"経済・政治・社会"カテゴリーの記事一覧
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「酔生夢人のブログ」で取り上げた明月飛鳥氏の「天皇論・日本国憲法論」だが、少し容量の大きいこちらで検討してみる。
氏の論文を細部に分けて、氏の文章に続けて私の考察(赤字にする)を書く形式にする。
(以下架空対論)「対論」とは言っても一方的にこちらの文章をくっつけるだけである。「戦わない日本」は正しかったのか?
タイトルに反戦を掲げるブログが、いったい何を言ってるのか?と思われるかもしれない。(考察5)まあ、電信柱が高いのも、郵便ポストが赤いのも、みんな日本国憲法が悪いのよ、という感じで、論じるに値しない。
ついにあいつは極右になってしまったのか、とリベラル諸氏に唾棄されるかもしれないが、やはり言わずにいられない。
「戦わない日本」は正しかったのか?オリンピック一色のマスコミは、閉幕と同時に今年もアリバイのように戦争関連の番組を流すのだろう。そして、8月限定の「非戦の誓い」を誰もが口にする。それで1年分の免罪符を手に入れて、残りの11ヶ月を安穏と過ごす。日本の侵略戦争が極悪であり、二度と繰り返してはいけない ということには、何の異論も無い。日本が受けた原爆や空爆という無差別殺戮も、決して許してはいけない。その反省が、日本国憲法に込められているというのも、ウソではないと思う。しかしそこには、重大な誤魔化しがあるのだ。戦わない日本は、戦えない日本になった。戦わない日本は、戦争の責任をとらない日本になった。戦わない日本は、戦争と戦わない日本になった。この事実から、誰もが目をそらし、知らないふりをしている。
(考察1)「戦わない日本」「戦えない日本」とは、憲法9条の「戦争放棄」を言うと思われる。とすれば、氏は9条を廃棄し、「日本が国軍を持ち、戦争のできる国にしたい」という意見だと解釈していいのだろうか。そして「戦わない日本」はなぜ「戦争の責任を取らない日本になった」と言えるのか。その論理が不明である。さらに「戦わない日本は、戦争と戦わない日本になった」は無理なレトリックであるが、好意的に解釈すれば「日本の平和運動は偽善である」ということだろうが、「この事実」がすぐ上の一文だけを指すなら、どういう「事実」から、日本が「戦争と戦わない日本になった」と言えるのか。それとこれとは別問題だろう と言う方にはお聞きしたい。憲法に1条と9条が共存しているわけを。護憲派の皆さんは「1条はちょっとモゴモゴ」と口を濁しながら、「9条最高!」と声を上げるが、そのモゴモゴは何なのか、はっきりさせてもらいたい。1条と9条が共存している憲法など、学生時代に障がい者の同級生を虐待し、それを面白おかしくメディアで語っていた外道が、「ボクちゃん反省したので平和の祭典やっちゃいます、テヘ!」と言ってるようなもんだ。これまで護憲派の皆さんに忖度してあまり口にしなかったけれども、私は日本国憲法を見ると胸くそが悪くなる。
(考察2)1条「天皇を国民統合の象徴とする」という、象徴天皇制規定だが、それと9条がなぜ矛盾するのか。この規定によって、明治以降の「君主としての天皇」から、「象徴としての天皇」になり、国事行為以外の政治的関与が不可能になったわけで、それはまさしく9条と並行して「民主主義」と「平和主義」を成立させているのではないか。仮に、「象徴天皇制」に反対するとしても、それは9条と1条が矛盾する根拠にはならないだろう。1条は1条、9条は9条であり、たとえば刑法のある箇条と他の箇条が併存するのと同じである。日本を平穏に武装解除したいマッカーサーと、天皇制を護持したい幣原喜重郎のあうんの呼吸でできたのが日本国憲法だということについては、細部はともかく大枠はほぼ定説になっている。もちろん、その背景に侵略された国の怒りはもちろん、多くの日本人の反省もあったことは確かだ。しかし一方で、マッカーサーをして「天皇を起訴すれば、間違いなく日本人の間に激しい動揺を起こすであろうし、その反響は計り知れないものがある。まず占領軍を大幅に増大することが絶対に必要となってくる。それは最小限10万の軍隊が必要となろうし、その軍隊を無期限に駐屯させなければならないような事態も十分ありうる」(上記記事より引用)と言わしめるほどの、国体護持=戦争の反省などしていない世論があったということだ。つまり日本国憲法は、戦争をしない非戦の誓いだけから生まれたのではなく、戦争を反省しない非省の意思も込められているのである。そのことから目を背け、「憲法バンザイ 大好き!」と言っている時点で、すでに戦争との戦いを放棄しているのだ。
(考察3)いろいろと論駁すべきことがあって面倒だが、まず、飛鳥氏はマッカーサーの言葉に基づいて書いている。その言葉が事実あったとしよう。とすれば、問題は、「天皇をその実権を奪いながら、象徴として存続させることで、日本を平和裏に治めようとした」その戦略は正しかったのか、日本人に不利益を与えたのか、ということが問題になるだろう。私は、それは日本人にとって大きなメリットで、日本の戦後復興はそれによって平和の中で(つまり、「革命運動による騒乱と流血」無しに)急速に進んだと思っている。もちろん、天皇免責によって日本人の道徳的退廃も生じただろうが、それは天皇処刑による道徳的退廃とどちらが大きかったか、分からない。戦争協力者を全員処刑することなど不可能だったのである。少なくとも、「国体護持論者」とは、「君主としての天皇」の存続を求めたのであり、それは憲法第1条で否定されたわけだ。「日本国憲法は、戦争を反省しない非省の意思がこめられている」は詭弁だろう。国民すべてがすべての条項に同意する憲法など、どの世界にも存在しないはずだ。自らの手で、自らの戦争犯罪を裁くことが出来ず、憲法をその身代わりにした日本は、戦争と戦うことを放棄したばかりか、主権そのものを放棄してしまった。数人のA級戦犯に責任をおしつけ、昭和天皇を筆頭に膨大な戦争犯罪、戦争責任を不問にしてもらうことと引き替えに、自らのことを自ら決める主権を放棄したのだ。その象徴が在日米軍である。敗戦直後にマッカーサーが「天皇を起訴すれば10万の軍隊を無期限に駐屯」することになると言っていたが、何のことはない天皇が存続し76年経った今でも、4万の軍隊が事実上無制限の権限をもって無期限に駐留している。そして、そのことにごく少数の人以外は違和感すら感じていない。
(考察4)「自らの手で、自らの戦争犯罪を裁くことができず」は、当たり前である。ほとんどの日本国民が戦争遂行に同意していたのだから、「自分の手で自分の首を絞めろ」と言うようなものだ。他の敗戦国でも、一部の人間に戦争責任を押し付けるだけだったはずだ。「憲法をその身代わりにした」は意味不明。無理に解釈するなら、「身代わり」とは、戦争責任を天皇に取らせる代わり、「象徴天皇」としたことだろうか。ならば、それはマッカーサーとしては賢明であり、日本国民は、一部の軍人や一部の政治家以外のすべての国民が戦争責任から赦免されたのである。これは喜ぶべきことだろう。たとえば、ユダヤ人虐殺の責任をナチスだけに押し付けたようなものだ。本当はあらゆるドイツ国民が有罪だったのである。なお、在日米軍の問題は「日米安保条約」の問題であり、「国防のためには軍隊は必須である」、と飛鳥氏が思うなら、9条廃棄を主張してもいいが、在日米軍に国防を任せようが国軍を持とうがさほど違いはない。どちらも、誰かに巧妙に私物化されるだけのことだ。9条のために国防費が抑制されてきたことが、戦後日本の高度経済成長の要因だったのである。で、9条廃棄こそが安倍一派、日本会議一派の主張の最大のポイントであり、この点ではまさに飛鳥氏は安倍一派の仲間だと認めるべきなのである。そのどこが「反戦主義者」なのか。安倍晋三が悪行の限りを尽くしても、菅義偉がいかに無能無策を続けても、利権にまみれたオリンピックのためにコロナ激増で医療崩壊を招いても、温和しくお行儀良く言うことを聞く「戦わない日本」の姿は、戦争犯罪を自ら裁くことをせず、その代わりに憲法というまやかしをもらって喜んできたことの帰結だ。原発が目の前で爆発しても、ほんの数ヶ月で忘れてしまう「戦わない日本」は、原爆を落とされた被害者が「過ちは繰り返しませぬ」と言ってしまう日本の延長線にある。PR -
「今の日本の姿」を「下級国民の経済状況」からリサーチした好記事である。
で、問題は「なぜそうなったのか」「これはどのように変えるべきか、また変えられるか」ということだが、それを論じると長くなるので、要点だけ少し言う。
これから発表される予定の岸田総理の「新しい資本主義」がどんな内容になるか、興味はあるが、微温的なものになりそうな気もする。社会の根本を変えるとなると、まさに「資本主義と社会主義の結合」しかないだろう。つまり、かつて欧米先進国で言われた「揺り籠から墓場まで」の福祉国家である。
(以下引用)大手銀行内定→“生涯年収6億円”の時代から、年収400万円→“高給取り”の時代へ…「メルカリがあるから暮らしていける」で良いの?
