忍者ブログ

徽宗皇帝のブログ 徽宗皇帝のブログ

RSS TWITTER RssTwitter

天皇継承問題と天皇の存在意義

下の記事の主張に賛成か反対かはともかく、天皇継承問題についての大きな論点なので記事を転載しておく。ただし、私は青山繁晴という人間は大嫌いである。
さらに言えば、皇統自体は歴史上何度か断絶していると思っている。下の記事の継体天皇の時にも、事実上の王朝交代があったというのが私の考えだ。
と同時に、日本という国は日本語という言葉と日本の風土と日本文化によって日本たりえている、と思っているが、その全体の象徴が天皇という存在だとも思っている。天皇がいなければ、韓国や北朝鮮と何が違うのか。いや、優劣を論じているのではなく、国の個性の話をしているのである。
頼朝も信長も秀吉も家康も天皇を利用はしたが、自分自身が天皇になろうとはしなかった。このことが日本史を非常にユニークなものにしている。天皇という無力な権威が、日本の政治を安定させてきた、ということだ。
その意味では「現人神」化した明治から昭和中期までの日本史は、本来の天皇の役割を逸脱し、長州支配の傀儡となった天皇家の悲劇だろう。
その日本の歴史の全体を恥ずべきものとするか、評価するかは人による。私は、庶民が政治などに関心を持たずに済むような政治こそが理想だと思っており、近代社会が「偽民主主義」であるとすれば、誰が権力の中心であっても、それとは別の中心(権威)があるというのは日本にしか無い貴重な財産だと思っている。中世欧州の教皇やチベットのダライ・ラマがそれに近いか。だが、天皇家自身に思想的柔軟性があるところがそれらとの大きな違いだ。



(以下引用)






「女系天皇」を危惧 「王朝変わってしまう」自民有志提言 © 産経新聞社 「女系天皇」を危惧 「王朝変わってしまう」自民有志提言

 自民党の「日本の尊厳と国益を護(まも)る会」(代表幹事・青山繁晴参院議員)が、皇位の男系継承堅持のための具体策を提言するのは、政府が今後本格化させる安定的な皇位継承に向けた議論の中で、前例のない女系天皇への道が開かれることを危惧するためだ。提言を安倍晋三首相に直接手渡すことで政府の動きを牽制(けんせい)する狙いもある。


 皇統は126代にわたり、父方の系統に天皇を持つ男系で維持されてきた。女性天皇は10代8人いたが、いずれも父系をたどると初代の神武天皇に行き着く男系だ。女性天皇の子が即位した「女系天皇」は存在しない。


 ただ、現在皇位継承順位を持つ年少の男性皇族は、秋篠宮ご夫妻の長男、悠仁さましかおられない。自民党には男系継承を重視する声が多い一方、主要野党には女性天皇や、女性皇族が結婚後も皇室にとどまる女性宮家を認める意見が強い。


 平成29年に成立した上皇さまの譲位を可能とする譲位特例法では、付帯決議で「安定的な皇位継承を確保するための諸課題」などを速やかに検討するよう求め、女性宮家創設を検討対象とした。


 護る会はこうした流れを警戒し、提言案では「二千数百年にわたり変わらず受け継がれてきた、かけがえのない伝統を、ひとときの時代の価値観や判断で断絶することは許されない」と明言した。その上で、一度も存在したことがない女系天皇を認めれば、「異質の王朝」「天皇ならざる天皇」を生み出すと危機感をあらわにした。


 護る会には「女性天皇が民間人と結婚され、その子が即位された場合に王朝が変わってしまう」との意見もあった。提言案では皇位継承議論に関し「性差による優劣を論じるものでは全くない」と強調。「男系」「女系」の言葉を女性差別との誤解を避けるため「父系」「母系」と改めることも提案している。


 提言案では、6世紀前半に在位した継体天皇が応神天皇の5世孫だった例を挙げ、「危機を乗り切る知恵はすでにある」と指摘。今後の具体策として「現在の皇位継承順位は一切変えない」と言及する。


 そのうえで、旧宮家の男子について「了承いただける方には皇籍に復帰いただけるよう、また現皇族の養子か女性皇族の婿養子となられることがあり得るよう、皇室典範の改正または特例法の制定を行う」と主張した。(沢田大典)










拍手

PR

グローバル企業の税金逃れに国際的な法規制がかかるか

「日経新聞デジタル版」から転載。
仮想通貨の話より、記事末尾の

一方、経済のデジタル化に伴う新たな課税方式については、20年1月までの大枠合意をめざすことで改めて一致した。すでに経済協力開発機構(OECD)はグローバル企業に対し、工場のような物理的拠点がなくとも国別の売上高に応じて課税できるとの案を出し、G20はこの動きを支持した。

というのが興味深い。やっとグローバル企業の税金逃れに国際的な法規制がかかるのは目出度い。


(以下引用)




リブラ、G20は当面認めず 財務相会議「深刻なリスク」

リブラ
経済
北米
2019/10/19 7:29

閉幕後、記者会見する麻生財務相(左から2人目、ワシントン)

閉幕後、記者会見する麻生財務相(左から2人目、ワシントン)



【ワシントン=小太刀久雄】20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議が米国時間18日(日本時間19日)、米ワシントンで2日間の日程を終えて閉幕した。日本は議長国として、米フェイスブックが主導する「リブラ」などのデジタル通貨に「深刻なリスク」があるとの合意をとりまとめた。新興国を含めて初めて本格的にこの問題を議論。懸念を払拭できるまで、各国が発行を認めない方針となった。


麻生太郎財務相は閉幕後の議長国記者会見で「懸念がある間に(デジタル通貨を)出すのは、賛成している国がない」と断言した。迅速かつ低コストでの送金というメリットが考えられる一方、個人情報流出や資金洗浄(マネーロンダリング)など複数のリスクが浮上している。今回とりまとめた文書では「プロジェクトのサービス開始前に吟味され、適切に対処される必要がある」と明記した。


フェイスブックが6月にリブラの概要を公表してから、新興国を含むG20の財務当局間で討議したのは初めて。7月にフランスで開催した主要7カ国(G7)財務相・中銀総裁会議では「最高水準の規制」をデジタル通貨に求めることで一致していた。今回は先進国だけでなく、インドやブラジルなども規制の必要性を共有した。


マネーロンダリング対策では、国際組織の金融活動作業部会(FATF)が規制に向けた方針をG20に伝えた。FATFは6月にビットコインのような暗号資産(仮想通貨)に対する規制の枠組みをまとめていた。今回、リブラに代表されるデジタル通貨も規制対象となることを明確にした。


「ステーブルコイン」と呼ばれるデジタル通貨は、ドルや円など実際の通貨を裏付け資産とするので「価値が安定(ステーブル)」とうたっている。相対的な価値が変動しやすい暗号資産とは性質が異なる一方、裏付け資産の管理方法によっては価値の安定が難しくなる。利用者保護の必要があることも重視した。


