"経済・政治・社会"カテゴリーの記事一覧
-
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
-
「属国離脱への道」に引用されていた共同通信記事を転載する。
日本のトモダチが日本を訴えたらしい。
日本人こそが東電に対し、そして原発を推進してきた政府、当時の原発推進政治家、地元に原発を誘致した地元首長、地方議会与党議員全員に対し訴訟を起こすべきである。
そして、原発による発電費用には、これらの訴訟に対する賠償もすべて経費として計上するべきなのである。そうすれば、原発の費用は、まさに天文学的数字に上ることになる。
福島や近隣諸県だけでなく、今や日本全国に放射能汚染食品や汚染瓦礫が出回っているのだから、日本人全員が政府に対して訴訟してもいい。
下記記事は8人で94億円だから、一人約12億円として、日本人1億2000万人(くらいか?)全員が(この原発被害訴訟の被告たちを除いて)12億円を要求したらいくらになるか、家庭用電卓程度では計算できない桁になるだろう。
そして、本当は、福島原発の放射能は大気や海流によって世界全体に拡散しているのだから、世界全体から訴訟を起こされてもいいのである。
原発のコストとは本当はそういうものなのである。
で、安倍自民党はその原発を今後も後押ししていく方針らしい。
(以下引用)
「トモダチ作戦」参加の米兵ら8人、東電に94億円賠償請求
http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20121227-OHT1T00169.htm
東日本大震災後、三陸沖に派遣された米原子力空母ロナルド・レーガンの乗組員8人が27日までに、東京電力福島第1原発事故の影響が正確に伝えられず被ばくし健康被害を受けたとして、同社を相手に計1億1000万ドル(計約94億円)の損害賠償を求める訴えをカリフォルニア州サンディエゴの米連邦地裁に起こした。米メディアが伝えた。
乗組員らは、米軍による被災地支援の「トモダチ作戦」で急派され、搭載機が発着する飛行甲板などで作業していた。東電によると、事故収束作業をめぐり、海外の裁判所で同社が訴えられたケースはないという。
東電は「訴状が届いておらず、コメントは差し控えたい」としている。
訴えたのはロナルド・レーガン乗組員のリンゼイ・クーパーさん(階級不明)ら。米兵8人のほか、その家族1人が原告に加わっている可能性もあるという。
原告側は、東電が米軍や市民に対し、事故で放出された放射性物質の危険などについて「事実と異なり、誤解を招く情報」を広めたと主張。米軍側は安全だと信じてトモダチ作戦を遂行したため、乗組員が被ばくし、がんのリスクが高まったなどとしている。
米メディアによると、8人は実際の被害に対する金銭補償としてそれぞれ1000万ドルを請求。これとは別に、算定不能な精神的苦痛や再発防止に向けた抑止効果を狙った「懲罰的賠償」として、全員で合わせて3000万ドルを請求した。
トモダチ作戦は震災発生2日後の昨年3月13日から開始され、空母などを投入し支援物資を輸送するなどした。在日米海軍司令部(神奈川県横須賀市)は「こうした訴えがこれまでに起こされたという話を聞いたことはない」としている。(共同)PR -
「陽光堂主人の読書日記」から転載。
嘉田自身が未来の党分党の意向を飯田代表代行を通じて小沢氏に告げたようで、たった1日でもう古くなった感もあるが、いきさつを記録しておくのは無意味ではないだろう。
私が嘉田・飯田という人物に対して抱いていた疑惑、未来の党という政党への不安感が、残念ながら的中したようだ。(引用2参照)的中しても嬉しくもないが、ある程度予想していたのでがっかりもしない。晴れの日もあれば雨の日もあるのがこの世界であり、雨降って地固まるといういい言葉もある。
以下の文章の大半は昨日書いたものなので、今日のうちにも分党となり、現状に合わなくなる部分も出るかとは思うが、今後のことに関するところはそのままでいいかと思う。
管理人(陽光堂主人)氏の言うとおり、小沢氏は早く人前に姿を出すべきだろう。そうしないと、陰で子分を動かして未来の党を乗っ取った、などと言われかねない。実際、嘉田はすでにそういうニュアンスでマスコミに喋っている。(彼女のマスコミへの言葉は一つ一つが自己弁護、自己正当化、自己保身の匂いがするのに辟易させられる。)
とにかく、この騒動で嘉田という人物のレベルが分かったのは、一つの収穫ではあった。政党の党首としても落第だし、人格的にも問題がある。環境問題への熱意だけは本物かもしれないが、政治的パースペクティブをまったく欠いた、視野の狭い狭量な人物だ。とても国政などに関与できるレベルではない。
「私の政治生命が終わる」とか、「クーデターだ」とか、自己保身しか頭にないこの発言の下劣さを聞けば、もはや嘉田について行く人間はいないだろう。嘉田、飯田、阿倍知子の仲良しトリオだけで新党を作るのがベストではないか。もっとも、「未来の党」と命名したのは私だ、と嘉田が言うのなら、「生活」派の党員が未来の党を出ればいい。
まあ、すぐにとは言わない。マスコミにうんと騒いで貰ってから、今度は奇想天外な新作戦で巻き返すという方法もある。案外、小沢は今、それを考えていたりしてね。囲碁の好きな小沢なら、どんな窮地でもあわてず、考えることを楽しむのではないか?
そこで、私もそれを少し考えてみよう。
まず、「看板」を誰にするかだ。
もちろん、実権は小沢、補佐は亀井(亀井は未来を離党することが決定的なようだが、今後も小沢と行動を共にするのが望ましい)でいいが、「大看板」とするには、まだ森ゆうこあたりは世間的な知名度が低い。そこで、既成のビッグネームを持ってきたいのだが、そうかと言って坂本龍一や菅原文太のような芸能人では、それを嫌う層もある。植草教授も、まだあの冤罪事件を事実と思っている人もいるだろう。それに普通の知識人を担いでも、庶民の人気は得難い。となると、橋下というのは、やはり政治家になるベストの道を歩いていたんだなあ、と分かる。一応は弁護士という「知性」「学歴」「職業の社会的信用度」があり、テレビで弁舌能力や頭の回転の良さを見せて庶民人気もある。
とすれば、これに近いキャラクターをサイコパス橋下とは正反対の「まともな人間」の中から探すしかないわけである。
それが誰かはさておき、前から言うように、参議院議員候補を著名人の中から選んで交渉をする作業も始めておく必要がある。とにかく、時間が無いのだから、無名人では選挙は戦えないのである。とりあえず、今回衆院選で敗れた「生活」の議員は全員、次の参議院選挙に出る、というのを大方針とするのがいいだろう。そうすれば、ある程度の支持基盤の上で戦える。民主党落選組の中にも優れた人材はいるだろうから、それも吸収すればよい。民主党離党で行動を共にしなかったことを理由に、偏狭に拒絶するより、今は清濁併せ呑む方向で行くのがいい。さらに言えば、自民党内から良心的議員を釣り上げてもいい。河野太郎あたりはマシな議員に見えるし、ほかにもいるだろう。
後は、選挙の顔、大看板を誰にするか、である。小沢、亀井、河村の醜男三人組ではなく、爽やかなハンサムを立てることだ。ケーリー・グラント的な、あるいはゲーリー・クーパー的な中年美男子がいい。美人は女性層の大半に嫌われるから駄目である。(これは私の偏見だが、美人でない女性のほとんどは美人を嫌うものである。)山本太郎でも駄目だ。貫目が足りない。それに芸能人だから、選挙民の中の知識人層に嫌われる。
有名知識人で、芸能人的要素もあり、弁舌能力の優れた人物って、誰がいるのだろうか。池上彰なんてのもいるが、私は、あまり好きではないんだよな。もともと表マスコミの住人だから、権力の犬の一人だし。
頭の良さでは、苫米地英人がお勧めだが、これも一般的知名度は低い。
いっそ飯山一郎を担ぐかね。崖っぷち社長と両看板で。(笑)もっとも、このお二人がハンサムである、という噂は聞いたことはないのだが。
あとは、鳩山由紀夫再登場、という手もある。彼は私から見れば端正な容姿だし、鳩山引きずり下ろしがマスコミと米国の陰謀だという事実も今は世間に知れてきている。大看板としては申し分無いが、例によってマスコミ総動員での非難中傷は覚悟するしかない。
そこで、ネットと表マスコミをつなぐ「新マスコミ」をできるだけ早く作る必要がある、と例によって同じ結論になるわけである。
今思いついたのだが、冤罪事件の被害者である著名人を全部立候補させるというのも面白い。森本アナとか、(冤罪事件だろう、という前提で言うが)元アナウンサーだから、弁舌力は申し分無いし、あのれっきとした犯罪者(前科持ち)の東国原でさえ(訂正する。逮捕されたが不起訴になり、「前科」は無いようだ。注参照)政治家になれるのだから、冤罪の被害者ならそれ以上に当選できる可能性はある。ただのNHKのアナウンサーであるよりも、話題性や知名度は高いわけで、選挙ではそれだけでも有利なのである。また、冤罪事件を前面に出すことで、今の社会がどれほど「操作」されているかを世間に知らせる効果があるわけだ。これは小沢一郎自身が冤罪事件の被害者であることをアピールし、小沢への同情票を集め、世間を動かす大きな波を作れる可能性がある。
あるいは、ルンペンやホームレスの中から容姿端麗、弁舌爽やかな人間を探して、「格差社会」犠牲者代表として立候補させる、とか、後押しする人間さえいれば、奇抜な方法、有効な方法はいくらでもあるのではないだろうか。確か、フランク・キャプラの『群衆』も、そうしたルンペンが代議士になる話であったはずだ。(後で実際に見直してみると、代議士ではなく、一種の市民運動のシンボルであった。これは「市民の手でプロ政治家の壁を破り、政治を変える」話なので、政治に関心のある多くの人にぜひ見てほしい映画だ。今の日本やアメリカやヨーロッパの状況に今こそぴったりの古典的秀作映画である。マスコミの力と、それの悪用、善用という今日的問題がこの映画のテーマの一つだ。)
この二つの方法を取る場合は、少なくとも、表マスコミのうちの一つを、何とかして味方につけておくことである。相手の良心に訴えてもいいし、脅してもいい。(笑)
なお、これまでは小沢一郎とあまり親しくなかったと思われる亀井静香が、小沢一郎に「早く離党したほうがいい」と忠告したようだ。これは二人の間にある種の友情、同志的感情が生まれている、ということであり、今後の動きの大きな核になると期待できそうだ、と言えば甘すぎるだろうか?