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「大摩邇」所載の「donのブログ」記事の一部だが、新コロやPCR検査の問題点、そして世間で罷り通っている「感染者数」のデタラメさが簡潔明瞭に書かれている。わりと早い時期に書かれた文章らしいことが、文中の「第二波」という言葉から分かるが、ここに書かれた「基本」が人々に知られないままであることが「新コロ問題」の最大のポイントだろう。
すべて重要だが、特に注意したい点(白痴でなければ誰でも理解できるだろう)は赤字にしておく。
(以下引用)新型コロナ「検査の陽性者」=「感染者」ではない…!PCR検査の本当の意味ウイルス学研究者の定義する「根本的な感染」はここ最近の報道では、新型コロナウイルスの「第2波」とも伝えられる現在の流行に関し、8月下旬、「7月末がピークであり、新規の感染者数はゆるやかに減少している」との専門家の見方が示されています。厚生労働省に助言する専門家組織(アドバイザリーボード)の見解です。その根拠として、「1人の感染者が何人にうつすかを示す実効再生産数は、8月上旬の段階で多くの地域で1を下回っている」ということがあげられ、その結果、「感染は縮小している」との趣旨でした。たしかに大筋では現在の状況はその見解に近いものにあるとは感じています。しかし、ウイルスを研究してきたものとして、この見解とその報道の仕方には異論があります。日本で「第2波」がきている根拠として、「検査の陽性者」を「感染者」としてとらえ、報道されていることがほとんどで、これはとてもとても重大な問題です。私の結論から申し上げると、「検査の陽性者」=「感染者」ではありません。報道機関をはじめ、医師や専門家がこのことを指摘しないことはそれ以上に問題といっていいでしょう。では、そもそも「検査陽性」とはどのような状態かをまず考えてみましょう。新型コロナウイルス感染症(CОVID-19)では、ほぼすべての国での検査はPCR検査によるものがほとんどですので、ここでは「PCR検査で陽性となった」ことの意味から説明します。PCR検査でわかるのは、ウイルスが「いる」か「いないか」だけPCR検査での陽性とは、PCR検査で新型コロナウイルスが検出されたことを意味します。PCR法は何を検出しているのかというと、ウイルス遺伝子(新型コロナウイルスRNA)の断片になります。ウイルス遺伝子の断片が見つかったということは、「ウイルスが今いる」、あるいは、「少し前にいた痕跡がある」ということになります。つまり、ウイルスの断片が残っていれば陽性になるということです。そのうえで、ウイルスの状態がどうなのかまでは、わかりません。ここがポイントです。PCR検査で確定できないことはいくつもあるのです。その例を5つ示します。1=「ウイルスが生きているか」「死んでいるか」もわからない。ウイルスは「生物」ではないという考え方もあり、正式には「活性がある」との意味ですが、この記事では一般にわかりやすいように「生きている」と表現します。PCR検査では、ウイルスが生きていなくても、ウイルス遺伝子の一部が残っていれば陽性になります。2=「ウイルスが細胞に感染しているかどうか」もわからない。PCR検査では、細胞に感染する前のただ体内に「いる」段階でも陽性になりますし、感染し細胞に侵入したあとのいずれの場合でも陽性になります。3=「感染した人が発症しているかどうか」もわからない。PCR検査では、発症していてもしていなくても、ウイルス遺伝子の一部が残っていれば、ウイルスはいることになるので検査は陽性になります。4=「陽性者が他人に感染させるかどうか」もわからない。たとえば、体内のウイルスが死んでおり、断片だけが残っている場合は他人に移すことはありません。また、ウイルスが生きていても、その数が少なければ人にうつすことはできません。通常ウイルスが感染するためには、数百〜数万以上のウイルス量が必要になります。しかし、PCR法は遺伝子を数百万〜数億倍に増幅して調べる検査法なので、極端な話、体内に1個〜数個のウイルスしかいない場合でも陽性になる場合があります。5=ウイルスが「今、いるのか」「少し前にいた」のかも、わからない。一度感染すると、ウイルスの断片は鼻咽頭からは1〜2週間、便からは1〜2か月も検出されることがあります。これらはあくまで遺伝子の断片です。感染とは「生きたウイルス」が細胞内に入ることで、発症とは別いっぽうで、「ウイルスに感染している」とは、どのような状態かというと、感染しているとは、通常(生きた)ウイルスが細胞内に入ることを意味します。新型コロナウイルスは多くの場合、気道から感染します。気道に生きたウイルスがいても、粘膜や粘液、さらにはウイルスを排出する気道細胞のブラシのような異物を排除する作用などが強ければ、排除され感染に至りません。これらは重要な自然免疫の作用の一つです。補足すると、自然免疫にはさらに白血球などの細胞が関係する免疫もあります。また、生きたウイルスが細胞内に入り、「感染」したとしても、その後に症状が出るかどうかはわかりません。細胞内に侵入しても、細胞の自浄作用などでウイルスの増殖を阻止する場合があります。また、感染細胞が少ない場合も症状としては出ません。これらの場合は発症しないことになります。一般には、感染したが症状が出ない場合を「不顕性感染」、感染して症状が出る場合を「顕性感染」といいます。不顕性感染という言葉はよく使われますが、新型コロナウイルスでは、「ウイルスが気道にいるが感染する前の状態」と「感染してからも症状が出ない状態」の両方を不顕性感染とひとくくりにして使われていると思われます。理由は、これらの違いを区別できないからです。不顕性感染では、通常症状が出ないまま(主に自然免疫系の働きで)治っていると考えられます。通常の感染症の場合、症状が出ない場合は感染しているかどうかわからない訳ですから、病院の受診も検査も薬の服用もしないことになります。「発症」とは、症状を認める状態それに対して、顕性感染は感染し症状を認める状態ですので、通常の感染症の場合、感染とはこの状態を指すことになります。この状態で病院を受診し検査を受けてはじめて「感染している」といわれるのです。では、新型コロナウイルス感染症の「発症」とはどのような状態でしょうか。新型コロナウイルス感染症が発症するとは、「病気として症状を認めること」をいいます。当然ですが発症している人が、感染した患者さんとなります。ウイルスに体内の細胞内に侵入(=感染)されてしまうと、隠れてしまったような状態となり、通常、免疫系はウイルスを見つけることができずにウイルスを排除できません。この感染してから症状を認めるまでの期間を潜伏期といいますが、この間は症状が出ないのです。症状が出るのは、ウイルスが細胞内で増殖し、感染細胞を破壊するか血液などを介して全身に広がることにより生じます。「検査陽性者」を「感染者」とすることが問題になる理由さて、ここからが、「検査の陽性者」を「感染者」とすることが、なぜ問題になるのかの説明になりますが、まずは、一般的な風邪のケースをあげてみます。風邪とは、もちろん風邪の原因となるウイルスの感染により起こる病気です。寒い冬に、素っ裸で布団もかぶらずに寝てしまったら、よほど強靭な人でなければ、間違いなく風邪をひきます。では、冬に裸で寝たときだけ「偶然に」「運悪く」風邪のウイルスをもらっているのでしょうか?そうではなく、風邪のウイルスには、裸で寝ようが普通に寝ようが、私たちは普段から常に接触しているのです。つまり、常にウイルスは気道上(のどや鼻)に「いる」のです。しかし、正常な免疫力がある場合には、風邪のウイルスに感染せずに発症もしません。風邪にかかったのは、冷えなどで免疫力が低下したことによるのです。つまり、通常の免疫力がある場合は気道にウイルスがいても全く発症しないのです。もし、ウイルスが「いる」状態(PCR検査陽性)を感染=病気としたら、風邪の場合は国民のほぼ全員が感染している、つまり風邪をひいているということになります。つまり「検査陽性=ウイルスがいる」ことだけでは「感染といってはいけない」のです。ウイルスをもらっても感染しなければ何も問題はない私たちは身の回りに存在する微生物と常に接触しているわけですから、ウイルスをもらっても(ウイルスがいても)感染しなければ何も問題はありません。感染しても発症しなければいいのです。そして、たとえ発症しても、重症化しなければいいのです。補足ですが、これらを決めているのは、ウイルス自体ではなくウイルスをもらった側の免疫力であることも大切な部分です。現在の日本では、「検査陽性数」=「感染者数」であり、ときには、「感染者数=発症数=患者数」としてひとくくりにされている場合が見られます。ここは今こそ明確に区別して伝える段階にあるのではないでしょうか。ただし誤解のないように申し添えると、私はPCR検査に問題があるといっているわけではありません。PCR法は一般にはウイルスをもれなく見つける精度はとても高い検査になります。繰り返しになりますが、遺伝子の一部を数百万倍から数億倍にも増やして検出しますので、理論的にはわずか1個〜数個の遺伝子の断片でも検出できます。しかし、新型コロナウイルスに対してでは、この「もれなく見つけるという能力」が低く、精度は70%ほどと推定されており、せっかくのメリットが生かされていません。この能力が低い理由は様々なことが考えられますが、大きくはウイルス量が少ないこととウイルスが変異していることの2点になると思います。にもかかわらず、新型コロナウイルスの検査法ととし、PCR法が世界で共通して行われているのは、他の検査法がないためという点に尽きます。陽性者が少ない状態で検査数を増やすと、間違いばかりが多くなる検査にはある程度の間違いが必ず生じます。まず、PCR法は、まれに間違えて、他のウイルスを持っている人やウイルスがいない人(陰性)をいる(陽性)と判定してしまうことがあります。間違いの頻度が少なくても、数が多くなると問題が大きくなります。とくに陽性者が少ない状態で検査数を増やすと、この間違えて「陰性を陽性」としてしまう数ばかりが多くなってしまうのです。しかし、これを理由にPCR検査がまったく意味がないということにはなりません。陽性者が少ない状態で検査を増やすのが問題ですので、本当の陽性者が多いと疑われる集団に限定して検査するのは問題ないのです。