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抑圧された秩序と秩序無き自由 5

世の中の二重規範、つまり本音と建前、あるいは教科書的記述と現実社会との相克によってもっとも苦しむのは青少年たちである。
 公害や、過労死や、兵器の在庫整理のための戦争に見られる、利益のためには無数の人命も平気で犠牲にし、人間を使い捨てにする社会の現実と、教育関係者を中心とする口先だけのヒューマニズム。このような社会の偽善を鋭く感じた青少年は、しかし自らの思考を言語化し、表明する能力は無い。彼らのやり場の無い苛立ちは、様々な破壊的行為となって顕れるしかないのである。もちろん、破壊行為の大半は、単なる幼児的欲望を満たそうという衝動であり、同情には値しない。しかし、その心理の背景には確かに社会の病理があるのである。
 現代における教育の荒廃は、産業のための選抜試験にすぎない大学入試だけを目的としたその教育内容の無内容さへの反抗であると同時に、自分たちは資本主義社会、あるいは現体制の歯車か敗者となるしか無い事を鋭く予感した子供たちの、無意識の絶望の顕れでもある。もしもあなたが成績劣等生だったとしたら、今の教育体制の中でどのように充実した生活が送れるだろうか。そして、何の才能も無い人間にとって、あえて法律を無視して生きる以外に、今の社会の中で成功するどんな手段があるだろうか。そうした想像力も無しに、今の教育を論じるのは不毛でしかないだろう。もう一度繰り返すが、才能の無い人間でも、善良な人間なら真面目に生きても報われる、そういう社会の現実的なプログラムを示さない限り、今の社会の荒廃は救えないということなのである。そういうプログラムが現在の資本主義社会の枠組みの中で可能なのだろうか。私は、それは不可能だと考えている。これを変えるには、資本主義とも共産主義とも異なる社会システムが必要である。この事については第三章で論ずるつもりである。














Ⅲ 抑圧された秩序と秩序無き自由

 この章では、第一章で提出した問題、すなわち、抑圧された秩序と秩序無き自由のいずれを我々は選ぶべきか、あるいはその両者を止揚する道があるのかについての答を出すつもりである。いや、ここまで書かれた内容から、その答はすでに予想されているだろう。日本が真の民主主義国家になることがその答である。しかし、それは政治体制の話であり、社会システムは政治と経済と文化の複合体である。そして、政治と文化はむしろ経済に従属して決まってくるものだ、というのはマルクスの述べた通りだろう。では、いかなる経済システムをとるべきか。これまでのように資本主義と共産主義しか選択の道が無いという状況では、明らかに資本主義しか選択の道は無い。なぜなら、人間の労働にはインセンティブ(誘因)が必要であり、それは基本的には労働に見合う報酬以外には無い。しかし、私有財産の許されない共産主義では、そのインセンティブが無いからである。かつては労働自体の与える喜びという間抜けな御伽噺を共産主義者は謳っていたが、労働など苦痛以外の何物でもないことなど、幼児でも知っていることだ。労働が苦痛でないのは、自ら望んで行なう労働だけであり、食うための仕事にはそんな物など無い。従って、共産主義とは、労働の義務だけがあって報酬は無いという哀れな経済システムであることになるのである。もちろん、まったく報酬が無いわけではないが、私有財産が許されない以上、その場で使える以上の報酬は無意味である。つまりは働いても働かなくても同じことであり、そんな社会で真面目に働く人間など存在しないだろう。いるとすれば、それは労働以外のインセンティブ、すなわちマイナスのインセンティブである刑罰の存在によるものである。かくして共産主義社会は「収容所群島」となるしかないわけだ。
 もちろん、現実には共産主義が実現された国は無く、生産手段は国有化するが、私有財産は認めるという社会主義国家がこれまで存在しただけである。しかし、以上に述べたことから見ても、世界は社会主義から共産主義に移行するというマルクスの予言はまったくのナンセンスであることが分かるだろう。むしろ社会の現実は、一度は社会主義革命を経験した国々が、資本主義経済体制に移行するのが歴史の流れであることを示している。
