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今後の日本の最大の問題は労働問題である、というのが前々から私が言っていることだが、それは労働力シフトで解決できるはずだ、というのが私の基本的な考えである。つまり、ある種の産業は極端な人手不足に悩んでいるのに、その一方では働こうにも働き口が無い人間が無数にいるわけだ。その原因も明瞭で、人手不足に悩む産業が「貧困産業」だからである。これまで述べた「福祉・教育」、それに、今回述べる「医療」とその次に述べる予定の「第一次産業」がそれだ。
これらは生活に密着し、生活を支える重要産業でありながら、経済的には恵まれないという不思議な状況にある。この状況をいかに改善するかに、国民全員の知恵を集めねばならないのだが、残念なことに政治家も官僚も評論家もこのことに言及しない。つまり、彼らは「金になるところには興味を持つが、金にならないことには興味がない」という連中なのである。だから、自動車産業や電機産業のためには「エコ減税」などといって庶民とはほとんど無関係の優遇措置を取るが、貧困産業の改善のためには何一つやらないのである。
さて、医療は最先端の技術が使われる一方で、その現場は看護師による肉体労働中心の労働力集約型の産業である。であるから、常に多くの人手を必要としている。だが、医師不足・看護師不足が医療崩壊とも言われる現状を招いているのは周知のとおりである。なぜそういう状態になるのか、次の記載分で考えてみたい。PR -
「阿修羅」記事より転載。ビジネスマン的に見た管総理分析。主な内容は、管総理はどのようにして官僚に洗脳(調教)されたか、という分析と、参議院選挙の敗戦の弁における「謝罪の仕方」のミスについての分析。特に後者は、社会人として知るべき「謝罪」マニュアルとして面白い。ビジネスマンというものには、なかなか鋭い分析力を持っている人がいるようだ。それも道理であり、政治家や評論家は口先だけで世の中を渡っているのに対し、ビジネスマンは一挙手一投足が、あるいは言ったことややったことの結果が即座に他者による批判と評価を受けるのだから。
*今、読み直して、「菅総理」をずっと「管総理」と書いていたことに気付いた。目が悪いので、草冠と竹冠の区別がつかなかったというより、「あの程度の人間の名前などどうでもいい」という無意識のなせる業だろう。であるから、以前の記述分の訂正はしないことにする。まあ、中身がからっぽだという点では「草」よりは「竹」のほうが似合ってはいるし。
(以下引用)
★阿修羅♪ > 経世済民69 > 202.html
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高いプライドに能力が釣り合っていない上司の調教の仕方の見本 ビジネスパーソンの反面教師としての菅直人氏
http://www.asyura2.com/10/hasan69/msg/202.html
投稿者 クールヘッド、コールドハート 日時 2010 年 7 月 14 日 12:36:42: KEZEGJWQ/MaE2
DOAMOND online
山崎元のマルチスコープ
【第138回】 2010年7月14日
ビジネスパーソンの反面教師としての菅直人氏
http://diamond.jp/articles/-/8745
以前から注目の人だった、菅直人氏
昨年の民主党政権成立以来、本欄では、菅直人氏に何度も注目してきた。理由は3つある。
1つには、新政権の本来だったらキーマンになるべき国家戦略担当大臣のポストを彼が担っていたことだ。
もう1つには、民主党政権の経済政策を見る上で、その後に財務大臣、さらには首相にもなった菅氏の発言が興味深かったことが挙げられる。財務大臣に就任早々為替相場に言及したり、民間人からも提案されたデフレ対策に対して分かっているのかいないのか、外からは不明な興味深い態度を取っていた時期もコラム的には取り上げ甲斐があったし、首相就任後の「増税しても、成長する」という経済理論も独特で面白かった。もっとも、この独特の「菅理論」(「小野理論」と呼ぶ人もいる)は、今回、参院選で民主党が大敗を喫した事で注目度が下がるに違いない。
そして3番目に、何と言っても、官僚組織に取り込まれて、以前の自民党政権と区別が付かない状況に陥ってしまった民主党政権を最も端的に象徴する「変節の人」として、菅直人氏が分かりやすかったことが大きい。
特に消費税に関連する洗脳のされ加減は凄まじかった。財務大臣就任後を見るとしても、消費税増税は逆立ちしても鼻血も出ないくらい財政支出のムダを削減してからだという勇ましさから、消費税の議論は前倒しでいい、に早々に態度が変わり、ついには、政権運営と自らの政治生命を掛けた一大勝負であったはずの今回の参院選を「自民党案を参考に」しつつ、民主党内の議論を省略してまで消費税率の引き上げを争点にして戦ったのだから、財務省の官僚さん達も上手く行きすぎて驚いたのではないだろうか。
かつて民主党の総選挙時のマニフェストを評価した有権者から見ると菅氏は変節したということになるが、菅氏ご自身は、おそらく早晩行き詰まるであろう鳩山首相に取って代わるポジションに2着付けしながら、大名マークで上手く立ち回っていると思っていたのではないだろうか。
申し訳ないが、筆者は、菅直人氏の人物を語るに際してどうしても低評価に傾くのは、新政権発足直後の重要なときに、鳩山首相を助けるというよりは、彼の失敗を待っていたように見えたからだ。こういう人物に好感を抱く人は少ないのではないか。
上手く世渡りできていると思うときにこそ、他人から見た、反感が高まり、評価が低下することは、ビジネスの世界でもよくある話だ。
「消費税10%」を掲げたのは民主党だけでなく自民党も一緒だったが、菅氏をトップに押し立てた民主党の側は、前回マニフェストとの乖離の問題が整理されていない分だけ不利だった。
掲げた約束の内容は同じでも、国民は民主党の側に「嘘つき」を感じたのであり、この点は、選挙期間中に菅氏を批判した小沢一郎前幹事長の側に100%の正論があった。
従って、菅氏が「自民党と合わせると、消費税率の引き上げは民意の賛成を得ている」と信じ込むと(官僚は、隙あらばそう思い込ませようとするだろうが)、確実に失敗するだろう。菅氏は特に新聞を通じてそう思い込まされないように気をつけるべきだ。
菅氏に、敢えてアドバイスするなら、消費税率の問題を白紙撤回して、財政支出のムダ削減とデフレ対策を先行させると宣言して出直すべきだろう。
菅氏の洗脳はいかにして可能だったのか?
