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阿修羅記事より転載。良識のある国民を代表するような記事である。私は新興宗教(神輿をかつぐ連中の金と権力の獲得を目的とする宗教)は大嫌いだが、「本来の」仏教やキリスト教は、そう悪いものではないと思っている。この住職のような人間が世間の大多数を占めるようになれば、日本は必ず変わるだろう。それ以前に、多くの人々が政治について侃侃諤諤の議論を交わし、それによって誰も不利益を受けないような言論風土を作っていくことが大事だと思う。
前から何度も言うように、「床屋政談」こそが民主主義の原点なのであり、政治を専門家の専権事項にすれば、そこで民主主義は終わりなのである。(その結果、長い間に渡って国政選挙では棄権が高い割合に登っており、政治は国民の手から遊離していたのである。今、政治は国民の手で変えられるという機運が高まってきた所である。この機運を我々は守っていかねばならない)
(以下引用)
http://blog.goo.ne.jp/zen9you/e/d4b6be1527e5afe684cfb9c024fa9aa3
広島県福山市神辺町にある備後國分寺から配信する
住職のひとりごと
2010年06月04日 14時19分55秒
鳩山首相の突然の退陣表明から二日が経過した。なぜこうなってしまったのか。暗澹たる気持ちが拭えない。昨年の夏、あれほど国民の支持を得て成し遂げた初めての本格的政権交代。満を持して政治の舵取りをしてくれるものと大いに期待していた。それなのにその後の経過は誠に残念でならない。安倍、福田、麻生政権に続き短期政権に終わってしまった。こうも日本の政治が長続きしないのはなぜなのか。誠に嘆かわしく思う。
それまでの政権は国民の付託を得ていないということもあろうが今回の鳩山政権は衆議院の総選挙で文句なしの大勝利のもとでの本格政権であっただけに惜しまれる。もちろんまだ民主党中心の政治は続くものの一つの政権が滅びたことには違いがない。新聞、テレビ、週刊誌は、昨年末には既に辞職という言葉まで登場して鳩山おろしに専念したかのような報道が目立った。国民がこぞって声援した政治家、それをもとにする政府を正当にその政策立案の業績を評価の対象ともせずに、まるで重箱の角をつつくような仕方で些細なことをスキャンダラスにまくし立て批判し、こけおろし、微罪を極悪非道の所行の如くに誹謗を繰り返す。
意味のない世論調査を繰り返し、あたかも国民総意で支持しないということを喧伝する。政治と金の問題では、検察からのリークをあからさまにして、何の後ろめたさも見せない厚顔無恥ぶりで居直る。国民の代表を、期待を集める政府を侮り、侮蔑し、あたかも能力が劣るとの報道を繰り返し、自国の政府を貶めるということの意味をも理解しない者たちは、単なる亡国論者、国を安く見積もって身売りせんがための所行とも言える。なぜ悪口しか書けないのだろうか。前政権までの官房機密費の使途をめぐって、マスコミ関係者に有利な言論形成に使われたとする事実が出てきても全く反省の色も見せないジャーナリズムのあり方こそ質されるべきではないか。
普天間問題では鳩山首相にはかなりの圧力があったことと拝察します。在韓米軍の撤退を表明した韓国の前大統領は非業の死を遂げた。ポーランドの首脳はなぜか航空機事故で多く死せねばならなかった。タイは全くの混迷の状態に置かれて久しい。中川元財務相はなぜ死ななくてはならなかったのか。先頃の韓国潜水艦沈没事故の影響も拭えない。国益を第一に押し切ろうとするところにこうした思わぬ死がともなう。この世の中のあり方に愕然とする。
鳩山首相の所信表明演説、また、施政方針演説の全文を私は読んだ。これまでの官僚の作文を朗読した歴代首相の演説に比べ、そこにはご自身の心があるように思われた。政治は理想と現実の綱渡りであろう。理想も語れないのなら政治家になる資格はない。官僚主導から政治主導へ。従米からの脱却。生活者第一の予算編成。無駄の削減。 惜しむらくはそれを現実のものとするためのスタッフ、技法にすぐれなかったことであろう。ないしは、それを阻止せんがための大国に巣くう管理者たち、その威を借りこの国の中でその利権のために暗躍する名士と言われる各界の人々、その中には官僚も司法検察もマスコミも含まれるであろう、それらの人たちの長年のネットワークを打ち破るのはやはり並大抵のことではなかったということであろう。
政治なんか誰がやっても一緒という観念を植え付け、政治に無関心を決め込む国民が多ければ多いほど彼らにとって都合が良く、どれだけ無駄な税金の使い方をしても、他国に流れてもお咎めなしの体制を作ってきた。昨年の総選挙で今度こそと思って政治を変えようと思った人たちが、これで落胆し、また傍観を決め込むことだけはあってはならない。この度の鳩山首相の退陣はどのような背景から早期退陣に至ってしまったのかと疑問に感じ、新聞、テレビの報道を鵜呑みにせずその背後を読み取り、日本を一つの国家として、あるべき姿に改革していくために今後も関心を持続することが、何よりも日本国に住む者の勤めなのではないかと思う。
仏教では四恩の教えを説く。父母、衆生、国王、三宝の四つに生まれながらに私たちは恩を感じるべきであるという。国王に対する恩、国を守り人々の生命と財産を守る国王に私たちは恩義がある。それが誰を指すものかと言えば実質的なこの国の最高権力者ということになろう。目に見えない、この国にあるものかも分からない者を国王とするわけにはいかない。私たちにとっての国王を私たち自身が守る必要がある。本当に国民のために国を思う政治家をこれからも応援したいと私は思う。
追記
なお、日本の政治に関して『中央公論』4月号に掲載されたカレル・ヴァン・ウォルフレン氏の論文「日本政治再生を巡る権力闘争の謎」を是非ご一読願いたい。
http://seiji.yahoo.co.jp/column/article/detail/20100319-01-0501.htmlPR -
鳩山内閣の200何日間は、いわば民主党という党の「リトマス試験紙」になったのではないか。
鳩山内閣が発足した時から、民主党を崩壊寸前にした戦犯である前原をなぜ大臣に入れたのかという疑問があったが、今になって見ると、鳩山内閣の大半(前原、岡田、仙石、平野、その他)が「反小沢」陣営であり、しかも「対米従属派」であったことが見事に炙り出されたのである。このメンバーを内部に抱えたままの内閣では対米独立は不可能であることが国民の目にも明らかになってきた。そしてこのことが鳩山内閣の最大の功績だとも言える。
もちろん、それと同時に、自民党・公明党がいかに最悪の政党であるか、そしてその自民党から、沈没寸前の船から逃げ出す鼠の群れよろしく逃げ出した「新党」グループが、いかに政治的信念や思想と無縁の連中であるか、そしてマスコミがいかに国民洗脳のための装置であるか、そして検察や官僚がいかに国民の利益を害するものであるかということが、すべて国民の目に明らかにされてきたのである。
つまり、これまでのゴタゴタは、問題の本質、つまり「日本がアメリカの属国である」ことから来る、日本政治の腐敗を明瞭にする効果があったのである。
そういう意味で、鳩山内閣の功績は大きい。
おそらく、菅内閣は9月までの命だろう。その間に、民主党内の馬鹿どもが大騒ぎを繰り返し、民主党を解体に導くはずである。そこから、本当の日本革命、平成維新は始まるはずだ。 -
菅新総理が誕生した。これで日本における無血革命が挫折することになるのか、それとも菅新総理が民主党による自公政権打倒の革命的意義を理解し、それを前進させるか、今後の展開が見物である。ジャパンハンドラーズたちは、自分の手下の官僚・マスコミ・経済界・自民党政治家・公明党政治家を駆使して、この大変革を窒息死させようとてぐすね引いている。彼らは暴力・脅迫・大衆煽動・インターネット工作員など、あらゆる手段によって日本を米国の支配下に置き続けるための工作をするだろう。
菅新総理には、私はほとんど期待していない。彼には、欧米支配層による世界支配という世界の現実そのものが見えていないのではないかと思っている。彼の視野は一般国民レベルであり、国際政治の現実も歴史も分かっていないように思えるのだ。政治に志した当初はそれでも理想主義者ではあっただろうが、その理想は現在でもあるだろうか。もしも彼が欧米支配層による世界支配という現実を知りながら、そして日本が米国の属国であることを認識しながら、それを受け入れ、それを変える気が無いなら、国民が次にやるべきことは、菅総理を総理の座から引きずり降ろすことだろう。
彼は国民のために戦う男になれるか。それだけが問題である。 -
「阿修羅」の記事から転載。リチャード・コシミズという人については良く知らないが、ネットの上で世界支配権力層と戦っている人だろうと想像できる。もちろん、これは命がけの仕事だ。
