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「井口和基」ブログから転載。原子炉への放水については、その汚染水をどうするのか、多くの人が疑問に思っていただろうが、その答えは、「何もせず海に垂れ流す」であった。
これで日本は世界中の信用を失ってしまったのである。
原発事故は日本の災難であるとして世界中から同情されていた。しかし、汚染水の垂れ流しは「人類への犯罪」として世界から糾弾されることは確実である。
海は世界の共有財産である。
日本政府のやったことは、世界中の人間の共通の飲料水貯水池に糞まみれの水をどんどこどんどこ流し込むという行為なのである。
これは欧米のイラク・リビア侵略戦争に匹敵する国家的犯罪だろう。
馬鹿に馬鹿を足しても馬鹿だというのは亀井静香の名言だが、今の日本政府は単なる馬鹿以下の狂人の集まりである。
もはや日本人は世界の爪弾き者となる運命だろう。
(以下引用)
「狂人に原子炉」:放射能汚染水はバキュームカーで汲み取れ!みなさん、こんにちは。
いやはや、「類は友を呼ぶ」というが、馬鹿政府は馬鹿東電に核処理作業を丸投げしたようである。
菅直人政権のメンバーは、もはや作業着も着ないで背広姿に大変身。当初から、何もしない菅直人政権のメンバーがまっさらの作業着を着て、非常に違和感があったのだが、それが何日経っても少しも汚れない。そんなところから、菅直人政権のメンバーが現場を少しも見ず、何もしていなかったことは明白であった。
東電の社員(正社員)はエリート中のエリート。実労働は、下請けやそのまた下請けに丸投げ。一番危険な作業を受け持つのは、裏社会から送り込まれた、前科やすねに傷のある社員ばかりの会社だとか。おまえらどうせ死刑が待ってるだけだ。いっそのこと日本のためになることして死ねや。というところらしい。
そんなインチキ大企業の東京電力がやり始めたのが、これまた驚きの馬鹿作戦。もっとも原子炉の1つとして作ったことのない保安院のくりだす保安員は、後先も考えず、膨大な水をまき散らしたものだから、そりゃー、崩壊した原子炉が水浸しになるのは当たり前。さらには、それが放射能汚染物質をを含んで放射性廃棄物の汚染水になるのは当然のことである。そして、ついにその膨大な汚染水の処理に困り、その膨大な高濃度放射能汚染水を海へ放出とか。
もうこうなると「狂人に刃物」、というより、「狂人に原子炉」という感じですナ。将来、日本の新しい諺になるだろう。
さて、海にフェンスをするのも一計だが、海はオープンシステムである。海に流せば、さまざまなルートを通じて、半減期2万4千年のプルトニウムで汚染する。他のストロンチウムやセシウムも半減期が数十年。これでは、東日本の沿岸で漁業はできるはずがない。さらには、結構被害すら起こしかねない。
ならば、どうすべきか? これを考えるべきである。にもかかわらず、東電も菅直人内閣もそういうことをまともに考えているふしがない。
私にはどうして東電も日本政府も日本にいる、あるいは世界にいる、賢い連中をかき集めて、作戦を議論してもっとも有効策を最初から打ち出さないのか?、理解できない。実に不思議なメンタリティーの持ち主たちである。自分たちは、文系でしかも研究者でも博士でもない。まったくのド素人にすぎない。それが、権力意識だけは人一倍強いせいか、他人の意見を聞く耳をもたない。むしろ、他人の箸の上げ下げまで気にかかるというようなタイプばかりである。人のことを指図する暇があれば、まず自分のやるべきことを考えろということなのだが、どうもそういうことが今の民主党の元左翼青年内閣は理解できないようである。
今の東電の原子炉の事態は、ちょうど脳腫瘍の手術中に医者が重要な動脈を誤って切って出血して来たというような緊急事態に似ている。すぐに止血しなければ、間に合わない。脳は血だらけ。下手をすれば、患者は出血多量で死ぬ。とまあ、こんな感じの状況である。
では、医者はこういう時にどうやっているのか?
まず、血だらけの患部を洗うために、水をかける。と同時に、洗った血をすぐにサンクションする。要するに、水かけながら、その一方で同時に吸引器で血水を吸引するのである。そして、患部を見つけて、レーザーメスで焼き、止血する。あるいは、患部の血管に直接指を当てて止血する。
どうやら保安院も東電もこうした方法を知らなかったようである。水で冷やすなら、当然同時にその水を吸引すれば良いことである。しかし、これを東電も保安局もしなかった。だから、膨大な水がたまって、どうしようもなくなったのである。
しかし、その場合でも、水を海に流すよりは、吸引して、どこかのタンクにしまい込めば良いのである。海のフェンスは安全のために張るべきもので、これで解決できようはずが無い。雨が降れば終わりである。嵐ならもう崩壊する。
まあ、首都圏の人は何十年か前にお目にかからなくなっただろうが、地方では、まだまだ汲取式便所が数多く残っている。そういう汚水をどう処理するかと言えば、日本で有名な「バキュームカー」
でくみ上げるわけである。日本にはこんなすばらしい車がたくさんある。だから、こういうものの巨大なやつをたくさん作って、それで吸い取ればいいわけである。
放水車
で放水するのであれば、同時に、バキュームカーで汲み取れば済むことである。バキュームカーのタンクが鉛製であれば、放射能が出て来ないから一番いいわけだが、海にたれ流すよりはずっとマシである。そして、後々放射能処理施設へ持ってゆけば良いというわけであろう。
どうしてこういう簡単なことが分からないのだろうか?
いやはや、人間、名前や地位や名誉や権力ばかりで着飾るようになると、脳みそが退化するようですナ。
おまけ:
ついでに、ダイソンの掃除機
のような、巨大な掃除機を作って、原子炉内の空気や放射性の塵を吸い取ったらどうか?
こんなもので吸い取ってくれたら、世界中でお喜びするだろうヨ。PR -
前に予告した冷泉彰彦の「日本復興計画」を転載する。
私はこの復興計画に批判的なのだが、その理由は、ここには理念や倫理がまったく感じられないからである。いろいろと細部の案は出しており、お役所的な意味で復興案の「叩き台」にはなるだろうが、日本の倫理的再生が無いと、復興にも何の意味も無くなるだろう。
下記の記事を読んで、読者一人一人が「俺の、私の、日本復興計画」を考えてはいかがだろうか。
(以下引用)
以下「大震災+失われた20年からの復興」を目指す場合の問題提起を箇条書きします。緊急事態の下での走り書きですから、空回りしている部分もあるかもしれません。ですが、個々の論点についての発展と修正の中から、幅広いアイディアが出てくることを期待したいと思います。
(前提その1)
2031年、被災20周年をターゲットとして、そこまでの目標成長率から必要な資金総額を逆算。絶対にゼロイールドにしない。
(前提その2)
復興が震災前の復元ではなく、より安全性の追求、より省エネ、より快適性、より成長性、より脱産業社会化、より高付加価値になるように。必ず成長性という意味での発展になるように。一つ一つの投資がハコモノに凝固するのではなく、必ず永続性的なリターンがあるように。投資の膨らむ部分は、開発したテクノロジーを全国で、そして外需で回収。
(メインコンセプト1)
今回の災害の最大の教訓は一極集中の脆弱性。全ての首都機能が東京に集中していたこと、その電源が過度に福島に集中していたことが問題。あらゆる機能をいかに「分散」してゆくか。「分散」がリスク分散だけでなく生産性向上になるように。
(メインコンセプト2)
一つの組織、一つのシステム、一人の人間が、バックアップを内包した「ハイブリッド」になることで、リスクへの脆弱性を克服し、同時に生産性向上になるように。例えばPHV(プラグインハイブリッド)車が良い例。東北の復興に当たって、EV社会インフラは重要な鍵だが、電力危機の教訓を生かすならPHVがベター。ガソリンでも、コンセントの電源でも走るし、ブレーキをかければ発電して高効率を追求。これが復興にあたって追求する文明のひとつのモデルでは?
