"経済・政治・社会"カテゴリーの記事一覧
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連続投稿だが、「暗黒夜考」氏が今後の世界経済動向について示唆的な発言をしているので、取り急ぎ転載のみしておく。
新ドル発行の世界経済に及ぼす危険性については何度か書いてきたが、それに歩調を合わせるかのように新ユーロまで発行されるとなれば、ただ事ではない、と見ていいのではないか。とは言っても、庶民レベルではそれに対してほとんど対策は不可能だろうから、災害が起こるのを知らずに災害に遭うか、知りながらどうすることもできずに巻き込まれるか、という違いでしかない。まあ、苦笑しながら眺めているだけだ。
(以下引用)
米大統領選にてオバマが”劇的”な再選を果たしたが、息をつく暇もなく様々な事象が起きはじめ出したようである。
まずはテレビや新聞紙上でも騒がれているアメリカにおける「財政の崖」問題であるが、これは「ブッシュ前政権から続けてきた大型減税の終了」と「赤字垂れ流し放題の米政府歳出の強制的な削減」を同時にこの年末に迎えるものである。
今のアメリカの”危機的”な経済状態を考えると、「5600億ドル(約45兆円)規模」という劇的な増税と歳出削減の双方を同時に行なうことは、まさに己自身を崖から突き落とすが如き話であり、”自殺行為”に等しいと言えよう。
同問題については、どの報道においても「ねじれ状態」にある議会における今後の動向次第との見方がされているが、今までユーロ危機ばかりを叫んでいたものが、急にアメリカの経済危機に矛先が向けられ騒がれ始めている時点で「壮大な八百長劇」が企てられているというのが個人的見解である。
即ち、仕組まれた「世界大恐慌劇」がいよいよ始まろうとしているのではないかということである。
「何故、金持ちも貧乏人も全員が不幸になる世界恐慌を仕組まなければならないのか?」
そのように不思議に感じる方が多いことであろうが、20世紀初頭に起きた世界恐慌において何が起きたかを振り返れば、その意味がわかるであろう。
即ち、一握りのエスタブリッシュメント(特権階級)どもが「世界恐慌劇」を”意図的”に引き起こすことによって、”意図的”に毀損させられた一般市民の資産を”タダ同然”の金額にて買い漁ることによって”焼け太り”し、後の政界・財界を牛耳るということである。
(※上記動画参照)
欧州を中心とする王族(日本の天皇家も含む)や国際金融資本(ユダ金)らが、システムとして完全に行き詰った「資本主義」を捨て、新たな”オーダー(世界秩序)””支配体制”を構築するべく、またもや「世界恐慌劇」が”意図的”に引き起こされようとしているのである。
今回のシナリオは「ギリシャ危機」に端を発した「欧州危機」が、その何倍もの”爆薬”たるアメリカに飛び火し、やがて「世界同時不況」を引き起こすという”虚構劇”であろう。
野田政権や経団連・マスゴミが突如として「TPP参加」を再び騒ぎ始めたが、先日のエントリーにてコメントしたように、TPPの本質は「貿易協定ではなく、国際金融資本(ユダ金)による世界支配の道具」であり、意図的に沈没させんとする「アメリカ丸」から”大脱走”を図るべく、国際金融資本がその”寄生先”を環太平洋諸国に鞍替えしようとしているのである。
つまり、「TPP」とは、アメリカ国家ではなく、アメリカに寄生してきた国際企業が、環太平洋諸国、特に日本にその”寄生先”を変えんとする「イナゴの大群」同然であるというのが個人的な見解である。
そしてもうひとつ注目すべき話が、欧州中央銀行(ECB)による「新ユーロ紙幣」の発行である。
同問題については、あまり話題になっていないようであるが、「新札切替」が意味するものは実に大きいものである。
以下のサンケイビズ記事では新ユーロ発行の理由が「偽造対策の強化」とされているが、発行されて僅か10年でわざわざ莫大なコストをかけて「新札切替」を行なうなど普通に怪しい話である。
考えられるのは、新札と旧札の交換比率が1:1ではなく、10:1になるといった、事実上の”通貨切り上げ”が行なわれる可能性であろう。
早い話、国民の手持ちのカネが1/10の価値に毀損される一方で、国家の借金は1/10になるということである。
その割合がどれぐらいになるかは定かではないが、同記事にて「来年5月から流通開始」とあるように、何か大きな事が起きるとすれば来年5月あたりが怪しいとみるべき話であろう。
この個人的な「仮説」が当たっているかどうかはともかく、「新札発行」という国家イベントの裏側には”何某かの企て”があるものとみることが肝要である。
少なくとも「来年5月」という”サイン”を見落とすべきではない話であろう。
今回は随分と”個人的妄想”に基づくエントリーとなったが、「国家破綻劇」や「世界恐慌劇」といったものがコントロール不能な状態で起きるものではなく、そこには世界の支配階級の思惑が必ずと言ってよいほどに大きく作用していると考えることが肝要であろう。PR -
「阿修羅」投稿者の中でも比較的私に考えが近いかと思われるグッキー氏の投稿の一部を転載。(どうでもいいが、投資家の一部で有名なグッチー氏と名前が紛らわしいのが少々困る)
この投稿の前段は「財政破綻による国家破滅」論は迷信だ、という趣旨であった。
私の考えもそれに近くて、国家の借金など、最後には踏み倒せばいい、と思っている。アルゼンチンはそれで生き返ったようなものだ。国際貿易からしばらく村八分にされたかもしれないが、それで国民がべつに窮乏したわけでもない。ギリシャなどもそれを見習うべきであり、まずはEUから離脱するのが一番だろう。今のような「EU内生活保護国家」でいるよりは、多少貧しくなっても、独立国家であるほうがいろいろと財政再建、国民生活再建の方法がある。
まして、国債の引受先が自国民、自国銀行である日本の場合、もっとも財政破綻から遠い国だろう。
アメリカのように、「財政の崖」などと自分で勝手に期日を決めて自分たちで騒いでいるのも愚の骨頂である。まあ、アメリカはとっくの昔に「財政破綻」をしている国ではあるが、べつに国家がそれで破滅してはいない。アメリカの破滅は、国家財政のためではなく、民主主義の破壊と、そして新自由主義という「究極の資本主義」によって起こりつつあるのだ。
下記記事の中で注意したいのは、アメリカのように資源があり、労働力もある国がなぜ貧困化したのか、ということだ。
企業のグローバリズムと自由貿易の結果であるという以外に、どんな原因があるというのか。
安い労働力を求めて企業が海外移転する結果、先進国は次々に衰退するしかないのである。これは化学で言う「不可逆反応」に近い、経済的原則だ。
日本がまさに直面しているのがその問題だ。
先進国では失業率が増大し、国民は貧困化することになる。
それにどう対処するか。
金が無ければ印刷すればいい、というのは下記記事の言う通りである。
しかし、その金がどこに渡るか、と言えば、金のある人間の所にしか行かない、というのが現実だ。そして社会全体の貧困化には歯止めがかからない。
次に来るのは、貧困化した民衆をいかにして管理するか、という、政治における権力と暴力の問題、つまり「動物農場」の問題である。
(以下引用)
自由貿易は諸国民の利益=というのも迷信です。
何でも自由貿易にすれば効率化され富が増えると云うものではない。
賃金、物価が違う国を自由貿易をさせても富が減るだけです。
アメリカは大量の失業を抱え生産力は十分に有る。
しかしその生産力は眠ったままです。
海外の安い物価、賃金の国と貿易が自由になり、いくら内需を
増やしても需要が海外に流れてしまい、自国の生産力を活用できないからです。
日本は自由貿易だと言い、ひたすら輸出を増やすことを考え、溜め込もうとする。
その結果が円高で賃金が下がり内需が減るの悪循環です。
これでは経済成長しようが有りませんね。
物価、賃金が違う以上、経常収支が均衡するような管理貿易にしなければ
成らないのです。
そしてお金が無い=という迷信
お金が無ければ印刷すれば良いのです。
生産力が許す限りお金を印刷しても何の問題も有りません。
世界の各国が生産力に応じてお金を増やしていけば、途上国でも
十分経済成長出きると思います。生産力が無い国だけが、
資本移入を必要とするだけです。
でも途上国も失業が多い=生産力はそれなりに有るということです。
