情報化社会では役立たずと見なされて突然首切られることがある
自己研鑽のために常に独学せよ
はい3行、今の時代当たり前の事しか書いてないな
徽宗皇帝のブログ
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英紙デーリー・メール(電子版)は20日、神戸市水道局の男性職員(64)が勤務中に約3分間の中抜けを繰り返したとして減給処分になったことを紹介し、「苛酷な仕事文化」などの見出しで報じた。
神戸市によると、職員は昨年9月からの7カ月間で26回、昼休み前にそれぞれ約3分間職場の水道センターを抜け、近くの飲食店で弁当を注文していた。市に「昼休みに行くと待たされる」と説明したという。
デーリー・メールは「トイレに行ったとしても許されないのか? 職場の奴隷のようだ」「全くばかげている」といったネット上の反応を紹介した上で「このケースは、従業員がめったに病気で休まず、信じられないほど長い時間働く日本の仕事文化の本質に関する議論を再燃させた」と論評している。
職場内で流通する機関誌みたいなものがある。
毎月、偉い人が「激動の時代を生きるために」などと、コピペしてきたのかな?と感じるほどに定型的な有難い言葉を長々と連ね、「最近将棋始めました」で締める訳の分からない文章が巻頭に掲載されている。
その次に、やや偉い人が似たような言葉で叱咤激励し、犬を飼いはじめたことをカミングアウトして締める文章が続く、そんな大変に有意義な冊子だ。
その中の1コーナーに「わたしのコンソメスープ」というコラムコーナーがある。
正直に言ってしまうと僕はこのコーナーの意義が全く分からなかった。端的に言うとなぜそこにあるのか全く分からない。意味不明だとすら思っていた。
そこに存在するだけで僕の精神を蝕んでいくような、ただのコラムとは思えないほど恐ろしくも禍々しい「何か」、それがこのコラムにあったのだ。

毎回、様々な社員が登場し、コンソメスープのある風景をコラムにするという、よく分からないコーナーで、なぜコンソメスープにフォーカスしたのか(別に自社製品でもない)、なぜそんなことを書かせるのか、どういう基準で執筆者を選定しているのか、渦巻く謎の答えを求めて質問しても誰も答えを持ち合わせていないという驚異のコーナーなのだ。
ある女子社員が執筆を担当した号などは
「仕事で疲れて泣いちゃった夜、コンソメスープを飲んだら元気出ました。がんばろっ」みたいなことが平然と書かれているのだ。平然とだ。
怖い。とにかく怖い。
これを自分のブログに書くのなら文句ない。ワンチャン狙ったおっさんの
「止まない雨はない明けない夜はない。頑張るミサトちゃんが好き(^-^)」
とか気持ち悪いコメントがつくこと請け合い。そういう文章だ。そう、これはブログに載せるべきなのだ。機関誌に載せる意味が全く分からない。
そもそも、お前は本当にそんな場面でコンソメスープを飲んだのかと言いたくなる。
疲れた、コンソメ飲もう、という行動原理を持つ人間に僕は出会ったことがない。本当にそんな人間がどれだけいるのか分からないが、いたとしてもすぐに人材が枯渇し、連載が立ちいかなくなるではないか、そう思った。
けれども、そういった人材は尽きることなく、次々とコンソメ派の人間が紙面に登場してくる。どうやら僕がマイノリティらしく、多くの人はコンソメに救いを求めているのだ。
みんな辛くて苦しいとき、コンソメスープを飲んでホッとしている。明日への活力にしている人もいる。人間関係が良化した人だっている。恋に発展しそうなやつまでいる始末。なんだかそれが当たり前のようにすら思えてくる。
まるでコンソメスープに救われたことがない自分が人間的に劣っているのではないかと思い始めたほどだった。
同時に、戦々恐々とする思いがあった。このコーナーの執筆担当が回ってきたらどうしよう、と考え始めたからだ。
