"経済・政治・社会"カテゴリーの記事一覧
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前にも書いたことだが、「天安門事件」の指導者の若者たちが、当局が首謀者たちを逮捕する直前にアメリカに素早く逃げた事件以来、私は世界中の「民主化運動」というものを疑いの目で見るようになった。つまり、あらゆる「民主化運動」の背後には米国または英国がいる、ということである。ここで言う「民主化運動」とは、アングロサクソンの利益に結びつけるための人民扇動工作のことだ。
中国でのチベット独立運動も、新疆統治問題も、ミャンマーの「民主化運動」もすべてアングロサクソンの世界経営のための策謀にすぎない、と私は見ている。ダライ・ラマもスー・チー女史も、アングロサクソンによって演技指導をされている俳優にすぎない、ということだ。もちろん、それらの国で民主化が進むことは望ましいことだろうが、少なくとも、それはその当事国の内政問題なのであり、「国際社会」がそれに対して批判する権利などない。他国の問題を云々するよりも、まず自分の国の中の人権抑圧問題に対して声を上げるべきだろう。特に、アメリカのように愛国者法などで自国民を抑圧している非民主的国家が、他国の非民主性を批判できると思うのは、ちゃんちゃらおかしいというものである。
国際問題、特に、国と国との仲たがいをさせるような事件には、必ずアングロサクソンの手が背後にある、と見てよい。もう、耳にタコだろうが、例の「分割して統治せよ」だ。国と国を仲たがいさせることで、自分が漁夫の利を得る、というのは国際外交の基本戦略だろうに、あいも変わらずマスコミが騒ぎ、それに乗せられて一部の国民が騒ぐ。いや、その騒いでいる国民自体が「工作員」である可能性も高い。つまり、「工作員」が騒ぎに火をつけ、「工作員」がその騒ぎを大きくするわけだ。そうして、二つの国が仲たがいすれば、それによって利益を得る国があるわけである。
もちろん、私は現在、台湾や中国で起こっている反日的騒動のことを言っているのである。あんなのは、背後にCIAがいるに決まっている、などと言うと、またしても「陰謀論者」のレッテルを貼られそうだが、この世の政治的事件とは、ほとんどが陰謀であることを知らない人間があまりに多すぎるのではないだろうか。
もちろん、中国政府などが日本批判のコメントを出すのは当たり前の話であり、自国の利益を主張し合うのが国際政治なのだから、それに対して「だから中国はけしからん」などという反応をするのではなく、こちらの主張を冷静に言えばいいだけのことである。PR -
「ラ・ターシュに魅せられて」というブログに、下記のような情報があった。(直接的には「阿修羅」の記事から)
民主党代表選挙での党員・サポーター票での小沢票の少なさについては昨日、その疑問を述べたが、国会議員票では鳩山グループと小沢グループの総計から見て、小沢が圧勝するだろうと思っていただけに、菅と小沢がほぼ同数であったことも意外だったが、これで謎が解けた。
あらかじめ、党員・サポーター投票で菅が圧勝していることを聞かされた議員たちが、自己保身のために菅に投票したのである。つまり、情報リークによる誘導だ。それができるのは、もちろん、選挙を管理できる現政権グループだけである。菅グループという連中は、どこまで腐っているのだろう。まさしく政治の私物化である。こうした選挙不正については、厳罰化を進め、場合によっては死刑を適用することも考えていかないと、この腐りきった日本の政治風土は変わらないのではないだろうか。
(以下引用)
昨日、9月14日。
気弱な地上げ屋は、昼過ぎに・・
会場となるプリンスパークタワーに到着しました。
世を欺くため・・
地方代議員・・公設秘書と名を変えた草の者と昼食をとるためです。
待ち合わせば場所に赴くと・・
議員会館に放つ草の者の・・Mだけが、待っていました。
心なしか・・顔が引きつってみえます。
勤務先が、議員会館から首相官邸に移るんで、緊張してるのかな?
と思って近づくと・・・
「あっ! 気弱な地上げ屋サン! 時間あります?」
時間あります?って・・・。
オマエとランチ一緒にとるために来たんじゃないか?
とも思いましたが・・・
投票日ってのは、緊張するもんなのかな・・と、気にも留めませんでした。
「ああ・・Mさん、こんにちは! お待たせしちゃって申し訳ありません! 時間ありますって・・? そりゃ、今日は夜まで空けてありますよ」
「ああそうでした・・・。 ランチと言っても・・・、ここはチョットまずいです・・。そと出ましょうか?」
折角、涼しいホテルで待ち合わせたのに・・・
残暑の下界に逆戻りです。 (苦笑)
「で? Mさん・・・。 どうしたって言うのよ? そんなに慌てちゃって・・・。」
「気弱な地上げ屋サン・・・。 党員・サポーター票が・・・。」
「党員・サポーター票? オマエが動員サボったから思うように集まらないってハナシ?」
「そんなつまらない冗談じゃないんですよ! 5倍も差がついてるそうです・・・。」
「5倍? 50対250だって言うの? オマエまでそんなこと言い出すなんて・・・。 毒饅頭でも食らったのか!?」
「出元は・・・。NHKやらゴミ売りなどの御用メディア・・いや、誤報メディアじゃないんです! 確かなスジです・・・。」
「なんだよ? 確かなスジって? 予め予想してたとおり・・選管事務局がリークしたの?」
「ウチの議員のトコに・・ついさっき電話があったんです。 エエ・・・菅選対の○○です。 こんなこと言ってたそうです」
もう、そっちにも廻ってると思うけど・・。
出所は知らないが・・
どういうわけだか、党員・サポーター投票結果が出回ってるね?
聞いてるでしょ?
驚いたね?
オザワさんは50ポイントしか取れてないそうじゃない?
もうチョット取れると思ったけどね・・・。
ウチは250ポイントだから・・・
ここだけで200ポイント差。
地方議員はそれほど差はついてないそうだけど・・
それでも20ポイント差だってさ。
この220のポイント差は大きいよね?