主要国の金融当局で構成する金融安定理事会(FSB)はG20への報告で「現在の規制や監視の枠組みをどう応用できるか検討し、国境を越えた取引にも適用する必要がある」と指摘した。2020年7月に最終報告書を提出する。同年前半にも発行する計画だったリブラは大幅に遅れる可能性がある。


一方、経済のデジタル化に伴う新たな課税方式については、20年1月までの大枠合意をめざすことで改めて一致した。すでに経済協力開発機構(OECD)はグローバル企業に対し、工場のような物理的拠点がなくとも国別の売上高に応じて課税できるとの案を出し、G20はこの動きを支持した。20年2月の次回会合では、一部企業による租税回避への対応策が焦点となる。








拍手

営業時間の設定変更は社員の生存権に関わる問題

営業時間の1時間延長は一見些細なことに見えるが、それが従業員の生活全般に与える影響は、ほとんど生命に関わりかねないものだ、という話。
8時終業と9時終業では、地域によっては、終バスや終電車に乗れるかどうか、帰宅してから風呂に行けるか、帰宅途中で買い物できるかなど様々な問題が従業員の生活に生じるわけである。そうした生活のデティールの中には健康維持に必要なこともあるわけで、残業などはそうした面からも従業員の命を削っている、ということを経済界の人間は知るべきである。








ちょい昔の話なんだが、
とあるスーパーに毎年献血車が来て、
従業員さんたちがこぞって献血してたのね。
ところがある年から突然、ほとんどの人の数値が悪くて献血できなくなった。

何が起きたかと言うと閉店が20時から21時になってた。
たった一時間の違い。
二年後から献血車来なくなった。









  


この記事への反応


   
たった1時間の労働時間追加でも
血液が使い物にならなくなるまで
劣化してしまうのか・・・


私これわかる!
私もパートが13時までだったのが13:30までになった途端、
ガタガタと体調崩れた。


労基法がいかに大事かわかる。
8時間以上仕事をする奴は、
医療費でチートして戦っているのだ。

  
1時間は確かに大きい。
  
日本の社畜に刺さる話ですね
   
うっつらい…
やっぱり遅くまで活動してもいいことないよー
帰ろ?みんなさっさと帰ろ?

  
献血が足りないのは、啓蒙や宣伝でなくて、
日本に献血できる健康状態の人が
減ってるんでないかなぁ。











拍手

「表現の自由」と「公開の自由」

小田嶋隆師の文章の一部だが、「表現の自由」の問題はかなり複雑な要素を含んでいるように私には思われ、私自身にそれを論じる能力があるか、こころもとない。とりあえず、「問題の内容を分割して考える」べきだろう、と思う。つまり、デカルト流の「分析と総合」である。分析とは要するに、問題の内容を分割して、その個々の部分を考えるというだけのことだ。
「表現の自由」そのものについては、小田嶋師が下で書いていることにほとんど異論は無い。問題は、そこに「公開の自由」の問題が関わってくることであると私は思う。
これは、献血運動のポスターに巨乳の娘が献血童貞の若い男を嘲笑する萌え絵を使うことが反発と擁護を生んでいる問題と通底している。
つまり、或る表現が公開された時、それが閉鎖的な場所での公開なら、関心のある人間だけが見るのだから、まったく問題は無い。つまり、愛知トリエンナーレという閉鎖空間での作品公開は、その作品がどんな作品であれ表現は自由だ、というのが現在の私の結論だ。だが、献血ポスターのように、そのポスターに嫌悪感を持つ人間まで否応なく見せられるという場合には、これは「環境型セクハラ」という新概念も妥当だと私は思う。まあ、これに関しては、ラノベや新刊書の表紙がエロな萌え絵だらけになった時も問題にされたが、あの場合もそうだったが、今回の献血ポスターの場合も、たぶん「表現の自由」の勝利になるだろう。つまり、見たくもないものを見せられる側には、目を閉じてそれを拒否する自由しか無いわけである。その結果、転ぼうが穴に落ちようが、自己責任ということになる。
これは、街中の騒音についても同じであり、騒音を立てる側の自由の前に、その騒音を嫌う側の不快感は自分の中に飲み込むしかないのである。
愛知トリエンナーレの問題は、ほかにも「表現への適切な公金支出」の問題もあるが、長くなるのでここでは論じない。


(以下引用)





 言うまでもないことだが、「表現の自由」なる概念は、作品の出来不出来や善悪快不快を基準に与えられる権益ではない。その一つ手前の、「あらゆる表現」に対して、保障されている制限なしの「自由」のことだ。



 念の為に申し添えれば「あらゆる表現」の「あらゆる」は「優れた作品であっても、劣った作品であっても」ということでもあれば「美しい作品であれ、美しくない作品であれ」ということでもある。つまり、表現の自由は、「人々に不快感を与える作品」にも「見る者をうっとりさせる作品」にも等しく与えられる。そう考えなければならない。また、「正しい」作品にも「正しくない作品」にも、当然平等に保障されてもいれば、「上手な表現」にも「下手くそな表現」に対しても、全く同じように認められている。



 なぜこれほどまでに野放図な自由が必要なのかというと、ここの時点でのこの自由が絶対的に認められていることこそが、結果としての人間の表現が、自由に展開されるための絶対の大前提だからだ。



 美しい表現以外が許されないのだとすると、美しい表現のみならず、すべての表現の前提が企図段階で死んでしまう。なんとなれば、結果として表現された作品が、美しいのかどうかは、しょせん結果であり、見る者の恣意にまかせた偶然に過ぎないのに対して、人間が何かを表現する意図と欲求と必然性は、美や善や倫理に先行する生命の必然だからだ。



 なんだか難しいことを言ってしまった気がするのだが、要は、「美醜」や「善悪」や「巧拙」は、他人による事後的な(つまり「表現」が「作品」として結実した後にやってくる)評価に過ぎないということを私は言っている。これに対して、「表現の自由」は、作品ができあがる以前の、表現者のモチーフやアイデアならびに創作過程における試行錯誤を支配する、より重要な前提条件だ。



 例えばの話、安打以外の結果を許されないバッターは、打席に立つことができるだろうか。



 あるいは、当たる馬券しか買ってはいけないと言われている競馬ファンは、競馬を楽しむことができるだろうか。



 うん。これはちょっと違う話だったかもしれない。



 ともあれ、
 「こんな不快な表現に『表現の自由』が保障されて良いはずがないではないか」
 「日本人の心を傷つけるアートは『表現の自由』の枠組みから外れている」



 という、「あいトレ」問題が話題になって以来、様々な場所で異口同音に繰り返されてきたこれらの主張が、完全に的外れであることだけは、この場を借りて断言しておきたい。



 表現の自由は、不快な表現や、倫理的に問題のある作品や、面倒臭い議論を巻き起こさずにおかない展示についてこそ、なお全面的に認められなければならない。



 というのも、
 「多くの人々にとって不快な表現であるからこそ」その作品を制作、展示する自由は、公の権力によって守られなければならず、為政者はそれを制限してはならない、というのが、「表現の自由」というややわかりにくい概念のキモの部分だからだ。