人間的に劣っている僕は、他の執筆者のようにコンソメスープによって救われた経験がない。そんな僕にこのコラムを書く資格があるとは思えないのだ。回ってきたらどうするんだ。考えることはそのことばかりだった。
しかし、世の中ってやつはそういう風にできているもので、どうするんだと考えていると本当に回ってくるのだ。
ついにあの、コンソメスープがある風景の執筆依頼が回ってきたのだ。恐怖なのか困惑なのか、よくわからないがあまりよくない感情が僕の体の中を駆け巡った。
困った。とにかく困った。適当にエピソードを捏造して執筆してみたが、コンソメ派の皆さんには悪いがどうにもこうにもコンソメにそこまで現状打破する力があるとは思えないのだ。だから、どうしても不自然なエピソードになってしまう。
精神的に落ち込んでいるときにコンソメスープを飲んだらハイになって踊りだした、みたいな良くわからない捏造になってしまい、まるで怪しげな成分が溶け込んだコンソメスープになってしまうのだ。
「嘘をついても仕方がない」
そう決意した僕は、僕の人生の中で唯一、コンソメが関わってくるエピソードを執筆することにした。それだけが唯一、僕の人生における「コンソメのある風景」なのだから、それを正直に書くしかない。
僕が書いたエピソードをかいつまんで説明すると、だいたいこんな感じだ。
*
僕が小学生の頃、どうしてもファミコンがやりたくて近所の金持ちお大尽のガキの家に通い詰めていた。そこでは接待ファミコンが展開され、お大尽のガキにわざと負ける勝負が展開されていた。

接待ファミコンに疲れ、トイレに行こうと豪邸の長い廊下を歩いていると、廊下に煌びやかな巨大水槽が見えた。窓からの光がキラキラ反射し、廊下の絨毯に賑やかな光を落としていた。そこにはカラフルな熱帯魚が悠然と泳いでいた。
今思うとその熱帯魚はグッピーで、そこまで高価な魚じゃないかもしれないけど、カラフルな魚が舞い踊るその光景に、水槽にやってきた竜宮城だと思ったほどだった。
そこにお大尽がやってきて、熱烈に自慢を始める。これは魚も高価だけどこれだけ大きな水槽も高価なのさ、水の温度を管理するシステムにも金がかかっている。そんなこと言っていた気がする。
すごいもんが世の中にはあるものだ、そう思ったのを熱烈に覚えている。
「これが餌さ」
お大尽はそう言って小さな瓶を見せてきた。それはプラスチック製の小さな瓶で、ハンドクリームとか入っていそうな外観だった。蓋を開けてみると、中にはカラフルなかさぶたみたいなエサが入っていた。
お大尽がさっとそれを水槽上部からばらまくと、グッピーたちが激しく動き、水槽の中がさらに賑やかになった。
「僕もそのエサあげたい」
僕がそう言うと、お大尽は口角を上げて笑った。
「ダメダメ、グッピーはデリケートなんだ。あげすぎると死んじゃうんだから。今日はもうだめだよ」
僕のショックは計り知れなかった。家に帰っても考えることはグッピーのことばかりだった。我が家の夕食に出された煮魚の茶色との落差が凄まじく、なんでうちにはカラフルな魚がいないのか、水槽がないのか、と嘆き悲しんだ。
「もうやっちまおう」
僕は追い詰められていた。グッピーに餌があげたくて追い詰められていた。
そこで作戦をたてた。接待ファミコンの途中でトイレに行き、そこで一気にエサをあげてしまおう。たぶん少量なら大丈夫なはずだ。いける、きっとやれる。
ついに決行の日がやってきた。いつものように接待ファミコンに興じた。そして適当なタイミングでトイレに行くと告げて水槽に向かう。勝負は一瞬だ。大丈夫、やれる。きっとやれる。
絨毯に落とし込まれた水槽の光が見えた。光は水の流れに合わせてゆらゆらと揺れている。ついに来た。一気に駆け寄った僕は、水槽横の小瓶を手にし、ふたを開けて中身を一つまみ、水槽の上部に振りまいた。
モアーーー!
