"経済・政治・社会"カテゴリーの記事一覧
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「日本の貧困化の問題」
貧困化からいかにして日本を救うか、という問題を考えてみる。
この問題を解決することは自分の未来を救うこと、自分の子供やその子供の未来を救うことでもある。
ただし、具体的な解決方法については、ずっと前に幾つかの文章の中で述べているので、ここでは原理的な面や全体としての方向性を中心に考えてみる。
念のためにおさらいしておくと、「貧困産業に金を流すこと」、言葉を変えれば、「虚業ではなく実業に金が払われる社会の構築を目指すこと」が日本を貧困から救うための私の解決案であった。ただし、ここで言う「虚業」の代表が銀行とマスコミであり、銀行を尊重する世間の常識と私の考えは大きく隔たっている。
トルストイの「イワンの馬鹿」の中で、悪魔が「私は頭で金を稼いでみせる」と言って、詐欺師的な金稼ぎの方法をあれこれ演説するのだが、百姓たちは何一つ理解できす、悪魔は喋り疲れて目を回し、演説台から転げ落ちるという話がある。要するに、現代社会での金稼ぎの多くは、この悪魔のようなものだ、ということだ。我々が素朴な百姓のように、汗を流して実際に働くことだけが報酬を得る道である、と考えれば、日本の貧困化は止まる、と私は考えているのである。生存のための労働を、職業の最上位に置くことが、日本人の常識になった時に、日本人の社会生活は健全なものになるだろう。(まるで、安藤昌益みたいなことを、私は言っているが、聖人・賢人こそが国賊である、という安藤昌益の言葉は、今ならば知識人階級や学者連中、そして不労所得を貪る連中が国賊だということだ。)
もちろん、私は頭脳労働の存在は認める。投資行為を禁じることも、現段階では難しいだろう。しかし、段階的にでもいいから、実業を虚業の上に置く思想を社会の土台にしない限り、世界は金融家の手の上で踊り続けることになるのである。
改革の第一段階は、貨幣発行権を国家の手に取り戻すことである。
改革の第二段階は、すべての国民に平等に生業資金を国家が貸し付けることである。
改革の第三段階は、所得と財産の上限を設けることである。
第三の改革によって第二の改革のための資本が生まれることになる。どのような境遇にある人間でも、義務教育は無料で受けられ、中学卒業までの生活費は支給される。つまり、全国民がこの期間は生活保護を受けるわけだ。
中学卒業の時点で、一人一人の国民は、その後の人生をどういうコースで生きるかという最初の判断を下すことになる。上級学校に進むか、専門学校に進むか、あるいはそのまま就職するか、である。ただし、医者や法律家などになるのは、専門学校コースである。公務員も同様。上級学校とは、学者になる連中だけが行くところで、人口の5%以内しか行かないものとする。つまり、現在の高校・大学のほとんどは専門学校、つまり職業訓練学校になる。
中学卒業が、いわば成人式となる。この時に、すべての国民に一律に500万円支給される。その金を使って上の学校に行くのもよいし、貯金して将来の開業資金にしてもよい。ただし、ここからは「生活保護」は無くなり、税金を納める立場になる。いわば、この500万円は、将来納める税金の一部還付の先払いである。これが改革第二段の「生業資金の貸付」だ。
いったん就職した後で、気が変わって専門学校に行くのももちろん良い。
公務員になるには、他の職業の経験が5年以上必要とする。政治家の場合は、10年以上の社会経験が必要とする。また、公務員の給与は民間平均を超えないこと、政治家はボランティアの職、つまり実費以外には支給されないものとする。つまり、真に社会の幸福を求めるという意図の者以外は政治家になるものはいないようにする。政治家に与えられるのは名誉のみである。
身寄りのない障害者、老人、病人などの面倒は国家が見る。生存に必要な住居・食料・最低限のエネルギー費用などは国家の支出とする。
中学を卒業して特に希望する職業が無い場合は、原則として農業要員となる。というのは、農作業のほとんどは、もともと労働集約的な作業であり、人力で代用できるからである。健康な身体を持った若者のやる仕事として、農業ほど良いものはない。もちろん、漁業や林業も同様だ。現在のように機械化された農業や、農薬漬けの農業の方が異常なのである。
若者人口のうち3割から5割程度が農業要員になれば、日本の食料自給問題は、ほぼ解決するだろう。そして、それと同時に雇用問題も解決するわけである。もともと、若者の3割から5割は、頭を使うよりも体を使う方が得意なのである。それに、頭を使う方が高級な生き方だということもない。問題は、「カッコ悪い」「カッコいい」というだけの判断で仕事や生き方を決めているという馬鹿馬鹿しさなのである。
第一次産業への人口シフトをこのように行ったら、今度はエネルギー問題である。
地球全体の化石燃料は、今世紀中に無くなるだろう。その後は、当然自然エネルギーの利用の出番である。今は、石油利権を握っている連中の策謀で自然エネルギーは「割に合わない」という定評が作られているが、割に合おうが合うまいが、化石燃料は必ず無くなるのだから、自然エネルギーに移行せざるを得ないのは当然だ。今から、その準備を進めるのも当然だ。
石油の枯渇によって、全世界の軍事バランスには大きな変化が生じる。アメリカはその巨大な軍事力を維持できなくなるだろう。石油を使わない軍艦、戦車、飛行機は考えにくいからだ。原子力飛行機? まさか、である。原子炉の危険性を考えれば、原子力空母や原子力戦艦も、相当無理がある、と見るべきだろう。つまり、石油が無くなれば、アメリカの軍事的優位性はなくなる、ということだ。
つまり、アメリカとくっつくことによる軍事的政治的経済的メリットは、日本には無くなるのである。言うまでもなく、そのデメリットは無数にある。何よりもアメリカ自体が、日本を巨大な財布としか見ていないからである。
