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「残酷な資本主義」からの脱却を目指そう

「ギャラリー酔いどれ」所載の「長周新聞」記事の一部を抜粋。
全文が読むに値する好記事だが、ここ最近、ブログに載せられる記事の容量が削減されている感じで、後で調整するのも面倒なので、最初から引用部分は少なめにしておく。
デフレ貧乏はブログの記事容量にまで及んできたかwww
それはともかく、下の文章は、現在とこれからの世界を大観する上で貴重な指針となる。要するに、この政治と経済の流れを多くの人がいつも心に留め、それに押し流されないようにそれぞれの立場で戦っていくべきだ、ということである。さもないと、資本主義、つまり上の人間が下の人間を虐げ、搾取する世界からの解放は無い。
なお、資本主義の基本メカニズムは「人々を競争させることで、上が下を支配する」である。したがって、競争(これは差別化ということでもある。差別はいじめや争いの原因でもあるのは明白だろう。)ということ自体が否定されることは資本主義体制を崩す要因となる、と私は思っている。


(以下引用)




第2次大戦後の世界では、西側の資本主義陣営のトップにアメリカが君臨し、
一方のソ連、中国をはじめとした社会主義陣営が対抗する形で矛盾を形成してきました。

このどちらを支持するかが世界中の国国や政治勢力のなかで激しく問われ、
右や左の多種多様なる勢力が侃侃諤諤(かんかんがくがく)の
論争や抗争等をくり広げてきました。

社会主義を標榜する国同士も 民族主義や修正主義に犯されたもとで独特の矛盾を形成し、
これらが世界中を巻き込んで一種の混乱をつくりだしてきたことも事実です。

その末に、資本主義よりも先んじて社会主義を標榜する陣営が崩壊するか変質し、
各国で「共産党」あるいは「社会党」を名乗っていた勢力のなかでも、

資本主義体制の枠内で安住を追い求めるような腐敗と堕落がはびこりました。

そして、すっかりくたびれて消滅するか、まるで別物としての道を進み始めるなどして、
民衆から信頼を失って今日に至っています。

未来への展望を指し示す 前衛 と呼べるようなものがなにもないというのが、
今日の混迷を作り出している一つの要因ともいえます。

そして対抗すべき社会主義陣営が変質するか退場した資本主義世界では、
むき出しの搾取収奪が強まり、大企業天国、資本家天国と化すと同時に、

医療福祉、あるいは教育など それまで社会主義陣営を意識して実施してきた社会保障政策の
切り捨てに拍車がかかりました。

人間としての最低限の暮らしや尊厳を守ってきた規制が
容赦なくとり払われ、圧倒的多数には貧困の自由だけが投げ与えられる社会が到来しました。

中産階級の没落も各国共通したものです。

そして、一方ではパラダイス文書で明らかになったように、世界中の富裕層や多国籍企業が
タックスヘイブンに巨万の富を溜め込むという、盗っ人猛猛しい振舞が横行しています。

社会が生み出した富を 上澄みの一部分が強欲に私物化してしまい、
共通の隠し場所さえ確保している ことが明るみになりました

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「主権なき平和国家」

「ギャラリー酔いどれ」から抜粋転載。一部カットの理由は下に書いた。
好記事である。
だいたいは既知の内容だが、総覧的に並べられると、日本の属国ぶりはすごい。奴隷国家、米国植民地である。新書の内容を要領よく紹介してくれた、長周新聞記者にも感謝したい。高校生や大学生は必読の書だろう。(大人はもう手遅れであるから、頭が柔らかい年齢層に読んでもらいたい。)


(以下引用)こうした「反政府的記事」を転載しようとすると、「字数が多すぎて載せられない」と出てくる。不思議であるww 特に長い記事でもないのに。政府のネット管理は進行中。
記事の9割9分くらいをカットして、どうなるか見てみるwww 詳しくは元記事をご覧ください。


ユダ米の奴隷国家=日本!

◆https://www.chosyu-journal.jp/review/5808
長周新聞  2017年11月28日
主権なき平和国家』 共著・伊勢﨑賢治、布施祐仁


(略)


本書は日米地位協定をめぐって、刑事裁判権、基地管理権、

全土基地方式と思いやり予算、国連PKO地位協定について検討している。







(以下略)



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安藤昌益という先駆的思想家

安藤昌益の理想は、「無階級社会」であるから、下のウィキペディアの末尾にあるような「尊王論の系譜に入れるべき」とか「尊王攘夷論である」という分析は私には眉唾物に思える(上下の無い社会なのだから、「王」の存在はそれと矛盾する)のだが、もちろん「一君万民思想」的な言葉もその著作の中にあったかもしれない。昌益は江戸幕府に対して否定的であったのだから、その「王」が、将軍であったとは思えないが、江戸時代中期の天皇の地位からして、一般的な用語としての「尊王」、つまり、「天皇尊重思想」だったというのも、疑わしい気がする。
それはともかく、

「上無ければ下を攻め取る奢欲も無く、下無ければ上に諂ひ巧むことも無し、故に恨み争ふこと無し、故に乱軍の出ることも無き也。上無ければ法を立て下を刑罰することも無く、下無ければ上の法を犯して上の刑を受くるといふ患いも無く」


という思想は、まさに共産主義の本源とでも言うべき思想であり、上下の闘争や確執を煽るマルクスなどより立派な思想だと私には思える。「上下の闘争」というマルキシズムがスターリンや毛沢東(他の二人よりはマシだが、やはり「功罪」両面とも大きい。)やポル・ポトを産んだというのは言い過ぎかもしれないが、マルキシズムだけが共産主義だというのは明白な誤りである。(だが、一般的には「共産主義=マルキシズム」とされており、これが共産主義の不幸の根源だというのが私の考えだ。)
欧米の初期共産主義(これこそが共産主義の本筋だと私は思っている。)は人道主義思想であって、むしろ老子や墨子の思想に近いし、上下が無いのだから闘争自体も存在しないという安藤昌益の言葉こそが、共産主義の本質であるべきだろう。
まあ、安藤昌益の思想は「政府という存在自体が悪である」という無政府主義(アナーキズム)の一種と見るのが正解だろうか。実は「竹林の七賢」などの隠者も「東洋的無政府主義」「平和的無政府主義」と見なせるのである。
現代の日本や米国などの姿を見ても、政府の存在そのものが悪である、という思想はけっして馬鹿げた思想だとは思えない。


