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このような搾取企業が存在を許されていること

好記事であり、潜入ルポを書いた記者は尊敬に値する。
このような労働環境であるにも関わらず、それを問題視する発言に対しては、だいたい、「それでもそこで働きたい人がいるんだから、問題ないじゃない」という声を聞くものだが、ヤクザや売春も、「それでもその仕事で働きたい人がいるんだからいいじゃない」となるだろうか。
日本の労働環境は、小泉以降の新自由主義体制の中で極度に劣化しており、一億総ブラック組織時代に見える。


(以下引用)




「ユニクロ潜入1年」で見えた現場の疲弊、“やりがい搾取”の罠

「ユニクロ潜入1年」で見えた現場の疲弊、“やりがい搾取”の罠: 横田氏が潜入した3店舗の中で、もっとも規模が大きく、かつ仕事がキツかったというビックロ(東京都新宿区)。1年間の潜入取材で見えた、ユニクロの現場の真実とは…© diamond 横田氏が潜入した3店舗の中で、もっとも規模が大きく、かつ仕事がキツかったというビックロ(東京都新宿区)。1年間の潜入取材で見えた、ユニクロの現場の真実とは…


アルバイトとして潜入取材を敢行し、このほど「ユニクロ潜入一年」(文藝春秋)を発表したジャーナリストの横田増生氏。現場から見たユニクロの今と、柳井正・ファーストリテイリング社長について、語ってもらった。(聞き手/ダイヤモンド・オンライン編集部 津本朋子)

ユニクロ店舗の仕事はなぜしんどいのか?

──1年間でイオンモール幕張新都心店(千葉県千葉市)、ららぽーと豊洲店(東京都江東区)、そして、超大型店であるビックロ(東京都新宿区)の3店舗に潜入したわけですが、本を読むと、なかなかどこもしんどい職場ですよね。


 ユニクロの決算数字を追っていけば分かりますが、国内ユニクロ事業に関しては、対売上高人件費比率をだいたい10%前後に抑えています。そうやって利益を確保しようという戦略だから、ヒマな時期は「早く帰ってくれ」となるし、逆に繁忙期にも人手を増やすのではなく、今いる人数でヘトヘトになるまで働け、となるわけです。


 でもね、僕は人件費はその他の経費とはやっぱり違うと思うんです。だって人の心がついている経費だから。その先にはリアルの従業員がいて、彼らの生活がかかっている。本にも書きましたが、関西でアルバイトをしていたシングルマザーの女性は、ヒマな日はシフトの途中でも帰ってくれと言われる一方、ギリギリまでシフトを削っておいて、当日に回らないとなると「お願いです!!!!」と悲鳴のような出勤要請がLINEで送られてくる日々で、「本当に振り回された」と涙声で話してくれました。


──ユニクロはSPA(製造小売り)で成功した企業で、それまでのアパレル業界で一般的だった、幾重にも挟まっている中間流通業者を整理したという意味では画期的だったと思うのですが、店舗のオペレーションに関しては、驚くほど前時代的というか、人海戦術でなんとか乗り切ろう、という根性論に見えました。


 ユニクロは元々、ロードサイドに展開した小型店から出発しています。「Help Yourself」を掲げ、小さな倉庫みたいな雰囲気だったんです。しかし拡大路線を走る中で、店舗運営に関しては、業務を上からどんどん足して無理やり積み上げたような成長の仕方をしたと思います。


 たとえば、2015年11月、書き入れ時の感謝祭(毎年5月と11月に行われる)が不調だったため、当時働いていた幕張新都心店の60畳ほどのバックヤードには、300個以上の在庫が積み上がりました。それなのに、本部からは販売計画通りに次々と商品が送られてくるから、在庫は増える一方。お客様から欲しい商品を尋ねられ、それが店頭にないとなると、われわれスタッフはバックヤードに走って在庫確認をするんですが、社内ルールで「在庫確認は5分以内」という縛りがあるんです。

無理難題で疲弊する日々システムの未熟さがブラックの原因

──なかなかハードですよね。


 もうね、ほぼムリですよ(笑)。大量の段ボールが置かれたバックヤードを走るのは、まるで障害物競走のようでした。豊洲店は幕張新都心店よりバックヤードが狭かったんですが、あるとき、探していたスタッフの頭上に段ボールが落ちたことがあった。たまたま中身がほとんど入ってない箱だったから良かったけれど、パンパンに詰まっていたらケガをしたと思いますよ。


──店舗の運営システムが現実の作業量に追いついていないからブラックにならざるを得ない、言わば「構造的ブラック」というような話ですが、不満の声はなかったんですか?


 転職組の人たちは、「おかしいんじゃない?」と口にしたりしてましたね。あと、取材で会ったユニクロを辞めた人たちは、退職後に目が覚めたようでした。「今の仕事は土日にちゃんと休めるんです」とか、「この仕事でこんなに給料がもらえるなんて!」とか、みんな感激してるんですよ。「いや、それが普通だから」って話なんですが。


 でも、外の世界を知らないで働いている人たちの多くは、僕には一種の宗教なんじゃないかと思えるくらいに信じきっているように見えた。


 たとえば16年11月のビックロでの感謝祭のときは、前年が不調だったために4日間から7日間に日程が増えたこともあって、本当にきつかった。7日目にもなると、さすがに休憩室でもみんなぐったりしてるんですが、40代くらいの地域社員の女性は、「感謝祭って人がいっぱい来て、チョー楽しいよねえ!!」って、大声でキンキン騒ぐんです。さすがに異様で、僕らバイトはドン引きですよ。この人もユニクロ一筋の職歴でした。

「やりがい搾取」の一方で疑問を持たない社員たち

──幕張新都心店では、店長が真顔で「会社が倒産するかも知れない危機です」とスタッフに告げて、シフト時間を削るシーンもありました。


 これは豊洲店でも言ってました。どうやら閑散期にシフトを削るための常套句のようです。ビックロではたまたま、僕がいた期間はずっと繁忙期だったから聞かなかったけれど、閑散期になったら言っている可能性はあります。大ウソもいいところですけどね。


 ファーストリテイリングは業績だけ見れば優良企業なわけで、人件費を削らないと倒産するだなんてあり得ないでしょう?ただ、みんなの反応を見ていると、どうやら信じているみたいでした。逆に、こういうのを信じられない人は辞めていきます。「一緒に決算書読もうよ」って言いたかったですね、本当に。休憩室に置いてあった日経新聞はいつもまっさら。誰も読んでないんです。


──忙しすぎて読むヒマがないんですかね。


 きっとそうでしょうね。ほかにも「なんで?」って言いたくなるような、おかしな話はいっぱいありました。店舗では週に1回、柳井社長の発言が載る「部長会議ニュース」が貼り出されるんです。僕は潜入中、欠かさずチェックしていましたが、柳井社長は「〜していただきたい」とオーダーを頻発します。でも、「一体どうやったら達成できるんだ」と首をかしげるような話が多かった。


 彼は人の2倍、3倍働け、そうすればバイトだって給料をうんと上げる、というようなことを言うけれど、現実として、ユニクロのバイトは4年働いてもたった20円しか時給が上がらないような仕事です。それなのに、バイトであってもプロ意識を持て、人の倍働けだなんて、「やりがい搾取」そのものです。


 バイトだけじゃなくて、社員だって大変です。僕が取材した限りでは、「店長クラスでも年収は400万円台が大半なんじゃないか」という話でした。しかも、本当に余裕なく働いています。外の世界を知らないと、これが当たり前だと思ってしまう。「やりがい搾取」の罠にまんまとハマってしまうんです。

ユニクロを覆う秘密主義にノーを突きつけたかった

──この本を読むだけで、頭痛がしてくるくらいに現場の疲弊感がひしひしと伝わってきましたが、よくこんな大変なルポをしようと思いましたね。


  僕は前著(「ユニクロ帝国の光と影」文藝春秋刊)の執筆時から、ユニクロを取材してきました。随分取材を申し込みましたよ。だけど、あまり受けてもらえないから、独自取材を中心に前著を書いたところ、名誉毀損で文藝春秋が訴えられました(14年に文春の勝訴が確定)。その後も決算会見すら出入り禁止になりました。


 あの会社は徹底的な秘密主義なんです。社員たちに取材をしようにも現役の人はもちろん、退職後の人も「守秘義務違反になる」と怯えて口が重い人が多い。クビになるんじゃないかとか、辞めた人でも訴えられるかもとか、恐怖があるんです。