 実際、今回の「表現の不自由展」に向けて出品された作品の中には、一部の(あるいは大部分の)日本人の素朴な心情を傷つける部分を持った表現が含まれている。



 しかし、もともと「アート」というのは、そういうものなのだ。













拍手

自衛隊は「国際救助隊(地球防衛隊でもいい)」に転身せよ

まさに、ここに書かれた通りだと思う。
「自衛隊」は「自らを護る隊」の意味だが、その「自分」とは自国の意味に限定されている。あるいは、ご主人様である米国を守るだけである。その「自ら」を拡大し、人類全体とすればいいのである。これこそ、真のグローバル化であり、それなら鎖国主義の私も支持する。
要するに、「戦争のための軍隊は絶対に必要」という固定観念を無くしていくのが人類の未来への方向を作るだろう。「戦争のための軍隊」とは「自ら戦争を作り出す軍隊」でもあるのだ。




(以下引用)







山本太郎だったか忘れましたが、自衛隊を国際救助隊にして、武器を携行しないで世界のどこにでも駆けつけ、現地の被災者を救出する活動に徹すれば、日本に攻め込もうと考える国は激減するのではと言ってました。それが究極の国防だと。















拍手

行政による「命の選別」

カマヤン氏のツィッター経由で知った文章である。

(以下引用)


台風の日、ツイッターに地獄を見た私は運が良かった

780

七億ちゃん
2019/10/13 14:23

 養生テープで窓に目張りをして、Amazonで水を注文する。日持ちのするパンやカップ麺、無洗米を買い置き、カセットボンベや電池、懐中電灯に携帯ラジオまで確保して、モバイルバッテリーを満充電に。
 浴槽や洗濯機に水を溜め、すぐに避難ができるようリュックサックに諸々を詰める。暇つぶしのためiPadに映画を何本かダウンロードすれば、台風19号への準備は万全だ。相方と二人三脚で台風対策に精を出した。
 私はこれまでに、台風に対する備えというものをほとんどしたことがなかった。今回特に力を注いだのには、先の台風における千葉県の惨状が記憶に新しかったというのもあったけれど、相方と暮らしていることのほうが大きい。私一人がくたばるならともかく、相方だけは守らなければならない。
 私は日本随一の台風王国・石垣島に生まれ育った。幼い頃から年に二~三発はそこそこのクラスの台風に見舞われてきたので、台風に対する慣れが都会の人間よりは強い気がする。となれば、都会の人間よりも台風に対する警戒心をもっと強く持っているべきなのだけれど、私がそのあたりで希薄だったのには「意外とどうにかなってきた」からだ。
 noteでは度々言及しているけれど、私はなかなかの貧困家庭で育ってきた。私が小学生から高校生まで暮らしてきた木造の借家は、窓ガラスが割れてなくなっているためガムテープを貼ってガラス代わりにしていた。夏になれば家中を数十匹のシロアリが飛び回り、あらゆるところがシロアリに食い尽くされてボロボロである。台風の中で1畳ほどのスペースしか無いお風呂に入っていたとき、壁が吹き飛んで外から丸見えになったことがある(もっとも台風の最中なので誰も外は歩いてなかったが)。
 台風などこようものなら跡形もなく吹き飛びそうな家だったが、どういうわけか意外とそうはならなかった。断水したりガスが止まったりすることもなかった(料金未納で止まることはあった)。ただし停電はしょっちゅうだったので、常にロウソクは欠かさなかった。「黙って寝てたらそのうち終わってるだろう」というのが家族の認識で、実際大抵のケースはそうだった。台風が過ぎたあとの街を歩いて横転している車や折れている電柱を見るのが楽しかった(今思うと結構不謹慎だ)。

 このように「意外とどうにかなってきた」私と台風の関係だったが、すごく余裕があったかといえばそうでもない。私はともかく、子供三人を女手ひとりで育てていた母はきっと不安もあったろうし、ミシミシと音を立てて震え、ロウソクだけが灯る暗い家で、わずかな食料を分け合って食べている家族に、他の誰かを助ける余裕などあるはずがなかった。数秒後には家がまるまる吹っ飛んで、暴風雨の中で家族全員が路頭に迷う可能性が無いなんて誰にも言えないのだ。次の台風も「意外とどうにかなる」かなんて誰も約束できない。
 私の住んでいた借家はひとつの借家を無理やり二分割したような作りをしており、私たち家族はその片方に住んでいて、もう片方には盲目のおばあさんがひとり、ヘルパーの手を借りながら住んでいた。用を足す際には毎日、外にある汲み取り便所まで杖を使って器用に歩いていくおばあさんだったけれど、台風の日、私達の家の戸を叩いたことがあった。お手洗いに行きたいが風が強く、転んでしまうかもしれないので一緒についてきてほしいというのだ。私は暴風雨の中、おばあさんをトイレまで送迎し、ついでに食料を少し分けてあげた。ただしこれは私が「運良く」それができるだけの余裕があったからであったし、状況が状況なら、私はおばあさんを見捨てる立場にあったかもしれない。
 「意外とどうにかなってきた」のはつまるところ、これまでが「運が良かった」だけであり、どれだけ必要な物資を揃えても、どれだけ住居を補強しても、それらでなんとか災害を乗り越えたところで、それは人間の努力以上の「運の良さ」が働いた結果だと思っている。その人にとってその災害が運良く、努力を押しつぶすレベルや状況ではなかったというだけであり、大きな被災に見舞われた人々や土地は、努力や備えが足りなかったわけではない。それを以て「運次第なのだから努力や備えなんて無駄」というつもりは微塵もないけれど、そもそも「努力ができたか(できるか)どうか」だって運次第である。街中であらゆる物資が売り切れている状況で、必要なものを揃えられず被害を受けた人に対して「努力をしなかったお前が悪い」と言う人間がいるのなら、さっさと台風に吹き飛ばされてほしい。もしも身体が弱くて買い物に行けなかったら?
 人は誰しも、運悪く明日を奪われる立場である。住居を奪われ、安心を奪われ、未来を奪われる。そんな状況で自分以外の誰かに手を差し伸べられなくても誰も責められない。しかし、そんな状況が存在するからこそ、行政がしっかりと手を差し伸べなくてはならない。
 やっと本題に入る。昨日、台風の話題で持ちきりになるツイッターを覗いていたら、目を疑うような情報が飛び込んできた。台東区が避難所からホームレスを締め出しているというのだ。「台東区民だと証明できないと避難所には入れられない」のだという。純度100%混じりっけ無し、言い訳無用でどこをどう見ても「行政が命の選別をした」ケースである。
 台東区には昔から山谷というドヤ街があり、そこには住民票も持てない多くの日雇い労働者がいる。またドヤ街には簡易宿泊所があり、宿泊料が安いので訪日客が宿泊することもある。「区民だと証明できないと守ってやらない」というのは単なるホームレスの締め出しだけに留まらない。
「税金を払ってないやつを助けてやる必要はない!」という非情な言葉を目にした。
 私も少なくない税金を払っている身の上だが、税金とはこの国に今行きているものの命や生活を選別せず救い、補うために払われている金であり、もしもホームレスを救えないというのなら「だったら払った税金返せ」と私は胸を張って言うし、家を無くした瞬間に税金に救われる余地を失うのなら、それこそ家を台風で跡形もなく壊されて避難所に駆け込んだ人間も追い払われなければならない。なにより、誰しもいつホームレスになってしまうのかわからない。私はいつでも、自分がホームレスになっていないのは「運が良かったからだ」と思っている。