つまり、PCR検査とは、無症状の人を含めて闇雲に検査をするものではなく、医師が診察して(あるいは問診などにより)コロナウイルスの検査が必要だと判断した人(陽性の可能性が高い人)に対して行う検査なのです。PCR検査は、これらのことを熟知して検査するのであれば、全く問題なくとても有益な検査になります。検査に精力を傾けるよりもみずからの暮らし方や食生活を見直すもう一点、逆の視点から補足すると、「検査陰性」でも絶対に安全とはいえないのが、PCR検査でもあるのです。ウイルスをもらってすぐ、あるいは細胞に感染してすぐの状態でウイルスが増えていない場合では、結果は陰性になります。また、検査した後に新たにウイルスをもらっている可能性がありますので、検査が陰性であっても、絶対に安全とはいえません。安全性を高めるためには、定期的に繰り返しの検査が必要になりますが、それでも絶対にはなりませんし、費用や煩雑さの問題も生じます。そもそも新型コロナウイルスはそこまでして絶対にいないことを確認する必要があるウイルスではない、と私は考えています。そこに精力を注ぐよりも、みずからの暮らし方や食生活を見直し、不自然な日常をひとつずつでも自然に沿った暮らし方に改めていくことが、自分自身の免疫力や自然治癒力を高めていくことにつながります。それこそが、新型コロナを恐れない根本的、かつ、唯一の方法と信じています。現在の流行は「感染の第2波」ではなく「第1波のくすぶり」ととらえるべき最後にもうひとつ、定義があいまいなことは「感染の第2波」です。いったんは収束しつつあったとされた日本や、ヨーロッパ諸国で現在起きているとされる第2波は「何」を指していっている言葉でしょうか?私は、全世界208か国のPCR陽性数やPCR検査数、死亡数などのデータを集めています。詳しい解析結果は私のSNSに紹介していますので、ここでは省きますが、現在の第2波がきているとされる世界のすべての国(16カ国)のデータをまとめると次のようなことが見えてきました。●流行は必ず収束するが、患者の発生がなくなることはない。私はこれを「くすぶり状態」といっています。●COVID-19では不顕性感染が多く、検査数が増えると陽性数も増えるため、陽性数だけでは第1波と第2波を単純に比較できない。●陽性率(陽性者/検査数)を計算すると、全世界のすべての国の解析で第1波の陽性数ともよく相似しており、陽性数よりも流行の実態に近いと考えられる。●第2波がきているように見えても、陽性率の推移ではほとんどの国(13か国)が第1波後のくすぶりの状態であり、死亡数の増加はみられない。日本もこの中に入る。13か国とは、日本、スロベニア、フランス、ベルギー、オランダ、ルクセンブルグ、デンマーク、ギリシア、マルタ、スロバキア、スペイン、カンボジア、トニダード・トバゴです。●本当に第2波がきていると考えられる(陽性率も増加している)のはわずかに3か国だけで、第2波の死亡数が増加しているのは、この3か国のみである。3か国とは、オーストラリア、イスラエル、クロアチアです。●現在の日本の陽性者数であれば、今後重症者や死亡数が大きく増加する可能性は低いと思われる。現在の日本の現状は、陽性数がかなり増加しているように見えても、陽性率ではほとんど増えておらず、第1波後の「くすぶりの状態」の範囲内というのが私の結論です。つまり、見かけ上、「第2波」のよう見える今の流行は、本当の第2波ではないと思われます。陽性率もわずかに上昇していますので、これを仮に「第2波」としても、とても小さな第2波ということになります。今後、新型コロナウイルス感染症は、単純に検査陽性数だけではなく、陽性率や重症者数、死亡数に着目していく必要があると考えています。そういう意味では、真の第2波に備えることは、これまで以上に大切になるでしょう。 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私は知らなかったが、ジェームズ・バーナムという人物が1930年代に既にDSの出現を予言していたらしい。まあ、その当時からDSは「存在していた」と言うべきか。下に引用した文中の「超国家」とはまさにDSではないか。そして、世界の三大地域が少数の支配層と残りの最下層大衆だけで構成される、というのはまさに今の現実ではないか。下の「貴族階級」は血筋による現在の貴族ではなく、たとえばビル・ゲイツのような存在だろう。「経営者時代」という軽い表現が、彼のこの思想の先駆性や重大性を埋もれさせてきたように思う。
(以下引用)
すなわちバーナムによれば、まもなく経営者時代とでも呼ぶべき時代が訪れて、産業を支配する人びとが権力を握り、業界別の「超国家」がヨーロッパ、アジア、アメリカに出現する。この三国は相互に滅ぼしあうことはできず、ただ残った土地だけを争うというのである。どの国も階級制国家となる。そして才能のある貴族階級が最上層をしめ、なかば奴隷も同然の大衆が最下層となる。(小野寺健「イギリス的人生」より)ジェームズ・バーナム
ジェームズ・バーナム(James Burnham、1905年11月22日–1987年7月28日)は、アメリカ合衆国の思想家。
シカゴ生まれ。プリンストン大学およびオックスフォード大学ベリオールカレッジで学ぶ。1930年代に共産主義、なかでもトロツキー主義に傾注し、社会主義労働者党(Socialist Workers Party: SWP)に参加していたが、党内路線をめぐる対立の結果、1940年離党し、アメリカ労働者党に参加するとともに、次第に反ソ・反共主義へと転じていった。第二次世界大戦中は戦略情報局に勤務し、戦後、雑誌『ナショナル・レビュー』などを舞台に対ソ強硬論を展開した。日本では株主資本主義を批判するその経営者革命論が大塚万丈の修正資本主義に大きな影響を与えた。
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「逝きし世の面影」記事だが、「同一労働・同一賃金」の罠を指摘した文章としては私には初めてのものだ。私自身「同一労働・同一賃金」は公正さや公平さを担保する概念だと錯覚していたのである。だが、これは皮相的な見方であり、仕事における熟練や質を無視した(そして結局は熟練労働者を初心者と同一賃金のレベルに一生縛り付ける)悪魔の罠だったようだ。
たとえば、黒澤明と河瀨直美を「監督という仕事は同一だし、カンヌ映画祭で何かの賞を獲ったという点では同一だから、同じ評価(報酬)でいい」と言ったらキチガイだろう。あるいはアマチュア映画監督を比較の対象にしてもいい。「同一労働・同一賃金」には、「仕事の質」という、芸術では一番大事な要素が捨象されているのである。
芸術には限らない。ベテラン技術者の給与が新人と同じであり続けたら(今の日本はそうなりつつあるが)、不正義そのものだろう。他の会社に移ればいい、と言っても、すべての会社が同じく「同一労働・同一賃金」なら逃げ場は無い。「出口なし」である。
つまり、労働者の立場から見たら「年功序列(キャリアによる賃金上昇)」は正解だったのである。
(以下引用)「同一労働・同一賃金」を「資本主義的カースト制」と言っているのが分かりにくいが、おそらく「資本家」と「労働者」のカーストだろう。(最後を読むと、職業や職種自体にカーストがあり、そのカーストで給与は決まっているということのようだ。まあ、インド的なカースト制であり、イギリスも実は本質はそうであるらしい。貴族が体面を保てる「やっていい」仕事と、そうでない仕事は峻別されていたようだが、今はどうだろうか。)日本は世界基準の「同一労働・同一賃金」の資本主義的カースト制(悪魔の碾き臼「新自由主義」)とは正反対の「年功序列賃金・終身雇用」の独自の「絆社会」の疑似共同体(★注、社会主義ならぬ「会社主義」)を採用して繁栄していたが今は見る影もない。
2020年01月27日 | 経済 輪転機をグルグル回し給与を2倍にする年功序列賃金』(職能給)と終身雇用とは二つでセット。『一つのコインの裏表』の関係なので、決して別々には切り離せないのである。
いわゆる『同一労働、同一賃金』(職務給。あるいは成果主義の賃金体系)とは強者必勝、弱者必敗の悪魔の碾き臼「新自由主義」の一番大成功したスローガン(危険な罠)だった。
記述式試験では受験生よりも採点者の能力が問われるように、成果主義では余計に管理能力が問われる。(手間や経費がかかる)
このため職能給の日本以外の外国(職務給)では20年間も働いている超ベテランの中年熟練工も今日から仕事を始めた素人の若者も「同一労働」なら同一賃金。職業(職種)と収入(貧富)が一体構造。職業に貴賤がある厳しいの階級社会だった、程度は誰でも気が付くが何故か左翼リベラル知識人は180度逆に絶対に分からない不思議な構造になっていた。 -
「文春オンライン」記事らしいが、他サイトからの孫引きで転載する。
斉藤幸平の議論の組み立てが粗雑で、コミュニズムそのものの理解も地球温暖化や脱炭素への理解も怪しいことは言うまでもない。まあ、私自身「資本論」を読んでいないのだから、いくつもの辞書や解説書からマルクスの「コミュニズム」とはこういうものだろう、という漠然とした理解しかしていないが、非常に怪しげな思想だと思う。何より悪いのは、マルクスによって、それ以前の社会主義思想や社会主義運動がすべて「空想的社会主義」だとされたことだ。これは大資本家にとっては大助かりだろう。つまり、「慈善も、貧者や弱者への社会的扶助もすべて資本主義を延命させるだけのもので、資本主義自体その肥大化で自己破産するし、早急な解決には『暴力革命』しか正しい道はない」(後半は「資本論」の中の思想かどうかは私は分からない。)とされたら、大資本家は「共産主義とはこのように危険な思想なのだから、社会のためにならない」として人々に共産主義嫌悪の気持ちを掻き立てることができるし、福祉にカネを出す必要もなくなるからだ。
なお、私は吉本隆明の本を一冊も読んでいない。何度かチャレンジしたが、キチガイの寝言のような難解な言葉の羅列だった。
ちなみに「ユダヤ議定書」では、「(我々の準備した)ニーチェ、マルクス、フロイトにお気をつけなさい」と民衆(主にゴイム・非ユダヤ人)を嘲笑している。もちろん、この3人は多彩な面を持っていて、有益な部分もたくさんある。マルクスにしても、資本主義批判という点では斬新だっただろう。
(以下引用)ベストセラー新書「人新世の『資本論』」に異議あり 「脱成長」思想の裏にある“弱さ”とは何か
