"経済・政治・社会"カテゴリーの記事一覧
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「泉の波立ち」から、夢にあふれた新春の祝いの言葉を。
私は「表社会の著名人」の発言をまったく信用していない。学者などもそうであり、彼らの発言は常に自己保身が大前提になっているからである。「泉の波立ち」の南堂氏も、名前を公表しての発言だし、「きっこのブログ」のきっこ氏も、もはやマスコミ著名人だから、その発言に本物の権力批判はもはや存在しない。しかし、彼らのブログが面白いというのも事実であるから、私が愛読することには変わりはない。つまり「一歩距離を置いてのアクセス」である。その一歩の距離が無くなれば、その愛着は宗教的なものになり、ドグマ化するのである。まあ、法然に騙されて地獄に落ちてもいいと言った親鸞のように、それが宗教の本質でもあるだろうが。
(以下引用)
● ニュースと感想 (1月03日)
「民主党から新年のお年玉」について。
ハッピー・ニュー・イヤー! イエス、アイ、キャン。アイム・カン。
みんな元気かい? 民主党から、国民にお年玉をあげるよ。本当だよ。
去年は子供手当を上げただろう? だから今年はその分、各種控除を廃止して、たっぷり増税してあげるよ。
あ、言い間違えた。これは隠しておくことだった。じゃ、やり直し。
去年は法人税の減税をしただろう? だからその分、企業は国民の給料を上げてくれるよ。きっとそうなるよ。みんなもこれで、ぬか喜びだぜ。あ、言い間違えた。大喜びだぜ。
特に、自動車会社は、たっぷりと儲けているからね。たとえば昨秋の決算だと、日産の売上高は27・7%増の4兆3191億円、営業利益は約3・5倍の3349億円だった。( → 出典 ) すごいね。自動車会社はこんなに景気がいいんだし、労働者はたっぷりと還元してもらえるよ。日産の従業員なら、ボーナスは何倍にもなりそうだし、賃上げもたっぷりだぜ。法人税減税をした効果があるというものさ。
え? 同じことが十年前にもあったって? そうさ。2000年ごろには輸出がすごく伸びて、企業はすごく黒字だったんだよ。その再現が起こるよ。実際、あのころは、企業はすごくリストラをして、どんどん首切りをしていたしね。首切りをして黒字を出せば、企業はすごく儲かる。だから、その黒字を、社員は分配してもらえるんだ。今度もきっとそうなるよ。社員の給料はすごく良くなるよ。
ま、派遣社員や失業者は社員じゃないから、仕方ないけどね。少なくとも社員はきっと給料はすごく上がるよ。2000年のころも、そうだったしね。……あ、ただし、社員のうちの、重役以上に限られるけどね。法人税減税で、重役以上はウハウハさ。
ま、それが羨ましかったら、みんな努力して、重役になりたまえ。みんなが努力すれば、みんなが重役になれるはずだよ。市場原理主義を唱える経済学者は、みんなそう言っているよ。努力すれば競争原理で給料は上がるって。だから、全員が努力すれば、全員が社長になることもできるんだ。きっとそうさ。
だから、これが国民のみんなにあげる、お年玉さ。あ、間違えた。初夢さ。
ハッピー・ニュー・イヤー! イエス、アイ、キャン。アイム・カン。PR -
「阿修羅」記事より。元記事は「新ベンチャー革命」か。
ある意味、年頭を飾る大ニュースである。つまり、大手マスコミとネット世界の常識の間の垣根が崩れる可能性が出てきたということなのだから。この「告白」がただのミスなのか、それとも日米支配層の「新戦略」なのか、事態の推移を注意深く見守る必要がある。もっとも、これが新聞に載ったのは去年の夏なのだから、年頭を飾る大ニュースというのは勇み足かもしれない。しかし、ネット世界での常識が世間の常識となるための一歩であるには違いない。
(以下引用)
大手マスコミ人、ついに悪徳ペンタゴン黒幕の存在を認める、新ベンチャー革命(空き缶も仙谷もパシリに過ぎないという事です)
http://www.asyura2.com/10/senkyo103/msg/404.html
投稿者 小沢内閣待望論 日時 2010 年 12 月 30 日 18:19:22: 4sIKljvd9SgGs
(回答先: 危険すぎる 菅直人政権。: 次期選挙では、国民から愛想を尽かされた民主党は消滅するか・・ (ふじふじのフィルター) 投稿者 純一 日時 2010 年 12 月 30 日 18:06:55)
http://blogs.yahoo.co.jp/hisa_yamamot/17168669.html
大手マスコミ人、ついに悪徳ペンタゴン黒幕の存在を認める 傑作(2)
2010/8/5(木) 午後 3:40日米関係政党、団体 Yahoo!ブックマークに登録 新ベンチャー革命2010年8月5日 No.165
タイトル: 大手マスコミ人、ついに悪徳ペンタゴン黒幕の存在を認める
1.大手マスコミ人のサプライズ発言、飛び出す
2010年7月30日の毎日新聞夕刊の特集ワイド記事『日本の政治これから』にて、同氏の編集長が『日本の政治の黒幕はアメリカだと思います』と発言しているニュースが、ネット世界を駆け巡っています。これがなぜビッグニュースかといえば、これまで大手マスコミの幹部から、このような発言が飛び出したことはなかったからです。ネット世界の政治ブロガー(ネットウヨ除く)の多くは、筆者も含め、アンチ大手マスコミの世論形成を行っていますが、基本的に日本の政治の黒幕はアメリカであるという前提に立っています。その意味で、上記がネットブロガーの発言なら誰も驚きませんが、大手マスコミ人から飛び出した発言である点がサプライズなわけです。
上記の発言は大手マスコミ界ではタブーであったはずですが、毎日新聞は、あえて活字にしたというわけです。
筆者の見方では、毎日新聞を含み、日本の大手マスコミ(主に新聞とテレビ局)は『日本の政治の黒幕がアメリカである』ことを国民に知らしめないようにすることが使命であるとみなせます(注1)。
2.鳩山政権から菅政権へのバトンタッチで、さすがの国民も気付いた
今年6月初め、菅政権が誕生、7.11参院選にて民主が大敗北して今日に至っています。今では国民も冷静に戻って、菅政権を見守っていますが、何かに脅えた菅首相の一挙手一投足を見て、何ともいえない不審感を覚えているのではないでしょうか。