(以下引用)



安藤昌益

移動先: 案内検索

安藤 昌益(あんどう しょうえき、1703年元禄16年) - 1762年11月29日宝暦12年10月14日))は、江戸時代中期の医師思想家哲学家秋田藩出身。号は確龍堂良中[1]。思想的には無神論アナキズムの要素を持ち、農業を中心とした無階級社会を理想とした。死後、近代の日本において、社会主義共産主義にも通じる思想を持った人物として評価された。


生涯[編集]

出羽国秋田郡二井田村下村(現在の秋田県大館市二井田)の豪農の家に生まれ、同地で没した。長男ではなく利発であったことから、元服前後に京都に上り、仏門に入り禅を学んだ(寺は妙心寺)と言われている。北野天満宮で修業をした事実もある。しかし、仏教の教えと現状に疑問を持ち、どういう伝手かは不明だが医師である味岡三伯の門を叩いた。味岡三伯は後世方別派に属する医師である。ここで医師としての修行をし、八戸で開業する以前に結婚し子ももうけている。


陸奥国八戸の櫓(やぐら)横丁に居住し開業医となった。延享元年(1744年)8月の八戸藩の日記[2]には、櫛引八幡宮流鏑馬の射手を治療したことが記録に残されている。延享2年(1745年)領主層を対象とした政治の書『暦大意』を執筆した。しかし、昌益は一介の町医者であり町人身分に過ぎないが。その中で「民苦しみ穀種絶つときは、則ち国亡ぶ。国亡ぶる則は、国主自ら減却ぞ。罰恥百世に殆す者也」(『暦大意』<歳変>)と不仁の領主を厳しく非難している[3]


同年に八戸の天聖寺にて講演を行う。宝暦8年(1757年)にも同寺で討論会を開いている。その後、出羽国大館に帰郷。弟子の神山仙庵は八戸藩主の側医。


昌益の大著『自然真営道』は宝暦3年(1753年)に刊行された。門人仙庵の序から昌益の学派は、社会的反響について最新の警戒を持っていたことが知られる[4]


宝暦6年(1756年)9月、郷里の本家を継いでいた兄が亡くなり、家督を継ぐものがいなくなった。このため、宝暦8年ごろに二井田に1人で戻った。結局、家督は親戚筋から養子を迎え入れて継がせたが、昌益自身も村に残り村人の治療にあたった(八戸では既に息子が周伯を名乗って医師として独り立ちしていたため)。なお、宝暦10年前後には、八戸の弟子たち(真栄道の弟子)が一門の全国集会を開催し、昌益も参加した。参加者は松前から京都、大阪まで総勢14名。その後再び郷里へ戻って60歳で病死した。

思想[編集]

昌益は、彼の生きた社会を「法世」[5]とみなし、法世以前に「自然の世」[6]があったと考え、法世を自然の世に高める具体的方策[7]を提唱した[8]


身分・階級差別を否定して、全ての者が労働(鍬で直に地面を耕し、築いた田畑で額に汗して働くという「直耕」)に携わるべきであるという、徹底した平等思想を唱えており、著書『自然真営道』(第25巻中「自然ノ世論」)にその考え(理想社会)が書かれている。彼の思想体系は、封建社会の混乱と矛盾を目撃し、深い時代的関心に裏付けられている。為政者を不耕貪食の輩と断罪もしている。


その当時の奥羽地方では、寛延2年(1749年)[9]、宝暦5年(1755年)[10]、同7年(1757年)と飢饉が頻発した。また、関東より一帯にかけて間引き[11]が広く行われるようになったのもこの頃である[12]。昌益は、このような現実を凝視し、考えた。


「…中平土の人倫は十穀盛りに耕し出し、山里の人倫は薪材を取りて之を平土に出し、海浜の人倫は諸魚を取りて之を平土に出し、薪材十穀諸魚之を易へて山里にも薪材十穀諸魚之を食し之を家作し、海浜の人倫も家作り穀食し魚菜し、平土の人も相同うして平土に過余も無く、海浜に過不足無く、彼(かしこ)に富も無く此に貧も無く、此に上も無く彼に下も無く…上無ければ下を攻め取る奢欲も無く、下無ければ上に諂ひ巧むことも無し、故に恨み争ふこと無し、故に乱軍の出ることも無き也。上無ければ法を立て下を刑罰することも無く、下無ければ上の法を犯して上の刑を受くるといふ患いも無く、…五常五倫四民等の利己の教無ければ、聖賢愚不肖の隔も無く、下民の慮外を刑(とが)めて其の頭を叩く士(さむらい)無く、考不孝の教無ければ父母に諂ひ親を悪み親を殺す者も無し、。慈不慈の法教(こしらえおしえ)無ければ、子の慈愛に溺るる父も無くまた子を悪む父母も無し。…是れ乃ち自然五行の自為にして天下一にして全く仁別無く、各々耕して子を育て壮んに能く耕して親を養ひ子を育て一人之を為れば万万人之を為して、貪り取る者無ければ貪り取らるる者も無く、天地も人倫も別つこと無く、天地生ずれば人倫耕し、此外一天の私事為し。是れ自然の世の有様なり」


— 「自然真営道」第25巻中「自然の世論」の要所を抜き出したもの、(丸山眞男『日本政治思想史研究』東京大学出版会、1952年、261-262ページ)

『自然真営道』の内容は、共産主義や農本主義エコロジーに通じる考えとされているが、アナキズム(無政府主義)の思想にも関連性があり、間口の広さが見受けられる。またこの書の中で昌益は江戸幕府封建体制を維持し民衆を搾取するために儒教を利用してきたと主張して、孔子と儒教、特に朱子学を徹底的に批判した。


林基は、「イデオロギーの上でも、宝暦年間は重大な画期をなす。最大の指標は安藤昌益の『自然真営道』の成立である」「その基礎である幕藩封建制的大土地所有を根本から否定し、現存の一切の支配的イデオロギーを徹底的に批判した『自然真営道』の成立こそは、まったく画期的な変化の指標としなければならない。それは享保ー宝暦年間における階級闘争の質的転化の過程が生み出したものとみることができる」と論じている[13]