(首都機能の分散)
政治の中心は交通の便の良い内陸へ。官僚機構は意思決定のサポート部門は政治に近接させるが、実務部門の首都機能は分散。地方が首都機能の分散を受け入れつつ、地方の伝統を更に活性化。
(大学と産業の分散)
東大などを解体して、各部門を地方移転。例えばバイオを仙台に持っていったら、バイオ産業も宮城に持って行く。一流の音大が盛岡に行けば、小岩井や遠野で音楽祭が行われて世界から人が来るように。各国言語各国文化の教育もバラして分散し、その地域で対象国との交流を拡大してビジネスを発展させる。自動車などの裾野産業はフルセットで西日本と中部と東北に分散。機械工学や先端技術の最高レベルの教育機関もそれに近接させる。金融センターは内陸移転し、高度教育機関も。キー局は東京2、大阪2でもいいのでは?映画は北海道、京都、九州。アニメは東北。出版、広告や情報も東西に分散。
(情報インフラの分散)
金融機関も情報通信も行政も主要なサーバは国内複数+海外に。基幹回線のダブル化。携帯基地局のハイブリッド化(電力+太陽+燃料電池+バッテリー)。情報通信産業も北海道、四国、九州、沖縄に分散。
(ハブ型組織から、ネットワーク型に)
東京との結びつきを強化することが復興ではない。盛岡と秋田が結びつくことで、福島と宇都宮が結びつくことで、また新幹線で金沢・富山と長野が結びつくことで、そこに首都的な、その分野で日本の中心となる技術+文化+労働マーケットの生まれる仕掛け。
(新産業)
中型旅客機製造ビジネス(全席エアバッグ+高度な消火システム付き)、世界標準のコンピュータOS、より高機能化したスマートフォン、タブレットでない第四のデバイス、圧縮アルゴリズム、情報セキュリティ技術、治験環境を含めた新薬開発、アメリカ標準より透明性の高い金融工学、食の安全の世界標準認証ビジネス、アニメに加えて実写での映画産業の国際化+ビッグビジネス化、遺伝子組換え植物の安全性認証ビジネス、日本発の全世界ベースのホテルサービス+日本食ビジネス。
(原発長期方針)
今、福島第一の1号機から4号機を廃炉とするにしても(5号機、6号機の廃炉は東北復興の足を引っ張る危険から今判断すべきでない)、使用済みあるいは使用中断燃料について50年後に安全な再処理を開始するためには巨大な中間貯蔵施設が必要。ならば、今回の事故を契機に、中間貯蔵施設の建設と再処理工場の更なる安全性強化を行うことは、原発推進論、原発廃止論の双方からも不可避。まずこの議論を進め、電力ピーク対策、代替エネルギーなどを積算し、目標成長率と突き合わせることから原発稼働継続の規模を策定。そこで合意がされた場合には第三世代炉に順次置換。
(二酸化炭素排出削減論議)
この点は、今回の震災ならびに原発事故を受けても、一切の先送りはしない。
(第一次産業)
農業の高付加価値化、大規模化。震災でもTPPは待ってくれない。漁業の中規模企業化と再建に当たっての安定した資金供給。港湾+物流+食文化+観光開発を意識した水産資源開発インフラの高効率な整備。林業の再活性化。
(人間や組織の機能の多重化)
家庭人、企業人、地域社会の一員の三重性の追求。文系人間に理数の素養。理系人間に人文の素養。専門職に発信スキルを。ジェネラリストに技術リテラシーを。リーダー、中間リーダーへの情報処理能力+発信能力の水準をアップ。NGOに経済の知識を。営利企業に公益性を。
(トランスポーテーション)
航空路、鉄道、道路のハイブリッド相乗効果の再設計。新幹線と在来線、高速道と一般国道、ミニハブ空港と鉄道アクセス、港湾と物流アクセス、貨物と人の移動、など「バックアップがあり、それが平時も高効率になっている」復興計画に。青函対策も含めて貨物8両、乗客8両のハイブリッド新幹線車両はどうか?経済成長のリターンを絶対に実現するという前提で、新幹線の札幌延伸、長崎フル規格なども実現。
(エネルギー)
コミュニティーが止むなく放棄した沿岸地域が出たら、そこを大規模風力発電所に。東北を世界でも最も先進的な、エネルギー多角化生産のモデル地域に。東北電力は、白洲次郎の精神に立ち返って他地域をエネルギー革新で牽引。
(省エネルギー)
東北の住宅は、LED照明、高度な気密性(一酸化炭素中毒防止システム付き)、各部屋上下2箇所の温度センサー設置などで冷暖房の効率アップ、ソーラーパネルの屋根など、高エネルギー効率の設計で再建。前述の通り、東北をインフラを含めたPHV車の普及モデル地域に。
(防災体制)
全国全市町村が異なった地域で、相互に「姉妹都市」協定を結び、「全人口の避難先」を用意。ボランティアも、医療体制も相互救援の体制に。衛星回線での安否確認システム+緊急地震速報+緊急津波速報個別伝達システムを緊急用バッテリーと共に、全ての携帯電話にビルトイン。
(ライフスタイル)
自然の中に最先端がある。大都市に伝統文化とコミュニティの息吹がある。ダブル三重言語国家、つまり「日本語+英語+アジアのもう一ヶ国語」「自分の地方方言+いわゆる標準語+他地域の方言」。沿岸地域、超過疎地、放射性物質汚染地域など物理的に復興の不可能な地域は「移転しつつコミュニティーを維持する」工夫を。地域ごとに残る男尊女卑や男女分業などのカルチャーは徹底的に克服して、分散イコール出生率向上に結びつける。 -
今日は仕事の都合でブログを書く暇がなかった。そこで、いくつか見たブログの中で、我が意を得たりという記事を転載してお茶を濁すことにする。まあ、私も同じようなことを考えているのだから、他人のブログの記事を紹介したくなるのは当然だ。自分よりうまく言っているし。
山科恭介氏のブログの転載である。
今回の大災害・国難を機に日本は生まれ変わらねばならないが、その前にこれまでの総括をする必要がある。連合赤軍の「総括」ではないが、日本をこのようにした張本人たちへの死刑判決と、日本人の国民性への深刻な反省がその総括だ。一億総懺悔で悪玉たちを免責にしてはならないが、日本の国民性が変わらないかぎり、日本の再生は不可能だろう。それは、悪に立ち向かう勇気を日本人の一人一人が持てるかということだ。
飯山老人、崖っぷち社長、つむじ風氏、東海アマ氏、ネットゲリラ氏のような勇気を一人一人が持てば、日本は変わってくるだろう。
(以下引用)
日本人はいつもそうだが、直前に自身に降りかかってくる苦痛だけを見て物事を判断してしまう傾向が強く、その苦痛がなければ、何事も無いと過信してしまう。
民族全体における想像力が欠如しており、認識が築かれていないので、人の意見に左右されがちだ。
自分で考えるということに慣れておらず、自分の事を棚に上げて人を批判することは得意だが、自身で新たなるものを創り出すことは、大の苦手だ。
社会にその種の価値を認めない空気が流れ、目の前の利益だけ求めて血相を変える。
そういった民族の性格が、今度の悲劇の根幹にあると思うと居たたまれない。
この度の福島原発事故に急遽間に合わせるように関係各機関が放射線量の規定値を定めているが、日本ではこの事故が起きる前までは、そんなものは存在しておらず、従って、
「暫定」 という文字が付けられている。
これは法治国家である日本が官僚主導により超法規的処置をするときの常套手段だ。
それでも彼らがまともな人間達ならまだしも、国民を 「駒」 と呼ぶような連中達が勝手に設定した数値が如何にインチキで、如何に無責任なものであり、その結果、日本の国民の多くが今後、重大な健康被害を被(こうむ)るかというようなことは、ハナっから、彼らは真剣に考えてはいない。
しかし、自身の危機に際し、その彼らの言に従ってしまうという民族の悲しい性(さが)がある。 それもこれも、すべては 「自立」 しておらず、それを有形無形に放棄してきた国民の側に問題があり、これは権力構造からのマインドコントロールとか、総力を挙げての洗脳とかいう問題とは、関係している事は確かだが、切り離して別途考えねばならない重大な問題だ。
従って現在、やれる事は限られてきており、結局は自衛しかなく、これは、またまた小沢一郎が言うところの 「自立」 へと必然的に繋がってくるだろう。
小沢が行政のトップに立っていないにも関わらず、降って沸いたように我々はこの度の震災を経て、原発事故に遭遇し、「官僚主導体制の打破」 を痛感し、そして、「自立」 の必要性を否応なく課せられている。
これらは小沢が言うまでもなく、至極当然のことなのだが、日本の国民は全くそれに慣れておらず、戸惑っているようだ。
赤ん坊じゃないんだから、自分で考えろ。(笑)
しかも、政府、官僚(地方自治体を含む各行政機関及び原子力安全保安院等)、東電、マスコミが情報統制を敷き、本当に正しい情報を開示していない。