菅首相は何に脅えているのか、ネットにアクセスしない国民も不可思議に思っているのではないでしょうか。ネットをちょっとでも覗けば、菅首相が何に脅えているのかすぐわかります。それは“悪徳ペンタゴン”(注2)です。悪徳ペンタゴンの黒幕、それこそアメリカ様、もっと具体的に言えば“米国戦争屋”(注3)です。
そして、悪徳ペンタゴン一味・大手マスコミ人の口から、日本政治の黒幕はアメリカだという証言が飛び出したのです。
3.黒幕の正体を見破る国民の急増を期待する
本ブログでは、毎回のように、悪徳ペンタゴンおよびその黒幕・米国戦争屋に関する解説を注記して、ネット世界にできるだけ広く、その存在が知られるよう努めています。そこに、上記、大手マスコミ人の裏付け証言が飛び出したのです。今後、国民のひとりでも多くが、『日本の政治の黒幕がアメリカである』ことを知るようになって欲しいと切に願います。
この現実を知って、日本政治を観察すれば、国民の日本政治観が大きく変わるはずです。そうなれば、日本にホンモノの民主主義が生まれる第一歩となります。
4.日本政治の民主主義の欺瞞性を知ろう
ここで、はっきり言います、戦後日本の民主主義は欺瞞です。民主主義という政治思想は、欧米白人社会のレディーファースト思想(注4)とよく似ています。このような言葉があるのは、欧米では男女差別が存在するからであると解釈できます。真に男女差別がないのなら、このような言葉は不要です。同様に、民主主義という言葉があるのは、真の主権が国民にないからだと解釈できます。
現実に、日本の真の権力者は悪徳ペンタゴンとその黒幕であって、国民が選挙で選んだ政治家ではないのです(注5)。
今回、鳩山首相の突然の辞任から、菅首相誕生までの慌ただしい動き、そして、その後の菅首相の、何者かに脅えた一挙手一投足から、国民の目に、選挙でわれわれ国民の選んだ政治家の背後に、何者かが別に君臨していることがある程度、見えるようになったということです。
上記、毎日新聞幹部のサプライズ証言は、昨今の、日本政治のあまりの右往左往振りに、さすがのお人好し国民も不審に思っていると気付いたから飛び出したのでしょう。反国民・悪徳ペンタゴン一派に従属させられることに、もう我慢できなくなった良心的大手マスコミ人としての、ひとつの答えを示したものではないでしょうか。これに倣って、今後も大手マスコミ人のサプライズ証言がもっと、もっと飛び出ることを是非、期待したい。
注1:本ブログNo.60『国民にとって重要な情報ほど報道しないのが大手マスコミ』2010年1月4日
http://blogs.yahoo.co.jp/hisa_yamamot/6222825.html
注2:悪徳ペンタゴンとは、
元・早稲田大教授・植草一秀氏の造語である。日本に蠢く一部の(1)政治家、(2)官僚、(3)マスコミ人、(4)財界人を指し、日本国民の利益より、米国寡頭勢力(主に米戦争屋)の利益を優先する(あるいは優先させられる)買弁家的日本人、および(5)米国ジャパンハンドラー(買弁日本人をコントロールする米国人)を指す。彼ら悪徳ペンタゴンは、アンチ戦争屋の小沢・鳩山コンビや亀井・国民新党を目の仇にしている。
日刊ゲンダイを除く日本の大手マスコミはことごとく悪徳ペンタゴン化していることが、2009年9月の政権交代によってあらわになった。
注3:米国戦争屋とは、
デビッドRF財閥を頂点に形成される米国の軍産複合体を指し、米国の軍産政官学に広く分布する米国覇権主義者で構成される。戦後日本は、米国戦争屋によってもっぱらステルス支配されてきた。米国寡頭勢力を構成する米国覇権主義者には他に銀行屋がいて、彼らは国際金融資本や米国中央銀行FRBを支配しているが、戦争屋に比べて、日本支配への執着心が薄い。なお、戦争屋ボス・デビッドRFは、軍産複合体に加えて、金融機関も所有している。彼は元々、チェイス・マンハッタン銀行(現・JPモルガン・チェイス)頭取経歴の銀行家の顔ももっている。
オバマ政権は米国主流の戦争屋系というより、どちらかといえば銀行屋系に属しているが、戦争屋の謀略部隊から常時、監視を受けている。そのため、オバマ政権が戦争屋の意図に逆らうと、必ず何らかの妨害工作が行われる。
注4:レディーファースト、ウィキペディア参照
注5:本ブログNo.164『国民の敵:悪徳ペンタゴンはどのように生まれたのか』2010年8月2日
http://blogs.yahoo.co.jp/hisa_yamamot/17041216.html -
藤永茂氏の「私の闇の奥」より転載。
国家繁栄の源は教育にある、というのは常識のようでそうではない。為政者の多くは教育への政府支出を平気で削減するものだし、(それによって国家がどんどん活力を失っていったのがイギリス、アメリカ、それに日本である。)また教育がある種の権力の意思で汚染されることも多い。下に書かれた大学の「民主的運営」もうまくいくという保証はまったく無いが、その理想への意思は貴重なものである。
(以下引用)
2010/12/29
ベネズエラの大学法
2010年12月24日、Venezuelanalysis.com に掲載された記事を読んで、ちょっとシュール・リアルな不思議な気持ちになりました。おとぎの国からのニュースのようですが、しかし、これは現実の出来事です。ベネズエラの国会は大学の意思決定に、教授、学生、雇用者、地域住民代表が平等に含まれるという画期的な法案を可決しました。この法律は、ベネズエラ国家憲法の第103条に明記された原則、つまり、政府は小学校から大学学部教育にいたる無償で質の高い一般教育を供給する義務があるという原則に基づいています。
この法律によれば、大学生は大学管理者の選挙の投票権を持ち、教授の評価に加わり、意見発表の自由が約束され、大学の運営記録にアクセスすることが出来、住居、通学費、食費、医療施設、学費についてのサービスを受ける権利が保障されることになります。
この法案の成立について、現政府に反対する野党、富裕層の学生団体は、これは社会主義的政策の強行だとして、チャベス大統領を非難するデモを盛んに行なっているようですが、一般大衆は新しい大学法を歓迎しているといいます。
