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20世紀の歴史を見ると、ほとんどあらゆる巨大組織(特に政府や軍部)において「現場は優秀なのに上がバカ」であるように思える。どこからどう考えても無意味な戦争が平然と行われ、何千万もの人間が死んでいき、家屋が破壊され、庶民の財産は消失する。戦勝国がそれで得られたものは何なのか。ほんの一部の人間が肥え太っただけである。
してみると、ほとんどすべての国の首脳も政権の人間も軍人もみなキチガイかバカばかりであったとしか言えないのではないか。
目先の利益のために国家全体をほとんど滅亡させるようなギャンブルをする馬鹿たちが国家の最上位にいるのが歴史の常であり、国家元首というのは大半が馬鹿で、その取り巻きも馬鹿であるとしか思えない。まあ、事務的調整や辻褄合わせや大衆洗脳は官僚とマスコミがやるから上の人間の馬鹿さが目立たないだけである。
なお、私は組織上層部が馬鹿ばかりだとは思わない。馬鹿が出世する組織構造を利用する賢い悪党も当然いるわけである。ただ、馬鹿と悪党が戦ったら悪党が勝つとは限らない。最後は「家柄」や「血縁」や「トップの人間の好悪の感情」で決まることが多いと思う。つまり、卑しい出自の人間では、頭がいい悪党でも勝つとは限らないだろう。
善人が組織上位に行くのは難しいだろう。言うまでもなく、善人と悪人が戦えば、善人は「悪事ができない」(「倫理とは禁止の体系である」という名言がある。)のだから、「どのような行動でもできる」(勝利のために必要なら善行ですらできる)悪党に負けるに決まっている。胆力のある悪人というのは最強だろう。ただ、その人生が幸福だとは私はまったく思わない。悪事は常に破滅の契機を内包しているからだ。心やましいことなく、安らかに生きられるというのは、案外大きな幸福なのである。
国全体で言えば、悪人の勝利を防ぐのが「法による秩序」であり、身分や地位に関わらず、国民すべてが法の適用を正しく受ける国を「法治国家」と言う。当然、今の日本は法治国家ではない。
ついでに言えば、馬鹿が6人、賢(かしこ)が4人の会議で多数決を採れば、馬鹿の勝利である。民主主義は、国民の半数以上がまともな知能の国でないと機能しない。と言うか、不正義の温床になる。今の日本とかね。
(以下引用)
小田嶋隆
@tako_ashi
17時間
17時間前
その他
「現場は優秀なのに上がバカ」問題には
1.現場の兵隊としては優秀でも管理職としては無能な社員が多い
2.構造としてバカが出世する組織になっている
という二通りの見解があって、私の知っている幾人かのメディア業界人は、2の説を推しています。まあ、そう思ったから辞めのでしょうが。
小田嶋隆
@tako_ashi
17時間
17時間前
その他
まあ、NHKに限らず、メディア企業はどこであれ「現場は優秀なのに上がバカ」な感じで動いている。
たぶん、マスコミで働く人間は、現場から離れると能力を喪失するのが普通だということなのでしょうねPR -
メモとして転載。あるネパール人が東京地検の取り調べ中に拘置所(だと思う)で死亡したことに関する記事の一部である。そのネパール人は拘束具をつけられたまま室内に長時間放置された結果、拘束具を外された後、「クラッシュ症候群」とかいう症状を起こして死んだらしい。記事タイトルは忘れたが、探すのは容易だろう。
まあ、日本人労働者にとっても外国人労働者にとっても、日本という国自体が「ブラック企業化」しているわけだ。
(以下引用)外国人労働者は10年で2.6倍に
日本では、15歳〜64歳の生産年齢の人口の減少が続く。2016年の生産年齢人口は約7665万人。1997年と比べて約1034万人減った。
人口の減少とともに、日本の企業の人手不足感は増している。帝国データバンクが2018年1月に実施した調査では、51.1%が「正社員が不足」と回答。非正社員についても34.1%が「不足」と答えた。飲食店の分野では、74.1%が非正社員が不足していると答えている。
こうした人手不足を補う形で、外国人労働者は急激に増えている。