なんか様子が違う!
昨日はカラフルなエサが踊るように沈下していき、そのエサをグッピーたちがこれまた踊るようにツンツンと食べる光景だったのに、水槽の中身が一気に茶色になっていくだけだった。
昨日の煮魚みたいな、ここにあるはずのない茶色が水槽の中を満たしたのだ。
「なんで、なんで、どうして」
焦った。けれどもなにもすることができず、ただただ浸食するかのように広がっていく茶色の何かを眺めていた。
いったい何が起こったのか全く理解できないが、とんでもないことが起こっているという事実だけはわかる。なんでこんなことに。震えながら、さきほど水槽に入れた瓶のラベルを見る。そこには驚愕の言葉が書かれていた。
「コンソメ」
なんでこんなことにコンソメがあるんだよ! なんでトイレへと続く廊下にある水槽の横に置いてあるんだよ。ほんと、金持ちの考えることはわからん。
とにかく、コンソメとグッピーのエサが並べて置かれていて、僕は粒状のコンソメをグッピーに振りまいていた。

「琥珀色、というか茶色に染まる水槽にグッピー、まるで前日に食べた煮魚のようでした。これが僕のコンソメのある風景」
こんな言葉でコラムを締め、入稿したのだった。「コンソメのある風景」は僕の人生でこれしかなかったのだから仕方がない。とにかく書ききれたことに安心し、ホッと胸を撫でおろした。
それから数日して、機関誌を発行するグループの偉い人に呼び出された。どうもコラムの内容がまずいらしい。
「コンソメが悪者のように書かれている。コンソメを好きな人が気分を悪くするのでは」
「グッピーがかわいそうなことになっている。動物愛護の観点から書くべきではない」
「グッピーのことを飼っている人や好きな人が気分を悪くするのでは」
「ファミコンという商品名はまずいかも」
「金持ちのお大尽って表現はちょっと良くないのでは」
「そもそも紙面の1/4しかスペースがないのに文章が長すぎる。偉い人のあいさつより長い特集になってしまう」
こういうものだった。
こうして文章を短くし、指摘された点を直した結果、あの大スペクタクルエピソードが以下のような文章になってしまったのだ。
「子供の頃、仲の良い友人の家で何かのゲームをしていたら、何らかの魚類がいて、エサをあげたらそれがエサではない別の何かで、魚たちも迷惑そうだった」
何が言いたいのか分からない! これ読んだ人、俺が狂ったと思うだろ! そもそも「エサではない別の何か」ってぼかしてるけど、このコーナー「コンソメのある風景」って名前だっつーの。バレバレじゃねえか。
そして、最後の指摘があった。
「そしてなにより、ホッとする風景じゃないとダメだ。ここはそういうコーナーなんだから」
似たような話ばかり書かせているのはお前が原因か。だったら最初からそう言えよ、と思ったが、もう締め切りギリギリということで、以下のように直されてしまった。
「子供の頃、仲の良い友人の家で何かのゲームをしていたら、何らかの魚類がいて、エサをあげたらそれがエサではない別の何かで、魚たちも迷惑そうだった。でも元気に泳いでいたからホッとした」
冒頭で「このコラム、意味が分からねえよ」なんて揶揄していた僕が、コーナー史上最大に意味不明な文章を掲載することになってしまったのだ。
すべては配慮に配慮を重ねた結果の産物、全く本意ではないのにとんでもないことになってしまったのだ。
*
いつの間にか時代は変わった。
どんな場面においても文章を発表するということは、書き手と読み手のやりとりであった。
少し前は、その関係は一対一であった。例えば書き手がおかしいことを書いたとして、読み手はそれに抗議をすることもあったかもしれない。それを受けて書き手は訂正するかもしれないし、反論、もしくは取るに足らないと無視することもあったかもしれない。けれども、それで話が終わることだった。
けれども、今の時代は読み手がおかしいと感じた想いを、他の読み手と共有することが容易になっている。
