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未来のために、すべてを記録せよ

前田有一(だったかな?)の「超映画批評」から転載。
映画評というよりは、半分以上が原発批判、原発村批判の内容だが、それほどこの映画の内容が「ぐうの音も出ない」圧倒的な内容だったのだろう。
もちろん、原発村の御用弁士や工作員どもの屁理屈が箸にも棒にもかからない愚論であることは誰でも知っているが、彼らのような弁論ゴキブリを相手に議論することの徒労さにくたびれて、いつの間にかみな沈黙するのである。
この映画を作った監督は、けっして屈することのない闘士であるようだ。
後10年後くらいに、原発擁護の論陣を張っていた面々の名前が国賊として記銘されることになるだろう。そのために、誰が原発を擁護していたか、今から記録をすべて取っておくべきである。それと共に、誰が堂々と戦ったのか、その名前も記録しておくべきである。




(以下引用)



「日本と再生 光と風のギガワット作戦」75点(100点満点中)
監督:河合弘之

取り残されてゆく日本

変化を体感できるドキュメンタリー映画ほど観客が熱中するものはない。まして社会そのものを変える意欲に満ちた映画ともなればその興奮たるや想像に余りあるが、日本でそこまでの影響力を映画が持つことは少ない。その、数少ない映画の一つになろうというのが、反原発訴訟の中心弁護士、河合弘之監督による作品群である。


その3作目となる本作は、これまでの脱原発に加えてその代案としての「自然エネルギー」を徹底的に分析する。批判だけならだれでもできる、では原発をなくしたあとの未来はどうあるべきか。それが監督が描こうと試みた主題である。


この手の反原発モノは腐るほどあるから、いいかげん見る側も飽き飽きしているかもしれないが、さすがは異業種監督。この映画は最初の1秒目から、凡百の反原発映画との違いを見せつける。いきなりとんでもない宣言を観客にたたきつけ、仰天させる。


観客はこれで一気にこの監督に好感を抱くと同時に、通常ならば伏せたいホンネをいきなりさらけだすさまを見て、彼のとてつもない自信に圧倒されるだろう。この映画を作った男たちは、自分たちの持つ情報、論理に圧倒的な自信を持っている。最初の1秒でそれを知らせてくる。


実際河合監督は、原発推進派の理屈などすべて論破できると豪語し、実際に法廷で彼らを打ち破らんと戦っている闘士でもある。ついでにいえば、当サイトが監督デビュー作「日本と原発」につけた70点という高得点に対し、私に面と向かって「俺はテストで90点以下は取った事がないのに」と不満をぶちまける豪気さも持っている。


そんな監督の最新作だが、いくつか素晴らしい取材を見ることができる。


真っ先に挙げたいのは熊本の農業、畜産家の女性へのインタビュー。エネルギー自給を目指す彼女を取材したそのすぐ後、熊本は大地震で甚大な被害を受けた。監督はすぐに連絡を取り、なんとかスカイプでつながった。そのとき彼女とその子供が一体何をしていたか。これは大きな見どころである。


同時に大地震という予測できない災害によって、この映画の主張が裏付けられた瞬間である。原発推進派は、おそらくこのシーンに反論することはできない。爆発したフクイチの映像の前で何も言えないように、だ。事実は何よりも強いのである。


次に心動かされるのは中国への取材である。自然エネルギーを称賛する彼らを前に、監督は臆せず「だが、あんたたちは原発推進だろう?」と厳しい質問をぶつける。その回答、これがすごいのである。フクイチ事故を見た彼らがここでなんと言ったか。


私はこのシーンをみて、内臓を締め付けられるような悔しさと、自国のふがいなさに対する怒りを覚えた。多くの日本人、愛国者が同じように感じることだろう。中国人のおそるべきしたたかさと現実主義についてコメントする監督の声が、いつまでも心にこだまする。