かつて、批評家の吉本隆明は『共同幻想論』の中で、人間の正常と異常について書いている。普通では理解しがたいことを、人間はするものだ。個人で冷静なときには変だとわかっていても、私たちは状況が変われば簡単に巻き込まれて悪行をなす。その理由は、人と人との関係がもたらす「幻想」に憑かれて状況判断ができなくなるからだ――これが吉本の主張だった。言いかえれば、僕らの正常・異常の判断など曖昧なもので、てんであてにならないという意味である。
イデオロギーへの“熱狂”という危険
吉本は戦時中、今回の戦争が絶対に正しいと考え、疑いをもたなかった。でも8月15日を境に、善悪の基準は正反対になってしまった。善悪の基準の瓦解を体験した吉本は、深刻な精神的危機に陥ってしまう。もがき苦しみながら、吉本は人間にとって「信じる」とは何なのかを終生の批評課題に据える。自分の考えを絶対に正しいと「信じる」人間、眼を輝かせて正論を語る人たちを警戒しつづけたのである。例えば戦後、民主主義を声高に主張し、戦前の日本を批判する者たちが知識人を中心に続出したが、吉本がこれを支持することはなかった。なぜなら、自分が常に正義の立場にたち、理想を完全に信じ、他者を糾弾するその目つき、しぐさが、戦前の天皇制支持者とまったく同じだったからである。天皇制絶対主義者と民主主義者は、表面上のイデオロギーの違いがあるにもかかわらず、各々が「信じる」理想にいささかの疑いももたない点で、違いはないと思ったのである。
© 文春オンライン ベストセラーとなった『人新世の「資本論」』著者の斎藤幸平氏
またもう一つ、吉本は戦争体験から、批評課題を取りだしてみせた。それが「関係の絶対性」という有名かつ難解な言葉である。この概念で吉本が主張したかったのは、人間にとって、他人と連帯することの難しさだった。人間同士の関係は、自分を絶対的に拘束してくることがしばしばあり、自分独自の考えをもつことはとても難しい。周囲に流されず、反対を恐れずに自己主張することの困難さを、吉本は「関係の絶対性」という言葉に込めたのだった。
吉本は、自分に熱狂し信じ過ぎることを警戒しつつ、一方で、他人と安易に連帯し、同じ方向に滑走していく個人の弱さを戒めてもいる。つまり吉本にとって、人は、常に、どこか醒めていなければならないのであって、自分にも連帯にも陶酔してはならないのである。
37万部超のベストセラーには何が書いてあるのか
私がこんな半世紀以上も前の批評文を引っ張りだし、錆びついた言葉に油をさしているのも、最近、こうした人間洞察が言葉の世界からすっかり消えてしまったからである。例えば、斎藤幸平氏の「人新世の『資本論』」にたいする読後感などは、私に改めて、批評とは何かを考えさせるよい機会を与えてくれた。ここでいう批評とは、国語の伝統に身を置きながら時代状況をえぐりだし、人間の最深部を私たちに向かって差しだしてくる作品のことである。
斎藤氏のこの著作は、気候変動問題を資本主義との関連で論じたものである。氏はこう述べている。二酸化炭素の急激な増加が地球環境に激変をもたらし、温暖化を後戻りできない地点にまで進めてしまった。永久凍土が溶けだし、大量のメタンガスが放出される。それは凍土に閉じ込められていた細菌やウイルスが現代に蘇ることを意味するし、ホッキョクグマが行き場を失い、サンゴは死滅するだろう。最終的に、人間は超富裕層を除けば平穏な暮らしを奪われてしまい生き延びることすら危ういのだ。では、どうしてこのような状況に陥っているのだろうか。答えは明瞭である。「資本主義」こそが、気候変動問題の諸悪の根源である。では資本主義の特徴とは何だろうか。最も鋭く資本主義の問題点にメスを入れた人こそ、『資本論』の著者マルクスに他ならない。
資本主義に閉じ込められた私たちの生活を、「帝国的生活様式」という。先進国の生活は、グローバル・サウスと呼ばれる南半球貧困国からの収奪で成り立っている。もともと資本主義とは、価値の増殖と資本蓄積のために、絶えず新しい市場を開拓しつづける運動のことである。例えば環境破壊が起きたとしても、資本家の眼からみれば利潤を生みだすチャンスと映る。資本家にとっては公共性の高い水でさえも、カネを生みだす商品にしかすぎず、貧困国で強制するアグリビジネスの農業用水のためならば、たとえ地域住民が飲料水に事欠くことがあっても優先的に使用されてしまう。
私たちが商品を買う理由は、それが生活必需品であるよりも、かっこいいからとか、最先端品を身に着けている優越感のために消費する。つまり資本主義は、新たな欲望を強制的につくりだし、購買意欲を刺激せねばやまないシステムなのだ。
貧者の苦悩はお構いなし?
カネをめぐって、斎藤氏がマルクスの概念で注目するのが、「価値」と「使用価値」の対立である。「使用価値」とは、土地や空気や水のように地球上に潤沢に存在し、あらゆる人に使用を許すような、資本主義以前から私たちの手元に分かち与えられた資源である。これは「富」とも呼び変えられるもので、無料で無制限かつ自由に使えるものである。個人的な所有物ではなく、地域の人、あるいは地球全体の人類がつかえる共有物である点に特徴をもつ。
一方で「価値」とは、市場でいくらの商品になるかが重要な指標になる。例えばまっさらな未使用のノートでも、大思想家が一生涯かけた思索の結晶である古本であっても、同じ100円の値がつく場合がある。大思想家の作品に、ノートとは比べようがない無上の価値を認める人は多いだろう。だがそれは、大思想家に独自の個性を認めているからなのであって、資本主義とは、各々の個性をわきに置いて、あらゆる存在を「商品」とみなし、貨幣の前に平等に額づかせる行為にほかならない。人間の命の値段まで数値化されて車の値段と比較できてしまうのが、資本主義の特徴なのだ。
そして「価値」を基本原則とする資本主義は、「使用価値」もすべて商品にしてしまったのである。水や空気、土地などの地球の恵みに価格をつけて、商品化し、貨幣で売買できるようにしてしまったのだ。
資本主義の歯車にからめとられている限り、私たちは環境を破壊しつづけ、また幸福になることもできない。超富裕層だけが利潤を世界中に嗅ぎまわり、貧者の苦悩も環境破壊もお構いなしなのだ。
理想社会に潜む“偽善”とは
ではどうすればよいというのか。レジ袋を削減するなど、小手先の手段は通用しない。もう、それでは間に合わない、遅いのだ。必要なのは資本主義の終焉だ。マルクスの手を借りて現代資本主義の分析を終えた斎藤氏は、「だからより良い未来を選択するためには、市民の1人ひとりが当事者として立ち上がり、声を上げ、行動しなければならないのだ…正しい方向を目指すのが肝腎となる」(6頁)と主張する。
私たちには「正しい方向」というものがあり、それを目指せば「より良い未来」がやってくる。そのために人々は「行動」すべきであり、正しい道はマルクスを読んだ斎藤氏が知っているというわけだ。
営利目的とは別の小規模の市民による経営、地産地消し、地域コミュニティ内部で循環する経済イメージこそ、「コモン」なのである。それによって生まれる世界と、そこで働く人々の姿は、とても美しい。労働現場での競争はなくなり、意思決定は民主主義的に行われるという。また「自分らしく働く」ために人々は汗をかくのであり、相互扶助の精神があふれている。消費の欲望一辺倒だった資本主義社会が終焉した際の人々を、斎藤氏は次のように描くだろう――「スポーツをしたり、ハイキングや園芸などで自然に触れたりする機会を増やすことができる。ギターを弾いたり、絵を描いたり、読書する余裕も生まれる」(267頁)。また「ボランティア活動や政治活動をする余裕も生まれる」(同)。
このような「脱成長コミュニズム」に、私たちは到達せねばならない。逆に到達しようとしなければ、地球は滅びる。資本主義を停止し、気候変動問題に関心をむけなければ、人間は確実に滅びるのだ。だから「こう言わねばならない。『コミュニズムか、野蛮か』、選択肢は2つで単純だ!」(287頁)。
弁舌が熱を帯び、理想世界を誇らしげに語るこの瞬間、斎藤氏の言葉が硬直化しはじめていることに気づかねばならない。瞳に映る美しい世界に、斎藤氏はいささかの疑いも持っていない。人種や階級、ジェンダーによる分断は、斎藤氏の処方箋によって美しい世界に確実に変わる。これ以外の方法はないと自分を「信じる」知識人の姿がここにはあるのだ。
かくして、斎藤氏は資本主義を乗り越えるために、直接行動を求め始める。保育士一斉退職、医療現場からの異議申し立てにはじまり、ストライキや階級闘争、デモや座り込みといった「直接行動」による連帯こそ、今、世界を変えるために必要だというのだ。世界大の行動につなげていく必要があるというのである。
「コミュニズムか、しからずんば死か」
世界を牛耳る1%の超富裕層に立ち向かい闘争するために、すなわち99%の人々を救うために、私たちは立ち上がる必要がある。それは二者択一の前でコミュニズムの方を選択した少数精鋭たち、例えば3・5%の覚醒した人々によって担われることだろう。「もちろん、その未来は、本書を読んだあなたが、3・5%のひとりとして加わる決断をするかどうかにかかっている」(365頁)。
この鬼気迫る斎藤氏の演説からわかることは次の3つのことである。第一に斎藤氏はこの世界を終末論的に描きだし、「コミュニズムか、しからずんば死か」という選択の前に立たせること。他者を緊張の中に追い込み、一方の選択肢しか選べないような仕方で、決断をうながすために言葉を使う人物であること。第二に、自分が語る世界観の美しさを「信じる」ことに疑いがないこと。そして第三に、他者との連帯と世界への拡張を求めて、声を荒げていること、以上の三点である。
このとき、斎藤氏の演説が、吉本隆明の批評とは別の言葉の使い方をしていることに、私は驚く。吉本にとって、批評とはまず何よりも自分の正義感を「信じる」ことの放棄から始まったからだ。また「関係の絶対性」とは、他者と連帯することがいかに危うい可能性を秘めているのかを指摘した概念であり、自らの手で個性を放棄し、戦争を含めた、集団化した社会運動に没入することを戒める言葉であった。ところが斎藤氏の演説には、この感受性のいずれもがなく、言葉の「しなやかさ」が欠如している。他者との連帯は無条件に善だと信じられていて、際限なく拡張すべきだとされているからだ。そもそも、地域コミュニティとは、時間の蓄積をもち、長年の付き合いと郷土愛によってつくられるはずである。にもかかわらず、地域への愛情による「つながり」が、怒りの連帯、世界大のデモ運動にまで一気に飛躍するのはなぜなのか。斎藤氏はここで、2種類の「つながり方」を無意識のうちに粗雑な手つきで扱っている。