それは決して悪いことではないが、同時に炎上などの激しい反応が起きやすくなってしまったとも言えるのだ。それも別に悪いこととは思わないが、それを畏れる現象が確実に起き始めている。
書き手が畏れなくても、編集する人、掲載する人、関係する様々な人が畏れる現象がある。
「何を書くかより何を書かないか」
実は、多くの書き手はもうこの段階にきている。書きたいことを書くよりも、書いてはいけないこと、書いたら面倒そうなことを消去した結果、残ったものを書いている。意識下なのか無意識なのか違いはあるが、そうなってしまっているのだ。
特定の何かに言及することは大変にリスキーである。反発も激しくなる。それを防ぐためにとどんどん主語を大きくするという解決策をとる。
例えば山田さんに注意したいけど、ダイレクトだとこのご時世、いろいろと問題がある。ならば山田さんが所属する営業課全体に注意をする。でも、それだと営業課の反発がありそうだ。ならば全社員を注意しよう、そういった現象に似ているのだ。
主語が大きくなれば対象となる範囲は広がるが、対象となった怒りや反発は反比例して薄らぐ。
そう遠くない将来、公に発表される文章のほとんどは人類か地球規模で語られ、意味不明なものばかりになっているかもしれない。それはきっとあまり面白くない。
この世に完成された文章など存在しない。反発はあるものだと割り切って、何を書くかで選んだ文章を書けるようになる、それが理想なのだ。
ちなみに、コンソメの語源は「完成された」という意味だ。コンソメスープのように一点の曇りもなく澄んだ「完成された」文章など存在しない、でも完成を目指さなければならない、文章のコンソメを目指して。
そう決意することが僕の持つ「コンソメのある風景」なのである。
著者名:pato
テキストサイト管理人。WinMXで流行った「お礼は三行以上」という文化と稲村亜美さんが好きなオッサン。
Numeri/多目的トイレ
Twitter pato_numeri
(Photo:Thomas Hawk)
「トランプの支持者は忘れ去られたラストベルト地帯の白人男性だ」、としばしばいわれるわけですが、実際にアメリカに住んだり仕事をしてみたりすると、そうでもないのです。
1990年代からアメリカのインテリ層の間では、こんな考え方がすでに主流になっていました。男女、人種、マイノリティーの差別などもってのほかで、健康的な生活を送り、エネルギー・環境問題を考え、サステナビリティ(持続可能性)のある世の中を作る――。こんな考え方が広がってきて、大学を出た高学歴のアメリカ人は、みんなそういう考え方を持ち始めたのだ、とわれわれ、特に外国人は勘違いをしてしたわけです。
少なくとも、ロサンゼルスやシアトルなどの西海岸の都市や、ニューヨークなどの国際都市などにいるような高学歴の人たちはそういう人たちなんだ、という、ある意味思い込みがあるわけです。しかし、実際は古いアメリカの考え方が頑迷に残っていたのでした。「完全に世代交代した」と思ったら、「どっこい、いい勝負をしていた」というのがトランプ大統領の登場でわかってしまったのです。
わかりやすく言えば、「体に悪いからマクドナルドはやめて、シェイクシャックを食べましょうね。それもあまりよくないから、せめて1食は野菜にしましょう。そしてジムにもちゃんと行って・・・・・・」などなど、それが未来のアメリカ人像だ、と言わんばかりのインテリ層が主流になってきた、と見えたわけです。そんな人たちがトランプなんぞ支持するわけは絶対になく、まさにそういう価値観をそのまま体現しているように見えたヒラリー・クリントンが負けるはずはない・・・・・・と思って気を緩めていたら、負けてしまったのです。
実際彼が当選後、こうして2年たってみると、最も先進地域と言われる先ほど申し上げたような、シアトルなどのノースウェスト、カリフォルニア、ニューヨークに至るまで、“It’s my country !(ここは俺の国だ)” という言葉が流行り、公衆の面前で傍若無人かつ人種差別的な行動をとる白人がものすごく目につくようになって驚くわけです。