外国人労働者数は2008年の時点で48万6398人だったが、2017年には127万8670人になっている。10年で2.6倍になった計算になる。
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ロジャー・パルバースと四方田犬彦の対談『こんにちは、ユダヤ人です』の中で、四方田犬彦が非常に面白い事を言っている。私自身、帝国の分裂や解体は「いいこと」だと思っていたのだが、彼のこの発言には虚を突かれた。
たとえば、映画『アラビアのロレンス』を見ると、我々は自然に自分の身を主人公の英国スパイ(と言うか、アラブとの交渉役)ロレンスの立場に置き、オスマントルコを悪の帝国だと思うようになる。そういう意味では、この映画もアングロサクソンのプロパガンダ映画ではある。その、オスマン帝国への偏見に四方田氏の言葉は気付かせてくれた。
バルカン半島におけるオスマン帝国の領土喪失がバルカン半島の小国家分立と民族紛争を産み、大セルビア主義の青年による、セルビアの新宗主国オーストリアハンガリー帝国皇太子の暗殺事件を産み、それが第一次世界大戦を産み、さらにオスマン帝国の解体が第二次世界大戦の一因(欧米の戦争目的のひとつ)となり、さらに現在の「テロとの戦争」の舞台がオスマン帝国の跡である、という事実は非常に面白い。
まあ、要するに、帝国と帝国主義を我々は混同し、そのすべてを悪だとしていないか、ということだ。帝国であるから悪なのではなく、多民族が融和的に生きている帝国のメリット面も見直す必要がある、というのは、オスマン帝国解体後、そしてソ連解体後の状況の悲惨さを見れば頷けるだろう。とにかく、「分家」するやいなや、他の分家と戦争を始めるのがほとんど必然であるのは奇妙なほどである。
(以下引用)
四方田「昔はエンパイアといえば帝国主義だから、絶対にそれぞれの民族が独立するのが正しいと思っていましたが、中東のことを考えると、今世界中の多くの問題がここから始まっている。イスラエル、パレスチナ、コソヴォ、ユーゴスラビア、チェチェン、グルジア、イラク、アフガニスタン。ほとんどすべてオットマン帝国(徽宗注:オスマン帝国、オスマントルコ)ですね。オットマン帝国のときは何も起きなかったんです。」
パルバース「オーストリアハンガリー帝国もそうです」
四方田「大きな帝国で多民族でやっているからいいかげんでよかった。『宗教は好きなようにしなさい』と。ところがヨーロッパで民族=国家というネーションステートという考えが流行し出すと、オットマン帝国が1918年くらいに手足を切り離されて、そこからいろいろな厄難が起きた」
パルバース「それでウクライナも独立した。モルドバもそうです」
四方田「独立することは、ある意味では民族のためにはいいと言うけど、その後に必ず起きるのが独裁政治です」 -
マルキシズム共産主義(共産主義にもいろいろある)とユダヤの関係を、「共産主義はユダ金によって作られた世界支配のための偽装的道具だ」とする論者をよく見るが、共産主義自体は言うまでもなく貧民(労働者)の側に立つ思想であり、革命後の社会体制が、革命政府を操作することでユダ金にとって有利になる可能性はあるにしても、それは共産主義思想自体が原因ではない。上記の誤解は、マルクスがユダヤ人であることから、「共産主義はユダヤのために作られた」と短絡的に結びつけられたのではないか。
だが、マルクス自身は、彼が敵と見做した資本主義社会の大きな部分をユダヤ商人が占めていることから、むしろユダヤ民族を近親憎悪的に憎んでいたらしい。
(以下引用)●ロシア革命直後における共産党員の民族別構成比の統計に目を通すと、次のような現象が見い出される。それは、総人口中の比に対して、ユダヤ人の場合、他と比較して党員中の割合が、かなり高いということである。ロシア革命期に目を転じると、この時期にもユダヤ知識人の革命家が、実に多く存在していたことがわかる。トロツキー、カーメネフ、ジノヴィエフ、ラデック、さらにメンシェヴィキのマルトフなど、革命指導者のほとんどは、ユダヤ人であったといえる。
革命指導者だけでなく、革命参加者の中にも多数のユダヤ青年が存在していた。
妻がユダヤ人か貴族か大金持ちか少数民族。
