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「12月16日事件」などと今回の選挙を言いたくなるくらい、今回の選挙はひどいものだったが、幾つかのブログなどを逍遥して、マドモワゼル愛さんの日記が一番現実的な見通しをしていながら向日的で明るく、エネルギーが湧いてくるような文章なので、元気づけに引用する。
ここに書かれた見通しは、かなり実現する可能性が高いと私も思う。いくら安倍でもいきなり戦争を始めたり、徴兵制を導入したりはしないだろう。そして、景気回復のために公共工事に膨大な金を注ぎ込むことは自民党の公約でもあるから、実際に景気も、ある程度は回復するだろう。
つまり、自民党の勝利は、ここしばらくの間に関しては良かったとも言えるわけだ。もっとも、私がそう思ったのはマドモワゼル愛さんのこの文章を読んでからだから、やはり文章というものは悪(要するに、自分の気に入らない人間や気に入らない事柄ねw)を糾弾したり、批判したりするだけではなく、社会に希望を与えるものであるべきなのだろう。
そのうちに、私なりの今回の選挙分析や選挙改革案、政治改革案を書いてみようかと思っている。
今回大敗した政党は、私を有給で選挙アドバイザーとして雇うように。(笑)
とりあえず、各政党は、「B層対策」を真剣に考えること。そして群集心理とマスコミの利用法をもっと厳しく考えること。B層とは、要するに国民の最大人口層なのであり、B層を無視したネット上の高踏的な議論は、政治的にはまったく無意味なのだ。そして、もしも選挙そのものが不正に操作されていれば、選挙そのものが意味がないことになる。選挙の不正集計などを完全に防ぐ方法を考えねば、民主主義も国民主権も永遠に消え失せることになるだろう。
念のために言うが、自民党政権奪回の「期待できる」点を書いたからといって、私は自民党への根本評価を変えたわけではない。史上最悪政党である現民主党(第二次民主党・簒奪民主党)よりは、マシな部分もかすかにある可能性も無いとも限らないと考えているだけである。
(以下引用)
■ 阿部総理の時代再び New! 2012年12月16日(SUN)
自民党が予想通りというか、私は予想していなかったけど、大勝である。単独過半数とか。まずは阿部さんおめでとう、、、ということだが、喜んでばかりもいられないと思う。
阿部さんは原発を推し進めることは確実。これで日本から原発はなくならないどころか、54基のほとんどが動き出すことになる。
福島の悲劇が終えてもないところから、再び原発再稼働だが、また、やるに決まっていると思う。
すでに津波の前に原発が壊れたことはわかっているわけで、あの程度でダメだったのだから、次も確実にあることにこれでなった。
消費税も当然実行。さらに維新と組み、さらにみんなの党とも最終的には組んで、憲法改正にひた走る。
憲法改正の狙いは9条の改定だから、徴兵制まで見込んだ変化に突然なっていくだろう。
まあ、国民がそれがいいというのだから、私としては何も言えないが、不思議な気持ちである。
中国ともどういう形の上でかはしらないが、必ず、戦闘状態といずれなることだろう。
そうなると、日中は対立した時代となるので、アジアの時代はしばらくは訪れないことになる。
なんだかアメリカにとって本当にありがたい展開となる。余った武器を日本に買ってもらい、どんどん消費してもらう、、、
日中が戦争状態ならアジアは疲弊し、新しい意味での植民地に再びすることができる。白人の時代がまだ続けられると、アメリカにとっては本当に嬉しい流れとなった。
これで円安も長期化することは確実だろう。となると、日本経済は意外に良くなるとは思う。また、これだけ危険をはらんだ阿部政権だから、国民をある程度安心させなくては次には進めないはずだ。
そのため、私は来年は結構よい年になると思う。経済的にもきっとそうなる。そうなれば、やっぱり自民でよかった、、、ととりあえずはなるわけで、その間に報道の制限や思想のチェックなどを徹底して行うだろう。
九条の廃棄や戦争路線はそれからでないと引けない。景気がよくなってからでないと国民が納得しないでしょうから。アメリカもそれを許すはず。
円安のレベルで言うと、結構な円安になるのではないか。あと二三か月で86円を超えるような円安になるようなら、チャート上長期円高の大天井を打ったことになり、今度は大底まで長期間の円安が続くことになる。
それはそうでしょう。日本の富は今後、無駄な原発につぎ込まれ、高いエネルギー代を支払い続け、消費税もアップし、さらに日中は争いの中。いくらでも爆弾や空母を買い続けなくては行けないのだから、当然円安である。
もしかして、250円を超えるような円安水準まで長期的にはいくのではないだろうか。具体的な数字は大体ははずれるものだが、一応用心しておいた方がよいだろう。
と言って、円安は日本にとってはやはり悪いことではないと思う。景気はとりあえずよくなるはずで、やっぱり自民でよかった、、、という流れをつくることでしょう。当然、株も高くなります。
ただ、地震大国の原発には絶対の無理があり、これはまたやります。国民の生活と命はかなり犠牲を強いられる。
犠牲となったところは、今回の福島同様、座敷牢に閉じ込めてしまい、報道を制限し、恣意的な報道のみ流すようにすれば、世の中にそうした悲劇は存在しなかったような印象を大多数の前で作れる。インチキなものです。
政府に反対するもの、抗議するものは戦前同様、いやそれよりも徹底的にビシビシメシ取るというやり方をもう一度やればいい、、、そんなところでしょう。
しかし、こうしたやり方はやはりどう見ても時代遅れなので、大きな流れに竿さすことになり、多くの問題や無駄を招き、また、反動も大きくなります。
今生きていて、たまたま、原発被害にも合わず、子供もいない、、、という人達にとっては、それでも良いかもしれないが、徴兵制が敷かれるような時代だと、あまり子供を生みたくもなくなる。
私は日本政府と日本というのはまったく違うものだと思っている。
政府にいる人は自分が日本を代表していると思っているかもしれないが、政府などなくても、日本はなくならないし、政府と関係ないところでも日本人は生きている。
この乖離がどこまで続けられるか、、、戦前に戻すのもいいが、時代への逆行の軋轢は戦前の非ではなく増大する。原発も同様。あと一回やればもうだませない。
もう一回、事故があったら、、、というか、必ずこの体制では起きると思うが、そうなったら、やはりいくら今回のマスコミ戦略がまだうまく行ったからと言って、もう押し込められるものとは違う。
政府が用意する箱に人を詰めても、もうそれが小さく、きつくなったから、色々な問題が起こってきたのだ。さらに今回の選挙結果により、政府は平和憲法を改正して昔に戻ろうとするだろう、、、、私にはそのこと自体が、隠されt天の采配に思える。
何が天の采配かというと、政府が用意する以前よりも小さな箱に日本人を詰め込もうとすることで、その無意味性が逆にはっきりしてしまう。
鉢巻をしめて、鬼畜中国、、なんて絵を、いまどき誰がするのか。もうそんなことは古すぎると、多くの人が感じ出す。はっきり言って、戦争なんかしたくないのだ。また、戦争がわざと行われることも、だんだんと気がついてきている。
こうして一度卒業した民の意識を、またもう一度元の形に戻すことはできないというところに、歴史の真実がある。
それでも日本人は我慢が効くので、まあ、かなりおかしいことをされても頑張るのでしょうが、ある限界を超えたら次は本気で怒り出すはず。
変化はそれからなんでしょうね。来年はとりあえず阿部総理のお手並みを一応拝見する年になることでしょう。
経済はとりあえずよくなるとは思います。一時のオアシスの年になるでしょうが、問題はその先。
ただ、これで地震もおそらくないでしょうし、大きな悲惨な出来事もしばらくはないと思うので、とりあえずは安心。
未来の党がもし勝つようなことがあったら、きっとそうはいかなかったのではないかしら。今夜あたりにでも、さっそく何が起きたことか。
本当に怖い世の中となりました。ただ、それは、実は進んでいるから起きることなんです。
自民党以外の党に入れて、がっかりされている方も多いと思いますが、こういう形での進み方もあるということ。まあ、ゆっくり見ていきましょう。阿部だって、いつ気持ちが変わってしまうかわからないし。
意外と阿部を応援している人があっと驚くようなことを阿部さんはいずれやりますよ。私が阿部総理に期待するところがあるとしたらそこですが。
ただ原発と戦争だけはやっぱりやめてほしいのと、福島の人を早く助けてほしい、、、、自民は大勝したので仏心が出ている人も中にはいるはず。その気持ちを、福島の子供たちに向けてください。
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「後は沈黙……」
これは傷つき、今にも死なんとするシラノ・ド・ベルジュラックが、自分がかつて書いた代筆のラブレターの内容を、愛するロクサーヌの腕の中で滔々と喋り続け、そして最後に言った言葉だ。希代の弁舌の士であったシラノにふさわしい言葉だ。
ネット世界の無数のシラノたちも、今は沈黙しているだろう。
死ぬのはシラノたちではない。日本という国である。
この選挙が不正選挙であったかどうか、そんなことはもうどうでもいい。もはや日本は取り返しのつかない一線を越え、破滅の坂を転げ落ち始めたのだ。
むしろ、この格差社会の中で苦しむ多くの若者にとって「希望は戦争」という気持ちなのかもしれない。