 しかし、その事が、資本主義の優越を示すものではないということを、もう一度言っておく。資本主義は確かに人間性の本質に基づいて人間を労働に向かわせるシステムである。資本主義国家の繁栄、経済的勝利は、ただその一点によるものだ。しかし、それは同時に人間性を荒廃させるシステムでもあることは、前の二章に述べた通りである。すなわち、共産主義を一種の理想主義、資本主義を現実主義ととらえるなら、現在の世界は、理想が現実の前に敗れ去った状況なのである。しかし、理想無き社会は「理想的な社会」であろうか。
 再度言うが、人間社会とは言っても、生活のための闘争や競争から免れることはありえない。その意味で、競争原理に基づく社会である資本主義社会は、人間を貧相な揺り籠の中で育てようとする共産主義社会よりははるかに現実的である。そして資本主義社会においては、幸運に恵まれれば、このうえない贅沢が味わえるだろう。すなわち、アメリカン・ドリームとは、資本主義社会の夢なのである。人々はその夢によって営々と働き続け、そしてやがて自分が無数の敗北者の一人でしかないことを知る。そして彼らの労働が一部の勝利者の贅沢な生活を可能にするのである。もちろん、ここには別の要素があり、それは技術革新によって社会全体の生産性が上がり、それによって底辺の人民の生活すらも底上げされていくということである。それはしかも、資本主義社会にだけ起こりうることなのである。なぜなら、前述したように社会主義国家や共産主義国家には労働のインセンティブが無い以上、技術革新のインセンティブも無いと見るのが当然だからである。誰が、何の報酬も無いのに、発明や発見に知恵を絞るはずがあるだろうか。
 そのように、資本主義の優越性を認めた上で、なおも私は、現在の資本主義は誤った社会システムであり、今の資本主義社会においては、人々はけっして本当には幸福には成り得ないと言う。それは、今の資本主義社会が無数の敗残者を作り出し、無数の弱者を不幸にしているからである。人間社会は弱肉強食のジャングルであってはならない、人間の理性は、人間を野獣以上の存在とするために用いられねばならない。別の言い方をすれば、弱者や不運な人間でも、ある程度の幸福が約束される社会を、人間は作り上げることができるはずである。「世界が全体幸福にならないうちは、個人が幸福になることはありえない」という宮沢賢治の言葉は、単なる甘ったるいヒューマニズムではない。それが可能だと信じ、正しい方向に進んでいけば、いつかは実現できる理想なのである。
 では、資本主義でも無く、社会主義や共産主義でもない、もう一つの道はあるのだろうか。私は、あると思う。それは、あまりにも簡単すぎる道である。その道とは、私有財産に上限を設けることである。その上限は、人間が豊かに暮らすには十分だが、それ以上を持つことは無意味だという程度である。年収で言えば二千万円くらいが今の日本での上限でいいだろう。ただし、この場合、住宅建設費用が国民の平均年収相応に下がることが必要であり、また、老後の保障や病気・災害の保障が完備されていることが条件である。さらに加えれば、自分の家族への遺産寄贈はほとんど認める必要は無い。ある限度以上の遺産は国が没収して、これから社会に出て行く青年全体に配分すれば良い。つまり、出発時点の不平等を無くした上での競争社会にすればいいのである。
 もしもこれでは労働のインセンティブとして不十分だとするなら、三千万円くらいを上限としてもいいが、普通の人間が普通に生きていくのに、それ以上必要なはずはない。まして、社会保障が十分な社会なら、それ以下でも十分に満足して生きられるはずである。年収二千万や三千万では、確かにゴッホの絵を買ったり、フェラーリに乗ったりすることはできないかもしれない。従って、単にステイタスシンボルとしての贅沢品を作る産業は衰退するだろう。しかし、ゴッホの絵は何億円もするだろうが、ゴッホは生きている時何億円も稼いだだろうか。いや、真の芸術家の多くは、資本主義社会でむしろ冷遇され不幸な一生を送ったのである。そもそも、大衆車とフェラーリの間に何百倍もの価値の差があると本当に言えるのだろうか。カシオの腕時計もローレックスも、時間を刻む性能の点では何も違いはない。資本主義社会の物の値段など、幾つかの情報操作と虚栄心の産物でしかないのである。そうした虚栄心の代償が、この社会の無数の悲惨と不幸ならば、誰がそれを捨てることを嫌がるだろうか。もちろん、「俺が一杯の紅茶を飲むためならば、世界が滅びようがかまうものか」というドストエフスキーの「地下生活者」の言葉は、あらゆる人間の心理を代弁しているだろう。しかし、それと同時に、人間には少しでも世の中全体の幸福の増進に役立ちたいという願いもあるのである。