この記事の「ネットこそが最高権力」というタイトルには不満がある(私は権力そのものについて、「権力は腐敗する。絶対権力は絶対に腐敗する」という言葉に賛同する者なので、ネットはあくまで「権力の看視者」であるべきだと思う)が、内容は重要だと思うので、できるだけ多くの人に読んでもらいたい。
もしもこの記事のように、鳩山氏と小沢氏が生命の危機にさらされているとしたら(それは大いにありえることだが)、そして、彼らが表立って反抗の声・真実を告げる声を上げることができないのであれば、我々日本人はいつまでこの植民地(属国)の奴隷国民として闇の権力の傲慢な支配に従わなければなければならないのだろうか。だが、この一見絶望的な状況を変える可能性がインターネットにはあると信じたい。
(以下引用)
ネットこそが最高権力 (リチャード・コシミズ・ブログ)
http://www.asyura2.com/10/senkyo87/msg/609.html
投稿者 いさむ 日時 2010 年 6 月 03 日 13:53:35: 4a1.KLUBdoI16
http://richardkoshimizu.at.webry.info/201006/article_10.html
Richardkoshimizu’ s blog
2010/06/03 10:31
ネットこそが最高権力
ユダヤ金融資本が、敵対者を排除する方法は、何段階もありありますが、「買収・桃色奉仕と恫喝」をセットにして、敵対者を取り込んで逆に協力者に仕立て上げる」という手法が一般的です。独立党でも、金に困ったマスコミ志望のあまり能力のないのや、女に縁のない40間近の独身技術屋などが、この手で取り込まれた例がありました。
それに応じない相手の場合は、「恫喝、暗殺示唆」「家族への危害示唆」の手口を行使します。私も、この手はずいぶんと見させてもらいました。私の自宅の庭に放り込まれたゴミ、3-4足束になったサンダル、長靴、盗まれた4台の自転車、ぶちまけられた生ごみ.....こういった下品で知性のかけらもない工作を仕掛けてきます。「家族への危害示唆」の例が、10・1集団暴行の際の自宅襲撃です。ここまでやるということは、もはやほかに「手がない」ということです。言論ではどうにも抑えられないから、集団で怒号をはり上げ暴力行為に出る。これで、今までの相手なら全て黙らせることができたわけです。ところが、これも大失敗。逆に映像を大々的に公開されて、一味のばか面が日本全国津々浦々に紹介されました。おかげで、わがブログの訪問者は倍増、いやもっと増えました。はじめて2年もたたないのにもう1700万アクセス超です。こうなると、汚い恫喝手口は、やればやるほど、自分たちの首を絞めることになる。つるんでいる警察幹部も何度も何度もネット動画に登場させられて気が気ではない。大失敗だったわけです。
ということで、ユダ金の最後の手段の「暗殺」の前段階が、「暗殺示唆」です。
今回の鳩山・小沢のダブル辞任なんですが、鳩山さんの潔い辞任会見は良しとして、どうも、気になったのは、鳩山さんが、「今の任期で政治家を引退する」、小沢さんが涙を浮かべながら「もう党の要職には就かない」といっているところです。
これは、ある意味、「もう政治に口は出さないから放免してくれ。」と、公に言明していることになるのではないでしょうか?聞かせる相手のある言葉だったのでは?私は、ふたりが本人や家族の「生命の危険」を示唆されて、退陣を決意したのではないかと危惧します。小沢さんほどの人になれば、ユダヤ人の機嫌を損ねれば、順●堂病院で骸にされてしまう事例があることも知ってはいるでしょう。竹下さんの実の死因も知っているでしょう。
ローレンス・P・マクドナルド元下院議員は、ゲイリーアレン著の「ロックフェラー・ファイル(邦題:ロックフェラー帝国の陰謀)」の推薦文を書いた政治家でした。
「読者の皆さん、貴方方はアメリカに我々が想像する事も出来ない程巨大な富と権力を持った億万長者がいる事を知っておられるだろうか。その一族は地球の各地に100ヶ所も邸宅を持ち、2500人も使用人を抱え、語り尽くせない程贅沢な暮らしをしている。彼等の富は大国の富にも匹敵し、一国の規模を越えて地球の全土にわたっている。凡そ1個人乃至1家族が一国の規模を上回る私的な富と権力を持ち、この地球上に”見えない帝国”を築いている等と云う事を貴方は想像出来るだろうか。これは全く信じられない事だが、アメリカには数世代にわたってそのような富を蓄え、金の力でアメリカばかりでなく全世界を支配しようとしている”闇の帝王”がいる。それは誰かーーロックフェラーである。(以下、略)」
http://hiroshima.cool.ne.jp/h_sinobu/Mc%20DONALD.htm
マクドナルドは、共和党の有力議員であり、大統領選で大ブッシュの有力な対抗馬となるとみられていました。そして、邪魔者、マクドナルドは大韓航空機に乗せられた。遠隔操作で、ソ連領空侵犯させられたKAL機はソ連空軍に撃墜され、ロックフェラーの宿敵、マクドナルドは抹殺された。たった一人のために飛行機を墜落させる。こんなふざけた暗殺劇を平気で実行してきたユダヤ犯罪者。おまえも、マクドナルドになりたいのか?こんな類の、脅しに屈する日本政治家がいても当然であると思います。命がなくなれば、理想も何も追求できないですから。そういうことで、政治の世界は「死と隣り合わせ」なんだということも知っておくべきであり、その観点で政局を見据えるべきでしょう。
さて、ここで必要になってくるのは、「命知らずの決死隊のごとき政治家」ではないのです。
政治家を守ってあげられるネットの「監視力」なのです。
裏社会には、もはや、汚い暗殺の手口が行使できないことを教えてあげる必要があるのです。
ネット時代なのです。
我々の監視力が、裏社会の蛮行を阻止する。
裏社会はネットで騒がれることを恐れて犯行に躊躇する。
「ネットこそが最高権力」なのです。
その意味で、10・1集団暴行が彼らに手痛い教訓を与えたと確信します。
●ネットこそが最高権力
http://www.youtube.com/watch?v=tzng_7_TV3I&feature=PlayList&p=79C36BEEAE92C606&index=0&playnext=1
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鳩山総理辞任表明演説の末尾を転載する。これを虚心坦懐に読めば、鳩山総理はルーピーどころか、大変な理想主義者であることがわかる。その点に関しては、最初からそういう印象を持ってはいたのだが。
現代の人間の欠点の一つは、裏読みをしすぎて、政治家の言葉をすべて嘘だと考えてしまうところにある。マスコミ情報があまりに嘘だらけなので、そう習慣づけられてしまったのだ。
私はこの鳩山総理の言葉をまったくの本心だと思う。政治家には、いや現代の日本人には珍しいほど愚直な人間だったのだろう。政治は、その根本に理想が無ければ仕事として選ぶべきではない。しかし、あまりに他人を信じ易すぎる人間もまた政治家にはなれない。鳩山総理もまた、小沢一郎と同様に、その人間としての長所が政治家としての弱点となってしまったのである。
(以下引用)
私はしばしば宇宙人だと言われている。私なりに勝手に解釈すれば、いまの日本の姿ではなく、5年、10年、20年、何か先の姿を国民の皆さんに、常に申し上げているから、何を言っているかわからんよと、そのように国民の皆さんにあるいは映っているのではないか。そのようにも思う。
例えば、地域主権。もともと国が上で、地域が下にあるなんて社会はおかしい。むしろ地域の方が主役になる日本にしていかなきゃならない。それがどう考えても、国会議員や国の官僚が威張っていて、くれてやるからありがたく思え。そういう中央集権の世の中がまだ変わっていなかった。そこに少なくとも風穴が開いた。かなり大きな変化がいま出来つつある。これからさらに、一括交付金など強く実現を図っていけば、日本の政治は根底から変わる。
地域の皆さんが思い通りの地域をつくることができる。そんな世の中に変えていけると思う。いますぐ、なかなかわからないかもしれない。しかし、5年、10年たてば必ず、国民の皆さんは、鳩山の言っていることはこういうことだったのか、とわかっていただける時が来ると確信している。「新しい公共」もそうだ。官が独占している、いままでの仕事、できる限り公を開くと言うことをやろうじゃありませんか。皆さん方が主役になって、本当に国民が主役になる。そういう政治を、社会をつくりあげることができる。まだ、なかなか新しい公共という言葉自体がなじみが薄くて、よくわからん、そう思われているかもしれない。ぜひ今日、お集まりの議員の皆さん、この思いをこれが正しいんだ。官僚の独占した社会ではなく、できるだけ民が、国民の皆さんができることをやりおおせるような社会に変えていく。その力を貸して頂きたい。