この理由は簡単で、パニックを畏れているからだが、このまま事態が解決の方向に向かえばまだしも、もし逆に破綻の方向、つまり福島原発がフルメルトダウン、もしくはそれに準ずるような状況になり、大量に放射能が空中に拡散し、その結果、首都圏の人々に避難を呼び掛けるような事態になれば、彼ら政治家、官僚が思っていた以上に深刻な状況になるだろう。
その段階で、畏れていたパニックは避けられず、しかも、国民の怒りの刃は彼らに向けられる事は必定だからだ。
だが、ここに来ても尚、彼らは国民を洗脳しようとしている。
この洗脳状態は、世の中が無事で治まればということを前提にしているが、福島原発はどうもそうはならないような気がする。
それは、テレビに出て 「安心」 を売り物にしている御用学者と言われている連中達とは違って、原発開発に携わった本当の専門家が警鐘を鳴らしている事からも十分推測が可能だ。
もしそうなら、御用学者どもは殺人者、あるいは、未必の故意による殺人を犯した者と呼ばれてしかるべきだ。
原子炉冷却系に 「閉鎖回路」 が設定されない限り、この 「核」 との戦いは、いつかは負けてしまう。今後、益々海洋汚染が続き、魚に限らず農作物も広範囲に放射能汚染され、関東地方は人の住めない場所になる可能性が高く、事態は人々が思っている以上に、とてつもなく悲観的なのだ。
だが一番やっかいなのは、放射能は近くで中性子線等の被曝を受けない限り、即死しないということで、この悲劇は、数年から数十年かけて、ゆっくり国民に襲いかかってくる。
その段階で福島原発事故による放射能が原因だとは、特定されないだろう。
結局は、国民が自分でその責任を取らねばならなくなる。
しかも、さらに困った事は、この事が食物を通して日本国全土に行き渡ってしまうという事であり、海洋汚染を通して、全世界の人達にまで放射能汚染の影響を及ぼしてしまうという事だ。
今後、至る所で、日本国政府への損害賠償請求が起こるだろう。
日本の農作物に限らず、食料品全般にわたって、輸入制限を課す国は増え続けるだろう。
それは、食料品の枠を超えて、日本製品全般に及ぶだろう。
まさしく、国家の一大事だ。
このまま行くと財政再建など夢物語となり、日本経済は破綻する。
日本経済が潰れれば、我々の生活も連鎖反応的に潰れる。
元々、潰れかかっていたにも関わらず、天災と人災がさらに拍車をかけた。
そして、その元凶は何かと考えると、
結局は、日本人の 「心の卑しさ」 なのだろうと、言わざるを得ない。
「カネに目が眩む」 という言葉が日本には昔からあるが、今の日本は正にこれで、
近代日本の建設の際して、我々は置き去りにし、忘れてきた 「何か」 があったのである。 -
これからの日本を考える上でのヒントになりそうな記事を当面は集めていこうと思っているので、予定を変えて、先ほどみつけたダイヤモンド・オンラインの中のインタビュー記事を転載しておく。神田何とかいうマーケッター(って、何をする人間かはよく知らないが)の発言の中に参考になりそうな部分があるのでその部分だけ保存する。インタビュー後半部分はあまり参考にはならないようだ。
引用部分を一言で言えば、「自分の人生にとって何が一番大事か」というコンセプトでこれからの人間は生きていくだろうし、その社会的価値観に合わない企業は淘汰されていくということかと思う。つまり、「贅沢のための商売」や「虚業」は衰退し、「生きるために必要な物」が重視されることになる。これまでのように「何も生み出さない人間ほど大金をかせぐ」というのは日本では通用しなくなる。(そうなると一番先に淘汰されるのはビジネスコンサルタントやマーケットプランナーの類ではないかという気もする。)
もう一つの指摘は、「反社会的企業」も淘汰されていくということだ。つまり、下請けいじめで巨利を貪り、社員に利益を還元もせず経営者や株主だけで懐を肥やすような企業は、その内情を全国民が知るにつれて「あの会社の製品だけは、どんなに性能が良くても買わない」となってくるだろう。会社収益が海外に持ち去られるような外国人株主の会社も同様だ。(このあたりは私の想像である)
まあ、本物の生活に直結する仕事や道義にかなった会社が重視される社会が来ることは日本の将来にとってはいい事である。
(以下引用)
――価値観が一変すると、社会やビジネスはどう変化しますか?
1990年のバブル崩壊後の時代が「失われた10年」といわれてきたのに対し、今後の10年は“奇跡の復興の10年”と呼ばれるほどになるだろう。そのインフラが、フェイスブック、ツイッターなどのソーシャルメディアである。今回の震災で、ソーシャルメディアは、電話やメールが不通になるなか、社会の通信インフラとして定着した。このインフラ変更が何を意味するかといえば、大企業に代わって、NPOやソーシャルビジネスが変革を牽引する時代に入るということだ。
今後3ヵ月間は、必需品以外がなかなか売れず、いわゆる“戦時下経済”に近い状況である。また4月前半には失業問題、新入社員の雇用取消、会社の清算や事業整理を決断する企業も多数現れる。そうしたなかで、稼げる能力のある会社とそうでない会社に明確に分かれていく。稼ぐ力のある会社は、規模の大小を問わず、先頭に立って、日本全体を救っていかなければならない。
こういう危機的状況下では、多くの会社は、既存のビジネスモデルを手放す大転換が求められる。東北地方からの移転ニーズに応え、賃貸マンションからウィークリーマンションの斡旋。新築よりも中古住宅。エステよりもデトックス。レジャーよりはメンタルケアのためのキャンプ。太陽光+蓄電池による計画停電への対応。海外からの有機食材輸入ルートの確立など、時間勝負で提供しなければならない。そうしたことを次から次へと発想し実行できる主体は、いままで経験を積んだ地元密着のビジネスパーソンしかいないと、私は思う。
同時に、この難局は多くの会社のビジネスモデルを「フリー経済モデル」に移行させる。自粛ムードで、営業・販促なんてできない。派手な宣伝をやれば、バッシングされる。
となると企業が顧客にアプローチするには、無料で提供するしかない。つまり「フリー経済モデル」が急速に浸透する。
すでに赤ちゃんのいる家庭に、安全な水を無料で配っている会社や、被災者に家賃3ヵ月無料のアパートを斡旋する会社が現れ始めている。
フリー経済モデルとは、全部フリー(無料)にすることではなく、フリーで提供し、顧客リストを集めて、そこから本当に必要な人に対して適切なサービスや商品を販売することによって、利益を全体として成り立たせるというモデルだ。
もちろん、先の会社の例は、善意からの行動であり、利益目的ではないが、結果として、多くの顧客を魅了していくことになろう。つまり、社会貢献意識に基づく行動が、同時に顧客を集める行動と一致し始めたのである。 -
「阿修羅」投稿記事から転載。「ちきゅう座」というホームページの記事である。この引用部分の最後に書かれた「生産力や暴力の制御には知性と倫理が必要だ」という言葉は、これからの日本を考える際に非常に大事な姿勢だと思うからここに転載するのである。
その反対の事例が、村上龍主催の「JMM」に書かれた冷泉彰彦の復興計画で、「理念無き復興」「旧体制の単なる表面だけの衣替え」とでも言うべきものである。それについては、明日にでも掲載したい。
(以下引用)
http://chikyuza.net/n/archives/8186
「復興を!」という前に『ガラクタ』を片づけるべきではないか
2011年 4月 3日 評論・紹介・意見 「ムラ」「原発震災」安東次郎日本の『近代化』
<安東次郎(あんどうじろう):「ちきゅう座」会員>
ポスト3.11―原発震災後の日本―を考える ②
この数日「この震災からどう復興をしていくか」という議論が始まりつつある。「復興院」だの、「復興構想会議」などという話が聞こえてくる。しかし、ちょっと待ってほしい。
「復興」なんていう前に、日本人は「ガラクタ」を片づけるべきではないか。こう言うと「いや、もう被災地の瓦礫は大分片付けられていますよ」と言われるかもしれない。しかしここで言っているのは、モノの話ではなく人間の話だ。
今回の震災がただの「天災」なら、こんなことは言わない。しかし「原発震災」は、明らかに「人災」だ。
そもそも「原発震災」は、相互に独立しているはずの「組織」―「官僚」、「政治家」(与党も野党も)、「学者」、「電力会社」、「マスコミ」など―が、一つだけでもマトモであれば、防げたはずのものだ。
しかし、権力の側にいるものたちは、これほど天地を穢したのに、いまだに何の反省もないようだ。彼らは、この国をここまで追い詰めても、まだ自分たちが「エリート」であることは揺るがない、と思っているのだろう。
そうでなければ、どうして、いまでもなお高い放射能の中で人々が立ち往生している、などということが起こるだろうか。どうして幼児や妊婦にまで、国際基準より数十倍も緩い基準さえ超えて汚染された水や食べ物が与えられるだろうか。