テレビは放送時間を各局8時間に制限し、その内容の4分の1はニュース・報道、4分の1は教養とすることを義務づける。放送時間は朝6時から8時までと、夕方6時から12時までとし、昼間の番組と深夜番組は認めない。NHKも同様である。これによって膨大なエネルギーの無駄と国民の白痴化を防ぐ。
マスコミによる洗脳、教育による洗脳は、以上の改革で実現できる。高等教育なるものを受けるために日本人が高校大学という無駄な7年間を過ごす膨大なエネルギーの無駄遣いをやめるだけでも、巨大な人的資源を生み出すことができる。今の高校の学習内容は、そのほとんどが大学受験のための勉強で、大学での勉強は、実社会とはほとんど無関係な、「学者による、学者を作るための勉強」である。つまり、日本人は、その貴重な青春の7年間を、遊ぶことと、無駄な学問の習得にのみ使っているのである。そして、その「高等教育」から落ちこぼれる無数の若者たちは、社会への不平不満を解消するために、犯罪者的行動に走る。また、貧しさのために高校や大学に行けず、その結果、有利な就職もできず、一生を社会の底辺で生きることを運命づけられた若者たちがいる。
このような社会を変えるためにできることを少しでもすることは、すべての日本人の義務である、と私は考えている。
追記:「自由貿易」は国際金融家とアングロサクソンの利益のための手段の一つであると私は考えている。上記の方策を読んで、「世界の中の日本」という視点が欠けている、という人には、「国際化」によって不幸になった無数の国々の存在を指摘しておこう。特にアフリカはそうである。極端に言えば、私は「鎖国」も考えていいと思っているのだ。PR -
今の日本の最大の問題は、国民全体としての貧困化だというのが私の考えだが、それを変えようとしたのが2009年の衆議院選挙での自公政権敗北と民主党の勝利だった。ところが、その民主党勝利の立役者の小沢一郎を民主党自体が追い出そうとしており、日本の貧困化の問題にはまったく手が付けられていない。
以下の記事は「独りファシズム」からの転載だが、旧ソ連崩壊の時の民衆が味わった悲惨は、日本にとっても身近な未来になってきている。いや、底辺ではすでにもうそうなっているのである。普通の庶民の子女や子弟が売春や犯罪に走るのも、社会の貧困化が原因であるはずだ。最後には、臓器売買にまで至る、庶民の貧困化を食いとめるには、管政権の打倒しかないが、しかし、自公政権に戻るのは、最悪のシナリオだろうし、隠れ自公の小政党を支持するような庶民が増えるのも困る。ここはやはり、「小沢新党」を旗揚げするのが、ベストのシナリオではないだろうか。そして、国民新党や社民党と協力すれば、国民は「庶民の立場に立つ政党」に安心して投票できるわけである。
(以下引用)
先日、池袋の出会い系カフェ常連だった女子大生が「客」に殺されたという記事には大変驚かされました。なんせ、タイですら既述のように店舗型施設で一般人が非管理的な売買春をおこなうことは稀有です。対し、今や日本ではほぼ全国の都道府県にこの類の風俗店が増殖し、つまりは一般家庭の婦女子が金に窮したら売春するという行為が東南アジアなみに常態化つつある、ということを意味します。つい10年ほど前、海外の配信で「中産階級の女性がネットや携帯電話などITを巧みに駆使し、売春を行う国は日本以外に類を見ない」といった記事を読みましたが、以降、ネット売春や各種風俗との加速的な競合、デフレと飽和化で、とうとう素人もプロ売春婦なみに顔見せで直接交渉、というレベルにまで「堕ちた」ということです。不謹慎ですが、日本人女性の相場を2万円、タイ人女性の相場を4000円とした場合、購買力平価で見れば、前者の方が割安で身体を売っている試算となります。
こうした背景はもちろん経済事情でしょう。過去わずか10年間で、派遣労働法改正により労働者の3人に1人が非正規となり、年収200万円以下の世帯数が1千万を超え、生活保護は過去最高の180万世帯、貧困率はOECD加盟国中第2位にまで上がりました。余談ですが自分もバブルの頃は接待と称し、若造のくせに会社の金で夜な夜な銀座や新宿の高級クラブを飲み歩いていたもんです。同伴やらアフターで懇意に付き合うホステスも多くいましたが、彼女らの半数くらいは本業でなく、昼間も働いている普通のOLでした。当時の好況下においても地方出の女性は家賃と食費を払うのが精一杯で、生活費の補填に水商売をやるしかなかったわけです。ましてや、現在は当時と桁違いに悪化した経済環境ですから、自立した生活手段を持てず窮乏する若い女性が性風俗に流れるというのも必定といえます。
あまり報道されませんでしたが、旧ソ連が崩壊した際、ソビエトはもとより、ハンガリー、チェコ、ポーランド、ルーマニア、ラトビア、エストニア、ブルガリア等の衛星国において大量の「経済棄民」が発生しました。崩壊前まで、各国民は専制政治に対す怨嗟や監視社会に対する鬱積がありながらも、完全雇用の上、社会保障も整備され衣食住にも事欠くことがなかったわけですが、体制とももにそれはらはみな瓦解しました。特に悲惨だったのが未婚女性です。90年代初頭には女性の失業率が実に80%を超え、それはスラブ女性が文字通り性奴隷として世界各国へ輸出される一大契機でした。彼女らは西側のEU諸国のみならず、日本、東南アジア、果ては中東各国からイスラエルにまで売り飛ばされ、皮肉にもシンジケートを仕切る女衒の頭目は、崩壊のドサクサに紛れ国家資産を私物化し莫大な財を成した新興財閥・オルガリヒ配下のマフィアだったわけです。2006年に公開された「題名のない子守唄」という映画は、恋人をゴミ処理場で惨殺され、売春を強要され、妊娠を繰り返し、12年の間に9人の子を出産させられた挙句、その赤子全てを売り飛ばされた悲惨なスラブ系女性の物語でした。劇中で語られなかったドラマの背景には、こうした凄惨な社会事情があったわけです。国家財政の破綻が、どれほど悲劇的かつ暴力的か、そして真っ先に犠牲になるのは社会の底辺に蠢く弱者である、ということが大体ご理解頂けたでしょうか?