ちょっと前の実体験で言えば、私がレジに並んでいて、後ろにも10人くらいすでに並んでいるのに、私の前に白人のおっさんが平気で割り込んでくる。「おい割り込むなよ」と私は文句を言うわけですが、
「お前な、ここは俺の国だ、It’s my country, yellow man like you , get out of here !! 」と怒鳴られるわけです。
そしてこの種のオジサンたちが、最近わらわらと街に出てきた(笑)。この?it’s my country というのがキーワードになっており、われわれのような有色人種、特に「黒人を目の敵にする人々」に会う機会は、トランプが大統領になってからものすごく多くなってきました。「ここは俺たち白人の国であって、お前らは出ていけ」というわけです(昔からそういう話は多々あれど、特にここ数十年は鳴りを潜めていた)。
私自身30年以上アメリカにいるわけですが、これだけ「隠れトランプ支持者」がいたのか、と思うと少々恐ろしい。要するに、「自分はそんなことないよ~、有色人種もマイノリティーも差別しないインテリだよ~」と言っていた人たちが、実はそうでもない、ということがトランプ大統領の登場をきっかけに、カミングアウトし始めてしまった、と言っていいかもしれない。
彼らは、本当は昔からずっとそう思っているのに、表立って言えなくなってしまい、ある意味「差別されてきた」人々なのです。実際に、それが本格的なトラブルになって、警察沙汰になってみると、それら問題を起こした白人のほとんどは大学はもちろん出ていますし、弁護士、医者、インベストメントバンカーなど、要するに「インテリ」と言われる人たちで、ホームレスの白人なんて出て来やしません。
何のことはない、彼らインテリのふりをしていた白人のおっさん・おばさん達の中に、トランプと同じ主義主張の人たちがたくさんいたのです。恐らくわれわれ有色人種の前では「差別なんてしないわよ~」、と振る舞っていても本音は全く別で、投票するときには「トランプ」とマークしていた人々と言っていいかもしれませんね(笑)。(後略)
通称、宮古島(正確には宮古諸島、沖縄本島から南西に約300kmに位置)は、宮古島、来間島、伊良部島、下地島、池間島、大神島の6島からなっている。
主な産業は、農業と観光業だ。十数年前までは、移住者も今ほど多くなく、島の歴史をそのまま受け継いだ文化に包まれていた。
今、その島はバブルを迎えている。
その要因はいくつかあるが、まずは、「下地島空港が国際空港に生まれ変わる」という点だ。
下地島は、6つの島からなる宮古島の中でも、東端に位置するのどかな場所だ。
2015年1月31日に開通した、伊良部大橋(無料で通れる橋では日本一長い)が開通するまでは、宮古島から船で渡るしかなかった。
その島に2019年、国際空港が誕生する。
私が行った日は、平日だったが、敷地外から見ると、工事が行われているようには見えない。ちょうど潮干狩りの時期で、空港の周りの海では、多くの家族やカップルが貝掘りをしていた。
下地島空港とは、もともとパイロットを養成する訓練用の空港だった。以前は民間航空機が発着したこともあったが、近年では、訓練飛行場として活用されている。
この空港が、国際空港に生まれ変わるのだ。これからの活用方法としては、既存の訓練飛行場事業に加え、国際線、国内線、プライベートジェットの離着陸を行うとのこと。その狙いは、宮古諸島を国際的なリゾート地にすることだ。
沖縄県は、2021年までに入域観光客数1200万人を目標にしている。2017年度(2017年4月~2018年3月)の宮古諸島の観光客数は98.8万人。さらに多くの観光客確保のため拡大の一翼を担う国際空港になる予定だ。その旅客ターミナル施設の建設工事を大手企業の三菱地所が行っている。2017年10月に着工しており、2019年3月の開業を目指す。
今年の春時点ではこれから国際空港になる雰囲気は見られなかったが、来年の夏には海外発の飛行機からたくさんの観光客が降りてくるだろう。