最後の案。海江田が民主党党首になったこの機会に、現議員だけでも民主党に戻る。そして、民主党内でクーデターを起こして、民主党を取り戻す。(笑)まあ、これは落選した「生活」の議員たちが納得しないだろうな。それに復帰直後は、国民、特に小沢ファンの評価も最悪になるだろう。でも、一番現実的な案かもしれない。小沢たちの復帰に前原や岡田や野田が反対しても、海江田が、党首の権限だ、と言って押し切ればいいのである。海江田がそこまで小沢と密接かどうかは知らないが、それができたら、彼は立派な大政治家である。民主党内の議員数が減ったことで、乗っ取りがやりやすくなったという面もあるわけだ。
(以下引用)
小沢氏雲隠れで党分裂の危機
日本未来の党が内紛状態に陥っています。選挙で惨敗を喫するとよくこうなり勝ちですが、不正選挙疑惑が濃厚なだけに真に残念です。「圧勝」した自公は、今頃ほくそ笑んでいることでしょう。
日本未来の党のゴタゴタについて、昨日付のJ-castニュースが最も詳しく報じているので、以下引用します。分裂を煽っていますから、よい記事とは言えませんが。(http://www.j-cast.com/2012/12/25159533.html)
未来の党、分裂不可避、「クーデターだ!」 嘉田代表vs小沢派の対立深刻
嘉田由紀子・滋賀県知事を担いで小沢一郎氏が事実上結成した日本未来の党(未来)が、分裂寸前の危機を迎えている。
嘉田代表と未来を支える「共同代表」人事を巡り、嘉田氏と小沢グループが泥沼の暗闘状態に陥ったからだ。現状では特別国会召集の2012年12月26日の首相指名選挙の際、政党として誰に投票するかは「自主投票」になる公算が高い。
小沢氏欠席の総会で大モメ
党人事に関する内輪モメが表面化したのは12月24日夜に開かれた未来の両院議員総会の場だった。両院総会とはいえ、先の衆院選で大敗したため未来所属の国会議員は衆院議員9人、参院議員8人の計17人。このうち小沢氏がなぜか欠席してしまったため、懸案だった選挙後の党役員人事は16人の国会議員と嘉田代表との間で議論された。
総会の席上、嘉田代表はまず、党副代表の阿部知子氏=元社民党政審会長=を共同代表に昇格させる人事案を提示した。衆院選で比例復活当選した阿部氏に関して、嘉田氏は26日の首相指名選挙でも同氏への投票を訴えたという。
加えて嘉田代表の人事案は、未来が結党された際に「一兵卒」を宣言していた小沢氏と、前国民新党代表の亀井静香氏を顧問にし、小沢氏が率いた旧「国民の生活が第一」(生活)出身の鈴木克昌氏を幹事長に充てる内容だった。
しかし、総会参加の国会議員16人のうち、14人を占める旧生活出身の議員がこの案を了承することはなかった。反対多数で嘉田代表案に異を唱えただけでなく、小沢氏を共同代表にするよう求める動議を提出して賛成多数で可決したのだ。
「小沢さんが党の要職につかないことは結党時の私との約束。人事権は代表にある」「党を建て直すには、小沢氏に代表になってもらうしかない」――。嘉田代表と旧生活側の主張は、約3時間の議論を費やしても最後まで折り合わず、同代表は総会後、「小沢氏を共同代表にしたら私の政治生命が終わる。社会的抵抗も大きい」「小沢さんという首謀者がいないクーデターだ」と報道陣に思いを明かした。
嘉田代表は「賞味切れ」?
抜き差しならない局面に突入した感が強まった未来の内部抗争だが、嘉田代表グループVS小沢グループの不協和音はすでに衆院選の公示日から響いていた。
嘉田代表に近い飯田哲也代表代行が公示日当日に比例名簿の入れ替えを指示し、大混乱を招いて未来は醜態をさらしてしまっていた。小沢氏は環境派としての嘉田氏の知識や実績、清新なイメージを評価して代表に担いだものの、当てが外れて総選挙では公示前勢力61から9に激減する大惨敗を喫した。
さらに嘉田氏は知事と未来代表の兼任問題に絡んで衆院選挙後の県議会で集中砲火を浴び、答弁の中で「(知事と党代表では)自分の軸足は滋賀県にある」と代表辞任に含みを持たせる発言もしていた。
大モメにモメた両院議員総会から一夜明けた25日、嘉田代表は旧生活側が可決した動議について「小沢さんは代表である自分が明確に反対を表明しているうえ、当事者の小沢氏が欠席する中で採決されたもので受け入れることは出来ない」という談話を発表。さらに記者団には「小沢さんと連絡が取れず、お隠れになられた。共同代表になりたいのか本人の口から聞きたい」と小沢氏への不快感を隠さず、阿部知子氏を共同代表にする案も撤回しなかった。
だが、小沢氏を含めた未来の国会議員17人の中で、嘉田代表に近いのは阿部氏のみだ。圧倒的多数の旧生活グループ、すなわち小沢グループが、党代表としては「賞味切れ」の感もある嘉田氏に主導権を渡したまま13年夏の参院選挙に臨むとは考えにくい。
25日の民主党代表選挙では、小沢氏の後押しで10年の代表選に出馬した海江田万里氏が勝利を収めたことから、両者の関係の延長線上で民主と未来の野党共闘もありえぬ話ではなくなった。
「今必要なのは、政治力のある経験豊富なリーダー」「嘉田さんに人事案を撤回し、再考してもらうしか道はない」。最悪の場合は分裂をも視野に、旧生活側の国会議員らはこうした考えで結束しているという。 (下線は引用者による)
本ブログで再三指摘しているように、せっかく浸透し始めていた「国民の生活が第一」の党名を捨てたのは、選挙戦略として失敗でした。不正選挙を見越した上で直前に党名変更したという見方もありますが、選挙後に小沢氏らが不正選挙疑惑について口をつぐんでいることから、この見方は外れていると思います。
小沢氏は、嘉田滋賀県知事を担いだ方が選挙に勝てる公算が高いと踏んだのでしょう。その果てが、このゴタゴタです。盟友の平野貞夫氏によると、小沢氏には人を見る目がないそうですが、今回の顛末を見てもそう思わざるを得ません。
森ゆうこ氏らは、嘉田代表の独裁ぶりを批判していますが、記事の内容を見る限り、所属議員らが反発するのは当然です。万年党首の福島瑞穂と対立して党を飛び出した阿部知子を共同代表にしたら、社民党と何ら変わらなくなってしまいます。
嘉田氏も、小沢氏に担ぎ上げられたことを承知していながら居直るのは見苦しい限りです。選挙に惨敗したのですから本来なら引責辞任すべきなのに、独裁者気取りでは権力亡者の謗りを免れません。
不可解なのは肝心の小沢氏が雲隠れしてしまっていることで、こういうことをするから批判が絶えないのです。小沢氏が選挙前、嘉田氏に対して「党の要職には就かずに一兵卒として頑張る」と言ったことはほぼ間違いありません。小沢氏はこれまで何度も「一兵卒になる」と言っていますから。
ただ、いつまで要職に就かないかは明言しなかったので、党内で対立か深まり、分裂を避けようとして雲隠れしたのでしょう。事態を収拾するためには、早く出てきて意思表示しなければなりません。そうしないと、生活系の議員らからも愛想を尽かされることでしょう。
小沢氏と嘉田氏を繋いだのは稲盛和夫と言われていますが、稲森財団は悪名高いCSISで人材育成に携わっていますから、小沢氏は稲盛に嵌められたのかも知れません。だとすれば、やはり人を見る目がなさ過ぎます。
これは小沢氏を買いかぶり過ぎた見方なのかも知れません。これだけ不正選挙疑惑が噴出しているのに、肝心の日本未来の党の動きが鈍いのは一体どうしたことでしょうか? 小沢氏に至っては、公の場から引っ込んたままです。
小沢氏の裏ミッションは民主党を壊滅させることで、それに見事に成功したという謀略説まで囁かれていますから、早く表に出てきて総選挙の総括を行い、今後の方針を示すべきです。日本未来の党が小沢氏の党であることは皆が承知していますから、カモフラージュを施しても逆効果にしかなりません。
記事にあるように、海江田代表率いる民主党との連携話が水面下で進められている可能性があります。確かに昨年の民主党代表選で海江田氏は小沢派の支援を受けましたが、総選挙の結果、民主党に残っているのは筋金入りの悪党ばかりです。そんなところと連携したら、小沢氏の評判も地に堕ちることでしょう。今後の動きが注目されます。
(引用2)「徽宗皇帝のブログ」過去記事より、私(徽宗)自身の前説部分のみ転載。嘉田の顔をよく私は見抜いていた、と自賛したい。でも、最後の「生暖かく」は「生温かく」が正しいのかどうか、今でもよく分からない。「温かい」は触覚的なものに用いるから、「見守る」ならば「生暖かく」で正解なような気もする。まあ、どうでもいいことだが。
「未来の党」の政策綱領
あいば達也の「世相を斬る」から引用記事を転載する。
この引用記事は大事である。
というのは、これから先、未来の党についてさまざまな言説、誹謗中傷がマスコミによって流され、その大半は未来の党の主張をいい加減に扱い、捻じ曲げた言説になると予想されるからである。そこで、できるだけ多くの人が、未来の党が何を主張し、何を目指しているかを知る必要があり、ネット言説者はできるだけこうした「事実そのもの」を拡散し、保存記録しておくべきだからだ。
ここに書かれた主張は、総花的と言えばそうだが、万遍無く目配りされた主張であるとも言える。「卒原発」とか「活子ども・女性」とか「守暮らし」とか「脱増税」とか「制官僚」とか「誇外交」とか、あまりにひどい日本語で、もう少し考えてからキャッチフレーズは決めて欲しかったと思うが、まあ決まった以上は仕方がない。
「未来の党」という名前も私はあまり気に入らない。なぜなら、庶民にとっては「現在の生活」が一番大事だからだ。これまで、未来を語る人間(学者や官僚、企業家、評論家)の大半が詐欺師であったという痛い経験も庶民にはある。
しかし、私はもちろん「オリーブの木」構想の一環として、未来の党をも支持するつもりである。
嘉田由紀子知事については、顔はあまり気に入らない。まあ、小沢一郎や鈴木宗男、亀井静香の顔だって最初は嫌いだったのだから、断定はできないが、なぜこの人を小沢が新政党の顔にしたのか、よく分からない。べつにこれまで画期的な行政手腕を滋賀県知事として見せてきたわけでもないだろうし。それに、代表代行の飯田某が橋下徹のブレーンをやっていたことも気に入らない。橋下と袂を別ったのかもしれないが、橋下などと一時でも組むような見る目の無い人間を代表代行という重い地位につけていいのか。
というわけで、私としては未来の党に対しては「生暖かく」見守っていくつもりである。
(引用3)これが現時点(12月27日木曜日午前)での状況だ。
未来の党、分裂へ=嘉田氏・小沢系の対立解けず
時事通信 12月26日(水)15時20分配信
日本未来の党の嘉田由紀子代表(滋賀県知事)は26日夜、滋賀県庁で記者会見し、執行部人事をめぐる党内対立が決定的となったことを踏まえ、党所属国会議員に分党を呼び掛ける方針を明らかにした。嘉田氏と対立する、小沢一郎氏ら旧国民の生活が第一から合流した議員もこれに応じる構え。衆院選で惨敗した未来は、結成から約1カ月で事実上分裂することが固まった。
また、滋賀県議会は同日の本会議で、嘉田氏に対し「県政運営に支障を来すことが予想される」とし、知事と党代表の兼務解消を求める決議を賛成多数で可決した。嘉田氏は会見で「代表の責任を果たす」と述べ、兼務を続ける考えを示した。
未来の執行部人事をめぐっては、嘉田氏が24日の両院議員総会で、社民党を離れて合流した阿部知子衆院議員を共同代表とする案を提示。これに対し、旧生活系議員は小沢氏を共同代表とするよう主張して譲らず、役員体制が固まらないまま特別国会を迎えた。26日の首相指名選挙では、旧生活系議員が森裕子副代表に投票したのに対し、阿部氏と、離党を表明した亀井静香氏は白票を投じた。
こうした党内の亀裂について「修復は難しい」(阿部氏)との見方が強まる中、嘉田氏は飯田哲也代表代行(非議員)を通じて小沢氏と協議。同日の会見では「小沢氏のグループとは、平和的に分党をすることで一定の方向性が見えている」と述べ、年内をめどに手続きを取る意向を示した。
(注)「カレイドスコープ」より転載。
もともと、日本維新の会から立候補した元自民党議員たちは、「いわく付き」の人間たち。
比例名簿には逮捕経験者をズラズラと並べていました。
こうしたことを有権者は、自分で調べないので、まったく知らないまま、イメージだけで「前歴のある」候補者たちの名前を投票用紙に書き込んだのです。
ちなみに、近畿ブロック1位の東国原英夫は、淫行・暴行で逮捕歴がありますが、不起訴で前科は付いていないので、維新の会の中では、“すこぶるクリーンな政治家”です! くれぐれも、お間違えのないように。
あくまでも、彼の名誉のために、「警察に逮捕されたことは事実であるが、不起訴処分であった」ことを強調しておきます。
彼は、維新の中では、“クリーン”です! 素晴らしい!