菅氏のような大物政治家であり形の上では組織のトップでもある人物のものの考え方を短期間に根源から変えることが、どのように可能だったのかは、それ自体が興味深い問題だ。
できれば詳細を知りたいところだが、筆者は、菅氏が仕事をする上で官僚に頼った際に、レクチャーを受けながらインプットを受けたと想像する。
特に、ネット界隈ではYouTubeに動画がアップされていて頻繁に言及される有名な事態だが、自民党の林芳正衆議院議員による「乗数効果」に関する質問に答えられずに恥をかいたことは、プライドが高いといわれる菅氏には堪えただろう。また、英語が不得意といわれる菅氏がG7などの国際会合に出た際に官僚に大きく依存しつつ、洗脳を受け入れる精神的な態度が出来たのではないかと想像する。
連日の国会答弁に国際会議と続く大臣のスケジュールは、芸能人でいうと殆ど準備無しにぶっつけでクイズバラエティー番組に出続けているようなものだから、「付き人」や「スタッフ」さらには「台本」に対する依存が大きくならざるを得ない。加えて、消費税率引き上げに関しては前向きな話をする度に新聞の社説などでも褒めらるので、菅氏は消費税問題について、すっかりその気になってしまったのではないだろうか。
林議員の質問も、大新聞の社説も、全てを財務官僚がお膳立てした「仕込み」だとまでは言うまいが、国会の質問について官僚はある程度事前に知っているはずだし、財務省の官僚と林議員が情報交換して菅氏の経済知識に関して「感触」を共有していた可能性もある。もちろん、大新聞の特に社説レベルの書き手は、官僚からの情報提供とレクチャーで多くの記事を書いてきたのだから、財政再建に前向きな大臣を上手に褒めてみせるくらいのサービスは頼まなくても自然に出来る範囲だろう。
筆者の想像に近い事態だったとすると、主に財務省のだと思うが、官僚は、アメとムチのパターン化された使い方を菅氏に適用しただけだ。「洗脳」などと大げさに言うよりは、「調教」とでも言っておく方が現実に近いかも知れない。
こうしたテクニックは、ビジネスパーソンが「社長」や「上司」を操る際にも使える。基本型は、上司が恥をかくかも知れない恐怖と共に上司自身の能力を思い知らせつつ、ぎりぎりで体面を保てるように救ってやりながら、好都合な知識をインプットし、折に触れて上司が褒められて自信を持つようにして、この知識の刷り込みを強化する、というパターンだ。上手く行くと、知識の刷り込みと共に、上司からの依存も手に入る。
菅氏のように、高いプライドに能力が釣り合っていない上司には特に効果的だ。
敗戦の弁も失敗だった
開票結果が明らかになるのと共に、メディアは首相であると同時に民主党代表である菅氏の反応を見たがったが、菅氏はこれになかなか応えなかった。
選挙の敗北を受けた与党党首のスピーチと質疑応答は、何よりも国民にメッセージを伝える重要な機会だし、組織のトップが組織のダメージコントロールに関わることが出来る有力な機会でもある。大きな失点が生じるかも知れない怖い時間でもあるが、この時間は、メディアと国民を引きつけて自分のメッセージを伝えることができるのだから、大きなチャンスでもある。ゲームでいうと、勝負所での「手番」なのだ。
午後11時30分から会見を開く予定が1時間以上遅れて、菅首相の記者会見は、翌日の0時半過ぎから行われた。この間、選挙を報じるテレビ番組の側では時間が読めない中でイライラしながら、民主党劣勢の選挙状況を繰り返し伝えるのと同時に、局によっては、菅氏の対応への批判をたっぷり付け加える展開となった。
待たされることで国民・視聴者の側もイライラを募らせるし、「これだけ待たせたのだから、納得の行く説明を聞かせてくれ」とばかりに、敗戦の弁に対する評価のハードルを上げることになった筈だ。この余計な1時間のイメージ的損失は、大企業なら何十億円、何百億円といった単位で評価されるような「ネガティブ広告」であったのではないか。
民主党には、あるいは、少なくとも菅さんの周囲には、メディア対策の専門家がいないのだろう。そうだとすれば、現代の政党としては、余りにお粗末だ。
ちなみに、筆者は、この1時間の間、菅氏は床屋を呼んで頭でも丸めているのかと想像したり、あるいは、菅氏が首相辞任の弁を述べるつもりなのか(即ち、政変か?!)と想像したり、かなりの妄想が頭の中を駆け巡った。
会見に臨んだ菅氏の態度と声は落ち着いたものだった。これは良いとしよう。たぶん、あの1時間は、菅氏が会見に向けて自信を回復する時間だったのだろう。
しかし、菅氏の会見は2つの点で失敗だったと思う。
1つは、敗戦の理由として述べた消費税問題の説明が不適当だったことだ。菅氏は、提示の仕方が「唐突」だったことと、「もっと丁寧に説明すべきだった」ということを反省点としてあげたが、これでは、自分が正しくて、国民の側の理解が不足だった、と言っているように聞こえる。