下地島空港に続く道を車で走るとサトウキビ畑の間から、あちらこちらで大規模な工事が行われている。
全国でホテルやリゾート開発を手がける森トラストは2016年1月、伊良部島の土地を取得した。2019年には高級ホテルを開業させる見通しだ。
また、フィリピンの新興住宅企業レボリューション・プレクラフテッドは、宮古島にヴィラタイプのブティックホテルを建設する事業を受注したと発表。この事業が同社にとって日本進出の足ががりとなる。
さらに、宮城県仙台市の不動産業は、伊良部島に低価格ホテルと賃貸マンションの建設を予定。その他、埼玉県の不動産コンサルティング企業もホテル建設に参入するなど、まさに宮古島、特に伊良部島はホテルの建設ラッシュで沸いている。
宮古島市の下地敏彦市長は、「今、宮古島の景気がいい。都内も東京オリンピック開催で建設業の景気がいいだろう。それと連動しているのではないだろうか。さらに、下地の空港が国際空港として生まれ変わる準備をしている。空港が開設されると、グレードの高いホテルが必要となるので、今、大手企業が参入し建設を始めているところだ。これからも建設ラッシュは、進んでいくので平良(宮古島の中心街)だけではなく、伊良部もどんどん栄えるだろう」と語る。
下地島空港に続く道路の開発は、まだまだ手付かずだが、今後数年の間には、さらなる大手企業の進出も考えられる。
だが、このリゾート開発に地元民は手放しに喜んでいるわけではない。
大手企業が、リゾートホテルを運営することにより、観光客が増え、雇用も増える。その中で、50代の宮古島在住の男性は、リゾートホテル建設に対して次のように語った。
「宮古島は、どんどん変わっていっています。伊良部島の海岸線は本土企業に買い占められ、リゾートホテルの建設ラッシュで、僕たちが見てきた昔の風景とはどんどん変わってきているんです。それは伊良部島民の方がいちばん感じていることでしょう。
はじめに東急ホテル(1984年開業)が来て、ユニマットプレシャス(シギラリゾート、1993年開業)が来て、今度は森トラストが来ました。大手企業がどんどん宮古島に入ってきているんです。
東急さんが来たとき、あの一帯は何もない雑木林とさとうきび畑でした。そこに突然リゾートホテルができたんです。その後、ユニマットさんが上野村(2005年に合併)一帯を買っていきました。
そのとき、仲間内から『ちょっと待てよ、これ大変なことじゃない?』という声が上がったんです。なぜなら今まで簡単に出入りできていた海岸に行くことが難しくなってきたから。
これまで雑木林を駆け抜け、遊んでいた浜辺も企業のものになり、ホテルの敷地になってしまいました。当時、もしかして宮古島の海岸線は、全て本土企業に買い占められるんじゃないかという大きな衝撃があったんです。そう思っていたのが、まさに現実になったんです」
このように考えている島民は決して少なくない。
別の50代男性は、「島の土地は限られているので、自分たちが代々大切にしてきたいた土地が内地の企業や外国人の手に渡るのは、いい気がしない。城辺(ぐすくべ)、来間島などの海岸を買われているのは嫌だな」と島民感情を語った。
さらに40代の女性は、「基幹産業は、サトウキビでもそれだけでは成り立たないので、観光産業も大きな柱になっています。観光で多くの人が来て、おカネも落ちるし、ホテルで雇用も生まれているのはいいことだけど、見慣れた風景がどんどんなくなっていくというのに関しては、すごく寂しいことだなと思います」と続けた。
島の発展とともになくなっていく自由と自然。この問題をどう解決すべきなのか。
利便性を求める声も確かにある。続々と内地企業が進出する中、40代の男性は、「宮古島に昔から何度も来る観光客は、どんどん変わっていく島を嘆くけど、それならもっと田舎の島に行けばいい。生活している俺たちは、便利になった方がいいんだから」という。