それを上手く生産に繋げる政治が無いだけでしょう -
「カレイドスコープ」の最新記事に引用された文章が、原発問題についての最終結論になりうる素晴らしい文章なので、転載し、拡散に協力する。
この文章の筆者が「皇族の血筋の方」だろうが、市井の無名人だろうが何だろうが、原発問題についてこれほど明瞭簡潔に、しかも真摯な姿勢と透徹した知性で書かれた文章を読めば、原発村の住人や原発擁護で報酬を得ている似非知識人などはもはや一言も言えないはずだ。言ったなら、その人間が最低の人格を持っていることを証明するだけである。
(以下引用)*最後の「管理人」は「カレイドスコープ」氏。
原発・放射能
「ある皇族の血筋の方」が書いた脱原発パブコメの文章
内閣府国家戦略室は8月15日、2030年の原発比率をめぐり、政府が示した三つの選択肢への意見公募(パブリックコメント)を行った結果、寄せられパブコメの総数が計8万9124通に上ったことを発表しました。
その中の一通をご紹介したいと思います。
その一通は、「皇族の血筋にある方」のパブリックコメントです。
「皇族の血筋を引いている」ということから、やはりどうしても一定の制約が伴うと思うのですが、その中でも、こうした明確な意見を述べておられるということを、みなさんにも知っていただくために、ここにご紹介します。
長文ですが、全部がパブリック・コメントです。
《ある皇族の血筋にある方のパブリック・コメント》
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「エネルギー・環境に関する選択肢」に対する意見
与えられた選択肢のどれでもなく、覚悟を持って、日本国内すべての原子力発電所を即刻全廃にする大目標を立て、最長5年以内に完全な脱原発(全基廃炉)を達成する、という決定を希望します。 ○○○○○○○
まず、今回のような、国の根幹に関わる重要な事柄について、広く国民の意見を聞き、政策に反映していこうとする試みは、パターナリズムが強い日本では、歴史始まって以来のことと思います。
今回の試みに心から敬意を表したいと思います。
(ただ、議論が深まれば深まるほど、今後社会の変革を進めていくとともに、生じるであろうさまざまな痛みに対して、より良い社会をつくるために、どういう理由でそれらの痛みを受け入れていくことが必要なのか、国民の間に理解も生まれるし、覚悟もできると思うのですが、現在のところ、PRが足りないのか、充分な議論がなされていないように見えるのが残念です)
どうしても3つの選択肢の中から選ばなくてはならないとするならば、「0%」の選択しかあり得ません。
私としては、与えられた選択肢ではなく、覚悟を持って、日本国内すべての原子力発電所を即刻全廃にする、という大目標を立て、この大目標は何があっても決して変更しない、としながら、やむにやまれぬ事情があり、どうしても他の方法を取ることができない場合にのみ、限定的に厳選したごく少数の原発を細心の注意で稼動させ、1~2年でそれらもすべて停止廃炉にする、どんなに遅れても最長5年以内に完全な脱原発(全基廃炉)を達成する、という決定を希望します)。
【理 由】
原発を継続するメリットとデメリット、廃止するメリットとデメリットを考える時、答えは自ずと出ると考えます。
原発を継続するメリット
「原発を継続するメリット」は、
・当面、電力会社の経営が安定すること。
・原発への巨額の投資とランニングコストに対し、当面の利益を維持しながら、投資に対する減価償却ができること。
・電力会社に資本を提供している大手金融機関の経営にダメージを与えなくて済むこと。
・当面は、産業構造の転換のための努力を必要とせず、関連産業ともに雇用を維持できること。
・核燃料サイクル会社の破たん処理をしなくて済み、これに巨額な資金を出している電力会社の赤字幅を抑えることができること。
・立地自治体の収入が維持できる、
などであると思われます。
一方、原発を廃止すると、火力発電の燃料費が増大し、それにともなって二酸化炭素排出も増加する。また、貿易赤字が生じる可能性もある。
「継続するメリット」は、主にCO2の排出量と火力発電用の燃料費増大を抑制できることですが、それ以外のメリットは、電力会社や大手金融機関などの既存の組織やシステムとその利益関係が維持できること、また、システムの変革によって社会に生じる一定の不安定要因や痛みを回避できることなどです。
しかし、それは、日本のエネルギーの本質的な問題を先送りするに過ぎません。
まず、CO2については、現在大きな割合を占めている石炭火力を効率の良い新型の天然ガス発電に切り替えれば、排出量の増加を抑えることができます。
一方、「石油生産地域は政情不安定なので、エネルギーの安全供給のためには原発維持の選択肢は必要だ」という主張がありますが、石油価格の上昇が直撃するのは、石油の用途の大部分を占める運輸用燃料と石油精製産品であり、全体の1割 あるかないかの発電のために、これを原発維持の理由とするのは、論理のすり替えに他なりません。
問題は、現在、すでに火力発電の燃料のほぼ半分を占めており、石炭からシフトして更に割合を増やすことが望ましい天然ガスですが、これは、液化して運んでこなくてはならない手間を勘案しても、非常に高い価格で日本は購入しているようです。
天然ガス購入については長期契約が結ばれ、総括原価方式のために、購入価格の引き下げ交渉の努力がないがしろにされており、その上、「安定確保・安定供給」を最重要視するあまり、かえって天然ガス輸出国に足元を見られる結果となり、富の海外への流出を許すことにつながっています。
現在、原発を停止しているために、火力に必要な燃料費増が、富の外国への流出を招く結果となっているのは短期的な事象であって、本質的な問題は、富が流出しても関係会社は困らないシステムが維持されていることにあると考えられます。
そのため、原発の維持のために必要となる電源立地促進付加金などの諸経費を含めて、実は以前から他の 国々と比べて相当に高い電気代を支払うことを余儀なくされているのは、日本の経済の屋台骨を支えながらも、しかし発言力の小さい中小企業(と家庭)です。
原発の廃止が与える影響は、もちろん、①電力会社と必要な資金需要を支えている大手金融機関を始めとして、原子炉メーカー、大手ゼネコンなどの、いわゆる原子力関連産業に対するものと、これ以外の、②製造業をはじめとする諸企業に対するものとを分けて考えるべきと考えます。
特に、②について言えば、電力が安定して、それも確実に供給されること、および、電力料金が不合理に上がらないこと、のふたつが満たされていればよいと思います。
つまり、 しっかりと火力でまかなうことができればよい。
最大の問題は燃料費ですが、短期的には燃料費の増大は避けられず、電力会社、場合によっては電力消費者の痛みを伴う可能性もあるものの、上記に述べたような天然ガスを高い料金で買わされるような構造を残しておく方が、中長期的には日本にとってマイナスだと思います。
完全なる発送電の分離、全国規模でのフレキシブルな送電網の整備、その他、徹底した電力システムの改革、総括原価方式の見直しなどで、本来、あるべき企業努力を受け止め、代替としての強力な自然エネルギーの普及などで、輸出国に対し価格交渉力を強める。
一方、短期的には、電力会社との価格交渉力においては、劣勢に置かれている中小の企業に対して、税制上の優遇をするなど、別途、有効な補助を行い、中小企業を守っていく方法はないのか。
他方、①のグループについては、電力会社の社会的責任という観点から、その体質改善は不可避でしょう。
大手金融機関が、融資先としてはリスクのもっとも少ない電力会社に高い金利で資金を出していたのも、電力会社が高い金利で金融機関から資金を調達していても堅実な利益を上げることができたのも、それらの金利負担分すべてが原価に含められる総括原価方式によるためです。
金融機関の社会的使命のひとつとして、懸命に努力している企業を可能な限り支えていくというものがあります。
①のグループには、その責任の大きさから、社会の変革にともなう痛みを引き受けていただくのが本来の在り方だと考えます。
原発関連の従来の雇用は、他の分野、特に環境関連の雇用創出に強力にシフトさせていくことが大切です。