筆者の解釈では、国民は、官僚に迎合的で財政支出の削減を殆ど行わず、また「4年間は消費税率を上げない」と明記した前回総選挙のマニフェストの文言との関係をきっちり説明せずに「(消費税の引き上げには)早くても2,3年掛かる」(=2年なら、公約違反ではないか!)などと述べた菅首相の、「手順の拙さ」と「不誠実」に怒っているのであって、細かな説明をじっくり聞きたいと思っているわけではない。もちろん、経済政策として今増税を語り予約しようとすることがいいかという視点からの異議を持つ経済通や企業人もいるだろうが、経済政策論以前に、怒りの感情があることを見落としてはいけない。
「手順」と「態度」に怒っているものを、言外に国民側の理解不足とでも言いたげな説明不足に話をすり替えられるのでは、菅氏の小さなプライドは傷つかずに済んだかも知れないが、国民は納得しない。
謝罪のコツは「サプライズ」
敗戦会見に臨む菅氏の立場は、企業人に喩えると、製品にトラブルがあって消費者からクレームを受けたような状況だ。この際に重要なのは、顧客(菅氏にとっては「国民」)が怒るのはもっともだ、大変申し訳ないことであったと、相手のことを慮った態度が明確になるように振る舞うことと、「不誠実」や「嘘」といった致命的な理由ではない納得的な理由に顧客の理解をリードすることだ。
菅氏の立場であれば、政権奪取後の民主党政権の仕事ぶりを相当強く批判しても大丈夫だった筈だし(菅氏は大半の期間、副総理ではあったが、最高責任者ではなかった)、もっと悔しそうに自分の失敗を悔いて「バカだった」「浅はかだった」等々の自己批判を繰り出して、大いに頭を下げるべきではなかったか。
謝罪の要諦は、相手の期待値を上回る大きさで敗北を認めることだ。相手の期待値が膨らむ時間を与えずに早く対処することと、致命的でない場所で「意外な」反省や潔さを示すのがコツだ。「説明不足はお詫びしますが、私は間違っていません」という顔をする人物は、顧客から見て可愛くない。自分が痛くないところばかりを詫びても、顧客の心には響かない。顧客から見て痛そうなところで「負けて」見せなければならない。
菅氏は、おそらく選挙の敗北の弁を、企業の謝罪会見のようなものだとは捉えていないのだろう。しかし、有権者の投票行動でのNOは、製品の不買(運動)と同じだから、解決策は似たものになるはずなのだ。
ついでに言えば、あの会見で「猛省」を見せて、消費税問題をいったん白紙に戻して、民主党は総選挙マニフェストの原点に帰る、と宣言すれば、これを切っ掛けに政策の軌道修正が出来ただろうし、政局だけでなく政策にメディアと世間の注意を惹きつけることが出来たはずだ。消費税率の問題を白紙撤回して、財政支出のムダ削減とデフレ対策を先行させると宣言して出直すのだ。
世間の注意を政策に引き取らなければ、世間の注意はいつまでも「責任論はどうなっているのだ」というサディスティックな興味に留まり続けるだろう。こうなると、サッカーのワールドカップが終わったことさえも菅氏に不利に働く。
考えようによっては、今回の参院選敗北は、菅氏にとって、これまでの路線を変更し、豹変するチャンスでもある。「官僚を上手く利用して、首相になった。だが、これからは官僚の言いなりにはならない」とでも自分に言い聞かせて豹変するなら、菅氏のプライドも満足できるのではないか。
しかし、もともとの問題が、政策遂行における能力不足なのだから、「政治勘」だけ的確に発揮せよというのは、今の菅氏に対して無理な注文というべきだろう。 -
管総理、枝野幹事長の人間性を批判した平野貞夫の論説に対するコメントより。(「阿修羅」記事)
ディベートに熟達することが逆に人間性を劣化させるという実例が菅・枝野の両人だろう。下記の引用の「ディベートの問題点」は、なかなか秀逸な文章である。ついでながら、西欧人種、あるいはアングロサクソン民族はまさしくディベート型人間の典型であると私は思っている。
(以下引用)
平野さんの分析は核心を突いているのではないか。
この2人の人間的なスケールの小ささを印象づけた形だが、
恐らくディベートとディスカスの使い分けが出来ないのでしょう。
参考までに<ディベートの問題点>
【倫理的問題点】
(1)
議論の目的が命題の検証ではなく,議論に勝つことである。たとえ,自分の意見が間違っていて相手が正しいと思えた場合でも,相手からの指摘が的をいていたとしても,それに納得して 自分の意見や立場を変えることが認めらない。
(2)
討論の基本である自己修正の態度をすべて退けられる。
(3)
自分の間違いが発覚しても平気で嘘を突き通すことを強要される。
(4)
どんなに相手の意見が核心を突いていても反論し続けなければならないので,論点をそらしたり揚げ足取りの話術に終始しがちになる 。
【教育的問題点】
(5)
肯定側と否定側が,互いの価値観の折り合いをつけられる部分を模索する余地がない。双方が歩み寄れる譲歩点を見出だすような行動様式が身につかない。
(6)
とにかく自分の意見が,相手の意見より正しい(強い)と認めさせるために,非難,攻撃をいとわない行動様式を身につけてしまう。
(7)