 でもね、守秘義務って商品に関わるデザインとかパターンとか、そういうものを守るというのは分かるけれど、何でもかんでも守秘義務を盾に言動を縛るっていうのはおかしいでしょう?  だったら僕が潜入取材をして記事を書いたらどうなるんだろう、本当に僕を懲戒解雇にできるの?と問うてみたかったんです。結果は、諭旨解雇でした。対応した人事もおっかなびっくりに見えましたよ。やっぱり簡単に人をクビになんてできない。こんだけ書いても、僕は懲戒免職にはならなかったんです。


──おかしなことに「ノー」を突きつけたかった、と。


 ユニクロでは、柳内さんの言うことは、どんなおかしなことであっても“絶対”なんですよ。「柳井教」なんじゃないかと言いたくなるくらい。僕は、それってヘンじゃない?って問いたかったんです。そして、社員や元社員にも「もっとしゃべろうよ。大丈夫だよ」と言いたかった。


 柳井さんには、「現場をもっと見ようよ」って言いたいですね。たとえば感謝祭で自らレジ打ちするなんて、僕はいいと思うけどなあ。どんなチラシをまくよりも集客効果もあるだろうし、現場を知るチャンスにもなるでしょう。


 柳井さんは新聞のインタビューなどで「勤務環境を改善した」と言っています。確かに良くなっている面もありますが、まだまだ道半ばです。僕が潜入した3店舗とも、社員はサービス残業をしていましたし。しかし、勤務記録には載せていなかったから、柳井さんの目には入らないのでしょう。


 残業時間が予定をオーバーしたら罰する、というようなやり方をすれば、現場は隠したりごまかしたりする方向にいってしまうのは当然です。「なぜオーバーしてしまったのか」、経営者は理由を現場に聞いて、効率化策を考えないと。これからもユニクロはウォッチしていきますよ。








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自分が一杯の紅茶を飲むためなら全人類が死滅してもよいという思想

「ギャラリー酔いどれ」から転載。
下の記事に書かれている内容に一言でも反論できる人はおるまい。しかし、そこで推奨されている社会政策が社会主義思想そのものであると言えば、おそらく9割9分までの人が、ここに書かれた提言を否定するのではないか。それほど社会主義とか共産主義への根深い嫌悪が世界中でばら撒かれているのである。もちろん、それこそが資本主義(経済的自由主義、富者の利益擁護の思想)の利益を得ている上級国民の長年の洗脳と工作によるものだ。




(以下引用)

日本破壊が進行し、すでに腐れユダ米になりつつあり、

◆https://www.chosyu-journal.jp/review/5469
長周新聞  2017年10月28日
アメリカンドリームの終わり ー
 あるいは、富と権力を集中させる10の原理
』 著 ノーム・チョムスキー



本書は、アメリカの著名な言語学者で、早くからアメリカの貧富の格差を
批判し政治・哲学・教育の面から発言を続けてきた

ノーム・チョムスキー(マサチューセッツ工科大学名誉教授、88歳)が、
みずから「この長さのドキュメンタリー形式でのインタビューに応じるのは、
これが最後」と銘打つ映画の原書として編集・出版された。

働いても働いても、暮らしは良くならない。

むしろ悪化の一途をたどるばかりで、今の社会構造の枠内からは、

その出口は見えてこない


著者は、

「貧乏な家に生まれても、刻苦勉励すれば豊かになれる」という

アメリカンドリーム」がすでに終焉したこと、

それが1970年代半ばからの 新自由主義・市場原理主義、

経済の金融化と製造業の海外移転」の帰結であることを

歴史的構造的に浮き彫りにしている。

1%の10分の1にすぎない超富裕層と大多数の貧困層との巨大な格差が、

今日のアメリカはもとより世界における相容れない階級的な対立関係を
赤裸裸にしている。

著者はこの間、富裕層・権力層が貫いた「富と権力を集中させる原理」の内実を

「民主主義を減らす」 「若者を教化・洗脳する」から、

「民衆を孤立化させ、周辺化させる」など、10項目に分けて展開している。

著者はそこには「すべては自分のためであり、他人のことを考慮する必要は一切ない

という「下劣な行動原理」が横たわっていることを明確にしている


かれらの政策はいかに装おうとも、「自分たちだけの利益を増やし、

他のすべての人たちに被害を与える」ものでしかなかった。

著者は、アメリカでは歴史的に「特権階級や権力層」が民主主義や社会保障を
好んだことは、決してなかったと指摘する。

富裕層はそれを嫌い憎悪してきた。

かれらにとって「民主主義は民衆の手に権力を委ねること」につながるからであり、

社会保障は「一般民衆にとって利益になることだから」である。


民主主義についていえば、アメリカは
入植者による先住民の大虐殺 のうえに成立した社会であり、

その民主主義は原住民や黒人奴隷、国内で搾取する労働者や
海外の侵略・征服地には適用されてはこなかった。

著者はまた、為政者は「財政難」を理由に社会保障予算に大ナタを振るうが、
そこでは財政的な危機は問題にもならないと指摘する。

社会保障は、国民の大多数にとっては生き抜いていく切実な手段だが、
「富裕層にとっては意味がない」のであり、

気に入らない政策は破壊の対象でしかない

国民の税金は 自分たちの利益のために湯水のように使うが、

国民が求める政策は税金ではなく、

民営化など別の方策で 国民にさらなる負担を強いるのである。


自己責任は民衆にのみ適用 富裕層は血税で救済

著者は、公教育、医療など社会的に保障すべき分野で求められるのは、

お互いに他者を思いやる」という「連帯と団結」の原理であると指摘する。

だが、富裕層はこの原理を破壊して、

自己負担、自己責任の論理でとってかえてきた。

そこから、「政府は経済活動に口出しするな、市場にすべてを任せろ」

という市場原理、新自由主義だが、

それは「貧しい人たちや弱者に適用されるが、富裕層や権力者層には実施されない」

現実が浮かび上がる。

国家は富裕層の利益のために、大多数の国民を犠牲にする道具として利用されている
という指摘でもある。

「アメリカ国民はお互いに競争させられる中で、さまざま権利を奪われ、
社会保障を削られ、あるいは破壊され、

もともと限界のあった医療制度さえ削られ、あるいは縮小させられている。
これらはすべて市場原理主義の結果だ」。

一方、富裕層にとっては「国家はいつでも何かことがおきたときには駆けつけて

救済してくれる強力な存在」である。

つぶれる銀行は自由につぶれるにまかせるのではなく、

国民の巨額の血税を投入してその救済に全力をあげるのである。


自由貿易」についても、「富裕層と特権階級を守るための貿易制度」であり、

その本質は「世界中の労働者をおたがいに競争させて、

賃金を下げなければならないように追いこむことにある
」と論じている。


グローバル化のもとで、アメリカ労働者が 搾取され尽くしている中国の労働者と

競争させられ、中国でも貧富の格差が増大した。


アメリカが「自由貿易」の名で国外に輸出しているのは、

富を一部の集団に集中させ、働く人人に重税を課し、

その権利を奪い搾取するためのさまざまな価値だという。


著者は、現状からの民衆の脱却は
このような富裕者・権力者の支配システムの枠内では決してできず、

かれらの少数者の利益のために国民を苦しめる国家を根絶する闘いによってのみ
可能であることを明確にしている。

正当性のない政府を倒し、自由と正義の領域を拡張するのが、

わたしたちの義務である。そのような運動を組織し、それに参画し、

献身・努力することが、国民のもうひとつの仕事なのだ」と。


本書ではとくに、その実現には、この社会を支える「大多数の名も無い人人の力」

を束ねることが不可欠であることを押し出している。

その視座には、歴史上の大変革が成しとげられたのは、

「偉大な組織者がいたことからだけではない。その裏には

たくさんの人たちの絶え間ない努力があったからだ。

かれらは自分たちの職場や共同体など自分たちの居場所で活動し、

民衆運動の土台を築きあげてきた。そのことが変革をつくりだすことになっていった」

という、著者の確固たる信念を見ることができる。


著者は、オバマが大統領選で「ホープ(希望)とチェンジ(変革)」を叫んで、

政策を具体的に明らかにしなかったように、

広告業界が 操る選挙運動が候補者の派手なきらびやかな幻想が振りまかれるだけで、

有権者が関心を持つ重要な政策問題から有権者を遠ざける

ものとなってきたことへの批判にページを割いている。

そして、政治家たちが広告業界に巨額の資金を投じて、そのような宣伝をするのは、

「民衆というものは理性的な判断を下すものだと知っているからである」

と強調している。

かれらの本当の政策は有権者の要求と対立するものであり、

そのような宣伝をして欺まんしなければ、
有権者が理性的に判断するからだという指摘である。


著者はさらに、「二大政党とは別の独立した第3の政党を望むのであれば、

4年に1回投票するだけでは不十分」だとして、

「絶え間ない闘いが必要」だとのべている。

そこではとくに、いわゆる「左派」がその面で
富裕層の宣伝に絡めとられるという大きな弱点を抱えている現状を明確にしている。

それは、かつて19世紀のアメリカで「賃金奴隷制の廃止」のために、

労働組合が労働者の闘いの先頭に立ち、一般民衆の生活の向上に貢献してきた
ことと対比させての提言でもある。

そして今日、民衆運動においてソーシャルメディアは役に立っているが、
それに埋没するのではなく、

人びとに学び、直接に交流すること、直接出かけ、人びとに話しかけ、

意見に耳を傾ける活動
」を重視する
よう訴えている。



翻訳者の寺島隆吉氏(元岐阜大学教授)は「訳者あとがき」で、

「今の日本を見ていると今日のアメリカは 明日の日本だ

と思うようになりました。

本書が 明日の日本に対する警告の書 になることを願ってやみません」と記している。

また、本書の項目ごとに文献など第一次資料からの抜粋を挟むとともに、

随時、訳注を掲げるなど理解を深めるうえでの便宜を提供している。

(明石書店発行、304ページ、1800円+税)