原発立地自治体については、電源三法を廃止し、「廃炉交付金」のようなものを充分に充実させ、廃炉研究や、「原子炉を安全に閉じていく」産業に誇りを持っていただけるように、社会への理解を促進することが大切だと思います。
廃炉プロセスに関しては、またひとつの大きなテーマであり、今後の日本の世界的な競争力の源になりうるため、長期的に見て有望で大切な分野だと思います。
日本が、社会を根本的に転換することに力を注ぎ、自然エネルギーの普及に成功すればするほど、同時にこの廃炉に関する研究とノウハウは国際的な競争力を獲得していくはずです。
世界的に、原子力から自然エネルギーへの転換を促す流れが加速し、(これは既に始まっているようです)こうした市場が形成されるからです。
以上のように、原発を廃止するデメリットは、基本的に「当面の」痛みによるものであり、本気になって努力、工夫すれば乗り越えられるものです。
しかし、それには相当な努力を必要とすることは間違いのないことではありますが。
原発を継続するデメリット
なにより、事故の確率をゼロにはできない、ということ。
(どんなに安全設計をしたとしても、構造物の物理的な欠陥、起こりうる事象の見落とし、考慮不充分の可能性はゼロにはできない。
このほか、人間社会や組織の構造的な欠陥-人間の認知、行動の欠陥、限界-は常にありうる。
今回の事故では、日本的な認知、思考の欠陥が露呈した。これは、心理学的な問題である。
このことは充分に議論されておらず、このような「思考の性向」は、すぐに改善したり変わったりするものではない)
ひとたび事故が起きた時の悪影響それによってもたらされる苦しみ、悲しみは計り知れないのです。
今回の事故の経済的なロスは、計量不可能なほど巨大です。
「原発は必要不可欠だ」と主張する人たち中には、つい経済を優先しがちになる人々がいますが、それでは、こうした人々のうち一人としてこれを責任を持って計算しようとした人がいないのは理解に苦しむところです。
原子力発電以外の分野での人間の営為の中にも、必ず失敗や事故のリスクはあるが、基本的に燃焼反応に帰結する破壊現象や、力学的破壊のリスクと、核エネルギーのリスクは本質的に異なるはずです。
更に、地震の活動期に入っていると指摘されてもいるのです。
つまり、現実に国が滅びる可能性がある、ということ。
「原発の廃止・存続」の意思決定に加わることのできない、“まだ見ぬ未来の世代”に放射性廃棄物を残し、さらに、その量を増やし続けてもいい、あるいは、そうしても仕方がないという論理は、そうした経済を優先する人々が重視する経済合理性と倫理性との間に整合性を取る努力を放棄してしまったことを意味するのです。
中止するメリット
継続するデメリットを(段階的ではあっても、なんとか少しずつ)なくしていくことができる。(これが最大のメリット。)
このほかに、以下のような、これと並ぶほど重要なメリットがあると考えています。
世界は、人口増加が止まりません。
新興国が経済発展を続け、その状態を継続すれば、あらゆる面で地球の資源は枯渇していきます。
新興国の食料需要、エネルギー需要は増大し続け、グローバルに足りなくなるために、やがては奪い合いになります。
今までは先進国が金融、経済を取り仕切るかたちになった来ましたが、これから、経済発展により力をつけた新興国、資源保有国が発言力を増していくと思われます。
両者の間の広い意味におけるパワーバランスがじわじわと逆転していく時、日本は、今までのような条件で果たして資源を売ってもらえるのか。
今までは、日本の最大の強みである工業生産力で国力を維持してきましたが、これも激しい競争にさらされて疲弊し、多くの分野で、その競争力が少しずつ弱まっています。
この10年の凋落は非常に深刻で、国民はこのことについて、まだ十分な実感を持って受け止めていないのでは、とする指摘もあります。
力をつけた資源国からは足元を見られ、日本の目覚しい戦後復興・発展を成長モデルにして追い上げてきた新興国には、工業生産と輸出競争力で追い上げられ、このままでは、どちらの方向からも挟まれるようにして、日本のあらゆる面での停滞が現実的なものとなってきました。
つまり、今までの古い硬直化した経済発展モデルは、まったく機能しない世界になってきているのです。
グローバルなエネルギー・食糧危機がやって来るとすれば、いち早くそれに対応した社会を構築したところが、今後、世界に対して大きな役割を果たすことができるということになるはずです。
エネルギー危機に対して、原子力エネルギーを増産することで対処する方法を取り、とにかく電力を供給しまくる、つまり大量生産と大量消費の経済発展モデルを、これからも踏襲し、維持するという発想では、その過程で生じるさまざまなリスクを度外視して、純粋に経済的な分析、リソースとして考えたとしても、地球は完全にもたなくなります。
現在の危機に対しては、まったく違う社会を作る、という発想を持たない限り対応不可能です。
原発廃止へシフトすることと並行して、強力な省エネと環境技術、それに対応した社会インフラを徹底的に構築していくことが大切です。
地球環境を維持する持続可能な社会、文明をつくる、ということは、実は人類の未来にとって圧倒的に重要で避けて通れない道です。(避けていたら地球は、やがて壊れるでしょう)
日本が先んじて原発廃止後の持続可能な社会をつくることに成功すれば、環境規制や資源の使い方に関する国際的な取り決めや誘導において裏付けのある説得力持つことになり、国際交渉の場での発言権が増していきます。
日本はそのためのイニシアティブを取りやすくなるはずです。
厳しい環境規制や資源活用法の世界的徹底の実現は、そのための技術や社会インフラをもし日本が達成していれば、特に日本が利己的な発想を持たなくとも、他とは比肩できない独創的な強みを獲得することになり、自ずと日本の国益につながっていくでしょう。
それが、結果的に地球を守り、世界への貢献となるでしょう。
今、日本は大変な危機の最中に置かれていますが、勇気を持ってパラダイムの転換を図ることで、日本が新しい文明の黎明を切り開くことができるかも知れません。
これからは、父性的な闘争に明け暮れ、いたずらに疲弊することより、ともに育む母性的な社会の構築が望まれているのです。
大震災以来、人々の価値観、生き方、幸福に対する考え方も、深いところで変わっ てきていると感じます。
日本は、現在危機の状態を脱していませんが、不幸な出来事から生み出された日本の危機対応能力が、私たちの地球をこれ以上、痛めつけないことに役立つかもしれません。
せめて、「今回の危機は、このことに気付かせてくれたのかもしれない」と考えることは、あまりにも薄情で酷な言い方でしょうか。
仮に、そうとでも考えなければ、この耐え難い不幸を私たちが体験させられている理由の、たったひとつさえ説明することさえできないのです。
日本の社会を根本的に構造転換させ、省エネを飛躍的に進化させ、環境に適応した洗練された強い社会に変えていくきっかけをつくる、ということが、原発を廃止していくもうひとつの大きなメリットです。
短期間に一挙に脱原発をしてしまう、という、一見無謀に見える選択を支持する理由は、以下のふたつです。
1) 老朽化した原発や、ほぼ確実に大地震が来るといわれているたいへん危険な立地の原発はもちろんのこと、そうではないものも、直下型の地震動で想定を超えた現象が起きる可能性は否定できない。
相当規模の地震は、いつ、どこで起きるかわからない。
また、地震以外の自然災害の可能性もある。危険は常に四六時中ある。
2)原発からの撤退は、かなり強行に、速やかにやらないと、ますます困難になるかもしれない。
巨大な利権が絡み合い、依存症状態となっているからには、強力な指導的原理が必要。
これは、上記1) と同じくらい重要な問題と感じています。
原子力産業には、さまざまな分野、多方面の人たちの利害が絡んでおり、現在の構造の中核と周辺を固めているので、いたずらに長引かせることは民意と明らかに逆行することになり、とりもなおさず抵抗勢力の巻き返しを許すことになります。
さまざまな立場の人たちの利害のぶつかりあいを超えた視点で、全体にとっての「利」とは何かを考え、道徳的な(社会正義に基づく)評価を用いて社会を再構築していくための指導的原理とは何かについて議論し、これに基づいてものごとを決めていく、という伝統 (習慣)が日本では培われてこなかったようです。