国会議員110人分だよ。
議員票は、そっちが優勢なのは判ってるけど・・
110は開いてないでしょ?
今・・・、将来がある人たちを一生懸命説得してるんだけど・・
負け戦に馳せ参じるほど義理無いんじゃないの?
選挙をちょこっと手伝ってもらっただけでしょ?
誰がなんと書いたかなんて・・判らないんだから・・・
コッチにお出でよ!
キミのことは・・総理も心配してるんだよ・・・。
予想されていたとは言え・・・
事前開票されていた、党員・サポーターの開票結果が、
集計完了直後にリークされ・・
何者かによって・・寝返り作戦の道具にされました。
民主党選挙管理委員会事務局の○☓さんと・・・
阿波タヌキ・・
いまや、永田町の妖怪・・とも呼ばれるかたが・・
数週間前、都内某所で密会してたことと・・
今回のリークには、何ら関連がないことは、申し上げるまでもございません。
その、都内某所へ入る阿波タヌキの手には風呂敷包みがあったのに・・・
そこから出て来るとき・・・
その風呂敷を○☓が持っていたことも・・
何ら関連がないと思われます・・・。
○☓は・・
荷物持ちでもしてたのでしょ。(笑) -
民主党代表選挙の感想である。
もうあちこちのブログで書かれていることだが、サポーター票の投票率が66パーセントしかなかったということが大問題になっている。普通の選挙民とは違って、金を払って民主党をサポートしているサポーターが、党代表を選ぶという大事な選挙で66パーセントしか投票しなかったというのは、確かに信じがたい。
葉書投票なので、投票内容は一目瞭然。そこで、選挙を管理する現政権の連中が、「小沢」と書かれた葉書をかたっぱしからシュレッダーにかけたのだろうということだが、まあ、選挙というものは、やり方次第でいくらでも操作できるということだ。そのうち電子投票が実現すれば、いちいち投票用紙を処分しなくても、形跡一つ残さずに投票結果を好きなように書き変えることができるようになるだろう。
さすがに、昨夜はがっかりして、好きな酒もあまり飲まないで寝てしまったが、よく考えると、これで現民主党の大半はクズだと分かったのだから、小沢氏には、また「壊し屋」の本分を発揮して、民主党を破壊してもらいたい。小泉の日本破壊とは違って、腐りきった民主党を破壊するのは、建設的破壊というものだ。小沢氏の力なら、国会のキャスチングボートを握れるだけの人数の新党を作ることができるはずである。
それも、菅総理が消費税増税を実行する前に民主党分裂を起こさないと、日本の自殺者は、それこそ年間10万人を突破しかねないのだから、急いでやるべきだろう。菅総理には、「二代目小泉純一郎」の肩書を進呈するつもりだが、その前に、現政権を中心に自民党と合同でもしたほうが話がすっきりするのではないか。 -
琉球新報記事から。
福祉費用をどんどん削減し、庶民への援助などまったく頭に無いのが普通である地方自治体が、なぜ「子宮頸がん」などという病気の予防に1300万円もの金を出すのか。それだけの金があれば、貧しい人々への有効な援助ができるだろうに。そもそも、原因不明の病気であるはずの癌がワクチンで予防できるという根拠はどこにあるのか。しかも、ワクチンの投与対象が小学6年から中学3年だとは、子宮頸がんというのは、そんな低年齢から予防するべきものなのか。そもそも、ワクチンの安全性は確実なのか。
ワクチンとは、基本的に、毒性を弱めた病原菌を体内に注入することで、免疫性を作るというものだったはずだ。では、子宮頸がんには病原菌があるとでもいうのか。つまり、伝染病だということになるのか。そんな馬鹿な話はないだろう。
ワクチンを接種された女の子たちに、将来、その後遺症が出た場合、金武町議会はどのような責任を取るつもりなのだろうか。「みんなで決めたから、自分には責任はない」と逃げることはできない。もしもこの結果、不妊症にでもなったとしたら、彼らは彼女たちの人生にどのような責任が取れるのだろうか。いや、取れるはずはない。最終的には、誰も責任など取らないことは、今から目に見えているのである。
それに、ワクチン接種にかかる費用は町議会議員たちの懐から出るわけではない。町民の納めた税金から出るのである。このような意味不明の出費を、町財政から出せるほど金武町は裕福なのだろうか。考えれば考えるほど奇妙な決定である。
(以下引用)
子宮頸がんワクチン 金武町、全額助成へ2010年6月23日 【金武】金武町の儀武剛町長は22日に開かれた町議会6月定例会の一般質問で、子宮頸(けい)がん予防ワクチンの接種費用を公費で全額助成する方針を示した。公費助成の動きは全国の自治体に広がっているが、県内では初めて。嘉数義光氏、宇久田朝仁氏の質問に答えた。
助成の開始時期は今後検討する考えで、儀武町長は「予防効果の高い新たなワクチンを国が認可する時期など、状況を見ながら早急に対応したい」としている。
対象は医師や専門家が「適齢」との見解を示している小学校6年~中学校3年生を軸に調整する方針。町保健福祉課によると、小学6年~中学3年に実施した場合では、対象者は295人で、予算は1300万円ほどになる。
儀武町長は「子宮頸がんは予防できるがんといわれており、全国各地でも公費助成が行われている。町民の生命を守る観点から接種費用の全額助成を早急に実施したい」と話した。 -
「阿修羅」記事から転載。日本の政治の中で検察が特異な位置にあることも、多くの人間に知られてきたが、まだ一般の国民にはあまり知られていない。田中角栄のロッキード事件から分かるように、検察は、内閣の一部でありながら、時の総理大臣をも告発・断罪できる存在なのである。
そして、そのロッキード事件が米国の指示で行われた総理引き下ろしの為の事件であったことは、ほぼ常識である。そして、裁判のほとんどは検察が起訴した段階で有罪が確定するという、恐るべき慣行ができている。つまり、検察とはある意味、日本の最高権力なのである。その検察の権力の振い方が、下記の記事のようにこれほどに恣意的であるということを、多くの人間が知るべきである。そして、この検察の権力に歯止めをかけるシステムを考えていく必要がある。すべてをすぐに変えることはできないが、まずは多くの人間が政治の現実の姿を知ることが、政治改革と日本変革のスタートラインになるのである。
(以下引用)
氷山の一角 [山口一臣の「だめだめ編集長日記] (Common)
http://www.asyura2.com/10/senkyo94/msg/592.html
投稿者 アルカディア 日時 2010 年 9 月 10 日 19:27:11: jjR5cYzLvBZKE
コメントいらないでしょう。