該当しないのはカリーニンとルイコフくらいだった。
政治局員クラスで言うと
トロツキー (ユダヤ人)
ジノビエフ (ユダヤ人)
カーメネフ (ユダヤ人)
ブハーリン (ロシア人、妻がユダヤ人)
スヴェルドロフ (ユダヤ人)
クイブイシェフ (ウクライナ人、秘書がユダヤ人)
ヴォロダルスキー (ユダヤ人)
ウリツキー (ユダヤ人)
ルイコフ (ロシア人)
カリーニン (ロシア人)
ソコリニコフ (ユダヤ人)
ラデック (ユダヤ人)

ロシア革命当時、ヨーロッパで出された
11人の共産党指導者たち
●1920年にイギリスで発行された『ユニティ・オブ・ロシア』は、ロシア革命で政権を握った中枢や政治組織の中に、いかに多くのユダヤ人たちがいたかということを伝えている。実に85%がユダヤ人である。また、イギリスの新聞『モーニング・ポスト』がロシア革命直後に掲載した革命の中心メンバーの一覧表によると、50人中44人までがユダヤ人である。
この時期にはさらに、ユダヤ人によって創立された労働運動の母体であるリトアニア・ポーランド・ロシア・ユダヤ人労働者総同盟「ブント」、また、シオニスト社会主義労働者党、ユダヤ人社会主義労働者党、社会民主主義労働党などの、ユダヤ人による社会主義、民主主義諸政党も盛んに活動していた。
●一般にレーニンはユダヤ人ではないとされるが、祖母はそうだとされ、妻のクルースプカヤはユダヤ人であった。ユダヤ人ジノビエフは、レーニンの腹心中の腹心となり、レーニンの原稿を代筆するまでになっていた。
(※ ちなみに、レーニンは、1918年7月4日に「反ユダヤ運動撲滅に関する告示」を公布し、同年、赤軍に対して次のような演説を行っている。
「反ユダヤ主義とは、勤労者をして彼らの真の敵、資本家から目をそらせるための資本主義的常套手段にすぎない。ユダヤ人を迫害し、追放せる憎むべきツァー政府よ、呪われてあれ! ユダヤ人に敵対し他民族を憎みたる者よ、呪われてあれ!」 )

ウラジミール・レーニン
(本名ウリヤーノフ)
●レーニンを継いだスターリンはユダヤ人ではなくグルジア人だとされるが、スターリンはユダヤ人だったという根強い説がある。
その根拠の1つとして、彼の本名が挙げられる。彼の本名はヨシフ・ヴィサリオノヴィチ・ジュガシビリだったが、「ジュガシビリ」とは「ジュウ(ユダヤ)の子孫」という意味で、彼はそれを嫌って、スターリン(鋼鉄の人)というあだ名を本当の名にしてしまったというのだ。
また、スターリン自身、身辺に多くのユダヤ人を抱えていたことも挙げられる。スターリンの長男の妻もユダヤ人だったし、娘スヴェトラナの恋人も夫も共にユダヤ人で、自分自身の妻はモロトフの妻(ユダヤ人)と親友だったし、ユダヤの血の流れている孫達にも囲まれていたのである。その上、彼の侍医たちはユダヤ人ばかりであった。

ヨシフ・スターリン
●とりあえずここでは、スターリンがユダヤ人であったかどうかという問題は保留しておきたい。
スターリンがユダヤ人であってもなくても、そもそも共産主義を唱えたカール・マルクス本人がユダヤ人であったし、ユダヤ人と共産主義の関係は想像以上に深い。
しかし、スターリンについても言えそうだが、カール・マルクスもユダヤ人でありながら、ユダヤ的なものを極度に忌み嫌った人間であった。自分がユダヤであることを欲しなかった1人であった。
マルクスにとって「ユダイズム」とは、駆引商売と同義であった。そこでは金の力が唯一絶対であって、市場と貨幣の思想が社会の中の人間的な絆にとってかわり、そのために「我々の社会は細分化され、非人間的になっていった」とし、その責任はユダヤ人にある、と考えたのである。マルクスにとっては、「ユダイズム」を排除するのが人間らしい社会的結合を取り戻すための条件であるかのように思われたのである。彼の語調は最もラジカルな反ユダヤ主義者達と似ていたから、反ユダヤ主義者から見れば、格好の宣伝の言葉として利用されたのであった。

ユダヤ人カール・マルクス
(1818~1883年)
産業革命後の資本主義経済を分析し、
フリードリヒ・エンゲルスとともに、
「共産主義」を打ち立てた