自分たちに不利な情報は矮小化し,有利な情報は誇張して宣伝するような行動様式を身につけてしまう。
(8)
物事には肯定か否定かのどちらかの立場しかないかのような考え方を身につけてしまう。
(9)
どんなテーマでも,弁舌のうまさ一つで肯定することも否定することも自由にできてしまうかのような考え方を身につけてしまう。
(10)
本人の意志を尊重せずに肯定側や否定側を強制的に演じさせることは人格の軽視であり,あれかこれかを選ばせる「思想の商品化」につながるという指摘もあります。憲法の否定する「苦役」だという人もいます。どうして自分の主張でないことを言わなければいけないのでしょう。 -
現在の日本を概念として捉えるのに「植民地」「属国」などの表現があるが、もう一つ「奴隷国家」という名称を提起したい。これは丸山真男の言う「現実の一次元的把握」から脱出するための一つの手段だ。
つまり、〈我々は二重三重の意味で奴隷である〉、という「もう一つの現実」を直視することによって、その状態から抜け出すことを意識的に模索するようになるだろうということである。
我々はいかなる意味で奴隷か。
① 日本がアメリカの奴隷であるという意味で奴隷である。
② 我々はマスコミと公教育によって頭脳が支配されているという意味で奴隷である。あるいは、奴隷であるという境遇に満足している点で精神的に奴隷である。
③ 世界の一般大衆は経済的に国際金融家の奴隷である。
④ 一般国民は官僚によって支配されているという意味で奴隷である。
⑤ 多くの会社員は生活のために会社に奴隷的奉仕を義務づけられているという意味で企業の奴隷である。(ただし、すべての会社がそうだというのではない。)
もちろん、奴隷であることはある意味では楽であるから、現状の変革を望まない人々を批判はできない。だが、まずは自分が奴隷であるという現実を直視することからすべては始まるのである。 -
大昔にも「民主党」という政党があって、社会党右派が社会党から分離して作った政党だったという記憶があるが、その政策は「自民党よりも右」と言われたりしていた。
現在の民主党も、その創立時から、自民党出身政治家が多く、「自民党別動隊」にすぎないのではないかと私・徽宗皇帝は思っていたのだが、国民新党や社民党との連立を組んだあたりから、民主党を評価するようになってきた。それは、今思えば「鳩山・小沢体制」への評価だったわけだ。したがって、鳩山総理を私は今でも高く評価している。しかし、米国政府がノーと言えば、それに逆らえる政治家は、(亀井静香を除いて)今の日本にはいない。鳩山や小沢も、CIAによる暗殺の可能性を考えれば、あれ以上の戦いは不可能だったのだろう。
つまるところ、問題は表の政治ではなく、闇の世界支配層との戦いなのである。それはもちろん、マスコミと官僚を操る勢力といかにして戦えるのかという問題だ。無力な庶民が戦う手段は、ただ、「敵の真の姿」を、日々の言論活動を通じて世界全体に認知させていくことしかないだろう。そのための手段として、現在はインターネットというものがある。
確かに今回の参議院選の結果を見れば、インターネット利用者の一般的意見はマスコミによるB層洗脳の前に敗れたことになる。だが、戦いはこれからだと考えよう。支配層による理不尽なプロパガンダは、それ自体に言論としての非合理性という弱点があるのだから。 -
閉塞状況に陥りかかっている日本の現実を変えていくために、まず日本的現実主義の正体を把握することが有効だろう。これは今回の参議院選で自民党に投票した「現実主義者」たちに読んでもらいたい。なお、これは保守系の政治学者山口二郎の文章の一部だが、大事なのは、その内容が日本の戦後民主主義の旗手であり、右翼の敵として攻撃され続けた丸山真男による分析であるという点だ。私は丸山真男を高く評価している。以下の文章を読めば、日本的現実主義こそが日本を米国の属国とすることを助けてきたエートス(社会の気風)であることが分かる。引用された文章は、要点を明確にするために、私・徽宗皇帝が行分けを行った。
(以下引用)
日本的現実主義について、丸山真男は「「現実」主義の陥穽」という論文の中で、
所与の現実を不動の前提と考える、
現実を一次元的なものと考える、
支配権力の考える現実を現実とみなす
という三つの特徴を挙げている。
力の強い者が押しつける現実を有り難がり、それに不都合があっても一切変革の努力を放棄するのが日本の現実主義であった。 -
雁屋哲氏のブログより。一部の人間にとっては常識だが、マスコミにはほとんど載らないため、日本人の大半は知らない事実を書いてある。昭和天皇の戦争責任問題と、沖縄米軍基地への天皇関与を示す事実である。さらには、太平洋戦争開戦のすぐ後に、米政府が日本占領支配計画を立てていたこと。これは、太平洋戦争(日米戦争)がアメリカの意思で始められたという「陰謀論」の傍証としても考えられるだろう。もちろん、「陰謀論」とは、支配者にとって都合の悪い論説を圧殺するための常套手段的レッテルである。
(以下引用)
前置きが長くなってしまった。