戦争というグレートリセットで今の日本社会を破壊することによってしか自分たちが「上にあがる」機会は無いからだ。
維新の会へ投票した若者がいるとしたら、それは今のこの社会の破壊を望んだのだろう。安倍自民党への投票も同じである。
だが、戦争で死ぬのは無数の庶民だけである。戦争によって社会の格差構造が変わることは無い。
中年以上の自民党への投票は、民主党政権で疲弊した経済が、自民党によって回復すると期待しての投票だろう。だが、日本を今の窮乏状態に追い込んだのは小泉自民党政権だったのである。中間層から高所得層への所得移転政策によって、日本の庶民には使える金が無くなり、デフレ不況に陥ったのだ。
安倍自民党政権によって日本はいっそうの新自由主義社会、格差社会になり、いっそうの庶民の貧困化が進む、と私は予測している。おそらくTPPにも参加することになるだろう。つまり、日本の国家主権は失われ、米国大企業による日本収奪が猛威をふるうことになる。そして、もちろん、戦争という最大の悲惨事も彼らは計画済みだ。
今度の選挙は、そういう「タイタニック号」への乗船だったと後で分かるはずだ。
だが、何を言っても、今は無益だろう。
まずは「この現実と戦う者」たちは、疲れた頭と心を休めて、冷静に目が見えるようになるまで回復することだ。
一つだけ。我々は自分たちだけのために生きているのではない。未来の人間のためにも生きているのである。その子供たちのために我々が残す世界はどんな世界なのか。
(引用は「東海アマツィッター」から拾った、ある母親の嘆きである)
魁星@ayakaisei
私の腕に抱かれて寝息を立てている2歳の息子。お腹に命が宿って、大きくなって、生まれてきておっぱいを飲んで成長してきた。この子がいつか戦地に行かされるのか。人を殺める訓練を受けるのか。増え続ける核のゴミを押し付けられるのか。何も知らない寝顔。本当に泣けてくる。子ども達に申し訳ない。
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「戦う老人」飯山一郎のHPから転載。(いちいちブログとホームページを区別して出典を書くのも意味はなさそうだが)
もちろん、ネット民ならたいていの人が見ているHPだから、今更転載する必要は無いのだが、私自身が何回か日本未来の党や小沢一郎の戦略ミスを指摘してきたことで未来の党や小沢一郎を否定しているかのようなニュアンスを感じさせてしまったかもしれないので、その「罪滅ぼし」のための転載だ。
そして、今回の選挙の結果がすでに決まってしまっているかのような事を私が書いたために、投票が無意味だと思った(そう読んだ)人がいたら、それは断じて違う、と言っておく。
私は「水になったワイン」の話が好きで、このブログでも前に書いた記憶があるが、百人の人間がめいめい1本ずつワインを持ち寄って樽に詰め、一樽のワインをある人への贈り物にすることになった時、「自分だけならバレないだろう」と自分はワインではなく水を樽に入れたとする。ところが全員がそう考えたなら、このワインの樽は水に化けてしまうのである。
選挙はこれと同じだ。「自分だけならいいだろう」「たかが1票で何が変わる」と全員が思ったら、見事に投票率ゼロになるわけだ。そして、たまたま気まぐれで投票所に足を運んだ人間の書いた1票で、その書いた候補者が当選するなんてことになる。
もちろん、これは寓話的に言っているのだが、原理はそうなのである。
選挙に行くことは、「未来への贈り物」でもあるのだ。
いや、べつに「未来の党」への贈り物をしろ、というのではない。未来の子供、我々の子孫にどのような日本を残すのかという、その贈り物だ、と言っているのだ。
貴重な休日を半日使うことは、確かにもったいない気もするだろう。だが、それを「散歩」として楽しめばいい。恋人と、あるいは夫婦で、半日の散歩を楽しみ、ついでに周りの景色を眺め、空を眺めて気持ちよく帰ってくればいい。人間観察をするのもいい。買い物などして帰るのもいい。何もお仕着せのレジャーだけが休日の過ごし方ではないだろう。
私の地域など、徒歩5分のところに投票所があるので、買い物程度の距離だ。投票に行くのも大変だ、という人々には申し訳ないくらいである。わずか10分を「自分の時間」から提供することで、「未来の子供たちへの贈り物」ができるのである。
その贈り物がただの水になるか、「毒液」になるか、それとも芳醇美味なワインになるか、それはあなたたち、いや、我々の、今日の一日をどう過ごすかにかかっている。
(以下引用)
そんなことより、オザーさんのことだ。
オザーさんは、昨夜、有楽町でも演説し…、
憲法九条まで放棄しようとする右翼化を心配し、TPPは日本を
アメリカナイズすることで、農業ばかり取り上げてわざと焦点を
ぼかしていると批判していたそーだ。
これは昨日の◎◎さんからのメール情報で、上の写真は友人
が、わざわざ有楽町まで追いかけて撮ったツーショットだ。
しっかしオザーさんは、今回の選挙、やっと終盤になって出て
きた。嘉田知事を新しい看板としてオモテに出すために何事か
約束があったんだろーが、少し遅すぎた感じだにゃー。
今回の総選挙、マスコミは徹底して“小沢一郎隠し”をやった。
これは選挙前から徹底していた。小沢、無罪判決も徹底して
無視した。国民の生活が第一の活動も全く報道されなかった。
このマスコミの偏向対策に小沢一郎は嘉田さんを看板娘?に
仕立て上げたんだろう。
日本のマスコミ・報道機関は、北朝鮮より悪いナチス以下だ。
今回の総選挙は(ナチス以下の)マスコミの偏向報道に誘導
された選挙だったんだ!と、絶対に忘れないで覚えておこう!
[追記]
今読んだばかりの「スロウ忍ブログ」の内容が、まさしく我が意を得たり、という内容なので、追加しておく。ほぼ全選挙区に候補者を立てている共産党の存在のメリットが初めて全国民的に意識される選挙に、今回の選挙はなりそうだ。
何度も言うが、日本において共産党によって害を受けた人間はいない。ひたすら富裕層のプロパガンダによって外国の共産党の恐ろしさが言い広められ、その尻馬に乗る論客がマスコミ的に重用されてきただけである。民主主義政治における「こうるさい良心」のような共産党が役に立つ季節が来たようだ。もっとも、それ以外の良心的政党がちゃんと立っている選挙区なら、べつにこの「苦そうな薬」を飲む必要はない。まあ、貧乏人なら共産党に投票するのが当然だろう。(笑)
「共産党は貧乏人(つまり一般庶民のほとんどね)の味方です」
共産党は、そのようにスローガンを書くべきだったのである。「提言し、実行する」なら自民党でもやるよ。ただし、その内容は、憲法破壊、民主主義破壊、戦争の実行だけどね。
(以下「スロウ忍ブログ」より引用)
2012年12月15日土曜日衆院選投開票は明日(2012年12月16日)。国民主権政権樹立のカギを握る「日本共産党」。
http://surouninja.blogspot.jp/2012/12/20121216_15.html
愈々(いよいよ)明日(2012年12月16日)は、衆院選(と都知事選)の投開票である。
というわけで、各政党(団体)からの候補者数を改めて眺めてみた。
<国民主権政党>
日本未来の党 121
社民党 33
新党大地 7
新党日本 1
今はひとり 1
共産党 322
<カルト保守政党>
民主党 267
自民党 337
公明党 54
維新の会 172
新党改革 2
幸福実現党 62
※無所属は省略。
こうやって見ると、今回の選挙で仮に「日本未来の党」が全員当選を果たしても、議席数は121議席に過ぎず、国会過半数の241議席には全く届かない。
「日本未来の党」に加えて、「社民党」や「新党大地」、「新党日本(田中康夫)」、「今はひとり(山本太郎)」が全員当選を果たしたとしても、其れ等の合計は163議席であり、過半数には未だ届かない。
となると、国民の命を守る政権を誕生させるには矢張り、「共産党」が議席を伸ばす他に無く、其の必要な議席数は最低でも78議席となる。
俺が以前から述べている通り、我々国民が採るべき行動は、上の“国民主権政党”を支援することだが、もし自分の選挙区に目ぼしい候補者が居ない場合でも「共産党」なら候補が居るだろうから、其の候補者を支持するしか道は無いということである。「共産党」は今回、候補者数を粗(ほぼ)倍増(前回は171名)させており、殆どの選挙区に候補者が立っている筈である。
自分や家族、子供達の未来を守りたいなら、明日(2012年12月16日)の総選挙(と都知事選)には必ず参加し、“国民主権政党”を支持すべし。
「一票くらい大したこと無いや」なんて思って棄権するのだけは、絶対に止めるべきだ。其れをやってしまうと、創価や統一教会、幸福の科学等のカルト信者の票の重みが増すことになり、カルト保守勢力を勝たせてしまうことになるからだ。
何度も言うとおり、俺は「日本未来の党」を支持する。 -
「ココログ里子のブログ」から転載。
マスコミによる「自民圧勝」報道は、不正選挙を行うための布石ではないか、という推測は私もしていたが、実は不正選挙などしなくても自民は圧勝するだろう、と「酔生夢人のブログ」の方に書いた。
簡単な話、「未来の党」の候補者数がわずか120人程度(あちらの記事では100人程度と書いたが、あまりに大雑把な数字なので、少し訂正する)では、その3分の2が勝っても80人にしかならない。半数の勝利なら60人だ。つまり、「生活が一番」の現職議員数と大差はない。未来の党の結成、つまり嘉田や飯田との合同は、この選挙ではほとんど生かせないことになる。むしろ嘉田を前面に出すために小沢や「生活が一番」の議員たちが表に出られなくなり、選挙運動が不自由、不活発になったのではないか、と「酔生夢人」の方では書いた。