●ちなみに、かの有名なジークムント・フロイトも、生涯自分がユダヤ人であることを誇りとしていたが、近親憎悪というか、生活スタイルや信条は徹底して「脱ユダヤ化」を図ろうとしていたことが知られている。
例えば、フロイトは文科学校(ギムナジウム)在学時代、自分の名前である「ジギスムント」という、コテコテのユダヤ人名を嫌悪し、この田舎風の名から、ゲルマン民族の英雄、ジークフリートの父である勇士「ジークムント」の名に改名した。「ジギスムント」と「ジークムント」──。わずか数字の違いだが、この違いは決定的だった。前者は反ユダヤ主義の嵐の中、徹底的な差別を呼び起こすのに対し、後者の名は“ゲルマンの勇士”なのだ。
フロイトは、様々なジレンマを抱えながら、自分を育んでくれた民族的、文化的、精神的風土が、逆に「伝統」という重い鎖となって自分を縛ろうとしていることに嫌悪していたのである。

ジークムント・フロイト
「精神分析学」を創始した
オーストリア生まれのユダヤ人
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基本的な問題なのだが、大学側(専門学校側)と生徒では、カネを払っている生徒のほうが客ではないだろうか。なぜ、売り手側が威張って、客のほうが這いつくばるのか。
なお、病気で休む社員に会社が医者の診断書を要求することも普通にあると思うが、この診断書の費用は会社負担になる(することもできる)のだろうか。それを確認した豪傑がいるなら、偉いものである。
まあ、社員側に立てば、この場合の診断書の要求は、「休むことで会社に迷惑をかけたことへの罰」のような気もすると思うが、現実には、単に事務上のきまりがふつう「病欠の時には診断書を提出」となっているだけなのがほとんどなのだろう。そして、診断書にかかる費用の問題は「『社会の常識』として当人負担」となっているわけだ。
休むほうとしては、たとえば風邪やインフルエンザなどで、起きて歩くのも大変なのに、病院に行くことを義務づけられ、診断書費用も負担させられるのだから、少々の病気なら我慢して出勤する人が多くなるのは当然だろう。つまり、ここにも社会全体としての社畜製造装置がある。- 山本貴嗣さんがリツイート
- 「違うんですか?」と真顔で抜かした事務局と「俺の講義休むんだからそのくらいの金は当然だ」と言った准教授なら存じ上げております。https://twitter.com/mishiki/status/1110698093773651968 …
- 山本貴嗣さんがリツイート
- 「講義を休んだら診断書を持ってこい」というルールを強いている大学・専門学校は結構あって、しかも年々ルールの徹底が厳しくなってるのはちょっと気になってる。あの手のルール強いてる方々、診断書をタダだと思ってるんじゃなかろうか。
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私は、なぜユダヤ人が世界中で差別され迫害されてきたのか、というのが不思議で、その理由が知りたかったのだが、岩上安身らによるルポルタージュ『ソ連と呼ばれた国に生きて』の中の、あるロシア人(帝政ロシア旧貴族の子弟で、ソ連時代には肩身の狭い思いをしてきたことからユダヤ人にシンパシーがあるらしい人物)の言葉で、やっとその理由が分かった気がする。
まあ、一言で言えば、「頭がいいから」ということらしい。クラスのほとんどがジャイアンやのび太みたいな連中である学級で、出来杉くんがどういう扱いをされるか想像したらいい。クラス担任も(ジャイアン+のび太)だとする。ただし、この出来杉くんは小ズルいところもあり、その点ではスネ夫的でもある。とすれば、この出木杉くんが嫌われるのもよく分かるだろう。
もちろん、「頭がいいから」だけが理由ではない。下の引用記事を読めば、世界中でユダヤ人が嫌われてきた理由が何となく理解できるだろう。だが、基本的にはユダヤ的合理主義と、その冷たさ(合理主義は温情主義と相克するのは、政府の政策や官僚の下級国民への態度を見れば分かるだろう。)が、他民族の中では常に「異物」であったから、と思われる。
(以下、同書より引用)