 さて、以上で、「抑圧された秩序」と「秩序無き自由」のどちらを選ぶべきかという問いには答えたつもりである。答えは、「どちらでもない第三の道、秩序ある自由を選ぼうではないか」ということである。多くの人は、これを只の夢想と思うかもしれない。しかし、ジョン・レノンの「イマジン」に言うように、「いつか君がぼくと一緒になるなら」それは夢ではなくなるだろ

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抑圧された秩序と秩序無き自由 4

さて、GHQは、日本占領の初期には、日本を民主化しようという無邪気な善意に溢れていた。その作業の一つが日本国憲法であった。ここで、覚えておくべきことは、憲法は国の法律の根幹ではあるが、実施細則、すなわちその他の法律のほとんどは当時の官僚たちによって作られたということである。さすがのGHQも、そうした法律の細部までいちいちチェックしていたわけではない。そこで、当時の官僚たちは、自分たちの人民への支配権を維持するために、内閣法の中に官僚による法律提案権を忍び込ませた。これは「国会は国の唯一の立法機関である」という日本国憲法に違反するものだが、「提案」くらいならいいだろうと大目に見られたものであろう。しかし、この事が、国の進路を大きく誤らせることになったのである。行政官僚はもともと法律のプロの集団である。昨日まで町の土建屋やテレビタレントであったような国会議員たちが法律作成能力において彼らに太刀打ちできるわけがない。かくして、今では内閣提出の法律案が、議員立法の法案をはるかに圧倒して採用されているのが現実だ。つまりは、日本は三権分立の国ではなく、官僚支配の国なのである。このあたりは、宮元政於の「お役所の掟」と、「お役所のご法度」および、「お役所のご法度」の伊丹十三による解説に詳しい。
 ともあれ、形式的には、日本国憲法によって日本国民は天皇の所有物であることから解放され、自由と人権を手に入れたと言っていい。日本国憲法の真の意義はここにあるのである。もちろん、戦前の社会で天皇が国民を奴隷扱いしていたわけではない。しかし、国の主権が君主にあるということは、国民の生殺与奪の権が君主にあるということなのである。つまり、国民すべてが君主の私有物であると言うに等しいのだ。人権と国民主権とは表裏の関係にあるのであり、民主主義以外には人権尊重の思想は無い。君主主権とは、極端に言えば政治の最終決定権が君主にあることであり、現実問題として、君主が自分の都合によって如何様にでも法律を変えられるということなのである。それが主権の本当の意味だ。その君主がいかに慈悲深く賢明な君主であろうとも、君主制は根本的に誤った政治体制なのである。
 日本国憲法によって我々は自分の体が自分の物になった。そして、自由と人権が一応は大幅に拡大した。だが、問題は、日本的現実の中で、日本国憲法は実効性を持ちえたかということである。我々は中学校や高校の社会科教科書の中で日本は民主主義国家だと教えられ、日本国憲法によって自由と人権が保障されていると学んできた。しかし、それと同時に、たとえば憲法第九条が自衛隊の存在によって公然と無視されていることを現実から学ぶのである。このことは、法律の根本である憲法が政府によって公然と破られていることを示している。つまり、法律とは守らなくてもいいものだと我々は暗黙のうちに教えられるのである。誰でも、こう思うだろう。政府が率先して法律を破っているのだから、法律というものは守る必要は無いのではないか、と。もちろん、法律を破れば刑罰がある。しかし、見つからないように破るならいいのではないか。その証拠に、道路のスピード制限を守っている車などほとんど存在しないではないか。見つかって罰を受けるのは運の悪い人間であり、みんな法律など破っているのだ。政治家の選挙違反にしても捕まるのはライバル政治家の策謀によるものであり、みんな選挙法違反はしているのだ。これが、日本人の大半の法意識だろう。