若者達が大学進学を希望する場合、それを全面的にかなえることは、国が特別豊かでなくても可能であることを目の前で実証されると、私などは不思議な思いに駆られますが、立ち止まって考えてみると何の不思議でもありません。先進の諸大国で必要不可欠と考えられているあれこれの出費にくらべて、勉強意欲のある若者達にほぼフリーな教育の機会を与える社会環境を整えるのに必要な出費は小さいものです。かつて極貧の小国ハイチで解放神学の神父であったアリスティドが大統領になった時にも、直ちに着手した政策の一つは教育費の無償化でした。
近視眼的な為政者、支配階級にとっては、大衆が愚民であること、どんな政策をとっても学生達が何も騒ぎを起こさない大学ばかりの方が好都合でしょう。しかし長い目で国家の将来を考えた時、国民の教育程度の高さこそが本当の財産になる筈です。この考え方は余り古すぎて陳腐で、私は頭の奥にしまい込んで忘れかけていましたが、今度のベネズエラからのニュースをきっかけに突然再浮上してきました。
人は高い教育を享けた方がいいのか、わるいのか? これはとても難しい設問です。
田舎で医者をしている立派な友人に言わせると、田舎の無教養の老人たちの方が、学のあるインテリ老人たちより、概して、従容とした立派な死に方をするそうです。ここに重い真理があるのはたしかですが、これは、むしろ、人間の本当の知とは何かという問題でしょう。
長年ピサ大学のスタッフだったイタリア人の友人から聞いた話ですが、1343年創立のピサの大学はイタリア最古の大学の一つで、特にメディチ家がフィレンツェを支配した時代のピサ大学の歴史は大変興味深いものです。フィレンツェ大学は1321年に創立されましたが、1473年、メディチ家のロレンゾによってピサに移され,ピサ大学に合体され、ピサ大学の規模と権威は増大します。友人の説明によれば、フィレンツェの支配層は、学問が栄えるのは重要視したけれども、学生や教授たちが支配権力に楯突いて騒ぎをフィレンツェで起すのはご免蒙りたいという発想からピサ大学の方をもり立てたというのです。騒ぐならピサで騒げ、というわけです。その時々の支配権力に唯々諾々として従う大学などは存在しない方が世の中のためになります。ピサ大学の卒業生やスタッフのリストには凄い名前が並んでいますが、古くは、法王の権威の前でも自説を曲げなかったガリレオ・ガリレイの名もあります。
ベネズエラの若者と一般大衆の大部分は、教育に関する国家憲法の条文と新しく成立した大学法を歓迎しているようですが、それは遠い所で、メディチ家の学問尊重に通じているのかも知れません。
藤永 茂 (2010年12月29日) -
「飯山一郎のホームページ」からの関連で、北朝鮮拉致被害者問題についての一つの思考材料として掲載しておく。北朝鮮に「拉致」された人々は、北朝鮮で重用されているのではないか、ということだ。そして、北朝鮮と日本の警察は、案外ツーカーの間柄なのではないか。さらに言えば、北朝鮮は社会主義国家でもなんでもないのではないか、ということだ。社会主義ではなく、一部の権力者が国民の犠牲の上に自らの欲望をほしいままにしているだけの国家なのではないか。社会主義とは本来、社会全体の福祉を個々人の欲望追及行動より上位に置く思想のはずである。(それを理解しないから、アメリカで社会主義が嫌悪され、あの悲惨な状況があるのだが)
(以下引用)
以前書いた、「めぐみ 引き裂かれた家族の30年」と関連する続報を書いておきます。
中田安彦氏のブログと副島隆彦氏の掲示板リンクで気になるブログ記事が書いてあったので。
私ははっきり言って、アンミョンジンなる人物がどういう筋で、どこの手先なのか調べる時間もないですし、今の安倍政権が国民にどれだけ隠しごとをしているのかよく分かりません。間違いなく、連中は情報操作をしているという、ぼやっとした実感があるだけです。
誰かマジで調べてくれ。
正直に言います
今さら隠していても仕方がありませんので、私が知っていることをすべて言います。
私(横井邦彦)は1986年に日本で蓮池薫氏に会っています。
正確には、拉致されそうになったという方が正しい言い方だと思います。
拉致被害者が日本で拉致未遂事件を起こしていたなどという話は、にわかに信じがたいからこれまで黙っていたのです。
テレビで蓮池薫氏が飛行機のタラップから降りてくるのを見たときには、「あのヤローだ」ということはすぐに分かりましたが、この時期は私とマルクス主義同志会の関係が極端に悪くなっており、最終的に私がマルクス主義同志会から追い出され、赤星マルクス研究会をつくり、ホームページを立ち上げるという私の人生の大きな転回点だったので、私自身が拉致問題どころではなかったということも大きな理由の一つです。
それに、赤星マルクス研究会を立ち上げてすぐに、「実は私は」などと名乗り出ることは、私自身の売名行為のようで気に入らなかったし、あの頃はまだ蓮池薫氏の家族が北朝鮮に残っており、彼に「お前、あの時のヤツだろう」などというのも酷だと思ったので黙っていました。
しかし、今の私は失うものは何もないです。だから正直に言います。
私は、1986年当時愛知県の小学校の教師でした。私の勤務していた小学校は愛知県西春日井郡西春町にある鴨田小学校という学校でした。
3月の下旬のことでしたが、その時私は視聴覚担当をしていたので、鴨田小学校の体育館で、卒業式の練習を終えて、一人で会場の放送用具の整理をしていました。蓮池薫氏はそこへやってきました。
そこで30分ぐらい彼と話をしました。彼の話は彼が拉致被害者であるということと、いろいろな理由で北朝鮮につれてこられたり、自分の意志で北朝鮮に来たりした日本人は100人以上いるということ、自分はそういう人たちの“面倒を見る立場”に置かれているということ、北朝鮮の赤軍派で内部闘争があり、北朝鮮当局が田宮を指導部からはずしたがっているということ、北朝鮮に来れば田宮の代わりに私を指導部に入れたいということ、私を北朝鮮に連れて行くために、“潜水艦ではない船”で秘密裏に日本にやってきた 等々でした。