(おまけ) 森ゆうこツイッターより転載。
やはり森ゆうこが一番現実感覚があり、頭が良く、視野が広い。しかも勇気があり、誠実で謙虚だ。小沢無罪を勝ち取ったのも森ゆうこが民主党の中でほとんど孤軍奮闘したからだ、と私(徽宗)は思っている。まさに豪傑である。
森ゆうこ@moriyukogiin
身内の恥を晒すなとのご批判はごもっともですが、事実と全く違う内容をマスコミに流された以上、訂正しなければ既成事実となって積み重なり牙を剥いて襲いかかる。「言わせたい奴には言わせておけ、お天道様が見てる」が信条の小沢一郎さんはこれでやられたのです。 -
戦う老人(いいキャッチフレーズだなあ)飯山一郎のブログで新たに知ったブログ「日本の独立を目指して:民族の生き残り策を模索する」の最近の記事の中から私が一番面白いと思ったものを紹介する。
日本社会の「現場力」というのはまさしくその通りであり、今後の日本はこの認識を広め、現場をもっと大切にする風潮(それは給与にも当然反映され、西洋社会とは逆に下に手厚くなるだろう。いや、かつてはそうだったのであり、その結果生まれたのが「一億総中流社会」という「世界で唯一成功した社会主義国」(笑)だったのである。それがユダ金と小泉のために破壊され、今の格差社会になったのだ。)になっていくといい。
私がいつも権威や権力を馬鹿にしているのは、そういう権威や権力はただの「政治力」や「遊泳術」で得たものであり、当人の「現場力」、つまり専門家としての実力とは無関係であることが多いからだ。これは今の政治家の上位層に本当の政治力は無く、仲間うちでの遊泳術や裏切り、寝技などで権力を得た人間ばかりであることと楯の両面を成している。つまり、「政治」には本当に国民のために行う政治と、自分自身の保身や権力闘争のための政治がある、ということである。
これは民間においても同じであり、真に会社や企業のために地道に働いている人間よりも「社内政治力」や「社内遊泳術」の巧みな人間が組織の上位に行くことが多いことは、たいていの人間が感じているだろう。そういう人間は弁舌が巧みだから、普通の人間は口では勝てない。現場の人間は仕事の方が大事だから、最初からそういう人間との政治的闘争などあきらめ、黙って仕事をするものである。そして、口先人間だけが社会的に成功していくわけである。
もっとも、責任ある地位につけばある程度の判断や決断を任されることになり、そしてたいていの判断は、「実はどっちでも結果は大差ない」ので、そういう人間もそれなりの「実績」がどんどんできるし、「仕事はした」ことになる。橋下だって、仕事は自動的にこなすしかないのだから、ある程度の実績はできて当然なのである。そして評価も高まる可能性は高い。
これが「現場が本当の仕事はし、組織上位層がその栄誉を取る」というシステムだ。
まあ、これは組織の宿命であるのだから、それに文句を言っても意味はない。意味があるのは、「現場が当然得るべき報酬や栄誉を現場に与える」ということだ。
高度成長時代の日本にはそれがあったから、あれほどの成功ができたのである。
それを守ったのが労働三法なのだが、日本人の「アカ」嫌いが労働闘争まで骨抜きにして、労働分配率がどんどん低下し、格差社会になったのは、前にも書いたことである。
(以下引用)
日本の独立を目指して:民族の生き残り策を模索する
2012/12/24
「金融というものに決まった秩序は無い」
とくに、西欧と共産中国に秩序は無い。
無秩序対無秩序の戦いである
共産中国は共産党の恣意で動いており
西欧はユダヤの恣意で動いている。
ユダヤの恣意はマスゴミと学者を使った民意操縦という仮想を作って動くが。。。それが権力奪取の歴史的経緯だったので。。歴史的経緯は進化における体の構造のようなもので
外骨格である昆虫がいきなり内骨格には変われないようなものである。
だからユダヤは嘘の体系にしがみつく。S&Pなんぞデタラメもいいところだが、デタラメで体系を作るのである。ローマカトリックのデタラメと同じ構造である。裏で教皇や財閥の総帥が恣意で動かすのも同じ
共産中国は直接、権力者の意思で動かす。これは中国文明の特徴である。
中国では権力の意思が露出していないと、暴動で滅びる。黄巾の乱や白蓮教の民主主義は繰り返し皇帝権力の消滅をもたらした。
民主主義は、殺しあいと混沌を産み、新皇帝の出現で収まる。これが中国の歴史的制約である。
科学技術と民主主義は一体をなして発達して来たために、科学技術は市民化、権力の分権化を必要とするように見える
この条件を満たしているのは日本文明である。日本文明では、上層ほどアホである。
アホが何を生み出すかというと、現場力を産む。つまりもともと民主主義的である。これが技術開発の原動力となっている。
たとえば。。伝説かもしれないが。。庭師が、当時の山県有朋に対して、庭作りに口を出すな、と言って、山県がそうか、任せる、といったりする。
医学の世界もそうなっている。主治医に逆らうことは病院長でも困難である。むやみに飛行機の機長に逆らうと墜落するようなものと、みな思っている。
つまり、もともと日本文明では技術職に相対的だが独立性がある。
一方絶対権力の盲従性も持つ。この盲従性が安定を生み出している。天皇やオヤカタ様や神君家康、である。
危機のときはまとまるという求心力を持つ
こういうふくざつで柔軟な政治経済体制と、西欧のややこしい、偽装権力に基づいた経済学と、中国の皇帝経済学とは違うのである
人間が動くときの力線、微分方程式が違うので、行動軌跡が違う。
人間は何らかの利益を求めて動くが、その利益を作る社会ルールが異なるのだ
しかし、生命が著しい表現型の多様性を持つが構造は同じものであるように
生活エネルギーの流れとしての経済は同じものである。歴史的経緯によって実現形態が異なる。
時空が連続しているためである。
もちろん民族が絶滅すれば別だが。
いまのところ、日本文明は絶滅せず、帝国滅亡後もしぶとく生き延びているように見える。
今は日本の権力の曖昧さと現場力に注目が集まっている。西欧モデルが自爆したからである。
西欧から日本人はほとんど理解不能のエイリアンに見られているのをご存知か?
ショックドクトリンを仕掛けても予想と逆のことばかり起こるのだ。
例えば。。バブルであおって下げて叩き潰したはずの日本の銀行はなんと世界最強の銀行として復活しているのが2008年、リーマンショックでわかったのである。
。
つまり三井住友である。(ロックフェラーに不良債権を押し付けられたUFJはよれよれだが。)
ロックフェラーが石油を相場の2倍3倍で売りつけたがその結果、でて来たものは世界一の省エネ技術で、今更、石油価格の操作では勝てない。
日本では技術で石油資源問題が消滅したのだ、だからエネルギーのショックドクトリンは効かない
中国もレアメタルを高く売りつけて日本を操縦しようとしたが。。大失敗。中国以外にレアメタル鉱山を開発された上に、レアメタル不要技術がどっとでて来た。。。
中国さん、いじめてくれてありがとう、状態である。
円が高くなりすぎるのを恐れて
日本経済の核心である部品産業を津波と原発破壊で攻撃してみたが、
かえって部品供給途絶で、世界の自動車メーカーが倒れかけた。
どうなっているんだ、が正直なところだろう。
また再び株バブルを仕掛けようとしているが、また失敗するだろう。もう日本の核心の技術系の会社は乗らないだろう
西欧文明の欠陥はもう読まれているから。。。 -
「ヤスの備忘録」12月24日記事の内容が非常に面白いのだが、あまりに長いので、こちらではその一部を扱い、残りは別話題なので、「酔生夢人のブログ」で扱うことにする。
下記引用部分は、安倍政権の今後の見通しだが、これは実に蓋然性が高い、貴重な予測だと私には思える。私にそう思える、ということは、多くの人が無意識的に、こうなりそうだ、と思っていたことに明確な言語の形を与えたものがこれだ、ということだろう。つまり、政治評論家や政治ワッチャーの中でもまともな人間ならば、同じような予測になるのではないか。もちろん、マスコミ評論家など、ゴミであり、聞くに値する発言など無いが。
では、この予測に対して国民はどう対応すべきか、と言うと、もちろん、来る参議院選への準備を今からしておくことである。
政治は政治家だけのものではない。国民全員が政治によって生活条件が決められ、政治に支配されて生きていると言える。つまり、誰もが政治に関係しており、一人の投げやりな行為は全員の迷惑となる。つまり、国民全員に政治を良くする義務があるわけだ。
それには、まずさまざまな機会に政治を語ることだ。迂遠ではあるが、国民にできる最高のことはそれなのである。
「自由にものが言えない」社会であるこの日本では、それは実は簡単なことではない。しかし、全員がほんの少しの勇気を持って踏み出すことで、日本は劇的に変わっていく可能性がある、と私は考えている。
悪(声の大きな連中)の前で黙っていることは、悪を黙認することになるのである。つまり、悪の協力者となることだ。
(以下引用)
総選挙が終了し、自公で320議席を越える絶対過半数を確保した。そこで今回はまず、次期安倍政権とはどのような政権なのか具体的に展望した。
今回の総選挙は、日本のマスメディアでは、TPP参加の是非、消費税の是非などいくつかの限定されたポイントだけに焦点を当て、報道していた。12党派が乱立していたので、党派間の違いを際立たせるためには仕方がなかったかもしれない。
しかし今回の選挙は、日本という国の形を変えることになるような重要な選挙であった。
かなり以前の記事や拙著でも一度詳しく解説したので覚えておられる読者もいるかもしれないが、公共圏という概念を紹介したことがある。基本的に国際社会は弱肉強食である。国家がそのような環境でサバイバルするためには絶対に充足しなければならない以下のような重要な条件が存在する。
1)経済システムの整備
2)社会の安全の確保
3)エネルギーの安定的な確保
4)社会的安定性の保証
5)教育の整備
これらの条件の充足に失敗すると、戦争や侵略、または内乱や革命などの危機が発生しやすくなり、国の存続が脅かされる。国家と社会が存続するためには、これらの基本原則はなんとしてでも充足しなければならない。したがってこれらの基本原則全体を「公共圏」と呼ぶ。
他方、歴史的に見ると、この条件を充足させるには以下のような方法があった。
A)中央集権的システム
政府が責任を持ち、公共圏を一元的に管理し、維持するシステム。社会主義や国家主導の資本主義などがこの体制である。
B)市場の原理にゆだねるシステム
公共圏の管理と維持に市場の原理を導入し、民間の企業にゆだねる体制。
C)地域共同体にゆだねるシステム
中央政府や市場ではなく、それぞれの地域共同体が公共圏の維持と管理を行う体制。地域の住民も積極的に参加し、相互援助のネットワークの構築を促進する。
以上の方法である。
戦後の日本は、A)の中央集権的システムの元で60年代から70年代の高度経済成長や、80年代のバブル期の成長を実現したが、経済のグローバル化と新興国の発展に乗り遅れ、小泉政権のときに、維持コストの高いA)を部分的に放棄し、B)の市場原理の導入の方式に移行した。
だが、格差の拡大とそれに伴うデフレの進行からB)を中断し、2009年の政権交代でC)の地域共同体にゆだねるシステムに移行しようとした。しかし、これは中央省庁の権限の地方への分散と委譲を伴うため、中央の官僚の強い抵抗に合いあえなく挫折した。
今回成立する安倍政権の中心的な政策は、1)2%のインフレを目標にした大規模な金融緩和策、2)10年間で100兆円規模のインフラ関連公共投資である。中央政府の大規模な政策によって経済を刺激する方向である。
上の視点から見ると、これはC)を放棄し、再度A)のシステムに戻る方向である。いってみればこれは、60年代から70年代までの高度経済成長期や、80年代のバブル期のシステムを再導入するような方向性である。
一方、安倍政権の領土問題に対する強い姿勢が中国や韓国との関係を悪化させ、今回の尖閣不況で明らかになったように、経済政策のプラスの効果を相殺してしまう恐れもある。
だが、総選挙の少し前から選挙直後にかけて、ジャパン・ハンドラーのマイケル・グリーンとジョセフ・ナイは以下の記事を掲載し、1)尖閣の公務員常駐、2)従軍慰安婦の強制性を謝罪した「河野談話」の見直し、3)靖国の参拝を実行すると日米関係を損なうとして、これらを絶対に実施しないように強い圧力をかけてきた。おそらく安倍政権は、これを実行すると、早いうちにつぶされるのだろう。以下の記事である。
