、どのような形であれ、人民の意志が国家の意思を決定していくのが真の民主主義である。知識人のなすべきことは、その決定を誤らないように人々に呼びかけること以外にはない。
左翼活動家たちは、言葉に対する鈍感さと不誠実さのために敗れていった。しかし、その事は、保守派の思想が彼らの思想より正しかったことは意味しない。事は単なる技術的問題だったのである。
もう一度、「アカ」という言葉がいかに巧妙なものであったかを示しておこう。
この言葉の持つ異様な迫力は、「赤」が死と破壊の色、殺戮の色であることから来ている。言うまでもなく、共産主義は現体制を破壊するものであり、それが赤色を自らの象徴として選ぶことは当を得ている。しかし、それが人々に与える心理的イメージに対し、共産主義者はあまりに鈍感である。赤とは何よりも血のイメージであり、火事、危険、災厄のイメージである。共産主義という正体不明の「破壊的存在」に対し、相手を「アカ」と呼ぶことほど効果的に相手への嫌悪感や忌避感情を煽り立てるものはないだろう。この感覚は人間の生理に根ざした感覚であるため、聞く者に直截的な恐怖を呼び覚ます。人々は自ら災厄に近づこうとは思わないものだ。こうして「アカ」に対する嫌悪感、忌避感は人々の間に醸成されていったのである。
私は、人々が共産主義を理解した上でそれを忌避したとは思わない。なぜなら、彼らのほとんどは、「鎖のほかには失う物も無い労働者」だったからである。現体制が変わることによって何らの不利益も被らないはずの、そのプロレタリアートの支持さえも得られなかった所に共産主義の敗北の根本原因があったのである。
おそらく人々のほとんどは、共産主義と社会主義の区別もつかず、また社会主義とは必ずしもマルキシズムだけの専売特許でもないことも知らないだろう。バーナード・ショーやH.G.ウェルズら、当時の一流知識人の賛同を集めたウェッブ夫妻らのフェビアン協会のような穏健な漸進的社会主義の存在も知らず、社会主義者とアナーキスト、テロリストを混同している人間がほとんどであるはずだ。そうでないと思うのは、自らは象牙の塔の中にいるおめでたい学者先生くらいのものだ。
人民の知的レベルを買いかぶってはならない。しかしまた、人民の直感的理解を過小評価してもならない。人民が社会主義にノーと言ったのは、マルクスの唱える「科学的社会主義」こそが空想的社会主義であり、現実に即さないものであることを本能的に見抜いていたからかもしれないのである。もっとも、ソ連にせよ中国にせよ、マルクスの社会主義でもレーニンの社会主義でもなく、その時その時の国情に合わせた土着的社会主義であっただろうが。
ともあれ、人間は理性や論理よりも直感や本能で判断し、行動するものであり、ある種のアメーバーのようなものである。その本能的部分に訴えることができた為政者が人民を思いのままに動かしてきたのであろう。その良い方の一例を挙げれば、アメリカの独立戦争(これは米植民地のイギリスに対する革命であったが、この戦争を革命として捉えている人間は少ない。なぜなら、革命が正義であることを認めることは、為政者や支配階級にとって都合の悪いことなので、アメリカの歴史の中ですらこの独立戦争は非常に軽視され、ハリウッド映画などが独立戦争をテーマにした映画を作ることも滅多に無いのである。これまで一本か二本くらいしか無いのではないだろうか。同様に、フランス革命もハリウッド映画では取り上げられない。)の時の、パトリック・ヘンリーの「我に自由を与えよ。しからずんば死を与えよ」という言葉である。この言葉は、あるいはそれ以外の無数の物理的条件以上に、アメリカの勝利に貢献した言葉かもしれないのだ。
一つの言葉は、時には人間を死地に飛び込ませる力を持つものだ。つまり、人間は本能に動かされるばかりでなく、観念のためにでも死ねる奇妙な存在だが、しかし人を動かすその観念なるものは、通常はごく単純な一言なのである。天草のキリシタン一揆にせよ、信長がてこずった石山本願寺の戦いにせよ、信徒たちは宗教の教義や来世の観念について深く知っていたわけではないだろう。今、パレスチナで戦っているイスラム教徒やユダヤ教徒を動かす力も、この人間の奇妙な単純さを考えなければ理解はできない。