もちろん、供託金300万円(だったと記憶している)の負担はあまりに大きい。その上に選挙ポスターその他の費用を入れれば、立候補者1人当たり1000万円は軽くかかるだろう。つまり、100人を擁立するだけで10億円はかかることになる。これでは100人そこそこしか擁立できなかったのは当たり前ではある。つまり、今回の選挙は供託金制度という「貧乏人閉め出し制度」によって敗北したという面もある。供託金がゼロならば、選挙ポスターは、名前だけが入った白黒コピーでも戦うことは不可能ではないから、供託金制度はできるだけ早く廃止する運動をするべきだろう。
そして、何よりも大事なのは、過去3回の記事に書いたように、ネットの良識を表の世界につなげる「新マスコミ機関」を作ることである。
もっとも、今回の選挙で自民党が圧勝したら、もはや何をしても手遅れ、という可能性はある。つまり、野田の「自爆解散」は、米政府における「9.11自作自演テロ」並みの政治的パーフェクトゲームであったことになる。
(以下引用)
マスコミは自民党の圧勝を予測していますが、これは実際の有権者の動向とは関係なく、与えられたシナリオをたれ流ししているだけと思われます。幾ら国民が民主党に愛想を尽かしたからといって、一挙に自民党に流れるとは考えられません。
これを裏付けるような事件が発生しています。「YOMIURI ONLINE」は、本日付でこう報じています。(http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20121214-OYT1T00139.htm?from=ylist)
時事通信に不正アクセス、衆院選用リハ内容流出
時事通信社(本社・東京都中央区)が衆院選に向けて試験的に作成した開票結果が、インターネット掲示板で一時、閲覧できる状態になっていたことが13日、わかった。
同社によると、社内システムが不正アクセスされ、11日に衆院選のリハーサル用として作成したテストページのアドレスが12日夜、2ちゃんねる上に投稿された。実在の候補者名と仮の得票数が記載されていたという。外部からの指摘で流出に気づき、13日昼にページを削除した。 (下線は引用者による)
時事通信が「試験的に作成した開票結果」が流出してしまったということですが、本番で使う予定のインチキ開票結果が既に作られてたということでしょう。単 なるリハーサル用なら、流失してもそんなに慌てる必要はありません。慌てて削除したことで、不正工作(全くのでっち上げ)が行われていることがバレてし まったのです。
恐らく今頃作り直していると思われますが(誰かがデータを持っている可能性があるので)、大掛かりな不正工作が行われているのであれば、急遽監視体制を整える必要があります。開票結果を後で第三者が確認することができれば一番よいのですが…。
1票の格差是正どころか、投票結果が全く無視されている可能性があるのです。新自由主義を貫くには民主主義は邪魔な存在で、その行き着く先はファシズムであり、現在の我国はその方向へまっしぐらに進んでいます。 -
「阿修羅」から転載。
ここ数回書いているように、現代の日本の政治を変えるためには表マスコミ(新聞・テレビ)と裏マスコミ(ネット)をいかにしてつなぐかというのが最大のポイントだと私は考えている。
もはや衆議院選も土壇場であり、今更論評しても意味はない。だが、選挙はこれからもあるのだから、真に有効な、一般人や政党の政治活動について、「問題点が生々しく見えている」今だからこそ考えておくべきだと思うわけである。もっとも、この衆議院選で自民や維新が勝ったら、それで日本は完全にお終いだよ、という気持ちもあるのだが。
さて、
「嘘だらけだが影響力は強大な表マスコミ」と
「真実が書かれ、良識的な人間が多いが、影響力が小さい裏マスコミ」
という二つは、このまま交わらないままでずっと進んでいっていいのだろうか。
特に、ネット言論はいつまでも良識派のマスターベーション言論の場でいいのだろうか。
そのことを、できるだけ多くの人に考えてほしいのである。
この二つは敵である、と最初から決めつけている人間が非常に多いし、過去には私もそういう口調で書いてきた。
だが、これは大戦略として間違っていた、と今の私は考えている。
実は、今の表マスコミは取材源をネットにほとんど頼っているという。ならば、そのネットの中の良識的意見を表マスコミに反映させるには、経営者の意思一つで十分だ、ということである。つまり、「ネットを主情報源とすることを明示した新聞・テレビ」が出てきても不思議はない、ということだ。
もちろん、今のように膨大な原発マネーでマスコミが支配され、電通がその指揮を取っている状況を変えることは非常に困難であろう。だが、変えることは不可能ではない。政治的には、不可能なことなど存在しない。
私が考えるのは、心ある大富豪がそういう「新マスコミ機関」を立ち上げ、庶民のために戦っていくことである。つまり『市民ケーン』の逆ヴァージョン(完全に逆でもなく、主人公は新聞立ち上げの時は市民側に立った新しい新聞を作ろうとし、やがてはイエローペーパーに堕してしまうのだが)である。あるいは、『バットマン』のジャーナリズム版か。匿名大富豪が正義の側に立って活躍するわけだ。
金はあるし、正義の心もある、というそういう人間が、「新マスコミ機関」を作ってくれないだろうか。鳩山さんあたり、次はそういう方向の活動に出資してくれませんかね。(笑)
まっとうなネット論客のコラムをずらりと並べた紙の新聞なら、私は定期購読してもいいのだが。ネット住民にとっては、もちろん、ネットで十分ではあるが、目的は「B層と高踏的論客を結ぶ新聞」なのである。
もちろん、テレビならなおいい。白痴的娯楽番組排除の「政治情報テレビ局」を作るのである。そんなものを見るB層はいないよ、と言われそうだが、なあに、作り方次第で政治は十分に娯楽になるのである。
(以下引用)
「本当のこと」を伝えない日本の新聞、マスコミの真相 (戦後史の激動)
http://www.asyura2.com/12/hihyo13/msg/542.html
投稿者 赤かぶ 日時 2012 年 12 月 10 日 06:28:00: igsppGRN/E9PQ
http://sengoshi.blog.so-net.ne.jp/2012-12-10
2012-12-10 02:36 戦後史の激動
「本当のこと」を伝えない日本の新聞(双葉社)という書籍を読みました。12年間日本で取材を続けている、マーティン・ファクラーというニューヨーク・タイムズ東京支局長が著者です。
『「本当のこと」を伝えない日本の新聞』には、記者クラブ制度による弊害、署名記事の少なさ、海外メディアへの閉鎖性など、日本のマスメディアおよび、記者クラブ制度への批判が書かれています。
日本の新聞記者やリベラルとされる評論家の書籍のような「中立」な書き方ではなく、きちんと自分の意見が述べられているので、書かれていることの中には異論・反論もあるかもしれませんが、曖昧な書き方で結局何を主張したいのかわからないものよりも、議論のきっかけとなる書き方をしている点では、問題解決に前向きであると評価することができると思います。
この書籍が指摘するまでもなく、近年は記者クラブという、省庁による任意組織の問題が取り沙汰され議論されています。
記者クラブ制度があるために、加盟する社やジャーナリストと、そうでない側との間に差別や反目が生じることになり、また加盟する社やジャーナリストは、省庁に嫌われないような無難な記事作りや横並び意識が生じやすくなります。
それがマスコミの退廃につながっていると指摘する声が少なくないのです。
記者クラブ制度について、擁護も含めていろいろ意見はあるようですが、言論は自由であるべきだ、という原則に立てば、取材互助組織や翼賛クラブとしての役割を否定できない記者クラブ制度の弊害についてはきちんと見ておかねばならないでしょう。
私が、『「本当のこと」を伝えない日本の新聞』から引用して具体的にご紹介したいのは以下の2点です。
ひとつは、政権交代後、金融大臣に就任した亀井静香氏(現日本未来の党)が、記者クラブ制度にとらわれないマスコミ対応を実践した事実があるにもかかわらず、民主党政権がつぶしたことです。それが直接の原因ではないにしても、亀井静香氏は結局民主党などの連立政権を放逐されてしまいました。
民主党が政権交代に成功した直後、国民新党の亀井静香氏が金融庁の大臣に就任した(2009年9月16日)。亀井大臣は金融庁の記者会見を、記者クラブメディアに限らずオープンにしようと考えた。これに記者クラブが猛反発した。フリーランスの記者や外国人記者は排除し、従来のように記者クラブメディアだけで会見を開くべきだと主張したのだ。
おもしろいことに、亀井大臣は記者クラブの提案を突っぱねた。そして、記者クラブ加盟社対象の記者会見、フリーランスや海外メディア記者などを対象とした記者会見の2パターンの会見を開くことにした(2009年10月6日から2010年6月8日まで開催)。(中略)
《ーニューヨーク・タイムズのマーティン・ファクラーと申します。記者会見についてお聞きしたいのですけれども、毎回、2回記者会見をやらなければならないという異常な状態で、大臣にとっても、多分、面倒くさいと思うのですけれども……(笑)。
亀井 いや、そうではないですよ。私はいいですよ。