日本という国が旧ソ連以上の官僚統制主義による人治国家であると幾度もエントリーを繰り返してきましたが、政権交代後もこの強大な体制は微動だにしなかったようです。事業仕分けを2回も行いながら、捻出できた額は一般会計と特別会計の合算額≒260兆円の僅か1%にも達することができませんでした。毎年補助金だけで12兆円超を喰らう天下りも、400兆円超の借財を膨張させる特殊・公益法人も縮減できず、この劇的な経済縮小の端境期においても官僚利権温存のため160兆円規模の公債発行を続けているわけですから、遠からず日本人もスラブ系民族と同じ命運を辿ることになるでしょう。 -
「狂気の増殖」というキーワードで闘争のメカニズムを考えてみようと思っている。これは、闘争や暴力は、いったん始まると狂気の増殖が始まるというものだ。つまり、身内の人間が殺されると、その怒りや恨みを持つ人間が復讐に立ち上がる。彼らにとっては、平和や許しを呼びかける声は、自分たちの深い恨みや悲しみを理解しない偽善の声に聞こえるために、彼らの復讐の行動を止める力にはならない。こういう「狂気の増殖」がジェノサイドや民族紛争があれほどの規模になる原因ではないか、という考えである。もちろん、その当人たちには、自分たちの行動が一種の狂気であるという意識はほとんど無いだろう。だが、怒りに我を忘れているとき、我々は狂気の中にあるのである。狂気の中にある人間には理性の声など無意味なのだ。
これが、戦争状態にある国家での人間心理なのである。つまり、理性と狂気は併存できない、ということだ。そこをどのように解決に導くかが、この問題の主題となる。
とりあえず、現代の狂気の一例として、ルワンダ内戦の記事をウィキペディアから転載しておく。
(補足) もちろん、「支配する者」は、この狂気のメカニズムを利用して民衆を操るわけだが、彼らもその狂気を完全に制御できるわけではない。火薬庫に火をつけることはできるが、その爆発の程度がどの程度になるかはわからないのである。
(備忘)項目として「狂気と理性」「持続的狂気」「冷静な狂気」「狂気の利用」「発火と増殖」「狂気を停止するもの」などを考えている。
(以下引用)
概要[編集]
詳細は「ルワンダ虐殺」を参照
ルワンダは第一次世界大戦まではドイツ、第一次世界大戦以降はベルギーの植民地であったが、植民地下で少数派であるツチを君主及び首長等の支配層とする間接支配体制が築かれ、多数派のフツとごく少数のトゥワはより差別を受けるようになった、1962年の独立の前にツチとベルギー当局との関係が悪化し、ベルギー当局は国連からの関係改善の勧告を無視し、社会革命としてフツによる体制転覆を支援した。
ツチは報復を恐れて近隣諸国に脱出したが、1973年にジュベナール・ハビャリマナがクーデターを起こすと、当初は和解策をとったものの独裁批判が強まると反ツチ傾向を強めた。ウガンダのツチ系難民がルワンダ愛国戦線 (RPF) を組織して、ウガンダを拠点にフツ族のハビャリマナ政権に対する反政府運動を活発化させることになる。
1990年10月にはRPFがルワンダ北部に侵攻し、内戦が勃発。
1993年8月にRPFの猛攻と国際世論の高まりにより、アルーシャ協定が結ばれ、和平合意に至ったものの、1994年4月6日にフツのジュベナール・ハビャリマナ大統領とブルンジのシプリアン・ンタリャミラ大統領を乗せた飛行機が何者か(「フツの過激派による犯行」と「ツチの犯行」の二説有り)に撃墜されたことに端を発して、フツによるツチの大量虐殺(ジェノサイド)が始まった。
1994年7月にRPFがツチ系の保護を名目に全土を完全制圧し、フツのパステール・ビジムングを大統領、ツチのポール・カガメを副大統領(現大統領)として新政権が発足。紛争は終結した。
あまり指摘されないが、フランス政府が、虐殺側に立ったフツの援助を組織的に行っていた(フランス軍の展開、武器援助等)事など、冷戦時代からの名残を引きずった西欧諸国の思惑がさらに事態の鎮圧を遅らせていたという面もある(その一方で、アメリカは早くからRPFに接近しており、内戦が本格化する以前からカガメと接触していた)。なお、ルワンダ政府は、後にカガメを戦争犯罪者として告発したことなどを理由にフランスと国交断絶をしているが、2010年にニコラ・サルコジ大統領がルワンダを訪問し、外交的・軍事的な後押しをしたことに対し「大きな判断の誤りがあった」と虐殺に関する責任の一端があることを認めている[1]。
この紛争では、ラジオ放送がツチへの敵愾心を煽る放送を流したことが、一般人までもが虐殺に荷担することにつながった。
「ツチ対フツ」の形成 [編集]
フツとツチは元々は同じ言語を使い、農耕民族であるか遊牧民族であるかという違いでしかなく、貧富の差がそれぞれの民族を形成するなど両者の境界は曖昧であった。遊牧業が主な生業であったツチは、牛を多数所有するなど比較的豊かであった[2]。しかし、ベルギー人をはじめとする白人による植民地支配がはじまると、鼻の大きさや肌の色などを基準に境界が作られた。ツチは「高貴(ハム系あるいはナイル系)」であり、対するフツなどは「野蛮」であるという神話・人種概念を流布(ハム仮説)し、ツチとフツは大きく対立し始めた[3]。1948年に188万7千人だった人口が1992年には750万人と4倍になり、土地不足や土壌の疲弊が起こり[4]、農業が主だったフツには貧困が蔓延するようになった。