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政治的に未開人である日本人

一から十まで高村薫のお言葉どおり。
日本人というのはこれほどまでに馬鹿なのか、キチガイなのか、と思うのだが、街頭アンケートやネットアンケートなどではまともな政権批判の数字が出るのだから、これはやはり不正選挙を疑うのが当然だと思う。要するに、不正選挙が行われるかぎり、政治を変えるのは暴力革命しかない、という、実に残念な結論になるしかなさそうだ。しかし、暴力革命というのは、先頭に立つ人間は皆殺しにされる覚悟で行うものである。誰がそういう割の合わない役回りを進んで演じるものか。
というわけで、奴隷国民は永久に「偽民主主義」の白日夢の中で眠り続けるわけである。

まあ、鞭で叩かれて肉体労働するようなことは無いだけ、昔の奴隷よりはマシか。しかし、そういう「庶民の待遇改善」は欧米先人による社会運動の恩恵なのである。自分たちで血と汗を流す経験も無しに、欧米の人権思想の遺産だけをタダで得て自己満足してきた怠惰で幼稚な国民なのだから、今のような状況になったのも当然だろう。日本人の精神年齢は12歳だ、と言ったマッカーサーの言葉は今もなお事実なのである。それも、かなり徳性の低い中2レベルだろう。卑怯卑劣無知無教養なDQN中2レベルではないか。要するに、下種民族だ。




(以下引用)


衆院選前に野党がたった1日で消滅 「まともな国では起きない」と高村薫氏〈AERA〉


10/21(土) 11:30配信


AERA dot.


 間近に迫った衆院選を、小説家・高村薫さんはどう見るのか。インタビューで聞いた。

*  *  *
 今回の総選挙をメディアは3極が争う構図と報じていますが、違います。小池百合子代表が自民との連立に言及した時点で、希望は完全に「第2自民党」になった。選挙協力する維新は、元々官邸と極めて近い関係にある。自公プラス希望・維新は右派、そして、瓦解した民進から希望に合流しなかった立憲民主は枝野幸男代表を除き明確に左派です。中道がない2極構図になった。私も含めて有権者の概ね半分は、政治的には穏健な中道のはずですが、その人たちが票を投じる先がない。

 小池さんはとことん権力ゲームが性に合っているのでしょう。いろんな政党を渡り歩いて権力ゲームの中に手を突っ込んで、機敏に先端に躍り出てきた。一方で、政治は自分のステージを上げるための道具であって、ポジションをつかんだ後に具体的に何をしようという信念は感じられない。原発ゼロなのに再稼働OKとか、花粉症をゼロにするとか選挙公約も意味不明です。都知事就任後も、五輪施設の見直しや、築地市場移転問題では築地も豊洲も生かすと言ってみたり、掲げた公約は中途半端。極めつきは、築地と豊洲併存の検討記録が残っていないことを、公約でもある情報公開方針と矛盾すると追及されると、政策決定者たる自分は人工知能だから文書が不存在なのだと言い募った。

 私が有権者の政治意識で気になるのは、すぐに忘れてしまうことです。昨夏の都知事選で大きく下がった自民党の支持率は、9月には持ち直した。森友・加計問題も、野党が求める臨時国会召集の要求を2カ月放置し、ようやく召集したと思ったら冒頭解散。この間、これからは丁寧に説明すると頭を下げた安倍晋三首相は、結局それもしなかったのに、支持率が40%台に回復してしまう。



 私は一有権者として政治家の重大な発言はわりに覚えています。だから小池さんが核武装も検討に値すると発言したことも、防衛大臣時代に喜々として自民党の安保観を代弁していたことも、靖国神社に参拝を続けてきたことも覚えている。最近とても驚いたのは、関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式に追悼文を送らなかったことです。タカ派で知られた石原慎太郎氏でさえ毎年してきたし、歴代都知事は全員が行ってきたことです。

 有権者で今の生活に大満足という人がいるでしょうか。好景気の実感は全くないし、非正規雇用者は特に長時間労働を強いられているし、大金かけて塾に行き倒さないといい学校に進めないような教育格差の拡大。富の再分配がきちんと行われず、経済政策も日銀の金融政策任せ。新エネルギー政策を本気で推進したらすごい産業構造の改革が起こるはずなのに、グズグズと原子力になし崩しに戻す。沖縄に強いてきた米軍基地負担問題だって、本来は返還から総括して経緯を理解したうえで議論しなければいけないのに、争点にすらなっていない。暮らしも社会も全て政治のせいで傷んでいるのに、有権者が「不透明だね」という情緒的な疑問で終わらせている。

 私が選挙権を得て四十数年になりますが、今回は間違いなく最低の選挙です。仮にどんな結果が出ても、改憲勢力の大連立でしょう。かつて派閥の均衡のうえにハト派からタカ派までが共存し、長期政権を築いた自民党はマシだったんだなと、振り返ればしみじみと思います。

 小選挙区制がその派閥政治を壊し、風頼みで選挙結果が左右され、本来政治家の資質のない人が当選しては問題を起こす繰り返し。揚げ句の果てに5年前まで政権政党だった野党第1党が、たった一日で消滅するマンガみたいなこと、まともな国では起きませんよ。行政府の長である首相が自分を立法府の長と平気で間違えたり、捜査機関も裁判所も政府にベッタリのこの国は、そもそも三権分立が機能していない。有権者はもっと怒らなきゃいけないんですよ。(構成 編集部・大平誠)

※AERA 2017年10月23日号


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マスコミによる公職選挙法違反の指摘

マスコミによる選挙結果誘導的報道を誰もが苦々しく思っていただろうし、私もそうなのだが、そういう行為が公職選挙法によって明白に禁止されていることは、下のツィートで初めて知った。
これは、マスコミ各社に対し、徹底的に問い詰めるべき事案だろう。
広く拡散するべき指摘である。



(以下引用)



            さんがリツイート
10月12日

そういや、誰か教えて欲しいんですが、序盤情勢の公表って、 公選法第一三八条の三「何人も、選挙に関し、公職に就くべき者を予想する人気投票の経過又は結果を公表してはならない」 にあたらないんですかね?


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国会議員定数の問題

  1. 国会議員定数の問題についての問題提起として挙げておくが、私自身は下の意見にまったく反対である。国の人口が2倍になったら国会議員数も2倍にすべきだという理屈がまったく分からない。それよりは、議員が少人数だと買収が容易になる、という理屈のほうがまだ納得できるが、それにしても、全員を買収する必要は無く、与党議員を買収すればいいだけだろう。
  2. 私としては、現在のように巨大な議員数では「顔の見える議員」がほとんどおらず、ただ与党の頭数として存在するだけの陣笠議員が大半になるとしか思っていない。しかし、さほど深く考えてはいないので、備忘的に下の記事を保存した。
  3. なお、東京や大阪など大都市は人口に応じて議員数が異常に多いが、なぜ人口比にする必要があるのか、そこを問題にした人を私は知らない。まるで、人口比にするのはアプリオリな正解みたいな扱いで、これも多くの人が騙されていることではないかと思う。人口比にすれば確かに大都市の意思が優先的にされるだろうが、これはたとえばトヨタなどの社員は町工場の社員の2倍の人権を持っている、というに等しいのではないか。