ー大変お時間もかかるし、貴重な時間ですし、この異常な状態をどのぐらい続けるつもりであるのか、ということと、あとこういうふうに2つの記者会見をしないと駄目だという異常な状態についてのご見解を……。
亀井 これは、原因はマスコミの閉鎖性。ここ(金融庁)の記者クラブが共同で(会見することを)認めれば良いのですよ。ただ、記者クラブが主催になっているから、私が「一緒にする」と「嫌だ」と言うものは、やりようがない。だから、「それならあなた方との時間を半分にしてここで後でやるよ」 ということでやっているわけであって、彼らがいつまでも閉鎖的で分からず屋であればこういう状況を続けていきますよ。何もあの記者クラブに入っている人たちだけがジャーナリストではない。彼らは思い上がったらいけません。》
民主党は、自らの与党3年半の責任について、それまでの自由民主党政権の負の遺産に責任を転嫁することがあります。
が、少なくとも記者クラブの問題は、自分たちが変えようと思えば変えられたはずで、それをつぶした民主党政権の責任であったのです。
もうひとつ、日本のマスコミ批判をしている著者ですが、その一方で、マスコミに対して幻滅している人たちが、ブログや掲示板、ツイッターやフェイスブックなど、ネットから情報を得て考えようとしていることに対しては一言忠告をしています。
簡単にいうと、ネットというのは一見多様なようでいて、実は賛成と反対の中間の意見をきちんととらえることができないというのです。ディベートゲームに入りがちなネットの弱点を指摘したものだと思います。
自分が興味・関心のある分野のオピニオンリーダーをツイッターでフォローしていれば、その人物や周辺から流れてくる情報は得ることができる。ツイッターではまったく反対の意見は意外と目にしやすいが、ではその中間にあたる主張や考えはどうだろう。特定のオピニオンリーダーのタイムラインを見ていても、賛成と反対の間の意見がカバーされず、すっぽりと抜け落ちているようなケースは多い。(中略)
では、ニューヨーク・タイムズのような新聞はどうか。ニューヨーク・タイムズには、共和党支持者と民主党支持者の中間地点にあたる意見も載っている。さまざまな意見を目にすることで、偏りがちな自分の考えが重層的なものになるはずだ。ツイッターやフェイスブックが伝える情報は役に立つことは間違いない。そこに新聞など既存メディアの報道を組み合わせれば、新たなメディアが生まれると感じている。
ネットでは、しばしば「マスゴミ」などと、文字通りマスコミを唾棄する物言いがあります。
私自身も、大手マスコミに手痛い目にあわされた経験もあります。
が、だからといって、世の中の出来事について、何でもかんでも自分で裏を取って真実に肉薄することなどとうてい不可能です。マスコミの報道や論評で、理解を助けてもらって巷間の出来事を知るわけです。
ですから、マスコミを罵倒して絶交するわけにはいきませんし、そもそもそれは建設的でもありません。要は付き合い方の問題だと思っています。
ジャーナリズムは公平公正であるべきですが、ジャーナリストなんて、しょせん人間なのです。
人間は間違いうるものですし、商業的、感情的な立場から公平公正を外れる報道をすることもあります。(もちろん善し悪しはともかくとして)
そこを責めても問題解決には資さないように思います。ただ、マスコミの間違いの原因はどこにあるのか。その仕組みについて変えられるものがあるのなら、メディアだけに責任を押し付けずに、マスコミと社会の仕組みを変えるという気持ちを、社会全体で共有することだと思います。
そのためにも、マスコミって何か悪いのかを私たちは冷徹に知る必要があるし、ひとつの意見として、この『「本当のこと」を伝えない日本の新聞』は大変参考になる書籍だと思います。 -
「阿修羅」から日刊ゲンダイ記事の面白い部分だけを引用する。あれこれ書いているが、その中には、石原の維新の会入りが「真の第三極」潰しであったとか、小沢と維新、みんなの党は連合すべきであったなどと、私から見れば論外な部分(つまり維新の会を本物の第三極扱いしている)もあるので、そういう部分はカットする。
前回書いたように、ネットの世界では未来の党が圧倒的な支持を得ていても、それが国民全体の中ではわずかな割合でしかない、というのが現在、最大の問題なのである。
つまり、B層を味方につけない限り、政治は動かせない、ということだ。
電通の考え方は、口惜しいが、真実を突いているのである。実際、それによって小泉劇場政治は成功し、日本の今の暗黒状態が到来したのだが、ネット知識人たちはこの問題について真剣に考えてこなかった。その報いが、今度の選挙で表れることになりそうだ。
一つ言っておけば、原発問題は、争点ではあっても選挙の結果にはほとんど影響を与えないだろう。ほとんどの政党が「将来の」脱原発を公約で謳っているからだ。
その中で、自民と維新は「原子力は必要だ」という姿勢が目立つが、これも「当座はだ」と、いつでも言い逃れができるのだから、選挙の争点としては成立しないのである。
原発問題が選挙の結果に影響を与えるとしたら、福島原発が再度爆発するか、あるいは福島原発の状況が実は、現在の報道よりはるかに恐るべきものであったことがリークされるか、あるいは他の原発で大事故が起こった場合だけだろう。これはイスラエルの「日本原発管理部門」にでも依頼するしかないか。(笑)
「国民の生活」が「未来の党」と合流したことで、「国民の生活」の有能かつ知名度の高い政治家たちの存在が埋没した感もある。嘉田自身が、「小沢が表に出ない」ことを合流の条件にしたと言われているから、小沢が表に出ない以上、元「国民の生活」の議員たちも目立った行動はできない。これは予測できなかった合流のマイナスである。
そして、今回の選挙の真の争点となるべきであったTPPは、まったく争点になっていない。
表マスコミにおいて、政治家がTPPの真の恐ろしさを国民に訴えていたら、今度の選挙での大争点になり、それによって民主も自民も維新もみんなの党も吹っ飛んでいたはずなのである。
あらゆる意味で、改革派の選挙戦術の誤りばかりが目につく今回の選挙である。
(以下引用)
○この選挙は日本の終末の序曲になりそう
あとから振り返って「あの時が分かれ目だった」と、数年後に歴史の転換点に気づくことは多い。ほとんどの有権者は、まだ気づいていないが、12月16日の総選挙は、歴史の転換点になるとみていい。この選挙は、日本が終末に向かう序曲になるだろう。法大教授の五十嵐仁氏(政治学)が言う。
「民主党に失望した有権者は『ほかに入れる党もないし』という軽い気持ちで自民党に一票を投じるつもりかもしれない。しかし、軽い気持ちで投票したら、今回ばかりは、有権者の意図を超える重大な結果をもたらすと覚悟すべきです。『3年前の自民党政権時代に戻るだけさ』と思ったら大間違いです。3年前とは自民党の体質も、政治状況も一変しているからです。さすがに3年前は、自民党も〈国防軍〉や〈改憲〉を前面に出すことはなかった。安易に自民党に票を入れたら、こんなはずではなかった、という結果になりますよ」
国民生活も悲惨なことになる。まず、消費税が10%にアップされるのは確実だ。原子力村とベッタリ癒着してきた自民党政権では、国民が切望する「脱原発」も絶望的。オスプレイに怯える沖縄県民も見殺しにされるだけだ。
「最大の懸念は、中国とコトを構えそうなことです。安倍総裁は『尖閣諸島に構造物を造る』と中国を挑発している。しかし、中国との関係が決定的になったら、輸出もストップし、日本経済は大打撃を受けますよ。消費増税とダブルパンチで、国民生活はもたない。最悪なのは、安倍総裁は勇ましいことを唱えるだけで、国民生活にほとんど関心がないことです。このままでは、いつか来た道です。〈国が第一、私は第二〉と、国民生活はないがしろにされるでしょう」(五十嵐仁氏=前出)
○真相に迫らず「民自対決」を強調するマスコミの旧態依然
ほんの3年前、国民が鉄槌を下した自民党が、なんの反省もせず政権に復帰する。しかも、3年前より悪くなっている。
こんなヒドイ選挙結果になりそうなのも、大新聞テレビが本当のことを伝えないからだ。まるで「民主VS.自民」の戦いのように報じているが、これでは自民党が圧勝するのは当たり前だ。
大手メディアは、〈政権政党VS.野党第1党〉という構図で捉えているのだろうが、あまりに旧態依然だし、有権者の判断を誤らせるだけである。政治評論家の本澤二郎氏が言う。
「いまや民主党と自民党の政策は、ほとんど変わらない。消費税賛成、原発再稼働、TPP賛成、オスプレイ強行配備……と、違いがない。この2党では対立軸がないから、国民は選びようがない。本来、選挙で問われるべきは〈自公民か、それとも第三極か〉のはずです。この対立なら〈消費税、原発、TPP〉すべてが正反対だから、有権者も選択しやすい。なぜ、大手メディアは、本当の対立軸を隠すのか、まったく分からない。これでは自民党を応援しているのも同然です」
そもそも、民主党と自民党は対立しているどころか、選挙後に連立を組む可能性が高い。大手メディアが〈民主VS.自民〉を強調するのは、デタラメすぎる。
「民、自、公の既成政党に対抗する政党がないのなら、大マスコミが〈民主VS.自民〉の構図を強調するのも分かります。でも、未来の党も誕生し、みんなの党もある。大新聞テレビの報道は、意図的すぎます」(本澤二郎氏=前出)
多くの有権者は、どうにもならない政治を一票で変えたいと思っているはずだ。なのに、選挙結果は、自民圧勝になりそうなのだから、不毛というしかない。