東アジア共同体の話もそうだ。いますぐという話ではない。でも、必ずこの時代が来る。国境を越えて、お互いに国境というものを感じなくなるような、そんな世の中を作り上げていく。そこに初めて、新たな日本というものを取り戻すことができる。私はそのように思っている。
国を開くこと、そのことの先に未来を開くことができる。私はそう確信をしている。ぜひ新しい民主党、新しい政権を皆様方の力によって作ってほしい。そのときにいま鳩山が申していた、どうも先の話だなと思っていたことが、必ず皆さんの連携の中で、よしわかった、と理解していただける国民の皆さんの気持ちになっていけると、私はそう確信をしている。
一羽のヒヨドリが済州島のホテルに飛んできた。そのヒヨドリは我が家から飛んできたヒヨドリかなと、姿形が同じだからそのように勝手に解釈をして、そうかこの鳥も早く、もうそろそろ自宅に戻ってこいよ、そのことを招いているようにも感じたところだ。雨の日には雨の中を、風の日は風の中を自然に歩けるような、苦しいときには雨天の友、お互いにそのことを理解し合いながら、しかし、その先に国民の皆さんの未来というものをしっかり見つめ合いながら、手を携えてこの国難ともいえる時にぜひ、皆さん耐えながら、そして国民との対話の中で新しい時代をつかみとっていこうではありませんか。
大変ふつつかな私だったが、今日まで8カ月余り、皆さんとともに先頭に立って歩ませていただいたことに、心から感謝を申し上げながら、私からの国民の皆さん、特にお集まりの皆様方へのメッセージといたします。 -
鳩山総理が辞意を表明したらしい。しかも小沢幹事長に幹事長辞任を迫っての抱き合い心中のようだ。
田中芳樹の「マヴァール年代記」か「アルスラーン戦記」かに、最弱の帝王が最強の帝王を道連れに塔から飛び降りて死ぬという場面があったが、それを思わせる皮肉な結末だ。
官僚たちや日米安保マフィアたちがもっとも怖れていた最強の政治家小沢は、こうして除去されたというわけだが、小説とは違って、小沢はまだ死んではいない。
小沢という政治家の一番の弱点は、実は世間の評価とは180度違って、彼が権勢欲からもっとも遠い人間であるという点にあるのではないだろうか。彼は常に権力の中心にあって権力を眺め、権力の空しさを熟知しているだけに、権力の座に固執することがない。それが彼が「壊し屋」と言われるゆえんである。小泉が「自民党をぶっこわす」と大嘘をついて、自民党ではなく日本という国を破壊したのとは異なり、小沢は自民党の出でありながら、本当に自民党を倒した。彼の力なら、総理になろうと思えば、簡単になれたはずだ。またキングメーカーの座が欲しいなら、それを永続的に続けることもできるだろう。しかし、彼は言わないが、彼には「美学」があるように見える。政治の上で公明正大に敵と戦うことはやっても、汚い行為をしてまで権力にしがみつくという醜い行為はできない。彼にはそういうところがあるように見える。
つまり、言い換えれば、彼は「他人が自分をどう見ているか」を案外と気にするタイプであり、こういうのは、実は「二枚目意識」なのだ。「二枚目意識」とは美意識でもあり、道徳性の根源の一つでもある。検察の横暴な取調べに、一言の弁論も検察批判もせずに唯々諾々と従ってきたのも、彼の美意識のためだろう。
要するに、彼は見かけとは異なり、精神的には大変な「二枚目」なのである。美意識の有無は、人間としての品格を定めるものだ。「エレファントマン」という戯曲では、ジョン・メリック(だったと記憶しているが)という醜い外貌を持ちながら、高貴な精神を持った主人公を表現するのに、デビッド・ボウィという美男子(もちろん、あのデビッド・ボウィだ)を役者として用い、彼が周囲から受けている嘲笑や迫害と、彼の精神との対比を視覚的に鮮やかに描き出したが、もしも精神が目に見えるなら、小沢一郎という人間はどのように見えるだろうか。
もちろん、これは私の妄想にすぎない。小沢という政治家をあまりにロマンチックに美化しているとは思う。しかし、彼を「権力欲の塊」と言う見方もまた違うという気がする。小沢自身の中に、ある種のロマンチシズムと美学があるように、私には思えるのである。
それが、最弱の帝王鳩山のために最強の帝王小沢がこれまで積み上げたすべてを投げ出すという事態を招いたのではないだろうか。 -
鳩山政権の迷走ぶりと軌を一にして、「きっこの日記」から政治評論的発言が消えてしまったことに疑問を持っている人は多いのではないだろうか。まさか「きっこの日記」を知らない人はいないだろうから、説明抜きで話を進めるが、このブログでも何度か書いているように、自公政権を倒し、日本に「無血革命」を起こした原動力の一つがインターネットによって民衆が「マスコミ情報」ではなく「真の情報」を共有できるようになったこと、そしてそれに基づいて「真の民意」を構築できるようになったことである。
インターネットの世界では「マスコミ有名人」の発言よりも、その発言そのものの信頼性によって賛同者を集めるオピニョンリーダーの発言が重視されており、その代表がきっこ氏である。きっこ氏による自公政権の非人道的政策批判は痛烈であり、それが多くの人の賛同を得たことは間違いない。
巷間に言われるように、きっこ氏の背後に複数の書き手やアドバイザーがいたとしても、その意見が日本の変革の有益な導き手となったことは確かなのである。
だが、普天間基地問題で世間が揺れている間、「きっこの日記」は、くだらない競馬の話やら芸能界の話やら日常雑事の話やらで埋められ、きっこ氏自身の普天間問題についての考えはほとんど述べられなかった。あるいはtwitterで述べているのかもしれないが、インターネットのブログやホームページと比べて、twitterによる情報伝播力は、まだまだ小さいはずだ。
つまり、きっこ氏はこの間、政治的発言を自粛していたとしか考えられない。そうでなければ、辺野古からの情報を精力的に流し、辺野古移設に反対してきた彼女が、この肝心な時期に沈黙していた理由が分からない。
あるいは、誰かから脅迫を受け、自分や家族の生命を脅かされていたという可能性もあるだろう。そういう状況なら、沈黙しても当然である。
政治的な敵を沈黙させるには暴力が一番である。暴力の可能性を示すだけでも沈黙に追い込むことはできる。それがかつてヒトラーが突撃隊を使って政権を握った方法であり、あらゆる世界で権力が権力維持のために用いている方法である。
日本の無血革命を阻止しようとする旧体制が今後、どのような方法を用いてくるか、国民は事件、あるいは事件にも見えないような些細な現象の背後にある出来事をよく推察する必要がある。
空の皿が示すものは、その皿の上にあるべき何かが存在しないという事実である場合もあるのである。 -
普天間基地問題の情けない決着と、それに伴う福島大臣罷免の影響で、鳩山総理の評判は地に落ちたと、マスコミはこぞってそういう風に報道している。
すべての全国紙と共同通信がいっせいに世論調査をし、それを同時に報道している事自体が奇妙にも思える。協定でも結んで、「いついつこの日に調査をし、いついつこの日に報道しましょう」とでもしていない限り、これほど見事に足並み揃えた報道はできないだろう。つまり、これは仕組まれたイベントであり、世論調査の数字そのものがでっちあげの数字だろう。
そうでなければ事大主義者・二代目風見鶏の「ネズミ男枡添」などが「もっとも総理にふさわしい男ナンバーワン」になるはずもない。また、「総理にふさわしい政治家」のリストに亀井静香の名前が挙がらないこともおかしい。
しかし、これで民主党が参議院で大敗することは、悪くはないと私は思っている。何度も書いているように、民主党は内部に「隠れ自民党」を大量に抱えており、そうした政党が単独過半数を取るのは、不健全な政治状況を招くことになるからだ。そこで、参議院だけでもこれまでのように「民主・社民・国民新党」の連立によってしか過半数が得られない状況になるのが理想的なのである。それであってこそ、二院制の意義もある。 -
■ 杉岡秋美 :生命保険関連会社勤務
自分の国ではなく隣の国という点を割り引いても、かなりの大きな規模の経済の高度成長期を見込めるのですから、需要を取り込むことができれば、日本経済に大きなプラスとなることは間違いないでしょう。何しろ、人口が日本の10倍、アメリカの4倍ありますから、中国が高度成長期をむかえたとするならば、その経済・社会的なインパクトは想像するに余りあります。
これまでは世界の工場として、輸出を最大のドライバーとしてきましたが、リーマンショック以降は積極的な公共投資に主導された内需が需要を引っ張るようになってきています。ベストシナリオとしては、今後この流れが続き、中流階層の厚みが都市部から内陸部に広がり、消費の拡大が経済のドライバーとなって行くことです。そこでは、保守的で、経済的自由、政治的自由に重きをおく中流階級が育っていくことで、政治的にもより穏健になり安定していくことでしょう。