                さんがリツイート
  1. 返信先: さん
  2. かなり不合理だと思います。選挙制度はともかく、圧倒的に議員の数が少ない上に、行政機関も肥大化しています。副大臣・大臣政務官も数多く、入れなければ、巨大省庁は到底、もたないですよね。あとはなかなか立候補できませんからね。まずは立候補のしやすさも求めるべきだと思います。
  1. 先のご意見にはまったく同意します。天皇の協賛しかできなかった(ことになっている)帝国議会と、「国権の最高機関」たる今日の国会の重みの違いを考えても、人数が同じということは、不合理ですね。
  1. 私もそう考えています。800人くらいいてもおかしくはありません。現在の行政や国会を見ても、人手不足です。
  1. そういや、大日本帝国も将来的には、朝鮮や台湾の代表を加えるつもりはあったといえるでしょうが、その際に人口比で本土と同じくらい朝鮮や台湾から議員を選出したら、衆院だけで700人ぐらいになって、議事堂に入りきらなくなるんじゃ・・・?
  1. 今の国会議事堂ができたのが1936年ですが、当時と今で衆議院の人数が変わらないというのは、考えてみれば妙な話です。議事堂のサイズに合わせて定員決めてるんじゃないんですから。
  1. 承前)それに、貴族院が公選の参議院になったからといって、衆議院と性格が違うのですから、やはり衆議院だけで800人いてもおかしくないはずです。せめて衆院700、参院300の千人ぐらいはいてもいいんじゃないでしょうか。
  1. ちょうど80年前、1937年の衆議院議員選挙の衆議院定数は466で、今回の選挙より1「多い」のです。当時の日本の人口は7000万人くらいですから、人口比で言えば今の議員は800人ぐらいいるべきなのです。貴族院が参議院になったからといっても、なお足りないのです。




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共産党の主張は何もおかしくない

憲法第九条の条文は簡単なものだが、自衛隊が合憲か違憲かという問題の解決は簡単ではない。
いや、違憲であることは明白だが、憲法が「国の交戦権は、これを認めない」としていることで日本が米国の戦争などに巻き込まれずに戦後70余年の平和を維持してきたという事実がある。
これを「安保タダ乗りだ」とする意見もあるが、安保条約自体が違憲であるとも言える(軍隊が憲法で認められていないのだから、軍事同盟を締結すること自体がナンセンスである。)わけで、日本はとにかく憲法が「戦争は存在しないのだ」としているために実際に(日本には)戦争が存在しなかったというのが私の考えだ。これが憲法で軍隊の存在をはっきりと承認したら、日本がまたぞろ戦争商売人に利用されて戦争に巻き込まれることは確実だろう。
歴史上、日本が他国を侵略したことは何回もあるが、侵略されたことは元寇以外に無いことを考えれば、日本への侵略戦争はまず起こらないと考えていいと私は思っている。何の資源も無く、国土も狭い日本を侵略して他の国に何の利益があるというのか。世界から非難を浴びるだけである。
また、たとえ侵略されてその国の植民地になったとしても、下級国民の生活に今と格別違いは無いだろう。現在でも米国の植民地同然で、政治的自立は有名無実ではないか。下級国民が奴隷的状況であるのも、現在がすでにそうではないか。
とすれば、庶民にとって一番の不幸は、日本がおおっぴらに戦争ができる国になり、実際にも戦争をすることだろう、と私は思っている。「憲法や法律が認めている」となればどんな悪事でもやるのが上級国民というものだからだ。そして、憲法で認められ、軍事予算の増大で肥大化した軍隊は自己のレゾンデートル(存在意義)証明のために必ず戦争をするだろう。これはアメリカの歴史を見れば明白なことだ。暴力は正当化されたら必ずその力を行使するものだ。自衛隊は、吉田茂が言ったように、日陰の身であることをこそその誇りとすべきである。



条文[編集]

  1. 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
  2. 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
(以下「逝きし世の面影」から転載)


『立憲主義の明らかな逸脱から生まれた「イレギュラー」としての自衛隊の微妙な存在』

『赤信号、みんなで渡れば怖くない』が今の日本の政治の基本姿勢であり、憲法違反とか法律違反など何でもあり。欧米社会では常識中の常識である近代立憲主義とは異質であり、今の日本国と世界の常識は違っている。
国家として一番肝心な部分は日本憲法一章(象徴天皇を説明している1条から8条)ではなくて、実質的な第一条とは国権の発動たる戦争や国家の武装を禁じた憲法9条であることは論を待たないであろう。(日本国憲法は、大日本帝国憲法を改正したのとの建て前になっているので、天皇が唯一の主権者であった旧明治憲法の条文をなぞって、1から8条までは天皇関連が書かれている)

今の憲法の条文にはない『イレギュラー』としての自衛隊の微妙な存在ですが、立憲主義の明らかな逸脱から生まれたことは事実だが、そのおかげで、イギリスやフランス、ドイツなどNATO諸国のように、危ない超大国アメリカが行う数々の侵略や冒険に参加しない(逃げる)口実に使うという奇跡的な、あるいは奇術か詐欺の様な、(大人の対応?超高等戦術?)安全保障が今までなら上手くいっていた。
ところが、唐突に『北風』が吹きだした。逃げれないのである。

『いよいよ緊迫化する朝鮮半島(朝鮮戦争)情勢』もう、残されている時間が無い

最新のニューースによると安倍首相は
『あらゆる圧力を北朝鮮にかけるので、今年末から来年にかけて朝鮮半島情勢が緊迫化するので、解散総選挙などが出来ないだろう』との認識をメディアに語っているのですから怖ろしい。
安倍晋三首相の言葉ですが、これはトランプ大統領の語った『嵐の前の静けさだ。!』に対応しているのだろうが、北朝鮮トップの金正恩(キム・ジョンウン)労働党委員長もトランプに呼応するような剣呑な発言を繰り返す。

(中略)

『3極対立の心算が、唐突に自民党と共産党が正面から衝突する「二極対立」になった危険な政局』

総選挙直前の外国特派員協会主催のネットの8党討論会では、緊迫する朝鮮半島情勢にかんがみて、にわかに安全保障問題や憲法改正(平和憲法のかなめである9条)が主役の場に躍り出て、自民党(安倍晋三)などと共産党(志位和夫)が正面から激突する展開になった。
ところが、なぜかこの事実は共産党機関紙『赤旗』ではあまり取り上げたくないらしいのである。(記事のメインではない)
しかも不思議なのは自民党機関紙的な読売新聞も朝日新聞も毎日新聞も『赤旗』と同じように、この話を詳しく取り上げたくないらしいのである。
(多分、この話は日本国の高度なタブー『立憲主義の明らかな逸脱「イレギュラーな自衛隊」の微妙な存在』に抵触するので、不味いと思って全員が敬遠したのである)

メディアの全員が嫌がる中、唯一の例外が、頭が空っぽで目が節穴の低能ネットウヨや安倍晋三の機関紙的な売国右翼メディアの産経新聞が詳しく報じていた。

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『安倍首相「侵略受けたらどうなる」 志位委員長「政権奪取後しばらく合憲」 共産党の自衛隊違憲論めぐり』
10/8(日) 産経新聞

与野党8党首が7日臨んだインターネット中継動画サイト「ニコニコ動画」の党首討論会では、自衛隊は憲法違反との立場を取る共産党の志位和夫委員長への批判が集中した。
口火を切った日本維新の会の松井一郎代表(大阪府知事)は「違憲を合憲と見直すのか、自衛隊をそもそもなくすのか」とただした。
志位氏が党綱領に基づき「国民の多数の合意が成熟して初めて解消に向けた措置を取ることができる」と説明すると、安倍晋三首相(自民党総裁)は「志位氏が首相になり、『自衛隊は違憲』といった瞬間に自衛隊法は違憲立法となる。この間に侵略を受けたらどうなるのか。災害出動もできない」と畳みかけた。
さらに公明党の山口那津男代表が「立憲民主党も拒否するのに、どうやって政府を作るのか」とただすと、志位氏は党綱領に基づき「(共産党を含む)政権はすぐに自衛隊を解消する措置はとれない。(しばらく)合憲という立場を引き継ぐ」と説明した。
これを聞いた首相は「自衛隊の諸君は命がけで日本人の命を守る。『自分たちは違憲だと思うが、災害があったら皆さん命をかけて国民の命を守ってください』というのは無責任だ。この状況こそが政治の場に携わる者の責任だ」と述べ、憲法9条に自衛隊の存在を明記する改憲案の意義を強調した。
激しいやりとりを聞いていた希望の党の小池百合子代表(東京都知事)も参戦した。「『しばらくの間は合憲』といったが、平成5年の自社さ政権では、社会党が一夜にして自衛隊をめぐる立場を変えた。志位氏も同じことになるのでは」と加勢した。
志位氏は「党として違憲という立場を変えない。憲法判断を変えるのは情勢が熟したとき」と再度言及したが、小池氏は「しばらくの間とか当面の間などは世界情勢の中で許されない。無責任だ」と批判を重ねた。これには安倍首相も「その点については小池氏とまったく同じ意見だ。しばらく合憲と認めるが、自衛隊は命をかけるというのはあまりに無責任だ」と歩調を合わせた。
志位氏は「私たちが参加した政権が、すべての国々と平和的な友好関係を作る。日本を取り巻く平和的な環境が熟する。それをみて国民の圧倒的多数が『もう自衛隊がなくても安心だ』となったら、初めて9条の完全実施(自衛隊の解消)ということだ」と訴えたが、首相らは首をひねったままだった。
共産党との候補一本化を進める立憲民主党の枝野幸男代表は「自衛隊は違憲と皆さんがいう状況ならば、どう変えるか考えないといけないが、国民の圧倒的多数も私も合憲だと思っている。(違憲論の多い)学者は普通の国民と違った反応が出てくる」と述べ、憲法9条に自衛隊の存在を明記する首相の改憲論を批判した。
枝野氏は平成27年の安全保障関連法の国会審議で、憲法学者の違憲論を根拠に反対姿勢を強めていた。首相は「あまりにも自衛隊の気持ちを分かっていない議論だ」と反論した。
10/8 産経新聞