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http://www.asyura2.com/bbsup/up.cgi?ban=senkyo94&up=1
郵政不正事件で大阪地裁は被告の村木厚子さんに無罪判決を言い渡しました。当然すぎる判決ですが、本当によかったと思います。
この無罪に意義があるのは、検察の独自捜査、特捜検察の捜査そのものに問題があることが明らかになったことです。これは大阪地検特捜部の大チョンボとか失態といった次元の話ではありません。氷山の一角と言っていいでしょう。
あらかじめ事件のストーリーを決め、それに沿った調書をデッチ上げる。関係者を呼びつけ脅し、利益供与をほのめかしながら作文する。まさかそんなことまでしているとは想像だにしていませんでしたが、村木さんの事件によって多くの検面調書(検察官が録取する調書)が実は証人の供述に基づくものでなく、検事自身の作文だったことが明らかになりました。これら検察の独自捜査特有の手法が今回、たまたまバレただけのことで、特捜検事にとっては日常的なことだったのです。ジャーナリストの魚住昭さんの近著『冤罪法廷 特捜検察の落日』(講談社)にこんな一節がありました。魚住さんが共同通信記者時代に検察回りをしていたころ、同僚記者がある特捜検事にこう言われたそうです。
「お前ら記者たちは、捜査というのは正義と真実を追及するところだと思っているだろうが、それは違う。捜査というのは一定の筋書きに沿った供述を集めて、事件を造ることなんだぞ」
こうした捜査手法については、これまでも被告人の立場から批判の声が上がっていました。例えば、リクルート事件で被告になった江副浩正さんが『リクルート事件・江副浩正の真実』(中央公論新社)で、ライブドア事件の堀江貴文さんが『徹底抗戦』(集英社)で、衆院議員の鈴木宗男さんが『汚名 国家に人生を奪われた男の告白』(講談社)で、元福島県知事の佐藤栄佐久さんが『知事抹殺 つくられた福島県汚職事件』(平凡社)で、調書をデッチ上げて事件を捏造するという検察捜査の「闇」を告発していたのです。
しかし、これらの事件は残念ながら裁判で無罪を勝ち取ることができず、したがって被告人の立場からの捜査批判も説得力を持ち得なかったという歴史がありました。それが村木裁判の「無罪」によって、ようやく説得力を持ったといってもいいでしょう。
端的に言うと、検察は長年にわたって裁判所を騙し続けてきたわけです。村木さんの事件によって、それが白日の下にさらされることになっただけのことなのです。村木さんの主任弁護人である弘中惇一郎(ひろなか・じゅんいちろう)さんは鈴木宗男さんの弁護人でもあります。弘中さんは、
「鈴木さんの事件と村木さんの事件は、まったく同じ構図だ」
と話しているそうです。しかし、弘中弁護士がついたのが控訴審からだったので、逆転まで至らなかったと話しています。重要証人が亡くなってしまったことも決定的だったそうです。適切な弁護活動ができていれば、多くの特捜事件が無罪になっているはずだとも。
こうした冤罪を防ぐためには、取り調べの可視化を急ぐしかないでしょう。元検事で弁護士の郷原信郎さんも、「私は、まず検察独自捜査、つまり特捜捜査の取調べを、一般事件に先行して、被疑者、参考人ともに全面可視化すべきだという意見です」とツイッターで述べています。
検察の独自捜査は問題はそれだけではありません。選挙によって選ばれた国会議員を恣意的に葬ることも可能です。それをやろうとして失敗したのが、民主党の小沢一郎前幹事長を狙い撃ちした西松建設事件であり陸山会事件でした(詳しくは上杉隆+週刊朝日取材班『暴走検察』朝日新聞出版参照)。検察はなぜ小沢一郎氏を狙ったのか。
霞が関の暴力装置として政権交代を阻止したかったという説から、当時検事総長だった樋渡利秋(ひわたり・としあき)氏が個人的に民主党が嫌いだったからといった説までさまざま語られました。わたしが検察関係者から直接聞いた話では、
「若い検事たちは『小沢をやれば一生めしが食える』を合い言葉に頑張ってるよ」
というものでした。
特捜検事は在任中に大きな手柄を立てれば組織内での出世はもちろん、退官後も大企業の顧問に迎えられるなど想像を絶するメリットがあるといわれています。そんな検察官の個人的利益追求のために捜査権力が行使され、世の中を混乱させることに、率直な怒りを感じます。「政治とカネ」という虚構を世間に広め、政治を混乱させた罪はあまりに大きすぎると思います。
そして村木さんの事件はまさに、その延長線上にありました。捜査着手の動機について、村木さんの「共犯」として逮捕された倉木邦夫被告が週刊朝日の取材にこう証言しています。
「取り調べを担当した副検事は捜査の狙いをこう言っていました。『東京地検は小沢一郎の陸山会事件。大阪は石井一や。石井は民主党の副代表で大物やからな』」
そんな公益性のカケラもない理由で捜査に着手し、さんざん税金を浪費したあげく結局、何の証拠も見つけられなかった。このままでは失敗捜査に終わりそうだと見るや、
「政治家がダメなら高級官僚をやるしかないわ!」
と、検察の体面を保つだけのために、無辜の村木さんがターゲットにされ、村木さんを「罪人」にするための調書があの手この手を使って、次々捏造されていったのです。
わたしは今回、村木さんが最後まで否認を貫き、真実を明らかにしたことの功績は計り知れないことだと思っています。つらかったでしょうが、闘った445日は無駄ではなかった。そして、当たり前のことですが、目の前の証拠をありのままに見て適正に評価した大阪地裁の裁判体に率直に敬意を表したいと思います。
最後に宣伝ですが、週刊朝日ではこの村木さんの闘いを綴った『私は無実です 検察と闘った厚労省官僚村木厚子の445日』(朝日新聞出版)を出しました。ジャーナリストの今西憲之さんと週刊朝日の若いスタッフたちの村木報道の集大成です。わたしが言うのもなんですが、裁判を傍聴するだけでなく、関係者に話を聞き直すなど、本当によく取材をしています。事件の真相------というより検察の真の姿を知るため、ぜひ読んでいただきたいと思います。前出の魚住さんの『冤罪法廷 特捜検察の落日』と併せて読まれると、なおよいです。 -
「マスコミに載らない海外ニュース」より、一部転載。アメリカという国は、かつての私たちにとって文化の先生だった。もちろん、フランスもイタリアも、それまでの日本が知らない様々な文化を持っていたが、やはりハリウッド映画やアメリカ製テレビ番組を通して、我々はアメリカ文化を学び、吸収してきたのである。そのアメリカが、なぜこんなに悲惨な状態になってしまったのか。それは、言うまでもなく、一部の人間の強欲や愚かな野望のためである。「残酷な資本主義」「無道義な経済的自由主義」の行く末が、アメリカの現状なのである。