○すべては自民悪政復活のための陰謀
こう見てくると、すべてが自民党政権を復活させるための陰謀のように思えてくる。
既得権益にドップリ漬かった大マスコミは、自民に政権を戻したい。利権屋集団と化した大マスコミにとって、政官財の癒着政治が復活した方が都合がいいからだ。野田もそれに乗っかり、演説では自民党批判をしてみせる一方で、「3党合意は順守」みたいなことを平気で言うのである。茶番もいいところだ。
「そもそも、野田首相は自民党に政権を明け渡すために解散したようなものです。民主党の支持率は最低、そのうえ第三極の準備が整っていないタイミングを狙って解散を打ち、自民党の復権に手を貸した。自民党が大勝したら、その最大の立役者は野田首相ですよ。野田首相はまったく勝つ気がない。戦っているフリをしているだけです」(政治ジャーナリスト・角谷浩一氏)
小沢の「オリーブの木」構想が実り、選挙までに第三極がひとつにまとまっていれば、〈既成政党VS.第三極〉の対決構図になっていたはずだ。争点もハッキリした。そうならないように、野田は姑息な解散を仕掛けたのである。
(追記)
やや論調がペシミスティックになっているので、それを中和するために「村野瀬玲奈の秘書課広報室」に載っていた歌の歌詞(後半)を引用しておこう。
どのような狂気に満ちた世界でも、やはりこの世界は美しい。この美しい世界を見捨てるわけにはいかないのである。
ここがお前の世界、さあ、ここで生きるんだ。
(以下引用2)
この世は残酷で狂気だらけだけど、それでも美しいから
朝起きるたびに青空が頭上に広がっていることをおまえに願う
この世は残酷で狂気だらけだけど、それでも美しい
ある日、おまえが目覚めた時
さようなら、と私が別れを告げる時かもしれない
これはおまえの世界、さあ、ここで生きるんだ
私がおまえの小さな体を抱きしめると
私は弱い存在だが強くもあると感じる
おまえに飛び立つ翼を与えて
おまえの船を導く星を見せてやる年月がこんなに短いなんて
この世は残酷で狂気だらけだけど、それでも美しいから
朝起きるたびに青空が頭上に広がっていることをおまえに願う
この世は残酷で狂気だらけだけど、それでも美しい
ある日、おまえが目覚めた時
さようなら、と私が別れを告げる時かもしれない
これはおまえの世界、さあ、ここで生きるんだ
これはおまえの世界、さあ、ここで生きるんだ -
「ジャーナリスト同盟通信」から転載。
本澤二郎は日本のジャーナリストには稀な「正直なジャーナリスト」である。だが、ジャーナリズムの内部にいると、仲間うちの情報そのものにバイアスがかかって、事実そのものが見えなくなるらしく、経済界による政治支配、米国による日本支配という根本の現実を彼がはっきり認識したのはわりと最近のこと、せいぜい数年前のようだ。そう本人が書いてあった記憶がある。つまり、一般のジャーナリストは、そのような考え方を「陰謀論」とひとからげにして軽蔑していたわけだ。現場ジャーナリストが自ら意識して「陰謀」そのものに加担していたのではなく、自分たちが陰謀的世界支配の道具であることに気づいてもいなかった、というのが事実だろう。それは現在でも続いているかと思われる。
要するに、マスコミの下部こそが「愚民」そのものであるわけで、岩上安身などのフリージャーナリストだけがそういうマスコミの愚民体質から免れている、というのが実際ではないだろうか。だからと言って、「マスコミの犯罪」が許されるわけではないが。
ついでに言えば、ネットもマスコミだが、一般的にはマスコミと言うと新聞・テレビなどの「大手マスコミ」「表マスコミ」を指すので、用語的に実に不便である。だからネットでは「マスゴミ」という呼称が使われるのである。しかし、こういうレッテル的軽蔑語ではなく、正確な「議論のための用語」が欲しいところだ。私自身が時々使う「表マスコミ」くらいが適切なのではないか。「表」は必ず「裏」があり、表が建前で裏は本音だ。これによって、主流マスコミよりも「裏マスコミ」の方が真実に近いのではないか、という印象も生まれ、そしてそれは事実であるわけだ。
「マスゴミ」という差別語は、感情的発言である印象を与え、それは議論においては、聞く者に、発言者に対する不信感を与える可能性もある、ということを考えてほしいものである。単なる仲間うちでの欝憤晴らしならそういう用語もいいが、一般大衆に対する語りかけの際には「マスゴミ」はあまり良くないと私は思うのである。
言葉の印象や効果というものに対して、政治的発言をする人間は特に注意すべきであり、改革を志向する人間のそういう言葉への鈍感さが日本の革新運動を挫折させ、停滞させ、現在の日本の惨状を招いた、というのが私の基本認識の一つである。
下記記事についての解説は不要だろう。ネットでは誰でも言っていることである。だが、こうした声が政治の現実を変えるためには、一般大衆にそれが届かねばならない。ネットで政治的サイトや政治的ブログを読む人間が、日本の中でどれだけいるか。(苦笑)
ネット(裏マスコミ)の声を表マスコミにつなげるための方法が、今、もっとも求められている、と私は思う。
マスコミの下部、現場の中には本澤二郎氏のような人もいることを考えれば、それは不可能ではない、と、まあ楽観主義と言われるかもしれないが、そう言っておく。東京新聞、大阪日日新聞などのように、発行者自体、ある程度信頼できる新聞もあるようだし。しかも、それらの新聞は大手マスコミの欺瞞に反旗を翻すことで発行部数を伸ばしていると聞いている。つまり、国民の側に立つことは、新聞経営的にも大きなメリットがあるのである。
(以下引用)
2012年12月08日
本澤二郎の「日本の風景」(1217)
<愚民か狂人の日本列島>
史上空前の原発大惨事で、日本列島には放射能が降り注いでいる。空気・水・大地・海の汚染から、日本人は内部被曝にも襲われている。これでは健全な判断など不可能かもしれない。総理大臣が率先して嘘をつく。庶民に大増税を強いる悪政に、財政を破綻させた野党の自民党も賛同した。年金も医療・福祉も破綻させた犯人ではないか。54基もの原発を建設したのは自民党である。そんな自民党が、12月16日の総選挙で圧勝するという。日本人は愚民なのか、それとも狂人なのか。
<読売は自民圧勝宣言>
政府お抱えのような広報新聞、ナベツネの読売新聞が、早々に自民党の大勝利を大々的に報じた。世論操作に違いないが、それにしても本当だろうか。事実とすれば、日本人は愚民に違いない。戦前の官尊民卑のままの、自立しない人間なのであろう。
思考する能力が無いのは、戦前からそうだった。教育の悪しき成果だ。戦後も変わっていない。暗記人間は思考や想像力に弱い。くだらない新聞テレビ報道に容易に騙される。「オレオレ詐欺」が流行するのも、自立しない人間と無関係ではないだろう。
世界史上最悪の3・11と原発大惨事の教訓を学ぶ総選挙のはずである。これを覆い隠すことが、政府・原子力ムラの策略であった。その先兵が読売などのマスコミだった。それはおおむね成功したかに見える。
首相官邸包囲デモは、3・11との関係で断行された戦後史を飾る画期的市民デモであったが、全マスコミはこれを報道しないことに徹した。こんな場合、世界のメディアが激しく報道するものだが、それもなかった。
体制維持派は、全マスコミを含めて自民党の復活にかけて報じたのだが、読売報道が事実に近いとすれば、日本人はもはや人間ではないだろう。愚民か放射能を浴びて狂人になってしまったのだろうか。そうでない限り、自民党の圧勝は考えられない。今日の事態に追い込んだ犯人は、もとはといえば自民党・自公政権だからである。
<2日間で10万人調査?>
世論調査には誤差が生じるものである。携帯電話が主流の現代では、電話取材に応じられる家庭は多くない。調査の時間帯に家庭にいるお年寄りは、茶の間に流れてくるテレビ報道で政治判断をしがちだ。結果的に体制維持に傾斜する。嘘つき民主党の代わりは自民党という、単純な詐術的報道に身を任せることになるだろう。
これこそが愚民を象徴している。健全なジャーナリズムが存在しないと、市民の多くは愚民化してしまう。
それにしても、読売は2日かけて10万人から有権者の声を集めたと言う。本当だろうか。調査員の動員力を知りたい。通常は1000人か2000人に調査員が電話をかける。10万人調査というと、よほどの調査員を動員しないと不可能だ。そんな金があるのか。10万人から声を聞いたということは、20万人ほどに電話をしたことになる。
こんな大それた世論調査など出来ようはずがない。怪しいデータである。各支局員を動員してナベツネ的な問いかけをした、かなりいい加減なものではないだろうか。
<安倍は憲法改悪>
安倍路線は、集団的自衛権を行使すると放言している。現在までの政府方針は、集団的自衛権は憲法に違反するとの認識で、まともといっていい。米軍の戦争に自衛隊が自動的に参戦するということは、戦争放棄した日本国憲法9条が禁じている。極右人間の安倍は、米軍の戦争に自衛隊を動員するというのだから、まともな精神の持ち主ではない。
狂っている。安倍は狂人ではないのか。米軍は日常的に戦場を駆け巡る宿命を帯びている。戦争経済を基本政策にしているからである。そこに自衛隊を追い込むとなると、多くの自衛隊員は除隊するしかないだろう。米軍の戦争に参加するという自衛隊員は、ほとんどいないからだ。彼らは9条に守られて今日があるのである。
安倍はこれでも満足しない。9条を叩き潰そうとしている。そのための憲法改悪を強行する、そのために自民党総裁になったと豪語している。
<戦争国家に改造>