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自由と希望www

「酔生夢人のブログ」に書いた記事の続きのような記事だが、政治色の強いこちらのブログに載せておく。筆者の明月飛鳥氏は選挙運動にも関わっており、政治家ではないが、政治家を身近に見ている、「中間地帯にいる人間」なので、現在の野党各党の状況を知るのにはなかなかいい記事だと思う。





(以下「反戦な家づくり」から引用)

2017-09-29(Fri)

情勢は激変した。第三極をつくるしかない

感情が多重化している。多層化と言った方がいいかもしれない。

2012年に自民党に大敗してから、私の考えてきた基本戦略は、保革連携だった。
たまたま両方に足をツッコみ、そのあまりの温度差の違いにびっくりして、なんとかならないのかと思ったのがキッカケだった。
温度差どころか、同じ現象を見ていても、保守と革新ではぜんぜん違う世界を見ているのである。
パラレルワールドと言ってもいいくらいに。

ここで言う保守とは、今は自由党になっている皆さんのこと。
革新というのはどちらかというと社民党系の色んな活動している人たち。
自民党や共産党に比べたら、保守や革新と言っても柔軟なほうだと思うのだが、それでも政治家に限らず、支援者をふくめて(支援者のほうがより激しく)、世界の見え方が違う。

違うのは現象の見え方だけではなく、運動へのこだわるポイントも違う。
保守は「勝ち」にこだわる。端的に言って、負ける正義は自己満足だ と考える。
革新は「正義」にこだわる。勝つために正義を曲げるのは裏切りだ と考える。

今はまさにこの違いの負の側面が衝突してしまっているけれども、5年前の私は、このプラスの側面を掛け合わせることができれば、すごく大きなチカラになる と思った。
保守の勝利へのこだわりと、革新の結果を気にせずにガンガン進む行動力が、うまくかみ合えばこれまでにない運動ができるのではないか、と思った。

それは、一定の形になっていた。ちょっと前までは。
自由党というのは、じつは今の自民党よりもずっと保守だ。なぜなら、自民党の半分は新自由主義に毒されており、9割以上は積極的な従米だからだ。彼らは本来の意味での保守ではない。保守をひとことで言うと「国民の生活が第一」ということであり、優しいナショナリストなのである。

その保守の塊のような自由党が、共産党と仲良く行動し、社民党や市民運動や労働運動の人たちと交流を深めてきた。
最初はかなり警戒していた革新の人たちも、徐々に認識が更新されていった。(大きくは私もその一人ということ)

しかし、もしここで自由党が、小沢一郎氏が希望の党に合流するということになると、保革連携は崩れ去る。

それは、実態的に希望の党には革新の欠片もはいっていないという意味でもあるし、同時に、本来の保守が活躍できる余地もないだろう という意味でもある。
また、逆からも崩れる。希望の党への合流に、まったく躊躇なく罵詈雑言を浴びせる人たちは、これまで築いてきた保革連携など一瞬で投げ捨ててしまうだろう。数日前までは 小沢さん だったのが 昨日からは 小沢 になっている。



ただ、自由党が本当に希望の党に合流するかというと、その可能性は低くなっただろうと推測はしている。

もともとのシナリオでは、自由党は丸ごと合流だったはずだ。
しかし、今朝の前原・小池会談で、情勢は一変した。
100億で小池ブランドを買って、金庫の鍵は前原が持ち続け、持ち株会社として希望の党をコントロールするというのが小沢シナリオだったはずだが、どうやら小池に別口の資金が投入されて、前原は一気に発言力を失ってしまった。

結果、民進と自由を丸呑みさせて、選挙後に実質支配するという作戦は実行不可能になった。
小沢氏もそれは察知しているだろうから、合流はせずに残ったものを第3極としてまとめる方向に動くのではないかと、期待はしている。しかしまだ予断は許さない。

振り返ってみれば、希望の党に金がないと言う情報は、意図的に流されたデマだった可能性がある。
民進の参議院議員がツイッターで、希望の党に来たければ民進から金をもらってから出てこいと言われている などと書いたりして、希望の党は資金難といううわさがまことしやかに流された。
その上で、いかにも物欲しそうに小池は前原に話しを持ちかけたのだろう。実は、軍需産業や統一教会あたりからごっそり資金はもらっていたのだ。

まったくしてやられたわけだが、ここまでやるとなると、前原やシナリオを書いた(だろう)小沢氏を責めるのは酷な気もする。
この状況を逆転するには

・民進党の金は渡さない。すでに渡してしまった公認料以上は出さない。
・希望に行かない民進 + 社民 + 自由 + 沖縄 で党をまとめて第3極にして、40人前後の当選を目指す
・共産党とは選挙協力する
・共産党を含めて、首班指名を深慮遠謀し、キャスティングボートを握る

これしか道はない。



ただ、民進の合流劇にたいする革新側からの罵詈雑言の嵐を見てしまうと、この第三極も本当にできるのだろうか、と非常に心配になる。

たしかに、結果的には小池にしてやられたのであって、罵詈雑言はある意味正しかった。
しかし、複眼的にものを見るということがなければ、これから先の第三極だって維持してはいけない。
「自分に近寄ってくるものは良いけれども、自分から遠ざかるものは嫌い」ではなく、「自分から近寄ってみる。立ち位置を変えてものを見てみる。」ということが、政治で力を発揮しようとすると、絶対に必要。
「妥協」を「腐敗」と感じる感性は、すべてを破壊する。

とは言え、「妥協」なんて誰も楽しくはない。
私も一昨日くらいから、何一つ面白くない。(仕事上のことは別にして)
自らの信じることを言い、それを実現してくれそうな政治家がいるから、熱が入るのは当然だ。
妥協だけで政治運動に参加しようなんて、だれも思わない。

解散された、公示直前だ と言う時期になったら、四の五の言ってられないから、妥協しか方法がないけれど、平時おいては妥協の前の段階をしっかり踏み固めておくことができるはずだ。
お互いの違いを認識し、どう違うのか、なぜ違うのか、踏み込んで話し合う機会を、頻繁に作るべきだ。
それをせずに、いきなり本番に突入するから、妥協と不完全燃焼と不信感だけが募り、爆発してしまう。

小沢氏がどのような決定をしようとも、私自身はその方向へ向かおうと思う。
もしも万が一、この状況でも自由党が希望に合流すると言うことになったら、私は自由党とは穏便に縁を切らせてもらう。

沖縄3区の玉城デニーさんは、希望に行かないと明言されたそうだ。
山本太郎さんも、苦悩しつつ、行くことはないだろうと発言している。


【文字起こし掲載】「女王様の『踏み絵』――安保法制・改憲」~自由党・山本太郎議員が胸中を語る「『希望の党』に手を挙げた民進党議員で心ある人は有事には『トロイの木馬』となってくれ」 2017.9.28 IWJ

すくなくとも、自由党が丸ごと合流と言うことは、現時点でもなくなった。
ここで、バラけてはいけない。

党をまとめて、比例名簿も作らなくてはいけない。比例復活の道を絶対につくること。
そして、数は少なくとも、固まって第三極を目指さなくてはならない。

同時に、共産党とはもちろん、希望に行った民進ともどこかでは気脈を通じつつ、本当に懐の深い集団を作ってくこと。

この方向しかない。

■お知らせ■

このイベントはどんな状況になってもやります

森ゆうこ 自由党参議院議員 講演会

日と場所: 10月1日(日)国民会館(地下鉄・京阪 天満橋駅)
時間: 14:00(開場予定)~15:30
参加料:無料 定員80人(先着申込順)
申し込みフォーム: https://ssl.form-mailer.jp/fms/0de8908b411455
共催: 自由党大阪府連 ・ 生活フォーラム関西