(以下引用)
アメリカを大量破壊兵器やアルカイダ・テロリストから救うのに、イラク侵略が必要だったというふりを、アメリカ政府はもはやできないので、壮大な戦争犯罪のアメリカ政府による正当化は、アメリカのように、自分に反対する人々をひどく苦しめてきたサダム・フセインを、排除するためだった、ということになっている。
どうしようもなく馬鹿な狂信的超愛国主義アメリカ人の間でさえ、一体地球上の誰が、破たんしたアメリカ合州国政府が、イラクを独裁から解放するため、たった一人の人物、サダム・フセインを排除するために3兆ドルもの借金を費やしたなどと信じよう? こんな話を信じる人は正気ではない。
サダム・フセインは、もし金をやるから引退しろと言われていれば、ずっと僅かの額で引退していたろう。
アメリカ人は“イラクを独裁から救う”という口実に皮肉を感じているだろうか? イラクに対するネオコン戦争の最大の代償は、3兆ドルでも、死亡したり、不具にされたりしたアメリカ兵士や、親族を失った家族でもない。この邪悪な戦争の最大の損失は、アメリカ憲法と、アメリカの市民的自由の破壊だ。
ブッシュ/チェイニー/オバマの安全保障国家は、憲法と市民的自由を骨抜きにしてしまった。もはや何も残っていない。大統領は法の適用を受けないと裁定をするに十分な人数の連邦裁判所判事を、ファシストの共和党フェデラリスト協会が、司法制度に送り込んだ。令状無しでアメリカ国民をスパイすることについて、大統領は法律に従う必要がなくなった。大統領は、拷問に対し、アメリカ法にも国際法にも従う必要がないのだ。議会だけが宣戦布告することができると命じる憲法に、大統領は従う必要がないのだ。彼が“国家安全保障”だといって正当化する限り、大統領はやりたいことを何でも実行できる。
大統領は、政府の一部であり、責任を負わない行政府は、至高なのだ。責任を負わない行政府のどこかの誰かが、そのようなアメリカ国民を“脅威”と見なせば、大統領は、海外在住あるいは国内のアメリカ人を殺害するという彼の決定を、弾劾されることなく、宣言できるのだ。
殺戮が第一。後で責任を追求されることも無い。
司法当局からの、介入もほとんど無しで、議会の支持を得て、行政府は、一方的な、責任を負わない権力を行使して、アメリカ憲法を処分してしまった。アメリカによる自国の違法な侵略と占領に反対する外国人の反対者を、行政府は、戦時国際法にも、アメリカ刑法にも支配を受けない、従って、告訴も証拠も無しに、無期限の拷問と拘留におかれる“テロリスト”とだ宣言することができる。
これはブッシュ/チェイニー政権の遺産であり、オバマの下でこの犯罪的政権が継続している。
アメリカの“対テロ戦争”でっちあげは、中世の謎の地下牢と、マグナ・カルタ以前に主流だった、むき出しの専制政治を復活させた。
これこそが、イラク“解放”の、つまり、イラクをアメリカの権益のために自国民を裏切るようなアメリカの属国に作り替えることの、本当の代償なのだ。
一体誰が、今アメリカ人を、ブッシュ/チェイニー/ネオコン/オバマの専制から解放してくれるのだろう? -
先日のフィナンシャル・タイムズの記事を訳してみたので、掲載する。非常に面白い文章で、日本の対米従属のネット右翼の言いそうなことがすべて書かれているので、これを読めば、その他のネット右翼の発言を読む手間が省ける。日本のためにこれだけ言ってくれるとは、フィナンシャル・タイムズというのは、何と親切な新聞だろう。日本人よりも日本のことを心の底から心配してくれているとしか思えない。産経・読売(今、黄泉売りと、つい書いてしまった)にフィナンシャル・タイムズさえあれば、この世は平和である。
(以下、徽宗皇帝による訳文。お暇なら、娯楽として誤訳探しをどうぞ。私自身、訳した後の見直しは一度しかしていません。)
「日本にとって間違った人間」フィナンシャル・タイムズ 2010年8月29日記事
もしもダンテの地獄が九つの苦難の階層を持っているならば、日本の政治は九つの喜劇的階層を持っているにちがいない。わずか3ヶ月の仕事の後で、菅直人(一年で3人目の総理大臣である)は、彼の所属する政党内でのリーダーシップを賭けての挑戦を受けている。
日本のデフレによる意気消沈に乗じて総理職への灰色の王位請求者(偽装者、詐称者)となったのは小沢一郎であるが、彼は国際的なスポットライトの中で活躍するよりも、政局を陰から操ることに長じた人間である。彼は最近、アメリカ人のことを単細胞的であると言ったが、もしも彼が総理大臣になったなら、彼は2006年に総理職を辞した小泉純一郎以来のもっとも興味深い総理大臣になるだろう。彼も小沢同様に、常に落第者(災厄)であった。 *最後の一文の「彼」は小泉のことかと思うが、小沢が落第者であったという事実はない。「disaster」に災厄と落第者の二つの意味があることを利用して、どちらも「disaster」だが、小泉はただの落第坊主だったが、小沢は日本にとっての災厄になるぞ、と脅かしているのだろう。
小沢氏は疑いもなく「多細胞人間」であり、(注:複雑な人間=陰険な人間のイメージをほのめかしている)いくつかの面白いアイデアを持っている。彼は日本が「普通の国」になるべきだと示唆した最初の人間たちのうちの一人であり、第二次大戦後の伝統である米国の保護の手を振り払った。1990年代にワシントン(米国の政治中枢)は彼を政治経済改革のチャンピオンであると称揚したが、最近は彼に対して冷淡になっている。最後の東京への米国特使は、小沢がアフガニスタン近辺での米国軍船への給油を拒否する意見を主導していたため、小沢に面会することさえできなかった。小沢氏は同様に、(注:同様に反米的行為として、ということだろう)中国との連帯をより友好的にすることを主張しているが、しかし、中国の一党独裁システムへの軽蔑を隠そうとはしていない。(注:小沢と中国との間にクサビを打ち込んでおこうという離間作戦のための一節だろう。)
彼の混乱した対外政策のスタンス以上に、小沢氏はその国内的な過去の記録からして、総理には不適格な人間である。政略的な実績の輝かしさにも関わらず、彼はドン・キホーテ的で破壊的な人間である。彼は1990年代初期と昨年において、自由民主党を、その長期支配から引きずり下ろすことに貢献した。最初の機会においては、彼は連立政権の土台を壊し続け、自由民主党が短い休止期間の後に政権に返り咲くための道ならしをした。今回も彼は同じトリックを繰り返すだろう。仮に、幾つかの予見をするなら、彼の総理職への挑戦は、民主党を分裂させ、その隙に自由民主党が政権の座にこっそりと戻ることになるだろう。