鳩山首相の辞任の話をしたかったのだ。
私は、鳩山由紀夫氏が辺野古の問題を解決しようとした事を、氏が選挙目当てに嘘を言ったものだ、とは考えない。
私は、鳩山由紀夫氏は善意の人だったと思う。
ただ、辺野古問題は、上に書いた、竹の子みたいな物だったのではないか。
氏は、掘ろうと思えば掘れると思った。
ところが、どっこい、地下の根は複雑に入り組んでいて、しかも強力で、魑魅魍魎も跋扈していて、とても掘れない。
私たちの場合は、悪戦苦闘の末に、竹の子を掘り出すことは出来たが、氏は出来なかった。長濱義和さんの使ったような、兇悪な竹の根も断ちきることの出来る刃の長いクワを鳩山由紀夫氏は持っていなかった。
氏を妨げた物は、端的に言えば、アメリカが日本の社会に張り巡らした醜悪な竹の根である。
アメリカは日本中に根を張っていて、日本人がちょっと形の良い竹の子を掘ろうとすると邪魔をする。
ときには、掘ろうとした人間の社会的生命を葬ってしまう。
今回も、鳩山由紀夫氏はアメリカの張り巡らした節だらけの根に掴まって負けた。
氏は、次の総選挙にも出馬しないという。実質的に政治家生命は絶たれてしまった。
アメリカに逆らうとこうなる、と言うことが分かって、今度首相になった菅直人氏は勿論、これから誰が総理大臣になっても、沖縄に限らず日本の在日米軍基地に対して文句を言うことはないだろう。
話を続ける前に、今までに書いたことの中で、事実関係をきちんと示していない部分があったので、そこを補足する。
まず5月4日に書いた昭和天皇と沖縄の問題である。
敗戦後、昭和天皇の御用掛を勤めた寺崎英成という人物がいる。
その寺崎英成の残した「昭和天皇独白録」が1990年に発見され、それを文藝春秋社が発表し、当時大きな反響を巻き起こした。
「昭和天皇独白録」については、さまざまな研究書が出ている。
結果として、「昭和天皇独白録」は昭和天皇による自己弁護の書である。
当時の連合軍司令官マッカーサーは、天皇を日本支配の道具として使いたいと考えていた。
じつはこれは、マッカーサー個人の考えではない。
加藤哲郎・一橋大学教授が米国国立公文書館で発見した機密文書「Japan Plan」という物がある。
下記のページに、教授の詳しい記述が記載されているのでお読み頂きたい。
http://homepage3.nifty.com/katote/JapanPlan.html
これは、1942年6月3日の日付で作られた物である。
この中で、アメリカは既に戦後日本をどう取り扱うか構想を立てていた。
その構想とは、戦後、「天皇を平和の象徴として利用する」という戦略だった。
1942年6月と言えば、真珠湾攻撃からまだ半年しか経っていない。
その時期に、すでにアメリカは戦後の日本の取り扱いについての構想を立てていたのだ。
それも、思いこみによる構想ではない。日本を良く研究した上で、日本国民をどう取り扱えば占領政策が上手く行くか、論じているのである。
日本の指導者たちが、悠久の大義に生きるとか、皇道精神などと、現実離れしたことを譫言のようにいっている時に、アメリカは戦後の計画を冷静緻密冷徹に計画を立てていたのである。自分たちが勝つことを当然と考えている。
これだけ頭の程度に差があっては、戦争に勝てる訳がない。
当時の日本の指導者たちは、アメリカの指導者たちに比べると、正に精神年齢12歳の子供同然であったことが、この文書を読むと痛感させられて、実に悲しくなる。
アメリカは最初から天皇を傀儡として使うつもりだったから、「東京裁判」に引っ張り出されて有罪にされたら困る。昭和天皇に戦争責任がない形にする必要がある。
そこで、寺崎英成がアメリカ側の意を体して、同時に昭和天皇自身が欲した保身のための術として作り上げたのが「昭和天皇独白録」である。天皇が東京裁判に引き出されるのを防ぐのが目的の弁明書だから、一般の目に触れることはなかった。
その「昭和天皇独白録」は1991年に、文藝春秋社から、半藤一利氏の解説を付けて発売された。
同書には「寺崎英成・御用掛日記」も加えられた。これは、寺崎英成の残した1945年8月15日から、1948年2月15日までの日記である。
その1947年9月19日の記録に、次のような一文がある。
「シーボルトに会ふ 沖縄の話 元帥に今日話すべしと云ふ 余の意見を聞けり 平和条約にいれず 日米間の条約にすべし」
これだけでは何のことだか分からないが、1979年にアメリカの公文書館で発見された文書が、一体それがどう言うことだったのか示した。
この文書は沖縄公文書館がそのコピーを入手し、以下のホームページで公開しているので、一度見て頂きたい。
http://www.archives.pref.okinawa.jp/collection/2008/03/post-21.html
そのページを開くと、その文書の内容についての簡単な説明があり、最後にPDF画像(2頁)と書かれている。
そこをクリックすると、原文のコピーが出て来る。