観光客が求めるものと、現地に住む人の間には、少なからず乖離がある。観光するのと住みよい島にするのとでは異なるので、当然と言えば当然かもしれない。
景気がいいからといって、手放しで喜んでもいられない。別の40代男性は、「外から入って来た大手企業が儲けているだけで、宮古の企業は潤っていない」という。
タクシー業界は人手不足という反面、「観光客はレンタカーを使うので、そんなに儲からない」(60代のタクシーの運転手)
沖縄本島でも見られるが、大手レンタカー会社は無料バスで空港から営業所まで送迎するサービスを行っている。やはり内地企業におカネを吸い上げられているという肌感覚があるのだ。
さらに、横浜から移住して来たゲストハウスの30代オーナーは、「大手企業が入り、個人経営で頑張っている現地商店のお店が減るのは嫌だなと思うので、ぼくはなるべく現地のお店に行くんです」と話してくれた。
ほとんどの大手企業は、島外から来ている。また建設業界や観光業界だけではなく、飲食業界においても、マクドナルドや吉野家、大戸屋などの大手チェーン店の進出により、個人商店が危機を迎えているようだ。
この現状を下地市長にぶつけてみた。
島外の大手企業の売り上げに対して、地元民の企業のそれは、多くないどころか、減っているという現状を下地市長は認識しており、以下のように語った。
「観光業にも力を入れているが、いちばんは、やはり農業だ。観光業は、いついかなるときにどうなるかわからないので、農業を基幹産業にしている。この分野を活性化させることで島民の生活は守られるだろう。
だからさらなる農業の成長を促すために農産物の新しい商品開発の資金や技術の支援をしている。こうしながら生産量を増やすという地道な活動をしているのだ。さらに農業と観光をリンクできれば、地元の小さな企業も景気が良くなると思う」
宮古島には地下ダムがある。地下にはサンゴ層と粘土層があるため雨が降ると、粘土層で止まる。この水を組み上げて農業用水として活用しているのだ。昔の水無農業から水あり農業へと変換。結果、生産量は伸びている。
たとえば、サトウキビ、ゴーヤー、かぼちゃの生産高は、県内トップ。サトウキビに関しては沖縄県の生産量の半分を占める。
また、宮古島市の農業生産額は、県内の市町村別で3年連続県内トップの182億4000万円(2016年)と県内の農業界を牽引しているという。
宮古島のバブルは、新たにできる下地島の国際空港だけではない。これまで宮古島空港とともに観光客を入島させてきた平良港がある。この港にクルーズ船が就航し、アジアの観光客が続々と入島するようになった。
現在は改修工事が進められ、さらなるバブルを引き起こすトリガーとなりそうだ。
下地市長は、「現在15万トンのクルーズ船が埠頭に接岸するための工事をしている。3年間で完成させようと工事を進めている最中だ。世界では25万トンクラスのクルーズ船が主流の時代になってきている。この工事が終わると、それに対応するために港湾のルールを改定し工事を始める計画も考えている」という。
宮古島におけるクルーズ船での入島は、昨年だけで約36万人。直近の5月には約6万3000人で、前年度比約170パーセントを記録した。工事が進めばさらに多くのクルーズ船観光客を受け入れることができる。
彼らが飲食し、お土産を買えば、わずか人口5万5000人の島に、大きな経済効果をもたらしていくことは間違いない。宮古島の農産品を訪日観光客にうまく紹介できれば、地元経済も活発化できるだろう。
宮古島はダイビングスポットとして有名だが、魅力はそれだけではない。観光客の集客のために、鉄人レースのトライアスロンをはじめとするさまざまなイベントを企画してきたのだ。
1月は、100キロワイドーマラソン。日本最南端のウルトラマラソンとして県内外から参加者が集まる。
2月はロマン海道。伊良部島マラソン、4月はトライアスロン、6月は、全国から観客が集まるロックフェスティバルや、2日間にわたって行われる自転車レースのツール・ド・宮古島。11月にはエコアイランド宮古島マラソンなど1年を通して観光客が集まるイベントを組んでいる。