もちろん私ははっきりと蓮池薫氏の申し出を断りました。日本の革命運動を北朝鮮でやるということの意味がまったく分からない、日本の革命運動は日本でしかできないのではないかということと、私と北朝鮮政府の見解は大きく異なっており、私は北朝鮮を社会主義国家だと思ったことはないというのが断った主な理由でした。
そうしたら蓮池薫氏は、ここまで秘密を漏らしたらこのまま返すことはできない、力ずくでも北朝鮮に連れて行く、というとんでもないことをいいだしたのです。
しかし、残念なことに蓮池薫氏はそれを実行することはできませんでした。
私は蓮池薫氏に彼が私を拉致することができない理由をはっきりと説明しました。
いうまでもないことですが、私は3月いっぱいで小学校を退職し、社労党(社会主義労働者党)から参議院愛知地方区に立候補することが正式に決まっており、それはもう記者会見を開いてマスコミにも伝えていたからです。
国政選挙の立候補予定者が突如としていなくなることの意味を考えなくてはならない、これは普通の人がいなくなるのとはまったく意味が違うのだと、しかも私は労働者階級の利益を守るために立候補するといっているのだから、私を拉致することは朝鮮労働党が日本の労働者階級にケンカを売るのと同じだと、朝鮮労働党が日本の労働者階級の敵となってなお生存を続けることは絶対的に不可能であるというようなことを言った記憶があります。
私と蓮池薫氏が話をしている間に、夕方だったのではっきりとは見えませんでしたが、私たちのまわりには数名(二、三人)の不審な人物がいました。蓮池薫氏は私の話を聞いて、その中の指揮者とおぼしき人物のところに相談に行って、数分の間、話をした後で私のところへ戻ってきて、今回はあきらめるといって去っていきました。
(なお、「指揮官とおぼしき人物」は横田めぐみさんのダンナ称する人物とよく似ていたような気がしますが、蓮池薫氏のように数十㎝の至近距離で直接言葉をやりとりしたわけではないのではっきりと断言できません。)
この時、蓮池薫氏は私にくだらない脅し文句をいくつか言ったような気がしますが、それはすべて忘れてしまいました。
以上が私が知りえた出来事のすべてです。
それで拉致被害者が全部は死んではいないという根拠ですが、一つは、蓮池薫氏は拉致被害者の中でも多くのことを知りうる立場にあり、彼が私に言ったことの多くはそれなりに当たっていたということ。
二つ目は、蓮池薫氏のように北朝鮮で特別の任務を与えられて生きていた拉致被害者は彼だけではなく、その他にもいるのではないかということ。そして、そういう人々は殺されたり強制収容所に送られる理由はないので、彼らがいまだに生きている確率は高いということです。
なお、こういうことは被害者である私が語るよりも、加害者である蓮池薫氏が語るべきことがらなのではないですか。何しろ彼は当事者であり、すべてを語ると言っているのだから、私の拉致未遂事件を含めて、すべてを語る責務は私にではなく、彼の方にあると思います。
なお、蓮池薫氏が私のところに来た理由は、彼が私を赤軍関係者と誤解したためです。
この誤解についてですが、実は、浅間山荘事件で逮捕された連合赤軍のK氏はどういうわけか、浅間山荘で逮捕されたとき、私の名前と住所と電話番号を書いたメモを持っており、そのことで私の実家にはパトカーが2台も来た。
そこで私が不思議に思うのは、田宮たちが北朝鮮に渡ったのは1969年で、連合赤軍事件が起こったのは1972年であり、この事件の関係者たちはすべて長期投獄されている。
したがって、蓮池薫氏が私を赤軍関係者と誤解するというのは、理解しがたいものである。日本国内の赤軍関係者ならば、私と彼らがまったく異なる政治的な立場に立っていることぐらい私が説明しなくても彼ら自身が一番よく知っている事がらであるし、北朝鮮の赤軍派ならば私の存在自体を知らないはずである。
むしろこういう誤解は、私の実家に来たバカなパトカーの関係者のものであったろうし、私に対する拉致計画そのものが、客観的に見れば、社労党(社会主義労働者党)の選挙運動に対する悪質な選挙妨害以外の何ものでもなかったのだから、この計画の主たる発案者は、むしろ北朝鮮政府ではなく、日本国内にいるわれわれ社労党(社会主義労働者党)の参議院選挙への参加をこころよく思っていない勢力なのではないかと考えるのが妥当であろう。
そういう点ではこれは語られなければならない、闇に葬ってはならない政治的な事件だったと思います。
北朝鮮政府(金正日政権)が、日本の反動勢力とつるんで、日本の労働者階級の選挙闘争を圧殺しようとしたという事実は歴史の中にどうしても書き残さなければならない重大な出来事であると私は思うからあえて真実を語るのです。
労働者のこだま(国内政治)正直に言います
http://blog.goo.ne.jp/sekiseima/e/e66b9f6c2bbf87a8c467b6c69bdbcb95 -
「阿修羅」記事の中から、新興宗教の「生成原理」を紹介した珍しい文章である。いろいろと面白い情報が詰まった文章なのだが、悲しいことに、こういう文章を読んでもまだ新興宗教に騙される人間は無数にいる。それだけ人生でひどい目に遭って、宗教に救いを求めるしかない人間が多いということだが、そういう人間の特徴は、「他人を信じやすく、自分の頭で分析的に考える習慣や批判精神が無い」ということだ。もっとも、オウム真理教の場合のように、理系人間だからといって必ずしも騙されにくいわけでもない。
(以下引用)
これは面白い本「日本の10大新宗教」(米国が日本支配の一環として、在日・部落関係者に「起業」させたような気がします)
http://www.asyura2.com/09/cult7/msg/732.html
投稿者 小沢内閣待望論 日時 2010 年 12 月 22 日 09:01:49: 4sIKljvd9SgGs
http://chikura.fprog.com/index.php?UID=1243738775
May 31, 2009
これは面白い本「日本の10大新宗教」 ID:1243738775
以前本屋で立ち読みしたらかなり面白かったので、買ってみた。
人はなぜ宗教にすがろうとするのか?