原発震災は「現在進行形の人災」であり、「社会のシステム」そのものがもたらした「社会的犯罪」だ。
こんな風にいうのは、アジテーションだろうか?そんなことはない。
「欧米、とくにフランスを筆頭とした国々は、日本のことを悲惨な震災に見舞われた被災国というよりも、原子力エネルギーを管理できない核犯罪国家とみなし始めている」。http://diamond.jp/articles/-/11689?page=5
じっさい3月30日付け「ル・モンド」の記事―Philippe Ponsによる―の標題は、「危機は国家と専門家達を失墜させた」というものだ。そしてこの記事は「現在のエリート達にはもう服従しないという意識変革なしでは、日本国民の未来はない」で結ばれているのだ。http://www.francemedianews.com/article-70549283.html
同じくル・モンドの「福島、この批難すべき沈黙」(3月26日)は、「この惨事の吐き気を催させるような背景が今浮かび上がってきたのである。「原子力ロビー」と呼ぶ権力が 」と言う。「省庁、監視機関、原発建設会社と事業社の間での大規模なこの共謀行為は、反対派の口を塞ぐだけでなく原子力に関するすべての疑問を撤去する。・・・怠慢と省略による欺瞞、あるいは純粋なる改竄によって撤去するのである」。
http://www.francemedianews.com/article-70295007.html
まさしく、「吐き気を催させるような原子力ロビー」が支配している日本は、「省庁・監視機関」と「原発建設会社・事業社」とが「大規模な共謀行為」を行う『犯罪国家』だ。
こうした『犯罪国家』はその国民にとって災厄であるだけではない。原発推進をめざす欧米の諸国にとっても、日本の「原子力ロビー」は、もはや迷惑な存在でしかない。
フランスもアメリカも「原発をあのサルたちの勝手にさせるべきではなかった」と愚痴をこぼしながら、日本へアドバイスをした。ところがなんと日本の『エリート』たちはこれを拒否したのだ。「いつまでも海水なんか注入し続けて居やがる。これは脅かすしかない」、これが3月下旬、彼らが下した結論だっただろう。
日本は、かつての戦争当時すでに西欧に匹敵する航空機や艦船を作っていたし、戦後も高速鉄道や自動車をはじめ大量の工業製品を作ってきた。こうした技術は本質的には西欧の模倣だろうが、たとえ模倣であっても、技術の分野では、日本は「西欧化」に成功したわけだ。今回の原発震災も「技術」が本当の問題ではないだろう。
しかし社会システムのほうはどうか?3.11の原発震災で、答えは誰の目にもあきらかになった。
近代の日本の社会システムが最初に破綻したのは、太平洋戦争だったが、今回、日本は同じ過ちを繰り返しているようにみえる。しかもあの時代については、ファシズムの歴史的な必然性を考慮しなければならないだろうが、今回は違う。3.11「原発震災」は、近代日本の『組織の論理』のほとんど純粋な帰結といえる。
近代システムは、それ以前と比べて巨大な社会的な生産力や暴力を動員するが、こうした生産力や暴力の獲得は、技術を導入・獲得すれば可能となる。しかしこうした生産力や暴力の制御には、まったく別の次元の能力が必要だ。
生産力や暴力の制御には、専門性を超えた「知性」や「理性」あるいは「倫理」が、「国家レベル」で必要とされる。これは『精神主義的な話』ではない。問題にしているのは、近代システムが必要とする『装備』としての「知性」や「理性」あるいは「倫理」だ。 -
久し振りに「独りファシズム」からの転載である。下記の記事に全面的に同意なので、何も書き加えることはない。
常に「長い物には巻かれろ」「泣く子と地頭には勝てぬ」主義できた臆病者の日本人、あるいは「寄らば大樹の陰」とばかりに権力に擦り寄り、そのおこぼれをもらおうとする下劣な根性の日本人が、この大惨事でもその根性を変えず、日本そのものを作りかえる機運を盛り上げなかったなら、もはや日本には未来は無い。
まずは「民主・自民・公明大連合」という大政翼賛会の阻止が急務だろう。そのためにはネットや新聞などで大連合反対の意見を多くの人間が述べることである。
(以下引用)
2011/03/28 19:51原水爆監視機関の推計では、事故発生以来、大気中に放出される1日当たり平均の放射性物質は、セシウムが5000兆-5京ベクレル、ヨウ素が10京ベクレルとのことです。 チェルノブイリが大事故といえども放射性物資の放出はセシウムは8.5京ベクレル、ヨウ素は176京ベクレルに納まり僅か10日間で収斂しましたが、福島原発は今なお加速的に悪化しています。それに加えウランの4万倍近い放射線力をもつ猛毒のプルトニウムが数千万人の密集する地域で計測不能な質量で飛散していくわけですから、どれほど桁違いの大惨事かということです。
結局のところ、数千万人が緩慢に被爆し続けているわけです。水素爆発、冷却水漏れ、圧力調整により、放射性物質が大気中に放たれていることは周知のことであり、蓋然性からすると既に莫大数の方が呼吸により体内被曝し、今後さらに激増すると考えるべきでしょ。残念ですが、高濃度かつ広範囲に放射能汚染が進捗しているということです。もはや、核は日本民族の宿痾であり、カルマです。おそらく、今後は肺癌、乳癌、小児癌、甲状腺癌、骨肉腫、白内障、白血病などの疾患や奇形、知能障害、発育障害などの出産が多発するでしょ。繰り返しますが、蓋然性です。ちなみに、親類は事業をたたんだ後に5年ほど原発労働へ従事していましたが、50歳少々の若さで逝きました。また、自分の父親は肺癌で亡くなりました。ゆえに、自分はこの事態を矮小化し、救済策を作為的に怠る連中を憎みます。
為政者はインフラの復旧にむけて国が全額負担するとのたまわっていますが、要は起債と増税で公共事業をぶち上げバックマージンを抜きたいというだけのことです。喫緊は「被爆者」に対し今後どのように医療保障を施すか、つまり救済策を法整備し莫大な財源をどう確保していくか、にも拘わらず、この期に及んで利権ありきですから、正真正銘人間のクズです。復旧税に国民の60%以上が同意、などとデタラメな世論誘導にいそしむマスコミもクズです。枝野は「原発の損害賠償は東電だけでは到底まかないきれないので、不足分は財政投融資から拠出し国が負担する。」と弄していますが、完全な詭弁であり詐術です。財政投融資とは国民の個人資産である郵貯、年金、簡保を担保とした公債に他ならないからです。つまり、車で人をはね飛ばした挙句に加害者が被害者の財布から金を抜き取るという、強盗致傷と全く同じ犯罪を国家レベルでやらかそうとしているわけです。
これまで幾度となく利権によって国民生活が破綻する、との旨でエントリーを繰り返してきましたが、結局、今回の原発事故も政官財の利権複合体による災禍です。所詮は一面的考察となりますが、電力会社と経済産業省、文部科学省、国土交通省、厚生労働省、法務省、国家公安委員会が結託し天下りシンジケートを形成。政治屋とマスコミを走狗に飼いならし、野放図かつ放漫な原発行政を推進する、というのがおおよその利権骨子のようです。これにあたり、合法収賄のマネーロンダリングで中心的役割を果たしている(のではないか)と目されるのが以下の公益法人群です。
独立行政法人 原子力安全基盤機構
独立行政法人 原子力発電環境整備機構
独立行政法人 科学技術振興機構
独立行政法人 放射線医学総合研究所
独立行政法人 日本原子力研究開発機構
独立行政法人 産業技術総合研究所地質調査総合センター
財団法人 日本原子文化振興財団
財団法人 日本分析センター
財団法人 日本エネルギー経済研究所
財団法人 日本立地センター
財団法人 放射線影響研究所
財団法人 放射線計測協会
財団法人 放射線照射振興協会
財団法人 放射線影響協会
財団法人 放射線利用振興協会
財団法人 電力中央研究所
財団法人 原子力環境整備促進・資金管理センター
財団法人 原子力国際協力センター
財団法人 原子力公開資料センター
財団法人 原子力安全研究協会
財団法人 原子力発電技術機構
財団法人 原子力研究バックエンド推進センター
財団法人 原子力国際技術センター
財団法人 原子力安全技術センター
財団法人 エネルギー総合工学研究所
財団法人 東電記念科学研究所
財団法人 福井原子力センター
財団法人 核物質管理センター
財団法人 高度情報科学技術研究機構
財団法人 発電設備技術検査協会
社団法人 日本電気工業会
社団法人 日本原子力技術協会
社団法人 日本原子力産業協会
社団法人 日本原子力学会
社団法人 原子燃料政策研究会
社団法人 茨城原子力協議会
社団法人 土木学会 原子力土木委員会 地盤安定性評価部会
社団法人 新金属協会
社団法人 エネルギー・情報工学研究会議