植民地支配の道具としてツチの支配が形成され、1930年代にはIDカードの導入により固定化が図られ[4]、フツとトゥワはあらゆる面で差別を受けた。いずれの民族に属するかの基準は、父方の血統をもとに決められた[5]。父方の血統が受け継がれた。植民地解放の気運が高まるとベルギー当局とカトリック教会は多数派のフツ側に立場を逆転させたが、現地のカトリック教会の神父・修道者に犠牲者が出ており、教区全員を虐殺された教会もある。
映画化 [編集]
2004年、ルワンダの高級ホテルのマネージャーだったポール・ルセサバギナの体験を下に、映画『ホテル・ルワンダ』が公開され話題になった。日本での公開は当初、興行的に採算が合わないということで配給会社の買い手がつかなかったが、「『ホテル・ルワンダ』日本公開を求める会」(現『ホテル・ルワンダ』日本公開を応援する会)による活動により配給元が決まり、日本でも公開されることとなった。公開は2006年1月。また、『ルワンダの涙』という映画も公開され、日本でも2007年にDVD化された。2006年には、カナダのロバート・ファヴロー監督が『愛の叫び ~運命の100日~』という映画を撮影した。
人口統計 [編集]
前述されているように100万人近い人間が虐殺された。なおルワンダの人口は1995年に約170万人減少したが、2000年には約200万人増加した。これは、ザイール(コンゴ民主共和国)、ウガンダ、ブルンジ、タンザニア等の各国にツチ系ルワンダ人が亡命したことと、その亡命者が大量に帰還したためだと指摘されている[6]。 -
NIEについて「独りファシズム」から転載。
大新聞が政府広報誌であることを、政府が公式に認めたわけである。まあ、地方紙や夕刊紙の中には政府批判を書いた記事も載るから、そういうものもNIEに使っていいのか、ということになるが、そんな勇気のある教師などいるはずはない。
(以下引用)
人間も組織も、貧すれば鈍します。新聞屋苦肉の策だったのでしょうが、周知のとおり学習指導要領で来年からNIE(Newspaper In Education新聞を授業に取り入れること)が小中高と段階的に導入されることが決定しました。もう馬鹿すぎて、一体どこから突っ込みを入れていいのかわかりません。そもそも権力の監視機能を自称する新聞社が文科省に阿ったわけで、これは系列テレビ局を含め事実上メディアが中立性を失し公権力に与されたと自ら公言したようなもんです。新聞の偏向報道についは今更語るまでもありませんが、資本や官庁のバイアスがかかった低劣な情報を教材として用いれば、確実に知的劣化をもたらし、単視眼的に集団で考えることは思考の画一化と退行現象に直結します。そもそも権威への盲従や垂直統合的な情報で扇動形成された世論がいかに破滅的で危険かは、先の大戦や構造改革でも既に実証済みです。 -
「阿修羅」記事から転載。
経済危機を打開する最高の政策は戦争である。今後、アメリカは世界戦争を画策してくるだろう。もちろん、アメリカが直接に戦うのではなく、どこかとどこかを戦わせ、勝敗が決まりかかったころに参戦して漁夫の利を得るのである。その戦争候補国とは、もちろん、日本と中国である。そのために長い間、両国紛争の種を両国に撒いておいたのだから。これがアングロサクソン流の政治である。
(以下引用)
こうした事態の発生には、今一つ隠れた別の面があった。それは、融資した銀行がローンの担保物件を証券化して市場に販売してしまったために、その証券を買った別の金融機関が独自に競売や差し押さえを始めるなどして、物件の正統な所有権者が誰なのか分からなくなっているという実体があるのである。
もはや金融機関同士がお化けのような商品を売り買いした結果、お互いに訳が分からなくなってきているのである。昨今の金融市場が実体経済からかけ離れ、金儲けを優先した 金融ファンドと称するバーチャル的な商品の取引市場となった歪み(ひずみ)が、こうした形で現れてきているのである。
いずれにしろ、アメリカの現在の経済状況はもはや末期的症状を呈してきており、一筋縄で解決出来るような状況ではなくなっていることは確かである。アメリカは間違いなく二番底、というより、底の見えない奈落の底に向かっている 、そう考えて間違いない。
そんなことなどどこ吹く風と株価は上昇を続けているが、こんな状況がいつまでも続くはずがない。いかに、国家ぐるみで株価操作をしようが限界はあるはずだ。「ドル札」さえ無尽蔵に刷ればよいというなら、歴史的な株価の暴落は起きなかったはずだ。1929年を上回る大不況と大暴落は必ずやってくる。あとはその時期が 1ヶ月先か、1年先かだけである。
問題は、そうした事態を百も承知しているアメリカ政府がそれを逃れる唯一の手段として、とっておきの手段、つまり、他国を介在させて大々的な戦争を仕掛けてくることである。 真の狙いが中国であることは言うまでもないことである。先の来日の際にペトロ・ホボット氏が心配していたのもその点であった。読者には、 これから先の世界の動きを しっかり見守って頂きたいものである。 -
「田中宇の国際ニュース解説」から転載。劉何とかのノーベル賞受賞の政治的意味と影響について書いた記事の一部だが、この部分は独立的に重要なニュースだと思うので転記する。