宗教というものに昔から興味を持っている。
私自身は無神論者である(「神は存在しない」というスタンス)し、無宗教だと思っていたのだが、この本によれば、私も含めて多くの日本人は、日本の古い宗教観を普通に受け入れていて、無宗教というわけではないらしい。墓参りにも行くし、神社にお参りもする。これは立派な宗教だとのこと。
まぁ、言われてみればそうだなぁ。
それはともかく、この本は、所謂仏教、イスラム教、キリスト教といった3大宗教などではなく、「新宗教」と呼ばれるジャンルの宗教のうち、反社会的でない、ある程度社会に受け入れられている宗教を10種類ぐらいに絞って、その成り立ちや特徴を解説した本だ。
具体的には、天理教、大本、生長の家、天照皇大神宮強と璽宇、立正佼成会と霊友会、創価学会、世界救世教と神慈秀明会と真光系教団、PL教団、真如苑、GLA、についてそれぞれ紹介されている。
面白いのは、それぞれの宗教について批判めいたことは書かず、ただ淡々と歴史や特徴などを述べているだけにとどめている点だ。とはいうものの、著者の観点から見て「この点から、□□教団の○○という主張は後から作られた可能性が高い」というような感じで、淡々と指摘しているがゆえに逆に皮肉めいた文章になっているのが読んでいてニヤリとする。
例えば、第1章の「天理教」の解説では、教祖である中山みきが「神になった」際のエピソードを次のように紹介している。
立教の日に先立つ十月二十三日、みきの長男秀司が足の病にかかり、修験者が中山家に呼ばれて、祈祷が行われた。その際に、神が降る巫女の代理をみきがつとめたところ、「元の神、実の神」と名乗る神が降り、みきを神の社としてもらい受けたいと言い出した。この申し出を受け入れるなら、世界中の人間を救うが、拒むなら、中山家を破滅させるというのである。そこから、みきに降った神と中山家の人々とのあいだで問答がくり広げられ、家族が申し出を拒むと、みき自身が苦しんだ。そこで、みきの夫、善兵衛は、二十六日に、みきを神の社として差し上げると返答し、それでみきの苦しみもおさまったのだった。
しかし、著者は次のようにこれをさらりと切って捨てる。
この立教の出来事は、教団公認の教祖伝である「稿本天理教教祖伝」の冒頭に記され、現在の教団においては、啓示という位置づけがなされている。しかし、この出来事について述べた文書が登場するのは、みきや信者たちが警察からの厳しい取り締まりを受けるようになる一八八一(明治十四)年になってからのことで、立教の出来事はその時期に創作された可能性が高い。
この本を読むと、意外と日本の新宗教の成り立ちには、女性が深く関わっているということに驚かされる。所謂「神懸り」というものを起こすのは、どうやら女性に多いようだ。そしてそれをサポートする男性指導者が、教団をまとめあげる、という図式が一つのテンプレートのようになっているように思う。
また、意外とこれらの新宗教はお互いに密接な関わりを持っていることが多い・・・というか、ある教祖が元は別の教団の信者で、そこでノウハウを学んだあと独自の教団を立ち上げる、というようなことが多いようで、なんかこういう流れを見ていると、宗教ってホント、ビジネスだよなぁ、と感じる。
この本の指摘で面白いなーと思ったことの一つに、「宗教は、不景気のときではなく、景気が向上しているときに広まる」という話がある。一般的には、不景気の時にこそ「神頼み」的な入信が増えるような思われがちだが、なぜそうならないかというと、例えば金銭問題で苦しむ→入信する→景気が上向く→ 苦しみのもとがなくなる→奇跡が起きた!というような事が、高度成長期には頻繁に起こるから、らしい。逆に不景気の時には、いくら信心しても一向に状況が良くならないので、長続きせずに辞めてしまったりするらしい。
なるほどなーと感心しきりである。思えば、株取引などの「必勝法」だとか「○○をすれば勝てる!」的なノウハウ本がやたらと出回って、みんなが株だ株だといい始めるのも、景気がいい時だけだ。
また、教祖の「奇跡」によって信者を集めるいくつかの教団では、教祖の身内(主に子供)が亡くなるといった不幸が教団の危機になる、と説明している。なぜなら、教祖の奇跡の力に対して懐疑の目が向けられるようになるからだという。
例えば真如苑では、教祖の伊藤真乗の子供が亡くなった際に、教団に「抜苦代受(ばっくだいじゅ)」という新たな教義を取り入れることでその危機を乗り越えている。これは、子供が、信者達の苦しみを代わりに引き受ける為になくなった、という教えだそうだ。伊藤は、伊藤自身が信者の病気を治す奇跡によって信者を集めていたこともあり、新しい教義の導入で矛盾を解消したのだそうだ。
同様な流れは天理教でもあり、他にもキリスト教の「復活」のエピソードも、神の子たるキリストが普通に十字架にかけられて死んでしまったので、その後の教団の運営にとってあまりにも都合が悪く(「神の子なのに、なんかあっけなく死んだな」というイメージ)、その為に後から作られた創作話だろう、という意見が紹介されている。
この本はそういう面白エピソードに満ちているのだが、中でも面白いなーと思ったのはGLAの話だ。
GLAの教祖・高橋と言えば、それなりに有名で名前を聞いたことがある人もいるかもしれない。といってもGLAがどういう宗教なのかこれまでよく知らなかったのだが、こんな感じらしい。
彼の前に、十四代前の先祖があらわれ、信州新野の千石平で武田信玄勢によって殺されたときのことを語りだした
そして、同年七月六日には、高橋の義弟に紀元前千三百年、エジプトで生まれた「ワン・ツー・スリー」という霊が下って、人間のあり方について教えられた。また、高橋の守護霊が、四世紀ごろの中国にいた「フワン・シン・フワイ・シンフォー」であることを教えられる。ほかにも、そうした不思議な現象が次々と起こった。
普通、新宗教で霊と言えば、先祖の霊が基本である。高橋にも先祖の霊が降りてはいるが、それよりも重要な働きをしたのが、古代エジプトや中国の霊である。こうした霊が下ることは、新宗教ではめずらしい。そこに、GLAの新しさがあった。
ちなみに、福井の名物となった(?)白装束集団「パナウェーブ研究所」の教祖である千乃裕子について、「GLAの元信者で、高橋の死後の後継者争いに敗れた」という紹介のされ方をしたらしいが、実際にはGLAは千乃がGLAの信者であったことを完全否定しており、この著者の意見としても、信者でもなければ後継者争いに巻き込まれたということもなかった、という結論になっている。
福井でも良く見かける「真光」だが、見るたびに名前が微妙に変わっていたりするのでなんなんだろうと思っていたら、分裂・統合を繰り返しているのだそうだ。なぜそれほどまでに分裂や統合が多いかというと、ひとえに「簡単だから」だという。真光で行う「奇跡」は「手かざし」というものが基本になっており、これは誰でも出来てしまう為、大体のやり方を学んだ後、分派していくのだそうだ。教義が簡単だと人集めも簡単だが、その分簡単に出て行ってしまうのし、難しくしすぎると分派もしにくい代わりに信者集めも大変、という、なかなか宗教運営も難しいと感じるエピソードである。
最後に、PL教団について。高校野球で有名なこの教団、どういうものなのかなーと思っていたのだが、アルファベットからイメージするものとは打って変わって、大元は普通のお寺からスタートしていた。教祖が元は貧乏寺の住職で、生活が立ち行かなくなったので、当時流行っていた「徳光教」という宗教に入信して、その後を継いだ、というエピソードが紹介されている。PL教団の面白いところは、病の苦しみを教祖が引き受ける「お身代わりの神事」という迷信めいたようなものがあるのと同時に、教団内に普通の病院であるPL病院を持っており、そこでの治療も行う、という感じで、近代医学も認めている点だ。この辺、まさにビジネスチックで面白い。