こんなときだからこそ、自由党これからどうするの? などなど 聞きに来てください。

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社会主義とは何か

或るブログに転載されていた記事を孫引き転載しておく。
いい加減、マルキシズムを社会主義や共産主義の代表とする思想は終わりにできないだろうか。
単純に、「生産手段(土地も含む社会的リソース)を国家の所有とするのが社会主義」であり、その延長線で「私的財産もすべて共有とする」という極端な思想が共産主義だという、当たり前の認識に立ってほしい。もちろん、後者の思想が実現不可能なおとぎ話であるのは歴然としており、共産主義の実現を恐れるというのは、天が落ちてくるのを恐れるような話なのである。
では、社会主義の本質は何かと言うと、私が何度も書いているように、「世界がぜんたい幸福になるまでは個人の幸福はありえない」という宮沢賢治の思想に近い。つまり、個人の欲望に制限をかけ、そのぶん、社会的弱者を守る政策を採る、というものだ。つまり、東洋古来の「仁政」とはまさに社会主義的な政治なのである。
社会主義思想の生まれた英国で、その影響下に社会福祉制度や労働三権の思想が生まれたことが、社会主義とは何かを明白に示しているのである。
こんなのは中学で習うことであるが、いまだに、「社会主義のひとつ」であるにすぎないマルキシズムを批判することで社会主義全体を否定する論調が世の中に溢れている。それこそが、社会主義思想が世の中に広まってほしくない勢力の陰謀によるものだろう。
なお、私は下の記事は一部しか読んでいないが、それだけで全体の論調は分かるので、それで十分だと思っている。



(以下引用)



国際秘密力研究 より

上記文抜粋
・・・・・・・・・
ツイートまとめ テーマ:新自由主義の帰結は巨大私企業群による集産主義体制である

〇昔の社会主義思想では巨大資本による寡占化が進んだ資本主義は社会主義の前段階と捉えられていた。つまり「生産力に見合った生産諸関係の再編=社会主義革命」直前の段階と見られていた訳である。無論その予想は外れたが、生産手段がごく少数の多国籍企業に寡占される状況は実は社会主義的だと言える。

〇巨大資本による寡占化を肯定する新自由主義は社会主義と対立するように見えて「生産手段の独占」を肯定する点で実は昔の社会主義に近い思想なのではないか。社会主義政府は本当は資本家の所有物だったので社会主義政府による生産手段の所有は資本家が所有するのも同然だった。ネオリベと同じ帰結だ。

〇ネオリベはネオリベ批判者を社会主義者扱いする事があるが、実は「少数者による寡頭独占」を肯定する点でネオリベこそ社会主義者に近いと言える。昔の社会主義者は資本の所有と経営が分離し寡占化が進んだ資本主義を社会主義に近い段階だと見ていた。その状況を肯定するのがネオリベ。同根だと思う。

〇唯物史観のおかしい所は歴史の動因とする「生産力」を実体的に捉えている所だろう。「生産力」は科学の発展による。科学の発展は人間の精神活動による。つまり生産力の発展は人間の精神活動に依存する。であるから「上部構造」が「下部構造」の核である生産力を規定する側面があるとも言える訳である。

〇唯物史観もプラトン以来の西洋哲学史の伝統を色濃く受け継いでいると言える。プラトンが「イデア」、ヘーゲルが「絶対精神」としたものを唯物史観では「生産力」とする訳である。「究極の実体」「究極の動員」みたいなものを想定する発想がプラトニズムの公式なのである。唯物史観も西洋の伝統に忠実。

〇森嶋通夫が言うように唯物史観は産業革命期の英国の状況を説明するのには適している面があった。しかし、「18世紀の英国」という時間的空間的限定を離れて世界の歴史全般に当てはめる事は無理である。前にも書いたが歴史(観)とは一つの解釈である。歴史観を絶対のドグマにする事は傲慢なのである。

〇唯物史観の公式を日本史に当てはめてあれこれ論争する「日本資本主義論争」というのがあった。共産党系の講座派と無産政党系の労農派の対立である。唯物史観の公式は産業革命期の英国の説明であり、それとは全く事情が異なる我が国の歴史に適用する事はできない。特定の歴史観をドグマ化するのは愚か。

〇皮肉にもロシア革命の史実が唯物史観の公式を否定。当時のロシアは資本主義は未発達だった。唯物史観では生産力の発達が生産諸関係と矛盾する事で革命に至るとするが、当時のロシアにはその条件が欠けていた。それでも「革命」は起った。人工芝革命は歴史の必然ではなく資本家が人為的に引き起こす。

〇過去の歴史は現代を考える鑑になる。TPPや日欧EPA、TiSA、水道民営化等の「グローバル化」やジョージ・ソロスらが世界中で引き起こしている人工芝革命つまりはNWO征略は「歴史の必然」ではなく特定の集団の意志と計画、組織的動員によって引き起こされている純然たる人為的な現象である。

〇旧ソ連のような社会主義国家では生産手段を「共有」ではなく政府を牛耳る集団(「共産貴族」等の特権階級のみならず背後の国際金融資本家を含む)が「独占」した。新自由主義では「多国籍企業群が(ISD条項等によって)政府を支配し生産手段を独占する事」を狙う。実質的には同じ事だと言ってよい。

〇簡単に言うと新自由主義もかつてのソ連型社会主義も「富と権力の寡頭独占支配」が現実の帰結である。ネオリベが論敵を「社会主義者」呼ばわりするのは、己自身が社会主義者と同じだからこそ誤魔化しているのであろう。裏権力の影響下にあるイデオロギーはどれも「富と権力の独占」という帰結になる。

〇社会主義者は現代のような寡占化が進んだ資本主義を「社会主義化の前段階」としてある意味肯定した。新自由主義者も同じくこのような資本主義を肯定する。寡頭独占資本家は実は「競争」が大嫌い。ロックフェラー1世は「競争は悪だ」と言った。競争に脅かされる事無く富を独占するのが彼らの「理想」。

〇競争を嫌う寡頭独占資本家が「自由競争」を強調するのは市場をこじ開けようとする時である。例えばEUは日欧EPAなどで我が国に対して「非関税障壁の撤廃」を要求している。法律を制定したり、独自の規制を行なったりする事は国家主権の一部である。これを撤廃する事は外国資本への屈服を意味する。

〇寡頭独占資本家が「自由競争」を主張するのは市場をこじ開けたり「競争」すれば(実は競争になってないが)必ず勝てる時だけである。かつての社会主義者は寡頭独占状態の資本主義を社会主義一歩手前としてある意味肯定した。寡頭独占を肯定する点でネオリベも同じである。経済思想における左右両建だ。

〇経済決定論に立つ主流の社会主義者はヒューマニスト=人道主義者ではない。彼らは人間の意志を超越した「歴史の法則」を想定するので寡占状態の資本主義がどんなに非人道的でも社会主義の前段階と考えある意味で「歓迎」する。同じく新自由主義者も「市場原理」という法則を信奉し寡頭独占を肯定する。

〇社会主義者と新自由主義者は実は似ている。個々の人間の意志を超越した社会的な意味での「法則」を信じ、社会的経済的な現象は「法則」が決定する必然だと考える。寡頭独占資本主義について社会主義者は「社会主義の前段階」として「歓迎」し、新自由主義者は「市場原理」の当然の帰結として肯定する。

〇巨大企業を批判すると「社会主義者」みたいなレッテル貼りをされる場合があるが、実は巨大企業による寡頭独占を肯定する方が社会主義者に近い。マックス・ウェーバーが言うように巨大化した近代の企業体は官僚制と同質である。生産手段を独占する巨大な私企業群を「政府」にすれば社会主義体制になる。

〇「生産手段を独占する巨大な私企業群を「政府」にすれば社会主義体制になる」と書いたが、昨今の「自由貿易協定」に盛り込まれているISD条項はこれを実質的に実現する為の毒素条項である。ISD条項によって巨大私企業が実質的に政府を支配下に置き、政策や立法を左右する事ができるからである。

〇「NWOは世界社会主義体制」と言われる事があるが、「生産手段を寡占ないし独占する巨大私企業群が全世界の政府を支配する」事は確かに実質的に社会主義体制と同じである。新自由主義・市場原理主義の行きつく所は実は社会主義体制だという逆説である。これも弁証法戦略から導き出される陰謀だろう。

〇新自由主義・市場原理主義の「役割」とは、巨大私企業の横暴を許し、寡占状態を増々進展させる為の「露払い」と考えると辻褄が合う。そして生産手段を含むあらゆる財を独占する巨大私企業群がISD条項などで政府を支配下におけば、それは実質的に社会主義体制である。社会主義実現の為の新自由主義?