これらはごく一部であり、’学会’や’委員会’と称すグループや法人格が曖昧な団体も多く、毒饅頭を喰らった連中の裾野はとてつもなく広いようです。天下り先は当然この他、電力会社や原発メーカー、関連ゼネコンを網羅しズブズブに癒着しています。いずれの団体の定款にも、原子力施設の安全確保だの、安全管理だの、安全基準の評価・整備だの、運転技術向上だの似たようなことばかり謳われています。つまり完全な重複行政であり、設立目的は業界団体が中央省庁から天下役人を受け入れ、破格の高額給与と引き換えに無軌道な原発行政を黙認させるということです。
しかし、年間数兆円規模の莫大な資本と人材を投じながら、事故の抑止力にならないどころか直近の因果となったわけですから、これらは公益法人というより、むしろ公害法人でしょ。ちなみに、これらの情報システム部は最高スペックの学術計算システムを駆使し、時系列的にどの程度まで被害者、罹患者、補償費、医療費が拡大するのか常時シミュレーションを行っています。食品や被爆の安全基準値引き上げは、この関数に基づいたものと考えていいでしょ。つまり賠償適用の予防線ということです。
実際、天下理事が50名ちかく在籍し職員数と拮抗する法人もありますから、露骨にエゲツないこをやっています。またこれらの要職は東大、京大、名古屋大、大阪大、筑波大をはじめとする有名大学研究者の牙城であり、つまりアカデミズムも利権構造に与し、原発行政から睥睨されているわけです。特筆すべきはいずれの法人も広報部を有し、テレビ各局や広告代理店、新聞社と密接に関連しているということです。ゆえに、報道が原発事故を異常に矮小化し、御用学者が安易な楽観論を垂れ流す事由について、もはや説明するまでもないでしょ。
関連する個人名や来歴、さらなる企業団体名や金の流れについてエントリーをしたいところですが、最近はこんな過疎ブログへもぶっそうなメールが送られてきてますからこれ以上は差し控えます。どっちみち利権の淵源はあまりに深く、広範囲かつ重層的に稀釈され、自分レベルの見識で解き明かすことは到底無理です。知識の多寡によって事象の見え方が全く異なるとヘーゲルやフッサールが看破したとおり、所詮、本文も総論ではなく、各論に過ぎません。
いずれにしろ、医療保障費獲得にあたっては既得権益層からの社会資本奪還なくして到底成し得ないわけで、我々はいやがおうにも生き残るため階級闘争へ対峙しつつあるようです。 -
板垣英憲のブログの一部を転載。
これを転載した意図は、今の世論によく見られる論調がここにも出ているからだ。そして、その論調は国の方向を誤らせる可能性が高い。
それは何かと言うと、「菅総理批判」に夢中になって官僚批判の視点が見失われてしまうことである。
私がずっと前に書いたように(3月24日記事「官僚サボタージュ」)、官邸の機能不全は実は官僚サボタージュの結果ではないかと疑うべきではないだろうか。
菅総理や仙石らを悪者扱いにして、すべての責任を彼らに押しつければ、民主党政権は放っておいても倒れてしまう。つまり、2009年の無血革命は自動消滅するわけだ。それを何よりも望んでいるのが官僚たちと経済界、ジャパンハンドラーズたちである。
官僚たちが「言われたことしかしない」という「順法闘争」をするだけで菅政権は確実に倒れるのである。
もちろん私も菅政権は大嫌いだ。だが、それよりも恐ろしいのがアンシャンレジューム(旧体制)の復活である。日本を食い物にしてきた連中が、この日本の大災害を奇貨としてゾンビのように蘇ろうとしているように私には見えるのである。日本国民が不幸のどん底にいるこんな時でも、彼らは自分たちの利害しか頭にない。彼らはそういう連中なのである。
下記のブログは「官僚=被害者(正義)、菅総理=加害者(悪)」という図式になってはいないか?
(以下引用)
福島第1原発事故が発生した直後、東京・品川にある東京電力のサロンに乗り込み、清水正孝社長を怒鳴り上げ、約3時間にわたって、大声を張り上げて、締め上げたと言われている。このサロンは、東京電力OBやロビーストが出いりしているところであるので、暴力団か総会屋まがいのの行状は、パーッと関係筋に伝わった。
その直後に、菅直人首相は、東京電力本社に押しかけて、「福島第1原発事故対策本部」を設置し、自ら本部長に就任した。清水正孝社長は、副本部長を命じられたものの、気分を悪くして、2回目からは、仮病を使いズル休みを続けていた。
こんな精神状態が正常でない菅直人首相に、だれも「本当の情報」を伝えようとしないのは、当たり前である。その挙句の果てに、菅直人首相は、官僚組織とは無縁の胡散臭い学者を大阪くんだりから招きいれ、母校の東工大の教授たちを呼び寄せて、「サブオピニオン」などと称して重用している。だが、情報独占機関である「霞ヶ関」からの情報が入手べくもなく、あくまても個々の「私見」を頼りにしているにすぎない。
こんな悲惨な状況のなかで、凝りもせず、官僚を怒鳴り続けている。文藝春秋が4月7日号の特集「社長の体調不良も隠していた 東電よ、いつまでタレ流すつもりだ」の1つの柱に「菅が机を叩いて絶叫 トップ官僚『総理の顔は一秒も見たくない』」という見出しをつけて、菅直人首相の国家最高指導者にあるまじき、実に信じ難い行状を暴露している。 各中央省庁の事務次官らトップの心を掴まなければ、いかに総理大臣の権力を振りかざしても、官僚組織は、ピクリ動かない。トップ官僚から総理の顔は一秒も見たくない」と嫌われてしまったのでは、菅直人首相も、「イッカンの終わり」である。 -
「ダイヤモンドオンライン」の「岸博幸のクリエィティブ国富論」から転載。
政府の「自主避難」という国民放棄に対して大学の先生(慶応大学教授)には珍しく正面から政府批判をしている。まあ、実は政府批判をすることは表ジャーナリズムの人間にとってもべつに難しくはない。本当に難しいのは経済界批判である。日本の真の権力はそこにあるからだ。
別の話になるが、「株式日記と経済展望」で民主自民大連合が結局は官僚独裁になるという傾聴に値する論説が書かれていたが、全文を転載すると完全なパクリブログになるので、それは自粛する。ご自分で行かれて一読することをお勧めする。
(以下引用)
福島第一原発20~30キロ圏内で何が起きているのか
自主避難という政府の低劣レトリックで深まる危機
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福島第一原発を巡って予断を許さない状況が続いていることは、日々の報道から皆様もご存知と思いますが、地元の経済は、政府の中途半端で自らの体面や保身を優先した対応により大変なことになっています。
20~30キロ圏で政府がやっていること
読者の皆様もご承知のように、政府は福島第一原発から20キロ圏の住民に対しては避難指示を出していますが、20~30キロ圏の住民に対しては自主避難を促すに止まっています。
この“自主避難”というのは、実は非常に中途半端な命令であることをよく考える必要があります。20キロ圏については法律に基づく命令を出しているので、明示的に危険地帯であると認定しているに対して、20~30キロ圏については、“基本的には安全だけど、念のために自主的に退避した方がいいですよ”と言っているだけなのです。
この、20~30キロ圏が危険なのか安全なのかが不明確な政府の中途半端な対応により、現地では大きな問題が生じています。
政府内からの情報によれば、先週後半の官邸内の会議で「20~30キロ圏の住民には自主退避を促す一方で、動けない人々のために、圏内における経済活動の正常化を民間企業に促す」という、絵に描いたようなアブハチ取らずの方針が確認されたそうです。
また、その方針を受け、地元の経済活動に関連する様々な業界(小売、運輸、輸送など)に対しても、監督官庁を通じて、出来る範囲で従来通りの営業をしてくれないかという打診が来ているようです。
しかし、当たり前のことですが、政府は20~30キロ圏が危険地域と認定している訳ではないので、被曝の可能性について関係者の身の安全は政府が保障しないことが前提となります。となると、従業員の生命と安全を守ろうとするまともな会社は、当然ながらなかなか協力できません。
このため、地元のまともな会社の多くが事業の再開を渋っていると、今度は官邸から、「官邸には20~30キロ圏内で活動すると志願する企業が来ているんだから、業界団体で志願者を募れ!」という圧力が色々なルートからかかってきたようです。
しかし、そのように志願してきた企業の実態は、震災で仕事がキャンセルとなって経営が苦しくなった民間企業が、にっちもさっちも行かなくなって手を挙げているケースが大半のようです。
政府の中途半端な対応ゆえの混乱
官邸のこの対応はちょっとひど過ぎます。自主避難という、危険なのか安全なのか不明確かつ中途半端な指示しか出さない一方で、真っ当に頑張っている民間事業者に対してはそこでの経済活動を強要しているのです。