最後はアメリカのペンタゴン(国防総省)に突撃するシーン。ここで監督はアメリカ4軍のえらい人と話すことに成功するが、米軍側のセリフにはそれ以上に驚かされる。


不安定であてにならない自然エネルギーなんぞ、軍隊がもっとも忌み嫌う発電方法だろうという観客の先入観を、この米軍担当者は打ち砕く。しかもその理屈は、実戦経験豊富な米軍ならではの体験と多くの犠牲に基づくものであり、ぐうの音も出ないほど現実主義的ときた。


これまで自然エネルギーなど、理想主義者の非現実的な妄言だと馬鹿にしていた人がこれを見たら、いったいどう思うだろう。現実主義者の権化のような米中超大国が、しかも軍隊までもが、科学的な理由を持って自然エネルギーを推進している。


いまやそれをやらないのは、古めかしい技術の既得権者が足を引っ張る国だけだといわんばかりだ。原発マフィアのない国はどんどん先を行き、先行者利益を奪い合い、大きな経済成長を遂げている。そんな(完全に出遅れた我が国にとって)恐るべき実態が、この映画では明らかにされる。


いま日本の一部の人々は、あえて自然エネルギーを大成功しない程度に進め「やっぱりあてにならないね」などと国民が諦めざるをえない方向にもっていこうとしている。海外でうまくいったものが日本で成功しない原因も、映画の中で明らかにされる。


この映画を見て危機感を感じるのは、自然エネルギーで商売をしたい企業等の立場から見たら日本はあまり魅力がないのではないか、ということだ。本来、市場としては大変なポテンシャルがあり、技術力もカネもあるというのに。


この国では、この期に及んでもあれだけの事故を起こした原子力ムラが大きな力を保ち、相変わらず原子力一択で利益を独占しようとしている。


彼らに普及を邪魔されているうちに、日本は自然エネに関する先端技術だけを外国に吸いあげされ、実るはずだった果実を中国に食い荒らされている。


TOSHIBAの誇る高品質な機械によって自然エネルギー開発を大成功させた外国の映像を見て、忸怩たる思いを感じぬ人はいないだろう。


他の先進国はその東芝の技術や機械でどんどん自然エネルギー発電を運用して大儲けして、その東芝は原発の負債7000億を抱えて倒産寸前に追い込まれている。


一体全体こんな理不尽があるものか。いつまで日本はこんな馬鹿げた貧乏くじを引き続けるのか。


自然エネルギーとは、言い換えれば「エネルギー自給」と同じ意味である。だが日本で原発を推進する評論家たちは、きまって自然エネルギーを「非現実的」「主力にならない」「不安定」などと馬鹿にする。


もしそういう言論に出会ったときは、「自然エネルギー、再生可能エネルギー」のところを「エネルギー自給」と置き換えてみてみればいい。そういう人間が、実は口先だけで国益なんぞ考えていない、愛国心のない御用評論家だとわかるだろう。


原発に反対しようが賛成しようが、自然エネルギー=エネルギー自給は全力で目指すべき道なのであり、先進国はそうしている。


むろん、自然エネにも問題は山積なのだが、本作はそれについても一応の意見と見解は出しているので公平感はある。もっとマイナス情報を出してもいいと個人的には思うが、これは映画のコンセプトしだいなので、現状でも特に問題というわけではない。


なお、ドイツはフランスの原発に頼っているとか、風力は不安定でベースロード電源にならないとか、騒音問題やバードストライクがあるとか、素人がちょいと思いつく程度の反論についてはキッチリ対処済み。


……と、議論のネタにも事欠かない良い「材料」のそろった映画だが、不満がないわけではない。


たとえばこれだけいい材料で「自然エネルギー賛美」をしたいならば、もっと訴求力のある演出ができたろうと思う。先ほどの熊本の被災者のシーン後に、5年にわたる避難生活継続中の原発事故被災者を連続してみせるといった、強烈な印象を与えるであろう編集案がいくつも浮かぶ。


そうした意味で、もったいないなと感じる部分は多々あるが、これはそれほどおいしそうな材料揃いの映画という意味でもある。


監督には映画作りにもっと慣れていただき、次回はさらなる完成度の作品を見せてほしい。そんな期待が高まる一本と言える。





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