「安倍政権が、外交でやってはいけないこと」
「河野談話見直しは愚策」
したがって安倍政権は、選挙のキャンペーンで表明していた強い外交姿勢はすべて引っ込め、経済の立て直しに専念する可能性が極めて高い。するとこれから日中韓の関係も比較的に落ち着くため、安倍政権の経済政策は比較的にうまく行く可能性が極めて高い。
とするなら、これから景気は比較的によくなり、安倍政権の支持率は高いまま推移するだろう。そうした状況で来年7月の参議院選挙が実施される。自民党は今回以上に大勝する可能性が大きい。
衆参両院で過半数を獲得するというかつてない状況で、日本では本格的にナショナリズムが盛り上がり、日本という国の形を、後戻りできないように根本的に変えてゆくことになるはずだ。 -
毎日のように記事を書き、しかも実はブログを現在4つほどやっている(「酔生夢人のブログ」以外は、おふざけブログや記事保管倉庫用ブログだが)ので、自分の書いた記事をどこに出したかさえ忘れがちである。下の記事は少し前に書きかけた記事だが、まだ完成していないのだから、たぶん公開はしていないものだろう。
今日は特にほかに引用したいような記事、話題にしたいような事件も無いので、書きかけのこの記事を題目とする。「明日のために」シリーズの総括(悲観的な面だけの総括だが)にもなりそうだ。
なお、パソコンが(まだ買って数年だが)耐用年数切れになりそうな兆候があるので、これが壊れたら、そこですべてのブログは終了するかもしれない。
今は、パソコンは値下がり気味だが、それでも新しいものを購入するほどの懐の余裕は無いからだ。ネットをすることさえ贅沢すぎるくらいだが、これは家族も使うので、私の一存ではやめられないのである。
とにかく、さまざまな公共料金が高すぎる。まあ、「生存税」を毎月4、5万円取られているような気分である。世間の有能な人間は出費以上に稼ぐことに努めるのだろうが、年寄り(基本的に、老人とは身体障害者である)や体に故障のある人間には、できる仕事は限られている。そのために年金制度や生活保護制度があるのだが、今後はそうした福祉予算が削減されていくことが予想されるので、まずは「金を使わない算段」をするしかないわけである。
というわけで、或る日突然、私のブログの新規記事が載らなくなっても、それはただパソコンが壊れただけの可能性が高いので、ご心配は無用である。
という前置きで、本題に入ろう。
これからの政治の方向について、「長周新聞」記者座談会の末尾に示唆的発言があるので、下に引用しておく。
ここにはそこまで明言はされていないが、いわば、議会制民主主義の否定、直接民主主義の推進、というのがここで示唆されているのではないだろうか。そしてそれは当然政治形態と政府機構を根本的に変えることになる。そこまで行かないと、この日本を救うことはもはや不可能かもしれない。
下記記事では平和な大衆行動で政治が変えられるという希望的観測があるようだが、はたしてそうだろうか。古臭い比喩で恐縮だが、歌声喫茶で肩を組んで大衆闘争歌を唄えば世の中が変わる、というものではないだろう。
日本が属米のままで行くということは、日本の永遠の窮乏化が続く、ということだ。それだけではない。その強権支配の強化は、今回の選挙で明らかになったのである。
井口博士など、自民党を選ぶということは、属米主義者になり、日本人としての誇りを失ったのか、と見られても仕方がないだろう。今回の選挙が米国の意思どおりの結果であるのは明らかなのだから。いくら日本が非日本人(在日朝鮮人)に支配されるのは嫌だ、と言っても米国の奴隷であることを選ぶのもおかしいだろう。いや、この二つは同一なのであり、現民主党と自民党は同じ穴の狢であることはネット知識人(まあ、それほど大袈裟なものではなく、ネットで政治ブログを読むほどの人は皆そうなのである。)なら誰でも知っているはずだ。
要するに、今回の「自爆テロ解散選挙」は、民主党から自民党に大政奉還するための、形だけの選挙であり、最初から当選者は決まっていた、というのが真相だろう。だから私は今回の選挙を「12月16日事件」と呼んでいるのである。これは「9.11事件」と並ぶ壮大な政治詐欺事件である。もちろん、ただの個人の感想、または妄想だ。(笑)
さて、そのように選挙さえも勝手に操作されるならば、もはや政治に一般国民が関与するのは不可能である。つまり、政治家と官僚が結託して、自分たちの好きなように政治を進めていくわけだ。もちろん、これまでもそうではあったのだが、選挙という歯止めがあった。これからは選挙も無効になるわけだ。
とすれば、これは「議会制民主主義」の終焉である、ということになるだろう。議会と内閣(政府)が、国民の敵になった、と言ってもいい。
そうなると、後はアルカイダの日本版が現れて「日本の春」という民主化革命を起こすのを期待することになるのか?(笑)それとも日本版ヒトラーのもとに、国民を締め上げて不平不満が言えない社会にするのか?
いや、笑い事ではない。選挙そのものの操作という禁断の手段にまで手をつけられては、国民が行える民主的手段は、もはやほとんど無いのである。
私は言論の有効性を信じる者である。
人間は信念によって行動し、その信念は言語で作られる。
だから、あくまで言論と選挙での投票行為で戦うことをこれまで主張してきたのだが、ネットでの言論が弾圧され、選挙は不正に操作される、となれば、もはや打つ手は無い。もちろん、これはまだただの危惧にすぎないが、日本の未来がテロの巷にならないように祈りたいものである。
以上、ある意味では「明日のために」シリーズの悲観的総括である。まあ、もっと楽観的・向日的・建設的な総括は、そういう気分になった時にやりたい。
なお、今回の記事タイトルは「2.26」だか「5.15」だかのテロ事件で、青年将校に斬られそうになった重臣と青年将校の問答である。
「もはや問答無用!」となれば、日本は血の巷である。そうならないようにするのが、政治の責任だ。それは強権弾圧をすることではない。民衆の意思を政治が汲み上げることである。まずは、今回の選挙の究明を政府有志自ら行うことが、その第一歩だろう。
(以下引用)
B 安倍政府の発足だが、さっそく憲法改正のための発議要件を衆参の3分の2以上から過半数に引き下げるといったり、尖閣問題、原発問題などで暴走する兆候にある。ファッショ化の流れだし、日中戦争に突き進んでいった時期と同じ大政翼賛会だ。だが、強権を振りかざせばかざすほど孤立を深めていくほかない。
戦争阻止する勢力結集 人民奉仕の立場要に
D 「革新派」のなかには、この選挙結果を見て暗くなり、意気消沈して自滅していく流れもある。「怖い」といって穴にこもっていく。ここが戦前に乗り越えられなかった分岐点だ。戦前の共産党はインテリが多かったが、大衆と結びつくことができず、敵の弾圧のなかで消滅した。大衆が一番困っているときにその役割を果たすことができなかった。一方の中国では侵略者のアメリカも日本軍も叩き出して全土を解放した。この違いは「人民に奉仕する思想に立って、大衆の先頭に立って敵とたたかう」という大衆路線を進むかどうかだというのが、福田正義・本紙主幹の戦後出発だ。大衆の側はジタバタしていないし、選挙の結果も冷静に受け止めており、統治機構の基盤は完全に崩壊している。社会の主人公は人民大衆であり、その基盤を失ったらいかなる支配権力も支配を維持できないことは歴史が証明している。
G この間の下関の市民運動でも、広島、長崎での原爆展、原水爆禁止運動にしても、市民や被爆者、青年たちの大衆の情勢評価は非常に明るい。私心を捨てて全市民を代表し、広範な大衆と結びついていけばすごい反響があるし、この方向でいけば必ず勝利できるという確信を持っている。大衆はたたかうなかで団結が深まるし、どんどん明るくなっていく。教育運動をはじめ、原発再稼働反対、TPP反対の全国的な世論と行動が広がっているし、米軍再編反対の基地撤去斗争も強固なものになっている。「人民に奉仕する」の思想に徹してこれを束ねていく政治勢力の結集が期待されている。
司会 今回の総選挙結果は、そういう意味で非常に深遠な内容を持っている。親米売国のオール翼賛政治と人民大衆との対立関係が非常に鮮やかに示された。アメリカの支配からの独立を要とした平和、民主、平和、繁栄の日本社会を建設する巨大な人民斗争が巻き起こっていく条件が非常に高まっていると思う。 -
「阿修羅」が今のように「大衆居酒屋」ではなく、優雅な「高級クラブ」であった初期の頃の代表的論客である「あっしら」氏が、クロノスという馬鹿に「お前は評論するだけで世の中を変えるために現実的活動をしていない。俺はお前の影響で世の中を変えようと公務員になったが、その生き方を選んで損をした」という趣旨の阿呆な罵声を浴びせられて、それに誠実に答えながらもどこか気落ちしている様子である。
私は、このクロノスという男の発言内容が本当かどうかも分からないのだから、そうまともに取り合う必要は無いと思うのだが、人間というものはほめられると嬉しいし、けなされるとしょげるものだ。それは幾つになっても同じことである。だからあっしら氏の気持ちはよく分かる。私が自分のブログへのコメントをあまり読む習慣が無いのは、(いや、最近は、来れば読みますよ。あまり来ないけど)どうせほとんど悪口だろう、と最初から決め込んでいるからである。何しろ、打たれ弱い人間なので。(笑)
あっしら氏は自分の発言が他人に及ぼした影響を気にしているようだが、ネットでの自己表現は、単に「思ふこと言はざるは腹ふくるる業なり」だから外に出すだけのことであり、それで他人がどう思い、どう影響を受けるかは、それこそ読む人の自己責任だ、と私は考えている。それが無価値なもの、下らないものであれば、自然と誰も読まなくなるだけのことだ。
かと言って、他人への影響をまったく考えないというのも嘘になる。いや、誰も読まない秘密の日記ならともかく、私が公の前に自分の文章を出すのは、やはり誰かに読んでもらいたいからだ、というのが正直なところだ。それに、私のブログを読んでいる人はだいたいご承知のとおり、私は「できるだけ自分にも他人にも負担のない、楽な方法で社会改革をしたい」、と考える者なのである。
この「徽宗皇帝のブログ」は一日にだいたい100人から200人、最近は180人前後の人が読んでくれているようだ。べつに宣伝活動もしていないのに、これだけの数の人が読んでくれているだけで光栄である。もちろん、その中のすべてが私と波長が合うとは限らないだろうが、少なくとも、貴重な自分の時間を費やして、このブログを読んでくれることは有難いことである。
「あっしら」氏のように巨大掲示板で持説を述べる方が、社会的影響力は大きいだろう、とは思う。しかし、私のブログ程度の規模でも、同じような意見を何度も言っているうちに、社会にその意見が反映されるような気が、私にはするのである。
つまり、小さなブログであっても、それを読んだ人が納得できる意見があれば、その意見は読んだ人の中に残り、その人がまた自分のブログなどを通じ、あるいは知人との会話を通じて、その意見を表に出す、ということが生じてくるわけである。
6人ほどの人間をつないでいけば、世界中につながる、という面白い考えがある。どういう計算かは分からないが、ネットの場合ならば、たとえば一つのブログの読者が平均100人であれば、最初の発信者の考えが5つの転送を受けると1×100×100×100×100×100=10000000000、つまり100億人に伝わることになる。日本の中だけでいいなら、4回の転送で1億人に伝わるわけである。
もちろん、これはただの数学上の理屈であるが、可能性としては確かにあるわけだ。つまり、この世界のどこかで誰かの呟いた言葉が世界を変える、という可能性が、インターネットの誕生によって出てきたわけである。
これは実に面白い時代ではないか。
というわけで、私はネットの無力さに絶望するのは早い、と思っているし、ネット弾圧といかにして戦うかがこれからの最大の問題の一つだ、と思っているのである。
もちろん、何度も言うように、ネットの世界を表マスコミとどうつなぐか、ということが、現実の政治を変える上では大きな問題ではあるが、それは今は措いておこう。