前回、2000年以降、リーマンショック以前の世界景気の上昇回復局面では、アメリカの消費ブームがけん引役でした。日本企業もアメリカ向けの輸出を拡大しましたが、中国はアメリカ向けの消費財の生産で世界の製造拠点としての地位を確立しました。この流れでは、日本企業は中国向けの生産財や部品の製造で間接的に恩恵を受けました。
今度の隣国の高度成長シナリオでも、日本からの工場設備などの資本財や消費財の輸出が期待できるでしょう。中国向けの資本財の輸出は、これまでも日本からの輸出の主役でしたが、これまでは中国からの輸出基地を作るために必要であったのに対して、今後は、中国のインフラ投資や内需を満たすための工場向けということになります。具体的にいうと、かつて日本で一世を風靡した総合電機のような企業群が恩恵を受けそうな気がします。
消費財も、今回は中国の消費者が直接のターゲットです。消費財業界で、中国ビジネスが話題にならない業界のほうが少ないぐらいの状況ですが、日本企業としては、汎用の消費財は中国企業にまかせ、付加価値の高く日本製ということで高く売れるものを伸ばしたいところです。たとえば、すでにブランドの確立した、カメラや電気製品の一部などは確実にシェアをとっていくでしょう。また、一部の化粧品やトイレタリーのメーカーにも、非常に上手く中国でのブランドを立ち上げたところが見受けられます。
サービス業であれば、リッチになった中国人旅行客を相手にして、立地を生かした観光業にも期待が持てます。ここが伸びれば、落ち込みが厳しい地方経済の浮揚効果も期待できることになります。他の経路はどうしても、大企業・製造業から恩恵が及ぶことになりますが、観光であれば地方の中小・サービス業にも直にお金が落ちることになりますので、政府としても産業政策上、力を入れたいところです。
中国に、70年代の日本のような高度成長期が実現すれば、日本全体にも恩恵は及びます。 観光を除けば、インフラ整備だとか製造設備に競争力を持つ企業や、中国人が欲しがる消費財を作れる製造業が真っ先に、売上増という形で利益に与り、それが経済全般に波及していくことになるでしょう。
上手く高付加価値品の輸出に特化できれば良いのですが、中国企業は力をつけ、韓国や欧米企業も強力ですから、価格競争を免れるわけではいきません。コストを抑えるため、工場や雇用は日本国内に留まらない可能性も高いと思われます。その場合は、企業収益は回復しても、雇用や賃金の本格的な回復は難しいということになるでしょう。派遣労働や非正規雇用も、雇用数はもちろん増えるでしょうが、爆発的に増えたり、待遇改善とまでは行かないのではないかと思われます。
生命保険関連会社勤務:杉岡秋美
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■ 山崎元:経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員
ファイナンシャル・プランニングの世界に「72の法則」と呼ばれる、複利運用で試算を倍にするまでにかかる年数の計算方法があります。利回り(%)で72を割り算すると、元本が2倍になるまでの概略の年数が求められるというものです。中国のGDPは今年日本を追い越すことが確実視されていますが、当面の成長の巡航速度は年率8%と言われています。これを、72の法則に当てはめると、72÷8=9ですから、9年後の中国のGDPは日本の2倍であり、これは、日本の隣に、もう一つ日本と同じ大きさの経済圏が出来るということを意味します。
中国経済は、為替レートを自由に変動させていないせいで、国内に為替介入に伴う資金があふれて資産価格がバブル化しやすい弱点があり、バブルが崩壊した場合に国内の不良債権問題が深刻化するリスクを常に孕んでいますが、一人っ子政策の影響で将来労働人口の伸びが鈍化する問題がありますが、当面は、内陸部から沿岸部への人口移動による社会的な労働力供給もあり、高い実質成長率を維持できる公算が大きいように思われます。
中国の物質的な生産力と経済規模が拡大することは、日本人及び日本の経済にとっては、大いにプラスだと考えていいでしょう。簡単に言えば、日本の消費者は日本の生産物と中国の生産物を比較して有利な(安価又は価格に対して高品質な)商品を買うことが出来るようになりますし、日本の生産者もごく近隣に成長性のある大きなマーケットを持つことになります。日本国民の生活レベルは、中国が成長しない場合よりも、成長する場合の方が、より大きく改善されるはずです。大まかには、日本国民のどの層も中国の発展のメリットを享受するというのが、基本です。これに反対するには、貿易が取引当事者双方にメリットをもたらすことを否定するくらいの、とんでもない立論が必要でしょう。
但し、一般論としては素晴らしい自由貿易にも、個別には反対する業界があり、人がいるように、たとえば、中国の生産者と競合する日本の生産者について考える必要があります。
たとえば、かつて、米国のゼネラル・エレクトリック社は、日本の安価で高品質なエレクトロニクス製品との競合を避けて、医療用機器のような高付加価値で競争力を持てる分野に経営資源を配分し、日本のメーカーと競合するビジネス分野の多くを止めるなり事業売却するなりして整理しましたが、中国と主にアジアの新興国のメーカとの競合を考えた場合、今度は日本の電気メーカーが同様の事業ポートフォリオの再構築を迫られるでしょう。電気製品以外にも、貿易が可能な製品を作る産業は、中国をはじめとする新興国の生産者との競合について考える必要があるでしょう。
ただ、日本の企業がこれまでのような製品をこれまでのように日本国内で製造することに固執した場合には、経営が立ちゆかなくなるケースが出てくるでしょうが、中国との関係でいうと、製品を中国にも売り、その方が効率がいいと分かれば中国に生産も移すといった形で、企業の形態を変えながら、利益を成長させることが出来るケースは少なくないはずです。
企業なり、企業の資本を所有する投資家は中国の発展がもたらす変化に対応することが出来るはずですが、日本国内で中国と競合する製品を作る労働者は貿易や海外直接投資を通じて賃金に関して裁定が働くことで賃金の圧迫を受ける公算が大きいでしょうし、職を失う可能性もあります。今後は、いわゆるホワイトカラーも含めて、自分の労働が中国の労働者と実質的に競合しているか否かを考えて、キャリア形成の戦略を考える必要があるでしょう。
また、仮に20年後に中国が日本の4倍の経済規模を持つと仮定すると、ビジネスや生活にあって、中国の人々の影響を今とは比較にならないくらい強く受ける可能性があります。家主や勤務先の企業のオーナーが中国人というケースも増えるでしょうし、日本への観光客もビジネスでの来訪者も増えるでしょうから、日本人が中国の言語や文化に対応することの重要性が増すことは間違いないでしょう。さすがに中国が日本語に取って代わるようなことはないでしょうが、日本人ビジネスマンにとって、現在の英語くらい中国語が重要になっている可能性はあります。
こうした変化は、貿易や相互の海外投資のメリットと共に生じるものなので、何れかの階層の「損」として認識すべきものではありませんが、日本国内でもビジネス上重要な競争条件になりそうです。
経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員:山崎元
( http://blog.goo.ne.jp/yamazaki_hajime/ )
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■ 金井伸郎:外資系運用会社 企画・営業部門勤務
中国が名目上のGDP規模でも日本を上回る成長を遂げ、わが国の隣国に「2番目」の規模を持つ経済地域が出現したことは、日本の経済にとっての脅威としてではなく、巨大市場の出現による大きな成長機会を得たと受け止めるべきでしょう。実際、中国はこれまでの経済成長の過程で、海外の企業に多くのビジネス機会を提供してきたことも事実です。中国は現在ではドイツを追い越し、世界最大の輸出額を誇りますが、その過程では輸出産業強化のために税制優遇などによって外資系企業を積極的に誘致してきました。そのため、2008年の輸出額で見ても55.4%が外資系企業によるものとなっています。
この背景には、中国は市場経済の導入に当たって漸進的なアプローチを採用すると同時に、積極的に海外からの資本とノウハウの導入に取り組んできた経緯があります。漸進的な経済改革によって、内需関連の分野などでは国営企業を中心とした非効率な産業を温存しながら、豊富な労働力を活かした製造業など外需の分野では、積極的な外資との提携を通じて「世界の工場」としての地位を確立してきました。