 さらに「ホームレスを避難所から締め出すのに怒ってるやつは自分の家に泊めてやればいい。それをやらないやつは偽善者だ」という意見も見受けられた。悲しくて、どこまでも愚かで、限りなく無知な言葉だと思う。
 そもそも、どんな人間でも非常事態には命の選別をせずに誰でも助けてやるのが行政の仕事であり、義務である。非常事態にはどんな人間も、自分達の明日を守ることで必死になって気持ちに余裕がない。数秒後、自分達がどうなっているかもわからない。私だって自分と相方を守るので精一杯なので、もしも昨日ホームレスの方が私の家に訪れて「避難所を追い出されました。一晩泊めてください」と言われたとしたら、状況によりけりではあるけれど、OKする自信が私にはない。
 そんな状況でも、守られなかった人間がいて、守るべき義務を放棄した機関に「ちゃんと守ってやれ」と叫ぶことにどうして批判的になれるのかがわからない。そもそも行政が傲慢さから義務を怠ったことによる綻びを、今まさに非常事態の最中にいる民が自己犠牲で補え、でないと偽善だとのたまう人間は、一体誰の顔色を伺い、誰の尻を舐めているのだろう。
 もしそれで民がホームレスに手を差し伸べて、共倒れになってしまったとき、その手の人間はおそらく行政に責任を求めることはない。自分達の大好きな「自己責任だ」という言葉で処理しようとするだろう。生活保護批判の問題でもそうなのだが、彼らは「運次第で人間の生活はどれだけ努力していてもたやすく壊れる」ということを、それがいつ自分に降りかかるのかということをいつまでも理解しないのだ。だから「運が悪かった民も救う」義務がある「行政の負うべき仕事」を軽視するか理解を放棄するかして、個人個人に責任を回収させようとする。
「行政に必要な支援と義務を要求する」のと「自分では他者の支援を控える」のは一人の人間の中で当たり前に共存できる。これは善であるか偽善であるかの話ではない。
 もしも国が「民間が子ども食堂を運営しているから、子供の貧困や孤食の対策をしなくてもいいよね」と言ったら「民に頼らずやるべきことをやれ」と怒るのは当たり前なのである。
 弱者の命が行政によってふるいにかけられ、理解を放棄した者達が追い打ちをかける。非常事態になると誰しも余裕を失うものだけれど、その日、私はツイッターに確かに地獄を見た。
 台風が過ぎた今日、私の住む地域にはこれといった被害がほとんどなかった。TVで台風の惨禍を眺めながら、いつもどおりの生活に戻っている。窓に貼ったテープを剥がし、買い溜めていたパンを昼食に貪りながら、いつ吹き飛んでもおかしくなかった木造の借家から頑丈な鉄コン製のマンションへと住居が変わって、防災グッズを準備できる身分になった自分を振り返り、こうやって長々とした文章を書く余裕もある。そんな中だから私は言える。「私はただただ運が良かった」と。







拍手

「キャッシュレス手数料」がなぜ要求されるか

キャッシュレスというのは、つまりカード支払いというわけだが、実は、カード支払いというのは、店側にとっては不利益だという話を読んだ記憶がある。
つまり、カード会社への支払いが当然に生じるわけで、商品(サービス)の値段が現金支払いと同一ならその分、店側の利益は減る、ということらしい。
とすれば、現金支払いのお客は店にとっては有難く、カード支払いの客は有難くない、ということになるが、私は実際を知らないので、そう理解しているだけだ。
この前、タクシーにたまたま乗った時に、プリペイドカードで支払おうとしたら、相手が少し困ったような顔をしたので、「現金がいいですか」と言うと、喜んだ顔になったのだが、カード支払いというのは客には便利だが、売り手側の利益を減らしている、という可能性がありそうだ。
下の告知も、実に「いやいやながらキャッシュレスサービスをしている」匂いが漂っている。




さんがリツイート

キャッシュレス手数料…














拍手

この国の悪の集積所

「神戸大好き」所載の「東海アマブログ」記事だが、長いので、公開できないようなら後半をカットして「リテラ」記事だけにする。それだけでも十分に衝撃的だ。東海アマ氏は自分自身でヤクザと政治経済の癒着を目撃しているらしい。

(以下引用)


http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-887.html
反原発町長を、はよ殺さんかい! 10月1日



 反原発町長を、はよ殺さんかい!

 関西電力幹部に渡った裏金は3億2千万円どころじゃない! 関電の隠蔽工作と高浜原発をめぐるさらなる闇 (リテラ)
 https://lite-ra.com/2019/09/post-5002.html

 以下引用

 原発利権をめぐる深い闇の一端がとうとうあらわになった。関西電力の八木誠会長ら幹部20人が、高浜原発のある福井県高浜町の森山栄治・元助役(今年3月死去)から過去7年(2011~17年)にわたり総額3億2千万円相当の金品を受け取っていたことが金沢国税局の税務調査で判明したのだ。

 しかも、森山氏に資金提供していたのは、原発関連工事を請け負う高浜町の建設会社だった。ようするに、3億2千万円は関電の利用者から徴収した電気料金を原資とする原発発注工事費。その一部が発注者である関電幹部の元に回り回って還流したのだから、これはれっきとした背任行為だろう。

 それにしても、電力会社の不正はタブーといわれるなか、なぜこんな大スキャンダルが明らかになったのか。大手紙社会部記者が報道のいきさつを解説する。

「原発利権の取りまとめ役で、“影の町長”といわれていた森山氏の存在は以前から有名だったんですが、その森山氏が90歳で亡くなった3月、マスコミに森山氏から幹部への裏金提供をめぐるたれ込みが相次ぎ、各社とも取材に動いていたんです。
 ところが、どこも単独では書けず、報道できなかった。一方で、金沢国税局が昨年のうちから存命中の森山氏を追及、裏金を受け取った関電幹部たちに修正申告をさせていたんですね。それで、ここにきて、国税局から共同通信が情報を得て、『税務調査で判明』という形で先行報道。その後、各社が後追いして一斉報道となったわけです」