従って、一度動き出し(利害の形成された)、それが今日まで来ている以上、私たちの「正しさの指標」をもちいて今までの軌道を修正することは難しいでしょう。新しい時代の指導的原理とは何か、真摯な議論を重ねる必要があります。
最後に、今回は「原発依存をどうするか」といった国民による議論の俎上には乗せられていませんが、核燃料サイクル事業は、すべて終了させ、使用済み核燃料はすべて直接処分とすることを強く望みます。
(おわり)
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管理人の説明:
このパブコメ-「ある皇族の血筋の方の意見」は、9月の頭に、「ある方」を挟んで、私のところにいただいたものです。
この内容の公開をお願いをしたところ、快諾いただきました。
その後、二度、三度、「ある方」を介してメール交換させていただいていたところ、国際的な問題が次々と持ち上がったため、さまざまな事情を勘案した上で、この日まで公開を控えておりました。
この「ある皇族の血筋の方」が公開を許諾する際の条件は、「あくまでも、私個人の考えです」ということをお断りすることでした。
ただ、皇族の血筋にある方も、私たちと同じように「脱原発を明確に望んでいる」ということを世間の人たちに知っていただき、また、実際に制限のある中、このような動きをされているということを知っていただくのは、とてもいいことだと思います。
これを書かれた方は、ある専門分野のエキスパートです。私たちと同じように市井の中で生活されています。ご存知の方も多いことと思われます。
ただ、この件についてお問い合わせをいただいても一切お答えできません。また、ご質問のメールにも一切返信できません。
管理人としても辛いところですが、諸般の事情を考えると、それが、いちばんいいと思うからです。
ここでは、一切のレビューを控え、ただ、「皇族の血筋にある方」も私たちと同様、可能な限り早い時期に「原発ゼロ」が達成されることを願っているという事実があることだけをお伝えしたいと思います。 -
「日本の独立」というブログから転載。
資本主義と社会主義について明確に説明している。
念のために言っておくが、この筆者は社会主義を全肯定しているわけではない。社会主義では官僚支配とその腐敗が必然的に生じる、ということをこの前の記事できちんと書いている。だが、現在の日本が資本主義の退廃により、弱者や貧困者が生きる望みも持てない社会になっている以上、まずは資本主義の超克を行い、その先に「新しい社会主義」を構築するしか、今の日本、いや、今の世界が救われる道は無いだろう。
まずは、「社会主義=マルクス主義」ではないこと、「一部の人間ではなく、社会全体の福祉を向上させることが社会主義である」ことを多くの人が知るべきである。社会主義という名前だけで思考停止するような人間があまりに多すぎる。
念のために言えば、下記記事では「100%資本主義」の場合の地獄(新自由主義がそれだ)を言っているのであり、すべての経営者や資本家が悪魔的人格であるわけではない。まあ、ロス茶やロックフェラーはほとんど悪魔だが。
彼らの一族のある男が、はっきりと、自分たちは普通の人間とは別種類の存在だ、と語り、そして、「下層階級」の生死など考慮に値しない、と言っている、ということだ。(「アーロン・ルッソ」インタビューとか言ったかと思う。ユー・チューブで見られるだろう。)
(以下引用)
資本主義の始まりは、エンクロージャです。囲い込み運動。経営者が囲い込み運動で、村人を労働者にしてしまい、資本主義が始まります。しかし、この頃、社会主義は存在しなかった。初期資本主義は、3歳の子供までも働かせ、労働者をコキ使った。今みたいに、労働基準法なんてありません。武力と食糧を前に労働者は経営者に従うしかなかった。経営者は労働者を何時間働かせても良かった。過労死しようが知ったことじゃない。パワハラなんて、言ってみたところで、資本主義が誕生して間もないころは、助けてくれる組織そのものがありません。職を失えば、乞食か、窃盗、殺人をしなければ、生きていけません。「マスク・オブ・ゾロ」は、私の好きな映画なんですが、まさにあんな感じです。労働者を救う者が存在しない。これが、100%資本主義です。多くの労働者が苦しみ、一部の武力を持った人たちだけが、富を掌握する。これが、本当の100%の資本主義です。強い物が市場と富を独占する。昔、東インド会社がありましたけど、ほとんどの市場を独占していました。他の者が会社を興したところで、大きくする術がないんです。市場を独占されては。ではなぜ、東インド会社に勝てなかったのか?強いからです。悪党が市場を独占する。マフィア経済と言うのは、資本主義の欠点そのものなんです。人はみな平等であるはず。なぜ一部の人だけが、必要以上の富を得、多くの労働者は、死ぬほど、寝る暇もないほど重労働させられるのか、過労死したって経営者は、誰からも非難されない。これが、資本主義100%の社会です。人はみな平等のはず、やがて、労働者を救済しようとする人たちが現れます。この人たちが社会主義者です。弱者救済、これが社会主義を生みました。労働時間を8時間に決める。それ以上働かせてはいけないという法律を作る。独占禁止法を作る。他の会社にも儲けさせ富を分配する。こうして格差社会を無くす。インサイダー取引防止だって、全て社会主義。大学行くのに奨学金を借りる。これも社会主義。それなのに、社会主義というと、すぐにヒトラー、スターリン、毛沢東、金正日といった独裁者に結び付け、社会主義=悪なんてイメージを流布する方がいますが、とんでもない。日本共産党は悪、なんて思うのは間違っている。むしろ無くては困る。政権なんて就かれるとそれはそれで大変なことになりますが・・・。このような事を言う方は、意外と多くみられます。こういう方は、初期資本主義の恐ろしい社会を理解していないと、いうしかありません。どちらも必要なんです。どちらも悪い質を持っていて、どちらも良い質を持っている。ただし、資本主義と社会主義は、質が真逆なんです。どちらが明るくて、どちらが暗いと言う物ではない。
<民間企業も計画を前提に経営されている計画経済ってことです。
計画と言うのは、「民を取り締まる」ことです。そりゃ、民間だって、戦略を練りますから、計画を立てます。ここで言う計画と言うのは、民を取り締まること。計画をもって民を勝手にさせておかないことを言います。民の勝手にさせておくと、強い者が市場と富を独占するわけです。弱者は生きるすべを無くします。そんな無法地帯にならないように、官僚が法律を作り、公務員が民を取り締まり、弱者救済するわけです。官僚や公務員の仕事が、ここでいう計画です。簡単に言うと、資本主義は、民を放っておくこと、自由にさせておくこと。社会主義は計画を立てて民を取り締まること。弱者救済です。弱者救済を理由に、自分の肥しのために私利私欲を貪るのが、社会主義の欠点でもある。弱者を救う権力を、自分の肥しのために乱用する。こういうことが社会主義では起きてくる。
今日本は、社会主義の欠点と、資本主義の欠点の両方が出ている。資本主義の欠点が現れ始めたのは、小泉純一郎が、民営化を叫び出してからです。実際はもっと前からですが、小泉は、間違いなく、日本経済を突き落としました。私は、クロコダイルさんの言うことを、まだ、100%理解は、できていません。少し時間がかかります。とはいうものの、クロコダイルさんのいう意見は、正しいと言うことに気が付き始めました。と言うより、私とやはり同じ意見だと思います。クロコダイルさんは、公務員ではなく経営者を非難していますが、私も同感ですよ。経営者と言うのは、私のいうマフィアそのものです。経営者をマフィアなんて言い切ってしまうと、行き過ぎですが、公務員がいなくなれば、間違いなくマフィアと呼ぶべき経営者が現れます。では、この経営者に、弱者を救えと訴えたところで、救う訳がありません。弱者を救えるのは、官僚や公務員しかいない。だから公務員は必要であり、必要以上に公務員を非難するのは間違っています。 -
「ライブドアニュース」から転載。
面白い記事である。それに、現実に即しているとも思う。