なお、「つむじ風」ブログに引用された植草教授の言葉が、私が上に書いた内容に近いように思われるので、その前の「つむじ風」氏の言葉と共に、「引用2」として転載しておく。
(以下「阿修羅」より「あっしら」氏の発言を引用)
それで当然なのですが、主要メディアの劣化と腐敗がより深まっていくとともに、日本全体の混迷と分断も進んできたと思っています。
論理やイメージではなく、リアル過ぎるとも言える3・11をぶつけられてさえ今回の結果ですから、少々のことでは抗うことができない流れとも言えるのでしょう。
繰り言になりますが、300万人を超える国民が命を捨てたあの戦争の「敗戦責任」さえ問われずに済んだ国ですから、結局はそうなるのだろうと思ってはいたものの、やはり哀しみはまとわりつきます。
学校教育・家庭内教育・メディアの情報操作などを通じて醸成される世界観や価値観に、風穴を開けることは実に困難であると理解しています。
いちばん辛いのは、すでに風穴を開けられている方は私がことさら投稿する必要はなく、風穴が閉じていられる方は、私がいくら投稿しても開くことがないのだろうなと感じるときです。
クロノスさん絡みになりますが、本気で、みんなを動かすとか、現実世界を変えると勢い込んで阿修羅に来ていれば、とっくに精神が崩壊していたに違いないと思っています。
政党などは、本気で改革や革命を考えたところは現実の壁で崩壊してしまい、ちまちまと心地よい居場所を見つけ、所詮権力とは無関係と割り切り威勢のいい啖呵だけに存在意義を感じているようです。
世の中の不正や矛盾に気づいたヒトは、いたたまれないのでしょうが、今は、奮い立つときではなく、じっくりと世界の様子を眺めその意味するところをゆっくり考えるときだと思っています。
フライングで飛び出したヒトは、啖呵だけで終わるか、裏切りに嘆き悲しむかだと思っています。
(引用2「つむじ風」ブログより転載)
これまでも既得権力の手段は、あらゆる手段を弄してきた。世界に目をやれば、自ずと分かるであろう。陰謀は数限り、際限がない。買収、恫喝、冤罪、そして、暗殺など日常茶飯事である。最後は、戦争まで行く。
と言うわけであるから、覚醒とともに戦いは熾烈を極め、激化すると考えなければならない。その覚悟を元に、対策を練る必要がある。
最後に勝つのは、覚醒である。最初に戻るが、極論すれば100%覚醒すれば、問題は無かろう。それは現実あり得ない。
既得権力の人間は一握りである。そして、その取り巻きを全部合わせても少数である。その数は、1%に満たないのである。残り99%は洗脳により、目を眩まされている。そして、唯々諾々として、従っている。
心根は同じである。
つまり、
今さえ良ければ、自分さえ良ければという、心根に根ざしている。それを今問われているのだと思われる。この試練は、個々の試練であり、全体の試練である。
人間は、個性を抱いた全体の一部であろう。そして、地球は宇宙の中の個性ある惑星であるが、宇宙の一部であろう。それは孤立から、連帯への通過点と観れば、現時の事象を大局的に感得できよう。
日本が連帯するとき、世界が連帯し、地球が一つの契機となるかもしれない。そんな気がしている昨今である。
【転載開始】
2012年12月21日 (金)
主権者国民逆襲キーワードは覚醒・大同団結・連帯
第二次安倍政権が発足することになるが、今回の選挙で壊滅的な打撃を受けた主権者国民勢力は、2013年夏の参院選に照準を合わせて、体制を再構築しなければならない。
主権者国民勢力が政権を奪還するための三つのキーワードは、
「覚醒」
「大同団結」
「連帯」
である。
「覚醒」とは、主権者国民の課題。
多くの主権者国民が「洗脳」状態にある。大きな理由は日本の腐敗したマスメディアが偏向した情報しか流さないことにある。
歪んだ情報が常に主権者国民に刷り込まれている。
メディアの歪みは2001年の小泉政権発足時から顕著になった。
2009年以降は、米国・検察権力・メディアが三位一体で日本の情報空間を占拠して汚染し続けてきた。
この影響で、主権者国民の多くが「洗脳」、「汚染」状態に置かれている。
日本政治を刷新するには、主権者国民が「覚醒」しなければならない。
今回総選挙で大勝した自民党が比例代表選で得た得票率は、全有権者の16.4%に過ぎない。
全有権者の16.4%の投票を得ただけで、衆議院480議席の定数のうち、294議席を占めたのだ。
自民党が国政を仕切る十分な正統性を持たないと言えるが、同時に主権者国民の2割の支持を得れば、政権を奪取することができるという意味では、大いなる希望の光を見出す事実でもある。
『ルネサンスとは何であったか』の著者塩野七生氏は、同書のなかでルネサンスについて次のように記述する。
http://goo.gl/f7nU7
「ルネサンスとは、一言で言えば、今までの自分に疑いを持つということですね。そこから始めて、あらゆることに疑いをもっていく。」
主権者国民は、あらゆることに疑いを持たなければならない。
あらゆることを疑って、もう一度、自分の目でものを見て、自分の頭でものを考える。
このプロセスを重視することによって、まったく違う現実が見えてくる。
これが「覚醒」だ。
政治のレベルは国民のレベルを超えて存在しない。日本政治を刷新するには、日本の主権者国民のレベルが日本政治を刷新するレベルに昇華する必要がある。
全員が覚醒するのは困難だろう。しかし、2割の国民が覚醒することは十分に可能だ。これを実現すること。
第二の「大同団結」は、「主権者国民の政治」実現を目指す政治勢力が大同団結すること。
特定のイデオロギーに縛られていては、主権者国民の支持を引き付けることはできない。
これまでの鎧を捨てて大同団結し、主権者国民の側に立つ新しい勢力を結集することが必要だ。
最大の敵は「党利党略」だ。
そして「我欲」も排除しなければならない。
自分が中心でなければならない人は大同団結にふさわしくない。
大同団結とは自分を捨てることでもある。
「無私の精神」こそ「大同団結」に必要不可欠なものだ。
西郷南洲翁遺訓に、
「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は始末に困るものなり。此の始末に困る人ならでは、艱難を共にして国家の大業は成し得られぬなり。」
との言葉がある。
私は為政者に求められる資質は、「無私の精神と徳の高さ」だと考えている。
この資質を備えた者が中心に位置しなければ「大同団結」は達成されないだろう。
「主権者国民の政治」の実現とは、「米国・官僚・大資本」という「既得権益の政治」を排除して、「主権者国民のための政治」を確立することである。
今回の選挙でも、この方針を提示した政治勢力は存在した。「未来」がその中心であった。さまざまな謀略によって、「未来」の議席数は激減させられたが、こんなことでくじけていては日本政治刷新など実現しようがない。
この瞬間から出直しを図り、必ず「主権者国民の政治」を確立しなければならない。
そのための「大同団結」こそ求められている。
三番目の「連帯」は、「主権者国民の政治」を確立するために、ネット上に「主権者国民メディア」を確立することだ。そのためには「連帯」が不可欠だ。
ここでも敵は「党利党略」である。「自分が中心」の人が多数存在してもまったく力にならない。
「連帯」のためには身を投げ出すことが必要だ。
マスメディアの威力は1000万人単位の情報伝達にある。
これに対抗するには、ネット上に100万人単位のメディアを創設することが必要だ。
「日本版アルジャジーラ」の創設だ。
すでに、ネット上には市民メディア構築の試みがいくつか存在する。
これらが「連帯」して、共通のプラットフォームを構築することが必要である。
この課題を解決するために、具体的な方法を現在検討中である。
【転載終了】 -
「明日のために その6」で引用した(「させていただいた」と言うべきなのだろうが、こうした馬鹿丁寧さはかえって日本語での議論を困難にする要因なので、引用先への敬意や侮蔑は敬語の有無ではなく、内容で考えることを提案する。)岡山博氏のサイト(ブログ)のアドレスと、プロフィール中の挨拶の言葉を転載しておく。
私は専門家や学者をよく批判するが、岡山博氏のような真摯な態度の専門家や学者はもちろん尊敬している。現場の学者や専門家はむしろそういう人々が大多数だろう。そのような本物の専門家や学者がやってきた仕事の内容や仕事への努力は私のような怠け者が足元にも及ばないものであるのは勿論だ。
だが、同時に、これは岡山氏のことではなく一般論だが、専門家には専門家にとって宿命的な視野狭窄の傾向があることは確かだろう。したがって、私がその専門分野で彼らと議論をするのは不可能だが、たとえば政治的問題についてなら、相手が大会社の社長だろうが大科学者だろうが、議論は可能である。つまり、社会的地位や業績は政治議論においてはまったく関係がない、ということである。必要なのはただ論理的思考能力と議論での誠実さ、それに多少の「陰謀実在論」の知識だけである。
この最後のものが必要かと疑う人もいるかもしれないが、実はこれが無いと、議論は永遠に平行線を辿ることになるのである。表マスコミでのほとんどの政治的発言が無意味であるのは、陰謀、すなわち表に姿の出ない計画やその実行の存在を最初から考慮していないから、と言える。そして、専門家はそういう陰謀論(陰謀実在論)を嫌う傾向が強いように思う。そうなると、ネットで勉強した中卒程度の男女よりも、ある意味では無知だということになるわけである。
井口博士などのように、非実在が完全に証明されていないものは実在する可能性がある、とするのが真に科学的な態度だろう。もっとも、実在しないことを完全に証明することは、何事においても不可能なのだが。(私はよく冗談で「絶対が無いことだけは絶対に確かだ」と言っている。言わば、森鴎外的態度である。「完全に信じてはいないが、便利なのでとりあえず、当座はこの立場を取る」という「かのように」主義である。)
なお、岡山博氏は医学の専門家であるから、酵素や細菌が放射能除去に効果があるという考えを否定している。このことで飯山一郎老人、つむじ風氏、あるいは東海アマ氏あたりと対立する立場になるとは思うが、それはそれ、これはこれ、ということで、現今の日本の政治、日本社会の悪弊を改革していくために戦うという立場は同じだと考えるべきだろう。
政治論議においては、中学生も家庭の主婦も、労働者も無職隠居老人も、会社社長もその会社の掃除婦も、大学の先生も大学生も、そして評論家や政治家さえも平等に議論できるし、するべきなのである。
国民の誰もが穏やかに、余裕をもって、笑いもまじえて政治議論を楽しむ、そういう社会が来てほしいものだ。
(以下引用)
hirookay.blog.fc2.com/blog-entry-46.html …
物言えぬ日本社会のあり方が、原発事故や殆どの社会問題と、個人の多くの苦痛の底流にあり、解決を妨げている。
人が大切にされる健全な社会とは、侮蔑・脅迫・恫喝・欺きを容認しない社会。
人の誇りを尊重し踏みにじらせない健全な文化・社会・人格が存在するためには、優れた言葉の往復で発言・議論する自覚と能力と、相手に対する敬意、論理的議論を楽しむ知性と勇気と道義性が必要。
優れた言葉とは、まっすぐ、真剣、丁寧、誠実、相手に敬意を持った穏やかで論理的な言葉です。
優れた言葉、文化、人格を育み、共有する関係を発展させたい。
考え方・感じ方・選択する基準・行動様式の社会全体の傾向が文化で、個人のレベルでは人格です。
良い議論をしましょう。
共同で共通の認識や結論を作ろうという意思と、異なる意見の提示が特に大切です。 -
「ガジェット通信」から転載。
ネット弾圧、ネット規制がこれから始まる、その第一手だろう。ひろゆきは、ネット言論の象徴として書類送検されたわけだ。
もう一つのネット言論弾圧が今、飯山一郎やきのこ姐御に襲いかかった「名誉毀損訴訟」である。(引用2)
明らかに、これはネット言論を委縮させ、ものの言えない社会にしよう、社会上位層批判や政治批判、真実の追求ができない社会にしよう、という意図だろう。
これに右翼「突撃隊」を使った脅迫も今後は加わってくると予測できる。
軍靴の音はどんどん近付いている。
(以下引用)
西村博之書類送検 関係ないのになんで……ちょっと強引過ぎない?