一般的にロシア人は、ユダヤ人を嫌悪しています。この感情はとても根強い。ロシア人の言い分というのは、だいたいこんなところです。ユダヤ人は頭がよすぎる。話が面白いし、反応が早い。お金儲けがうまく、いい職場をみつけて要領よく生きていく術に長けている。どんな土地にいっても、すぐ現地の生活条件に慣れてしまう。そういう点が、ロシア人の嫉妬心を買うんです。ユダヤ人に出し抜かれたりすると、ユダヤ人の特長がロシア人にとってことごとく気にくわないものに思われてくる。
いつもせっかちで落ちつかない。自己宣伝好きで、しかもうまい。ロシア人に対する尊敬の念をあらわさない。---大民族たるロシア人は、少なくともソ連圏では他民族に尊敬されるのがあたり前と思っているのです。
そしてユダヤ人は、目的のために手段を選ばないところがある。ロシア人の、特にインテリにとっては、ひとつの目的を達成するにあたって、いい手段かどうかはたいへん重要な問題ですが、ユダヤ人は比較的、手段にこだわらないところがある。それは彼らの柔軟性のあかしでもあるのですが、ロシア人の目には、ずるくて、信用できないと映るのです。それと、まあ、一般的にいってユダヤ人は、ちょっと意地の悪いところがありますね。
こういうことを理解するためには、もう少し彼らの考え方、世界観を比べてみる必要があります。
重要な違いは、お互いを比べてみると、ユダヤ人は将来についていつも長い目で見ていることです。そして、自分という存在を、自分の民族の意味ある一部として考えている。「ユダヤ人である私」を常に意識しているわけです。特に、ユダヤ民族の将来の運命を自分と結びつけて考えている。自分のことをユダヤ民族の運命のコンテクストの中で考えているのです。
それに対してロシア人は、せいぜい二日後ぐらいしか考えてない(笑)。しかも民族の運命のことなんてまったく考えてない、自分のことだけです。大民族の常で、民族の運命の行方に関心をもたなくても、安心して生きていけるからでしょう。緊張感がない。おおらかで、オープンであり、一般にロシア人は他人に対して温かみのある人が多いですが、同時にすぐ仲間と群れたがる。集団主義的です。(徽宗注:集団主義は、ソ連時代に培われた心性らしいことが、インタビューの他の部分にある。)その群れから排除されると、ロシア人はつらい思いをしなくてはならない、ということはすでに話しました。
その点、ユダヤ人はきわめて孤独に強い。彼らはもちろん、ユダヤ人同士、かたく結びあっていますが、ただだらしなく群れるという関係じゃないんです。それぞれは独立している。固有の利益をもっている。それを守るためにお互いに情報交換をするのです。ユダヤ人のサークルにまじっている時、その情報交換が一番面白かった。内容のレベルがとても高く、役に立ちました。
私は一般のロシア人と違って、多くのユダヤ人と深い交友関係を結んできたので、無知ゆえの偏見というのはありません。とはいえ、私自身は自分をやはりロシア人だと思うし、彼らとつきあうことに慣れたとはいうものの、彼らと同じにはやはりなれないと思います。
というのは、実は、私の最初の妻はユダヤ人だったんです。十年間一緒に暮らしました。愛してはいましたが、でも文化の違いによるあつれきに、お互いにくたびれて別れてしまいました。合わなかったところはいろいろあるんですが、まあ、そのうちのひとつは彼女がケチだったことですね(苦笑)。難しいですよ、一緒に暮らすとなると。友人くらいの距離のとり方が、一番いいのかもしれません。 (岩上) -
前にも書いたかもしれないが、私は「イールド」と聞くと「eel(うなぎ)」をすぐに連想して奇妙な気持ちになる。「ウナギされた」とはどういうことかwww
まあ、それはともかく、
市場変調のきっかけとなったのは、米債券市場で発生した景気後退の予兆とされる長短金利の逆転現象「逆イールド」だ。東京株式市場では、短期で資金を調達し、長期で運用して利ざやを稼ぐ銀行や保険の収益悪化が懸念され、下げが目立った。円高進行で機械や自動車など輸出関連銘柄も売られた。
というのは、何かヤバい感じがする。いや、理屈は分からないが、ずっと前に「マイナス金利」が出現した時と同じ、「天地が逆立ちした感じ」である。
とりあえず、メモとして記事を転載する。