 このような法意識を持った人間の集合が法治国家になるはずはない。かくして日本は権威に対する信頼も無く、法律を自主的に守ろうという姿勢も無い、前代未聞のアモラル(無道徳)な社会となったのである。このような社会では自分を守るのは自分しか無い。そして、資本主義社会においての力とは金である。とすれば、小学生から老人に至るまで金の獲得に目の色を変える拝金社会となるしかないだろう。
 これははたして「民主主義」の結果なのだろうか。けっしてそうは言えないはずである。日本社会の無道徳さは、官僚、政治家、財界人、マスコミ関係者ら社会のトップたちのこの五十何年間の無道徳さを見習ったものでしかない。民主主義とは何の関係も無いものだ。
 国民の大半は、日本が動かしがたい階級社会であることを薄々感じており、そのほとんどの人間は、どのようにあがいても社会の中流以上には行けないことを感じている。その意識は特に青少年に強いだろう。学業優秀な一部の生徒は、まだ学歴競争の勝者になることを夢見て素直に努力するだろうが、国民の大半を占める凡人たちはどう生きていけばいいというのだろうか。為政者たちは彼らに果たして希望ある未来を示すことができるだろうか。現在では、もはやどんな人間でも努力次第で才能を身につけることができるなどという御伽噺を信じている青少年はいないだろう。その御伽噺を信じているのは一部の聖人君子的(または白痴的)教育関係者だけである。何の才能も無い人間でも、善良な人間なら幸福な人生を送ることができるということを果たして政府は約束できるだろうか。できるはずはない。なぜなら、資本主義社会とは冷酷な競争社会だからである。善良さによっては現代社会は生きてはいけない。善良なだけで、単純労働しかできない人間なら、ロボットに変えた方が経営者にとっては有利だろう。つまり、凡人に未来は無い。その一方では、一部の人間が時流に乗るだけで巨額の金を稼ぎ出す、現代はそういう時代である。様々なコマーシャルで欲望は肥大し、しかし、自ら金を稼ぐ才覚は無いという無数の人間を日々に生み出しているのが現代社会である。これで犯罪者の数が幾何級数的に増えないほうがおかしいだろう。
 しかし、この状況を変えることがまったく不可能なわけでは無い。まずは日本の表向きの「民主主義」と、その底流に流れる「皇国思想」の現実を見抜くことである。あるいは、人間を産業奴隷としてしか扱わない資本主義の現実を見ることである。賢い人々なら、この現実の誤りに気づけばいくらでも改善の方法を提出してくれるだろう。官僚や政治家の中にもそういう優秀な人間はたくさんいるはずだ。今の彼らはけっして認めないだろうが、現在の日本の道徳的荒廃は、民主主義の結果などではなく、「資本主義」あるいは、それまでの政治を変えることを望まない強力な社会システムの結果なのである。そもそも、現実に問題があるならば、その責任は政権担当党と行政担当者にあるはずである。それはつまり、保守政党と保守政権による内閣ではないか。いったい、これまで本当には実現されてもこなかった「民主主義」に何の責任があるというのか。

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抑圧された秩序と秩序無き自由 3


Ⅱ 戦後民主主義のダブルバインド

 日本は敗戦によって戦前の社会がいったん滅び、アメリカ的民主主義の洗礼を受けて再生した、というのが戦後日本社会に対する世間一般のイメージ(私に言わせれば一つの神話だが)だろう。確かに「焼け跡の青空」のイメージは、それまであったものが消滅したという印象を与える。だが、実際には、戦後の社会を作ってきたのは戦前と同じ人間である。なぜなら、敗戦後の日本においても社会の上層部にいたのは「戦争に行かなくて済んだ人間たち」であったからだ。確かに戦争協力者の一部は公職追放などの罰を受けて、一時的に社会の表舞台から退場した。しかし、ほとんど全部の成人男子が戦争協力者であった以上、この措置が形式的なもの以上になるはずはなかったのである。むしろ、「私は貝になりたい」のような映画に描かれたように、真の戦争犯罪者はその地位を利用して罪を逃れ、不運な下っ端が処刑されたことも多かっただろう。戦争によって利益を得た実業家や、国民を戦場に追いやり、死に至らしめた政治家や官僚のほとんどは、そのまま戦後の日本社会で新たな富や地位を作る競争に有利なスタートを切ることができたのではなかっただろうか。