中国は「世界の工場」として、様々な先進国企業ブランドの製品を先進国市場に供給していますが、そうした競争力も、単に製造コスト面での優位性だけではなくなっています。アップル社のアイフォンやソニーPSPなどの美しいデザインは、コンシュマー・プロダクツとしては最高水準の加工技術によるものです。残念ながら、こうした高品質の筐体を実現する、精密な金型加工などの技術も、もはや日本企業独自のお家芸とは言えません。例えば鴻海精密工業(Hon Hai Precision Industry)などの台湾企業は、台湾国内の工場では熟練した職人により技能の向上に取り組み、自社で確立した高い加工技術を中国国内の製造拠点に移植し量産する体制を築いています。中国経済は、台湾企業や香港企業などの持つ技術やノウハウも取り込みながら、より大きな中国圏経済として成長している側面があります。
従って、日本企業が国内で「ものづくり」の技術を極め、海外の製造拠点に移植するというモデルも簡単には通じなくなっているといえます。実際、日本の製造業が、自らがこだわる「ものづくり」の技術の国外流出に対する警戒感を捨て切れない中で、最先端の加工技術を要する分野での優位さえ失っているのが実情です。
一方で、最近の中国の輸出動向に見られる変化にも、注意する必要があります。特に、中国からの輸出額に占める新興国向けのシェアが先進国向けを上回るようになってきた点は重要です。新興国向けの輸出では、機能を絞り込んだ商品を低価格で提供することに強みを持つ中国国内企業が台頭してきた結果、主に先進国向けの高付加価値品を手掛ける外資系企業の輸出額に占めるシェアは低下基調にあります。
新興国の中でも発展途上の市場、例えばアフリカなども有望な成長市場とされていますが、先進国企業にとって、こうした市場で中国企業と正面から競争するのは、なかなか厳しい状況です。中国よりも低コストの生産拠点を活用した世界戦略も必要となりますが、自動車産業などでインドでのビジネスが重視される背景には、販売市場としての将来性と同時に、生産拠点としての可能性も注目されるためでしょう。スズキなど、インドで製造も手掛けるメーカにとっての強みと言えるかもしれません。
むしろ、先進国企業にとってのビジネス機会としては、中国の内需をいかに捉えるかが重要になっています。特に、個人消費関連などでは、中国社会の都市化が大きなビジネス機会を提供しています。これは、2007年以降、中国への海外からの直接投資についても、案件数では、第三次産業が製造業を上回っていることにも表れています。
中国は新興国の中では比較的、流通部門などの分野でも外資に対して開放的な政策を採っており、これまでも仏カルフール、米ウォルマート、英テスコなど外資系大手小売業が進出しています。都市化に伴い需要が拡大している外食産業では、ケンタッキー・フライドチキンなど既に約3千店舗を中国で展開する米ヤム!・ブランズなどをはじめ、グローバルなファースト・フード・チェーンの躍進は目覚ましいものがあります。
先進国の外食やアパレル関連の企業の多くは、中国を製品のグローバルな供給拠点として位置付けています。ブランド力やマーケティングのノウハウに加えて、こうした中国国内で確立した調達・物流の体制面も活用することで、中国でのビジネスを優位に展開しています。日本企業も、サイゼリアなどのきめ細かな店舗運営ノウハウなどを武器に進出を図っています。
今後は、中国国内での旺盛な起業意欲や資本の蓄積などを背景に、フランチャイズの活用が今後の事業展開では重要な要素となると考えられます。セブン・イレブンなどのコンビニ業者にも、フランチャイズを活用した積極的な店舗展開に踏み切る動きが見られます。こうしたフランチャイズ・ビジネスでは、本部と加盟店(フランチャイジー)との持続的な共存関係を維持するモデルが重要となるでしょう。コンビニ業界での本部と加盟店の関係は良好と言い難く、加盟店が大きく不満を抱えるモデルがそのまま海外で通用するのかは疑問です。
個人消費関連の分野は、現地の消費者に日本企業のブランドをどのように訴求するかが課題であり、強力なグローバルなブランド企業との競合というハードルもあります。家具・インテリアの分野で急速にグローバル展開を進めるIKEAは、中国でも大規模店舗の展開を積極化しており、5月に開業する瀋陽のストアが中国では8店舗目の進出となります。IKEAの展開する巨大店舗は、圧倒的な規模、豊富な品ぞろえ、質の高いデザイン、低価格で日本でも話題となっています。一方で、家具のサイズ設定などが大きく、日本の住宅事情に合わない、などの不満も聞こえます。同様な住宅事情を抱えるアジア市場では、そうした事情に対応した日本企業にもビジネスチャンスはありそうです。良品計画は、香港市場での消費者の支持を受けて、中国本土でも「無印良品」を16店舗展開しています。中国本土での売り上げの寄与は2010年度の計画でも3%程度に留まる見込みですが、中国を製品供給拠点として整備するとともに、中国で成功モデルを確立しアジアへの展開を目指している、とのこと
です。
以上のように、中国の経済発展は、多くの先進国企業、特に日本企業にとっても多様な収益機会を提供することが期待されます。一方で、どのような層が恩恵を享受し、どのような層が不利益を被るか、という問題は複雑です。企業活動は、最終的には株主への利益の還元を目指すものですから、日本企業の株式を保有する株主には少なくとも利益が及ぶと考える合理性はあります。ただし、日本国内での雇用機会などに直接結び付く分野は限られている、というのが実情ではないでしょうか。
外資系運用会社 企画・営業部門勤務:金井伸郎
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■ 津田栄:経済評論家
先月からテレビで話題になっていました上海万博が開催され、人々がパビリオンに殺到し並んでいる状況は、1970年の大阪万博が連想されます。それは、GDPで万博前後に世界第2位の経済大国になる一方、一人当たりGDPで見ても、70年ごろの日本が3000ドル程度に対して、今の中国は約3500ドルと同じ状経済況にある点でも似ています。そして、上海万博に見られるエネルギーは、大阪万博と同様、中国が高い経済成長を遂げ、今後も明るい未来を目指していることを感じさせます。
確かに、今の中国には勢いがあります。中国は、08年秋の世界金融・経済危機をいち早く乗り越え、世界経済のリードの一翼を担ったという自負があります。そして、中国は、08年の北京オリンピック、09年の建国60周年に続き、今年の上海万博を、新興国から経済大国への変貌を世界に示す大イベントの総仕上げと位置づけています。しかも、上海万博は、外に向けるだけでなく、内に向けても将来への発展と自信を見せる場となっており、それが「より良い都市、より良い生活」というテーマに表れています。
一方、日本は、世界的な金融・経済危機で、大きな痛手を経済的に受けました。それは、以前も書きましたが、相対的な円安水準のなか、高い技術力のもとで欧米向けの高機能・高価格の製品を輸出して成長していくという日本の経済モデルが、今回の危機で欧米の経済が低成長に屈折したために機能しなくなり、輸出が大きく落ち込んでしまったからです。しかも、欧米の失速が為替にまで影響し、想定以上の円高が進行したために、輸出企業の業績が大幅に悪化し、貿易収支も一時赤字になるなど、もっとも大きな経済的打撃を蒙ったといえましょう。
しかし、ここにきて、生産、輸出も改善してきています。それは、この危機をいち早く乗り越え、景気回復を遂げている中国、インドなどのアジア向けの輸出が回復してきているからです。もちろん、金融・経済危機も一応の落ち着きを見せ、景気対策もあって、アメリカ向けの輸出も回復の兆しは見られますが、09年度の貿易額(輸出+輸入)で対アジアの割合が、全体の50.2%となり、対アメリカの13.2%、対EUの11.2%をはるかに上回っているように、アジアの存在感は大きくなっています。その中でも中国が大きな比重を占めています。
この流れは、今後も大きく変わらないのではないかと思います。4月21日発表のIMFの2010、11年の世界経済見通しでも、アメリカの2~3%前後、ユーロ圏の1%台の成長に比べて中国の10%前後、インドの8%台の成長と、世界経済の牽引車が、欧米から中印を中心とするアジアにシフトしていることが伺えます。こうした状況を見ると、日本の貿易も一段とアジアのウェイトが増していくことが予想されます。そして、その中でも高い成長が予想される中国向けがますます伸びていくと見られます。
こうした中で、中国の経済発展に合わせて、日本のなかで利益を享受できる層ですが、まず輸出が伸びている分野の企業でしょう。中国の経済成長に合わせて、自動車の輸送機械や産業機械などの機械類、電子部品を中心とした部品関係の輸出が伸びています。そうした企業は当面中国の成長の恩恵を受けることになります。また、日本で大阪万博を機に消費社会が広がったように、上海万博のテーマの「より良い生活」に向けて今後国民の消費が増えることが予想されます。それは、中国政府が労働者の賃金の引き上げを容認し、個人消費を伸ばして投資・輸出依存型から消費・内需主導型へと経済構造を変えていこうとする政策にも合致しています。その結果、日本にまだ優位なファッションや化粧品、アニメ、コンビニなどの企業は利益を受けることになりましょう。