後に駐日カナダ大使であるH(ハーバート)・ノーマンの手により、『忘れられた思想家―安藤昌益のこと』原書名:Ando Shoeki and the Anatomy of Japanese Feudalism(大窪愿二訳、上下、岩波新書、1950年)が記されることで周知の人物となった。


奈良本辰也は1935年頃に『統道真伝』写本五冊を、京都大学国史研究室の書庫の片隅で、埃をかぶって放置されているのを発見している。奈良本は、これが写され始めたときには、世にも貴重な史料として迎えられたのであろうが、どうしたわけか、あまりひと目につかなかったのであると記している[14]


1976年、三宅正彦は、昌益の社会変革論は尊王論の系譜に入れるべきという考えを提示した[15]。それを受けて早川雅子は、「私法神書巻」(稿本『自然真営道』巻九)の分析によって昌益の尊王攘夷論を立証した[16][8]




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「労使協定(36協定)」は本当に正しく機能しているか

某スレッドの主記事のみ転載。(各コメントは略。というのは、間に挟まる糞CMが消せないからだ。最近、そういうスレッドが多い)

月150時間の残業と聞くとイメージが湧かないだろうが、強引にひと月を30日と計算しても毎日5時間の残業である。ひと月30日、つまり、休日無しで労働した上に毎日5時間の残業をしたら、疲労困憊して、患者を診るどころか自分が患者になるだろう。
あるいは、ほぼ週休1日として、計算の簡略化のために月25日の労働日としても、毎日6時間の残業であり、これは通常の労働時間である8時間とそれほど変わらない。つまり、毎日、二人分の労働をするわけだ。
これで病気になったり過労死しないほうがおかしいわけで、いったい新しい「労使協定」とされているこの150時間上限は、労働者側の「代表」が本当に代表だったのか、それとも使用者側が勝手に決めて、労働者である医師たちに事後承諾させたのか、怪しいものである。この病院に組合があれば、まず、こんな協定は結ばないだろう。
医師で、高い給与を得ているだろうから、人の2倍働かされていい、ということにはならない。医師の高給与は知識と技術と経験に対して支払われるのであって、長い労働時間の対価ではない。


(以下引用)


岐阜市民病院「残業時間の上限を100時間から150時間に伸ばしたろ!これで解決や!」

<岐阜市民病院>残業上限150時間に増 是正勧告受け改悪
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171119-00000004-mai-soci

時間外労働に関する労使協定(36協定)で定めた月100時間の上限を超えて医師に残業させたとして岐阜労働基準監督署から是正勧告を受け、
岐阜市民病院(同市鹿島町)が、上限を150時間とする協定を結び直していたことが18日分かった。「労働基準法の趣旨に反し、ナンセンスだ」と批判の声が上がっている。










(徽宗追記)今見たスレッドのコメントが、労働問題についての非常に的確なアドバイスなので、追記しておく。たいていの労働者(特に、学歴やコミュ力などの「武器」の無い人)は、ブラックな環境でも、ここを辞めると次が無い、先が無いという恐怖で、その環境に耐えてしまうものだ。だが、「振り上ぐる刃の下こそ地獄なれ、一足進め、先は極楽」、とかいう剣道の道歌もある。



務めてる会社が数字命!支社増やすこと命!身を粉にして働け!でなければしね!みたいな方針


2017年11月23日 04:05


http://kohada.open2ch.net/test/read.cgi/kankon/1509369186/
何を書いても構いませんので@生活板52
918 :名無しさん@おーぷん : 2017/11/21(火)22:29:07 ID:Cqx
務めてる会社が数字命!支社増やすこと命!
人件費がかかる?人手が足りない?残業代?そんなもんしらん!
身を粉にして働け!でなければしね!みたいな方針
若い人や仕事が出来る人はみんな辞めて、
残ってるのは仕事>個人優先の悪い意味で昔基質の人ばかりか、優しすぎる人ばかり
わたしは、お客さんが、ほかの職員が困る、とか言い訳にして
転職せずに三年目の冬を迎えるただのあほ


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支社の一つで、とある大事な部署をわたし含めて四人で回してたけど、
きょう四人のうちのひとり(パートさん)が、旦那さんが倒れたことでやめる線が濃厚になってきた
補充は期待できない、他支社に応援をお願いすることも出来るかわからない、
かといって三人じゃどう足掻いても休み無しは確定
もう既に先行して休みの届け出だして、
遊びや旅行の予定やらいれていたけど、どうなるかわからない
一緒に旅行や遊びの予定考えて楽しみにしてる家族や友人には連絡したけど、
悲しい顔させてしまうだろうな
なんでこんな時に倒れるんだよなんて少しでも思ってしまって、
会社に毒されてるなって思って、恥ずかしくて死にたくなった
私情でも時々お世話になってる旦那さんなのに、酷いこと考えてしまった ああああ
休み返上して頑張らなきゃ……

927 :名無しさん@おーぷん : 2017/11/22(水)06:11:35 ID:qGP
>>918
いや、休みはとりなされ
誰かが死ぬまでそんな働き方するの?
超過勤務の証拠は取ってる?

仕事が回らなくなった時に、会社は当然従業員の職務怠慢を言ってくるよ
その時に、どう考えてもこの人数では無理な仕事量だという証拠と、
それを上申していた事実がないと
ただ身体を壊して不名誉な退職をするハメになる
激務ハイになっちゃダメ、そろそろ裁判沙汰の準備をして、会社と戦うべし
(裁判しろっていうんじゃなくて、裁判したら勝つよって立場で会社と交渉しろって事ね
人員補充と時間外手当の支給をな)











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モリカケ問題の重点は斡旋利得供与ではなく事件隠蔽工作にある

小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」から一部を転載。
モリカケ問題の急所を明確に描いているのが、赤字にした部分である。
政府によってこれほどの隠蔽工作が公然と行われた事件というのがそもそも前代未聞であるからこそ、国民のほとんどがモヤモヤした気持ちのままでいるわけだ。
まあ、百歩どころか一万歩譲って、身近な人間への総理の利益供与が「あってもいい」という田沼意次擁護派的な立場を取るにしても、政治事件における隠蔽工作がこれほど堂々と行われ、しかもそれが何の処罰も受けないとすれば、それこそ政治の死だろうし、民主主義の死だろう。