日本の大衆は彼を嫌っている。最近の世論調査では、アンケートに答えた人間の79パーセントが、彼が党の重要な職に戻ることを望まないと言っている。(彼は党幹事長職を、金に関する醜聞の疑惑で辞めている)だが、日本の政治家は法の手が及ばない存在だから、いずれにしても彼はこの問題で勝つだろう。(注:つまり、小沢が無罪釈放されても、事実上罪を犯しているはずだとあてこすっている。)民主党の衆議院議員の約半数の支持によって、9月14日の党代表選挙において、小沢氏は菅総理を打ち破るチャンスを手にした。DPJ(注:最大与党の意味かと思うが、辞書に無いので不明)が彼を首班とし、したがって、総理とすれば、DPJはその公約に反し、日本の政治の刷新を遅延させることになるだろう。権力にひれ伏すことを続けるとすれば、それ自体非難されるべきである。 -
イギリスとアメリカ、それにカナダとオーストラリアは、国際政治の上では同じ穴の狢であるが、それらをひっくるめてアングロサクソン(暗黒搾損)とでも呼んでおこう。もちろん、これはそれらの国家を動かす勢力を指しているのであり、その国民たちの話ではない。いずこの国も国民と政府、あるいは国民とマスコミは別の存在なのである。
その暗黒搾損が小沢総理誕生を非常に警戒して、以下のような記事を新聞に載せている。英語には弱いので、英文自体はほとんど目を通していないが、マイクロソフト・ワードの翻訳機能を使って訳すと、面白い文章になったので、お目にかける。こうした機械翻訳でも、言いたいことは分かるし、文章が滅茶苦茶だから、かえってその骨組だけが分かって、文章に騙されないですむという効用がある。暗黒搾損御用達のマイクロソフトも、こうして使われることで、いくらかの罪滅ぼしにはなるだろう。
「不思議の国のアリス」のナンセンスを楽しむつもりで、この機械翻訳文章を読むと面白いのではないだろうか。
(以下引用)
小沢一郎に関する英 Financial Times の社説 「日本にとり不適切な人物である」
http://www.asyura2.com/09/hihyo10/msg/847.html
投稿者 びぼ 日時 2010 年 9 月 04 日 23:48:02: 0cYXJ4o7/SPzg
"The wrong man for Japan" by The Financial Times, August 29 2010
If Dante’s version of hell had nine circles of suffering, then Japan’s version of politics must have at least nine circles of farce. After only three months in the job, Naoto Kan – the third prime minister in a year – is being challenged for the leadership of his party. The grizzled pretender for the job of leading Japan from its deflationary funk is Ichiro Ozawa, a man more used to operating from the shadows than in the international spotlight. If Mr Ozawa, who recently referred to Americans as “single-celled organisms”, becomes prime minister, he will be Japan’s most interesting prime minister since Junichiro Koizumi left office in 2006. He would also be a disaster.
Mr Ozawa, doubtless a multi-celled organism, has some interesting ideas. He was one of the first to suggest that Japan become a “normal nation”, throwing off its postwar legacy of leaving its defence in US hands. In the 1990s, Washington championed him as a political and economic reformer, but has cooled on him more recently. The last US ambassador to Tokyo could not even arrange to meet him when he was leading a revolt against a Japanese mission to refuel US ships operating near Afghanistan. Mr Ozawa has also advocated friendlier ties with China, yet is openly contemptuous of that country’s one-party system.
More than his confusing foreign policy stance, Mr Ozawa is unfit to be prime minister because of his domestic record. Though strategically brilliant, he is quixotic and destructive. He was instrumental in bringing down the long-ruling Liberal Democratic party in the early 1990s and again last year. On the first occasion, he went on to undermine the coalition, paving the way for the LDP to return to power after a short absence. This time, he may repeat the trick. If, as some predict, his leadership challenge splits the Democratic Party of Japan, the LDP could sneak back into office.