 当局が動かないと、何も書けないマスコミの体質がまたぞろあらわになったとも言えるが、もっとひどいのは関電の隠蔽体質だ。

 金沢国税局は昨年1月、原発関連工事を請け負う高浜町の建設会社「吉田開発」の調査を行い、工事受注に絡む手数料として森山氏へ約3億円がわたったことをつかんだ。さらに森山氏を調べ、関電幹部に金品が流れた事実を突き止めたという。前出の社会部記者が続ける。

「森山氏は1977~87年に助役を務めました。この間、高浜原発の3~4号機建設誘致の推進役となり、関電と深い仲になったようです。退職後も、地元業者のとりまとめ役になり、町長をしのぐ隠然たる力を持つようになりました。関電との取引が今後も続くように金品を送り、抜き差しならぬ関係を築いたようです」

 実際、生前の森山氏は国税局に対して「関電にはお世話になっている」と金品提供の趣旨を説明したという。

 すると、こうした国税局の動きを受けて、関西電力の役員らが慌てて修正申告。記者発表も社内調査もせずに、この修正申告だけで幕引きをさせようとしていたのだ。

「関電は国税幹部に働きかけて、この事実を公表しないように要請していたという話もある。しかし、関電の反省のない姿勢に国税局の現場が怒って、マスコミに情報を流したということのようです」(前出・社会部記者)

 しかも、関電はこの期に及んでなお、事実を明らかにしていない。記者会見した岩根茂樹社長は27日の記者会見で「常識の範囲を超える金品は受け取りを拒んだり、返却を試みたりしたが、強く拒絶された」などと釈明に終始したが、両者の関係はそんなものではなかった。

 関電が社内調査に基づいて明らかにした「20人で計3億2千万円」は2011年以降に限定して発表したものだったことが分かったのだ。

 八木会長は「2006~10年に受領した」と報道機関に証言している。そもそも金品を提供した森山氏は助役を1987年に辞めており、亡くなるまでに30年以上の期間がある。明らかになっていない金品提供があり、実際は受領者数と受領総額がもっと大きいのは確実だろう。一説にはその数倍に及ぶのではないかという見方もある。

 高浜原発の元警備会社が「反原発町長への襲撃指令」を受けたと告発
 しかも、関西電力高浜原発と高浜町の間には、さらなる深い闇がある。10年ちょっと前、関西電力が原発反対派の高浜町長の「襲撃」、さらには「暗殺」を下請け業者に命じていたという告発をされたことがあるのだ。この告発が書かれているのは『関西電力「反原発町長」暗殺指令』(斉藤真/宝島社)なる本。証言しているのは、1999年から2007年頃までの間、福井県の高浜原発の警備を請け負い、その暗殺指令を受けたという警備会社の社長と従業員だ。

 当時、関西電力内の高浜原発ではプルサーマル導入を進めていたが、これに高浜町の今井理一町長(当時)が強硬に反対。プルサーマル計画は頓挫し、そのまま数年にわたって導入が見送られ続けた。すると、ある時期、関西電力若狭支社(現・原子力事業本部に統合)の副支社長で、高浜原発を牛耳っていたKという幹部が、この警備会社の従業員のほうに町長の襲撃を依頼してきたのだと言う。
 しかも、具体的な殺害方法まで提案した上で、「はよ、殺さんかい」とくどいくらいに催促してきたという。
 
 だが、結局、彼らは襲撃や殺人を実行に移すことができず、彼らの会社は関西電力から警備の仕事を打ち切られてしまう。そこで、2年後、2人は「週刊現代」(講談社、2008年3月29日号/4月5日号)にこの経緯を告白するのだが、しかし、摘発されたのはK副支社長でなく、告発した彼らのほうだった。
 立替金の返還をK副支社長に要求したことが恐喝にあたるとして、大阪府警に逮捕されてしまったのである。

 にわかには信じがたい話かもしれないが、同書によると、告発した警備会社社長らはこの事実を認めた関西電力幹部との会話をおさめた録音テープなど複数の客観的証拠を提示しており、ターゲットになっていた今井町長も自分の暗殺計画があったことを認めている。
 また、当のK副支社長自身もこの警備会社社長らの裁判で、「高浜町長を襲うという話を冗談で一回話したことがある」と証言していた。

 真相は今となっては藪の中だが、このK支社長が高浜町長の暗殺指令を発したとされる時期は、森山氏が原子力事業本部と抜き差しならぬ関係を深め、町長を超える力を築いた時期と重なる。高浜をめぐる闇は、想像以上に深いものがあるのではないか。

 関西電力のさらに深い闇が

 もっとも、高浜原発をめぐる闇や関西電力の不正がいくらとんでもないものだったとしても、これ以上の解明は進まず、関西電力の新たな公表だけで収束してしまうのではないか。
 理由の一つは、検察が捜査に動く可能性が低いことだ。福島原発事故をめぐって東京電力幹部を不起訴(その後、検察審査会で強制起訴)にしたことからもわかるように、検察は電力業界と天下りなどで癒着しており、電力会社に触りたがらない。
 今回も、すでに検察は予防線を張るようにマスコミに「背任での立証は難しい」などの見方をリークしている。

 さらにもう一つは、電力会社の広告漬けになったマスコミの問題だ。

「特に3・11以降は東京電力にかわって関西電力が電力業界の盟主になっていますからね。関西のメディアはもちろん、電事連も関電が牛耳っているため、東京のメディアにも影響力を強めている。今回、国税のお墨付きがあるまで報道できなかったのもその表れ。今は、国税局が動き、関電が認めたということで、さすがにテレビも報道しているが、通り一遍の報道だけ。疑惑を深掘りしたり、新たな不正を追及できるとはとても思えない」(民放報道局記者)

 電力会社、原発でこんなとんでもない不正が平気で行われてきたのも、検察やマスコミと電力会社の間に共犯者的な関係性があったからだ。この国は根っこから腐っているのである。

****************************************************************************
引用以上

リテラ編集部が、昨日この記事を公表したのだが、内容は血の気も凍る恐ろしい関西電力の闇を示すものであり、東電を含む、すべての電力企業に検察・警察などから大量の天下り人脈が流れていて、この利権を守るために、まず絶対に立件しないと書いているのである。

 「原発ジプシー」にも描かれているが、関電の闇は我々の想像を絶するほど深く恐ろしい。それは、戦前からのダム工事で、警察・検察・山口組と完全に癒着し、例え大量の殺人死者が出ても、報告も立件もせずに、遺体をダムのコンクリートに埋めて放置してすませてきた時代の経営感覚が、そのまま受け継がれていたのだ。

 「たこ部屋」というダム工事の労働者を閉じ込めた奴隷施設が知られている。
 我々の若い頃まで存在していて、山谷・高田馬場・釜ヶ崎・寿町などの日雇い寄場で、実際に連れて行かれ、命からがら逃げ出してきた人の話を聞くこともあった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%82%B3%E9%83%A8%E5%B1%8B%E5%8A%B4%E5%83%8D