(以下引用)



 逆に言えば、総理が、2月の段階で、昭恵夫人による学園への寄付の真意(あるいは寄付の有無)や、学園の設立への関与について、それなりの事情説明なり陳謝なりをしていれば、コトは総理周辺のちょっとした「脇の甘さ」の問題として決着していたかもしれないのだし、国有地が不当に安い価格で払い下げられていた問題にしても、関係した官僚や政治家がしかるべき情報を開示したうえで当時の事情を説明していれば、事件全体は、何人かの役人のクビと引き換えに決着する小規模な利益誘導案件で終結していた可能性が高い。いずれにせよ、倒閣や首相更迭に値する話ではなかった。



 後から浮上してきた加計学園をめぐる不祥事についても同様だ。



 報道の核心は、「総理のご意向」文書(が存在したのだと仮定して)の適法性や、当該の獣医学部認可や規制緩和特区の選定への総理の関与の有無を追及する声から、次第に、政府が関連文書を隠蔽し国会答弁を拒否している姿勢への攻撃にその重心をシフトしていった。



 これは、見ようによっては、「たいした疑惑が隠れているわけでもない、ごく一般的な不祥事をことさらに大きく取り上げて、倒閣の材料にすることを狙っている反日マスゴミによる策動」に見えるのかもしれない。



 実際に、一部のネット論客はそう見ているし、メディア内でそれなりの仕事をしている人たちの中にも、モリ・カケ問題を「一部メディアによる偏向報道」と断じている向きは少なくない。



 私の見るに,マスメディアがこの件を執拗に追っているのは、必ずしも倒閣を目的としているからではない。
 といって、彼らが事件を針小棒大に報じようとしているとも思わない。



 倒閣を熱望している記者がいないとは言わないし、全体として現政権に良い感情を持っていない報道機関だってあるのだろうとは思っている。でも、だからといって、彼らが倒閣のために記事を書いていると断ずるのは軽率だろう。



 メディアの人間がこの話題に固執しているのは、ごく単純な話、事件にかかわる情報があまりにも不自然に隠蔽されていることに対する、取材者として極めて自然なリアクション、だと思う。



 資料が廃棄され、関係者が取材を拒み、疑惑の当事者である学園長が参考人招致を拒絶するのみならず世間から姿をくらまし、もう一方の当事者であった当時の文科省次官が情報をリークすればしたで、その元次官について世にも不自然な下半身不祥事が全国紙に暴露され、そうしている間にも認可前の新設学部の建設工事は停滞することなく進められ、最先端の獣医学に寄与するという建前にもかかわらず大学院設置へのロードマップは明示されず、四国地方に獣医師が不足しているという開学理由を裏切るようにして韓国での留学生募集が始められていることが明るみに出てきているからこそ、事件の取材に携わる記者たちは、意地になって記事を書き続けて、次につなげようとしてきたのだと思う。



 いわゆる加計学園疑惑報道(=疑惑そのものではなく報道)を攻撃する言葉として最も典型的に繰り返されているのは



 「なんのエビデンスも無いじゃないか」



 というセリフだったりする。





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このような搾取企業が存在を許されていること

好記事であり、潜入ルポを書いた記者は尊敬に値する。
このような労働環境であるにも関わらず、それを問題視する発言に対しては、だいたい、「それでもそこで働きたい人がいるんだから、問題ないじゃない」という声を聞くものだが、ヤクザや売春も、「それでもその仕事で働きたい人がいるんだからいいじゃない」となるだろうか。
日本の労働環境は、小泉以降の新自由主義体制の中で極度に劣化しており、一億総ブラック組織時代に見える。


(以下引用)




「ユニクロ潜入1年」で見えた現場の疲弊、“やりがい搾取”の罠

「ユニクロ潜入1年」で見えた現場の疲弊、“やりがい搾取”の罠: 横田氏が潜入した3店舗の中で、もっとも規模が大きく、かつ仕事がキツかったというビックロ(東京都新宿区)。1年間の潜入取材で見えた、ユニクロの現場の真実とは…© diamond 横田氏が潜入した3店舗の中で、もっとも規模が大きく、かつ仕事がキツかったというビックロ(東京都新宿区)。1年間の潜入取材で見えた、ユニクロの現場の真実とは…


アルバイトとして潜入取材を敢行し、このほど「ユニクロ潜入一年」(文藝春秋)を発表したジャーナリストの横田増生氏。現場から見たユニクロの今と、柳井正・ファーストリテイリング社長について、語ってもらった。(聞き手/ダイヤモンド・オンライン編集部 津本朋子)

ユニクロ店舗の仕事はなぜしんどいのか?

──1年間でイオンモール幕張新都心店(千葉県千葉市)、ららぽーと豊洲店(東京都江東区)、そして、超大型店であるビックロ(東京都新宿区)の3店舗に潜入したわけですが、本を読むと、なかなかどこもしんどい職場ですよね。


 ユニクロの決算数字を追っていけば分かりますが、国内ユニクロ事業に関しては、対売上高人件費比率をだいたい10%前後に抑えています。そうやって利益を確保しようという戦略だから、ヒマな時期は「早く帰ってくれ」となるし、逆に繁忙期にも人手を増やすのではなく、今いる人数でヘトヘトになるまで働け、となるわけです。


 でもね、僕は人件費はその他の経費とはやっぱり違うと思うんです。だって人の心がついている経費だから。その先にはリアルの従業員がいて、彼らの生活がかかっている。本にも書きましたが、関西でアルバイトをしていたシングルマザーの女性は、ヒマな日はシフトの途中でも帰ってくれと言われる一方、ギリギリまでシフトを削っておいて、当日に回らないとなると「お願いです!!!!」と悲鳴のような出勤要請がLINEで送られてくる日々で、「本当に振り回された」と涙声で話してくれました。