The Japanese public dislikes him. In a recent poll, 79 per cent of respondents said they did not want him returning to an important party post. (He quit as secretary-general in part because of an alleged funding scandal.) Yet so out of touch are Japan’s politicians that he may win anyway. With support from around half his party’s MPs, Mr Ozawa has a good chance of defeating Mr Kan in the leadership contest on September 14. If the DPJ makes him its head, and hence prime minister, it will have betrayed its promise to bring Japan a new kind of politics. If it goes on to surrender power, it will only have itself to blame.
「日本の間違った人間」でフィナンシャル ・ タイムズ、2010 年 8 月 29日
ダンテのバージョン地獄の苦しみの 9 つの円をしていた場合は、日本のバージョンの政治は少なくとも 9 つのサークルの茶番が必要です。 のみ 3 ヵ月後、仕事で、菅直人-3 番目の総理大臣の 1 年間で-彼の党のリーダーシップの挑戦しています。 主要な日本の仕事を grizzled 偽者のデフレのファンクから小沢一郎よりも影国際的な注目を浴びてから動作する使用男の詳細です。 最近アメリカ人として「単細胞生物」と呼ばれる、小沢氏が首相になる小泉は 2006 年にオフィスを残したので彼は日本の最も興味深い首相になります。 彼はまた、災害となります。
小沢氏、疑いなく、マルチ全巻生物、いくつか興味深いアイデアをしています。 彼は日本を「通常国家」になることをお勧めする最初の 1 つ、戦後従来のアメリカの手でその防衛を残してオフを投げていた。 1990 年代、ワシントン彼は、政治・経済改革者として、しているが、彼にもっと最近に冷却しています。 最新の米国大使に彼はアフガニスタンに近い動作米国船を補給する日本使命に対する反乱をリードしていたとき、彼を満たすために手配が可能性があります。 小沢氏は、中国との友好の絆を提唱しているもまだ公然とその国の一党体制のばかです。
も彼の混乱の外交政策姿勢、小沢氏は彼国内の記録のための総理大臣には不向きです。 戦略的に素晴らしいが、彼は非現実的と破壊的です。 彼は長い - 自由民主与党ダウン 1990年年代初め、再び昨年の持ち込みを果たしました。 最初の機会に、彼は、連立を損なうに道筋は短い休暇後に電源を返すには、自民党を行った。 今回は、彼は狂言を繰り返すことがあります。 いくつかを予測すると、日本の民主党は、彼のリーダーシップの挑戦を分割する場合は、自民党のオフィスに戻るこっそりでした。
日本国民を彼が嫌い。 最近の世論調査では、回答者の 79 %、彼は重要なパーティの記事に戻る望んでいないと述べた。 (彼は書記長としての一部は、疑惑の資金調達のスキャンダルのせい終了。) まだこれをタッチの彼はとにかくが勝つことがあります日本の政治家です。 彼の約半分の党の議員からのサポートでは、氏・小沢氏館、リーダーシップのコンテストでは 9 月 14 日破り、良いチャンスがあります。 彼の頭になります、民主党、それゆえ首相、それをもたらすには、その約束裏切らがされる場合は新たな政治の日本します。 電源を降伏に行く場合は、それだけ自体を非難する必要があります。
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山崎行太郎「毒蛇山荘日記」より。今日の記事の転載である。私・徽宗皇帝もテレビを見ていて、あの小沢コールにはびっくりした。というよりも、それがテレビで報道されたことにびっくりした。これまでのマスコミなら、この場面を編集でカットし、庶民は菅総理を支持しているという印象を与えるように作り直していただろう。だが、起こった事実を隠蔽し続けることは難しいというデスクの判断で、小沢コールがそのまま放映されたのだろうか。すると、マスコミ報道もこれからは変わってくる可能性があるし、また、国民の中でのB層の割合は、案外減少して、政治と社会の現実に目覚めた人間の割合が飛躍的に高まりつつあるのかもしれない。
日本の将来に、希望が見えてきたようである。
*引用の最後の読者コメントの中の「懸命」は「賢明」の誤記だろう。
(以下引用)
小沢コールは、何故、起きたのか?
昨日、日曜日、大阪の梅田での民主党代表選立会い演説会において沸き起こった「小沢コール」の大合唱は、マスコミの行う世論調査が捏造する「菅直人断然有利」情報を、木っ端微塵に打ち砕くものであったと言っていいが、新聞やテレビなど、いわゆるマスコミの「政治記者」たちは、ことここに到っても、まだ「小沢独走」を象徴するかのような立会演説会場における怒涛のような「小沢コール」の現実を直視しようとせず、「菅直人断然有利」という捏造された虚偽情報の中で惰眠に耽っているように見受けられる。僕は、ミヤネヤ司会の「ニュースサンデー」とかいうテレビ番組で見たのだが、そのあまりにも激しい「小沢コール」の大合唱に、現場を目撃したミヤネヤ自身がすっかり度肝を抜かれたという感じで、目を丸くして取材し、「マスコミの世論調査情報(「菅直人80%、小沢一郎20%」)は、どうなっているのか」という驚愕の表情で報道していたが、僕にとっても、これほどの「小沢コール」を見るのは、予想外の展開であった。おそらく、久しぶりに政治家らしい政治家の自信に溢れた強力なリーダーシップの存在を見せ付けられて、国民の大多数が、政治というものの現実に覚醒しつつあるのでろう。政治はクリーンやカネだけで語れるものではなく、国民を引っ張っていくリーダーシップや実行力、そして明確な国家目標の提示…等こそ政治家に求められるべきものだということを、小沢一郎という政治家らしい政治家の登場で理解し始めたものと考えられる。そして政策的には、小沢一郎が自信満々に主張する「財政出動による景気浮揚」というケインズ経済学的政策が、国民に広く深く浸透し、支持されているということであろう。「小沢コール」は起きるべくして起きているのである。民主党の地方議員やサポーターもこのテレビ映像を見ているであろうから、影響を受けないはずはない。つまり、「小沢政権待望」が、全国的に沸き起こっているはずだ。いつまで、マスコミが、それを無視し続けることが出来るのか、これもまた面白い見物である。