安倍は健康を害している。1度失敗して首相の座を投げ出した。まだ持病は治っていない。いつでも再発する。彼は日本の代表になってはならない人物であろう。
しかし、9条を改悪して自衛隊を国防軍にして、戦争国家に改造するというのである。戦争法規を法制化して、再び隣国と対立する身構えなのである。こんな大それた発言をした人物は、過去にいない。いわんや、それを公約に掲げて総選挙に臨んでいる。
そんな安倍に日本人は大勝利させる、と読売は報じている。マンガの世界を現実化させる、というのだ。安倍の狂気に、日本人も狂気で応じるというのであろうか。
友人に石原の都政を嫌って都落ちしたものがいるが、安倍政権が誕生でもしたら、日本脱出を考えるしかないだろう。恐ろしい自民党と恐ろしい日本人である。創価学会の池田主義とは正反対の安倍・自民党路線に、平和主義を標榜してきた公明党創価学会が支援する。これも大狂気である。
<円刷りで景気回復の狂気>
安倍の狂気は、経済政策にも及ぶ。円を刷りまくって景気を回復させるという狂人ぶりである。
物価の番人で、独立性を保持している日本銀行に、必死で輪転機を回させるというのだ。そうすれば、円高が円安になる、という屁理屈を公然と口にしている。これほど大馬鹿な政治屋も珍しい。
既に日本銀行は、犯罪的金融政策を実施してきた。金融緩和政策である。円はだぶついている。しかし、この世界的大不況で金を借りる企業などいない。財閥は260兆円もの資金を保有している。
一体、このだぶついた日銀券は、どう処理されているのだろうか。
「日本銀行は、金融機関・財閥銀行にタダ同然にして貸している。そのタダ金で国債を大量に購入、国債の金利差で暴利をむさぼっている。あとはリーマン・ショックの時に表面化して問題になった金融派生商品・デリィバテブで儲けている。いうなれば国民が銀行員を養っている。彼らは税金を納めていない。75%をそうして運用、企業投資向けは25%にすぎない。銀行本来の業務をしていない。深刻・最悪の状況のもとで、さらなる円刷りをさせる、と言うのが、安倍の狂気だ」
これは金融機関の内情に詳しい専門家の指摘である。
実態経済と無関係に円札を刷りまくると、円も国債も急落することになる。超インフレになる。なけなしの預貯金にも羽がはえて軽くなる。これが安倍の言う景気回復なのだ。
安倍は日本を沈没させようとしている。
それでいて「自民党が圧勝する」とナベツネ読売は報じたのだ。もしも、安倍政策に日銀が屈すると、それこそ「大逆罪が成立する」ことになろうか。ただでさえ日銀は、政府与党の圧力に屈してきているのだから。
ナベツネ読売の世論操作に屈する日本人なのであろうか。確かに「未来の党」は、依然として否定的に報道されている。残念至極である。期待したネット選挙は始動していないのか。
2012年12月8日9時35分記 -
「晴耕雨読」から転載。
関岡英之は「年次改革要望書」の存在を世間に初めて知らしめた功績者であったと記憶している。この「年次改革要望書」の存在によって日本が米国の属国である事実が一般国民にも分かるようになり、そこから民主党革命など、新しい日米関係の模索が始まったのだから、関岡氏の功績は現代史の中に特記されていい。
言論は政治に対して無力だという考えがあるが、関岡氏のやったことは明らかに言論によって政治が激動したということである。
関岡氏ほどではなくても、誰も読まないような、ネット上の小さなつぶやきも、思わぬ偶然から誰かに拾われ、転がり始めた小さな雪玉がやがて大雪崩となるように、世界を変える可能性もある。それが情報時代の面白さだ。
さて、下記記事はTPPの性質、TPPの変遷の歴史についてのまとめになっており、衆院選を前に、TPPについて勉強し直すのに適当ではないだろうか。
もちろん、この記事以外にも中野教授の書いたものなど、TPPについて詳しく知りたければ、いくらでもあるとは思うが、TPPについての世間の認識がまだまだ不十分だと思うので、あえて屋上屋を架すわけである。
特に、ISDS条項、ラチェット条項、秘密交渉などがTPPの問題点であり、農業や医療、保険などの一つ一つの協議内容以前に、「交渉に入れば、その段階で抜け出せなくなる」という手続き上の大問題があるのである。
もっとも、最近は私自身、TPPについてはもう読むのもうんざりなので、新しい動向や変更については分かっていない可能性もある。しかし、TPPとは「国家主権の喪失」であり、「グローバル企業による世界支配」の明文化である、という一点さえ押さえておけば、問題は無いと思う。
TPPを、農業分野などだけに話を限定して論じること自体が大きな間違いであり、世間を誤らせてしまうのである。
(以下引用)
関岡「オバマ大統領が就任後初来日した2009年10月、オバマ大統領はTPP参加を表明した。ブッシュに続いてオバマも参加を表明したことで、党派を越えたアメリカの国策となった。オバマがTPP参加を表明する場として東京を選んだことは重要だ。日本抜きのTPPはありえないということだ」
関岡英之「重要な問題がある。1994年に発効したNAFTAの時にかなり成功した、アメリカにとって有利な貿易・投資ルール域外に広げることだ。アメリカはNAFTAでは、南北で国境を接するカナダとメキシコにアメリカ型の貿易・投資ルールを飲ませた」。
関岡英之「それによってアメリカの企業が隣国であるカナダやメキシコで傍若無人に振る舞えるようになった。ISDS条項という国際協定上の強制力がある訴訟条項によって、アメリカ企業が相手国政府を訴えることができる強大な権限が与えられた」。
関岡英之「訴えられる国からすれば、外資による内政干渉を恒常化させ、主権を脅かされる重大な問題だ。NAFTAで味をしめたアメリカは、これを一挙に世界共通ルール化しようとしてWTOに持ち込んだ。そしてWTOの枠組みに投資協定を加えることに成功した」。
関岡英之「そもそもWTOはGATT以来、物品の貿易について話し合う場だったはずなのに、そこに貿易とは本来関係のない投資という分野を持ち込んだのだ。アメリカはISDS条項に象徴されるような、アメリカ企業に一方的に有利で、他国にとっては危険なルール、」
関岡英之「要するに、NAFTAで成功した投資ルールの域外化を一挙に世界規模に拡大しようと画策したのだ。だが、この時インドを中心とした発展途上国が猛反対したため、アメリカが目論んだ最も危険なISDS条項の導入は阻止することができた。しかしアメリカはそれで諦めず、発展途上国が厄介なのであれば、まず先進国共通ルールにしようと、次にOECDに持ち込んだ。この時、ISDS条項を含むMAI(多国間投資協定)という協定の草案を作り、OECDの共通ルールにしようと画策したが、フランスに猛反発されて、アメリカの野望はまたしても打ち砕かれた」
関岡英之「それでも諦めないアメリカは、今度は自国の裏庭と呼んでいる南米に回帰した。北米で成功した投資ルールを一挙に南北アメリカ大陸の共通ルールにしようと画策した。しかし今度はブラジルやベネズエラに真っ向から反対され、ブッシュ・ジュニア大統領が提唱した」
関岡英之「FTAA(米州自由貿易地域)構想は頓挫した。それだけではなく、中南米諸国は、昨年暮れに『カリブ海中南米共同体』というEUに匹敵するような経済共同体を発足させたが、アメリカはそこから排除されているのだ」。
関岡英之「アメリカは、自分の裏庭だと思っていた中南米からも追い出され、行き場が無くなってしまった。そこで次にアメリカが目をつけたのがアジア太平洋地域というわけだ。TPPに日本を引き入れ、アメリカ型の投資ルールをアジア太平洋地域の共通ルールにしようとしているのだ」。
関岡英之「もしそれが実現してしまえば、EUや中南米諸国もアジアとは貿易があるから、最終的にはこうしたルールを飲まざるを得なくなるだろう。日本がどのような決断をするかは、単に日本だけの問題ではなく、世界に影響を及ぼすことになる」。
関岡英之「これまでインド、フランス、ブラジルなどの国が、アメリカの野望を見抜き、ISDS条項に象徴されるアメリカ型投資ルールの危険性を察知して、アメリカの様々な圧力をはねのけ何とかそれを阻止してきた」。
関岡英之「もしここで日本がみすみすアメリカのお先棒を担いでしまったら、かれらの今までの努力を無にすることになる。日本の責任は重大だ」。
関岡「今年3月に米韓FTAが発効した。韓国人が毒素条項と呼んでいるISDS条項がこのFTAには盛り込まれている。米国は『米韓FTAはTPPの予行演習』とみている。つまり、最終的にはTPPに持ち込みたいルールをまず米韓FTAに盛り込んだのであって、本当の狙いは韓国よりも日本なのだ」
関岡英之「韓国はGDPが日本の5分の1以下の小国である。韓国は、いざ批准しようと土壇場になってISDS条項の問題性に気づき、国会で野党議員が催涙ガスをまいてまで批准を阻止しようとしたが、時既に遅しで強行採決され、発効してしまった」。
関岡英之「世界の国々は、日本は韓国と違って成熟した先進国だから、韓国のような不様な失態は演じないだろうと、一抹の不安を抱きながら固唾を呑んで日本の去就を見守っているのだ」。
※ここまで。
逓信「耀」12月号。
逓信「耀」12月号⇒http://ow.ly/fKomA続き⇒http://ow.ly/fKoow ※TPP参加への警鐘(関岡英之先生=城内実対談)⇒http://ow.ly/fKorO
(参考記事「神州の泉」より)
2012年12月10日 (月)
鳩山-小沢ラインによる第一次民主党は、“年次改革要望書”を廃止した救国政権だった!!!