注意してほしいのは、サイコパスの特徴は、大半が社会生活上の長所であることだ。そして、ただ一点、「良心が無い」という、この根本的欠陥によりサイコパスと認定されることだ。
これがサイコパス的人間こそが社会的に成功しやすい理由だ。
社会的に成功するためには、実はこの「良心が無い」ということこそが最大の長所であるとも言える。なぜなら、「倫理や道徳に縛られることが無い」から何でもできるからである。石原や橋下の言動を見れば、それが納得できるだろうし、東電幹部、民主党幹部、自民党幹部などもすべてそれである。
しかし、もちろん世間のすべての社長や外科医がサイコパスである、という話ではない。
筒井康隆の「問題外科」ではないが、患者の耳を切り取って壁にくっつけ、「壁に耳あり」などと冗談を言うような問題外の外科医は、滅多にいないだろうと思う。そう信じたい。いや、信じている(笑)。まあ、金儲けのために患者に不要な癌治療や延命治療を行う医者は山ほどいるだろうが。これも実はサイコパスだ。
この記事の教訓は、「社会的地位の高い人間ほど眉唾ものだ」ということになるだろうか。社会的地位を向上させる能力は、仕事自体の能力とは本来、別の能力なのである。
サイコパスの少ない職業が、社会的地位に恵まれていないことは偶然ではない。
(以下引用)
良心無き反社会的人物が多い職業 社長、弁護士、テレビ・ラジオマンの順
J-CASTニュース
2012年11月09日19時11分
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「サイコパス(反社会的人格を持つ人)が就きやすい職業トップ10」が、イギリスの心理学者の著書によって明らかになった。
欧米での例なので日本には当てはまらないかもしれないが、インターネット上では共感の声も上がっている。
外科医が5位、新聞記者は6番目
「サイコパスが就きやすい職業トップ10」が書かれているのは、英ケンブリッジ大学の研究員で心理学者のケヴィン・ダットン氏の著書「The Wisdom of Psychopaths」だ。
それによると、「サイコパス」が多い職業は、上から順に社長、弁護士、テレビ・ラジオマン、販売員、外科医、新聞記者、警察官、聖職者、シェフ、公務員となっている。
これは、ケヴィン氏が11年に行ったオンラインアンケート「The Great British Psychopath Survey」から編み出した結果だと、著書の発売にあわせて行われた、アメリカの学術誌「Smithsonian」のインタビューで答えている。また、ケヴィン氏はサイコパスの特徴について「無慈悲、大胆、精神的に強い、魅力的、口がうまい、良心と共感が欠如している」としている。
一方サイコパスが少ない職業として、ケアエイド(介護職の一種)、看護師、療法士、職人、美容師・スタイリスト、慈善活動家、教師、芸術家、内科医、会計士が挙げられている。
「弁護士だけど合ってる」「営業職には多いと思う」
アメリカの心理学者、マーサ・スタウト氏の著書「良心を持たない人たち」には、欧米では人口の4%にあたる人がサイコパスと言われているとある。東アジア、とりわけ日本と中国ではかなり割合が低いそうだ。
とは言え、最近では結婚詐欺・連続不審死事件の木嶋佳苗被告、尼崎死体遺棄事件の角田美代子被告らがサイコパスと疑われており、日本でもよく耳にする単語になってきている。
インターネット上ではケヴィン氏のランキングを見た人が、「弁護士だけどだいたいあってるわ」「中の上くらいの営業職にはサイコパスが多い 同職種なら分かってもらえると思う」「外科医の先生は…わかる。よくも悪くもいわゆる『普通の人』には務まらない。人を人としてみるか、解剖学的な身体としてみるか」など、実感を交えた感想を書き込んでいる。 -
元「カレイドスコープ」現在は「シャンティ」何とかという覚えにくい名前のブログから転載。
私は小沢支持者の一人であるが、絶対的支持者ではない。橋下や石原に関しては絶対的否定者である。となれば、小沢が橋下と組むならば、私は小沢否定者に回るしかない。とにかく、橋下や石原というサイコパスに世の中を支配させたら、この世は終わりだ、と考えている。
その小沢が橋下と組む可能性を認めているというのだから、何とか考え直してほしいものである。
もう一点、小沢はこのインタビューで、「国民の生活が第一」の選挙争点を「反原発、反消費税、反官僚支配」の三つしか挙げていない。「TPP」という最大の問題に触れていないのである。これはうっかりであるとは考えにくい。東幹事長がTPP賛成論者であることを加味すれば、小沢もTPP賛成論者である可能性は非常に高いと考えられる。
我々(って誰だ、とは言わないこと)は小沢が政治的迫害の受難者であることから小沢を過大評価しているのかもしれない。もちろん、政治は外野で呑気に眺めて論評するほど容易なものではないことは分かるが、しかしTPPという「国家主権の喪失」という大問題を座視するようなら、小沢に対する評価を大きく変える必要があるだろう。
(以下引用)
神志名「残りの時間で、第三極、どういうふうになっていくのかという点に話を聞きたいと思うんですが、次の衆議院選挙の構図、民主党、それから自民、公明両党。それに、この第三の勢力。これは台頭する可能性はありますか?」
小沢 「はい。十分あると思いますね」
神志名 「そこで、ただし、その第三極をみていますと、新しい党がたくさんでてきて、そのなかで必ずしも連携がうまくいっていないというふうに感じますが、この第三極の幅広い結集という可能性はどうなんでしょう?」
小沢 「第三極と言っても、色んな考え方があると思いますが、私たち、本来の民主党は、自民党政権ではダメだと。この自民党政権下での統治の機構、行政の機構を根本的に改めるんだという主張として、国民皆さんに政権を頂いたんですが、それがいつの間にやら、自民党政権と似たり寄ったりになってしまったというところに、我々が民主党を見限った最大の理由があるんですが、とにかく旧来の戦後の官僚におんぶにだっこの、この体制を根本から変えなくてはならないという、その一点で合意ができれば、そういう人たちが私は総選挙に当たっては集まって、力を合わせて協力しなければいけないと思いますし、また、そういうふうに結果としてなっていくだろうと思います」
神志名 「新しく、今度結成すると言っている前の都知事の石原さんの新党。これについてはどんなふうに見ていますか?」
小沢 「いや、なんか聞くところによると、自民党と連携するというようなことを予定しているようなことを言ってるそうですから、それでは我々の考え方と根本的に違いますね」
神志名「橋下さんのほうとの連携というのはどうなんでしょうか?」
小沢 「橋下さんはやはり、脱官僚、そして統治の機構を変えなくちゃいけないという点においては、私どもが目指してきたものと一緒だと思いますから、その点では合意できるんじゃないかと思います」
神志名 「最後に手短かにお聞きしたいんですが、衆議院選挙、政策面での争点ですね。ドイツにも行かれましたが、何を柱に据えるんですか?」
小沢 「私たちは新党として、脱原発、それから消費増税反対、それから今言った統治機構を根本から変える。この3つを主張してますが、いま国民の皆さんはやはり原発の問題に非常に関心があるのではないかと思いますね」
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「村野瀬玲奈の秘書課広報室」から転載し、拡散に協力する。
私は京都市民だが、幸いなことに京都府や京都市の首長は右翼でだけはなさそうだ。今や全国地方自治体の首長のかなりな割合が右翼系統であり、そういう自治体では必ずと言っていいほど福祉予算が削減され、貧困者や弱者が切り捨てられている。神奈川では市民図書館で市民の図書閲覧ができない、という暴挙が実行されたようだ。それ以外の福祉費用削減は推して知るべし、である。
何度も言うが、人口の大半を占めるのは、福祉政策を必要とする中流層、下流層のはずである。そういう人々が、「金持ち優遇政策」を取る保守派候補者に投票することほど愚劣なことはない。なぜ「99%」である一般人が「1%」のための政策を取ることが明らかな連中に投票するのだろうか。
それほどに民衆への洗脳は根が深い。
(以下引用)
●許すな!憲法改悪・市民連絡会