そして、この問題の解決は実は難しくありません。20~30キロ圏が安全なのか危険なのか、その白黒をまず政府がはっきりさせればいいのです。もちろん、安全と宣言するのは実際には困難です。
そう考えると、現実的には、政府が20~30キロ圏も危険な地域と事実上認めるしかありません。具体的には、民間事業者に対して法律に基づく命令を出せば良いのです。例えば輸送については、道路運送事業法の緊急時の輸送命令を発令すれば、補償責任はすべて政府が負う代わりに、民間の運送事業者を出動させられます。
しかし、そうした対応を取ると、“20~30キロ圏内は基本的には安全なので、あくまでも社会的な理由で自主避難”と言う政府のこれまでの発表・理屈と矛盾してしまいます。だからこそ、法律に基づく命令とかは出さず、行政指導的な圧力を民間にかける形になっているのです。
野菜や水の場合も同様の問題が生じていますが、20~30キロ圏への対応について、官邸は、自分たちがリスクを取りたくないし、批判もされたくないので、自主退避という低劣なレトリックを使い、訳の分からない作戦指示になっているのではないでしょうか。その結果、現場ではずっとこの問題への押し問答が続いているのです。
そのすべての元凶は、20~30キロ圏について屋内退避や自主避難という非常に暫定色の強い措置を、政府がもう2週間も引っ張っていることです。20キロ圏と同様に避難指示を出すか、または安全宣言をするか、白黒をはっきりさせる決断を政府が早く下すべきなのです。
20~30キロ圏内に取り残された人々の生活はますます困窮を極めており、それをこのまま放置しておくと、また命を失う人が増えます。ここで述べたような民間事業者への強要を官邸で誰が中心となってやっているかを、私は個人名レベルで知っていますが、敢えてここでは書きません。
しかし、政治家や官僚のお偉いさん達の保身、アリバイ作り、ええ格好しい、点数稼ぎのせいで現場の経済活動がかえって混乱し、20~30キロ圏の住民の生活が一層苦しくなるというのは、もう見るに耐えません。
今のような国難のときこそ、政府は迅速に決断しなくてはなりません。暫定色の強い判断をこれ以上引っぱり続けてはいけません。この期に及んで保身やアリバイ作りに汲々とするような状態は止めるべきです。 -
「マスコミに載らない海外記事」の、ある記事に付記された管理人コメントを転載。その記事は原子力擁護の「専門家」のインチキさを暴露したものだが、原子力については世界中のアカデミズムが金で汚染されているようだ。金の力は、放射能に匹敵する汚染度だ。その記事も非常に有益だが、ここでは日本にとって切実な意義を持つ管理人コメントだけを引用する。
写真等の引用ができないので付記すれば、コメントの引用部分にある新しい日本国旗は、例の原発マーク。蛇足的解説を加えれば、日本国歌は「君が代は千代に八千代に」から「プルトニウムは千代に八千代に」となる。まあ、プルトニウムの半減期は2万4000年とか言うから、まさしく「千代に八千代に」我が国を汚染し続けるわけである。
管理人氏が言うように、「民主・自民の大連立」こそ亡国の必殺技、これが成立したら、大増税、TPP参加、福祉切り捨て、年金カットは確実だろう。谷垣総理だと? あのラッキョウ頭の中に国民のことなどカケラもあるはずがない。
(以下引用)
こうした事実、マスコミによって隠蔽されたまま、様々な選挙がおこなわれる。それで、大本営広報A紙政治面に、過日掲載された佐々木中という哲学者の発言、一部を、本当にしつこく、またもや引用させていただこう。
「仕方ない空気」どう突き崩す?という題名の記事だ。
みんな、こんな世界は嫌なんでしょう。だけど変えようがないと思い込まされている。しかしそれには全く根拠がない。自民党から民主党、次はみんなの党ですか。つまらない順繰りゲームですね。ナチスが出てくる前にもそういうゲームがあった。ゲーム盤自体をひっくり返すべき時点に来ているのに、なぜコマが進んだだけで喜んでいるのか。私たちはゲーム盤をひっくり返すこともできる。それを初めから排除しているのは人間ではない。家畜です。
「なぜ」と問いましょう。問い続けましょう。われわれは人間なのですから。
日本の多くの国民に、偶然与えられた、ゲーム盤自体を、ちゃぶ台自体をひっくり返せる最初で最後の日本歴史始まって以来の好機。
ところが、今日の大本営広報紙、地方選「質の高い議員を選ぼう」と諭してくれている。美しい日本ではないが、一体「質の高い」「低い」どうやって識別するのだ。選択基準、質の低い大本営広報マスコミに諭されたくはない。
「質が高いだの、低いだの悩む必要」は皆無。極めて単純な選択。別に、暴力革命や、反乱を実行するわけではない。ただの投票行動。
メルトダウン・暴走する新自由主義・属国体制をよしとするか、緊急冷却装置、制御棒といった安全装置を強化するのか、この国には、おなじみの棄民政策(今度は、政府にとって「想定外」の、ユダヤ人並の本格的ディアスポラになるだろう。)を認めるか否か、二つに一つ。ごく単純な選択だ。悩むことは無い。
判別基準、与党・野党やら、減税・増税ではない。原発を推進して来たか否か、属国化を推進して来たか否か、につきるだろう。
その結果、大多数の方は佐々木中氏が言う家畜であることを選択されると思っている。「それでも日本人は原発を選んだ」結果、SF映画状態、公然と進行することになる。
国産の『ゴジラ』だけではない。『猿の惑星』、グレゴリー・ペック主演『渚にて』、あるいはレイモンド・ブリッグズ原作による名作アニメ『風が吹くとき』When the Wind Blows状態、現実化が刻々と近づいている。
高木仁三郎氏の著書に『チェルノブイリ-最後の警告』(七つ森書館、1986年刊)がある。書き下ろしではなく、同時並行的に書かれた文章をまとめたものだが、「日時」を「今」に、「チェルノブイリ」を「福島原発」に変えるだけで済みそうな迫力の記述だ。書評はこちら。
序章末尾(27ページ)の記述を引用しよう。
かつて西ドイツの反原発運動は「明日放射能(ラディオアクティーフ)で汚染されるより、今日立ち上がれ(アクティーフ)」という名文句を生み出したが、「その我々の土地も、今やすでに全面的にラディオアクティーフなんだ。もうこのスローガンも使えないな」電話口の向こうで、苦い声が叫んでいた。
そして、終章「終りの始まり-ウィーンにて」の一部(197-198ページ)も引用しよう。(著者、反原発の国際会議に出席するため、無理をして、はるばる出かけていた。)
ところが、今日デモをしていたら、次のようなスローガンを書いた横断幕に出会った。「放射能で死ぬ(シュテルベン)より、今日立ち上がって身を守れ(ヴェーレン)」なるほどという感じである。「明日汚染されるより」とは言えなくなったので、「明日死ぬより」となったのだ。
単に属国状態にあるだけで、充分悲しいが、更に形容詞がついて「放射能に汚染された」属国となった。悲しすぎるが、これも「日本国民の事故責任」と、宗主国や属国の支配者諸氏は言うだろう。
そこでエープリル、4月1日の話題。
その1:
官房長官のみならず、先生方も、入学式・卒業式では、来年以降、下記の旗に向かって礼をすることになった。
歌については、出だしのみ、「プルトニウムは」に変わった。
その2:
宗主国特殊部隊精鋭140名は、9/11のツイン・タワー同様、小型水素爆弾を福島第一原発の原子炉6基に装填する為、現地入りした。仕掛けが完了次第、一気に起爆、核燃料を雲散霧消させる。水爆をしかけたという報道は一切せず、公式コメントは、「原発が全て暴走してしまった」ということにする。現場に決死のジャーナリストが入っているわけもない為、永遠に機密が洩れることはない。
エープリル、4月1日の話題は以上。
ただし、あり得る話として、その3が漏れていた。実に残念なことに、とんでもない嘘とは言えないので、エープリール・フール・ネタには使えない。:
民主党と自民党の大連立。「想定内」最悪の事態。これは、まさに、破壊された原発の再臨界そのもの。
危険な分量の民主党プルトニウムと、もう一方の危険な分量の自民党プルトニウムとが合体すれば、本格的な、再臨界が始まり、この自律運動・メルトダウン、もう国民には止めようがなく、全国民に、世界に、死の灰をまき散らし続けることになる。絶対に許してはならない最悪の事態だ。悲しみよ、いやファシズムよ、こんにちは。9/11ではなく、3/11を利用した、見事な挙国一致・属国ファシスト国家の完成。
属国が、世界・自国に、莫大な放射能を送り出しそうであれば、福島原発を小型水爆で爆破するのも辞さないかも知れないと妄想してしまう。宗主国の行動様式を冷静に考えれば、広島・長崎に、福島原発が続いて不思議はないだろう。「これで世界の不安を静めた。」と歴史書に書かれるだけ?