もう一度確認しておこう。人間は論理よりも感覚的、直感的判断で行動するものである。そして、その判断は、些細な言葉の持つイメージによって大きく左右されるものである。世の中のレッテル的言葉というものは我々の行動を決定する大きな働きを持つものであり、我々はそういう言葉の存在に常に気をつけなければならない。 -
抑圧された秩序と秩序無き自由
目次
Ⅰ フラクタル天皇制
1 国家構造としての天皇制
2 地方の小天皇たち
3 家庭の小天皇たち
4 「封建的」と「アカ」
5 観念的動物としての人間
Ⅱ 戦後民主主義のダブルバインド
1 生き延びた官僚
2 保守政治家の復活
3 実態と表面~憲法の問題
4 実態と表面~社会生活の問題
5 引き裂かれた心~教育の問題
Ⅲ 抑圧された秩序と秩序無き自由
1 抑圧された秩序の二つの意味
2 秩序無き自由と自由からの逃走
3 我々は何を選ぶのか?
Ⅰ フラクタル天皇制
フラクタル図形とは、全体の形が細部の形と相似形になっているような図形であるが、戦前の日本社会を一言で言うなら、フラクタル天皇制という言葉がぴったりであろう。つまり、国家構造としての天皇制と、地方行政、そして家庭がいずれも同一の構造を持ち、だからこそ社会権力と秩序の維持の上で比類の無い堅固さと安定性を保っていたのである。言うまでも無く、地方行政における天皇制的構造とは、県知事を筆頭にした地方官僚組織のことであり、彼らは末端の小役人に至るまで、天皇の御言葉を民に伝える者(ミコトモチ)として、天皇と等しい権威を民に対して保持し得た。家庭における父親は、家族の中での唯一の社会への窓口として、そして男権的社会における「家長」として家族に対する権威を振るっていた。官僚も小役人も家庭の父親も、天皇という説明不能・説明不要な権威の存在があったため、その類似性を暗黙の前提として、自らの権威を周囲の者に押し付けることが可能だったのである。もちろん、そこに至る過程として、教育勅語をはじめ、官僚たちによる様々な天皇の神格化があった。そして、いつのまにか様々な社会的権威というものは問答無用に従うべき存在、「言挙げ」すべきではないものとする心性が日本人の心の奥深く植え込まれていったのである。天皇制の最大の問題点は、こうした日本人の奴隷根性の根本原因が天皇制にあったことであり、また、天皇が、天皇を利用しようとする人々に巧妙に利用されてきたことにあるのである。天皇を単なる絶対君主的支配者として打倒の対象としようとする左翼的思想は、天皇制の真の問題を見据えていない議論である。
さて、戦後の日本社会は、メーデーなどにおける天皇への痛烈な批判、あてこすりなどに見られたように、まず社会的権威の喪失から始まった。戦争指導者や軍人などが白い目で見られ、かつての英雄たちは日陰者となったのである。しかし、権威の喪失はそれだけに留まらなかった。家庭内の父親の権威もまた同様に喪われたのである。もともと、家庭における父親の権威なるものは、その背後に有無を言わせない社会的権威が無い限り、個人的力量に拠らざるを得ないものだ。何の後ろ盾も無しに、妻に対し、あるいは子供に対し、人格的優越を主張できる父親が、果たしてどれくらいいるだろうか。さらに、個人の価値は幼児に至るまで同一に保障されるべきであるとする戦後の人権思想がここに加われば、家庭内の父親の権威喪失は当然の帰結となるだろう。その結果、家庭の秩序の崩壊となるのも自明の事である。しかし、私はそれによって戦前の社会の優越を主張するものではない。その一つの理由は、家庭内における父親の権威の存在は、他の家族への抑圧にほかならなかったことであるが、その他の理由は後に述べよう。