巨大掲示板『2ちゃんねる』の創始者である西村博之氏が書類送検されたと発表。西村博之氏はニワンゴや未来検索ブラジルの役員も務めており、掲示板管理人としてではなく日本のネット界を代表する人物となった。現在は『2ちゃんねる』管理人ではないが、警察発表によれば麻薬特例法違反幇助の疑いで書類送検したという。
昨年に『2ちゃんねる』掲示板で麻薬の取り引きが行われ、その書き込みを削除しなかったことから幇助の疑いとみられている。現在は書類送検の段階で身柄は拘束はされていないが、今後逮捕や起訴といったことも考えられるだろう。
しかしなぜ西村博之が? 実は彼は既に『2ちゃんねる』と何の関わりもない人物である。ここで『2ちゃんねる』という物について簡単におさらいしておこう。
運営 …… シンガポールのパケットモンスター社
サーバー …… アメリカのPIE社
となっており実際に西村博之の手を離れている。今回日本の警察が動いたのは事件が日本で起きたからである。昨年の麻薬書き込み事件後に『2ちゃんねる』関連会社数社が家宅捜査にあったとしているが、そのほとんどが無関係だったとしている。
今回警察が多少強引に西村博之を書類送検したのは、何がなんでも逮捕したいからであろう。もっと分かりやすく言えば“メンツ”のためである。ネット上では「ひろゆき麻薬やったのか」と勘違いしている人がいるが勘違いしないように。
日本の警察って優秀だね! 書類送検なんかよりも西村博之の鼻炎が心配である。
ひろゆき書類送検についてみんなはどう思う?
「警察が意地になってる」
「2ch潰しが始まった」
※この記事は、ゴールドラッシュの「ソル」が執筆しました。[リンク]
(引用2)
2012/12/20(木)2 名誉毀損だ!と弁護士から通告 (1)
「稲 恭宏」。一時は有名だったが、今は過去のシトだ。
「放射能は身体に安全!恐くない!」って叫んでたシト。
その稲 恭宏氏の弁護士から、通告が届いた。↓
名誉毀損情報により、仕事関係及び個人的人間関係が
致命的なダメージを受け、又、面識のない第三者からも
誹謗中傷がなされるなど、通知人の社会的信用が著しく
毀損されると同時に、多大な精神的苦痛を被っている。
上の文面を読むと、鷲は、ほんと、多大な損害をアノ男に
与え続けて、大変な名誉毀損罪を犯してきたのか?!と
思ってしまう…。
『稲 恭宏(いなやすひろ)は詐欺師だった!』などと罵倒も
しちゃったし…。鷲のほーが犯罪人にされるのかな?!
しかも、弁護士事務所は東京・赤坂! という一流どころ。
凄い強敵! これはエライこっちゃ! あーまた何千万もの
戦費(弁護士費用など)がスッ飛んでしまう…。
しかし! この喧嘩は面白い!
テキは稲恭宏なんてゆーチンケな男じゃない!
稲 恭宏なら間違いなく宇都宮市の弁護士を使う。
それなのに東京は赤坂にある弁護士事務所が出てきた。
鷲を訴えるのは当て馬・稲恭宏のバックにいる黒い勢力、
たぶん原発ムラだ罠ーー。(と、武者震い。)
そこへ、きのこちゃんから緊急電話。
「東京・赤坂の法律事務所が、あたしを告訴する鴨!」
なにぃ! きのこちゃんのところまでオドシが入ったとぉ!
きのこと鷲の罵倒文は、昨年の4月に書いたモノ。
それが、なんで今頃になって名誉毀損だ!などと難癖を
つけてきたのか?!
これは、名誉毀損罪だ!とオドシして反原発ブローガーを
ツブす言論弾圧作戦が開始されたの鴨…。
そー思って、鷲は武者震いと貧乏ゆすりを同時にヤッた。
(つづく) -
「阿修羅」記事のコメントから転載。
この40.のコメントに出てくる甥や姪の印象は、私がかつて職場の同僚などから受けた印象、あるいは私の近くで高校生や浪人生がたまに政治を話題にする時に受けた印象と同じである。つまり、完全に表マスコミに洗脳されている、ということだ。
現在はネットというものがあり、彼らもネットは利用するが、まず政治的サイトは見ない。見るのはスポーツ、芸能、エロサイト、趣味的記事だけであり、政治サイトを見るとしても「阿修羅」のようなサイトは「陰謀系サイト」と見做して敬遠する。一般に「政治を変えよう」という立場のサイトやコラムは十把ひとからげに「左翼系」か「偏執狂的偏向サイト」と見られる。
要するに、ネットの中でもB層が見るサイトやブログとA層(という言い方が適切かどうかは知らないが)が見るサイトやブログは、完全に「水と油」状態なのであり、交わっていないのである。これがネット上の良識派が選挙で無力な理由だ。
したがって、何度か言っているように、ネット上の良識的意見を表マスコミ、つまり紙の媒体やテレビやラジオに繋いでいくことが、これからは大事だろう。そのような「新マスコミ」を作る必要がある。
しかし、岩上安身氏のような信頼できるフリージャーナリストを起用して、そのような紙媒体の新マスコミを作っても、かつての「朝日ジャーナル」や「週刊金曜日」のような高踏的なものであると、それは絶対にB層を呼び込むことはできない。新マスコミは良心的知識人たちのマスターベーション的言論機関であってはならず、何よりもそれはB層をも引き付ける「楽しいもの」でなければならないのである。
雑誌よりは新聞のほうがいいと思うが、たとえば雑誌を作るなら、私は大嫌いだが、AKB48を表紙にするくらいの戦略が必要だ。もっともべつにAKBのような電通アイドルなど使わなくとも、魅力的な女性はたくさんいるし、また伊藤のいじのような萌え絵イラストレイターを使うという手段もある。まあ、そのあたりは私のような爺ィが考えるより、若くてセンスのいい編集者を起用すればいい。
そして、前回引用した岡山博氏提案の「政治的談話を楽しむサークル」を全国的に広げていくことをそれと並行して行う。
実は、この両者は、民主主義発祥の地イギリスで、民主主義が発生し始めた初期に同時に起こった現象なのである。
イギリスにコーヒーが広まった頃、コーヒー店がロンドンに幾つかでき、そのコーヒー店では政治論議を人々が楽しんだ。そうした政治論議がやがて新聞の創刊に結びついたのである。それが「スペクテイター」などである。
まあ、全部いい加減な記憶で書いているので、正確さは保証しないが、マスコミの発生と床屋政談、民主主義は同時に起こったものだ、と捉えていいと思う。
ならば、我々が、民主主義の滅亡という危機を前にして、新しい民主主義を誕生させるためには、民主主義の発生時を参考にするのも一案だろうと思う。
とりあえず、「明日のために」シリーズはここまでで第一段階を終わることにする。
後は、これまで集めた資料、自分で書いたことを総括する仕事があるが、何しろ私は「努力アレルギー」なので(笑)、その仕事をいつ始めるかは未定である。
なお、努力アレルギーの先人には横井小楠という人物がある。彼は明治維新の頃、一種の政治アドバイザー的存在だったが、一日に一人に対面すると、もう疲れたとか言って、残りの時間は芸者や太鼓持ち(幇間)と酒を飲んで遊んで暮らしたそうだ。
(以下引用)
40. 2012年12月18日 18:57:10 : 15T8opxwPk
丁度、選挙の日の昼、甥、姪と話す機会があり、絶句しました。
そして、この結果を予想しました。
甥は放射能はそんなに悪くないといいい、
姪は、空気が少しばかり汚れても電気代が上がり経済の打撃の方が心配だと言いました。
彼らはiPadも持ち、一応、三流ですが大学も行き、家はマズマズの暮らしの町工場。
兄は、やっぱり自民の方が景気がよく成る、と言っていました。
株をやっていて相当痛い目にあっているので。
私の小沢さん大好きを知っているので、嫌味っぽく小沢、可哀想に、とつぶやいていました彼らは新聞大好きな人達です。
聞いていると新聞が喋っているみたいでした。産経と日経です。
放射能に色が付いていたら、臭いがしたら、まさかこんなに呑気にはならないでしょうに。
誰かが山本太郎は福島で嫌われているって、歩く風評被害やと。
みんな事故は落ち着いた思いたいんです。
私が喋ると、不安になると不快がられるんです。
マスコミは罪深い。
(追記)「afternoon cafe」から、今回の趣旨に少し関連する記事を引用しておく。文中、「床屋談義」が否定的な語として使われているが、これはもちろん、そちらの方が一般的用法なのであり、私が「床屋政談」を肯定的用語として使うのは、私が主張しているだけである。だが、知的な人々の政治議論は、どうも自分自身は愚民でもB層でもない、というプライドが高く、B層を味方にしていくという戦略性がゼロであるように感じる。いわゆる「上から目線」という奴だ。「床屋談義」への軽蔑的ニュアンスに私はそれを感じてしまうわけだ。
ここに書かれたアイデアは、素晴らしいアイデアだが、おそらく実現可能性は低い、と私には思われる。というのは、愚民政策(現代では、子供の、現実からの隔離がそれだ)は、明治以来、いや、江戸以来の官僚の伝統的手法であり、彼らがこの伝家の宝刀を手放すはずはないからである。(今、読み返すと、「でも、お上が邪魔するんですよね」と書いてあった。書き手自身が自覚しているようだ。)
だが、参考にはなる案だから、ここに引用しておくことにする。
(引用2)
r-uesugi @hetyapaiya えっ 自民って原発推進なの? えっ 消費増税なの? 全然知らなかった えっ 自民党って憲法変えちゃって軍隊創るってホント? そんなの知らなかったよ えっ 維新ってもっとすごいの? 徴兵制にするの? 核武装も? まさかでしょ? 嘘だよね だってそんなこと テレビ言わなかったよ
2012年12月17日 返信リツイートお気に入りに登録
例えば
「やっぱ、これからは橋下さんでしょ。何か新しいことをやってくれそうだもの」
というよくある意見ですが、
じゃあ橋下氏が政治家になってからこの4年間、具体的にどんな実績を残し、大阪府民、大阪市民の暮らしはどうよくなったのでしょうか?と尋ねると答えられないのです。
せいぜい公務員をいじめてくれて胸がスッとしたってことぐらいでしょう(笑)
規制緩和がなされ社会保障も削減されて弱者が切り捨てられたでしょ?と言っても
お金がないんだからしかたがない、橋下さん(あるいは小泉さん)でなくてもそうしただろう
あの人達が無能で悪い人達ならこんなにテレビに出るわけがないよ
お偉い方々に任せておけばいつかはよくなるだろう、それまでのがまんだ
あるいは逆に
上の方でどんな政治しようと、自分の生活はよくなりっこないし何も変わらない、自分には関係ない
中には「憲法が変わったって私達には関係ない」なんてお気楽に構えてる人もいるかもしれませんね
「よくわかんないけど、なにかやってくれそうでいいんじゃない?なんとなく」
という漠然としたイメージで投票することを俗に「ふわっとした民意」「お任せ民主主義」と言うのですが、、自分たちで自分たちのことを決めていく自治が実現できてる真の意味での民主主義国からしたら、こういう回答は実に驚くべきものだと思います。
どうしてこうなるのでしょう。
それは私たちが政治について政策を問う、という主権者としての作業の訓練を受けてきていないからだと思います。
Tatsuhei Morozumi @tppay 今スウェーデン人の人に日本の投票率の低さについて話してたら、なんで学校に政党をよんで議論させないのって?それができなければ民主主義じゃないって一蹴された
2012年12月16日 返信リツイートお気に入りに登録
以前北欧の民主主義教育について書いたことがあります。
(参考記事:http://akiharahaduki.blog31.fc2.com/blog-entry-407.html)
政治とは自分たちで自分たちのことを話し合って決めていくことです。北欧では早くから子供達を実際に政治に触れさせ学ばせます。
学校に政治家を呼んで話を聞き、その政策はどういうメリットがあるのか、こういう点はおかしいのではないか、などと子供達は自分の頭で考え討論もします。
しかし日本の学校で各政党の政治家を呼んで議論させる、なんておよそありえないことです。授業でだって消費税増税の是非について、TPP参加について、憲法改正について、国旗国歌強制について、歯に衣着せず討論する、なんてことがあるでしょうか?