●読者からのコメント投稿より。
■筆
現場(梅田)に足を運びましたが、確かにあの小沢コールは驚きましたね。
菅にも「そうだ」とか言ってる人間でさえも、一緒になって「オザワ!オザワ!」ですからね。
集団心理的なものかわかりませんが、実際、地元局の取材受けている人も、やはり「小沢」といってましたね。
菅総理の演説中も、自民党批判のくだりで「お前(菅)のせいだ」とか、野次怒号ですからね。
投票比重が重く統一地方選を控えた地方議員、さらに比重の重い国会議員は、世論を読み間違えないほうが懸命ですね。 -
「阿修羅」に載っていた、ある本の紹介である。こうした事件から、思うことは二つ。
まず、一つめの事例では、「人間の皮をかぶったケダモノ」がこの世にはたくさんいる、ということ。もちろん、子供を虐待死させた義理の父親のことである。人間の3パーセントは、生まれつきの殺人者である、というのが私の持論の一つだが、こうした人間は死刑にするしか社会を守る方法はないだろう。
もう一つの事例では、政府の無為無策のために、死ななくてもいい人間が毎日死んでいる、ということだ。前の事例は人間個人の資質の問題だが、後の事例は政府が少し国民への思いやりをもてば、すぐにでも解決できる問題なのである。真面目に働いても食っていけないという人間がこの社会にはたくさんいる。それが毎年の自殺者3万人という数字に如実に表れている。実際には統計にカウントされない人数が、その倍はいると私は思っている。そして、それらの大半は、本当は経済的問題からの自殺だと私は推測しているのである。
こうした問題を他人事だと国民が考えている限りは、この国がよくなることはけっしてないだろう。
(以下引用)
不安のない生活が保証される国になる為に、必要なことはなんだろうか 『監察医の涙』上野正彦 ポプラ社 国民の生活第一とは?
http://www.asyura2.com/10/senkyo93/msg/740.html
投稿者 行雲流水 日時 2010 年 9 月 02 日 23:14:12: CcbUdNyBAG7Z2
「監察医の涙」
2010年6月12日 第1刷発行(現在第5刷)
■ 虐待
今回の検死は小学校低学年くらいのまだあどけない男の子だった。子どもの検死はどの監察医も嫌がる。やはり幼い子どもの死体を見るのはいくら仕事とはいえ辛いからだ。
東京都二十三区内に変死が発生すると、まず警察に届けが行く。警察ではその事件の内容を把握したうえ、われわれがいる監察医務院に検死の依頼がくる。監察医と補佐と運転手が日ごとにチームを組み、刑事や立会官などと共に死体のある現場へ急ぐ。そうして検死が始まる。
死因が検死だけで分からない場合は、遺体を監察医務院に送り、解剖当番の監察医が解剖する。検死と解剖は交代制で行う。
警察から、検死する遺体は「六歳の男子」などという情報が入ると、現場に向かう足取りが重くなるのは事実である。
男の子の死体と対面した時、まずその男の子があまりにもやせ衰えていることに驚いた。真一文字に口を結んでいる。その表情を見て、どのように死んでいったかきちんと真相を解明するからな、という気持ちになった。
私は検死を始める時、いつも必ず両手を合わせ、遺体に黙とうをしている。まず彼に向かって、気持ちを込めて祈った。
明らかに幼児虐待であった。体のあちこちに症と傷があった。タバコの火を押し付けられたような火傷の痕もいくつもあった。古い傷もいくつかあったから、かなり長い間虐待を受けていたことが分かる。
この男の子は母親が十七歳の時の子どもで、生まれたばかりの時は子どもと二人で生活していたが、最近になって母親に年上の恋人ができたらしい。母子はその男と一緒に暮らし始めた。その頃から母親の様子が変わった。
近所の人と会って挨拶をしても彼女は目を合わさず、うつむくようにして去っていくことが多くなった。いつも手をつないで出かけ、人当たりのいい母親で、近所でも評判の仲のよい母子であったのに、その男と同棲し始めるようになってから母子で出かける姿は見られなくなった。
そのかわり、男が声を荒げて叱る声がしょっちゅう聞こえるようになった。「ふざけるな」という声や、「ごめんなさい」という子どもの泣き声、「やめて」という声、ドスンという大きな音も近隣の住民が聞いている。ベランダに出され「お母さん、お母さん、入れてよ」と言って、窓ガラスを叩きながら泣いている男の子も目撃されている。
元気な人懐っこい子どもだったが、通っていた小学校でも口数が少なくなり、一人でいることが多くなった。
ある時、近所の中年男性が、ポッンと道端に座っている男の子を見つけた。声をかけようと男の子を見ると、頬がはれで傷付いているのに気付いた。
「その傷どうしたの。誰かにいじめられていない?」と尋ねると、「僕が悪いことをしたからお父さんに叩かれたの。でも僕が悪いことしたからなんだよ。お父さんもお母さんも悪くないよ」と笑顔で答えたという。
実の父親を知らない男の子にとって、彼が初めでの父親だった。叱られ、叩かれ、厳しく冷たい父親を、気丈にもかばったのだ。
しかし、男の子への虐待は繰り返されていた。
数日後、彼は脳に強い衝撃を受けて起こる急性硬膜下血腫で亡くなった。
「ご飯を残した」という理由で正座をさせられ、父親に頬を殴られていた。それも何十発も、一時間以上にわたって行われたという。お腹を蹴られたりもしていた。それが日常茶飯事に行われていた。
それを母親は怯えるような目で見ているだけだった。
逮捕された父親は、しつけの一環だと言って悪びれる様子すらなかった。