この本の著者の考えだと思うのだが、話の中で「宗教の教えによって、貧困層が真面目に仕事について働き、生活苦から逃れることができる」というものがあり、それについてはなるほどと納得した。私は宗教が好きではないが、そういう効果は確かにあるのだろうな、と思う。
こんな感じで大変面白い本なので、興味ある人はどうぞ。新書で安いです。 -
「阿修羅」記事の中でも、蓋然性が高いと思われる記事、そして我々の生活に直接的に関わってくる可能性が高い記事はなるべく転載して多くの人の目に触れるようにするというのが私の方針である。下記の記事もその一つ。高額医療機器(あるいは予防接種)などでもそうだが、まずそういう機械や薬を作る会社が存在して、次にその機械や薬を使うことが法律で義務づけられるというのが事の真相で、国民の安全だとか何だとかいうのはほとんどが名目である。そもそも、テロリストなる存在は、本当はアメリカ政府の下部組織であるというのが私の考えだ。
(以下引用)
★阿修羅♪ > 政治・選挙・NHK103 > 117.html
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アメリカで起きた事は日本でも起こるの好例。
http://www.asyura2.com/10/senkyo103/msg/117.html
投稿者 質問です 日時 2010 年 12 月 26 日 10:00:30: FfxX8Jxoz3uVc
アメリカの空港で実施されて社会問題になっている全身透視スキャナーを日本の空港でも実施しようと日本の国土交通省も考えているらしい。
私自身の情報不足もありそんな事が日本国内でも検討されていてすでに実験まで行われているとは、初耳でしたので驚きました。
日本の空港では、アメリカに追随して入国する外国人の指紋を採取しているようなので別に驚きでもないが少しは日本社会全体で議論があっても良いと思います。
ただ、全身透視スキャナーを実施したら日本人も対象になると思うので日本人も他人事と考える人も少なくだろうと思いますがどうなのでしょうか。(ヌード見放題の全身透視スキャナーが導入されれば東京都のマンガ規制の比では無い(笑))
最後に懸念があるとすれば警視庁公安部のテロ情報流出などで露呈した「捜査機関のレベルの低さ」と相まって「予算獲得のために犯人を捏造する」恐れがあるので注意が必要だろう(あとは情報が流出して芸能人や有名人などの全身透視スキャナーヌード画像や映像が流出するかもしれません)
全身透視スキャナーを実施しているアメリカの空港で全身透視スキャナー検査を受けたにも関わらず航空機の機内に40口径の拳銃を持ちこんだ乗客(フライト途中に発覚)がいた事が判明している。しかもABCニュースによると良くあることらしい(笑)下に載せておきます。
http://www.asahi.com/national/update/1208/TKY201012080531.html
全身透視検査、国内でも導入可能に 航空各社は慎重姿勢
2010年12月9日2時0分
航空機の搭乗者の全身を透視して不審物の有無を調べる「ボディースキャナー」について、国土交通省は8日、プライバシーを保護することなどを条件に国内の空港でも導入できるよう、今月中に指針を改定する方針を明らかにした。当面は金属探知機の補助的な役割を見込むが、実際に検査をする航空会社側からは、高額な機器の費用負担などを懸念する声も上がる。
国交省は7~9月に成田空港で5機種のスキャナーで実証実験を実施したが、利用者からは不快感を示す反応が少なかったことから国内でも導入は可能と判断した。
指針ではスキャナーを「二次的な追加検査の手段」と位置づけ、採用するかどうかは航空会社の判断に委ねた。導入した場合、金属探知機で引っかかった人や航空会社が必要と判断した人にのみ使うこととし、搭乗者は係員の接触検査かスキャナーの検査か選べるようにした。
国交省が「検知能力が最も高い」としたタイプの装置は体のラインを鮮明に映し出すため、別室で搭乗者と同性の係員がモニターする▽別室への記録媒体の持ち込みを禁ずる――などしてプライバシーを確保する。
一方、航空会社側は導入の是非を含めて慎重に検討する方針だ。1台2千万~3千万円のスキャナーや検査にかかる人件費は、国や空港会社と折半だが、外国では検査を国が担うケースも多い。航空会社60社でつくる成田国際空港航空会社運営協議会は「保安強化は重要な課題」としつつも「国のさらなる支援が望ましい」と訴える。(永田工)
http://www.gizmodo.jp/2010/12/tsa_gun_loaded.html
不注意で銃が飛行機に持ち込まれた事故が明るみに...でも恐ろしいことにこんなケースは珍しくないらしい
2010.12.25 12:00
なんと、うっかり40口径の銃が飛行機に積まれてしまったという事件がアメリカで起こりました。
この荷物の持ち主の男性は自分が銃を持ってることはすっかり忘れたまま出国、アメリカ運輸保安庁(TSA)のスキャン検査もパスしてしまったのです。
アメリカ・ヒューストンのビジネスマンのFarid Seifさんは、普段から自己防衛のために銃を持ち歩いているそうですが、うっかりコンピューターバッグに銃を入れたまま飛行機に搭乗してしまいました。
しかもフライトの途中まで気づいていなかったとか...。
着陸してすぐに、彼は速攻報告され、そして何事も無く検査をパスしたことが明らかにされ、波紋を呼んだのでした。
こんな事件が起こる事自体、かなり不安させられるのですが、当局がABCニュースに伝えた所によると、実際のところはこのようなケースは珍しい事ではないのだとか...。
専門家によると、9・11事件以降は毎年飛行機の安全のためにアメリカの連邦緊急事態管理庁によって、ランダムにわざと擬似爆弾などを持ち込んだり等の秘密検査を行っているそうです。
しかしとある人物が、最近の秘密検査結果をABCニュースに伝えたところによると、いくつかのメジャーな空港では約70%の失敗率だとか。
さらに2週間前、TSAの新しいディレクターによると、秘密検査として持ち込んだ擬似銃や擬似爆弾、ナイフは、いくつかの空港の検査でスルーされてしまったそうです。
全身スキャン検査など、面倒で厳しいわりにはザルなTSAの検査...。
こんな話を聞いてしまうと、アメリカを経由する飛行機に乗るのがちょっと躊躇われちゃいますね。
[ABC via The Consumerist]
Casey Chan(原文/mayumine)
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コメント
01. 2010年12月26日 10:32:08: 2KAIYfbeho
全身スキャナーはX線の被爆量が半端ではありません。航空機を多用する人はガンの罹患率が高くなる可能性が飛躍的に高まります。全身スキャナー採用の国には渡航しない、日本で採用されたら飛行機は絶対に使わないと、徹底した自己防衛が望まれます。米国でのテロが心配だから他国にも採用させると言うなら、費用は全て米国政府が負担すべきでは?日本政府もいい加減に他国の言いなりになるのを止めて自発性を持ってもらいたいものです。結局、最後は国民の負担になるのです。
02. 2010年12月26日 12:01:07: pwqXLQNYpx
Farid Seifなんて完全にアラブ名じゃないですか。
アラブ人の検査が厳しいとかいうけど、伝説なのですかね。
>>01
航空機は高空に行くだけで癌の罹患率は高まりませんか? これも伝説?