(先崎 彰容/文藝春秋 2022年2月号)
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「大摩邇」所載の「達人さん」ブログ記事の一部で、雁屋哲のこの文章は私とは意見の異なる部分も幾つかあり、誤記もあるが、そのまま転載する。(たとえば、私は「自由」を手放しで賛美する姿勢こそが「新自由主義」の跳梁跋扈を許した背景にあると思っているし、天皇関連の記載は「天皇機関説」を採る私としては、あまり賛同しない。もちろん、昭和天皇の戦争責任は疑えないが、彼を退位させなかったGHQの方針が、「ほぼ全員が戦争責任者だった」当時の日本人を社会復帰させた、と思っている。天皇の存在しない日本でどのような秩序がありえたか、私は疑っている。)
(以下引用)長すぎるので、天皇論を含め、後半はカットするかもしれない。この文章は前にも取り上げたと思うが、重要な文章なので、何度も読んだほうがいい。
雁屋哲の今日もまた
http://kariyatetsu.com/blog/1665.php
2014-03-03
自発的隷従論
最近、目の覚めるような素晴らしい本に出会った。
「自発的隷従論」という。
エティエンヌ・ド・ラ・ボエシ(Etienne de la Boétie)著、
(山上浩嗣訳 西谷修監修 ちくま学芸文庫 2013年刊)。
ラ・ボエシは1530年に生まれ、1563年に亡くなった。
ラ・ボエシは33歳になる前に亡くなったが、この、「自発的隷従論」(原題: Discours de la servitude volontaire)を書いたのは、18才の時だという。
あの有名な、モンテーニュは ラ・ボエシの親友であり、ラ・ボエシ著作集をまとめた。
今から、450年前に18才の青年に書かれたこの文章が今も多くの人の心を打つ。
この論が、「人が支配し、人が支配される仕組み」を原理的に解いたからである。
「自発的隷従論」はこの「ちくま学芸文庫」版ではわずか72頁しかない短い物だが、その内容は正に原理であって、その意味の深さは限りない。
それは、ニュートンの運動方程式
「力は、質量とそれに加えられた加速度の積である。F=am」
は短いがその意味は深いのと同じだ。
ラ・ボエシの「自発的隷従論」の肝となる文章を、同書の中から幾つか挙げる。
読者諸姉諸兄のためではなく、私自身が理解しやすいように、平仮名で書かれている部分が、返って読みづらいので、その部分を漢字にしたり、語句を変更している物もある(文意に関わるような事は一切していない)。
同書訳文をその読みたい方のために、私の紹介した言葉が載っている、同書のページ数を記しておく。
本来は、きちんと同書を読んだ方が良いので、私はできるだけ多くの方に、同書を読んで頂きたいと思う。
私がこの頁で書いていることは、同書を多くの人達に知って頂くための呼び水である。
私は自分のこの頁が、同書を多くの人達にたいして紹介する役に立てれば嬉しいと思っている。
A「私は、これほど多くの人、村、町、そして国が、しばしばただ一人の圧制者を耐え忍ぶなどということがありうるのはどうしてなのか、それを理解したいのである。その圧制者の力は人々が自分からその圧制者に与えている力に他ならないのであり、その圧制者が人々を害することが出来るのは、みながそれを好んで耐え忍んでいるからに他ならない。その圧制者に反抗するよりも苦しめられることを望まないかぎり、その圧制者は人々にいかなる悪をなすこともできないだろう。(P011)」
B「これは一体どう言うことだろうか。これを何と呼ぶべきか。何たる不幸、何たる悪徳、いやむしろ、何たる不幸な悪徳か。無限の数の人々が、服従ではなく隷従するのを、統治されているのではなく圧制のもとに置かれているのを、目にするとは!(P013)」
C「仮に、二人が、三人が、あるいは四人が、一人を相手にして勝てなかったとして、それはおかしなことだが、まだ有りうることだろう。その場合は、気概が足りなかったからだと言うことができる。だが、百人が、千人が、一人の圧制者のなすがまま、じっと我慢しているような時、それは、彼らがその者の圧制に反抗する勇気がないのではなく、圧制に反抗することを望んでいないからだと言えまいか(P014)」
D「そもそも、自然によって、いかなる悪徳にも超えることのできない何らかの限界が定められている。二人の者が一人を恐れることはあろうし、十人集ってもそういうことがあるうる。だが、百万の人間、千の町の住民が、一人の人間から身を守らないような場合、それは臆病とは言えない。そんな極端な臆病など決してありえない。(P015)」
E「これは(支配者に人々が隷従していること)、どれほど異様な悪徳だろうか。臆病と呼ばれるにも値せず、それふさわしい卑しい名がみあたらない悪徳、自然がそんなものを作った覚えはないと言い、ことばが名づけるのを拒むような悪徳とは。(P015)」
F「そんなふうにあなた方を支配しているその敵には、目が二つ、腕は二本、体は一つしかない。数かぎりない町のなかで、もっとも弱々しい者が持つものと全く変わらない。その敵が持つ特権はと言えば、自分を滅ぼすことができるように、あなた方自身が彼に授けたものにほかならないのだ。あたがたを監視するに足る多くの目を、あなたが与えないかぎり、敵はどこから得ることができただろうか。あなた方を打ち据えるあまたの手を、あなた方から奪わねば、彼はどのようにして得たのか。あなた方が住む町を踏みにじる足が、あなた方のものでないとすれば、敵はどこから得たのだろうか。敵があなた方におよぼす権力は、あなた方による以外、いかにして手に入れられるというのか。あなた方が共謀せぬかぎり、いかにして敵は、あえてあなた方を打ちのめそうとするだろうか。あなた方が、自分からものを奪い去る盗人をかくまわなければ、自分を殺す者の共犯者とならなければ、自分自身を裏切る者とならなければ、敵はいったいなにができるというのか(P022)」
ここまでの、ラ・ボエシの言う事を要約すると、
「支配・被支配の関係は、支配者側からの一方的な物ではなく、支配される側が支配されることを望んでいて、支配者に、自分たちを支配する力を進んで与えているからだ」
と言う事になる。
「支配されたがっている」
とでも言い換えようか。
それが、ラ・ボエシの言う「自発的隷従」である。
支配される側からの支配者に対する共犯者的な協力、支配される側からの自分自身を裏切る協力がなければ、支配者は人々を支配できない。
このラ・ボエシの言葉は、日本の社会の状況をそのまま語っているように、私には思える。
ラ・ボエシの「自発的隷従論」は支配、被支配の関係を原理的に解き明かした物だから、支配、被支配の関係が成立している所には全て応用が利く。
「自発的隷従論」の中では、支配者を「一者」としているが、ラ・ボエシが説いているのは支配、被支配の原理であって、支配者が一人であろうと、複数であろうと、御神輿を担ぐ集団であろうと、他の国を支配しようとする一つの国であろうと、「支配する者」と「支配される者」との関係は同じである。そこには、ラ・ボエシの言う「自発的隷従」が常に存在する。
日本の社会はこの「自発的隷従」で埋め尽くされている。
というより、日本の社会は「自発的隷従」で組立てられている。
日本人の殆どはこの「自発的隷従」を他人事と思っているのではないか。
他人事とは飛んでもない。自分のことなのだ。
大半の日本人がもはや自分でそうと気づかぬくらいに「自発的隷従」の鎖につながれているのだ。
読者諸姉諸兄よ、あなた方は、私の言葉に怒りを発するだろうか。
火に油を注ぐつもりはないが、怒りを発するとしたら、それはあなた方に自分自身の真の姿を見つめる勇気がないからだ、と敢えて私は申し上げる。
上に上げた、ラ・ボエシの言葉を、自分の社会的なあり方と引き比べて、読んで頂きたい。
まず日本の社会に独特な「上下関係」について考えてみよう。
大学の運動部・体育会を表わす表現に「4年神様、3年貴族、2年平民、1年奴隷」というものがある。
1年生は、道具の手入れ、部室、合宿所掃除、先輩たちの運動着の洗濯、など上級生・先輩たちの奴隷のように働かされる。
2年生になると、やはり上級生たちに仕えなければならないが、辛い労働は1年生にさせることが出来る。
3年生になると、最早労働はしない。4年生のご機嫌だけ取って、あとは2年生、1年生に威張っていればよい。
4年生になると、1年生は奴隷労働で尽くさせる、2年生は必要なときに適当に使える。3年生は自分たちにへつらい、こびを売るから可愛がってやり、ときに下級生がたるんでいるから締めろと命令して、3年生が2年生、2年生が1年生をしごくのを見て楽しむ。
これは、有名私立大学の体育会に属する学生、体育会のOB何人もから聞いた話だから確かである。
こんな運動部に絶えず新入生が加入する。
彼らは人伝えに、上下関係の厳しさを知っていて、新入りの1年生がどんな目に遭うか知っていて、それでも体育会・運動部に入ってくる。
そして、入部早々新入生歓迎会という乱暴なしごきを受ける。
毎年春になると、上級生に強要されて無茶苦茶な量の酒を飲まされて急性アルコール中毒で死ぬ学生の話が報道される。
そのしごきが厭になって止める学生もいる。
だが、運動部が廃部になることは滅多にない。
入部する新入生が減ったとか、いなくなったとか言う話も滅多に聞かない。
OBや上級生は「我が部、何十年の伝統」などと、自慢する。
この場合の自慢は、自己満足の表明である。
下級生は何故上級生の支配を日常的に受けて我慢しているのか。
そう尋ねると、例えば、野球なら野球をしたいから部に入っている。部を止めたら野球ができなくなる。だから、上級生のしごきも我慢しなければならない、と答えるだろう。
本当だろうか。しごきがなければ、野球部は出来ない物だろうか。
野球の発祥の地アメリカの大学や高校の野球チームで、日本のように上級生の下級生にたいするしごきがあったら、しごいた上級生は直ちにチームから追放されるだろう。
何故、野球をしたいがために殴られたり、無意味どころでは無く、腰に非常に有害ななウサギ跳びなどをされられるのを甘んじて受け入れるのか。
運動部のOBは卒業してからも、現役の学生の選手たちに威張っている。また、そのOBの中でも卒業年次ごとに上下関係がある。
一旦運動部に入ると、死ぬまでその上下関係に縛られる。
彼らは、支配被支配の関係が好きなのだ。支配される事が好きだから、「仕方がない」などと言って、先輩の暴力を耐えるのである。