もしかすると母親も男から暴力を受けていたのかもしれない。それは分からない。何の罪もない子どもに暴力を振るうことは言語道断だが、それを止めずにそのままにして死なせた彼女も同罪である。
最近、児童虐待の疑いがあっても、学校や行政は踏み込んだ対応をせず、その結果子どもたちのSOSのサインを見逃すことが多い。
親から暴力を受けている疑いがあるという近所の人の通報を受け、行政がその家庭を訪れる。しかし、父親から「そんなことはやっていない、この傷はしつけのためにやっただけだ。もう二度としない」と言われると、「はいそうですか」とそれを鵜呑みにし、それ以上追及することをしない。
学校も行政も毅然とした対応で、もっと踏み込んで追及しなければならないと思うのだが、行政上は難しい問題なのであろう。
いかなる虐待を受けても、子にとって頼れるのは親しかいない。どれほど痛かったか。辛かったか。耐えるしかないそのような子を見ると、涙をぬぐわずにはいられない。
もう子どもの検死はしたくない。深々と黙とうする以外になすすべのない自分を情けなく思うのである。059
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■ 刑事の涙
忘れられない事例がある。
現場のある木造アパートの一室に行くと、小学六年生くらいの男の子と、小学二年生くらいの女の子の兄妹が母親の死体の前で呆然と立っていた。女の子の髪はきれいに切りそろえられてはいたものの、真冬の寒い時期だったにもかかわらず、薄いTシャツを着ていた。男の子はというと、シワシワのシャツに、つぎの当てられたズボンをはいていた。
数年前に父親が事故で亡くなり、その後母親が女手ひとつで幼い二人の子どもたちを育ててきた。その母親が子どもたちの前で突然死した事例であった。
死亡した母親は、何年も着ているのだろう、毛玉がたくさんつき、ところどころ虫にくわれた跡のあるニットを着て、ロングスカートをはいていたが、検死をしなくでも体の細さが見てとれた。
部屋はがらんとして物がほとんどなく、全体的に薄暗く、生活苦が見てとれた。あるのはちょうど三人座れるほどの卓袱台と、たたまれた一組の布団くらいだった。この布団で三人が寝でいたのだろうか。
流しには、洗いかけの食器が三つ残っている。よく見ると、その食器にはいくつも欠けたあとがあった。
そんな殺風景な部屋の片隅に、黒と赤のランドセルが置いてあるのが目に入った。
母親が子どものために苦労して働いたお金で買ったのであろう。自分が痩せ細ってしまうくらい楽ではない生活の中でも、子どもたちには新しいランドセルを何とか買ってあげたいという親心に胸が打たれた。
何もない部屋の中で黒と赤のランドセルが、やたら目立った。
二人は、横たわる母親の死体の前に立っていた。兄である男の子が妹の手をぎゅっと握りしめていた。
そして状況を呑み込めず「おかあさんはどうしたの? 病気? 何で寝ているの?」と泣きそうな顔で心配そうに尋ねる妹に対し、「大丈夫だから。大丈夫だから、心配しなくていいよ」と兄である男の子が繰り返し答えている。
「おかあさんが変」という男の子からの知らせを受けた隣人が通報したらしい。男の子は、涙を見せず、母親が亡くなった様子を淡々と刑事に話している。女の子は動かなくなった母をどうとらえているのだろうか。口をつぐんで兄の傍らに佇み、集まってきた私たちを不安そうに見ている。
この家族には親戚がない。残された二人の子には、まったく身寄りがなかった。母親が死んで、正真正銘この二人だけになってしまった。
男の子は泣いてこそいなかったが、どうしていいのか分からないという困った表情をしていた。お母さんがいなくなって、本当にこれからどうやって生きていけばいいのだろう。不安でいっぱいのはずなのに、妹のことを気遣う兄の姿に胸が締め付けられる思いだった。
男の子に話を聞いていた刑事が、話の途中で「ちょっと」と言って、突然その場から離れた。
刑事が泣いている。
「あまりにかわいそうで。うちにも同じくらいの子どもがいまして」と目を真っ赤にしているのである。普段感情を表に出さない刑事でも、残された兄妹と自分の子どもの姿を重ねてしまい、こみあげてくるものがあったのであろう。
刑事の涙を見たのは、この時が最初で最後であった。
検死の結果、母親は病死と分かった。懸命に働きすぎた過労死のようなものだった。男の子から聞いた話では、どうやらいくつかの仕事をかけもちして朝から夜中まで休みなく働きに出ていたらしい。時には明け方に帰ってくることもあったという。
男の子はいつも母親が帰ってくる音に聞き耳を立てていた。そして、ドアのガチャという音がして初めて深い眠りにつけるのだった。
「警察の人もいるし、区役所の人もいるから大丈夫だよ、何も心配することはない」と男の子に伝えた。何をどうしていいか分からず呆然としている幼い子どもに、「検死が終わったよ。これが診断書です」と従来通りのやり方で診断書を渡して帰るなんてことはできない。
区の民生委員を呼び、この子たちが安心して今後も暮らしていけるように面倒を見てほしい、どうか頼みますよ、とお願いして次の現場へ移動した。
あの時からもう四十年以上経つ。
今でもふと、その兄妹はどうしているかと思い出す時がある。兄妹のおぼろげな姿と同時に、黒と赤の二つのランドセルが鮮やかによみがえってくる。
民生委員と刑事に連れられ、日暮れの中を手をつなぎ、とぼとぼ歩く兄妹の後ろ姿が忘れられない。悲しい運命に遭った幼い子どもたちが、無事に成長し、どうか幸せに暮らしでいてほしいと願うばかりである。
不安のない生活が保証される国になるために、必要なことは何だろうか。023
上野正彦 うえのまさひこ
1929年、茨城県生まれ。医学博士。元東京都監察医務院院長。
54年、東邦医科大学卒業後、日本大学医学部法医学教室に入る。
59年、東京都監察医務院監察医となり、84年に同院長に就任。89年の退官後は法医学評論家として執筆、テレビ出演など幅広く活躍。厚生省医道審議会委員(死体解剖資格審議部会)、杏林大学医学部客員教授、日本被害者学会理事なども務める。代表作『死体は語る』は65万部を超える大ベストセラー。
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