人にやさしい都政をつくる会
<声明>私たちは新しい都政に何を求めるか
http://www.annie.ne.jp/~kenpou/seimei/seimei168.html
惨憺たる石原都政の一三年半であった。
福祉は切り縮められ、都立病院は次々と統廃合された。都民の安心を奪い、人々を生き難くさせて切り詰めたお金は、都市再開発や道路建設に回され、知事が旗を振るオリンピック誘致や新銀行に無意味に蕩尽された。
惨状を極めたのが、教育現場である。民主主義が破壊され、強制と強要と分断が横行した。教師たちは誇りを踏みにじられ、精神を病み、教壇を離れていった。子どもたちは競争に追いやられ、教室は荒んだ。都立大学は破壊されてしまった。
知事の思いつきと独善、押し付け、決め付け、他者を命令・服従の対象としか見ることができない貧困な想像力、剥き出しの偏見と差別意識、公私混同、乱暴な言葉――それらが多くの人の心を傷つけ、公正と公平を貶め、排外主義を助長し、弱い者をさらに追い詰め、社会を荒廃させた。
昨年3月11日の東日本大震災と福島原発事故は、改めて私たちに、原発に依存する暮らしのあり方、社会のあり方に反省を迫るものだった。福島や新潟にある原発から生まれた電気は、ほとんどすべて東京など、首都圏に送られ、使われているのだ。震災と原発事故直後の石原知事の発言は、「津波をうまく利用して、我欲を洗い流す必要がある。これはやっぱり天罰だと思う」という驚くべきものだった。さらに、原発事故による未曾有の被害が徐々に明らかになり、おびただしい人々が避難生活を余儀なくされているとき、市民の間で広がり始めた脱原発運動を罵倒しつづけてきた。
そして最後は、東京都政とは何の関係もない尖閣問題に火をつけ、日中関係を極度に悪化させ、経済を大混乱させたのである。その挙句、何の責任も取ることなく、知事職を放り出した。この尖閣問題の経過ほど、石原都政の年月を象徴しているものはない。
来る都知事選は、このような都政と訣別し、人々が人間らしく生きられる街、平和と人権を尊び、環境と福祉を重視する、いわば「当たり前の都政」に転換する絶好の機会であると私たちは考える。
石原都政の継続や亜流を、決して許してはならない。
自治とは、住民の暮らしを守り、福祉を増進させることを本旨とする。教育とは、自ら学び考え、議論を深め、合意を作り上げていく、民主社会の次の担い手を育てることである。東京都政を、こうした自治の原点に戻さなければならない。荒れ果てた教育現場を建て直し、次の世代と私たちの未来を救わなければならない。
あまりにも、いまの時代は人々が生きづらい。失業、非正規労働、過労、格差・貧困の拡大と福祉の切り下げによって、若者も子育て世代も高齢者も苦しんでいる。その上、国政は、混迷、混乱に加えて右傾化の度合いを増し、改憲や集団的自衛権の行使、近隣諸国との紛争に突き進んでいるように見える。この流れを止めなければならない。
いま、東京都知事を変えることは、日本の右傾化を阻止する力になると私たちは考える。
では、どのような都知事を私たちは求めるか。
第一は、日本国憲法を尊重し、平和と人権、自治、民主主義、男女の平等、福祉・環境を大切にする都知事である。
第二は、脱原発政策を確実に進める都知事である。石原知事は、原発問題を「ささいな問題」と呼んだが、冗談ではない。東京都民は福島原発からの電気の最大の消費者であり、東京都は東京電力の最大の株主だ。福島原発事故の結果、豊かな国土が長期にわたって使えなくなり、放射能汚染による被害は、むしろこれから顕在化する。原発事故と闘い、福島をはじめとするこの事故の被害者を支えることは東京都と都民の責任である。これまで原発推進政策を推し進めてきた政官業学の原子力ムラと闘うことは、この国の未来を取り戻すことである。政府、国会、経産省、東電を抱える東京での脱原発政策は、国全体のエネルギー政策を変えることになる。
第三は、石原都政によってメチャメチャにされた教育に民主主義を取り戻し、教師に自信と自律性を、教室に学ぶ喜びと意欲を回復させる都知事である。
第四は、人々を追い詰め、生きにくくさせ、つながりを奪い、引きこもらせ、あらゆる文化から排除させる、貧困・格差と闘う都知事である。
以上のような都知事を私たちは心から求める。このような都知事を実現するため、私たちは全力で努力する。
2012年11月6日
赤石千衣子
雨宮処凛
池田香代子
稲葉剛
上原公子
内田雅敏
内橋克人
宇都宮健児
大江健三郎
岡本厚
荻原博子
奥平康弘
海渡雄一
鎌田慧
河添誠
北村肇
木村結
小森陽一
斎藤駿
斎藤貴男
早乙女勝元
佐高信
佐藤学
澤田猛
澤藤統一郎
柴田徳衛
品川正治
杉原泰雄
高田健
俵義文
崔善愛
辻井喬
暉崚淑子
寺西俊一
中山武敏
西谷修
堀尾輝久
前田哲男
山口二郎
渡辺治
以上、40 名
(11 月5 日23 時現在) -
海の向こうではオバマが勝って、一応は良かった、と言える。世界支配層に対するオバマの無力さは十分分かっているが、モルモン教徒で共和党という、日本で言えば統一教会会員で自民党、あるいは創価学会員で公明党みたいなロムニーが大統領になるよりはマシだろう。だが、世界の大勢にたぶん変化は無いだろうから、むしろ12月23日のFRBと米政府との契約期限切れ問題の方が大統領が誰になるかよりもはるかに歴史的な大問題だろう。
今日はまったく別の話。それこそ、歴史の暗闇に隠れた、ある事実(?)の話である。
「陽光堂主人の読書日記」から転載。
かなり強烈な話である。通常は「陰謀論」の範疇にされそうな内容だが、世界支配層が米英独日の4カ国に原爆情報を与えて開発競争をさせたというのは、アイデアとしては秀逸である。戦時なら、各国は必死で開発するだろうし、それによって開発の速度が早まるわけだ。悪魔的なアイデアだが、彼らはまさしく悪魔的思考をする連中なのだから、これが事実であってもおかしくはない。
瀬島龍三の「長崎ヨリ東京ニ持帰リタル不発原子爆弾ヲ速カニ『ソ』聯大使館内ニ搬入保管シオカレ度」という指示書は、原本が残っているというのだから、おそらく事実だろう。なぜソ連大使館に搬入するのか。そして、この「不発原子爆弾」はアメリカが投下したものか、それとも「日本製の試作品」をぼやかして表現したものか。
いずれにしても、この話は今結論を出す必要は無く、「そういう可能性もありうる」という思考要素として脳裏に収めておくべきものだろう。
(以下引用)
『真説ニッポンの正体』高橋五郎、小池壮彦著(ミリオン出版)
昨日紹介した『日本の正体』の姉妹版で、今秋に出されました。前著と内容がかなり被っていますが、深刻な情報が満載されています。
この日本という国は、よくよく原子力と縁がある国で、呪われていると言ってもよいでしょう。広島・長崎に原爆を投下され、第五福竜丸は水爆実験で犠牲となり、それにも変わらず原発を多数建設して事故が引きも切らず、挙句の果てに福島第一原発が大事故を起こしました。
普通なら、原発などコリゴリだとして即時廃止するはずですが、あろうことか国は原発推進の旗を降ろそうとしません。何だかんだと理由を付けながら、原発維持で行くつもりです。この過程で米国の圧力があったことが明らかにされましたが、こうした成り行きは今に始まったことではなく、原爆開発の頃から続いています。
我国が戦前、原爆を開発していたことはよく知られていますが、これは国家の意志として始められたわけではないようです。世界権力は、米英独日の各国に原爆開発競争を行わせ、実験した上で利用することを考えていました。それ故、原爆情報は関係各国へ流されています。その役割を担ったのが、著者の高橋氏が私淑したスペインのスパイ、ベラスコです。
湯川秀樹が戦後直ぐにノーベル物理学賞を受賞したことはよく知られていますが、この敗戦国に対する異例の措置は、戦前、彼が日本の原爆情報を流したことに対する論功行賞と言われています。逆に、日本側が情報をもらったケースもあったことでしょう
我国の原爆開発の模様については、テレビなどでも報道されていますが、実用にまで至らなかったとされています。開発可能だったけれども、昭和天皇に阻止されたという真偽未定の話もあります。
しかし実際には、当時日本の一部だった朝鮮半島北部で大々的に開発されていたようです。ここにはウランが存在していますから、開発製造には持って来いの場所です。ところがこの件に関しては、皆一様に口をつぐんでいます。内地で地道に研究していたという話ばかりが広められています。