これは、マッカーサーの政治顧問のSebaldが、1947年9月20日づけで当時の国務長官マーシャルに宛てた手紙で、寺崎英成が、マッカーサーに伝えた天皇の言葉を報告した物である。
寺崎が伝えた天皇の言葉は、大略すれば次の通りである。
1.天皇はアメリが、沖縄と琉球諸島の軍事的占領を続けることを望む。
2.天皇は、アメリカの沖縄(必要であれば他の島々も)の軍事的占領は、主権は日本のままで、25年から50年またはそれ以上の長期リースの形で行われるのが良いと言った。
3.寺崎氏は、アメリが沖縄とその他の島々を、軍事的基地として獲得する権利は、日本とアメリカ二国間の条約とするべきで、連合国との平和条約の一部とするべきでない、と言った。
(主語は寺崎氏となっているが、この文書の性格として天皇の言葉を伝える物だから、この言葉も天皇の物と考えるのが自然だろう)
このような一次資料を基にして、私は5月4日の日記の中で、沖縄をアメリカの基地にしたのは昭和天皇である、と書いたのだ。
無責任な憶測でも、噂話の又聞きで書いたのでもない。
事実が文書としてこうして残っていて、みんなが良く知っているのに、みんなが、言わないようにしている。
正しい事実を公に論じることをしない日本という国は、不思議な国なのだ。
天皇が、戦争犯罪に問われなかったのは、戦争は天皇が自分の意志で始めたのではなかったからだという理由による物ではなかったか。それを主張する物が「昭和天皇独白録」である。
戦争犯罪を問われそうになると、自分は立憲君主だから部下の言う事を認可してきただけで、主体的に戦争を指導したのではないと言った昭和天皇が、戦争が負けたら相手の国の元帥に、沖縄をずっと占領していてくれなど主体的に言う。
こう言うことが許されるのだから、日本は不思議な国だ。
米軍が沖縄を占領し続けることを天皇が主体的にアメリカに頼んでいるのである。
具合が悪いと、それは部下がしたことで自分は知らないと云い、自分の命に関わってくるところになると相手の元帥に自分の国を民ごと切り渡して与える。
しかも、他の国にはやらない、君だけにやるんだから、後はよろしく頼むよ、と言う。
先に挙げた「昭和天皇独白録」「寺崎英成御用掛日記」(文藝春秋社刊)の259ページに、秦郁彦教授が、マッカーサー記念館の「総司令官ファイル」の中から発掘した文書として、寺崎英成と思われる政府高官が伝えた天皇の言葉が記されている。
それによると
「(前略)日本人の国民性には美点も多いが欠陥もあるから、占領は長期間つづくほうが望ましいと、陛下は感じている」
昭和天皇自らが、アメリカの支配を望むと仰言られたのだ。
どうして、下々の人間が天皇陛下のお言葉に反することが出来ようか。
その陛下の有り難い大御心を奉じたてまつって、アメリカは日本占領をいまだに続け、以来ずっと日本はアメリカの奴隷であり続けているのである。
沖縄戦では、多くの沖縄の人間が犠牲になった。
犠牲になった人達は、皇国のため(すなわち、天皇のため)に戦いに追いやられて亡くなったのである。
昭和天皇はそのような、自分のために死んだ沖縄の人達に思いを寄せることなく、その土地をアメリカに献上した。
その昭和天皇の大御心の有り難さを噛みしめれば、辺野古の問題で反対したりするのは非国民なのである。
「うみゆかば、みづくかばね、やまゆかば、くさむすかばね
おおきみの へにこそしなめ かへりみはせじ」
この、歌の文句を骨の髄までしみこませて、天皇陛下の御稜威(みいつ)をかしこみ、かしこみ、有り難いと思ってこそ日本人なのだ。
昭和天皇が、沖縄はアメリカにやると仰言っているのだ。
我々、下民が、天皇のお言葉に逆らって、辺野古問題を云々するだけで、実に不敬の極み、それどころか大逆犯である。
我々日本人は、昭和天皇のお言葉を心に刻んで信条としなければならない。
従って、沖縄の米軍基地に反対する者は、昭和天皇のご意志に反する者であるから、万死に値するのである。
沖縄の基地問題は昭和天皇が作った、と言う私の言葉が、事実に基いた物であることを示したところで、この続きは次回にする。
余り長いのは、読む方も辛いという文句を貰ったからである。
次回は、自民党政府、日本の新聞、マスコミなどが、アメリカのために奉仕してきたことを、やはり、事実を元にして語りたい。
そこをきちんと踏まえないと、沖縄の問題を語っても意味がない。
どうして、新聞などのマスコミが、アメリカべったりで、鳩山由紀夫氏を首相の座から引きずり下ろしたのか、それは、1950年まで遡らないと分からないのだ。 -
既報のとおり、参議院選沖縄選挙区では自民党議員が勝った。民主党は候補者を立てず、不戦敗を選んだのだが、たとえ候補者を立てても、馬鹿菅が消費税増税を言い出した時点で敗北は確定だっただろう。無駄な選挙費用を使わないだけ賢明だったか。しかし、沖縄県民もどこまで馬鹿なのだろう。ここで自民党議員を当選させたのでは、「基地固定化賛成」「消費税増税賛成」を表明したようなものではないか。(島尻候補は消費税反対を打ち出しているが、それが口先だけであるのは明らかだ。党本部が消費税増税を叫んでいるのに、それに一議員が反対できるわけがない。)基地問題に限らず、自民党による日本破壊(小泉改革)を容認するような投票行動をするとは、沖縄の人間は馬鹿・白痴・阿呆・低能・非国民と言われても仕方があるまい。