(以下「サンケイビズ」より引用)
東証、2万1千円割れ 世界経済減速懸念強まる
25日の東京株式市場は、世界経済の減速懸念が強まったことで全面安の展開となった。日経平均株価の終値は前週末比650円23銭安の2万977円11銭。下げ幅は今年最大で、取引時間中は700円を超える場面もあった。日本に続き、中国や韓国でも株価が下落し、世界の金融市場に不安が広がっている。
前週末に発表された欧米の景況感を示す指数が市場予想を下回ったことから、投資家のリスク回避姿勢が強まった。株式などの比較的リスク性の高い資産から、日本円や国債といったより安全な資産へと移す動きが加速した。
日経平均の終値は2月15日以来、約1カ月半ぶりに節目の2万1千円を割り込んだ。前週末の欧米株安に加え、円高進行や長期金利のマイナス幅拡大が株式相場の押し下げ要因となった。
東京外国為替市場では、ドルを売って円を買う動きが加速した。午後5時現在は前週末比71銭円高ドル安の1ドル=110円05~06銭。債券市場では、長期金利の目安となる新発10年物国債の利回りが一時マイナス0・095%と、約2年7カ月ぶりに低い水準まで沈んだ(価格は上昇)。
市場変調のきっかけとなったのは、米債券市場で発生した景気後退の予兆とされる長短金利の逆転現象「逆イールド」だ。東京株式市場では、短期で資金を調達し、長期で運用して利ざやを稼ぐ銀行や保険の収益悪化が懸念され、下げが目立った。円高進行で機械や自動車など輸出関連銘柄も売られた。
米中貿易協議が難航しているとの見方も投資家心理を悪化させている。市場では「世界的な景気後退懸念が改めて意識された」(大手証券)との声が上がっている。
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入管に収容されている人たちは不法入国者だということなのだろうが、だからと言って非人間的な扱いをしてもいいということにはならない。これは現代のアウシュビッツであり、まさに「ヒトラーのやりかた」だろう。この事実を国会で取り上げ、対策を論じるためには、まず事実の拡散が必要であり、当ブログのこの記事はそのための協力である。
なお、入国者の入管収容が長引いているのは、東京オリンピック(たぶん、警備態勢問題)のためらしい。元記事(ソース)の2ページ目に、そういう趣旨(と私は解釈した)の記述がある。要するに、白人様以外の外国人は「犯罪者予備軍」扱いだということだろう。アジア系の外国人への警官の職務質問に疑問を感じたというツィートも見たことがある。なぜ、特に彼らに職質をしたのか、理解しがたい、ということである。
(以下引用)「助けて」…入管からSOSの紙飛行機 「私たちは人間です」「ヒトラ のやりかた やめろ!」施設の悲惨さ訴える
1: プティフランスパン ★ 2019/03/24(日) 19:55:51.15 ID:xQoaei4P9
◆「外から聞こえる激励の声が唯一の楽しみ」と語る被収容者
3月1日、港区にある東京入管前で、収容されている外国人を支援するグループSYI(収容者友人有志一同)による入管抗議行動と、被収容者に対する激励行動が行われた。
長期収容による精神的ストレス、病気やけがをしてもなかなか病院に連れて行ってもらえない医療ネグレクトの問題。給食が冷たくて(時には腐っていて)、虫や髪の毛がたまに混入しているような劣悪な食事。難民として逃げてきたり日本人配偶者がいたりするなど、母国へ帰れない理由がある人々にまで「帰れ」と強要する姿勢。どれをとっても問題が大きい。
収容中は何もすることのない被収容者たちの多くは「たまに外から聞こえてくる激励の声が唯一の楽しみになっている」と、筆者が面会に足を運ぶたびにそう話してくれる。この日も、いつものように声の限りを尽くしや支援者たちは、鉄格子の見える入管の建物の窓に向けてエールを送っていた。
すると、建物から支援者の名を力強く叫ぶ声が聞こえた。見上げると、どこからともなく紙飛行機が落ちてきた。全部で6通あったが、いくつか窓のサンなどに引っかかってしまった。地面を探し回り、なんとか3通のみ回収することができた。