──ユニクロはSPA(製造小売り)で成功した企業で、それまでのアパレル業界で一般的だった、幾重にも挟まっている中間流通業者を整理したという意味では画期的だったと思うのですが、店舗のオペレーションに関しては、驚くほど前時代的というか、人海戦術でなんとか乗り切ろう、という根性論に見えました。


 ユニクロは元々、ロードサイドに展開した小型店から出発しています。「Help Yourself」を掲げ、小さな倉庫みたいな雰囲気だったんです。しかし拡大路線を走る中で、店舗運営に関しては、業務を上からどんどん足して無理やり積み上げたような成長の仕方をしたと思います。


 たとえば、2015年11月、書き入れ時の感謝祭(毎年5月と11月に行われる)が不調だったため、当時働いていた幕張新都心店の60畳ほどのバックヤードには、300個以上の在庫が積み上がりました。それなのに、本部からは販売計画通りに次々と商品が送られてくるから、在庫は増える一方。お客様から欲しい商品を尋ねられ、それが店頭にないとなると、われわれスタッフはバックヤードに走って在庫確認をするんですが、社内ルールで「在庫確認は5分以内」という縛りがあるんです。

無理難題で疲弊する日々システムの未熟さがブラックの原因

──なかなかハードですよね。


 もうね、ほぼムリですよ(笑)。大量の段ボールが置かれたバックヤードを走るのは、まるで障害物競走のようでした。豊洲店は幕張新都心店よりバックヤードが狭かったんですが、あるとき、探していたスタッフの頭上に段ボールが落ちたことがあった。たまたま中身がほとんど入ってない箱だったから良かったけれど、パンパンに詰まっていたらケガをしたと思いますよ。


──店舗の運営システムが現実の作業量に追いついていないからブラックにならざるを得ない、言わば「構造的ブラック」というような話ですが、不満の声はなかったんですか?


 転職組の人たちは、「おかしいんじゃない?」と口にしたりしてましたね。あと、取材で会ったユニクロを辞めた人たちは、退職後に目が覚めたようでした。「今の仕事は土日にちゃんと休めるんです」とか、「この仕事でこんなに給料がもらえるなんて!」とか、みんな感激してるんですよ。「いや、それが普通だから」って話なんですが。


 でも、外の世界を知らないで働いている人たちの多くは、僕には一種の宗教なんじゃないかと思えるくらいに信じきっているように見えた。


 たとえば16年11月のビックロでの感謝祭のときは、前年が不調だったために4日間から7日間に日程が増えたこともあって、本当にきつかった。7日目にもなると、さすがに休憩室でもみんなぐったりしてるんですが、40代くらいの地域社員の女性は、「感謝祭って人がいっぱい来て、チョー楽しいよねえ!!」って、大声でキンキン騒ぐんです。さすがに異様で、僕らバイトはドン引きですよ。この人もユニクロ一筋の職歴でした。

「やりがい搾取」の一方で疑問を持たない社員たち

──幕張新都心店では、店長が真顔で「会社が倒産するかも知れない危機です」とスタッフに告げて、シフト時間を削るシーンもありました。


 これは豊洲店でも言ってました。どうやら閑散期にシフトを削るための常套句のようです。ビックロではたまたま、僕がいた期間はずっと繁忙期だったから聞かなかったけれど、閑散期になったら言っている可能性はあります。大ウソもいいところですけどね。


 ファーストリテイリングは業績だけ見れば優良企業なわけで、人件費を削らないと倒産するだなんてあり得ないでしょう?ただ、みんなの反応を見ていると、どうやら信じているみたいでした。逆に、こういうのを信じられない人は辞めていきます。「一緒に決算書読もうよ」って言いたかったですね、本当に。休憩室に置いてあった日経新聞はいつもまっさら。誰も読んでないんです。


──忙しすぎて読むヒマがないんですかね。


 きっとそうでしょうね。ほかにも「なんで?」って言いたくなるような、おかしな話はいっぱいありました。店舗では週に1回、柳井社長の発言が載る「部長会議ニュース」が貼り出されるんです。僕は潜入中、欠かさずチェックしていましたが、柳井社長は「〜していただきたい」とオーダーを頻発します。でも、「一体どうやったら達成できるんだ」と首をかしげるような話が多かった。


 彼は人の2倍、3倍働け、そうすればバイトだって給料をうんと上げる、というようなことを言うけれど、現実として、ユニクロのバイトは4年働いてもたった20円しか時給が上がらないような仕事です。それなのに、バイトであってもプロ意識を持て、人の倍働けだなんて、「やりがい搾取」そのものです。


 バイトだけじゃなくて、社員だって大変です。僕が取材した限りでは、「店長クラスでも年収は400万円台が大半なんじゃないか」という話でした。しかも、本当に余裕なく働いています。外の世界を知らないと、これが当たり前だと思ってしまう。「やりがい搾取」の罠にまんまとハマってしまうんです。

ユニクロを覆う秘密主義にノーを突きつけたかった

──この本を読むだけで、頭痛がしてくるくらいに現場の疲弊感がひしひしと伝わってきましたが、よくこんな大変なルポをしようと思いましたね。


  僕は前著(「ユニクロ帝国の光と影」文藝春秋刊)の執筆時から、ユニクロを取材してきました。随分取材を申し込みましたよ。だけど、あまり受けてもらえないから、独自取材を中心に前著を書いたところ、名誉毀損で文藝春秋が訴えられました(14年に文春の勝訴が確定)。その後も決算会見すら出入り禁止になりました。


 あの会社は徹底的な秘密主義なんです。社員たちに取材をしようにも現役の人はもちろん、退職後の人も「守秘義務違反になる」と怯えて口が重い人が多い。クビになるんじゃないかとか、辞めた人でも訴えられるかもとか、恐怖があるんです。


 でもね、守秘義務って商品に関わるデザインとかパターンとか、そういうものを守るというのは分かるけれど、何でもかんでも守秘義務を盾に言動を縛るっていうのはおかしいでしょう?  だったら僕が潜入取材をして記事を書いたらどうなるんだろう、本当に僕を懲戒解雇にできるの?と問うてみたかったんです。結果は、諭旨解雇でした。対応した人事もおっかなびっくりに見えましたよ。やっぱり簡単に人をクビになんてできない。こんだけ書いても、僕は懲戒免職にはならなかったんです。