史実では、我国が降伏を決めたのは広島・長崎への原爆投下が原因とされていますが、実際にはソ連が満州に侵略してきたことが引き金となっています。朝鮮半島北部で開発製造中だった原爆が奪われてしまう危険が生じたからです。
これに関して本書や前著にも記されていますが、興味深い情報があります。当時関東軍参謀だった瀬島龍三が、「長崎ヨリ東京ニ持帰リタル不発原子爆弾ヲ速カニ『ソ』聯大使館内ニ搬入保管シオカレ度」という謎の指示を出しているのです。これは原本が残されています。
長崎に投下された原爆に不発弾があって、それをどういうわけかソ連大使館へ運ぶよう指示しているように読めますが、米国が複数の原爆を投下したという事実はありません。後に元大本営参謀の朝枝繁春が「ラジオゾンデと原爆を間違えた」と惚けていますが、ゴム気球で飛ばされる気象観測機器と原爆は形状が違い過ぎますから、間違えるはずはありません。
気象観測機器をソ連に渡しても喜ぶとは思えませんから、下手な嘘であることは明らかです。そうするとこれは何なのかということになります。機密情報に「不発原子爆弾」と記すのも変な話ですが、「不発」という表現で自国製の原爆であることを表現したのかも知れません。原爆ならソ連との取引材料になります。
朝鮮半島北部で帝国陸軍が開発していた原爆や施設がその後どうなったのか不明ですが、陸軍が破壊して運び出していなければ、ソ連か北朝鮮に渡った可能性があります。北朝鮮首脳部には日本人も潜入していますから、密かに引き渡されてそれが北朝鮮製の原爆となったという展開も有り得ます。
ソ連の原爆開発も、もしかしたら瀬島が渡した日本製の原爆が元になっているのかも知れません。仮にそうだとすると、戦後の我国は自国製の原爆でソ連や北朝鮮から脅かされたことになります。原爆情報はスパイの手で各国に流されていますから、どこの国のものと特定すること自体、意味がないと言えばそれまでですが…。
ついでに言えば、広島に投下された原爆はドイツ製という説もあります。高橋氏が唱えていますが、ドイツから米国に渡ったというもので、ヒトラーに粛清されたロンメルが流したという筋書きだったと記憶しています。
世界権力にとっては、どこの国で作られてどこで実験が行われようが関係ありません。人種差別の点から日本が選ばれたということは充分考えられますが、成り行きで米国が先手を打ったに過ぎないのかも知れません。
原爆投下でその威力が明らかとなり、原爆開発競争で世界権力下の軍需産業は莫大な利益を上げました。原爆が余り拡散し過ぎても具合が悪いので、次に「原子力の平和利用」として原発建設が奨励されました。世界権力は残酷ですから、その旗振り役に被爆国の日本を選びました。
というわけで、原発の是非を決定する権限が日本政府にないことは明らかです。「でも脱原発デモなどで再稼働がある程度阻止できているじゃないか」と見る人もいることでしょう。しかし、米国の圧力に簡単に屈して政府は原発ゼロ方針をあっさり撤回しましたから、構図は全く変わっていません。
今は確かに原発再稼働に手間取っていますが、それは米国で「シェールガス」ラッシュが起きていて、これで一儲けする算段をしているからでしょう。儲けに陰りが出てきたら、またぞろ原発推進に戻ることでしょう。
世界権力とその下僕である日本政府は、国民の犠牲など歯牙にもかけていません。残酷だけれども、それが真実です。いざとなれば、我が身は自分で守るしかないのです。311の大震災と福一の大事故は、このことを嫌というほど教えてくれました。今はこの酷薄な現実に向き合うしかありません。
本記事も強烈なので、「お前は統合失調症だ。医者に見てもらえ」などと中傷するその筋の人たちが出てくるでしょうが、書評ですからその点御理解願います。戯言と思う人は、無視すればよいのです。
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井口博士のブログから転載。
最近の電化製品の寿命が短いことは私も前々から感じていた。私が学生の頃に兄が質屋から買ったソニーの中古テレビは(出庫後)10年近く画質がほとんど変わらず、故障もしなかった記憶があるが、今のソニー製品には「ソニータイマー」が仕組まれていて、保証期限が切れると同時に壊れるというジョークすら囁かれている。これはほかの電機メーカーも同様であり、ソニーやパナソニックの失墜と低迷の根本にはこうした「ブランド力の低下」「ブランドへの不信」があると思う。単にテレビにこだわり過ぎた、液晶にこだわり過ぎたという、部分的選択の失敗だけではないだろう。
しかし、そういう「製品の耐久力」は、実際に使って数年が経たないと確認はできない。外見がほとんど同じで、機能や装備がほとんど同じである二つの製品の間で選ぶなら、値段で選ぶしかない。耐久力に優れている製品は、当然ながら作るのに手間暇がかかり、コストもかかっているから値段勝負では圧倒的に不利である。その結果、良心的なメーカーの方が値段競争に敗れて、市場から退場していくことになる。もちろん、井口博士が言うように、良製品は買い替えが不要だから売れる数も少なくなる。
これは残念ながら井口博士の言うような、言わば「粗悪品税」を粗悪品メーカーに課すことでは解決はできないだろう。なぜなら、粗悪品かどうかの「判定」が恣意的に行われるのは確実であり、判定は政治力で決定されるだろうからだ。
グレシャムの「悪貨は良貨を駆逐する」は、資本主義世界では「粗悪品は良製品を駆逐する」とも言い換えられるわけだ。
今日は問題提起だけにしておくが、この問題の本質は、禿鷹ファンドが企業の買収、合併、叩き売りによって短期間で収益を上げるやり方が社会を食い荒らしているのと同根なのである。金融世界のデリバティブなども同様だ。
いわば社会公認の略奪行為、詐欺商法である。
(以下引用)
まあ、ちょっと前置きが長くなったが、私がかねてから疑問に感じていることをメモしておこう。
一般に「良い製品は超寿命」である。良い製品は品質がいい。だから多少のことでは壊れない。それゆえ寿命が長い。
私はそう思う。
かつてのドイツ製はすばらしかった。ドイツのツアイス社のカメラは世界中のあこがれであった。ナチスドイツの映画でドイツ兵がいつも首からぶら下げていた双眼鏡は、すべてツアイス社のものだった。精密光学機器といえば、全部ツアイス社製である。
戦後日本が真似をしたのがツアイス社の製品である。オリンパス、ニコン、ペンタックスなどなどあらゆる会社のモデルになったのがツアイス社製品であった。レンズはツアイスじゃなきゃだめだというのが、こういった光学製品に趣味をもつ人間の鉄則であった。
しかし、そうやってドイツのツアイス社製などの真似をしてもの作りすると、古き良きドイツ人のように精魂込め鍛練に鍛練を重ねた製品となってしまうためにどうしても製品の品質が非常に高くなる。そのため寿命が長くなる。1つ買えば、一生使えるのである。
私が中学1年生の時に買った
五島製天体望遠鏡
はさすがにいまではかなり古くなったが、光学系部分はいまだにカビすら生えず健在である。回りは傷だらけでかなり痛んでいるが、色収差もなければ、歪みもない。ほぼ完璧である。これまた五島製はツアイス製を模倣したからである。
こうなるとちょっと困ったことが生じる。1台買えば一生使えるのだから、せいぜい生産しても1人1台で終わってしまうのである。修理も必要ないから買い替える必要がないということになる。
ところが、これはバブル崩壊以降の世界の経済的空気の中では困りものとなる。なぜなら、増産体制で儲け主義に走ることができないからである。
こうなると、むしろ”わざと”壊れるように、何がしかのトリックや細工を仕込んで、自ら寿命を持つようにする必要があるということになる。
私の個人的印象では、日本製品はある時点からわざと壊れるように短寿命の製品になったということである。私個人の意見では、パナソニック製品は比較的すぐ壊れる。一番超寿命は私の観察した中ではサンヨー製品である。とにかくサンヨー製品は寿命が長い方であった。だからというわけではないが、私が家族を持ってからの家電製品はほとんどすべてがサンヨーであった。
しかし、超寿命の良品や高品質を作るサンヨーがなぜ倒産したのか?