◆「どうぶつみたいにあつかっているとしか思えない」
この紙飛行機にはメッセージが書かれていた(原文ママ)。
「収容でされている人はこの生活すごして1年いじょう。とてもつらい、くるしい生活を送っている。それでも入国管理局の人たちや局長は私たちの事がどうぶつみたいにあつかっているとしか思わない。家族や友だちがそとでまってくれている大事な人たちは、私たちとおなじくらいつらい想い日々すごしていると感じます。
そのせいで私たち収容でされている人たちがいこく人はじさつを考えじっさいになくなっている方もいる。それは私たちで収容されている人の家族や友人を考えると、とんでもなくくるしみ、つらいとしか想わない。それもこわいです。いつか私たちおいこまれてくるしんで生きていくじしんをなくなり、自分の人生あきらめていく(かもしれない、と考えながら過ごす)日々はこわいです。助けて下さい。助けて下さい」
◆「助けて下さい。私たちは人間です」
そのほかの2通にも、それぞれメッセージが書かれていた(原文ママ)。
「入国管理局で日々すごしているがいこく人は100%の自由のないまま日々すごしてストレスを沢山たまって、おおくのがいこく人はせいしん、あたまおかしくなりくるしんでいます。
この生活の中でやる事は何もありません。だから毎日、家族や友人の事、自分の事を考えるしかありません。その生活の中で考えると、それにこたえる事が出来ない入国管理局長が、私たちはどうぶつみたい、メシをあたえておわり。びょうきになったら薬、ちゃんとしたてつづきはない。生きるかしぬの日々をすごし、いつこの生活がおわるのだろうと日々考え、つらいでくるしい毎日。
私たちは人をころしていません。もちろんけいむしょ行った人もいます。でもちゃんとはんせいしている人もいる。それだけやない。なんみんの人もいる。それを考える入管かんけんしゃは心はまったくありません。どうか、助けてください。
私はFREE USHIKUやODAさん中村さんのおかげで、おくのがいこく人が頑張っている。私はその中の一人でかんしゃします。これからもよろしくお願いします。助けて下さい。私たちは人間です」
「ヒトラ のやりかた やめろ! いのちを まもろ! 私 つまと うまれたばっかりの赤ちゃん 二日れんらくない。いのちち たすけて。かぞく ばらばらしないでください。にんげん まもろ! 私も さいせんてき(精神的)に だめになってる」
続きは以下ソース 2019年3月24日 8時33分
http://news.livedoor.com/lite/article_detail/16207715/ -
鈴木三重吉の作品はおそらくひとつも読んでいないが、漱石に可愛がられた弟子というか門下生だったと思う。まあ、可愛がられていたかどうかは知らない。三重吉宛の懇切な手紙がいくつかあったはずだ。さすがに漱石も弟子の友人までは知らなかっただろうが、下のようなツィートは加計孝太郎擁護というか、イメージアップになってマズいのではないか。
まあ、不詳の子孫というのは無数にいるわけで、あのヒョットコ麻生ですら、私の大好きな大久保利通の子孫である。
実のところ、偉人というのは自分の仕事に忙しくて、家庭教育などに手が回らないのが普通だと思う。そもそも、家族のことを優先したら偉大な仕事はできないのではないか。そういう意味では家庭の幸福と社会的偉業は等価交換かもしれない。その意味ではむしろ気の毒だとも思う。
それはともかく、加計孝太郎の先祖が「泣く泣く大学をやめた」って、その代わりに大山林王になれるのなら、私なら喜んで辞めるわwww
事業として大学を作るのは、自分が勉強や研究をするのではなく、金儲けのためであり、加計学園というのはその最たるものだろう。糞みたいな大学もたくさんあり、そういう大学には右翼評論家や元官僚が教授様になったりしている。いったい、何が学べるやら。
(以下引用)近藤ようこさんがリツイート漱石と鈴木三重吉の展示があって、三重吉の友人、加計さんとのふたりの手紙の展示がありました。加計氏は広島の林業大地主で、つぐために泣く泣く大学を中退したとのこと。あの加計学園のルーツはこんなとこにあったのかと。今につながる情念に触れてしまいました。