この記事は、つまり、アメリカの経済的崩壊を世界の国々はすでに予測して行動している、ということだ。日本だけが対米従属派の政治グループとマスコミに主導されて、破滅の道へと進んでいる。
まあ、アメリカのインフレがすぐに経済的破滅に結びつくか、それとも相も変らぬ、軍事力で脅して世界基軸通貨の位置を守る手法で延命に成功するか、そこはまだ分からないが、一番ひどい目にあうのが日本であることだけははっきりと予言しておく。
(以下引用)
11月からG20の議長国となるフランスのサルコジ大統領は、中国に対し、EUと中国が組み、IMFのSDR(特別引出権)を活用してドルに代わる基軸通貨体制を作ろうと提案している。(France woos China over currency talks)
米連銀が、ドルや米国債の過剰発行に拍車をかける量的緩和を11月から再開する見通しが強まり、ドルは自滅の道に入っている。米連銀では、インフレの目標値を従来の2%から4%に引き上げる構想まで取り沙汰されている。人為的にインフレを作り出すことによって、リーマンショック後に増えている米国民の預金を吐き出させ、消費に回させて経済をテコ入れしようという政策らしいが、これは米国が世界の投資家に「どうかドルを見捨ててくださいね」と言って回っているようなものだ。日本など対米従属諸国がいくらドル高誘導の為替介入をやっても、うまくいくはずがない。(Downside Risk For Stocks Is Nearing Its Highest Level In A Year) -
asahi.com「経済気象台」より転載。この記事の存在は「泉の波立ち」で知った。「泉の波立ち」の筆者、南堂氏の思想や発言傾向には異論を持つことが多いが、いろいろと有益な記事を載せてくれるありがたいサイトではあるので、「お気に入り」の一つである。そういう意味では、右翼的傾向の強い「株式日記と経済情報」のTORA氏も同様だ。
円高、円安のたびに、政府に救済政策をせよ、金をよこせと言う経済界にはうんざりである。彼らが円高・円安による過剰利得を社員や社会に還元したことは一度も無い。そういう強欲集団の親玉の集団が経団連だ。
この記事は、朝日には珍しく、まともな意見を書いているが、匿名記事であるところが少々情けない。まあ、既得権益層の利益に反する発言をしたら、マスコミや学会では生き延びられないのだろうが。
(以下引用)
過剰利得への沈黙2010年10月21日0時0分
リーマン・ショックの1年前、2007年当時は1ドル=120円だった。そのとき輸出関連業界は我が世の春を謳歌(おうか)しつつも、不労所得ともいうべき円安の効果について沈黙していた。そしていま、やはり輸入業界は円高の効果に沈黙している。「おかげさまで」とはまったく言わない。そしてマスコミは、空洞化論をはじめとして、円高のマイナス効果探しに懸命である。
「お困りでしょう」と聞かれれば、得たり賢しと「大変です。このままでは海外移転が加速します」と答えるだろう。しかし言葉にごまかしがある。「海外投資(進出)」を「海外移転」とすりかえている。消費地に近いところでモノを作る、という当たり前のことを実行しているだけである。
日本の工場をすべて閉じて海外に移転している輸出企業がどれだけあるのか。マザーファクトリー(母工場)なしに海外に行ったら、糸の切れた凧(たこ)と同様となることは皆知っている。将来計画から研究開発まで、すべてを外国で行い、日本に本拠地はいらないと考えている企業は黙って出ていけばよい。だが、自動車を始めとする輸出企業はそんなことは言わない。
プラザ合意の時は突然、1ドル=240円が140円になったのでみな驚いた。しかし日本の製造業は、それから25年をかけて、研究開発とコストダウンを進めてきた。その結果、技術的な競争力を強め、海外投資の利益を手にしつつ、為替対策の手法も身につけた。自国の通貨価値の下落を望む気持ちはわからないではない。だが努力をせずに利益が転がり込むことを願うのは、そろそろやめにしたらどうか。円高恐怖症という「持病」と同様にネガティブに過ぎる。(遠雷)
◇
「経済気象台」は、第一線で活躍している経済人、学者など社外筆者の執筆によるものです。
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「マスコミに載らない海外記事」より。
最近、「阿修羅」記事にはただの意見やゴシップが多く、めぼしいニュースや情報が無いので、今一番鋭い視点と情報源を持つ「マスコミに載らない海外記事」に頼ることが増えそうだ。
今の日本にとって一番の問題は、「日本国民全体としての貧困化」の問題だと私は考えているが、それは日米同盟や対中関係ともリンクしているし、アジア全体との関係ともつながっている。世界経済と世界政治の中で日本の経済や政治を考える必要があるのだ。イラクの問題やアフガニスタンの問題は、日本にとっても対岸の火事ではない。