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これからの正義を語ろう、などと言うと時流便乗めいた言葉になるが、あの「ハーバード白熱授業」が本当に人々が「正義」について考えるきっかけとなれば、それはいいことだ。しかし、それが「イチローの年棒がオバマ大統領の年棒より高いのは不正義だ」というレベルの話なら、こんなにくだらないものはない。この両者の仕事はまったく別の仕事であり、異なる仕事に対して価値の比較はできない、というのがこの問題の答えだからだ。もちろん、それに気づかせるための設問ならば良い質問だということになる。この問題に対して「不正義だ」と答えた東大の女子学生の頭の悪さが世間に知られたのは可哀そうな事であり、だから公開授業というのは危険なのである。
もしもさらにあの質問が、資本主義の根幹が「仕事の価値評価」にあり、その「価値評価」はほとんどが評価する人間の主観や便宜にすぎないのだ、という資本主義批判にまで踏み込んでいたら、それは素晴らしい問題提起になっただろうが、資本主義の牙城であり、資本家の走狗であるハーバード大学の教授がそんなことをやるはずはない。日本の官僚がハーバード大に留学することで米国の召使に改造されることはよく知られたことだ。
前置きが長くなったので、「これからの正義」についてはポイントだけ述べることにする。
まず、正義は「誰にとっての正義か」が第一の問題である。正義もまた主観的なものにすぎないということが多くの人に知られるようになってきたが、だからといって正義そのものを否定するのは短絡的というものだ。そこで、「客観性のある正義」という意味で「公正」(フェアネス)という概念を用意しよう。
次に、公正を実現する条件として「平等選択」という概念を考える。つまり、「自由」であるとは何かに関して「選択できる」ということなのだが、現代の社会は「見せかけの選択可能性」ばかりなのである。就職にせよ大学受験にせよ、平等なのはうわべだけにすぎない。たとえばマスコミ志望の若者が電通に就職したいとか放送局に勤めたいと思っても、そこがコネ入社しか存在しない世界だというのは社会の裏常識だ。一事が万事であり、この社会に本当の選択可能性などほとんど無い。あなたが病気になったら、あなたは医者の指示に従うしかないのであり、選択可能性などほとんど無い。あなたの家族が死んだら、あなたは「社会の圧力」のもとに、決められた葬儀をするしかないのである。最後の例はまあ、自分の意思で変えることはある程度可能だから例としては不適切だが、我々の社会はけっして「自由な社会」ではないし、「選択において平等」ではないのである。
以上の「公正」と「平等選択」をキーワードにしてこれからの正義について考えてみたい。 -
いつも他人の記事の紹介ばかりしていると、自分の頭が退化しそうなので、今日は自分で考えるための問題を設定してみよう。それは、「通貨制度そのものの根本的改善は不可能か」という問題である。つまり、通貨制度がある限り、それを悪用して私利を貪る輩が必ず出てくる。それを無くす根本的手段は無いか、ということだ。たとえば、「銀行」の存在を無くすことや、銀行の「信用創造機能」を法律で禁止する(つまり、現に所有している以上の金は貸出しできないようにする)ことなども細部の改善案としては考えられるが、「通貨制度」そのものに、不正が行えなくなるような原理・原則を組みこむことはできないか、ということだ。もしもそれが可能なら、資本主義でも共産主義でもない、そしてそれらの欠陥を乗り越えた第三の経済システムが創出できるかもしれない。
とりあえず、今日は問題を提出するだけで、考察はおいおいやっていきたい。 -
田中康夫の冷笑的ひねくれ文体はあまり好きではないが、元地方自治体首長の経験を有するだけに、その発言内容には勉強になることが多い。ここに書かれた「一括交付金」と「補助金」の違いも、学校の社会科の授業で聞いただけではまったく記憶にも残らない内容だろう。しかし、このように説明されると、「一括交付金」は地方ボスへの献金だということが良くわかる。
(以下引用)
ニャンとも濡れ手に粟な制度よ [田中康夫にっぽん改国] 日刊ゲンダイ (新党日本公式サイト)
http://www.asyura2.com/10/senkyo102/msg/718.html
投稿者 亀ちゃんファン 日時 2010 年 12 月 22 日 22:45:48: GqNtjW4//076U
http://www.nippon-dream.com/?p=1936#more-1936
10/12/23
ニャンとも濡れ手に粟な制度よ
「地方分権」や「地域主権」を金科玉条の如(ごと)く掲げる御仁が居ます。”正義の御旗”を誇示するかの様に。然(さ)れど、以下の事実を知る僕は、手放しで認められないのです。
その昔、公立学校図書館の図書購入費は補助金でした。学級数に基づき算出した補助金を、往時の文部省と大蔵省は全国の自治体に交付していたのです。無論、目利きの司書が存在するか否かで、蔵書の質は異なるとは言え、図書購入以外の使途には流用不可でした。補助金だからです。
が、補助金は使い勝手が悪い、との「正論」に押し切られ、1985年に一般財源化されます。爾来(じらい)25年、現在でも図書購入費として財政措置される普通交付税200億円の2割強に当たる44億円が毎年、他の経費に流用されているのです。
“心智”(メンタリティ)の低い首長や議員が選良として牛耳る自治体では、公務員給与や公共事業へと転用されているのです。補助金と異なり交付税は、その使途を地域住民がチェック出来ないのを”奇貨”として。それは納税者にとって、”奇禍”以外の何物でもありません。
何故か国家公務員には厳しく・地方公務員には優しい民主党は、「一括交付金」を次年度予算の”売り物”としています。与党統一会派を組む新党日本と国民新党は先月来の予算策定の会合で政府に対し終始一貫、野放図な一括交付金は、敵たる野党に塩を送るが如き、と諫言してきました。