イスラエルは、イラクの原発を、稼働前に空爆して破壊した。140人の特殊部隊といっても、敵国の原発を、極力少ない被害で、破壊する研究ならば行っているかも知れないが、商用のスリーマイル原発トラブルを、平和裡に見事に収束させたわけではないだろう。軍隊というもの、破壊が基本任務だろう。直せる可能性など皆無だろうが、冷静に考えれば、原子炉の構造を知り尽くしている、元々の原子炉製造元、アメリカのGE社の技術者、建設業者が、処理作戦の陣頭指揮をとるべきだろう。もし本当のおトモダチならば。欠陥商品を売りつけておいて、後は放置し、ミゴロシ作戦。これが自称トモダチ作戦の実態。
9/11の際、ツインタワー崩壊に伴う粉塵で、今も多数の消防士や警察官が癌に苦しんでいる。粉塵で多数の癌が発生する理由、素人には放射性物質以外に考えられないのだが、宗主国・属国政府もマスコミも、決して触れようとはしない。妄想するゆえんだ。似たような爆発が起きた場合、被曝被害、ニューヨークの一画程度では、おさまらない。
サルコジや、原子力企業の女性社長が、フランスからあわてて飛んできたのも、親切心より、電力のほとんどを原発で生み出している、国家方針そのものが吹き飛んでは困るからこそ、一緒に対策をしたくて、やって来たのだろう。
恐ろし話をもうひとつ。「ロシアが専門家を数人日本に派遣したのを、日本は断った」というのだ。知人からのまた聞きで、小生が、真偽を断定できる立場にはないが、残念ながら、エープリル・フールではない。
破壊の専門家であろう、米軍特殊部隊140人よりも、チェルノブイリ対策で、いまだに苦労しているロシア人専門家のアドバイスの方が、庶民にとっては有り難い結果をもたらすと、素人には思える。 -
「ROCKWAY EXPRESS」より転載。
日本の大災害で、世界情勢などもはや関心の外というのが現在の日本人の心情だろうが、世界政治と無関係に日本が存在するわけにはいかない。リビアだけでなく、それ以前のイラク、アフガンも含めて、世界は今欧米による世界支配の危機的状況にあるのである。つまり、世界の植民地化だ。世界は実は今も帝国主義の段階にあるのである。
(以下引用)
石油のためのリビアの血:バンパイアー・ウォー
リビア空爆アメリカ戦闘機
◆4月1日
リビアはやはり狙われていたようだ。あのパンナム103便爆破事件も、仲間のCIAやFBI捜査官らを殺害するためアメリカがでっち上げ事件だった。CIAのヘロインが絡んだ取引を保護するためである。そして濡れ衣はリビアに掛けられた。ハーグ特別法廷もグルだ。一切が茶番劇。
しかし、このCIAの情報提供者であるスーザン・リンダウアー氏が語っているように、そしてこのブログでも何回も指摘したように、アラブの民衆は確かに目覚めだしたのであり、どのような工作と侵略が企てられようと、欧米の意図はやがては崩されていくほかないだろう。
今日本で始まっている天変地異や原発問題とその影響、あるいは天変地異そのものが、やがて世界へと拡大していく気配にあり、彼らの足元さえも危なくなりだすのである。今は最後の嵐の前の静けさを楽しんでおればいいのだ。しかし一度(ひとたび)、事がおき始めれば、容赦ないことになっていくのを彼らも目のあたりにすることになる。
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●石油のためのリビアの血:バンパイアー・ウォー
http://www.thepeoplesvoice.org/TPV3/Voices.php/2011/03/28/libya-s-blood-for-oil-the-vampire-war
【3月28日 By Susan Lindauer】
誰のことをコケにしているのか? アメリカ、イギリス、NATOは敵を封じ込めるために一般民衆のことは無視している。彼らの軍隊は毎日一般民衆を容赦なく爆撃している。彼らはリビアに目を向ける前にイラクとアフガンの殆どの市街を破壊してしまった。さて、一体本当は何が起きているのだろうか?
CIAによれば以下のことは起きていないことになっている・・・
昨年の10月、アメリカの巨大石油会社であるシェブロンとオクシデンタル石油はリビアから撤退するという驚くべき決定を下した。一方、中国、ドイツ、イタリアは留まり、カダフィ政府と大型の契約をした。
アメリカの工作員として、リビア外交員らとロッカービー裁判で交渉を開始していた者として自分はリビアの国連代表団と密接な関係を1995年から2003年まで持っていた。ロッカービー裁判が長丁場にわたったので、自分はリビアの高度な情報の裏話に対する特別なアクセツを保持していた。
◆昨年夏、その裏話が本当になりだした
昨年の7月頃、自分はカダフィがアメリカとイギリスの石油会社に圧力を掛けて、特別な手数料を出させるようにし、パンナム103便の犠牲者の家族へのリビアの補償金のコストをキックバックさせているということを聞いた。ロッカービー爆弾事件のダメージの支払はリビアに対する制裁終了の条件であった。そして勿論国連はカダフィに対してハーグでの特別裁判のため二人のリビア人の引渡しを要請していた。ただしロッカービー事件におけるリビアの無実は信用ある人々は誰も知っていた。(支持率のポイントを稼ごうとする無知な政治家だけそうではないが)
カダフィは実際上記の件をやったと自分は思った。彼はアメリカの石油会社から代償を引き出す時が来るのを待っていたのだ。彼は狡猾な奴で、非常に頭がよく抜け目がない。正に彼はそのように動いた。それで今や彼はリベンジし始めたのだ。アメリカは怒り狂った。カダフィは石油吸血会社が願うようには動かなかった。われらの時代のバンパイアーである石油産業界が地を徘徊し、諸国から生命を吸って自らの利益に対する渇望を満たしている。彼らがリビアに取り憑いた時、、カダフィは現代のロビン・フッドの役割を演じたのだ。国連の制裁下で苦しんだリビア人の損失を再び取り戻すことに執着した。
一年前の2009年8月に遡って、270人が死亡したロッカービー爆弾事件で有罪となったたった一人のリビア人であるアブデルバセット・メグラヒは恩赦でスコットランドの刑務所から釈放された。表面上は、イギリス政府もスコットランド裁判所も、欧州裁判所にとって困惑させられる不服申立てを取り下げるという条件で、癌が進行しているメグラヒの自宅で死にたいという希望を受け入れたことになっている。メグラヒを釈放するという決定の後、ロッカービー裁判を扱うハーグ特別法廷における腐敗構造が明るみに出た。検察側の証人らが、メグラヒに対する証言をする見返りにアメリカから各自400万ドルを受け取ったと証言したのだ。司法の腐敗に関するショッキングな証言である。
ロッカービー判決文は問題点に満ちている。1980年代のテロリズムについて知っている者は誰でも、CIAがレバノンの捕虜問題の危機の時にベッカー高原のヘロイン取引を絡ませたことを知っている。ロッカービー・コンスピラシーはヘロイン取引網を保護する見返りに、CIAと国防情報部によるイスラミック・ジハードからのキックバックに関する共同捜査を抹殺するでっち上げ作戦である。