ここに現代の経済学における何か詐欺的な間違いがあるように思うのである。
まあ、簡単に一言で言えば、「良い製品は儲からない」ということである。言い換えれば、「良い製品を作る企業は悪い製品を作る企業と競争で負ける」ということである。
洗濯機がまったく壊れず20年持つという洗濯機メーカーと、5年ごとに自ら半導体が崩壊して壊れる洗濯機メーカーとを比べると、前者は20年で1台しか売れないが、後者は4台売ることになる。4倍の収益となる。
これをよしというのが現代経済学者の御馬鹿な思考である。
しかし我々物理学者から見れば、前者の企業は地球資源を後者の1/4しか消費しない製品を作り、人類に貢献した企業ということになるはずである。
地球に4倍やさしい企業は1/4の収益しか上げられない。地球に10倍やさしい企業は1/10の収益しか上げられない。地球に100倍やさしい企業は1/100の収益しか上げることはできない。
これでは困る。地球に良い方がいい収益を上げるべきであろう。言い方を戻せば、100倍の超寿命の高品質の製品を作ることのできる企業は100倍の収益を上げるべきだろう。しかし現代の経済学ではそういうことは問題にもしないし、問題にもできない。
どうやればこの問題を解決できるのだろうか?
これが私が個人的にかなり前から気になっている問題なのである。
良い製品を作る企業(つまり、超寿命の製品を作る企業)の方が早く破綻するのである。粗悪な100円ショップが隆盛し、高品質の10000円ショップは100円ショップの1/100の寿命しかない。これでは困る。
1つのアイデアは、超寿命の製品を作る企業は、製造コストがその分1回ですむわけだから、資源消費が少ないわけである。逆に、低寿命の製品を作る企業は、製造コストがその分かかるわけでだから、資源消費がかさむ。これを経済に取り込むべきだということになる。おそらく一番簡単なものは、粗悪品メーカーの利益に税金をかけ、それを良品メーカーに還元するということだろうと思う。
もしこういった制度というか、システムがあったとすれば、サンヨーは他のメーカーから補助金を受け取れたはずであり、破綻することは無かったに違いない。
いずれにせよ、ろくな製品を作らない会社が長生きし、成長できる社会や世界は明らかに間違っていると私は思う。粗悪品を作ったらすぐに滅ぶというような経済界こそ健全である。
その昔は「ダンピング税」というものがあったが、どうしてこの「ダンピング税」のようなものを復活させないのだろうか? サムスンやLGなどどんどんダンピング税を分捕れるではないか。海外の粗悪品メーカーからどんどん粗悪品税をつけて高品質でないと販売できにくくすれば良いのである。
とまあ、私がかなり前から個人的に考えていることを一応メモしておいた。
我が家はサンヨー製品に本当にお世話になった。どうもありがとう。
(徽宗追加)今読んでいたツィッターに、たまたま上記話題に関係があるような無いような会話があったので、お暇な方向けに転載しておく。
山本直樹の漫画に「お前はレーゾーコのような女だな」というセリフがあったが、意味は「でかくて冷たい」ということである。背の高い女と喧嘩する時にどうぞ。
(以下引用)*下から上に読む方がいいが、ま、どちらでもいい。耐久力のある家電を嫌い、次から次に新しいものに買い替えたがるお金持ちも世間にはいるわけだ。何が「インテリジェントな冷蔵庫」だよ。(これは小田嶋さんのツィートではないのでご注意)私はむしろこの人に「殺意」が湧いてしまった。貧乏人の僻みかもしれん。
小田嶋 隆@tako_ashi
@kohirok うちの冷蔵庫は10年目にうなるようになって、「これは買い替え!」とときめいたんですが、念の為に修理の人を読んだら300円のパッキンひとつでなおって、以来5年ほど使ってます。最新型のインテリジェントなやつに買い替えたいです。ちょっと殺意湧いてます。
会話を表示
5時間小田嶋 隆@tako_ashi
そうでしたねw RT @nisegakusei: 「路傍のIC」で、PC98とMacをネタに同じことをいっていませんでしたっけ? @tako_ashi 冷蔵庫とかって、ものすごく大切な仕事をしてくれているのに、まるで愛されてないよな。その点、スマホとか
開く
5時間小田嶋 隆@tako_ashi
全自動洗濯機とかって、マジ献身的だぞ。働いてるとこ見ると涙出るぞ。見てて飽きないぞ。うそだけど。
開く
5時間小田嶋 隆@tako_ashi
そう。白モノ家電が愛されないのは、家事労働に従事してるという意味で「おかん」だから。死んではじめてありがたみがわかる。RT @ForcebewithUs: @tako_ashi それは女房と愛人の暗喩ですな そうですな
開く
5時間小田嶋 隆@tako_ashi
コミュニケーションを媒介する機械っていうのは、人間を狂わせるんだな。勉強になった。
開く
5時間小田嶋 隆@tako_ashi
やばい。リプ見ると冷蔵庫ってマジで愛されてない。白物家電(´・ω・)カワイソス
開く
5時間小田嶋 隆@tako_ashi
スマホの冷蔵庫アプリでビールが冷えると思ってるヤツは医者に行ってこい。
開く
5時間小田嶋 隆@tako_ashi
冷蔵庫とかって、ものすごく大切な仕事をしてくれているのに、まるで愛されてないよな。その点、スマホとかPCって仕事の邪魔ばっかりしてるくせにおそろしいばかりに偏愛されてる。
開く
5時間小田嶋 隆@tako_ashi
冷蔵庫とスマホでどっちが重要かっていえば、冷蔵庫に決まってるんだけど、もし仮に「いずれか一方だけしか所有できない」ってことになったとすると、スマホの方を選んじゃうキチ◯イがけっこういると思う。