りゅうぎん総合研究所は、2016年6月開催の宮古アイランドロックフェスティバルの経済効果は4億3800万円と試算。観客総動員数は7400人で県外からの観客は約3200人という。
また10月に行われる「カギマナフラ in 宮古島」はインターナショナルフラコンペティションで全国から2000人近い参加者や観光客が集まるという。2015年には、伊良部大橋全体を使って1509人がフラダンスをし、ギネスに認定された。このような試みが観光客を引き寄せている。つまり行政も参加したイベントが観光客を集める大きな役割を果たしているのだ。
イベントをさらにもり立てるのは、美しい風景が映えるインスタグラムやツイッターという情報発信ツール。夕日をバックに開催されるロックフェスタや、どの瞬間を切り取っても感動できるトライアスロンなど、多くのイベントを全国へとPRしてくれるのだ。
こういった取り組みも奏功し、近年は観光客だけではなく、内地からの移住者も増えている。
島民も移住者も口を揃えて言うのが、「家賃が急騰している」という言葉。これまで家賃3万円前後のワンルームマンションが、高いものだと5万円を超えるほどになっている。
地元の不動産に話を聞くと、「4、5年前からすると2倍近く家賃が上がっている。しかも高騰するだけではなく、物件自体がない。入居したいというご連絡は連日いただくのですが、紹介できる物件がないというのが実情です」と話す。
また、ゲストハウスで出会った移住希望の20代女性は、「マンション入居の契約はもう済んでるんですけど、そのマンションがまだ建設中なので、できるまで、ここにいるんですよ」と語る。
このような移住希望者は山ほどいるという。移住や長期出張などで島内に住もうと思っても住む場所がないのだ。
移住者が増える一方で、増えるのが荷物だ。日本全国から集まる船の荷物の運送を行う海運業に勤める40代男性は、「伊良部大橋ができてから、荷物が1.5倍に増えたんです。宮古島はもちろん、伊良部島への荷物が大変多くなりました」と汗を拭く。近年、アマゾンや楽天などのネット通販が多く、離島には欠かせないものとなっている。この流れは当分続くだろう。
アパートやホテル建設、空港や港など公共の大型工事が増える中、1つ興味深い話がある。島内の仮設トイレが、足りていないのだ。
4月のトライアスロン取材のルール説明のため、各メディアの取材者たちが集められた。そこで発せられた言葉は、「他の工事で島内の仮設トイレが足りないため、なるべく用を済ませてから、来てください」とのこと。
仮設トイレが足りなくなるという珍事。逆にいえば、想定を上回る工事量だともいえる。
建築資材を扱う40代男性は、「建築資材は高くなっているが、入ってくれば、まだいい。資材が入ってこない」と嘆く。資材や人材の不足が建設を遅らせ、アパート不足につながる。それがまた移住者を困らせるという、景気が良いからこその悪循環が起きている。
今の宮古島は、観光業が大きく成長する中で生じた問題に直面している。
経済的豊かさを重視するのか、また生まれ育った自然を守るのか。島民の間でも意見は分かれている。これからも、インバウンドを中心とした観光客増加、移住希望者増加の波は変えることができないだろう。その中で、大切なものを失わない努力をしなければならない。
いや、歩道で人とチャリで事故って死ぬ確率より、車道で車とチャリで事故って死ぬ確率のが高いだろ
100歩譲って車道走らせるの強制するなら、ヘルメット、テール灯、サイドミラー、ブレーキ灯やウインカーは無くてもいいけどハンドサイン
くらいは義務化してくれてもいいんじゃねーの?
チャリは車道走るな
クソ邪魔
歩道も走るな
クソ邪魔
みんな心の中で思ってるけど
声に出して主張したらいけない空気があるよな
車道走らせるならヘルメットの義務化ぐらいやっとけとは思う
車道走るなら免許制にしろや
車道走るなら税金払え