私の主張は、現代日本社会の様々な病理は、良く見られる議論にあるように戦後民主主義に原因があるというのではなく、日本が戦前の日本社会を清算しなかった事から生じているというものだ。簡単に言えば、社会の表面だけは民主主義の形態をとりながら、社会の実権的部分になお天皇制的思考や構造を残しており、それが日本社会の二重規範となって社会が精神分裂病にかかっているというものである。
しかし、現代日本について論ずる前に、少しばかり戦前の社会について論じておこう。
天皇制の特徴を丸山真男は「中空構造」つまり、責任の中枢が存在しない無責任体制だと見抜いたが、確かに社会的権威の根幹が「神聖ニシテ犯スベカラザル」ものとされれば、それに対する一切の批判は不可能となり、その権威の代行者たちが何の責任も無く、あらゆる権力を勝手気ままに振るえるようになるのも当然だろう。社会の上位にある人々にとってこれがどれほど居心地の良いものであるかは想像に余りある。そして、そうした人々から常に戦前の社会への郷愁や賛美の声が出てくるのも当たり前のことである。しかし、そこで忘れられているのは、その陰で抑圧されていた無数の人々の存在である。ただし、その抑圧はその本人たちには意識されてはいなかっただろうが、被害者が被害に気づいていないことは犯罪を正当化するものでは無いだろう。
天皇制は、天皇自身にとってよりも天皇を神輿として担ぐ人々にとってはるかに有益であった。むしろ天皇自身にとっては、天皇であることは人間としてこの上ない重荷ではなかっただろうか。たとえば昭和天皇にとって天皇制という「国体」を維持することは自分の利益であるというよりは「皇祖皇宗」への義務として思われていたのではなかったかと思われる。天皇自身が自分を絶対君主だと考えていなかったことは、美濃部達吉の天皇機関説に対して昭和天皇自身が「それでよいのではないか」と述べていることからも分かるだろう。ただし、戦前の人間の心性には一つのパラダイム(無意識の枠)があり、それは戦後の人権意識からみると言語道断なものである。それはたとえば親のためには子を犠牲にしても良いという思想であり、そのことは親が子を慈しむこととは矛盾しない。同様に、天皇は確かに国民を慈しみ、国民の事を大事にはするが、それと同時に、天皇制維持のためには国民が犠牲になることも当然だと思うような心性が存在していたのである。すなわち、沖縄戦を始めとして、第二次世界大戦末期における日本国民の犠牲の大きな部分は、天皇制護持のために行われたのであり、その事は、昭和天皇の戦争への関わりを示したあらゆる記録が証明している。後に書かれた大戦回顧録の類に述べられた、天皇自身はあの戦争に反対の考えであったとする言葉は、やはり天皇の自己弁護以外の何物でもない。しかし、再度言うが、それは当時としてはそれ以外の考え方はできなかったのであり、今の人間の感覚であの戦争を理解しようとするのは限界があるのである。
いずれにせよ、天皇制の問題点は、天皇を隠れ蓑として真の権力が力を振るうというその中空構造自体にあるのである。しかし、だからといって日本を君主制の国に戻し、天皇を真の権力者にしようという右翼的発想もまた国民が自らを奴隷にしようという愚劣な思想にすぎない。まして、天皇を現人神に戻そうなどという発想は、まったくのキチガイ沙汰である。現人神としての天皇など、明治中期頃から官僚どもによって作り上げられてきた官僚自身の権力維持のための装置にすぎないことは、当の官僚たちには良く分かっていたことなのである。
さて、戦前の日本において、天皇という絶対の権威を背景にした小天皇たちは、それこそ自らの恣意的な権力発動を、さも天皇の意思を体現したものであるかのように振舞うことができ、自分の下位にいる人々に対して絶対的な権力を振るうことができた。たとえば旧日本陸軍における上官への理不尽な絶対服従は、それが軍隊の任務遂行のための条件であったからというばかりではなく、それが天皇の名において行われたために非人間的な残酷さにまで高められたと言っていいだろう。人間は、自らに責任が帰せられない限り、如何様にでも残酷になれるものである。