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植草事件が、戦後日本の政治経済、あるいは統治体制にとって、どのような意味と位置づけを持っているか皆さんは考えたことがおありだろうか。神州の泉は京急事件に触れてから、日本の政治や経済の在り方や、統治の現実を考えざるを得なくなった。それまではあんまりそういうジャンルには興味を持たずに過ごしてきた。もっと具体的に言うなら、神州の泉は、大手メディアの報道を深く考えずに、そのまま受け止めていたことが多かったように思う。つまり、B層国民に片足を突っ込んだようなノンポリの一人であった。
ところが、植草事件に関わってから、それまで描いていた日本の全体像ががらりと変わり、官僚横暴のあまりの酷(ひど)さと、対米隷属統治体制の闇の底を否応なく凝視せざるを得なくなっていた。ご存じのように、2004年と2006年の植草事件(国策捜査)は、植草一秀氏が、小泉政権を苛烈に弾劾したことが間違いなく引き金になっている。植草氏が、小泉-竹中構造改革路線の悪の構図をどこまでも掘り下げて行った場合、誰がそれに一番危惧を感じるのかと言えば、それは小泉政権を動かしていた米系国際金融マフィアの手先である米国の対日戦略家たちと、それに阿諛追従する国内既得権益勢力であった。
二番目は、植草氏が財務省(旧大蔵省)の洗脳的な徴税大作戦TPRの実態を暴いたことに対する怒りと危機感を抱いている財務官僚たちである。植草氏自身が述べておられるように、彼は大蔵省がTPRを創設した際の事務局メンバーであったから、TPR情報について、これほど確かなものはないのだ。植草氏はこの原体験があるから、誰よりも早く野田総理が推し進めた消費税増税の本質に気づき、小泉政権糾弾と同様に、不退転でこの法案の筋の悪さ、反国益性、反国民受益性を指弾し続けている。
2003年に植草氏は、竹中平蔵氏が率いた金融プロジェクトチーム(PT)が行った、極めて不可解で怪しい動きを見抜き、いわゆる、りそな銀行救済にまつわる一連の大掛かりな株価操作の疑いを“りそなインサイダー取引疑惑”として徹底的に追及する構えを見せた。これには国内既得権益勢力のみか、外国資本が濃厚に関わっていた。これは外国資本と、これと結託していた国内勢力のコラボレーションによる日本国富収奪作戦であった。この形は郵政民営化でクライマックスとなった。ゴールドマン・サックスら、米系国際金融資本が、郵貯と簡保にストックされている340兆円の郵政資金を狙う計画が郵政民営化であった。
このためにUSTR(米国通商代表部)を筆頭とする対日戦略部隊が、あの手この手を駆使して民営化の実現に働きかけた。これらの動きを俯瞰すると、小泉政権以降に日本に導入された新自由主義の猛威は、アメリカが日本市場を制度改悪と「悪の規制緩和」によって、国際金融資本が食い込みやすい形に改造することにあった。この指針として使われたのが1994年から継続されていた、日米間の「年次改革要望書」であった。日本人にとって、年次改革要望書は「悪のバイブル」なのである。
なぜなら、この要望書が謳うことは、日本独自の商習慣やしきたりで築いていた市場性格をことごとく破壊して、一方的にグローバル・スタンダードでルール統一することだったからである。竹中平蔵氏が口癖のように言っていた“イコール・フッティング”は、「同等の条件」だと簡単に説明されるが、要は、その国の事情によって成り立っているすべての環境条件をグローバルスタンダードに合致するように破壊せよという意味である。外国資本が一人勝ちするような制度改革と規制緩和を、日本人の手で行うように、われわれは隠然たる強制を受け続けているのである。国際金融資本は日本市場の改造だけでは飽き足らず、日本の慣習や文化すべてを無価値化しようとしているが、それが年次改革要望書が求める最終進化形であるTPPである。
日本のマスコミが国民受益に一貫して背反する存在であることは、悪の内政干渉指令書である年次改革要望書の扱いを見るとよく分かる。この両国による要望書は1994年に開始しているが、マスコミはこれが発効されたことも、継続していたことも、失効したこともいっさい報じる姿勢がなかった。世間が騒ぎだした後に、わずかにフジテレビがこれに触れた番組があったが、趨勢的に眺めれば、マスコミはこの要望書が生まれてから消えるまで一貫して無視していた。
マスコミはいっさい報道しなかったが、2009年9月、鳩山政権誕生と同時に年次改革要望書は廃止された。1994年から15年間続いた年次改革要望書の交換を破棄したのである。これがどれほど救国的な行為か分かるだろうか。鳩山氏と小沢氏は、この悪しき内政干渉指令書を止めたのである。これは言い換えると、小鳩ラインが国民の生活を守る方向に舵を切っていた紛れもない証なのである。神州の泉にはこれが本当に心のある政治だと思う。
安倍晋三氏が救国的な宰相になりうると信じている人たちがいるが、それならば彼は、2006年9月26日から2007年8月27日までの安倍内閣を運営していた時、なぜ年次改革要望書を廃棄しなかったのだろうか。彼は国際金融資本の猛威から日本を防衛する意志がまったくないからである。おかしいだろう。国を国際金融マフィアの強奪する状況に任せておきながら、国防軍の創設と言っても筋が通らない。まずは日本の経済市場を防衛することが先決なのである。国民の生活を外国資本に滅茶苦茶にされ、未来の希望が失せて、何の国防、何の憲法改正なのだろうか。
小泉-竹中路線が行ったことは、国際金融マフィアに日本国富を貢ぐことだった。そのベースに厳然として居座っていたものが「年次改革要望書」であった。国を守り、国民生活を守る意思があったなら、安倍内閣はまずもって、この年次改革要望書を破棄することが先決だったことになる。2010年6月4日、鳩山内閣が総辞職して菅直人が総理大臣になったが、菅政権はこの瞬間から対米隷属に舵を切っている。
アメリカは年次改革要望書の復活を強く求め、これを受け入れた管首相は、そのままのネーミングではまずいだろうということで、「日米経済調和対話」という新しい名前で復刻させた。鳩山-小沢ラインが、安倍晋三氏の対米隷属の姿勢とは対蹠的に、間違いなく救国政権だったことが、年次改革要望書を取り止めた一事でよく分かる。従って、小沢氏を排除し、鳩山氏の求心力を殺いだ、藤井裕久氏を筆頭とする民主党裏切り議員たちの罪は非常に重い。この経緯は小泉俊明議員の著書「民主党大崩壊!」に詳しく書かれている。 -
「村野瀬玲奈の秘書課広報室」から転載。
徳岡宏一郎という人の書いた文章らしい。前半は省略する。マスコミの橋下に対する態度は、上からの指令もあると私は信じているが、一部には現場記者自体の「自主規制」や「空気を読んだつもりの勘違いの自己判断」があることを示す、なかなか面白い文章だ。
とりあえず、引用だけしておくが、後で追記するかもしれない。
(以下引用)
さて、このインタビューで私が面白かったのは、記者さんと話す中で、マスメディアと橋下氏の関係が少しわかってきたことです。
私は記者さんに、彼が指導者として信用できないのは、はっきり約束をしない、約束しても破ってしまう、破った時に嘘と言い訳で誤魔化してしまうことだと言いました。
その典型が脱原発で、最初は原発ゼロと言っていたのに、いきなり大飯原発再稼働を容認し、しかもそのとき夏だけだと言っていたのにいまだに大飯原発の停止を求めず、とうとう石原太陽の党との合流にあたっては原発ゼロも脱原発も捨ててしまった。
そして、それを、基準つくりをしっかりすればおのずと2030年には限りなくゼロに近づくのだから問題ないと誤魔化す。基準をしっかり作れば30年に原発をゼロにできるのなら、そう公約すればいいのです。それができないくせに、理屈をつけて誤魔化してしまう。こうやって、約束の中身はあいまいで、約束しても破ってしまい、それを言い訳して誤魔化しても恥じない。
これは、組合が政治活動をしていたという文書が捏造だとわかった時でも全く同じでした。そして、過ちを絶対に謝らない。約束を破っても恥じないのだから、これでは、指導者として信用できないという話をしました。
(中略)
すると、記者さんが、「確かに原発のことを我々メディアも質問しませんねえ」とおっしゃるので、なぜですか?と尋ねると、今、そういう流れではないと思ってしまう、今更、原発のことを橋下さんに聞いても仕方ないと考えてしまうのだということでした。そういう空気ではないという感じになるのだそうです。
「でも、今回の太陽との合流で、脱原発をなくしたことが野合と言われているのですから、今の問題ではないですか?」
「市政記者クラブでは原発は管轄外という感じもあります(凄い縦割り!)。で、結局、何日の何時にどこで演説しますかというような話になってしまいます」。
しかし、話していてそれはさすがにおかしいと記者さんも思われたそうで、
「それではいけないので、今度自分なりにまとめて、原発のことは質問してみます」