オーストラリアやカナダは、一見、独立国家のように見えるが、実は英国と同君連合を組む国家群である。つまり、大英帝国というかつての亡霊が、実は今も生きているのである。世界政治には、このように「看板のかけかえによる誤魔化し」が無数にある。国を名目的に分けることで、国連の議決権は増えるし、敵の目を誤魔化すこともできるというわけだ。「国家の独立」なども茶番であることが多い。パキスタンがイギリスの傀儡国家であることなども、その諜報組織同志の協力関係を見れば明らかである。イギリスは今でもインドに対する支配権を手放してなどいないのである。インドで高等教育を受けた上層階級の子弟は「イギリスの代理人」となるのである。これは日本が名目的に独立した後もアメリカの支配を陰で受けているのと同様である。「日本属国論」など、日米安保締結の頃から分かりきっていたことである。ただ、その頃の反米運動家たちは、国民にそれを伝える努力をしなかった。だから、安保反対運動は学生のお遊びだと冷ややかに見られたのである。
アングロサクソンの世界支配と世界搾取にどう立ち向かうか、これが今後の世界全体の課題である。
(以下引用)
2010年10月21日 (木)
アフガニスタンにおける更なる十年の新植民地戦争
2010年10月21日
来月のリスボンにおけるNATOサミットへの準備として、オバマ政権と同盟諸国は、国内で広がる反戦感情に直面して、来年には撤兵が始まり、アフガニスタンにおけるアメリカ/NATOの戦闘の役割は、2014年までには終わると主張して、国民をだまそうとたくらんでいる。しかし秘密裏に、戦争の終わりでなく、無期限の新植民地主義占領が話し合われているのだ。
火曜日、オーストラリア国会での、アフガニスタン戦争を巡る討論の冒頭、オーストラリア首相ジュリア・ギラードはうっかり秘密を漏らした。2014年末までに、アフガニスタン大統領ハミド・カルザイが、アフガニスタンの治安に対して、全責任を負うことを期待されていると述べたあと、ギラードは、“移行過程”は、アフガニスタンでのオーストラリア軍駐留を終わらせることを意味してはいないことを、ずばり詳述した。
ギラードは語った“はっきり申しあげたい”“この[移行過程]というのは、アフガニスタン政府が安全保障で主要な責任を負うということです。2014年以降も、国際社会はアフガニスタンに関与しつづける。そしてオーストラリアは関与し続けるつもりだ。訓練や他の防衛協力上、我々が果たすべき役割はあるだろう。民間主導の援助と開発の努力は継続する...この支援、訓練と開発の課題は、何らかの形で少なくともこの十年は継続するものは予想している。”
アメリカや他の国々の閣僚や幹部連中は、アフガニスタンにおいて、2014年以降、軍事的役割を継続することについては曖昧に語ってきたが、ギラードは、アメリカが率いる軍事占領は、少なくとも、更に十年続くと宣言した最初の国家指導者だ。彼女が再三“新国際戦略”に言及しているということが、これはオバマ政権の計画であるという事実を際立たせている。そして、現在の1,550人という控えめな数の兵員を擁するオーストラリアが更に10年間居続けるつもりなのであれば、アメリカと親密な同盟諸国は、アフガニスタンにおける大規模な軍の無期限駐留を準備しているのだ。
ワシントンからの指示のもと、ギラードは、アフガニスタンは“二度と、テロリストの安全な隠れ家となってはならない”と宣言し、継続中の占領を正当化した。ところが、アメリカが率い、激化しつつある戦争は、CIAによればアフガニスタンにわずか50人ほどいるに過ぎないアルカイダに対してではなく、“タリバン”に対するものなのだ。“敵”というのは、9年以上にわたり、一般国民に死と破壊をもたらしている、継続中の外国軍兵士駐留に激しく反発しているアフガニスタン人、主としてパシュトゥーン族の部族民なのだ。“テロ”鎮圧とは、アフガニスタン国民に対する果てしない新植民地主義戦争のことなのだ。
ワシントンの“対テロ戦争”というのは、中東と中央アジアのエネルギーが豊富な地域支配というアメリカの野望を進めるための口実に過ぎない。アメリカの戦略は、ニューヨークとワシントンへの9/11攻撃より、ずっと前に作成されていた。2001年のアフガニスタン侵略と、2003年のイラク征服は、中東を作り替え、中央アジアにおけるアメリカのより大規模なプレゼンスを確立するためのより包括的な計画の一環だった。日の出の勢いの中国がひき起こす試練に今や焦点を合わせ、将来非常に役に立つであろう、イラクや、アフガニスタンにおけるアメリカの足掛かりを、オバマ政権は手放そうなどとはしていない。アフガニスタンにおける、彼の兵士“増派”は、イラクでのそれと同様、カルザイ傀儡政権と彼の軍隊に、反占領レジスタンスを鎮圧するための戦闘の大半を、必ず引き受けさせるようにしつつ、軍事基地を含めたアメリカの恒久駐留を確保することを狙っている。
ギラードがアメリカの計画についてもう少しオープンであれば、労働党政府が、ワシントンと横並びであることを行動で示したろう。既にオーストラリア首相は、国防相をリスボンでのNATO会議に同行させ、そこで彼女はオバマに歩調を合わせて、他の同盟諸国も、同様な無期限の軍事的肩入れを約束するよう圧力をかけるだろうことを示唆している。カナダは来年までに、2,800人の兵士をアフガニスタンから撤退させる予定であると発表した。イタリアは、3,300人の兵士を完全撤退させる2014年の最終期限を設定した。ギラードは、オーストラリアの南西太平洋における戦略的立場の強化に対するアメリカの完全な支持を確保することを目指して、この戦争に対する圧倒的な国民の反対にもかかわらず、はっきりアメリカ側に立っている。