日本の学校では子供達に生きた現実の政治に触れさせることはタブー視されます。
「子供達に偏った政治思想を植え付ける危険を避ける」というのが表向きの理由です。
日本の子供達は社会に出るまで政治について考える訓練を一切受けません。厳に退けられ「政治的無菌室」に隔離されて育てられるのです。
子供達は民主主義や人権について基礎的な正確な知識を学ぶ機会がありません。
だから大人になっても民主主義=単なる多数決、多数に少数が従うこと、人権=社会的弱者と呼ばれる「特権階級」の「既得権」だと勘違いしてたりします。
もちろんこれらは思わず笑ってしまうくらいの基礎的な間違いなんですが、橋下氏や猪瀬氏といった有名政治家がこういう大嘘を平気で言い、マスコミもそれに突っ込んだり訂正したりしないんですから、笑えません。
例えば最近ではこちらの報道なんかそうですね。
●猪瀬さん、さっそく議会けん制「僕が民意代弁」
(当ブログにもこういう大間違いをおかしてるトンデモコメントがドヤ顔で来ることがありますが、それを見ると私は日本の教育の欠陥を嘆かずにはいられません)
大人の間でも「和を乱したくなかったら政治と宗教の話は避けろ」という風潮があります。せいぜい床屋談義程度でしょうか。
おまけに情報源であるマスコミ(特にテレビ)では不公平に偏ったヨイショ報道、くだらない政局報道しかしません
そういう偏った報道に対するメディアリテラシーの教育も日本の学校では行われません。
選挙期間中も「お願いします」と名前の連呼のみの街宣車が日本の選挙の奇異な名物です
これで成人して、いきなり選挙権を与えられて、さあ、政治について自分で考えろ、と言っても無理です。
政治家の人物イメージだけで投票したりお任せ民主主義になるのも当然でしょう。
子供達に偏った政治思想を植え付けないため、と言うのなら、問答無用に国旗国歌を押しつけ、それについて話し合うことすらも許さないことこそ、政治的に非常に偏った教育に他なりません。とんだダブスタです。
子供達を「無菌室」に隔離し、民主主義の訓練を受けさせないのは自分の頭で考える自主性のある民主主義的な人間を育てたくないからでしょう、そういう人間はお上に逆らいますから。
学校で子供達に生きた政治に直に触れさせ自分の頭で考えさせることは民主主義の教育の一環、主権者としての訓練なのです。
これを次の世代に行ってこそ、民主主義は発展継承されていきます。そうでなければ民主主義はたちまちただの衆愚政に成り下がるでしょう。
この努力が憲法12条が国民に求める「不断の努力」の一例だと思います。
『憲法12条(前段) この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。』
でも努力しようと試みてもお上が邪魔するんですよね。それが日本の戦後政治です。 -
「阿修羅」投稿記事を転載。
まだざっと眺めただけだが、画期的な論考である。日本社会の精神的疾患、不健全さの根本原因を鋭くえぐり出した、警世の叫びだ。まさしく、ここにこそすべての問題の本質がある。
急いで保存するために、後半部分(原発事故関連)はまだ熟読していないが、前半を読んだだけでも、この文章の途方もない価値は分かる。
ぜひ、多くの人に読んでもらいたい文章である。
これが現われたことによって、私が書こうかと漠然と考えていた「日本の政治の未来」についての文章の半分は書く必要がなくなったようである。
この仙台赤十字病院医師、東北大学教授岡山博氏の名前は、これから全日本で知れ渡るだろう。
「 岡山博からのよびかけ
• 言葉、論理、議論を尊び、楽しむ自覚と能力を育てる文化運動を作りたい。
• 自覚的知識人が役に立てる運動です。
• 以前からの私の希望です。しかしできていない
• 日本をより良く変革するために、最も重要な課題のひとつです。
• そのような文化運動を作りませんか? 」
私が前々から「『床屋政談』を肯定的な言葉とする」という言い方で漠然と考えていたのは岡山博氏の、この最後の呼び掛けのようなものである。ただ、これは知的すぎる人々の集まりになりそうで、無知・無教養だが、政治を真剣に考える誠実で良心的な庶民の語らいの場になるかどうかが、やや心配なところだ。前から言うように、いかにしてB層を動かすか、というのがこれからの最大ポイントの一つなのである。
私としては、プロ野球のように「一軍」「二軍」制度を作り、私などは二軍で気楽に語り合いたい。政治一軍のグラウンドは高級バー、政治二軍グラウンドは大衆居酒屋とかね。
(以下引用)
自由に物を言えない抑圧社会 原発事故と損害を拡大している真の原因(仙台赤十字病院呼吸器科医師、東北大学臨床教授)
http://www.asyura2.com/12/genpatu29/msg/357.html
投稿者 神様 日時 2012 年 12 月 18 日 21:06:07: .SgApArfvR98Y
自由に物を言えない抑圧社会
原発事故と損害を拡大している真の原因
http://hirookay.blog.fc2.com/blog-entry-46.html
日本社会は安全に自由にものを言えない社会だ
• 日本では、職場を始め様々な集団内で、社会的立場が上のものは、全人格的身分として下位の人を支配する。対等な対話・議論をさせない、挨拶や言葉使いまで身分が下であることを強要する。
• 人格的に対等、対等な対話・議論を求めると、話題とは関係ないところで損害と屈辱を与える執拗な嫌がらせを無期限無制限に続ける。日本中いたるところに存在する、日本社会と人間関係の基本的行動様式、管理様式になっている。
• 「自由な発言抑圧と人格抑圧の言動を黙認してはいけない」ということが、社会規範と人々の共通認識になっていない。
・ 日本では、相手に屈辱と損害を与えて支配する程度は、個人のキャラクターで決まってしまう。他人の人格・尊厳を破壊する言動があっても批判されず黙認される。上位のものが人格的に他人を下位のものとして人格や人生まで支配している。
• 個人のレベルでは反民主的・反道徳的・強圧的なボスの横行と、無条件同調強要に過剰適応して自分で判断し自分の考えを発言する意思と能力を失い、他人にもそれを要求しあう人々が多数であるということだ
• 民主社会・近代社会であれば、相手に屈辱を与える言動は、社会規範として必ずそこに存在する人々から批判される。
同時に多くの欧米諸国では法的に侮辱罪として犯罪として扱われる。相手を侮蔑する言動をしてそれを批判されれば、侮蔑した言動を取っていないと十分に釈明しないとその人は社会的地位を失う。
• 全ての人が対等平等にふるまえることを社会が法的に強制力を持って保障し、社会規範として人々が保障しあう。それを前提に社会運営をするのが近代社会、民主社会の原理だ。人格抑圧の言動を黙認し横行する日本社会は反民主的身分社会だ。
• 「自由に発言できない社会」と、「発言する熱意と能力が乏しい」という問題が、福島原発事故を起こし、稚拙な事故対応をして損害拡大を繰り返した底流にある
• 自由に安心して発言できない日本社会のあり方は、原発事故に限らず、殆どの社会問題と、個人の多くの苦痛の基盤になっている
• 殆どの社会問題や、個人間の問題の解決を妨げる原因でもある
• 言葉・論理・議論軽視、異論排除、無条件同調強要を行動原理とする日本社会が福島原発事故の底流、真の原因として存在している。
原発を造り拡大するために健全な議論や異論発言を抑圧した
• 日本の原発は、導入決定、地域決定、建設、全国への原発建設拡大、原発運営というどの段階でも、健全でまっとうな検討は殆どされなかった。
• 原発導入、拡大の大方針を作ったあとは、「無条件に実行させる」という行動方針で、異論・批判や議論は完全に排除・抑圧して強行してきた。
• 官僚が打算と保身のために大方針を作る。
• あとから表向きの理由をつくる。嘘の理由なので、誤りと指摘されても健全な議論はしない。
• 真の目的を主張せず、表向きの嘘の理屈を振り回して強行する。失敗があっても教訓を分析せずに強行する進め方は帝国陸軍以来続いている。
本来の目的はあいまいになって手段であるはずの方針が自己目的化され強制される。方針の問題点を再検討することを敵視して指示通り動くことを強制し、その遂行で責任を問う。
これは戦後も官僚機構運営に主導されて拡大し、現在の日本社会の行動・運営原理になっている。
日本に著しい傾向だ
• 太平洋戦争で、アメリカ軍は戦闘失敗があると徹底的に原因を分析して教訓を引き出し、同じ失敗を繰り返さないとりくみを、失敗のたびに行った。自軍の被害が最小限になる取り組みを重視した。日本は、過ちを点検して再発しない取り組みはせず、失敗しても同じ方針を強要して損害を増やした。
• ナチスドイツは、「ユダヤ人を虐殺することやユダヤ人の財産を一方的にとりあげることが正しい」と、理由をしっかり主張した。
• 一方日本軍は真の目的を国民に言わず、アリバイつくりのための見せ掛けの説明をして国民と社会を偽ることを基本姿勢とした。
• 「略奪を禁ずる」と見せかけの訓令を出して、実際には「現地調達」を方針として中国や東南アジアの人々から略奪した。略奪の事実にはアリバイつくりの訓令を示して努力していると偽り、食料略奪が不首尾になると現地調達方針を遂行しないと言って現場を叱責した。
• 強制的に特攻隊に自主志願させた上官自身は特攻に参加しない。敵艦まで到達できないとわかっていながらスピードの遅い練習機を特攻機として使い、特攻で死なせることを自己目的化して強制した。二人が不要でも特攻機に二人乗務させて死なせた。機体の故障で帰還すると裏切り者扱いして侮辱攻撃した。
• それまでの方針が誤りだといわせない恫喝をするために、失敗した方針を改めずにどこまでも継続、強制した。
原発推進論者だけで原発を造り運営した
• 問題点の検討を要望する異論や批判を敵視した。
• 異論無視に加えて、異論発言する人を、敵視・侮辱・排除した。
• その共通認識をもつ原発推進論者だけで現実的には原発政策決定・建設・運営を独占して、原発を拡大してきた
官僚が作った原発支配の構図
• 同調しない異論に対して、的をはずさない適切な反論や解説を行なわない
• 同調しない人の意見や、主張内容を無条件に、侮辱・抑圧・排除した。
• 同調せずに、異論や問題提起する人を、人格として侮辱・抑圧・排除することを暗黙の基本方針とした
• 同調しない人を排除する姿勢は原発推進者の中で、強固で基本的な暗黙の了解事項となった。
原発現場での抑圧
• 技術者が、問題を発見したり、改善の提案をすることは歓迎されず、逆に疎まれて不利益を受けたはずだ
• 改善課題を放置し、自由な発言が困難な環境の下で、問題点は発見されても改善されず、放置、蓄積され、発言する熱意も減ったはずだ。