と約束してくれました。楽しみですね。
だったらと私が、彼が平日の執務時間にもツイッターすることを言い訳して、記者会見の延長だとしていたのに、今は平日でも平気で選挙運動している、今日も高槻市や茨木市を選挙カーで回っているのはおかしいのではないか、市職員は10分喫茶店に行っても懲戒処分になるのに、という話をしました。
10分喫茶店に寄った大阪市職員は懲戒処分なのに、平日でも選挙運動する橋下市長と職務専念義務の関係
すると、記者さんは「それは非常に質問しにくいですね」と言うのです。なぜですかとお尋ねすると、「橋下さんもそのツイッターの件は矛盾がありすぎて答えられないでしょうから。市長のリアクションが激しそうです」とおっしゃるのです。
最初は週刊朝日の一件があっても、橋下市長に突っこみにくいということはないという話だったのですが、彼が答えにくいと質問できないというのはおかしな話です。それで「答えにくい質問はできないものですか」と尋ねると、「記事になりにくいので、質問しづらいです」ということでした。
やはり斉藤貴男さんがおっしゃっていたように、マスコミも商売なので、売れる記事を書きたい、だから、記事になるような答えられる質問しかしない、ということになるようです。
(中略)
今回は、インタビューを受けたこと自体より、記者さんにいろいろ逆質問して、どうしてネット上で普通の市民が疑問に思うようなことを、記者さんたちが橋下さんに尋ねないのか、その理由の一端がわかったのがとてもよかったです。
(追記)
最初に書こうと思っていたのは、ユーチューブの「CM」のことである。ユーチューブの動画の中には冒頭にコマーシャル画像が流れるものがある。こういうのは「商売としてユーチューブに投稿している」人間があり、そういう商売が成り立っている市場がある、ということだと思うのだが、話は、昨日のことだ。
私は読書などしながらユーチューブでクラシックや昔のジャズやポップスをかけることがあるが、昨日開いた動画の半分ほどに政党のコマーシャル動画が最初に付いていたのである。自民が1つで、維新が2つだったと思う。優雅にクラシックを聞こうと画面を開けたら、いきなり安倍の汚い顔や橋下の喚き声が飛び込んできてうんざりした。画面を開くまで、何が出てくるか分からないから、これはちょっとしたロシアンルーレットだ。
で、問題は、自民と維新は、そういうところにまで手を伸ばしている、ということ、そしてそれだけの資金が潤沢にある、ということだ。原発村資金がこの両者に出ていて、電通がこの両者を顧客にしているのかもしれない。もちろん、これらのコマーシャルが効果的かどうかは分からない。むしろ、安倍や橋下の顔にうんざりした私のように逆効果の場合があるとは思うが、しかし、この大金をかけた宣伝物量作戦は、来る選挙ではあなどれないものがあると思うのである。
京都は朝から雪がちらついている。初雪だ。地面にもわずかに積もっている。
雪は風流だが、生活の面では不便この上ない。路面が凍結して、自動車を運転する気にもなれない。もちろん、寒くて寒くてしょうがない。
地球温暖化が事実なら、むしろ地球の大半の人間は大助かりだろう。エネルギーとは熱を作りだすことが基本だ。その熱がただで与えられるなら、これほどの恵みは無いはずではないか。
まあ、美しい日本の季節の風物詩として、雪も悪くはないが、豪雪地帯の人々はなかなかそういう気持ちにはなれないだろうな、と思うのである。 -
「志村建世のブログ」から転載。
年を取ることのメリットは、簡単には絶望しなくなることだ。言い換えれば、何度も何度も現実に幻滅する経験を重ね、「希望は実現しなくて当たり前。でも、実現することもある」という心境に達するわけである。
「電脳マヴォ」というサイトにある電子版マンガの「同人王」の最新号に、「度を過ぎた向上心」が逆にマイナスに働くこともある、という話が載っている。この「向上心」とは「理想像」と言っても「夢」と言ってもいい。我々は、ある時点で、その理想や夢に到達するのは不可能だ、と感じ、すべてを投げ出すことがある。これが「度を過ぎた向上心」の反作用なのである。もちろん、私のように「努力アレルギー」という不治の難病に侵されている(笑)人間がこういうことを言っても説得力は無いが、「度を越した向上心」は「心が折れた」時には絶望になりがちであると一般的に言えるだろう。(ついでだが、この「努力アレルギー」も「電脳マヴォ」中のある漫画のセリフだ。)
私は「夢は必ずかなう」という言葉が大嫌いである。では、私の夢と他人の夢が対立するなら、どちらが叶うのだ。まあ、そうでも思わないと、今の世知辛い日本では生きていけないのかもしれないが、「夢ではなく、計画を持ちなさい」と若い人には言いたい。どんな馬鹿げて見える計画でも、実現する可能性はゼロではない。その計画がたとえ失敗しても、それは次の計画のための反省材料、勉強材料なのだから、本当は失敗ではない。
民主党による政権交代は失敗だっただろうか。
いや、それ自体は大成功だったのだ。それによっていろいろなものが変わった。
何よりも、国民の政治意識が変わった。今の民主党への不満も批判も、そういう政治意識によるものだ。そして、その批判や不満は現在の「民主党簒奪グループ」への批判であり、不満である。
鳩山・小沢がいたら、現在の惨状は無かっただろう。
だが、鳩山・小沢がそのままいたとしても、国民は批判し、不満を言っていたはずだ。これは賭けてもいい。(今さら賭けようもないが)
それが、「理想の自家中毒による幻想化」である。
なぜ世間の人間は他人に理想的であれと要求できるのだろう。私にはそれが不思議でならない。
民主党による政権交代は大成功だった。これをまず認識することである。それは、その前の自民党政治は大失敗であったということだ。小泉改革、およびその継承者たちは日本を完全に破壊し、今の格差社会、絶望社会を作った。
このことを確認した上で、今度の選挙を考えれば、日本国民の選ぶべき道は簡単である。もちろん、現民主党は偽民主党である。自民党、および、その同盟党の公明党も問題外だ。維新など論外の基地外だ。みんなの党も自民別動隊にすぎない。ならば、答えはおのずと決まっているはずである。幾つかの、真に国民の利益のために戦う政党がある。そこから選べばいい。
モンキーズの「DAY DREAM BELIEVER」は名曲だが、国民が政治的・社会的な白昼夢を信じている間は、この現実は何も変わらないだろう。
(以下引用)
2012.12.5
政治とは幻滅することに意味がある?
[ 政治・政党 ]
「花てぼ」さんのブログに「今なら日本の未来は天国のよう」と題して「どの政党の方も、心から国民のことを思い明るい日本の未来を声高々に約束なさっている。この日本の未来を考えるとわくわくする。」と書いてあった。もちろん一流の風刺だが、思わずにんまり笑ってしまった。
これまで選挙時の政治家を身近に見ていたことが何度かあるが、誰もが心を奮い立たせて有権者の前に立っていた。少なくとも発言している時点では、自分を暗示にかけてでも確信をもってしゃべっている。そうでなければ力のこもった演説などできるわけがない。その意味では、政治家は嘘つきだというのは当らないことになる。
だが問題は、たとえ当選しても、言ったことをすべて実行するのは難しいということだ。その典型が政権交代を果たした民主党だったのではないだろうか。期待をふくらませた有権者の幻滅は大きかったが、やれると思ったことができずに悔しい思いをし、幻滅を感じた議員もまた少なくはなかった。離党者が出たのも無理からぬところがある。
だが、政治改革に夢を抱いたことが罪ではない。たとえば普天間を「最低でも県外」と言ったのが果たせぬ願望に終ったとしても、政権交代がなければ、今ごろは辺野古の海岸の埋め立てが始まっていたのではないだろうか。基地問題を顕在化させ、沖縄県民に希望を抱かせ、米軍主導の再編計画の強行を大幅に遅らせる効果があったことは否定できないのではないか。
「消えた年金」の追及を旗印とし「役所文化を変える」と乗り込んだ長妻厚生労働大臣の奮闘は短期間で終ったが、公務員の評価基準を変え、「国民の苦情は宝の山」とする改革などは制度として埋め込まれた。医療崩壊と危惧されていた医師不足問題や子育て支援策でも、改善は確実に進んでいる。ここでも、少なくとも政権交代が失敗であったとする理由はない。
政治家に限ったことではないが、人は理想をもって事に当るとき、すべて思い通りになることは少ない。現実とぶつかり、妥協も後退もすることがある。しかしそれは無駄ではないのだ。ぶつかり合う抵抗の中から物事は少しずつ変って行く。その意味では、理想は高く、固いのがいい。
選挙では神様や超能力者を選ぶのではない。私たち人間の仲間から代表を選ぶだけの話である。選挙期間中だけは有権者は王様でいられるのだそうだから、この立場を大いに楽しむことにしよう。
(お知らせ・明日は予定通り、正午に地下鉄丸の内線「国会議事堂前」駅改札出口発、「国会一周アピールお散歩」に行きます。)