 この元締めは大半が山口組で、山口組は全国の港湾施設の荷役利権を牛耳っていた関係で、「沖仲仕」=船舶荷役の手配師を組織的に掌握していた。
 これが、ダム工事の人夫の手配を行い、やがて原発の被曝労働者の手配まで進んだ。
 半世紀前の原発は、もちろん企業倫理=コンプライアンスなど存在せず、そこにいれば数日で死んでしまうような凄まじい被曝作業も、山口組の手配師が連れ込んだ釜ヶ崎などの労働者に強制的に行わせた。

 これを監督し、管理するような行政組織も権限も存在せず、警察や検察も天下り利権があるから、一切手を出さなかった。
 例えば、原子炉の冷却配管に亀裂が入って汚染水が噴き出すと、それを排出するのに、日雇い労働者に雑巾を持たせて、直接、バケツに回収させた。
 このときの汚染水は、毎時数百ミリシーベルトという、とんでもない代物で、この作業をやった労働者は意識を朦朧とさせ、全身を莫大に被曝し、釜ヶ崎に帰還できても、すぐに被曝で死んでしまった。

 堀江さんの原発ジプシーには、こうした事例が生々しく描かれているが、このような被曝作業で、原発内で短時間に死んだ労働者は、警察には報告せず、ドラム缶に詰めて、コンクリートで固め、密かに沖合の海に投棄したとの証言がある。
 https://books.google.co.jp/books?id=MLw_DwAAQBAJ&pg=PT106&lpg=PT106&dq=%E5%8E%9F%E7%99%BA%E3%82%B8%E3%83%97%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%80%80%E8%A2%AB%E6%9B%9D%E5%8A%B4%E5%83%8D%E8%80%85%E3%82%92%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%A0%E7%BC%B6%E3%81%AB%E5%85%A5%E3%82%8C%E3%81%A6&source=bl&ots=x60zTT5tYW&sig=ACfU3U0uhMLIl1p5PvIb_S6V8m9oZuZl8A&hl=ja&sa=X&ved=2ahUKEwjV8b2dqPrkAhXUBIgKHf-yDeIQ6AEwA3oECAkQAQ#v=onepage&q=%E5%8E%9F%E7%99%BA%E3%82%B8%E3%83%97%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%80%80%E8%A2%AB%E6%9B%9D%E5%8A%B4%E5%83%8D%E8%80%85%E3%82%92%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%A0%E7%BC%B6%E3%81%AB%E5%85%A5%E3%82%8C%E3%81%A6&f=false

 実は、山口組は、こうした死体処理方法を多数経験することで味をしめて、今でも、殺害死体をドラム缶にコンクリート詰めにして100m以上の浚渫のない深海航路に捨てていることを、私は暴力団幹部から直接聞いたことがある。
 名古屋のK会の場合は、幡豆の暴力団漁師に依頼するらしい。一度もばれたことがないといわれる。
 
 上の記事中で、関電幹部が受け取ったキャッシュリベートの総額が3億2000万円と報道されているが、これは2011年以降に限定されたもので、八木会長の自白によれば、2006~2010年まで受領があったということなので、当然、総額は桁違いのものになる。
 昨日まで、関電幹部の受け取ったリベートの総額は30億円以上という報道があったのだが、今日、それを探しても出てこない。

 おそらく、このキャッシュバックリベート疑惑は、1970年代の計画・建設段階から巨額の積み重ねがあったと考えるのが自然であり、関電幹部に還付された、総額は、おそらく100億円を超えるものになるはずだ。
 もちろん、これは、我々が支払っている電気料金から流れているもので、電気料金が正当に使われていないで、収賄に流れたことを意味している。

 松井大阪市長は、この事件に対し「株主代表訴訟」を提起すると発表した。
 https://www.mbs.jp/news/kansainews/20191001/GE00029801.shtml
 
 しかし、維新グループは、強硬な核武装論者=原発推進派であり、関電を訴訟で脅すことで、維新グループにもおこぼれを要求しているようにしか思えない。
 松井は、「東電フクイチ汚染水を大阪湾に流す」と、絶対にできもしないことを平然と吹聴する人物なので、狙いは利権しかないと思われる。

 この事件、リテラの記事によって、再び、当時、反原発姿勢を打ち出した今井高浜町長への、暗殺指令問題がスポットを浴びることになった。 

『関西電力「反原発町長」暗殺指令』(斉藤真/宝島社)
 によれば、証言しているのは、1999年から2007年頃までの間、福井県の高浜原発の警備を請け負い、その暗殺指令を受けたという警備会社の社長と従業員だ。

 当時、関西電力内の高浜原発ではプルサーマル導入を進めていたが、これに高浜町の今井理一町長(当時)が強硬に反対したことで、関西電力若狭支社(現・原子力事業本部に統合)の副支社長で、高浜原発を牛耳っていたKという幹部が、この警備会社の従業員のほうに町長の襲撃を依頼したことが明らかになった。

 具体的な殺害方法まで提案した上で、「はよ、殺さんかい」とくどいくらいに催促してきたという。
 当時の関電幹部は、入れ墨を入れて山口組の組員だった者が多く、ダム工事時代から、日常的に殺人にかかわっていたといわれる。
 
 彼らは襲撃や殺人を実行に移すことができず、彼らの会社は関西電力から警備の仕事を打ち切られてしまう。
 「週刊現代」(講談社、2008年3月29日号/4月5日号)にこの経緯を告白するのだが、しかし、摘発されたのはK副支社長でなく、告発した彼らのほうだった。

 立替金の返還をK副支社長に要求したことが恐喝にあたるとして、大阪府警に逮捕されてしまった。
 大阪府警は、山口組の下部組織と揶揄されるほど、暴力団と癒着していたのである。
 これは、今でも、大阪府警が全国最悪の冤罪製造装置となっている背景である。
 http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-461.html

 府警だけではない。関西の司法界は、警察・検察・裁判所に至るまで、すべて山口組と深い癒着があり、それを取り持ってきたのが関西電力である。
 関西電力は、司法界全体の最大級の天下り受け入れ機関だったからだ。
 「関西電力は関西司法界によって神様」であり、すべての違法行為は、司法によって葬り去られ、隠蔽される。
 
 高浜原発再稼働で、司法の独立を示した勇気ある裁判官がいたが、もちろん彼は、関西司法から即座に追放され、栄転すべきキャリアなのに、簡裁に左遷された。
 https://www.nikkei.com/article/DGXLASHC07H78_Z00C16A3000000/

 今回の問題も、仮に立件されても、行く末は誰にでもはっきり分かるだろう。関電が司法によって断罪されることはありえない。関西司法は、関電の下部組織とさえ言えるからだ。
 だが、昨日、リテラが、冒頭の記事を書いた意味は大きい。
 今の自民党利権政治が終わったときには、こうした不正行為が再び裁き直されねばならない。そのときのために、我々は問題を記録しておかねばならない。