参議院選挙全体での自民党の勝利で、次のシナリオは、民主党と自民党の連立政権ということになるか、あるいはその前に公明党・みんなの党との連立政権となるか。いずれにしても、比例区での議席がゼロの国民新党との連立は解消して、対米追従連立政権の誕生となりそうである。
つまり、日本の独立は夢と終わり、日本は永遠にアメリカの属国となるわけだが、しかし、アメリカの経済的崩壊が現実化したときに、日本もまた崩壊することになるだろう。もはや我々には皮肉な目でその最後を見守るしかないのだろうか。 -
「低気温のエクスタシー」より転載。
私も沖縄県民だが、下のコメント(ツイッター)の意見に対しては、そのとおりだとしか言えない。米軍基地の存在によって害を受けている全県民に対し、利益を得ているのはわずかな割合でしかないのに、「上が潤えば、下にもそのおこぼれがくるはずだ」という「トリクルダウン理論」を信じ込んで、自民候補に投票する連中の存在が情けない。(しかも、自民党は今や政権政党ですらないのに!)そうした乞食根性は、もちろん、過去の行政によって作られてきたものだが、ここで自民候補を勝たせるようなら、もはや沖縄の人間には誇りのかけらも無いというべきだろう。
(以下引用)
Seesaaブログ
- 1 2 3 4 5.. 次の1件>> 2010年07月09日
〔参院選沖縄選挙区〕社民推薦候補は依然として劣勢
沖縄タイムス
http://twitter.com/theokinawatimes/status/18077464923
島尻氏やや先行 山城氏追う 伊集・金城氏は苦戦
参院選沖縄選挙区終盤情勢
4割弱態度示さず
沖縄タイムス・朝日新聞調査
↓
http://www.okinawatimes.co.jp/article/2010-07-09_7906/
島尻氏は、米軍普天間飛行場の県外移設や消費税率の引き上げ反対を主張。自民や公明の支持層の大部分を固め、候補者擁立を見送った民主支持層からも4割の支持を集めている。「支持政党なし」あるいは「答えない・わからない」の無党派層の半数からの支持を得ている。20代と40代では6割を超える。
★完全失業率が7.9%である沖縄県民のホンネは「基地反対ではメシが食えない」「基地問題より、明日のメシが大事」。無党派層や女性票の取り込みに全力をあげてきた島尻陣営の作戦勝ち。
〔ツイッターより〕
ポリポラー
http://twitter.com/poliporar/status/17169308536
沖縄は悲惨な目に遭っていると考えるし、普天間の件に怒りを覚えるが、日米安保強化の対米追従の自民候補を選ぶようであれば、見捨てざるを得なくなるのでは
佐々木
http://twitter.com/pinool/status/17209505230
沖縄選挙区は自民党が優勢らしいが、県内移設反対の声は何だったの?鳩山さんに裏切られたと怒るまではまだ理解できるけど、県内移設以外の道のない政党を支持する理由がわからない。
反米嫌日戦線・死ぬのはやつらだ
http://twitter.com/yaturada/status/17169007695
自公を選ぶようじゃ、辺野古の怒りもまやかしが判明。
沖縄県民 孫子の代まで基地で苦しめ。自業自得のバカばかり爆笑! -
「日経ビジネスオンライン」の小田嶋隆の記事から、一部転載。
小田嶋隆は、当代の才能あるコラムニストの筆頭格であり、その見識の高さも優れている。残念ながら、私は「日経」という存在を信頼していないので、この記事の続きを読むための登録はしていないのだが、彼の記事を読むためだけでも、そのうち登録するかもしれない。
ここに転載する記事は、だいぶ前の記事だが、小田嶋隆の物事を把握する能力と表現力の好例である。
(以下引用)
小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 ~世間に転がる意味不明2008年12月24日(水)
「ハケン切り」の品格
「派遣切り」という言葉が、いつの間にやらメディア頻出単語のトップに登り詰めている。
奇妙な言葉だ。
朝から何回も聞いていると、なんだかもやもやした気持ちになる。
「派遣を切ることのどこがいけないんだ?」
と、当方にそういう気持ちがあるからだろうか。
そうかもしれない。このもやもやは、「使用済みのペーパータオルを捨てたことを女房になじられた時の気分」に似ていなくもない。
「だってお前、ペーパータオルってのは、捨てるための紙だぞ」
「乾かせば使えるでしょ」
「乾かして使うくらいならはじめから布のタオルを使うんじゃないのか?」
「屁理屈言わないの」
いや、私は、派遣労働者が解雇されることを喜んでいるわけではない。彼らをペーパータオル視しているのでもない。