〇仏蘭西では社会主義を「集産主義=コレクティビズム」と呼ぶらしい。生産手段の集中化を唱える主義である。この定義からすると、国際金融資本家が支配する巨大私企業群があらゆる富を独占(集中化)し、なおかつISD条項で政府機関をも支配下に置くなら、それは実質的に集産主義体制の完成である。

〇市場原理主義の行きつく先。実は集産主義体制に向かっている。新自由主義・市場原理主義が導く所は一見それらの主義とは真逆に見える集産主義体制である。規制を撤廃していけば巨大企業の独り勝ちになり、生産手段をはじめとする財の集中化が進むのは必定である。ネオリベ政策→寡占化→集産主義体制。

〇ネオコンの正体はトロツキー主義者だが、ネオリベの正体は寡頭独占を肯定する集産主義者だと分析する。もう一度整理する。①ネオリベ政策で規制を撤廃する②巨大企業の独り勝ちが進む③巨大私企業群に富が集中する(集産化)④ISD条項などで政府を支配下に置く➄集産主義(社会主義)体制の完成。

〇ネオリベが論敵を「社会主義者」呼ばわりするのは、ネット右翼が論敵を「サヨク」呼ばわりするのと同じである。ネオリベが導く所は集産主義であり、ネット右翼が信奉する清和会一味はネオコン=偽装転向トロツキスト=サヨクである。つまり、他者に自己投影しているだけである。左右両建に過ぎない。


https://twitter.com/kikuchi_8/status/897495108299309056




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ネットの保守系記事作成の真相

ずっと前から一部ではよく知られていたことではあるが、これほど明白な事実として書いた記事は珍しいので、拡散する価値はあるだろう。いまだに、ネットではこの手の記事やこの手のサイトが溢れているのだから、無知な若者がネトウヨ化していくことは大いにあることだ。


(以下引用)3ページの記事だが、見出し部分が重複して読みづらいかもしれない。


「共産党に投票する人は反日」の記事を書くと800円。政治系ブログ作成の求人が掲載中止に


9/22(金) 16:47配信


BuzzFeed Japan


クラウドソーシングサービス大手「クラウドワークス」に掲載されていた、「政治系の記事作成。保守系の思想を持っている方限定」とする求人内容が9月21日、運営側に「利用規約やガイドラインに違反する」として掲載中止にされた。【BuzzFeed Japan / 籏智広太】

この募集は、記事内容の例として「共産党の議員に票を入れる人って反日ではないか」「民進党の政策を反対のことを行えば日本は良くなる」(原文ママ)などといった内容を挙げているものだった。いったい、何があったのか。



インターネットを介し、個人対個人や企業対個人の仕事の受発注ができるクラウドソーシング。クラウドワークス(東京)は日本最大級のサービスの一つだ。

問題となったのは、9月20日掲載の「政治系の記事作成」に関する募集だ。

記事単価は1800~4000文字のブログ記事一つあたり800円。「政治にある程度詳しい方」と求めており、「日本にとって何がベストなのか保守系の立場から書いてください」とも記されている。

募集主は「保守系の思想を持っている方限定というのは、私が保守系だからです」と説明。

さらに、「自民党は保守系と言われていますが、左派的な政策もかなり行っているので、自民党の意見に必ずしも賛成である必要はないです。批判をしてもいいです」と記し、記事の例として以下の内容を列挙している。

・憲法9条を改正し、軍隊を保有すること、当然だと思っています。国際法上も当然の権利として認められていることが憲法では否定されているので、これは絶対に改正すべきです。安倍総理の改正案では緩いです。
・韓国とはもう付き合うべきではない。安倍さんの合意は間違えていた。
・外国人に土地を買わせないようにしないようにしべきだ(原文ママ)
・石破さんは首相候補として相応しくない
・共産党の議員に票を入れる人って反日ではないか
・民進党の政策を反対のことを行えば日本は良くなる
・天皇制が絶対に男系であるべき

クライアントは「こんな感じで、あなたの考えを記事にしてください」と促しているほか、「内容としては民進党とか共産党を応援する記事は採用しません」とも釘を刺している。

また、参考サイトとしてあがっている「せいじ.jp」には、「北朝鮮をはじめ外国人に生活保護を与える日本は自滅」「日本には本当のリベラルは存在しない。いるのは反日だけ」など、過激な見出しが並んでいる。



9/22(金) 16:47配信



BuzzFeed Japan

なぜ停止に?

この募集内容は9月21日にTwitterで大きな話題を呼び、拡散。

クラウドワークス側は同日中に「利用規約および仕事依頼ガイドラインに反する案件と判断し、掲載を中断いたしました」と発表し、募集の掲載が中止された。すでに内容を閲覧することはできない。

「皆様からいただいたご意見をもとに解釈を広げ、差別や特定政党に関連する案件の対応を強化致します」と、複数の問い合わせがあったことを明らかにしている。

また、「現在類似の違反案件について確認を行っており、今後も該当した場合は、即座に掲載を中断いたします」と明記している。


過去の募集も…

クラウドワークス上では、合わせて「保守(反民進・嫌韓)系まとめブログサイトの運営管理」という過去の募集が見られなくなる措置が取られている。

WordPress(ブログサービス)の編集者を募集していたこちらの募集は、2017年5月に公開され、6月に募集が終了しているが、応募者はいなかったとみられる。

この案件は、「政治・世界情勢のニュースを選んで、Wordpressに貼り付けニュースに反応するTwitterのつぶやきを埋め込んで記事投稿するお仕事です」という。

クライアントは先述の募集とは違う人物。「仕事の流れ」は以下のとおりだ。

1 / 保守寄りな人に受けそうなニュース・話題を探してくる(嫌韓・嫌中・反民進・反日などのニュース・記事)
2 / キャッチーなタイトルを考える
3 / ニュース記事を引用スタイルでWordpressに貼り付ける。
4 / そのニュースに反応のあるツイッターのつぶやきを埋め込む
5 / 以上を1記事として1日5記事くらい投稿する

報酬は1記事あたり50円。1日の上限は10記事で、「1日5記事×30日 150記事×50円 7500円」として、1ヶ月で7500円の収入になるとアピールしている。

参考サイトには「アノニマスポスト」などが掲げられている。記事によってはFacebookのシェアやTwitterのリツイートなどで計1万~2万シェアを獲得(計測ツールbuzzsumoで調査)している、影響力の大きいサイトだ。

ここに並ぶ見出しもやはり、以下のように過激なものばかりだ。

・【テレ朝】テレビタックルに一般主婦を装ったお馴染みの極左活動家が登場w~ネットの反応「また、お前か!」「ネットではこんな事散々バレてるのにいつまでやってんだかw」(2万1100シェア)

・秋葉原での安倍首相演説で「安倍やめろコール」をしていた集団が、実はもの凄く少なかった件~ネットの反応「マスコミはこうやって印象操作するんだね」(1万5600シェア)

・再春館製薬所がTBS「ひるおび」のスポンサーを降りる~ネットの反応「まじか!ドモホルンリンクル買わなきゃ!」「次はキューピーだな。攻めてみる」「最終的に残った企業が反日企業認定で桶」(1万2900シェア)

「アノニマスポスト」とクライアントの関わりは明らかではないが、こういった記事を掲載するサイトを例示している以上、同様の内容の量産を求めていることがわかる。

(BuzzFeed Newsでは、より詳しい経緯について、クラウドワークスに取材を申し込んでいます。回答があり次第、追記します)



9/22(金) 16:47配信



BuzzFeed Japan

ネット上に溢れる「保守まとめ」

ネット上は真贋が不明だったり、一部の人種や国籍の人たちを差別したりする「ニュースサイト」や「まとめサイト」で溢れている。

BuzzFeed Newsは2017年1月、広告収入目的で嫌韓デマニュースサイト「大韓民国民間報道」を運営していた男性(25)への接触に成功。

男性は取材に対し、「日本人女児が韓国人に強姦された」などとしたすべての記事が「フェイク」の創作であることを認め、こう語った。

「それがフェイクであれ、韓国についてはどんな話題でも信じたいという思いの人、拡散してやろうという人がネット全体にいた。さらに、それを望んでいる人たちも。コンテンツを作りやすいですよね」

「基本的に韓国のことを話題にする人たちが、拡散したいな、と思っている情報は2つあります。一つは、ヘイトを煽る記事。もう一つは、韓国のことを馬鹿にしたり、『やばいのでは』と言ったりできる記事です」

嫌韓や嫌中、誰かを反日とレッテル貼りしたり、自分とは違う考えや価値観の持ち主を敵認定する過激な記事や書き込み。

それらを「望んでいる人たち」がいる以上、虚実を織り交ぜた記事は拡散していく。

__________

BuzzFeed Newsでは、デマや不正確な情報、いわゆる「フェイクニュース」を継続的に取材しています。そう思われる情報や、そうした情報を拡散している公人を見つけた場合は、BuzzFeed Japanのニュースチーム(japan-report@buzzfeed.com)や担当記者までご一報をお願いいたします。