一方、日本のなかで不利益を被る層は、中国国内の企業が、低賃金とIT技術、日本などからの製造設備の利用により、日本製品に技術的にキャッチアップし、低価格で生産する体制を整えているなかで、まず欧米向けの高機能・高価格製品の生産輸出が中心であった家電などの企業といえましょう。それは、中国では低価格の汎用品が中心であり、そうした製品での販売では苦戦を強いられ、収益的にも厳しくなる一方、高機能・高価格製品の販売はそこそこあっても収益への貢献は大きくないといえるからです。しかも中国などの企業の家電技術が伸びてきて、そういった品質の差は縮まってきています。それが、価格が安いのに品質の差がほとんどない家電を中国などの企業が日本へ輸出攻勢をかけ、ますます競争が激しくなり、日本の企業が収益的に厳しくなって不利益につながっていくことが予想されます。
しかし、こうした動きは、家電だけではありません。先ほど、利益を享受する層としての自動車や機械、部品などの輸出企業も、今は良くても、いずれ中国の国内企業が技術的に追い付いてくることになれば、競争激化で、収益的に厳しくなる時が来るのではないでしょうか。また優位にあるファッション、化粧品、アニメ、コンビニなども、中国の企業が参入してくることが予想され、その優位性を失っていくかもしれません。そうした中で、企業は、競争力を維持するために、中国やそれ以上の低賃金のアジア諸国へ生産拠点を移転して、収益確保に動くことになりましょう。
その結果として、日本の企業の従業員は、中国などとの競争から賃金の伸び悩みが続き、雇用情勢も弱含みが続くことになって、不利益を被ることになります。それも賃金などでの競争条件がイコールになるまで、長期にわたることになりましょう。それは、国内の個人消費の伸び悩みとなって内需型産業も低価格志向を強めざるを得ず、それが収益的に厳しくし、所得・雇用環境の悪化につながるというようにスパイラル的に物価下落、景気低迷が続くデフレ経済構造が定着し、容易にそこから抜けられないことになって、国民全体が景気回復感のないデフレ状況から長期的な閉塞感を感じることになりましょう(もちろん、中国などからの低価格の製品を買うことでメリットもあるともいえましょうが、所得が増えないなかでは景気回復の実感はありません)。つまり、かつて日本が成長し欧米に追い付いた時、経済的な低迷に陥った欧米の状況を今度日本が経験することになりましょう。結局、日本の国民が、中国の発展
の陰に不利益を受けることになるのかもしれません。
最後に、万博を開いた後で、経済大国としての行動を求められると同時に、往々にして、その後社会的に大きく変化してきます。それは、中国元の切り上げ問題であり、経済的に消費大国になると消費者の自由な意見が定着することによって、政治的自由の容認問題です。中国元の切り上げは緩やかに行う限り問題は小さいと思いますが、大幅であれば農村と都市部の貧富の格差など経済的なひずみのあるなかで、問題は大きくなるかもしれません。また、中国は経済的自由を認めながら政治的自由を制限していますが、経済的に充足して政治的な自由を求めてきたときには、政治的な混乱が起きるかもしれません。そうなったときには中国の高い成長は難しくなるかもしれません。そうした時の利益、不利益の状況は予想がつきません。
経済評論家:津田栄
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●○○JMMホームページにて、過去のすべてのアーカイブが見られます。○○●
( http://ryumurakami.jmm.co.jp/ )
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JMM [Japan Mail Media] No.583 Monday Edition
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【発行】 有限会社 村上龍事務所
【編集】 村上龍
【発行部数】128,653部
【WEB】 ( http://ryumurakami.jmm.co.jp/ )
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作家村上龍の発行している無料メールマガジン「JMM」から転載。(正確には、「阿修羅」からの再転載)
これからの世界を考えるには中国をどう考えるかが重要だが、ここに掲載された意見は複数の識者の意見を並列しているので、それぞれの意見の長所短所を取捨することができる。意見を述べる側も、それを意識して正直に発言している部分が多いので、非常に参考になると思う。普通なら、「専門家」は、自分の所属する組織や自分自身の利益を優先するために、彼らの意見ほど嘘だらけのものはないのである。そのことはマスコミに登場する「識者発言」を見れば一目瞭然だろう。
村上龍自身については、私はその知識や判断をそれほど高くは評価していないのだが、彼のこの企図自体はタイムリーで素晴らしいと思う。
長い記事なので、2回に分けて掲載する。タイトルの「龍」は村上龍ではなく、もちろん中国のことである。
(以下引用)
■ 村上龍、金融経済の専門家たちに聞く
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■Q:1110
上海万博がはじまりました。中国の存在感は増すばかりという印象を受けます。中国の国力の充実と経済発展によって、我が国のどのような層が利益を享受し、どのような層が不利益を被るのでしょうか。
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※JMMで掲載された全ての意見・回答は各氏個人の意見であり、各氏所属の団体・組織の意見・方針ではありません。
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■ 真壁昭夫:信州大学経済学部教授
最近の中国経済の台頭は、確かに目覚しいものがあると思います。金融危機後の世界経済の落ち込みも、中国の顕著な経済成長がなかりせば、さらに長期化していたと考えます。今まで世界経済を牽引してきた米国が、今回の金融危機によって、覇権国としての地位を中国に譲ったとは思いませんが、相対的なバランスはかなり変化しています。2050年に、世界最大の経済大国は、米国から中国に移行しているという予測の実現可能性が高まったことは確かでしょう。わが国の中でも、中国経済の台頭を上手くビジネスチャンスとして利用している分野では、かなり恩恵を受けていると思います。一般的に、わが国企業の中では、つい最近まで、中国を生産拠点と位置づける考え方が有力だったと思います。彼等のビジネスモデルは、新製品の研究・開発を国内で行い、生産技術が安定した段階で、その生産拠点を中国に展開するという方式が多かったと思います。その結果、主要部品を中国に輸出して、それを中国の安価な労働力を使って組み立て・加工し、完成品のかなりの部分を、最終需要地である欧米に輸出するというものでした。
ところが、リーマンショック以降、米国の個人消費が落ち込み、最終需要地である欧米諸国への輸出が減少しました。そうなると、中国=生産拠点というビジネスモデルが通用しなくなります。
一方、中国政府の大規模な景気刺激策によって、内陸部の個人消費が喚起されるようになり、それが、沿岸部の主力輸出企業の経済活動の低下を埋め合わせる格好になりました。勿論、中国のGDPに占める消費部分は、主要先進国と比較して、まだかなり低水準ではありますが、中国政府の政策意図が働いていることもあり、中国の経済構造は徐々に変わっていると考えられます。
こうした変化によって、中国を消費地と見るビジネスモデルも有効になっているようです。最近、わが国企業が扱う女性用化粧品の中国向け売上げが、顕著に増加しているという話を聞きました。従来の生産財や資本財に加えて、それなりに優位性のある消費財を扱っている分野でも、中国でのシェアが上昇しているケースはあるようです。それらとの関連性によって、相応のメリットを享受している人たちがいると思います。
逆に、米国経済の相対的な地位の低下によって、米国依存度の高い分野、あるいは企業は、痛手を受けているケースが多いと思います。米国と中国では、一人当たりの所得が違っています。そのため、購買の対象となるプロダクトのセグメンテーションはかなり異なると思います。企業が優位性を持つプロダクトの分野、あるいは価格帯を、中国の需要に上手く適合できないと、需要の取込が難しくなることが考えられます。