いつも支配されつづけていると、例えば日本の野球部の新入生は上級生からの暴力が絶えたら、自分でどう動いて良いか分からなくなるのではないか。
何故、運動部・体育会について、長々と書いたかというと、この、運動部・体育会の奇怪で残忍な組織は、日本の社会だから存在する物であり、日本の社会の構造そのものを、そこに作り出していて、日本社会のひな形だと思うからだ。
日本の運動部・体育会は後輩の先輩たちに対する自発的隷従によって成立している。日本の社会がまさにそうである。
日本の会社、官僚の世界も同じである。
日本の会社に一旦入るとその日から先輩社員に従わなければならない。
それが、仕事の上だけでなく、会社の外に出ても同じである。
居酒屋や焼き肉屋で、どこかの会社の集団なのだろう、先輩社員はふんぞり返って、乱暴な口をきき、後輩社員はさながら従者のように先輩社員の顔色をうかがう、などと言う光景は私自身何度も見てきた。
「会社の外に出てまでか」と私はその様な光景を見る度に、食事がまずくなる思いをした。
高級官僚(国家公務員上級試験に合格して官僚になった人間。国家公務員上級試験に合格しないと、官僚の世界では、出世できないことになっている)の世界はまたこれが、奇々怪々で、入庁年次で先輩後輩の関係は死ぬまで続く。
その年次による上下関係を保つ為なのだろう、財務省などでは同期入庁の誰かが、官僚機構の頂上である「次官」に就任すると、同期入庁の者達は一斉に役所を辞めて、関係会社・法人に天下りする。
さらに、恐ろしいことだが、先輩が決めた法律を改正することは、先輩を否定することになるので出来ないという。
なにが正しいかを決めるのは、真実ではなく、先輩後輩の上下関係である。
だから、日本では、どんなに現状に合わないおかしな法律でも改正するのは難しい。
会社員の世界も、官僚の世界も、先輩に隷従しなければ生きて行けない。
自ら会社員、官僚になる道を選んだ人間は自発的に隷従するのである。
(以下略) -
「紙谷研究所」から転載。
マルキストを自称する紙谷氏の記事であることを念頭に置き、またここで引用されている本などが「御用(自民党御用あるいはDS御用)ジャーナリスト」の著作かもしれないと、眉に唾をつけて読むべきだが、一定の真実は含まれているとは思う。つまり、安倍の「経済政策」は明らかに「上級国民」しか視野に入っていないという「純粋上級国民」精神が漂うものだが、「まあ、下級国民にも少しは餌も与えるか」という部分もあるだろう。問題は、その配分があまりに「下級国民軽視」がひどすぎるところにあったわけだ。「民主主義(民意)完全無視」や「法の無視」「官邸による官僚の完全支配による政府の法的腐敗」「論理無視の議会答弁(議会の空無化)」なども含めて、戦後最悪の総理の座を小泉と競う存在であったことは間違いない。
で、安倍が人格的には陋劣で品性下劣でモラル欠如で顔も悪い、言動も下品だ、というあたりは「国民の代表」としてはあまりに情けないもので、総理の資格など無い(無かった)とは思うが、下の記事が本当なら、自民党要人が左にウィングを伸ばしている、つまり野党の出番など無くなりつつある、という話になるわけで、そうなると「些細なスキャンダル(もちろん、些細ではない巨大な悪事も安倍は行ってきたが)を騒いで政権攻撃をする」だけの存在になりかねない。野党存続の危機はどんどん高まりつつある、ということだ。
なお、下の記事は冒頭の「岸田総理の政治はまったく社会主義(的)ではない」という紙谷氏の意見を匂わせながら、その説明抜きに話が進んでいる。私としては、「現在の総理」の政策を論じることのほうが重要だと思うのだが、マルキストの立場から岸田批判(つまり「新しい資本主義」批判)をするのは困難なのではないか。その批判をしたら「ではマルキシズムはどのような未来像を提示できるのだ」という話になるから、自ら墓穴を掘るわけだ。
(以下引用)鯨岡仁『安倍晋三と社会主義 アベノミクスは日本に何をもたらしたか』
新年は「新資本主義」を掲げるの企業新聞広告のオンパレードだった。
年頭の岸田首相のメッセージを受けて、投資家もどきみたいな人たちが集まっている「市況かぶ全力2階建」は大騒ぎである。
「社会主義」だって?
岸田が?
岸田の年頭所感のどこが「社会主義」だというのか。
- 目指すべきは、日本経済再生の要である、「新しい資本主義」の実現
- 市場に過度に依存し過ぎたことで生じた、格差や貧困の拡大
- 資本主義の弊害に対応し、持続可能な経済を作り上げていく
- 国家資本主義とも呼べる経済体制からの強力な挑戦に対抗
- 「新しい資本主義」においては、全てを、市場や競争に任せるのではなく、官と民が、今後の経済社会の変革の全体像を共有しながら、共に役割を果たすことが大切
- 一度決まった方針であっても、国民のためになると思えば、前例にとらわれず、躊躇(ちゅうちょ)せずに、柔軟に対応する
というあたりらしい。
びっくりである。
びっくりだけど、こういうタイトルの本ができて(2020年1月刊行)、それをぼくも去年の秋口にリモート読書会で「それ面白そうだね!」と同意して読んだのだから、なおびっくりである。
鯨岡の本書の趣旨は、安倍の手法は小泉流の新自由主義ではなく、企業の賃上げに介入し、無償化などの分配を積極的に行う左派的なものである、ということなのだ。
「国家は善」。そんな安倍の国家観から生まれた経済政策は、結果として「大きな政府」路線になっていった。市場は不安定・不完全だから、国家が介入し、適切な調整を行う。政府に経済運営で大きな役割を期待する姿勢は、世界的に見て「左派政策」に分類される。(鯨岡仁『安倍晋三と社会主義 アベノミクスは日本に何をもたらしたか』朝日新聞出版Kindlepp.17-18)
これは松竹伸幸が指摘する“安倍政権は左にウイングを伸ばしている”という指摘と重なる。
安倍政権が左派的などとは信じられない、という向きもあろうが、まあ、とりあえず話を聞いてほしい。リモート読書会に参加したAさんは「はぁ!? アベがぁ!? 社会主義ぃぃぃ!?」と叫んだ。まあ、Aさんも喜んでこの本を読むことは受け入れたのだが。
例えば最低賃金。時給1500円は必要、という立場から見ればまだまだ低い。しかし、歴代政権と比べてもハイペースで上がっていったことは間違いない。

あるいは「保育の無償化」。「大学の無償化」。
「そんなものは消費税増税と引き換えだ」「大学の無償化などまやかしだ。1割の学生しか対象になっていない」という批判はよくわかる。が、相当に歪んだ形であっても、兎にも角にも始まったわけである。
国民(の一部)が安倍政権をもし何か評価する点があるとすればこういうことなのかもしれない。つまり、得点を稼ぐポイントだったのである。
本書では安倍の2013年1月号の「文藝春秋」に載せた言葉を紹介している。
「私は瑞穂の国には、瑞穂の国にふさわしい資本主義があるのだろうと思っています。自由な競争と開かれた経済を重視しつつ、しかし、ウォール街から世間を席巻した、強欲を原動力とするような資本主義ではなく、道義を重んじ、真の豊かさを知る、瑞穂の国には瑞穂の国にふさわしい市場主義の形があります」
本書によればそのアイデアのベースは、起業家・原丈人の「公益資本主義」だという。
岸田はこれがいいと思ったのであろう。岸田政権の「新しい資本主義」路線はまさにこれだ。「コロナにお困りの皆さんへ」といって給付金を配り始めたのはその一つである。菅政権がやらなかった持続化給付金の今日版・事業復活支援金もやった。
いや、ぼくは「だから安倍政権は素晴らしいね!」とか「岸田政権サイコー!」とか全く思っていないし、そういうことが言いたいわけでもない。
そこから、野党側、まあもっと言えば左翼陣営はどういう戦略を立てればいいのだろうか、ということを考えた。
鯨岡の問題関心も実はそこにあったりするのではないかと思う。なぜなら本書は松尾匡を登場させ、「れいわ新選組」の話で終わるからだ。
安倍政権を「見習って」、野党共闘が右へウイングを伸ばすことについては以前にも書いた。だからそこで書いたことはあまりここでは繰り返さない(安全保障など)。
『安倍晋三と社会主義』を読んで、ちょっと感心したのは、安倍が第一次安倍内閣退陣をした後に、わりとすぐ勉強会を始めていることである。
二〇〇七年秋、安倍が首相を退陣した直後のこと。第一次安倍政権で厚生労働相をつとめた柳澤伯夫は、東京・富ケ谷の自宅を訪ねていた。…
安倍があまりに何回も謝罪するので、柳澤は本当に気の毒だと同情していた。この日、柳澤が安倍を訪ねたのは、柳澤と親交が深かった評論家、西部邁の勉強会へのお誘いを伝えるためであった。…
その西部が柳澤に対し、「安倍さんは、まだ若い。このまま終わるのは惜しいんじゃないのか。絶対、やりなおすべきだ」と、安倍のために知識人をあつめて勉強会をやりたいと提案してきた。(鯨岡前掲書p.76-77)
5回分の講師名が載っているのだが、経済分野については「グローバリズムに否定的で…『新自由主義』的な政策を批判する講師が多かった」(鯨岡)。
この本を読むと、安倍は勉強会や知識人の人脈を生かしてせっせと知識の吸収をしている印象を受ける。
負けた後でもすぐに勉強をしている。共産党や野党がそれをしていないとは思わないが、少なくともぼく自身は選挙後そういうことがあまりできていない。この本を読んで「俺は、安倍ほどには勉強していないなあ」と反省した次第だ。
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「大摩邇」所載の「達人さん」(ブログ名自体が「達人『さん』」かどうかは不明)の記事で、非常に長いインタビュー書き起こしだが、全体を読む価値がある。ただし、ここではほんの一部だけ抜粋して載せる。
(以下引用)
伊藤 はい、分かりました。僕が混乱するのは、日本で憲法の話になると「押しつけ」かそうでないかとなって、結局その話に集約されてしまうことが多いことです。
ベアテ ええ、知ってますよ。
伊藤 これは僕の勝手な推測ですが、なぜ「押しつけ憲法」という議論になるかと言ったら、やっぱり『9条』の存在があるからで、要はさっきもお聞きしたように、もしもベアテさん達みたいな人じゃない人達が憲法を作っていたとしたら、戦勝国としてアメリカの都合の良いように作ろうとしていた場合も、同じように『9条』が入っていたんじゃないかと思っている人が多いと思うんです。言っている意味は分かりますか?