──おかしなことに「ノー」を突きつけたかった、と。


 ユニクロでは、柳内さんの言うことは、どんなおかしなことであっても“絶対”なんですよ。「柳井教」なんじゃないかと言いたくなるくらい。僕は、それってヘンじゃない?って問いたかったんです。そして、社員や元社員にも「もっとしゃべろうよ。大丈夫だよ」と言いたかった。


 柳井さんには、「現場をもっと見ようよ」って言いたいですね。たとえば感謝祭で自らレジ打ちするなんて、僕はいいと思うけどなあ。どんなチラシをまくよりも集客効果もあるだろうし、現場を知るチャンスにもなるでしょう。


 柳井さんは新聞のインタビューなどで「勤務環境を改善した」と言っています。確かに良くなっている面もありますが、まだまだ道半ばです。僕が潜入した3店舗とも、社員はサービス残業をしていましたし。しかし、勤務記録には載せていなかったから、柳井さんの目には入らないのでしょう。


 残業時間が予定をオーバーしたら罰する、というようなやり方をすれば、現場は隠したりごまかしたりする方向にいってしまうのは当然です。「なぜオーバーしてしまったのか」、経営者は理由を現場に聞いて、効率化策を考えないと。これからもユニクロはウォッチしていきますよ。








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自分が一杯の紅茶を飲むためなら全人類が死滅してもよいという思想

「ギャラリー酔いどれ」から転載。
下の記事に書かれている内容に一言でも反論できる人はおるまい。しかし、そこで推奨されている社会政策が社会主義思想そのものであると言えば、おそらく9割9分までの人が、ここに書かれた提言を否定するのではないか。それほど社会主義とか共産主義への根深い嫌悪が世界中でばら撒かれているのである。もちろん、それこそが資本主義(経済的自由主義、富者の利益擁護の思想)の利益を得ている上級国民の長年の洗脳と工作によるものだ。




(以下引用)

日本破壊が進行し、すでに腐れユダ米になりつつあり、

◆https://www.chosyu-journal.jp/review/5469
長周新聞  2017年10月28日
アメリカンドリームの終わり ー
 あるいは、富と権力を集中させる10の原理
』 著 ノーム・チョムスキー



本書は、アメリカの著名な言語学者で、早くからアメリカの貧富の格差を
批判し政治・哲学・教育の面から発言を続けてきた

ノーム・チョムスキー(マサチューセッツ工科大学名誉教授、88歳)が、
みずから「この長さのドキュメンタリー形式でのインタビューに応じるのは、
これが最後」と銘打つ映画の原書として編集・出版された。