拍手

香港の「政府転覆」騒動の裏側

「阿修羅」から転載。だいたい私が漠然と考えていた「香港騒動の背後関係」と一致する内容だが、櫻井ジャーナル氏の説明は明確だ。まあ、西側権力層のやり口を熟知している氏にとってみれば、この手の「民主化革命(東側政権転覆)」の正体など、最初から見え見えだろう。
長い記事なので、香港騒動とは話題が逸れる後半の大部分は省略する。

(以下引用)



香港で反中国活動が暴力化する中、警官が実弾を発射した背景
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201910030000/
2019.10.03 櫻井ジャーナル



 香港で反中国活動に参加していた18歳の若者が警官の発射した実弾を胸に受け、入院したと伝えられている。中国の建国記念式典に合わせて実行された活動はこれまでになく激しいもので、警察側の発表によると、局所的に警官が活動参加者に圧倒され、スパナ、ハンマー、鉄棒、鋭利にした道具などを手に警官を襲い、命の危険を感じた警官が警告発砲、それでも襲ってきたひとりを撃ったという。

 香港は中国侵略を含むユーラシア大陸東岸部におけるイギリスやアメリカの戦略拠点であり、マネーロンダリング網にも組決まれてきたが、そうした機能を維持して欲しいと考えている人びとが香港に存在していることは間違いない。そうした人びとは今、必死に戦っている。

 残念ながら、今回の実弾発砲に「衝撃」という表現は使えない。各国でカラー革命を仕掛けてきたネオコンの手口を知っている人は、活動を仕掛けているグループは警官に実弾を使わせようとしていると指摘していた。情況によっては、自前のスナイパーを用意する可能性もあった。

 反中国活動は途中から過激化、火炎瓶や石を投げ、施設の破壊や輸送を止めはじめる。そうした中、市民と乱闘になる場面があり、傘で活動参加者が市民に殴りかかる場面や中国メディアの記者が縛り上げられている様子がインターネット上にアップロードされてきた。

 本ブログでも繰り返し書いてきたが、今回の行動の背後にアメリカやイギリスの政府がいることは秘密でも何でもない。香港の活動の中心グループはアメリカの政府や議員と連携、CIAの資金を動かしているNEDの資金が1996年から流れ込んでいることもわかっている。それを含め、アメリカから提供された資金は200万ドル以上だという。

 2014年9月から12月まで続いた「佔領行動(雨傘運動)」のときから活動の指導者として元王室顧問弁護士の李柱銘(マーチン・リー)、メディア王の黎智英(ジミー・リー)、香港大学の戴耀廷(ベニー・タイ)副教授、あるいは陳日君(ジョセフ・ゼン)、余若薇(オードリー・ユー)、陳方安生(アンソン・チャン)といった名前が挙がっている。

 ​2014年に反中国派へ数百万ドル出したと伝えられている黎智英​はフリードリッヒ・ハイエクやミルトン・フリードマンといった新自由主義の教祖的な学者と親しく、ネオコンのポール・ウォルフォウィッツにも資金を提供​​、西側の有力メディアに好まれるのは必然かもしれない。

 元王室顧問弁護士が入っているというのは滑稽だが、滑稽なのはそれだけにとどまらない。例えば、デモ隊がイギリスやアメリカの国旗、イギリスの植民地であることを示す旗を掲げ、中には拡声器を使ってアメリカ国歌を歌ってきた。

 香港で雨傘運動があった2014年、ウクライナでアメリカ政府はネオ・ナチを使ってクーデターを成功させた。その時、アメリカの現場責任者はネオコンでヒラリー・クリントンと親しいビクトリア・ヌランド国務次官補。

(中略)

 オバマ政権が2014年のクーデターを成功させられたのは、ウクライナ政府がアメリカ側の要求に従い、ネオ・ナチを野放しにしたことにある。当時、孤立した警官は拉致され、拷問の上で殺害されている。少なからぬ死体は目を潰されていた。中国政府もこうしたアメリカの手口を研究済みだろう。

 しかし、鎮圧に出ると「政府の弾圧」を演出するのもアメリカの常套手段。そのために有力メディアは存在する。香港で実弾を使う事態になったことはアメリカの成功だろうが、それでヤヌコビッチのような行動に出ると中国本体が揺らぐ。それも中国政府は理解しているだろう。









































拍手

香港を返還したふりだけして後ろで操る英国

引用した記事は、香港問題の根本がどこにあるのか、かなり理解しやすく書いてある。つまり、香港が「帰属不明の存在」であることが最大の問題点であるわけだ。
前の記事でタイトルに書いた、「精神だけ白人化」した中国人というのが香港人である、とすれば、彼らが中国政府を忌み嫌うのは当然だろう。国際金融の拠点のひとつである、ということは、彼らはまさに資本主義(経済的自由主義であり、国家の束縛や規制を何より嫌う)の申し子であり、中国本土と比べて桁違いの裕福さに慣れているはずだ。それが、完全に「中国の単なる一地方都市」になれば、生活水準の下落は避けられないことになる。
幸い、今なら反政府活動をしても、外国人裁判官たちが軽い刑で釈放してくれるのだから、暴れ放題である。
だから、香港デモはあのように暴徒化したのである。(一般人でも親中派の人間の意見は弾圧され、迫害されている、という話だ。暴徒の一般人への暴行による死者も出ているらしい。)

(以下引用)



香港最高裁・裁判官17人中15人が外国人――逃亡犯条例改正案最大の原因


五星紅旗の下の香港(写真:ロイター/アフロ)



 香港の最高裁判所の裁判官のほとんどは外国人だ。従って「民主主義的価値観」に基づく判決が出される。このままでは「香港が民主化してしまう!」。北京政府の焦りが「逃亡犯条例改正案」の根本原因だ。香港デモの真相を解明する。

◆香港の親中党派の司法に対する不満

 香港の最高裁判所の裁判官17人のうち15人が外国籍だなんて、そのようなこと、信じることはできないと思われる方たちのために、一つの具体例をお示ししよう。


 2017年 3月 1日のBBCニュース「香港観察:法制の危機」は、2014年の雨傘運動の時のデモ参加者とそれを取り締った警官に対する判決があまりに不平等だと、親中派の香港の政党「建制派」が不満を述べていると報道している。


 それによれば「警察を襲って公務執行妨害をしたデモ参加者には5週間の懲役」を、そして「暴力を振るったデモ参加者に対して、法を執行しようとして警察の公的権力(一定程度の暴力)を施行した警官側には2年間の懲役」という判決が出たそうだ。


 すると、親中派の政党である建制派が、「先に暴力を振るったデモ参加者には軽い罰を与え、それに対応して法を執行した警官には重い罰を与えるのは不公平で、ダブルスタンダードだ」と激しい不満を表したのだという。


 つまり、「裁判官は民主運動を叫ぶ者の側に立っている」という不満を親中派の政党は抱いているということになる。


 もちろん、その不満は、中共中央および中国政府ではさらに強烈であることは想像に難くない。


 2018年1月17日の中国政府の通信社「新華社」の電子版「新華網」が「香港の違法なオキュパイ・セントラルのデモ参加者16人に法廷侮辱罪」(オキュパイ・セントラル=雨傘運動)というタイトルで香港の司法への不満をにじませている。にじませるのであって、決して怒りを露わにしないということも肝心だ。憤りでは済まされない策をじっくり練っている。


 怒りは他の民間ウェブサイトなどに書かせればいい。何と言っても、あれだけのデモを主導したリーダーの一人に与えられた罰は最大4か月半の懲役で、軽いのは1ヵ月なのだから。筆者もデモのリーダーたちが「ちょっとした旅行をしてきました」というような晴れやかな顔で出所する画像を、何とも複雑な思いで見たものだ。

◆このままでは香港が民主化してしまう!