私自身が持つCIA工作員のレバノンとシリアに居住したリチャード・フュイズ博士によれば、CIAはレバノンからヨーロッパ経由でアメリカに向かうドラッグ・ルートを作っていた。彼の指摘は他のソースからの情報と合致している。つまり、「コレア作戦」はレバノンの捕虜の居場所の情報の見返りにモンザー・アル・カサーに率いられたシリアのドラッグ取引グループにパンナム便でヘロインをアメリカに運び出すことをさせていたという。CIAはヘロインを忍ばせたスーツケースは通関で調べられないようにさせていた。「ゴッドファーザー・テロ」と名づけられた作戦で、アル・カサーは今はコロンビアのドラッグ・カルテルと共謀してアメリカ人を暗殺したことで刑務所に入っている。
ロッカービー事件を仕立てる時、チャールス・デニス・マッキー少佐が率いるベイルートの国防情報部チームは、CIAのヘロイン網に対する浸透が捕虜問題を延長させているかもしれないと疑っていた。もしもそうならば、その結果は厳しいものになるだろう。AP通信記者のテリー・アンダーソンは7年間地下に鎖で繋がれていたし、その他の96名の欧米の人々も殴られ、殺されると脅され、トラウマに悩まされていた。
マッキーのチームは、麻薬ドルの利益を得ているCIAのダブル・エージェントは、彼らのドラッグ網が摘発されることになれば捕虜を囲っている者たちに警告するかもしれないとワシントン政府に警告を発した。政府は証拠を集めようと現地調査団をレバノンに送った。
パンナム機が爆破された日、機上にはCIAとFBIの捜査官、ベイルートに派遣されたCIA副長官とマッキーとガノンを含む3人の国防情報部将官らが乗り込んでいた。彼らはヘロイン取引におけるCIAの役割、テロリストに資金提供する影響、そして捕虜危機に関するレポートを渡すため、ワシントンに向かう途中だったのだ。
つまり、ヘロイン取引からのCIAのキックバックを直接知る者たちは誰もがパンナム103便で死んでしまったのだ。50万ドル相当のヘロインが入ったスーツケースは残骸から発見された。これは腐敗の証拠として捜査員に属するものだ。
この話の落ちは、アメリカ国務省が、政府職員はその特定の日のその特定の便への搭乗を避けるべきという、内部向けの旅行注意書を出していたことだ。それはパンナム103便は爆破されることが分かっていたからだ。その通り。皆さん、アメリカは攻撃があるということを知っていたのだ。
許しがたい事は、誰もその事をチャールス・マッキーにもマシュー・ガノンにも告げなかったということだ。しかしその他の軍将官と外交官らはその便を取りやめ、クリスマス休暇で旅行するシラキュース大学の学生に席を空けたのである。
これは獣の行為である。しかし、ヘロイン取引におけるCIAの役割を隠蔽するためメグラヒを非難することは、多くの人々が大変に不公平なこととして受け取ったし、証言を400万ドルで買収したこととメグラヒが終身刑を受けたことは卑劣過ぎる。
それはカダフィも重大な打撃として受け止めた。国連はリビアにロッカービー事件の犠牲者の家族に対して27億ドルをかき集めさせたが、これは犠牲者一人1000万ドル相当になる。アメリカが二人の重要証人に偽証する報酬として各自400万ドル支払ったことがはっきりしたことで、カダフィがリビアで操業しているアメリカ(とおそらくイギリス)の石油企業から代償を要請するという大胆な動きをしたという噂が夏の期間を通して広まった。
リビアのキックバックと代償の要請は他のヨーロッパのとりわけ今リビア攻撃の先鋒となっているフランスとイタリアの石油コングロマリットにも拡大した。
自分は昨年夏、問題があったことを知っていた。ペイバックは両サイドだったかもしれない。テロの嘘の申し立てで刑務所に10年いて、許しを期待している無実の男を見ているのではない。アメリカとイギリスは驚くべき身勝手な動きをしたのだ。カダフィが公正の天秤の目盛りのバランスを取ろうとしたことは、民族主義の正当なひらめきを示していたと認めるべきである。
しかし、彼のクレームが正当化されたとしてもカダフィは火遊びをしてしまった。反撃されることを知った上でなければ、専制君主を攻撃するようなことはしないものだ。正にそういうことが今起きていることだ。
自己欺瞞はやめよう。これは石油の戦争なのだ。そしてこれは帝国主義者のダブルスタンダードの臭いを放っている。グローバル・リサーチのチョスドフスキー教授の二つの論文は必読文献だ。「リビア作戦と石油のための戦い:アフリカ地図の引き直し」と「反乱と軍事介入:アメリカ・NATOのリビア・クーデタ計画?」
アメリカやNATOのリビアに対する行動に正当性はない。国連憲章は主権国家が自分達の政府に対する反乱者を制圧する権利を認めている。更には多くの評者は軍事介入の計画がアメリカとヨーロッパの指導者らが認めたいレベルよりずっと大掛かりであると指摘している。
自分としては、戦争計画作成はアラブ世界で民主化運動が始まる数ヶ月前から始まっていたことを知っている。アメリカとヨーロッパの石油政策にとって幸運なことだった。多分幸運過ぎたと言えるだろう。
チョスドフスキーが書いているように、「数百人の米英仏の軍事顧問団が2月23日と24日にリビアの東部にあるシレナイカに到着した。これはカダフィに対する反乱が始まってから7日後のことだった。情報将校を含むこの顧問団は、沿岸都市のベンガジとトブルクで戦艦とミサイル艦から下船した。東リビアの地上の特殊部隊は反乱勢力に対し隠れた支援を行った」。ロンドンのタイムズ紙によれば、8人のイギリス特殊部隊コマンドが軍事顧問として行動していてベンガジで逮捕されたと言う。
我々は米英、それにヨーロッパが7日間の短期の軍事介入を計画し、協調し、実行することを信じさせられようとしている-2月中旬に始まったリビア人の反乱からリビアに軍事顧問団が到着した2月23、24日まで!
◆それは戦略的に不可能だ
シェブロンとオクシデンタル石油がアメリカ政府に不満を口にし、カダフィの民族主義的姿勢が石油商売に介入してきたと苦情を言った時、カダフィの運命が数ヶ月前に決められていなかったということを私に納得させることは誰もできない。その時から、軍事介入ということが計画表にあったことは、愛国者法が9月11日を待ちながら引き出しの中に準備されていたと同様に確かなことである。
メッセージはシンプルだ:石油企業に対する要求を続けよ、そしてあなたの政府と民衆はそのツケを支払わされることだろう:我々にあなたのところの石油を出来る限り安価で与えよ、さもなくば死だ。
自己欺瞞はやめよう。誰もリビアやイラクの苦悩に関心を持つ者はいない。村を救うためにそこを爆撃するようなことはしないものだ。アメリカ、イギリス、NATOは隣のいじめっ子なのだ。巨大石油企業の用心棒なのだ。
リビア、イラク、アフガンは共通して持っているものがある。彼らは膨大な石油・鉱物資源を持っている。それで、彼らは私が言っている「バンバイア・ウォー」の犠牲者なのだ。アラブの君主らは報酬を得ている一方、吸血鬼らはアラブの民衆から生命の血を抜き出している。彼らは豊かな自分らの社会の中でようやく生きている状態だ。民衆と国内経済は社会秩序を維持するために保たれているが、自分達の国家の冨の滋養を摂取できないでいる。
民主化革命は警告を発しているということを、巨大石油企業、あるいはアメリカやイギリス政府内の彼らの守護者たちが理解している、ないしはどう対処すればいいのか分かっているとは思えない。アラブの民衆はこの犠牲にされ続けるという事態にほとほと嫌気が差している。彼らは自分達を主張し出したのであり、また自分達の国家から生命の血を抜き取るこの吸血鬼らの心臓をどうぶち抜けばいいのか理解しだしている。
彼らが理解した時が、悪辣な者たちの最後だ!