もう少し視点をステップバックして、中国経済に限らず世界経済という観点で考えると、中国経済の台頭は、世界経済の変化と捉えることができると思います。そうした変化に迅速に対応できる人々は、それなりのメリットを享受できると考えられます。それは企業レベルのことだけではなく、個々人のレベルでも同じことが言えると思います。
これから、中国を中心とした新興国経済の発展が続くと、おそらく、資源の獲得競争から、人材の獲得競争に移行すると考えます。中国の家電メーカーの日本人技術者のリクルートや、中国企業のM&Aの活動をみると、既にその兆候は明確に出ているように思います。様々な経営資源の争奪戦では、多くのケースで勝者と敗者が出ることになります。
長期的にみて、誰が勝者で、誰が敗者なのかを判断するには時間が必要だと思いますが、短期的に見ると、変化に迅速に対応できる人、あるいは組織がメリットを享受できることが多いと思います。逆に、過去の成功体験やビジネスモデルに固執するセグメンテーションは、変化の中で生き残ることは難しくなるのでしょう。
信州大学経済学部教授:真壁昭夫
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■ 北野一:JPモルガン証券日本株ストラテジスト
「失われた10年」を経験した米国、「失われた20年」に突入した日本、統合の歪みが顕在化しつつある欧州を尻目に、10%近い経済成長が続いた中国は、まさに00年代の覇者でした。その象徴として、2008年に北京オリンピックが開催され、今月から上海で万国博覧会が始まりました。
00年代の中国の高成長は、投資と外需によってもたらされた結果、民間消費の対GDP比は30%台半ばまで低下しました。2010年代の中国は、消費主導、人間本位の経済成長を目指しています。そのために、中国では政府に集中しがちな富の再分配を促進し、農村の購買力を高めるため、土地の私的所有に道を開き、そのうえで社会保障制度の改革に努めていくようです。
2006年に開催された中国共産党の中央委員会全体会議では、「和階社会(調和のとれた社会)」の構築を目指すべく、2020年までの目標として、都市と農村の発展格差の解消、十数億人が豊かさを享受できる小康社会の実現などを並べました。上海万博のテーマも「よりよい都市、よりよい生活」です。40年前の大阪万博のテーマ「人類の進歩と調和」でも、進歩とともに調和が強調されことを思い出します。
ただ、大阪と上海には、似て非なるものがあります。大阪万博が、東京の一極集中を避け、大阪の地盤沈下を防ぐという目的、すなわち国土の均衡ある発展が目指されたのに対し、上海万博では、都市化、すなわち農村部の余剰労働力の有効利用が目指されているように思います。中国では、一人っ子政策の副作用で、生産年齢人口の伸びが、2015年頃から鈍化すると言われます。この労働力不足を補うのが「都市化」です。日本では、国土の均衡ある発展の結果、生産性の高い都市への人口流入が止まり、高度成長の終焉につながったという説もありますが、中国は、さらなる「都市化」によって、成長の持続をはかる戦略のようです。だから、「よりよい都市」なのです。同じ「調和」でも、大阪万博と上海万博の狙いは全く逆です。
ちなみに、当社の株式調査部には、自動車、電気機器、小売業などを担当するアナリストが十数名おりますが、昨年から食品や医薬品などのいわゆる消費財を担当するアナリストの中国出張が目立ってきております。株式市場の参加者も、「都市化」をキーワードに、消費財を中国に供給する企業にチャンスがあるとみているようです。なお、00年代における中国の貿易大国化の影響は、中国と競合する労働集約型製品を供給するASEAN諸国などにはマイナス、中国と補完関係にある日本などの先進国にはプラスに働きました。
さて、中国では「一つの中国」のなかに「四つの世界」があると言われているように、発展段階の異なる地域が混在しております。それらを平均すると、1970年頃の日本に似ているということになるのでしょうが、最も進んでいる上海や北京などは1980年代の日本と同じ発展段階にあると言えるでしょう。
1980年代の日本ではジャパン・マネーの力で海外の土地や企業買収に積極的でした。現在の中国でも、対外直接投資(走出去)が盛んになってきました。結果的に失敗に終わりましたが、2005年には中国海洋石油による米大手石油会社ユノカルの買収が話題になりました。2009年には、これまた失敗に終わりましたが中国のアルミ大手チャイナルコが英豪資源大手リオ・ティントを買収しようとしました。
むろん、こうした「資源」に興味を示すチャイナ・マネーに日本も無縁ではありません。『奪われる日本の森』(平野秀樹、安田喜憲、新潮社)によると、中国が日本の山の買い占めに動いている気配があるとのことでした。中国人の足跡が認められるのは豊かな「水資源」に恵まれている奥深い山林です。日本の場合、土地の私有権が非常に強いので、外国人でも山を買ってしまうと、その地下水まで処分権が及ぶということでした。こうした山の下流に住む日本人は、安閑としていられないかもしれません。
ところで、万博のジンクスですが、経験的に万博というのは経済的混乱の前兆にみえて仕方がありません。まず、大阪万博は結果的に高度成長の終焉を刻印するものでした。直接的な因果関係はなにもありませんが、1973年の石油危機時のトイレットペーパー騒ぎは万博会場の隣の千里ニュータウンから始まりました。
1992年のセビリア万博は、同じ年のバルセロナ五輪と並んで、私の中では欧州通貨危機の記憶につながっております。あの頃、日本はバブル経済の余熱ともいうべき高金利に悩む借り手が大勢いました。そこで、邦銀は、勢いのあるスペイン・ペセタの買い、欧州連合に参加しないスイス・フランの売りを仕組んだ金融商品(デリバティブ商品)を組成しました。スペイン・ペセタが上昇する限り、低金利を享受できるということで人気商品になったのですが、悲惨な結果に終わりました。スペイン・ペセタなどの欧州通貨が暴落したことから、金利を節約できるどころか、逆に罰則的な高金利を支払わねばならなくなる企業が続出しました。
2005年の愛・地球博もそうです。同年に開港の運びになった中部国際空港とならんで、「名古屋のピーク近し」を予感させました。1992年に新幹線の「のぞみ号」が営業運転を始めた時には「名古屋飛ばし(当初、名古屋は通過駅でした)」が話題になったのに、隔世の感がありました。為替相場というのも馬鹿にならないもので、1995年の超円高が、一転して2007年には超円安になりました。この十数年間に、最も利益を受けたのは輸出産業を後背地にもつ名古屋でした。愛・地球博覧から2年必要でしたが、超円安は2007年に終わりました。
むろん、二つや三つの前例をもって一般化するのは危険ですが、万博のような象徴的なイベントがあると、それに便乗する輩もいっぱいいることでしょう。「成長する中国」、「躍進する中国」、「中国の一人勝ち」なんてことを勝手にメディアが宣伝し、イメージを膨らませてくれるのですから、楽なものです。その意味では、こういうムードを利用しようとする人もいるよ、ということだけは頭の片隅に置いておきたいと思います。
JPモルガン証券日本株ストラテジスト:北野一
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『奪われる日本の森』平野秀樹/安田喜憲・著、新潮社・刊
( http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4103237414/jmm05-22 )
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■ 菊地正俊:メリルリンチ日本証券 ストラテジスト
中国は日本の輸出相手先として最大で、日本の全輸出の約2割を占めます。2009年度通年で、日本の中国向け輸出は前年比4%減りましたが、中国経済が過熱するほど回復した今年3月に限ってみると、前年同月比47%も増えました。製品別輸出では、輸送機が130%増、機械が70%増と急増しました。中国の1~3月の実質GDP成長率は、前年同期比11.9%と高成長になりました。中国の高成長は、日本の輸出企業に恩恵をもたらします。特に、中国企業が作れず、日本が国際競争力を維持している機械や自動車などの産業の恩恵が大きいといえます。
ゴールデンウィーク期間中の日本のテレビは、5月1日に始まった上海万博、日本の高速道路の渋滞、米軍沖縄基地の移設問題に集中していました。中国市場でアピールするために、日本産業館には42社が出展したといいます。最近、発表された日本企業の中期経営計画をみると、約8割の企業がアジア、特に中国での成長を目標に掲げていました。5月3日の日経で、日立製作所の川村隆会長が、電機産業の回復は中国の成長持続が鍵とコメントされました。日立製作所は電機メーカーの中では内需比率が高く、また電機産業は中国より米国経済次第という印象がありましたが、電機産業も中国次第という時代が到来したということのようです。