 結果、中国大陸のネットには「チャンチャラ可笑しい」といった類の嘲笑と不満が溢れた。「で、香港の未来はどうなるの?」というものもある。


 そう――。


 その「香港の未来」だ。


 それが問題なのである。


 このままいけば、香港が民主化してしまう!


 北京政府が怖がらないはずがない。


 そこで、逃亡犯条例を改正して、香港の民主活動家を大陸(北京政府側)の司法で裁けるようにしようと考えた。


 いやいや、逃亡犯条例というのは「香港以外の国や地域などで罪を犯した容疑者が香港に逃げて来た時、容疑者引き渡し協定を結んだ国や地域からの要請があれば容疑者を引き渡す」ことを規定した条例で、これまではその国・地域の中に「中国大陸=北京政府(中華人民共和国)」が入っていなかったので、「改正案」で「中国大陸を含める」ことにしようとしたものだ。決して香港市民が香港で行う民主運動に参加した人を対象とすることはできないと、反論なさる方もおられるだろう。

◆香港政府の説明と実態

 その通りだ。


 そう思わせてしまうのが北京政府の戦略の危険な深さなのである。


 もし額面通りの解釈が本当なら、なぜ香港の若者たちは、あんなに激しく反対したのだろうか?


 2014年の雨傘運動の時に、香港を管轄する全人代(全国人民代表大会)常務委員会は何と言ったのかを思い出してみよう。


 当該委員会は次のように言ったのである。


 ――「一国二制度」は、「二制度」の前に「一国」という文字がある。「一国」が「二制度」より優先されるのだ。したがって香港は母なる国「中華人民共和国」の憲法に従わなければならない。


 すごい論理だ。


 かくして「一人一票」の「普通選挙」は中華人民共和国憲法に従い、「中国を愛する人」によって構成されなければならないということになり、親中の選挙委員1200人が行政長官を選ぶことになった。


 いやいや、改正案のきっかけとなったのは2018年2月に香港人が台湾旅行中に殺人を犯したからだ、という声が聞こえそうである。2人の若い男女(香港人)が台湾に旅行したのだが、女性が他の男性の子供を身籠ったことに激怒した男性が女性を殺害して台湾に遺棄したまま香港に帰国(逃亡)。後に犯罪がばれて逮捕されたが、犯罪が起きた地点が香港でないことから香港の司法では裁けない。しかし台湾と香港の間には容疑者引き渡し協定がないので台湾にも容疑者を渡せるよう、条例を改正して引き渡せる国・地域を「中国大陸、台湾およびマカオなど」に増やそうというのがきっかけだと香港政府は説明している。


 これも、その通りだ。


 香港政府は、たしかに、そのように説明している。


 しかし、これが本当なら、たとえば「中国(大陸)人が大陸で罪を犯して香港に逃亡した場合、あるいは香港人が大陸に行って大陸で罪を犯した場合にのみ、中国政府が香港政府に容疑者を引き渡してくれと頼むことが可能になる」という論理になり、なぜ香港の若者が抗議活動を行うのかという因果関係が見えてこない。香港人は大陸に行かなければいいわけで、ここまで大規模の長期間にわたるデモを展開する必要はなかっただろう。


 しかし実際には最多で200万人に至るほどの香港人が抗議デモに参加したということは、「これが本当の原因ではない」ことを証明しているのである。


 

◆なぜ外国人裁判官を中国は認めたのか?

 なぜ裁判官のほとんどが外国人(外国籍)などということが存在するのかを考えてみたい。


 アヘン戦争後の1841年からイギリスによって統治されてきた香港の司法は、大英帝国とその植民地国の裁判官によって占められていた。


 1980年代初期、イギリスのサッチャー元首相とトウ小平との間で香港の中国返還へのさまざまなやり取りが成されたのだが、1984年に「中英連合声明」が出された。そこでは香港に外国籍裁判官を置くことが認められている。香港特別行政区の憲法であるような「香港特別行政区基本法」は、この声明を尊重し、基本法では外国籍裁判官を置くことを認めることになった(基本法82条、90条および92条などに関連項目)。但し、最高裁の裁判長だけは中国香港籍でなければならない。


 なぜ中国がこれを認めたかと言うと、当時中国大陸の方はまだまだ未発展で、香港は輝かしい国際都市だった。だから外資を呼び込み世界の金融センターとしての役割を果たすために、外国企業との間で訴訟が起きた時の裁判は外国人の方が何かといいかもしれないという計算が働き、イギリス側の主張を呑んだのだった。


 基本法を改正してしまえばいいが、そのようなことをすれば、中国は法治国家ではないとして諸外国からも糾弾され、「一国二制度」の約束が完全に崩れる。


 1997年から発効した一国二制度は、50年間は不変で、50年間、香港の自治を守ると謳っている。これは中国一国で決められることではなく、香港を中国に返還したイギリスとの約束であり、かつ国際金融都市としての関係国との暗黙の了解でもある。だからこそ世界の金融センターとして世界は香港に投資し、中国は香港を通して儲かってきた。


 しかし中国に対する香港のその役割はもう終わった。


 そこで逃亡犯条例を改正すれば、少しでも早く、そして少しでも多くの民主活動家の芽を摘み取ることができる。


 つまり、一般の香港人が香港において政府転覆的な動きをすれば、「引き渡し手続きを簡略化して、すばやく大陸に送り込み大陸の司法で裁くことができる」というのが改正案の神髄だ。


 もし改正案が通ったら、民主活動家たちはこれまでのように「西側的価値観」を持った外国の裁判官によって民主活動が見逃される軽微な刑で済まされなくなるのである。これをあらゆる側面から未然に防ぎたい。


 だからデモが長引いているのだ。


 この厳然たる事実を見落としたら、香港のデモの真相は何も見えないと確信する。


 (なお、このコラムはシンクタンク中国問題グローバル研究所に載せた論評に修正を加えて編集したものである。詳細は10月末か11月初旬に毎日新聞から出版される『米中貿易戦争の裏側』で述べる。)



遠藤誉 中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所(https://grici.or.jp/)所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『卡子(チャーズ) 中国建国の残火』、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『チャイナ・ジャッジ 毛沢東になれなかった男』、『中国動漫新人類 日本のアニ












拍手

Clear