ベアテ ええ、もちろん。
伊藤 つまり、戦勝国として「軍事力を持たせない」という意図と、そもそも「戦争が二度と起きて欲しくない」と一般の日本人の平和への想いは、お互いにルーツは違うけれども、憲法として出来あがった時には結局同じような条文として表現される。勝った国が負けた国に対して「軍事力を持つな」と言うことと、僕ら日本人が「やっぱり戦争は嫌だ」と思うことの違い…。その棲み分けがうまくできなくて、僕はいつも混乱してしまうんです。
ベアテ ええと、その場合はそうですね…。どういう風になるか…。他の人達はどう思うか…。
伊藤 まあ、難しい質問ですよね。
ベアテ 難しいですよ、これはとても。みんなが私に言うのは、多分私達が草案を作っていなければ、他の人達が憲法を書いていたなら、あんまり良い憲法にはなっていなかったでしょうということ。あなたが言う通り、普通は戦勝国が自分の為に利用したいと思うでしょう。しかしあの時はちょうど、マッカーサーと国はそういう考えではなかった頃です。少なくとも、私達が憲法を作った時には、そういう考え方はあまりなかった。けれど、それから数ヶ月後に「Cold War(冷戦)」が始まった時には変わったと思います。アメリカでも。だから、もう少し後に憲法を作っていたら、多分もっと違うものになっていたでしょうね。アメリカの為の、戦勝国の為のものに。
伊藤 もしも「時期」が違っていたらということですね。
ベアテ 私はそう思います。確かにそうでしょう。でもあの憲法草案時は、それがまだだったの。これは全部ロシアについてのことですよ。
伊藤 はい、分かってます。
ベアテ Cold Warはすぐに始まったじゃない? 始まったのは、トルーマン大統領のあの有名なスピーチをした時。
伊藤 はい、そうでしたね。
ベアテ 確かすぐ後だったと思います。その時期を正確に知りたいですか? 主人が知っているかもしれない。
伊藤 いえ、大丈夫です。
ベアテ そうね。調べることできるものね。ところで、土井たか子先生が私に言ったことは興味がありますか?
伊藤 もちろん聞きたいです。
ベアテ 聞きたい? 私が土井先生と一緒にイベントに出演した時のことです。私は「土井先生、あなたと同じイベントに出るのは私はとっても恥ずかしいです。だって、あなたは憲法の研究者で、Professorです。私は本当に法律の素人です。本当に素人なんです」って言いました。
伊藤 確かにそうですけど、そこまで恥ずかしがらなくても(笑)。
ベアテ 「私は弁護士じゃないですから」とも言ったんです。そうしたら土井先生が言ったのは「あなたが弁護士じゃなかったから、こういう“女性の権利”について書くことができたんだと思います。もし弁護士だったら、たった9日間でこういうものは書けない。“この意味はこうで”とか、“この権利はどうでしょうかね”とか言って、とても大騒ぎになって書けなかったと思う。あなたの条文を読むと、それが心から出てきたっていうことが分かります。あなたが心から書いたものだから、弁護士みたいな他の人には書けなかった」と言ってくれました。土井先生の指摘は、本当にそうだと思ってます。私は本当に心からあの権利を望んでいました。だから、土井さんの話を聞いた時、私は思わず泣いてしまいました。でも、日本人だったら、偉い人の前で泣くのは駄目なことでしょう?
伊藤 そうですね。
ベアテ 私は「そういう気持ち」も全部日本から教わったんですよ。日本の習慣では、子供を産む時でさえ女性が「ああ~ッ」とscreamしちゃいけなかったんです。でも、最初にアメリカで子供を産んだ時、私はscreamしちゃいました。「scream」って分かりますか?
伊藤 はい。叫んじゃったんですね(笑)。
ベアテ 私の夫はベッドの傍にいて、私が「あら、今screamしてしまったでしょ?」って聞いたら、夫が「構わないですよ。ここにはいろんな女性がいますが、みんなscreamしてますから」って。でも、私は「それはみっともないことだと思います」って言ったの。その時、ちょうどお医者さんが入って来て、夫が「ベアテは、今とってもナーバスになっています。それはscreamしたからです」と伝えると、お医者さんも「私はあなたの為にメダルを持って来てたんだけど、screamしちゃったんならあなたにメダルはあげられないね」って。
伊藤 そう言ったんですか(笑)。
ベアテ そう。そう言って笑ってるの。夫も笑っているんですよ。私は痛くてしょうがないのに(笑)。だから、私は「なぜ笑ってるんです?」って言ったら、お医者さんが「泣いた方いいですか?」って。まあ、やりとりはそれで終わりで、その後出産するんだけど、とにかく当時の私は本当に日本人みたいな考え方だったんです。
だから「女性の権利」については、本当に心から望んでいました。多分、他のアメリカ人だったら同じ気持ちにはならなかったでしょう。特に男性はね。アメリカ人も、当時の男性はそんなに進歩的ではなかったですからね。それは土井先生が言う通りです。でも、その考えがそんなに進歩的なことだとは私は思っていなかった。あたり前のことだと思っていましたから。確かに、他の国の憲法にもそういう条文が全部揃っているのはなかったけど、ある国の憲法にはある権利が書いてあって、別の国の権利条項には違うものが入っていた。それを、全て私は集めた。私の考えで、いろんな国から一番良いと思う権利をみんな「one constitution」に入れたんです。だから、日本のある専門家が言っていたのは、「GHQが全世界の叡智を調べて、それを日本の憲法に集約したみたいだ」って。アメリカの憲法とも違う。そう、ジェームス三木さんがそれを言っていました。「歴史のwisdom(知恵)がそこに入っている。だから、世界中が一緒に書いたみたいだ」って。私は本当にその通りだと思います。憲法を作った私達20人くらいの中には、1人か2人は法律の専門家だったんですけど、大体はそうじゃない普通の人達だった。先生とか役人とか、そういう人達。4人は大学の教授だった。他にも、普通のビジネスマンみたいな人が数人いて。社会のいろんな立場から来た人達が集まっていたんです。
伊藤 まさに、だからこそ、法律の専門家とは異なる柔軟な発想で、他国の憲法を集めてきては「これは良い条文」って素直に選択できたわけですよね?
ベアテ そう。だってね、誰も私達が憲法を作るなんて考えてなかったんですよ。全然考えていなかった。当初、マッカーサーは「日本の政府が書きなさい」って命令していたんですもの。でも、日本政府の案はあまりにも以前と変わらない憲法草案だったから。本当に明治の頃と同じ。ちょっとだけ違う漢字を使ったり、ちょっとだけ何か違う表現だったり。でも、何にも変わってなかったんです。『ポツダム宣言』には、民主的な憲法を「その国」が書かなければならないって書いてありました。それを命令していたの、マッカーサーに。でも、提案されてきたものは全く民主的な案じゃなかった。だから、憲法草案を作るとは思ってなかったところに、あの週末に突然決まったんです。金曜日か土曜日に。私達は月曜日に知りました。ケーディスさんも知らなかった。いや、彼はおそらく日曜日には知っていたのかもしれない。ホイットニーは、金曜日か土曜日には知っていたと思う。だって、マッカーサーはとてもホイットニーのことを…
伊藤 信頼していた?
ベアテ そう。面白いのはね、マッカーサーの事務所はすぐ近くだったんです。私達のGovernment Sectionと。
伊藤 同じフロアじゃなかったんですか?
ベアテ 同じフロアどころか、隣のオフィスだった。ケーディスさんは、マッカーサーと二回だけ話をしたことがあったそうです。二回だけ。後は、全部ホイットニーを通してマッカーサーの耳に情報が入っていたみたい。
伊藤 そうなんですか!
ベアテ そう、たった二回だけ。だから、実際はケーディスさんからいろいろな考えが出ていた。彼の頭の中から。Government Sectionのことだけじゃなくて、他のセクションのことも。私から見ると、ケーディスさんが指導者だった。
伊藤 しかし、マッカーサーと直接話したのはたった二回だけとは驚きですね。
ベアテ 二回だけ。マッカーサーは私達にとっては「天皇陛下」みたいな存在だったんです。もちろん、ホイットニーとかウィロビーとかそういう人達は話をしていたみたいだけど。毎日、報告に行くものだと思っていたから、私もびっくりしましたよ。
伊藤 そりゃそうですよね。
ベアテ 実際は、全部ホイットニーを通して。でも、ホイットニーはとてもケーディスさんのことを好きだったの。彼が優れたブレインだっていうことを分かっていたんでしょうね。
伊藤 その話を聞いた後に聞くのも何ですけど、ベアテさんがマッカーサーと直接話すなんてことは…
ベアテ 私はカクテルパーティで一回会ったことがあります。
伊藤 「会った」という程度なんですか?
ベアテ ええ。「会った」ってそれだけ。あの人は女性嫌いだったんです。特に事務所で勤めている人に対しては。彼の事務所には、全然女性はいなかった。男性だけです。
伊藤 じゃあ、隣のオフィスという距離なのに、ベアテさん達が会ったのはそのカクテルパーティのわずか一回というような関係しかなかったんですね。
ベアテ いつだったか、ちょうど私がエレベーターに乗ろうとしている時に、マッカーサーが食事から帰って来て、ロビーで見ました。でも、私は隠れました。会いたくなかったんです。怖かったですね、とっても。マッカーサーは怖かった。彼は、自分の奥さんのことは愛していたと思いますけど、女性に関して何かトラブルがあったみたいです、オーストラリアで。ある将軍が、自分のジープの女性ドライバーと情事があって、スキャンダルがあったんですよ。その後、マッカーサーは自分の事務所に女性は配属しないようにって命令したの。あっははは、いろんな面白い話を思い出しました(笑)。
伊藤 すごくリアルな話です。しかし、ケーディスさんでもたった二回なんて…。それが本当にびっくりです。
ベアテ 私もびっくりした。Oh, is that possible? General did not talk to anybody.