来月のリスボンでのNATO会議における“移行過程”押し問答に先立ち、今週、ローマでアフガニスタンに関する下打ち合わせが行われた。アメリカのアフガニスタン特使リチャード・ホルブルックは、リスボン会議は、特定の州の治安をカーブルの軍事支配に引き渡す予定表を作成するものではないと主張した。彼はまたアメリカは、長期的な軍事的関与を誓うよう強要することを確認し、“移行”は撤兵を意味するものではないことを強調した。
リスボン会議への準備として、兵員増派によって実現した進展を強調しようと、アメリカは四苦八苦している。例えば、ワシントン・ポストで、アメリカ当局者達は、ここ数ヶ月の積極的な軍事行動で、数百人のタリバン指導者と、3,000人以上の戦士を殺害、あるいは捕獲して、一部の武装反抗勢力集団を、カルザイ政府との交渉を検討するよう強いていると主張している。学校は再開され、バザールは賑わっている、タリバンの元牙城の“孤立した安全地域”について口にしている。
タリバン指導部や戦士の大量殺りく、特に南部の都市カンダハル周辺における現在の攻勢は、多くは、特殊部隊による作戦強化の結果だ。空爆による恐怖政治同様に、これら暗殺部隊は、民間人殺害で悪名が高く、アフガニスタン人の中での、自国の占領と、カーブルの腐敗した傀儡政権に対する敵意と憎悪を増大させつつある。外国兵の人数を150,000人に増強して得た、南部の、いわゆる“孤立した安全地域”には、アフガニスタン北部における武装反抗勢力の攻撃エスカレーションに関する報告が並行している。
オバマ政権とギラードの様な彼等の同調者が触れ回る楽観的な調子も、アフガニスタン国民にとって、9年間の戦争は紛れもない大惨事であることが証明されているという事実を隠すことはできない。極めて控えめな国連の推計によれば、少なくとも14,000人の民間人死亡は、直接、軍事衝突に起因している。軍事占領は、腐敗と票操作で悪名が高い、金で動くカーブルの政権にてこ入れをしているを。国民の大多数は貧困から抜け出せず、電気、教育や医療等の基本サービスも受けられずにいる。
この犯罪的な戦争を終わらせ、アフガニスタン国民が彼等の運命を自己決定できるようにする唯一の方法は、全ての外国軍隊の即時・無条件撤退と、戦争の賠償金として、何百億ドル支払いを要求することだ。
Peter Symonds
記事原文のurl:www.wsws.org/articles/2010/oct2010/pers-o21.shtml -
「私の闇の奥」より転載。長いので、一部のみ掲載する。
マスコミが何かの事件で騒いでいる時には、その陰に隠して何か別の犯罪が行われている、というのが私の持論であるが、犯罪とまでは言わなくても、報道すべき他の重大ニュースが、隠れていることもある。ハイチの大地震のその後について、世界のマスコミはほとんど報道しない。それにはちゃんと理由があるわけで、ハイチを貧困のままに置いておきたいという世界支配層の意図があるのである。
世界からハイチ救済に寄せられた寄付金や援助金のほとんどが被災者救済には使われず、米国が背後にある産業のために使われることも、これまで使われた金は、NGOやNPOの給与に優先的に使われてきたことなども、はらわたが煮えくりかえる思いがするが、まずは世界中に、マスコミ報道に載らないこのような情報を広げることが大事だろう。人間は、自分の知らないことに対しては行動できないのだから。
(以下引用)
チリとハイチ
チリ北部のサンホセ鉱山で、8月5日、落盤事故が発生、地下約700メートルに33人の作業員が閉じ込められました。それから69日目に最初の一人が救出され、22時間に33人全部が地上に生還しました。劇的な救出ストーリーは全世界に伝えられ多くの人々に感銘を与えたに違いありません。33人と地上から送られた何人かの救助隊員が全部地上に戻る前に何か支障が起るのではないかと、心配性の私はハラハラしながらテレビを見ていました。とにかく素晴らしい救助作業の成功で目出たい限りです。
インフォテインメントという嫌な造語があります。インフォーメーションとエンタテインメントを合わせたものでしょう。歳のせいだと思うと少し悲しくなりますが、何事につけても、世の中の人々と一緒になって素直に感動することができず、マスメディアが声高に伝える美談、涙をさそうストーリーを楽しむことも私には難しくなりました。チリの鉱山事故のドラマの現場には、国内国外を含め、千人の報道関係者が集まったと伝えられました。それを伝えるNHK だけでも、女性一人、男性二人がマイクを手にして取材していました。インフォテインメントの言葉のとおり、ニュースは今や商品(コモディティズ)として取り扱われ、しかも、政治的なオマケが意識的に張付けられている場合が多いのです。しかし、ニュースの商品価値とは何でしょう。「スクープ」という言葉を広辞苑でみると「新聞・雑誌・テレビなどの記者が他社を出し抜いて、重大なニュースをつかみ報道すること,また,その記事」とあります。スクープとは、何も有名人の個人的スキャンダルに限られるだけでもありますまい。われわれ一般市民をよほど馬鹿にするのでなければ、刺激的な商品価値のあるニュースを、他社を出し抜く形で報道することは、全メディアをあげてのチリ鉱山事故の騒ぎのただ中でも可能のように、私には思われます。