現在の中国は、1970年代初めの日本に似ているといわれます。1970年代に開催された大阪万博は入場者数が6500万人と、過去最高の入場者数を記録しました。上海万博は7000万人の入場者数と、大阪万博を抜いて、過去最高の入場者数を目指しています。上海の1人当たりGDPは1万ドルを超えていますが、中国全体では3500ドルと、日本の1970年代初頭とほぼ同水準です。閉塞感が漂う日本では、高成長を謳歌していた昭和中頃の時代を懐かしむ声が増えていますが、中国は足元及び将来だけの高成長だけを見つめているようです。
日本では1971年にニクソンショックが起きて、円が切り上がり、日本の成長率が切り下がりましたが、現在も人民元の切り上げが世界的な関心事になっています。経済が発展すると、通貨が切り上がるのは自然な流れです。人民元が切り上がれば、中国や第三国における日本企業の中国企業に対する価格競争力が高まって、日本の輸出が増えるでしょう。中国企業と競合関係にある鉄鋼や医療機器などが恩恵を受けるでしょう。
人民元の切り上げは、中国消費者の購買力のさらなる増加を意味します。中国で価格が高めの日本製品に対する需要が増えると同時に、日本への中国人旅行客も増えるでしょう。食品、化粧品、自動車などの産業が恩恵を受けるでしょう。中国沿岸部は人手不足が問題になっており、人民元高は中国での製造コストを引き上げるため、生産性向上のために、日本のロボットに対する需要が増えるでしょう。
逆に、打撃を受けるのは、中国を競合するような低付加価値の製品を作っている企業や、その従業員です。政府の度重なる対策にもかかわらず、日本の中小企業が良くならないのは、大企業の海外工場移転や、低付加価値品における中国企業との競争激化の影響と考えられます。大企業でも、従業員の給料が上がらなくなったのは、要素価格均等化の法則に基づいて、企業が海外生産コストと国内生産コストの比較を行うためでしょう。中国の人件費や生産コストが上がったとはいえ、日本より大幅に低い状況に変わりはないので、昇給を望む日本の労働者は、中国の労働者が作れないような付加価値の高い分野へシフトする必要があります。
メリルリンチ日本証券 ストラテジスト:菊地正俊
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■ 中空麻奈:BNPパリバ証券クレジット調査部長
マクロ的な見地に立って回答すれば、中国の国力の充実と経済発展によって、我々日本は全体的に大変な利益を享受したし、これからも享受しうると言えます。サブプライム後の金融危機で世界中の景況感が冴えなくなりましたが、中国をはじめとする新興国が元気でいてくれたお蔭で景況感が持ち直し、今後も低成長ながらも回復していくと期待できるのは中国の年8%平均の成長があってこそ。一方、中国の外貨準備高が増え、存在感ある米国債の買い手となったことで(政治面のパフォーマンスの良さも!)、ジャパンバッシング現象がますます増えたことは日本全体の不利益と言えるでしょう。
ミクロ的な見地に立って回答すれば、中国の国力の充実と経済発展によって、様々なセグメントで事業利益確保が可能になるという“メリット”を受けた一方、中国が依然未成熟な部分を残すがゆえ、たとえば投資回収がままならないという中国ビジネスの難しさを受けた“デメリット”や、中国の労働力の安さから労働集約的なセクターがキャッチアップされつつある“デメリット”を受けだしたこと、産業の空洞化が進む“デメリット”があげられます。以下、いくつかのセクターを取り上げ、中国の存在による利益・不利益を見てみることとします。
まず鉄鋼セクターです。鉄鋼セクターは、このところの内需の不振を中国の急成長により高品質の鉄鋼需要が増大化したことで、補填してきたセクターの筆頭だと言えると思います。需要が冷え込めば鉄鋼セクターの売上高は伸びませんが、需要増大が続く中国のお蔭でそれが補えました。日本の鉄鋼メーカーがメルトダウンせず、復活するきっかけを掴めたのはまさに中国があったからこそ、と言っても言いすぎではありません。
でも、中国は安い労働力を使って、粗鋼生産を独力で始めたがゆえ、よりシンプルな低品質製品は中国に取って代わられ、日本は好むと好まざるに関わらず、高品質な製品(自動車鋼板などがその例)をメインにしていくしかできなくなりました。もちろん、そちらのマージンの方が高いわけですから、目先の利益にはプラスなのですが、中国の存在感の増し方が尋常でないため(グローバル粗鋼生産ランキングを見ると、トップ10における中国のシェアは2006年17.8%から2009年には48.7%に急増しています)、価格競争力の喪失と引き換えでもあり、痛し痒しです。資源メジャーが鉄鋼価格の交渉を四半期に見直すと日本鉄鋼メーカーに通告したのは、実に象徴的な出来事と言えるでしょう。
次に自動車セクターです。自動車の販売台数は日米欧では低下傾向が継続ですが、中国をはじめとする新興国は拡大傾向を続けています。マージンは圧縮されますが、日本の自動車メーカーの中で利益をあげようとすれば、すでに新興国市場へのシフトをしておかねばならなかったことになります。トヨタには中国進出に対し、投資回収がままならない危険を伴うとの判断から躊躇した経緯があります。そのせいで中国からのリターンが限定的なままになっています。しかし、たとえば日産は中国での生産・販売をうまくビジネスモデルに仕組んだため、リターンが出ています。中国成長の利益への取り込みという意味では、トヨタ対日産は日産に分があることになりました。いかに中国ビジネスを収益機会にするかの巧拙が、利益に影響を与える例と言えるでしょう。
こうして考えると中国が高成長を続ける過程で、日本の素材メーカーから徐々に中国進出が始まり、過剰な需要のお蔭で利益をあげる構造が出来上がったセクター、会社が散見されるようになったということになります。これが中国成長のお蔭で享受できた“利益”ということになります。一方、素材メーカーの中には、中国での投資回収のタイミングが合わなかったところも出てきたと聞きます。造船などはその一つでしょう。結果、造船会社と一緒に中国ビジネスに出て行った金融機関の中には、投資回収が出来ない“不利益”を被っているところもあるようです。
その他には、中国の安い労働力をあてにして産業の空洞化をもろともせず、中国進出をしている日本の製造メーカーを考えておくべきでしょう。日本の冷凍食品に毒素が入っていたというようなことは極端な例でしょうが、安い労働力が低い品質を余儀なくしてしまう可能性は否定できません。信用力を失うことは、低コストでマージンを確保する以上に、修復が難しいため、“不利益”が生じ易い点としてみておくことが必要かもしれません。
結論としては、中国の成長のお蔭で、我々日本は全体としてプラスの効果を受けたと言えるのではないでしょうか。需要増大による利益の確保が実現するセクターが散見されているからです。ただ、今後もそれが続くかというと、世界中の製造業が中国需要に期待しすぎているため、どこまで利益確保できるかは徐々に当てにできなくなりつつあることは付け加えたいと思います。
一方、“不利益”の受け方は、以下三通りに整理できるのではないでしょうか。第一に、素材、とりわけ簡単にキャッチアップできるような製品は日本製から中国製に取って代わられること。第二に、日本の製品の品質が低下する危険性を孕むこと(安かろう悪かろうの具現化)。第三に、中国の成長がまだら模様で、ビジネスも未成熟な面が残ることにより、投資回収が不可能になるリスクがあること、によって、です。
東京ディズニーランドに行けば、中国語が飛び交っていることはもはや常識です。八重洲のランチタイムで、注文を取りに来るのも相当の確率で中国訛りの日本語だったりします。今回私は日本が中国進出をしていくことで受けるメリットデメリットのみに注目して議論しましたが、日本に進出してくる中国という観点でも議論が必要になってくるでしょう。投機筋や金持ち層の中国マネーが日本の不動産を買い捲って、日本人が不動産を買えなくなるという時代は、既に始まっているのかもしれません。中国の人口から見て、潜在成長率が高いまま推移するであろうことは期待できます。であれば、現在メリットを受けていない企業・セクターも含めて、我々日本人は中国ビジネスをいかに利益にしていけるかを考えてビジネスモデルを組み立てていく必要があります。中国脅威論におびえてばかりでは、何らの道も開けません。隣人との共存共栄を図ることは、阿倍仲麻呂の時代からの我々の望みのはずです。
BNPパリバ証券クレジット調査部長:中空麻奈
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