働いても働いても、暮らしは良くならない。

むしろ悪化の一途をたどるばかりで、今の社会構造の枠内からは、

その出口は見えてこない


著者は、

「貧乏な家に生まれても、刻苦勉励すれば豊かになれる」という

アメリカンドリーム」がすでに終焉したこと、

それが1970年代半ばからの 新自由主義・市場原理主義、

経済の金融化と製造業の海外移転」の帰結であることを

歴史的構造的に浮き彫りにしている。

1%の10分の1にすぎない超富裕層と大多数の貧困層との巨大な格差が、

今日のアメリカはもとより世界における相容れない階級的な対立関係を
赤裸裸にしている。

著者はこの間、富裕層・権力層が貫いた「富と権力を集中させる原理」の内実を

「民主主義を減らす」 「若者を教化・洗脳する」から、

「民衆を孤立化させ、周辺化させる」など、10項目に分けて展開している。

著者はそこには「すべては自分のためであり、他人のことを考慮する必要は一切ない

という「下劣な行動原理」が横たわっていることを明確にしている


かれらの政策はいかに装おうとも、「自分たちだけの利益を増やし、

他のすべての人たちに被害を与える」ものでしかなかった。

著者は、アメリカでは歴史的に「特権階級や権力層」が民主主義や社会保障を
好んだことは、決してなかったと指摘する。

富裕層はそれを嫌い憎悪してきた。

かれらにとって「民主主義は民衆の手に権力を委ねること」につながるからであり、

社会保障は「一般民衆にとって利益になることだから」である。


民主主義についていえば、アメリカは
入植者による先住民の大虐殺 のうえに成立した社会であり、

その民主主義は原住民や黒人奴隷、国内で搾取する労働者や
海外の侵略・征服地には適用されてはこなかった。

著者はまた、為政者は「財政難」を理由に社会保障予算に大ナタを振るうが、
そこでは財政的な危機は問題にもならないと指摘する。

社会保障は、国民の大多数にとっては生き抜いていく切実な手段だが、
「富裕層にとっては意味がない」のであり、

気に入らない政策は破壊の対象でしかない

国民の税金は 自分たちの利益のために湯水のように使うが、

国民が求める政策は税金ではなく、

民営化など別の方策で 国民にさらなる負担を強いるのである。


自己責任は民衆にのみ適用 富裕層は血税で救済

著者は、公教育、医療など社会的に保障すべき分野で求められるのは、

お互いに他者を思いやる」という「連帯と団結」の原理であると指摘する。

だが、富裕層はこの原理を破壊して、

自己負担、自己責任の論理でとってかえてきた。

そこから、「政府は経済活動に口出しするな、市場にすべてを任せろ」

という市場原理、新自由主義だが、

それは「貧しい人たちや弱者に適用されるが、富裕層や権力者層には実施されない」

現実が浮かび上がる。

国家は富裕層の利益のために、大多数の国民を犠牲にする道具として利用されている
という指摘でもある。

「アメリカ国民はお互いに競争させられる中で、さまざま権利を奪われ、
社会保障を削られ、あるいは破壊され、

もともと限界のあった医療制度さえ削られ、あるいは縮小させられている。
これらはすべて市場原理主義の結果だ」。

一方、富裕層にとっては「国家はいつでも何かことがおきたときには駆けつけて

救済してくれる強力な存在」である。

つぶれる銀行は自由につぶれるにまかせるのではなく、

国民の巨額の血税を投入してその救済に全力をあげるのである。


自由貿易」についても、「富裕層と特権階級を守るための貿易制度」であり、

その本質は「世界中の労働者をおたがいに競争させて、

賃金を下げなければならないように追いこむことにある
」と論じている。


グローバル化のもとで、アメリカ労働者が 搾取され尽くしている中国の労働者と

競争させられ、中国でも貧富の格差が増大した。


アメリカが「自由貿易」の名で国外に輸出しているのは、

富を一部の集団に集中させ、働く人人に重税を課し、

その権利を奪い搾取するためのさまざまな価値だという。


著者は、現状からの民衆の脱却は
このような富裕者・権力者の支配システムの枠内では決してできず、

かれらの少数者の利益のために国民を苦しめる国家を根絶する闘いによってのみ
可能であることを明確にしている。

正当性のない政府を倒し、自由と正義の領域を拡張するのが、

わたしたちの義務である。そのような運動を組織し、それに参画し、

献身・努力することが、国民のもうひとつの仕事なのだ」と。


本書ではとくに、その実現には、この社会を支える「大多数の名も無い人人の力」

を束ねることが不可欠であることを押し出している。

その視座には、歴史上の大変革が成しとげられたのは、

「偉大な組織者がいたことからだけではない。その裏には

たくさんの人たちの絶え間ない努力があったからだ。

かれらは自分たちの職場や共同体など自分たちの居場所で活動し、

民衆運動の土台を築きあげてきた。そのことが変革をつくりだすことになっていった」

という、著者の確固たる信念を見ることができる。


著者は、オバマが大統領選で「ホープ(希望)とチェンジ(変革)」を叫んで、

政策を具体的に明らかにしなかったように、

広告業界が 操る選挙運動が候補者の派手なきらびやかな幻想が振りまかれるだけで、

有権者が関心を持つ重要な政策問題から有権者を遠ざける

ものとなってきたことへの批判にページを割いている。

そして、政治家たちが広告業界に巨額の資金を投じて、そのような宣伝をするのは、

「民衆というものは理性的な判断を下すものだと知っているからである」

と強調している。

かれらの本当の政策は有権者の要求と対立するものであり、

そのような宣伝をして欺まんしなければ、
有権者が理性的に判断するからだという指摘である。


著者はさらに、「二大政党とは別の独立した第3の政党を望むのであれば、

4年に1回投票するだけでは不十分」だとして、

「絶え間ない闘いが必要」だとのべている。

そこではとくに、いわゆる「左派」がその面で
富裕層の宣伝に絡めとられるという大きな弱点を抱えている現状を明確にしている。

それは、かつて19世紀のアメリカで「賃金奴隷制の廃止」のために、

労働組合が労働者の闘いの先頭に立ち、一般民衆の生活の向上に貢献してきた
ことと対比させての提言でもある。

そして今日、民衆運動においてソーシャルメディアは役に立っているが、
それに埋没するのではなく、

人びとに学び、直接に交流すること、直接出かけ、人びとに話しかけ、

意見に耳を傾ける活動
」を重視する
よう訴えている。



翻訳者の寺島隆吉氏(元岐阜大学教授)は「訳者あとがき」で、

「今の日本を見ていると今日のアメリカは 明日の日本だ

と思うようになりました。

本書が 明日の日本に対する警告の書 になることを願ってやみません」と記している。

また、本書の項目ごとに文献など第一次資料からの抜粋を挟むとともに、

随時、訳注を掲げるなど理解を深めるうえでの便宜を提供している。

(明石書店発行、304ページ、1800円+税)


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政治的に未開人である日本人

一から十まで高村薫のお言葉どおり。
日本人というのはこれほどまでに馬鹿なのか、キチガイなのか、と思うのだが、街頭アンケートやネットアンケートなどではまともな政権批判の数字が出るのだから、これはやはり不正選挙を疑うのが当然だと思う。要するに、不正選挙が行われるかぎり、政治を変えるのは暴力革命しかない、という、実に残念な結論になるしかなさそうだ。しかし、暴力革命というのは、先頭に立つ人間は皆殺しにされる覚悟で行うものである。誰がそういう割の合わない役回りを進んで演じるものか。
というわけで、奴隷国民は永久に「偽民主主義」の白日夢の中で眠り続けるわけである。

まあ、鞭で叩かれて肉体労働するようなことは無いだけ、昔の奴隷よりはマシか。しかし、そういう「庶民の待遇改善」は欧米先人による社会運動の恩恵なのである。自分たちで血と汗を流す経験も無しに、欧米の人権思想の遺産だけをタダで得て自己満足してきた怠惰で幼稚な国民なのだから、今のような状況になったのも当然だろう。日本人の精神年齢は12歳だ、と言ったマッカーサーの言葉は今もなお事実なのである。それも、かなり徳性の低い中2レベルだろう。卑怯卑劣無知無教養なDQN中2レベルではないか。要するに、下種民族だ。




(以下引用)


衆院選前に野党がたった1日で消滅 「まともな国では起きない」と高村薫氏〈AERA〉


10/21(土) 11:30配信


AERA dot.


 間近に迫った衆院選を、小説家・高村薫さんはどう見るのか。インタビューで聞いた。

*  *  *
 今回の総選挙をメディアは3極が争う構図と報じていますが、違います。小池百合子代表が自民との連立に言及した時点で、希望は完全に「第2自民党」になった。選挙協力する維新は、元々官邸と極めて近い関係にある。自公プラス希望・維新は右派、そして、瓦解した民進から希望に合流しなかった立憲民主は枝野幸男代表を除き明確に左派です。中道がない2極構図になった。私も含めて有権者の概ね半分は、政治的には穏健な中道のはずですが、その人たちが票を投じる先がない。

 小池さんはとことん権力ゲームが性に合っているのでしょう。いろんな政党を渡り歩いて権力ゲームの中に手を突っ込んで、機敏に先端に躍り出てきた。一方で、政治は自分のステージを上げるための道具であって、ポジションをつかんだ後に具体的に何をしようという信念は感じられない。原発ゼロなのに再稼働OKとか、花粉症をゼロにするとか選挙公約も意味不明です。都知事就任後も、五輪施設の見直しや、築地市場移転問題では築地も豊洲も生かすと言ってみたり、掲げた公約は中途半端。極めつきは、築地と豊洲併存の検討記録が残っていないことを、公約でもある情報公開方針と矛盾すると追及されると、政策決定者たる自分は人工知能だから文書が不存在なのだと言い募った。