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(大磯町の)給食問題に関する「根本的」解決に導く記事

「everything you've ever dreamed」というブログから転載。記事の所在はカマヤンのツィッターで知った。
こういう記事を書けるというのがネットにおける専門家の存在意義である。無知無見識な有象無象が限られた情報に踊らされて騒ぎ立てるのがネットの常だが、私自身しばしばその有象無象のひとりであることは言うまでもない。
だが、それより罪深いのは、何かを判断するだけの知識も見識も無いのに、子供の給食という、子供の毎日の生活の安全衛生幸福感と重要な結びつきのある問題を安易に決定した当事者たちだ。ここに書かれていることを読めば、配給現場から遠く離れた地域の弁当業者を選定した大磯町の偉い連中に一番の責任があることがよくわかる。
ついでに言っておくが、昼食の内容を複雑にしすぎることが一番の問題だろう、と私自身は思っている。活動期の子供の昼食に最低限必要なのは1日(厳密には残り半日)の活動に必要なカロリーだけであって、栄養がどうとかなどはほとんど意味を持たない。そういうのは家庭の食事で確保すればいいのである。つまり、菓子パンや調理パン2個に牛乳か豆乳でも与えれば十分である。そのほうが、虫や髪の毛の混入した冷たい「料理」を食わされるより子供も喜ぶだろう。


(以下引用)


元給食営業マンが話題の「マズい」学校給食を考察してみた。

町導入の中学校給食「まずい」食べ残す生徒続々 : 社会 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)


 神奈川県大磯町の中学校給食のマズさと異常な残食率と異物混入件数がニュースになっているのを聞いてとても悲しい気分になった。なぜなら僕が長年食品業界に勤めており、一時期数年間ほどだが給食の営業を担当していたことがあるからだ。ましてや神奈川湘南西湘エリアは僕の地元。そのエリアで展開しているほとんどの給食会社は(完璧ではないものの)全体的には良くやっているのを知っている。なので、一部の業者のテキトーな仕事のせいで、学校給食はマズイ、委託最悪、デリバリーは不衛生みたいな風評が蔓延するのはちょっと我慢ならないというかいただけない。そんな義憤と、台風で外出できない状況から、なぜ大磯町の学校給食がマズくなったのか考察してみたい。先ず、契約について。公立の学校給食は通常、公募プロポーザル入札で決定される。大磯町もその例に従っている。中学校給食・調理配送等事業者を募集(募集を締め切りました)/大磯町ホームページ


給食業界の営業マンはここにある募集要項と仕様書を確認して入札に参加するかどうか決定する。この募集要項をザッと見てみるとポイントは2つ。献立作成と食材の発注は委託側(町)となっていること(つまり大磯町の栄養士が担当)。そして契約期間内の業務委託料。当該業務委託料は平成28年1月から平成31年3月末までで134,224千円。金だけの面でいえばこの金額で業務を遂行して利益を出せるか否かで給食の営業マンは入札に参加するかどうか決めるのである。1億3千万超の大金だが「こんなに金をかけてあの給食なのか」と思うことなかれ。1日当たりに換算してみる。要項に拠れば1年度における給食提供日数は180日とされている(平成28年1月から3月までは40日)。つまり契約期間内の給食提供日数は180日×3年度プラス40日なので580日。業務委託料総額134,224千円を580日で割ると1日当たりの業務委託料は231,420円。食材については町が発注調達となっているため(食材からは利益を得られない)、この金額内で1日870人分の調理盛付配送業務を行う労務費と経費をカバーし、その上で利益を確保しなければならないのである。会社によってこの規模の給食にどれだけの人員をかけるかは違うけれども、まあ普通に考えて余裕はないよね。少なくともこの業務を遂行するうえで必要な機材やスペースを新設することは難しいと言わざるを得ない(そのあたりが異物混入の遠因になっていると思う)。つまり、大磯町がこの委託金額をどういう根拠で設定したのかはわからないけれども、安全で美味しい給食を提供するには十分な金額ではない。契約形態に関していえば、食材の発注調達と献立の作成を町が請け負い、その他の調理盛付配送業務を業者に委託する方式(労務委託方式/学校給食では一般的な契約形態)の悪い面が出ている。この方式の場合、食材の発注調達と献立を作成する担当者と実際に調理をする業者と提供がなされる場所(学校)間の連絡が密に出来る環境が必要となる。今回の場合、大磯町の栄養士と委託業者(綾瀬市)と現場の距離がありすぎる。神奈川に住んでいる僕の感覚でいえば大磯町と調理業務を行う業者所在地まで1時間以上かかる。給食のトラブルで大事なのはスピード感のある対応である。なぜ近隣の市町村にある業者に委託しなかったのだろうか。不思議だ。契約形態に続いては提供方法についてだが、当該給食は調理した食事をランチボックスに盛付けて配送するデリバリー方式で行われている。つまり弁当である。クックサーブ方式(現場調理提供)と比べてコストは安く済むけれども、基本的に火を入れなければならない、適温提供が出来ないなどメニューと食材の制限が多いやり方でもある(例/生野菜→温野菜。揚げ物の多用。色どりは全体的に茶色っぽくなる。ニュースで見た当該給食も茶色っぽい)。そのデメリットを選考と導入の段階で周知されていたのだろうか。今回の大磯町のケースはさらに提供場所から車で1時間以上の工場からの配送という要因が加わる。業者サイドとしては食中毒を恐れ、弁当が傷まないようにするのが第一となって味や見た目が二の次になったのは想像に難くない。人の味覚はそれぞれなので何ともいえない部分があるけれども、大磯町の中学校給食がマズくなった理由は金額面と運営面で無理があったからだと僕は考えている。続いて異物混入の多さについて。ニュースから知るかぎり混入物が髪やビニル片や虫なので、意図的なものでないかぎり、弁当の盛付時と配送までの間で混入されたと思われる(フタ付きの弁当容器であるため、フタをしたあとは混入しない)。委託開始1年半で100件超の異物混入は異常としかいえないが、ひとつ原因があるとしたら、工程的な無理だろう。先の募集要項にこの給食業務は厚労省が策定した「大量調理マニュアル」に沿って行うとある。このマニュアルは給食業務に携わる人間にとっては一般的なものなのだが、そこには調理後2時間以内に喫食が望ましいとされていて、保健所からもそのように指導されている。2時間以内提供を守ろうとすれば、今回の場合、業者と提供場所(中学校)の間が車で1時間程度なので、調理後の盛付けはかなりのスピードで行われているはず。先述のとおり金額面で余裕はないので十分な人員を確保できるはずもなく、盛付けと確認作業は雑になっているのではないか(事実、盛付けのムラは報告されている)。また、僕のいた会社ではスタッフが目視でひとつひとつ確認していた。1日870食の弁当の目視を時間内に行うにはそれなりに労務費がかかるのである。もし少ない人員で混入チェックをするなら相応の時間が必要となり、その間、フタをするまでの時間は長くなり異物混入のリスクは高まる(古い工場なら天井からゴミや虫が落ちてきたりする)。一方、募集要項をみると金額面だけでなく時間的にもタイトなのが見て取れる。28年1月業務開始の2ヶ月前27年10月中旬に業者決定。年末年始を挟んだその2ヶ月間に先述の限られた予算内で870人分のキャパをカバーしたうえ、安全面を考慮した設備と人員の確保が出来るだろうか。安全を確保するには金と時間としっかりした導入計画が必要なのだ。最後にもうひとつ、これは大磯町特有のファクターなのだが、なぜデリバリー方式を採用したのだろうか。コスト面を考慮したのはわかるけれども、隣接する平塚市と二宮町は僕の知るかぎりデリバリー方式ではなくそれぞれ自治体でセンターを設置運営するセンター方式を採用して中学校に給食提供をしている(平塚の一部は自校式かもしれない)。平塚市はともかく予算規模的に小さな二宮町でさえ、給食センター方式を採用している、その理由について考察しなかったのだろうか。なぜ二宮町がデリバリー方式を採用しなかったのか。エリア内にデリバリー方式を安全に行える企業がないという前提条件は考慮されなかったのだろうか。この問題の根本には給食運営と安全性の確保に対する大磯町の甘い認識があったとしか思えないのだ。長々と書いてきたけど以上である。元給食営業マンから言わせていただくと、給食ナメるなってこと。ちなみに僕が現役の給食担当だったら募集要項を読んだだけで大磯町の中学校給食の入札に参加しなかったと思う。この事案は、安く済ませようとする委託側、安く受ける受託業者、実際にマズい給食を食べない両者が両者とも罪深いのだ。(所要時間50分)




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