伊藤 そんな話は資料を読んでいてもなかなか出てこないです。
ベアテ 出てこないでしょうね。私も二年前までは知らなかったですから。あ、いや、四年前ですね。ケーディスさんが亡くなる前に会ったんですよ。ニューヨークにいた時に、時々は会っていました。ケーディスさんが帰って来た後、時々お食事に行くとかそういうことがありました。
伊藤 そうだったんですか。
ベアテ あの人は弁護士で、大きい弁護士会社のパートナーだったんです。だから、会う機会がありました。まあ、頻繁にじゃないですけど。あの人は、私のことも、私の夫のことも好きだったんです。うん、好きだったの(笑)。ケーディスさんを正式にインタビューしたこともありました。コロンビア大学が「日本の占領期」についてファイルを作成しようとしていて、その時に大学側が私に頼んで、私はいろいろな人達をインタビューしたんです。
伊藤 GHQの憲法草案に対して、日本側が「この“女性の権利”の条文は進歩的すぎる」と反対した時に、それに反論して認めさせたのが、確かケーディスさんでしたよね?
ベアテ ケーディスさんは、私の「日本女性の権利」に対する想いには反対しなかった。ただ、詳細に書くことは「憲法には合わない」と思っていて、その他の社会福祉関連の権利は「民法に書く方が良い」という考えでした。私も随分そのことについて考えてみました。あの人はアメリカ憲法のことについて詳しかった。他の『Steering Committee(舵取り委員会)』の人もみんなアメリカ憲法をよく知っていたんです。政府に勤めていた人達だったから。一人は「Governor of Puerto Rico(プエルトリコ政府)」のラウルさん。そしてもう一人はハッシーで、似たような立場。あの人達はいつでも「アメリカ憲法こそが一番良い」と思っていた。あるでしょ? ずっと以前からこうだったんです。ヨーロッパの憲法なんか読んでいなかった。アメリカ憲法には、そういう社会福祉関連の条文がないんです。だから、その三人は「それは憲法には合わない」って。「それは憲法という法律の趣旨とは違うものだ」って。憲法というのは何か…
伊藤 「Principle(信念)」 みたいなものってことですか?
ベアテ そう。だから「それはいらない」って。憲法に入らないとしても、ケーディスの立場からすればそんなに問題じゃなかった。民法に入れればいいと思っていたから。でも、私は「民法を書く人達は、絶対そういう考えを、社会福祉のことを書かないと思う」って言ったんです。なぜなら、「日本の官僚はとっても封建的な人達ですから」って。それを私は経験として知っていました。
日本に暮らしていた時、私はパパとママの通訳をしていたんです。暮らしていると、警察とかいろいろ接する機会があるでしょ? 時々、日本の官僚に会わなければならないことがあった。私は通訳として話していたから、幼いながらも「こういう人達はイマジネーション(想像力)がない」と思っていました。とても保守的だということも。そういう人達は、こういう権利のことは自分からは書かない。もちろん、憲法に書いてありさえすれば、それが命令だから書く。でも、憲法に入っていなければきっと書かない。そのことについて、私は本当に随分と考えました。ケーディスさんが亡くなった後もずっと。彼と他の二人は、社会的な条文を具体的に憲法に書くことを「本当にみっともない」と思っていたんです。けれど、ケーディスさんはそういう社会福祉の考え方については反対ではなかった。もしかしたら、嘘をついていたかもしれません。私には本心は分からない。当時、彼が私に言ったことは、「心配しないで。私はまだ日本に長くいますから、その間民法を注意深くチェックしますよ」と。本心だったかどうかは分かりません。
私が一つ思うのは、私の娘が弁護士になりたかった時にケーディスさんに電話して、「あなたの会社に入れるでしょうか?」って聞いた時のこと。そしたら彼は「娘さんはとても頭が良いから入れますよ。でも、これだけは伝えて下さい。私がこの弁護士会社にいる間は、女性はトップになれません」って言いました。あの会社には、パートナーが10人ぐらいいて、その人達が一番儲けて、決める人達。彼がそこにいる間は、女性はそういう立場にはなれないって言ったんです。その考え方は、もちろんちょっとねえ…
伊藤 彼の本心がそこに表れていたかもしれないってことですね?
ベアテ 私の娘のミキちゃんにそれを言ったら、「それじゃあ、私はそこには行かないわ」って。もっと違う別の良い会社に入りました。ミキちゃんは今52才ですから、今からもう30年前の話ね。とにかく、ケーディスさんはあの時にそう言いました。確かに、ケーディスさんが辞めた後は、すぐに一人の女性がトップパートナーになりました。だからそこに関してだけは、私は彼の考えに疑いがあります。だって、そういう考えであれば、社会福祉のことに関してもね…
伊藤 なるほど、そうですね。
ベアテ 今となっては分かりません。あの人の本心は。確かだったことは「あなたの書いたものに私は反対していません。民法には入りますよ」ということだけ。本当に土井先生が言った通りですね。弁護士の考え方と、私のような普通の人、素人とは考え方が違うんです。
PART3 世界の過去と未来と憲法9条。
伊藤 今日本では、「改憲」か「護憲」かの議論が盛んにされています。政治的な文脈で、改憲派か護憲派というと難しい議論になってしまうので、そうではなくて、もしも今ベアテさんが日本にいたとして、例えば日本人だとしたら、憲法を変えたいと思いますか? というのは、先ほど話していたように、ケーディスさんとのやりとりの中で、憲法に入れられなかった内容もいくつかありますよね? それをやっぱり入れたいと思いますか?
ベアテ 私は「Amendment(修正)」することは危ないなと感じています。それはちょうど「パンドラの箱」みたいなものだと思っていましたから。その「パンドラの箱」を開ければ、何が出てくるでしょうか? 例えば、「第何条かを変えるために改正しましょう」と言った時、本当にそれだけを変えるのだったら良いかもしれませんが、私はそうなる気がしない。「パンドラの箱」って分かりますか?
伊藤 はい、分かります。
ベアテ それを開ければ、何が出てくるか分からない。
伊藤 「憲法を変える」ということと「パンドラの箱を開ける」ことは同じということでしょうか?
ベアテ もちろん。だって、もし一つ変えたなら、また次にやりますよ。またやれる。私が思うのは、「パンドラの箱」を開けなくても、いろんな日本人が今望んでいる変更に関しては「民法」に入れればいいと(笑)。
伊藤 なるほど(笑)。
ベアテ 憲法はノータッチにしてね。民法に入れたらどうですか? 議会がいつでもいろんな法律を作ることができますでしょ?
伊藤 ベアテさんが今おっしゃった意味はすごくよく分かります。それについて2つ質問があります。ベアテさんがそう思う理由としては、日本の戦時中、いわゆる軍閥政府の頃を「日本の政治家」のイメージとして持っているからなのか、もしくは、憲法というものはそもそも変えるべきでないということなのか。つまり、例えばアメリカの憲法に対しても、同じようにずっと変えずにいるべきだと思っているのでしょうか?
ベアテ いいえ、そうじゃないんです。私は、60年前の戦時中の状態を、軍閥の性質を考えれば、人はそんなに早く変わらないのではないかということです。60年というのは「短い」時間です。封建的な国から、本当にモダンな進歩的な国になるのには、私は時間がかかると思うのです。それは私の考えです。例えば、ある人はこんなことを言ったんです。若い女の子がある男の子と結婚したい。でも、ちょっといろいろな欠点がある。でもその女の子が言うには、「私と結婚すれば、この人を変えることができる。私がこんなことをすれば、あの人の性格は変えられますよ」って。私にはそれは言えない。18歳くらいになると、もう大体人格が形成されている。私の夫は、結婚当時と比べても全然変わらないですよ(笑)。私も変わっていない。そういう考え方なんです。だから、60年という時間は私の心境としては全然長い時間じゃない。だから怖いんです、「パンドラの箱」が。
伊藤 なるほど、おっしゃっている意味が分かりました。 -
「世に倦む日々」の年頭の記事の末尾だが、ここに転載したのは、「憲法25条(人権規定)は平等主義と社会主義だ」という言葉が、社会主義の本質をとらえている、と思うからである。それ以外のほとんどの人間は社会主義と共産主義を同じものと思っている。「世に倦む日々」氏が言っていることは、私が前々から言っているのと同じことだ。
「憲法25条(人権規定)は社会主義だ」と言明されて、「それなら憲法25条を廃止しよう」となるのは、キチガイ高市その他の「日本会議」グループ、つまり「改憲勢力」だけだろう。逆に言えば、彼らが「人権などというのは存在しない」とする(したがる)のは、国家権力、より厳密には政府権力の最大化を図るためであり、いわば上級国民以外の全国民の奴隷化を目論むものである。要するに、日本会議は日本版DSであり、改憲運動は日本版グレートリセットである。日本国民、特に下級国民は人権を失っても平気なのか。改憲に賛成するか否かのポイントはそこにある。
私は岸田総理を「安倍・菅政権のキチガイ政治を正気に戻した」として高く評価するが、彼が本気で改憲を推進するなら、断固として反岸田に回るつもりだ。彼が憲法9条を改定して軍国化を進めるなら、原爆被災地である岸田の故郷広島への最大の裏切りになるだろう。
(以下引用)赤字部分は徽宗による強調。
年頭に当たっての抱負として、今年も憲法9条と憲法25条をテーマにしてブログを書いていきたい。この二つの価値を大切にする気持ちを中心に据え、この二つの理念を松明として掲げて、誰も書けない濃い中身を書いてゆきたい。丸山真男のラディカルな民主主義を基礎に措き、そこから議論を展開して独自の視点を提供したい。どれほど異端とされ、主流から石を投げられても、その柱は崩さぬよう心がけたい。志位和夫が南京大虐殺の日に北京五輪ボイコット要求を表明したことを、誰も批判しなかったが私は批判した。
この意見の投擲は、誰からも意義を認められてないけれど、歴史に残ることだと確信している。憲法9条とは、平和主義であり、72年の日中共同声明と95年の村山談話の精神である。憲法25条とは、平等主義と社会主義であり、再分配の経世済民である。中間層と地方の復活蘇生である。憲法9条と憲法25条、ラディカルな民主主義、戦後民主主義の思想は、今では誰も目を向けない廃墟となり、無価値化されて侮辱される雑草の如き像になっている。ジェンダー、マイノリティ、LGBT、の多様性主義の荘厳な新神殿の外に打ち棄てられている。
他人が捨てたものを拾う。戦後民主主義への感謝の気分が私にはあり、恩返ししなくてはという思いが強い。その思いを胸に<職業としてのブログ>にあらたに挑戦する。謹賀新年、今年もよろしくお願いします。