天皇の軍隊の非人間性は、個々の構成員の非人間性に由来するものではなく、その無責任体制に由来するものであろう。しかし、再度繰り返すが、それは天皇自身の問題ではない。天皇がたとえ天皇であることをやめたいと思っても、それは不可能なのである。また、天皇の名を利用した様々な悪行は、天皇の耳には届かなかっただろうし、知っていてもそれが天皇に対する至誠の気持ちから行ったのだと抗弁されたら、それ以上の追及はできなかっただろう。それを追及していけば、では天皇の権威や権力の正当性は何かという大問題に行き当たらざるを得ないからである。
天皇制の最大の問題は、それが一切の批判や追及を許さない社会体制であり、それがひいては批判の精神までもいつのまにか眠り込ませるほど巧妙な体制だったところにあるのである。だから、今でも、戦前にはけっして上層階級ではなかった人間すら、戦前は良い社会だったと懐かしむ人々も多いのだ。そうした人々も、真剣に振り返って、今が過去より本当に悪くなったかと言われれば、高度経済成長の代償としての文化の低俗化と道徳の荒廃以外には、文句を言うべき部分は無いと分かるだろう。問題は、戦後の思想的変化よりも、むしろ敗戦によっても変わらなかった部分にあるのである。
戦後社会のアナーキーな風潮の大きな原因は、確かに天皇という絶対的権威の喪失にある。庶民が「お上」を恐れる社会では確かに社会秩序の維持は容易であろう。官僚や政治家が常に戦前の社会の良さを懐かしむのも当然である。しかし、秩序、すなわち社会が変化しないことが有利なのは、社会の恵まれた層にいる人々にとってだけである。社会の底辺にいる人々にとって、社会が変化しないことは、絶望以外は意味しないだろう。いや、戦前の世の中だって、個人的努力によって社会の上位に上ることはできた、と言う人々もいるだろう。それは当然である。いかなる身分社会でも、能力ある人間は自らの力で社会の上位に上り詰めた。そのことと、その社会体制の当否とはまったく別の話である。要するに、社会の下層にいる大多数の人間にとって、固定身分社会である戦前はけっして良い時代ではなかったはずだと言っているのである。特に家庭内の被支配者であった女性にとって、戦前の社会はおぞましい社会だろう。もちろん、再度言うが、彼らがそうした自分の状態に意識的であった可能性は少ない。しかし、今の視点から見たら、戦前の女性の地位は恐るべき奴隷的状態であったと見えるはずである。
社会のモラルについて言えば、長上への礼儀と絶対服従(すなわち忠と孝)を第一とする社会で、固い秩序が維持できないはずはない。また、逆に、個人の自由と平等を認める社会が無秩序に傾くのも当然だろう。しかし、そのどちらが、人間にとってより好ましい社会なのか。人間は目の前の現象に動かされ易いものだ。十四歳の少年が幼児の首を切って校門の上に飾るというような事件を見れば、現在の世の中の道徳的退廃に眉を顰め、戦前の社会の優越を信じたくもなるだろう。だが、結論を出すのはまだ早い。「抑圧された秩序と秩序無き自由」のいずれを選ぶべきか、あるいはこの二つを止揚する道があるか、結論を出す前に、もう少し寄り道をしておこう。 -
パソコンがまともなうちに、昔書いた小論文を掲載しておこうと思う。16ページほどあるので分割して掲載する。
何しろ書いたのは多分10年以上前(「酒鬼薔薇」事件の頃だ)なので、今とは考えも少し違ったところはある。当時重大だと考えていた天皇制の問題が、今は社会の中でかなり比重が軽くなっている。それもまた別の意味で問題だとは思うのだが。
しかし、ここで扱っている資本主義社会の問題は、資本主義が新自由主義という破壊的な怪物の姿になったことで、その当時よりも重大性を増している。
したがって、この論文は古くはなっていないだろう。
そして、3.11と福島原発事故、およびその後の政治の状況を見ることで国民の間に「新しい国家」を考える機運が生まれたと思われるので、この小論文は今の時期にこそ公にするべきだろうと考えたわけだ。