ただ、切られることがあらかじめわかっている者が切られつつある現今の状況に、しらじらしくもびっくりしてみせているテレビの中の人たちの口吻に、偽善に似たものを感じているわけです。
そもそも原理的に言って「派遣社員」というのは、「切る」ための社員だ。企業の側からすれば、不況に直面した時にいち早く整理できるからこそ、派遣労働者を雇い入れていたはずなのだ。それゆえ、もし問題があるのだとしたら、それは、「派遣社員を切ること」よりも、「派遣社員という雇用形態を容認しているわれわれの社会」のシステムそのもののうちにある……はずなのだが、こういう時に正論を言ってもしかたがない。
実は、正論はみんなわかっている。
でも、どうしようもない。だから、「貸し剥がし」「雇い止め」「派遣切り」「内定切り」……と、新規に作成される不況関連用語には、常に情緒に流れた詠嘆の調子がつきまとうことになっている。みんな大変だね、手を貸してあげることはできないけど、同情してるよ、と。雨に濡れた野良犬に傘をさしかける感じ。でも、連れて帰るわけにはいかないんだ。ごめんよ……ぐらいな。
メディアの報道ぶりを見ていると、派遣社員を解雇した受け入れ先企業の冷血を責めるテの議論が目立つ。突然過ぎるじゃないか、と。
でも、本当のところ、現行法からすれば、雇用責任の過半は、派遣先企業にではなくて、派遣労働者として彼らを登録している派遣会社にあるはずだ。
なのに、派遣会社の責任を追及する論調はほとんど出て来ない。
不思議だ。
あるいは、「解雇より先に、なによりもまず役員報酬のカットが第一で、その次が従業員の給与の見直しであるべきだ。解雇という選択肢は最後の手段であるべきなんではないのか」式の、昔ながらの正論も、一向に主張されていない。
ただただ、「かわいそうですね」「身につまされますね」「がんばってほしいですね」という情緒的な画面を流すばかり。彼らはやる気があるんだろうか。
というよりも、そもそも、テレビ局は、派遣労働についてとやかく言える立場の職場ではない。
あの業界(私も「派遣ディレクター」として籍を置いていたことがある)は、正規の派遣ですらない偽装出向や二重派遣やピンハネアルバイト労働の温床であり、タダ同然で働く業界ワナビーのアシスタントディレクター(彼らの中には「マスコミ業界で働けるなら時給なんか無くても良い」と思っている子たちが常に一定数いて、このことがADの最低賃金を引き下げている)や、スタジオの机の下で寝起きしているサービス残業スタッフみたいな人たちに支えられている、どうにもならないタコ部屋だからだ。
でなくても、事実上の実働部隊であるところの制作会社の社員は、局社員の半分以下の給料で働いている。
それでも、その制作会社の仕事を差配している局の社員たちが額面通りに優秀な人々であるのなら、それはそれでかろうじて細いスジは通る話ではある。が、どっこい、そうはイカの禁断症状で、局社員は、優秀であるよりは、むしろ良血な人々であるに過ぎない。具体的に言うと、毎年、テレビ局に入社する社員(数十人に過ぎない)の中には、少なからぬ数の政治家の子弟やクライアントであるところの一部上場企業重役の子女が含まれているのだ。で、これに、同業マスコミの関係者(Mのもんたの息子とかT原S一朗の娘さんとか)や、ミスコン優勝者が加わって、そうやってあらかじめ採用枠が埋まっている。よって無コネの試験突破組による就職倍率は実質数千倍になる。
で、先頃、発表された「2008年全上場企業3733社年収ランキング」によれば、
《1位に輝いた朝日放送(大阪)は平均年収1556.7万円! 2位はTBS、3位はフジ・メディアHDと、ベスト3はテレビ局が独占。日本テレビ放送網も6位に入った。》(《》内、ZAKZAKより。リンクはこちら)てなことになっている。
おそろしいことである。
さて、労働者派遣法が改正されたのは小泉政権下の2004年のことだった。
肝要なのは、法改正の事実そのものではない。法改正に先だってどんな議論があったのかということだ……と思うのだが、私の記憶では、たいした議論はなかった気がするのだね。
一部に、低賃金労働の固定化や、派遣労働者の安易な解雇を危惧する議論があったのは事実だ。が、当時それらの意見はさして問題にされなかった。というのも、そのテのお話をする人たちは、あらゆる政策に対して常に危惧の念ばかりを表明している一派の人々で、一般人であるわれわれの多くは、いつも文句ばっかり言っている彼らの悲観的な語り口にうんざりしていたからだ。
で、今回、彼らの懸念はモロなカタチで現実になった。
突然の解雇という蟹工船以来の伝統的な筋立てで、だ。
さよう。われわれは、彼らの声に耳を傾けておくべきだったのかもしれない。
でも、多くの国民は、悲観論者の声をうるさがり、むしろ、もうひとつの声に耳を傾けていた。
もうひとつの声というのは、具体的にはこんな感じのお話だった。
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