早い話が一括交付金とは、何でも御随意・御自由にお使い下さい、と国から自治体に”逆献上”する予算。オイラの政治力で歩道の整備が公民館の補修が実現へ、と春の統一地方選を控えた首長と議員が自慢するお手伝いを、お人好しな民主党は買って出たも同然。
政権交代直後は民主党へ秋波を送ったものの、心情的にも体質的にも元来は自由民主党な保守系無所属の首長と議員にとって、ニャンとも濡れ手に粟な制度。だから、この一点に限って、礼賛するのです。
愚かな話です。今後20年間で人口が1700万人も急減する超少子・超高齢社会ニッポンの在るべき姿も示さぬ儘(まま)、全てを自治体に権限委譲したなら、パスポートの発行と管理以外に何も行わぬ・行えぬ政府の出現。如何なる社会を再構築するか、その哲学も理念も覚悟も気概も持ち合わせぬ儘、宰相の座に固執するだけの人物を戴く「仙菅ヤマト」内閣の悲劇です。
カテゴリー:日刊ゲンダイ にっぽん改国 -
頭のいい人の書く文章は面白い。しかし、頭が良い人間でも批判精神の無い人間の書く文章には私はあまり興味は無い。不正への怒りは、私が文章を書く原動力であり、他の人の文章の中でも私が面白く感じるのは、世の不正を見事に分析した文章である。下で転載された文章も、その一つだ。筆者はIT技術者の女性のようだが、理系の人間は男性でも女性でも物事を本質的に、かつまっすぐに見ようという姿勢があって、私は好きだ。物事を情緒的にしか見ず、感情論でしか発言しない人間、あるいは「為にする議論」しかしない人間の書く文章は、読んでいてうんざりすることが多いので、私は2チャンネルなどもほとんど見ることはない。
(以下引用)
テレビCMは洗脳である、ITスペシャリストが語る芸術(そして、CMの合間に流れる報道番組は、カルト宗教番組である)
http://www.asyura2.com/10/hihyo11/msg/361.html
投稿者 小沢内閣待望論 日時 2010 年 12 月 21 日 15:42:41: 4sIKljvd9SgGs
http://kay.air-nifty.com/art/2006/09/post_72ae.html
2006.09.14
テレビCMは洗脳である
テレビCMというものも、宣伝効果の最大効率を狙えば、洗脳という手法を取らざるをえないであろう。
例えば、第一生命のCMを取上げる。森山直太郎さんの「あなたの~」の歌声で始まるシリーズもののCMで、現在は2パターン同時放送されていると思う。
現在の2パターンは、父親と母親の立場で作ってあるのだと思う。
保育園で子供が熱を出す。父親がスーツ姿で保育園に子供を迎えに行く。それも、ごく自然に!!
自然さを出すために、それぞれのパターンでは、
父親の立場パターン 「僕が迎えにいける」
母親の立場パターン 「主人が『僕が迎えに行けるよ』と言ってくれた」
と、共に当たり前のような声で言う。
父親が迎えに行った時、子供の顔が喜びで輝く様子も父親の声で感動的に表現される。
このような異常さを、異常と思わせてはならないという製作者の意図が感じられる。
まず、保育園の子供が熱を出したことを、父親に連絡する異常さがある。確かに現在は誰でも携帯電話を持っているので、会社の電話を使う必要はないが、こんなことを仕事中のビジネスマンに連絡するなど考えられない。しかも、子供は父親を見て大喜びし、後ですぐに回復する程度である!
保育園では、子供に何かあった時に、要望によっては親に連絡することもあるかもしれない。しかし、このような事態に対応できるのが保育園である。それも、既に述べた通り、大した症状でなければ、こともなげに処置するはずである。また、本当の親ほどではないが、保母さんや保父さんは、子供に温かく接しているはずである。
父親は、この後、回復した子供と料理をする。仕事はサボリである。保険以前に、即クビであろう(笑)。
さて、このCMの狙いは何であろう?
それは、世間知らずの母親や子供にある種の幻想の世界観を与えようとしていると思われる。
女性でも、本気で働いている人なら、当然、このCMの異常さは分かると思う。しかし、働いてはいても、企業の営利活動に直接携わっていないなら、正直、あまり社会のことは理解できない。そんな人が、このCMのような、甘く楽しい世界を現実のように見せられると、「これでいいんだ」とコロっと洗脳される。森山直太郎さんの素晴らしい歌声も心を麻痺させる催眠効果が高いと思われる。
そして、この幻想の理想世界では、第一生命の保険が必要であることを信じさせる緻密な押しもぬかりなくCMに収められている。どうもこの会社の営業戦略責任者は超優秀なようだ。
しかし、「親が迎えに行けない子供はどうなるの?」という疑問がちゃんと出てくれば、こんなCMの偽りの仮面などすぐに剥がれる。こんなレベルで眠ってはいけない。思考停止してはいけない。
まあ、保険というものは冷静に考えて入ろうという気にはまずならない。そこで、保険会社は理詰めの説得ではなく、情に訴える戦略を取る。代表的なものは、主婦や定年退職者といった、仕事の能力の無い者を採用し、家族、きょうだい、友人、パパ(笑)を保険に加入させるのである。これは実に合理的である。
ソニー生命のCMのように、立派な邸宅の中で恰幅の良い男性二人が仲良く語らい、どちらが保険のセールスマンか分からないといったように、保険のセールスマンがそこまで重く扱われることは絶対にない。このようなわざとらしいCMが、むしろそれが異常であることを示している。
これも、主婦、子供向けである。
まだまだ、本来は異常なことを異常でないと思い込ませようとするCMは数多く。それで一時的には企業は利益を得るかもしれないが、これは日本人を馬鹿にしてしまう可能性が高い。特に母親の知的レベルをさらに落とす。そうなれば、子供も馬鹿に育つ。そして、結局は日本の国力を落とし、自らの首を絞めることになるはずである。