• そして福島原発事故に帰結した。
原発事故発生後の経過
• 抑圧的基本姿勢は、原発が大爆発を起こした後も続いている
• 原発に批判的意見を敵視・排除する基本姿勢で対処した
• 適切な事故対応をせずに避けられるはずの損害も回避せずに、繰り返し拡大した。
• 世界の全能力を結集して対処しなければならない緊急事態でも、事故の危険性、対処法を提起してきた批判的専門家は排除した。今も続いている
• 原発推進論者だけで事故処理を今も独占している。
• 異論に対する抑圧方針は強化・繰り返して現在に至っている。
福島原発爆発の直接原因
• 第1番の原発爆発の原因は震度6の地震で送電鉄塔が倒れ、外部電源2系統が全て供給不能になり冷却不能になった。これが大爆発にいたる直接の原因だ。
• 第2は外部電源が破綻したときに緊急用発電が働かなかったこと。津波による緊急用発電機の破壊と、電源車から電力を供給させる為の電線が短すぎ、接続するコネクターの形状が異なっていたために接続できず、電源車から電力が供給できなかったことの2つが電源バックアップ失敗の原因だ。
• 想定外津波による緊急用電源喪失が爆発原因だと東京電力は主張している。緊急発電機の不作動によるバックアップ失敗が爆発の原因と主張するなら、電源車の接続失敗によるバックアップ失敗も津波による緊急用電源破壊と同等の爆発原因だ
「想定外」の意味
• 地震国日本の原発はリスクが高すぎて、ロイド保険と契約不成立。
• そこで「想定外自然災害による事故では、電力会社は、賠償その他の責任を負わない」という法令を作った。
• 東電が「想定外」と言う言葉を絶対に引っ込めないのはこの法令を生かして、安全管理を怠った電力会社と、歴代官僚を免責し、損害は被害者と国民・税金に負担させるためだ。想定不可能な津波だったから対策できなかったと言っているだけではない。
・「大地震や大津波の危険を指摘して対策を要求してきた人たちがいるのだから「大地震や津波は想定できなかった」と言うなら、想定できない低能力と、想定した意見を排除した2つの責任で処罰されるべきだ。
事故時の恫喝
• 事故で汚染され、爆発が起きても、最小の可能性だけを説明した
• それ以外の発言は不安をあおると威嚇・恫喝した。スリーマイル事故と比較して考えるなどは過大で悪質な発言だと非難した。
• 事故と放射能汚染が拡大する可能性について、自覚がないマスコミは質問さえしなかった。
被曝拡大を誘導した
• 国と東電のキャンペーンの下で、避難すべき人が避難せず、高度汚染された自家野菜を食べ続けた。
• 一方で、東電社員家族はきわめて早期に、適切に福島から避難した。関係者がいち早く避難したことは非難すべきではない。住民を避難させなかったことが問題だ。
• 的確な批判をすべきだ
被曝医療専門家の「解説」
• 「低線量被曝の傷害はない」と考え、主張する専門家がいても良い。
• しかし、異なる考えがあることを紹介せずに「誰もが認める真実だ」と「解説」するのは嘘だからしてはいけない。
• 異なる意見を「煽動するな、不安を持たせるな」と発言抑圧してはいけない
• 特権的な立場で批判意見が存在しないかのように人を欺いて「解説・指導」するのは誤りだ。特権的な立場で、それ以外の考えはないと偽って、他の考えを抑圧することは無条件同調を強要する恐怖社会だ
• 20mSv被曝すれば0.1%が癌死する。日本の全法令の基本的立場。彼らも認める。
• 「日本人の半数は癌になるのだから0・1%が増えても誤差の範囲だ」と言う。
• 「70歳過ぎれば半数が癌」は正しい。癌が非常に少ない若年者について考えれば癌死は何十倍に増える。若年者でも誤差の範囲であるかのように誘導するのは人と社会を欺くものだ
• 人生で何らかの利益を得るために0.1%の生命リスクを覚悟して、判断することはある。利益無しにリスク引き受けを誘導することは、私は犯罪と考える。
行政幹部
• 10万人に責任を持つ首長や教育委員長が0.1%の癌死を回避せず容認すると、100人が新たに癌死することを意味する。
• 現代社会で、100人が新たに死ぬことを認可するという権限を特定個人は持っていない。行政担当者がそのような権限を持っている認識は問題だ。
• 思考停止と既存路線強行に慣れ、人としての誇りと、行政責任者としての自覚を欠如した行政責任者は、判断の重大さに無関心に、上位者の意向に沿った判断発言をしている。
福島医大
• 福島医大の医師の1割が辞職した。
• 勤務している医師の多くは家族を福島県外に避難させている。これが被爆に対する福島医大の多くの医師の認識だ。
• しかし、学内で、被曝や汚染を語るのは殆どタブーで自由な議論は抑圧されている。圧力に抗して批判する医師はほとんどいない。
• 被曝に関した調査や研究を実質的に禁止している。抑圧を更に強化して福島医大を、被曝医療の中心にしている。
母親たちの要求・学校の放射能
• 学校の放射線を測ってほしい→拒否
• 測定と対策に協力したい→拒否
• 自分たちで測りたい→拒否。構内への立入禁止
• 学校周囲を測った。汚染確認→無視
• 「放射能は危険でない」教育を始めた
• 相談した母親をモンスターペアレンツ扱い。2回相談したら「神経過敏だから精神科受診を勧められた」
• 多くの地域で保護者が学校周辺を測定した。汚染が明瞭だ。こうして行政から指示が出て学校も測るようになった。それまで測らなかった反省は無い。ほとんどの学校は、生徒の被曝回避行動をとらず抑圧した
• 測定器が学校に支給された。校長教頭と担当教員以外は使用禁止し、他の職員や保護者が使えない学校もある
母親たちの要求・学校給食と牛乳
• 給食の安全に疑問を持つ母親。弁当持参→禁止。「給食は教育の一環。勝手な行動は禁止する」残さず食べる教育を強要
• 牛乳飲ませたくない。水筒持参→禁止。別の理由で水筒持参すると水を捨てさせ水道水を飲むことをを強要
• 給食放射能測定を希望→拒否
• 自分たちで測定したい→禁止
• 給食残りを集めて持ち帰って測定→窃盗扱い。被曝に批判的教師を窃盗助長として指導
• 「暫定基準値500Bq/kg以下は安全だから特別の対応はしない(させない)」
事故経過のまとめ
・行政と電力会社は、原発の設置、拡大、運営、福島原発事故、事故後の対応のどの場面でも、真実を説明せず、議論を抑圧するために、社会と国民に偽りを言って、原発大方針を継続実行し、それまでの失敗を過小評価し隠蔽してきた。
・国民に真実ではなく偽りを言うことが行動様式の基本として現在も続いている。福島では、放射能を心配する言葉を口に出すことも出来ない。恐ろしいほどの言論抑圧社会が現実になっている。
・他人や社会を偽り、異なる発言する人を適し排除しては、原発を健全に運営することも、原発事故を健全・合理的に収束させることはできない。
・再点検し安全取り組みを強化して安全性を確認したと言って大飯原発を再稼動させた。
反対意見を敵視・無視して、偽りの説明をして強行した。
・異論を排除して強行するあり方が福島事故の最大の原因だ。これを改善せずに、原発稼動を安全にすることはありえない。
・津波堤防を数メートルかさ上げするなど見せ掛けの対策をして安全になったと偽りの説明を懲りずに繰り返している。
・福島事故が想定外の災害のために起きたという主張から出る唯一の結論は「想定しきれないことで大事故を生ずるから、想定した対策をしても安全を保障できない」という結論だけだ。
・ここでも、自分でも信じていないごまかしを言って、押し切っておけばかまわないという姿勢が貫かれている。
、
自由に物をいえない日本の人と社会
• 原発大爆発後も、自由に物が言えない社会を改善していない。逆に強化した。
• 物言えぬ日本社会のあり方は、原発事故に限らず、殆どの社会問題と、個人の多くの苦痛の基盤になっている
• 殆どの社会問題や、個人間の問題の解決を妨げる原因だ
• 自由に物が言えない、嘘・偽り・恫喝・侮辱が批判されず横行する社会は不健全で危険だ
過剰適応
• 強者に無条件同調を強要する社会に人々は過剰適応した。異論発言や、自分で判断することを恐れる精神を強めた。
• 考えるということは、「本当にそうか」と異論を考えることから始まる。そして答えが出るまで考え続けることだ。
• 多くの日本人は異論発言を避けて同調することを目指し、自由な発言を控えることを繰り返した。そして自分で検討・判断し発言する、能力・熱意、自覚を後退させた。
• 与えられた情況と選択肢の中から、気分で選ぶだけの言動を日常化した。論理を軽視して気持ちで納得することを繰り返した。作られた状況に流されて判断行動をする体質を身につけた。自分の言葉で発言しないと情況に応じて気持ちはかわる。自分の判断を長期に覚えていることはできない。
• その結果、遅い状況変化は気づかず、状況に流されて判断していることに気づかない。それを問題と理解する能力も失う。
健全な社会とは
• 自由に安全に発言できない。異論を抑圧して強行する社会と、自分で判断して発言行動する能力・勇気・自覚の貧弱は原発問題に限らない。
• ほとんどの社会問題と個人の多くの苦痛の基盤になっている
• 人が大切にされる健全な社会とは、侮蔑・脅迫・恫喝・欺きを容認しない社会だ。
• まじめな発言を抑圧させず、敬意を持った論理的で、核心を外さない議論を楽しむ、知的で健全な文化と精神を育てたい。
• 人の誇りを尊重し踏みにじらせない健全な文化・社会・人格を育てたい
• そのためには
①優れた言葉の往復で発言・議論する自覚と能力
②相手に対する敬意、論理的議論を楽しむ知性と道義性・勇気
が必要だ。
優れた言葉とは
①打算なくまっすぐ
②判断先送りしない真剣
③丁寧な思考
④相手に敬意を持った穏やかで論理的な言葉
⑤誠実
考え方・感じ方・判断基準・行動様式の社会の傾向が文化、個人のレベルでは人格です。
優れた人格を大切に育て、健全ですぐれた文化・社会を作りたい
• 言葉、論理、議論を大切にする自覚と能力を人と社会に育てたい。良い議論をしましょう
• 良い議論を行なうためには、共同で共通の認識や結論を作ろうという意思と、異なる意見の提示が不可欠です。
• 優れた異論を発言する自覚と能力を育てたい。
• 論理的な議論を知的ゲームとして楽しむ知性を育てたい
岡山博からのよびかけ
• 言葉、論理、議論を尊び、楽しむ自覚と能力を育てる文化運動を作りたい。
• 自覚的知識人が役に立てる運動です。
• 以前からの私の希望です。しかしできていない
• 日本をより良く変革するために、最も重要な課題のひとつです。
• そのような文化運動を作りませんか?
(日本科学者会議19回総合学術研究集会 発表要旨に帝国陸軍関係を一部加筆修正した)