 私が有権者の政治意識で気になるのは、すぐに忘れてしまうことです。昨夏の都知事選で大きく下がった自民党の支持率は、9月には持ち直した。森友・加計問題も、野党が求める臨時国会召集の要求を2カ月放置し、ようやく召集したと思ったら冒頭解散。この間、これからは丁寧に説明すると頭を下げた安倍晋三首相は、結局それもしなかったのに、支持率が40%台に回復してしまう。



 私は一有権者として政治家の重大な発言はわりに覚えています。だから小池さんが核武装も検討に値すると発言したことも、防衛大臣時代に喜々として自民党の安保観を代弁していたことも、靖国神社に参拝を続けてきたことも覚えている。最近とても驚いたのは、関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式に追悼文を送らなかったことです。タカ派で知られた石原慎太郎氏でさえ毎年してきたし、歴代都知事は全員が行ってきたことです。

 有権者で今の生活に大満足という人がいるでしょうか。好景気の実感は全くないし、非正規雇用者は特に長時間労働を強いられているし、大金かけて塾に行き倒さないといい学校に進めないような教育格差の拡大。富の再分配がきちんと行われず、経済政策も日銀の金融政策任せ。新エネルギー政策を本気で推進したらすごい産業構造の改革が起こるはずなのに、グズグズと原子力になし崩しに戻す。沖縄に強いてきた米軍基地負担問題だって、本来は返還から総括して経緯を理解したうえで議論しなければいけないのに、争点にすらなっていない。暮らしも社会も全て政治のせいで傷んでいるのに、有権者が「不透明だね」という情緒的な疑問で終わらせている。

 私が選挙権を得て四十数年になりますが、今回は間違いなく最低の選挙です。仮にどんな結果が出ても、改憲勢力の大連立でしょう。かつて派閥の均衡のうえにハト派からタカ派までが共存し、長期政権を築いた自民党はマシだったんだなと、振り返ればしみじみと思います。

 小選挙区制がその派閥政治を壊し、風頼みで選挙結果が左右され、本来政治家の資質のない人が当選しては問題を起こす繰り返し。揚げ句の果てに5年前まで政権政党だった野党第1党が、たった一日で消滅するマンガみたいなこと、まともな国では起きませんよ。行政府の長である首相が自分を立法府の長と平気で間違えたり、捜査機関も裁判所も政府にベッタリのこの国は、そもそも三権分立が機能していない。有権者はもっと怒らなきゃいけないんですよ。(構成 編集部・大平誠)

※AERA 2017年10月23日号


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マスコミによる公職選挙法違反の指摘

マスコミによる選挙結果誘導的報道を誰もが苦々しく思っていただろうし、私もそうなのだが、そういう行為が公職選挙法によって明白に禁止されていることは、下のツィートで初めて知った。
これは、マスコミ各社に対し、徹底的に問い詰めるべき事案だろう。
広く拡散するべき指摘である。



(以下引用)



            さんがリツイート
10月12日

そういや、誰か教えて欲しいんですが、序盤情勢の公表って、 公選法第一三八条の三「何人も、選挙に関し、公職に就くべき者を予想する人気投票の経過又は結果を公表してはならない」 にあたらないんですかね?


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国会議員定数の問題

  1. 国会議員定数の問題についての問題提起として挙げておくが、私自身は下の意見にまったく反対である。国の人口が2倍になったら国会議員数も2倍にすべきだという理屈がまったく分からない。それよりは、議員が少人数だと買収が容易になる、という理屈のほうがまだ納得できるが、それにしても、全員を買収する必要は無く、与党議員を買収すればいいだけだろう。
  2. 私としては、現在のように巨大な議員数では「顔の見える議員」がほとんどおらず、ただ与党の頭数として存在するだけの陣笠議員が大半になるとしか思っていない。しかし、さほど深く考えてはいないので、備忘的に下の記事を保存した。
  3. なお、東京や大阪など大都市は人口に応じて議員数が異常に多いが、なぜ人口比にする必要があるのか、そこを問題にした人を私は知らない。まるで、人口比にするのはアプリオリな正解みたいな扱いで、これも多くの人が騙されていることではないかと思う。人口比にすれば確かに大都市の意思が優先的にされるだろうが、これはたとえばトヨタなどの社員は町工場の社員の2倍の人権を持っている、というに等しいのではないか。




                さんがリツイート
  1. 返信先: さん
  2. かなり不合理だと思います。選挙制度はともかく、圧倒的に議員の数が少ない上に、行政機関も肥大化しています。副大臣・大臣政務官も数多く、入れなければ、巨大省庁は到底、もたないですよね。あとはなかなか立候補できませんからね。まずは立候補のしやすさも求めるべきだと思います。
  1. 先のご意見にはまったく同意します。天皇の協賛しかできなかった(ことになっている)帝国議会と、「国権の最高機関」たる今日の国会の重みの違いを考えても、人数が同じということは、不合理ですね。
  1. 私もそう考えています。800人くらいいてもおかしくはありません。現在の行政や国会を見ても、人手不足です。
  1. そういや、大日本帝国も将来的には、朝鮮や台湾の代表を加えるつもりはあったといえるでしょうが、その際に人口比で本土と同じくらい朝鮮や台湾から議員を選出したら、衆院だけで700人ぐらいになって、議事堂に入りきらなくなるんじゃ・・・?
  1. 今の国会議事堂ができたのが1936年ですが、当時と今で衆議院の人数が変わらないというのは、考えてみれば妙な話です。議事堂のサイズに合わせて定員決めてるんじゃないんですから。
  1. 承前)それに、貴族院が公選の参議院になったからといって、衆議院と性格が違うのですから、やはり衆議院だけで800人いてもおかしくないはずです。せめて衆院700、参院300の千人ぐらいはいてもいいんじゃないでしょうか。
  1. ちょうど80年前、1937年の衆議院議員選挙の衆議院定数は466で、今回の選挙より1「多い」のです。当時の日本の人口は7000万人くらいですから、人口比で言えば今の議員は800人ぐらいいるべきなのです。貴族院が参議院になったからといっても、なお足りないのです。




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