ハイチの現地時間2010年1月12日(日本時間13日)、中米のハイチ共和国でマグニチュード7の地震が発生し、直接の死者22万人、負傷者33万人、百数十万人が住居を失い、単一の地震災害としてはスマトラ島沖地震に匹敵する近年空前の大規模なものになりました。それから10ヶ月後の今、私が「スクープしてはいかが!?」と推薦したいのは、 ハイチの悲惨な現状です。少しばかりの誇張が許されれば、ハイチは震災直後の状況から殆ど何らの改善もない悲惨さのただ中に10ヶ月間も放置され続けているのです。とても信じられない大変刺激的なニュースではありませんか。首都ポルトープランスの市内中心を除けば、復興事業は、ハイチの一般大衆に関する限り、殆ど進んでいません。瓦礫の除去さえ進んでいないのです。そして今も、首都の内外、特に市の周辺地域に広がった地域に百五十万人がテントや防水シートの仮住まいで生きています。写真でみると日本のホームレスの人々の寝起きの様子にそっくり、それが150万人、想像を超える情景でしょう。
去る9月24日、ほんの10分間ほど,集中的な豪雨と突風がポルトープランスを襲い、その結果、死者5名、数百人負傷、数千のホームレスの寝起きの場所が破壊されました。同じカリブ海の国にしても、もし同じような暴風雨がキューバの首都ハバナを襲ったのでしたら、ただ一人の負傷者も出なかったかも知れません。ハイチの人々が蒙ったのは天災ではありません。人災です。
9月25日、このハイチの惨状に対する小さな抗議デモがニューヨークで行なわれたのですが、そのプラカードには[Where is the Money?]と書いてありました。世界各国の政府がハイチ復興に拠出を誓った110億米ドルのうちの僅か3%しか未だ使われてないそうです。CBSニュースによるとこの他にオックスファムや赤十字のようなNGOにも40億ドルの寄付金が寄せられたとのことですが、その大きな部分は今ハイチに乗り込んでいる約1万人のNGOスタッフの給料生活費として使われているようです。何故莫大な復興費が150万人のホームレスたちの救済に使われないのか?その主要な理由はクリントン前大統領を特使とするアメリカ/国連のハイチ復興計画の基本的な方針にあります。それは、ハイチの人口をアメリカのアパレル産業や農産物輸出業のための超低賃金労働者の供給源に仕立ててゆくという長期計画に基づいていると思われます。お金はこの基本方針の線に沿って、うまくゆっくりと使わなければなりません。この事については、以前にハイチを取り上げた時に論じました。このネオコロニアリズムの恐るべき残忍性も、私から見れば、刺激的な商品価値のあるニュースに思えて仕方がないのですが・・・。 -
「マスコミに載らない海外記事」より。
全世界のマスコミを総動員して大騒ぎのチリの落盤救出劇だが、そういう落盤事故が起こったことを問題視せず、政府が何日も引き延ばして救出劇を演出したことをまるで美談のように報道する世界マスコミの在り方を見れば、世界中のマスコミは世界支配層の思いのままに操られていることも明瞭にわかるというものだ。チリは、真の民主主義者アジェンデが米国支配層の操る軍隊のクーデターで殺されて以来、アメリカの傀儡政権となっているのは、他のほとんどの南米諸国同様である。つまり、日本と同様の、アメリカの属国なのである。そういうところの保守政権をマスコミが擁護するのには、何の不思議もない。
要するに、マスコミが大騒ぎするときは、眉に唾をつけて見ろ、ということだ。
(以下引用)
チリの亡霊は救われてはいない
John Pilger
truthout
2010-10-13
チリにおける33人の鉱夫救援は、情念と勇気に満ちた驚くべきドラマだ。チリ政府にとっては、政府のあらゆる善行が、林立するカメラで報道されるマスコミ広報の棚ぼたの好機だ。人は感動せずにはいられまい。あらゆるマスコミの大イベント同様、見せかけなのだ。
鉱夫達を閉じ込めた事故は、チリでは決してめずらしいことではなく、アウグスト・ピノチェト将軍の独裁政治以来、ほとんど変わらない非情な経済制度の不可避の結果だ。銅は、チリの金であり、鉱山事故の頻度は価格と利潤とともに増えている。チリの民営化された鉱山では、毎年平均して、39件の事故が起きている。今回閉じ込められた鉱夫達が働いているサン・ホセ鉱山は、2007年には余りに危険となり、閉鎖せざるを得なかった。その閉鎖も長くは続かなかったが。7月30日、労働省の報告書が再度"深刻な安全上の欠陥"を警告したが、労働大臣は何の対策もしなかった。六日後、鉱夫たちは閉じ込められた。
救助現場における大報道合戦にもかかわらず、現代チリは語られざる人々の国なのだ。首都サンチャゴの郊外、ビジャ・グリマルディには、"忘れ去られた過去は、記憶に満ちている"という表示がある。そこはピノチェト将軍と彼の協力者達がチリにもたらしたファシズムに反対したがゆえに、何百人もの人々が虐殺され、行方不明にされた拷問センターだった。亡霊のようなたたずまいは、美しいアンデス山脈に見守られており、門の鍵を開けてくれた人物は、かつて近くに住んでおり、叫び声を覚えている。