 太宰治の「斜陽」に描かれたような華族の没落などもむろんあっただろうが、それも単に一部の人間の贅沢な特権が奪われただけのことに過ぎない。もともと根拠の無い世襲的特権を剥奪されたことに、同情するには及ばない。国民全体の悲惨な運命の中で、何も彼らだけが理不尽な運命にさらされたわけではないのである。むしろ真の悲惨は、何も持たない下層階級の中にあったはずである。最初から何も持たなかった貧民階層の多くの人間は、戦後の飢餓状態の中で無数に死んでいったのではないだろうか。そして、そうした人々は、日本人の体質として、「お上」に向かって不満の声を上げることも無く、従順に死んでいったのである。この体質は、現在でも変わってはいない。日本人は、政治を自分の問題として考える習慣が無いのである。それが諸悪の根源なのであるが。
 日本の戦後社会は表面的には「日本国憲法」や「民主主義的教育」によって大きく様変わりしたように見える。しかし、権力と経済の実態面ではほとんど戦前の利権構造を残したままだったのではないか、というのが私の推測である。戦後五十数年もたてばだいぶ様変わりはしただろうが、現在の政治家、官僚の家系の中にも戦前からの政治家、官僚の家系も多いはずだ。問題は、戦前からの有力者は、戦後の時代でもやはり有利なスタートを切っていたことに、多くの人が気づいていないことである。そして、現在の「階級」の土台は、その時期に形成されているのである。実業の世界はそれよりはもう少し実力主義的世界ではあるだろうが、やはり主要銀行を始めとして、戦前の財閥と関係の深い所も多いだろう。つまり、日本は見えない身分社会なのである。学歴競争の勝利者の中から日本の上層部に入り込む人間も多少はいるかもしれないが、それも会社で言えば係長クラス、相撲にたとえれば、せいぜい十両くらいまでであろう。彼らは、確かに日本の社会を動かす主要な歯車になるが、しかしあくまでそれは道具的な存在でしかないのだ。
なぜ敗戦によっても日本の社会構造が変化しなかったか、というと、第一には戦前に社会の支配的立場にいた人間の多くは戦場に行くことなく、そっくりそのまま生き残ったということ。次に、戦後の産業の復興もまずは戦前から存続した産業を元にして始まったことが原因である。この状況では当然、戦前から指導的立場にいた連中が主要な地位を占めたはずである。仮に表向き権限委譲がされても、実際には院政的支配が行なわれていたのではないか。官僚の中でも公職追放されたのは運の悪い一部の人間だけで、多くは官僚としての技能やキャリアを買われて、そのまま戦後の政府や地方自治体の中で地位を見つけただろう。というのは、日本社会は縁故社会であり、戦後、職を失った人間は、まず自分の元の職場の知り合いに頼んで元の職に復帰させてもらったと思われるからだ。つまり、日本社会の基本構造は、戦争によっては何も変わらなかったのである。戦争で死んだ無数の兵士たちは、戦場に行かなかった老人や、その縁故者たちの犠牲になっただけの死に損だったのであり、彼らの死によって今の日本があるなどと賛美するのは、お門違いもいいとこだ。むしろ、あの戦争を美化することによってあの戦争への反省が消えてしまう事こそが、彼らの死を犬死ににしてしまう事になるだろう。
 かくして、戦前の体制はしぶとく生き延びたが、それでも戦後しばらくの間は、GHQによって、戦争に反対した共産主義者や社会主義者の刑務所からの解放などが行われ、日本は民主主義国家としての道を歩み始めたかに見えた。しかし、ソ連の経済発展によって恐怖を感じたアメリカの資本家たちの策謀で、アメリカはすぐにヒステリックな共産主義排斥思想一色に染まり、その波は日本にも押し寄せた。日本を「反共の砦」にしようとする米政財界の意向を受けて行なわれた、朝鮮戦争前のレッドパージ(共産主義者の公職追放、弾圧)や戦争犯罪人の釈放、公職復帰などのいわゆる「逆コース」によって日本は戦前の体制に完全に戻ってしまったのである。日本を戦争に向かわせ、数百万の国民の命を奪った政治家や官僚たちがのうのうと政治の表舞台に復帰し、国民もむしろそれを歓迎するかのごとくであった。たとえば、ノモンハンや東南アジア戦線で幾万人もの日本兵を無駄死にさせた張本人である大本営参謀T.Mなどが国会議員に立候補し、当選したりしているのである。同じく戦争推進者の一人であるK.Nなどは日本の総理大臣にまでなっている。日本人がいかに忘れっぽく、大衆宣伝に踊らされ易いかは、この一事でも分かる。この時期に、日本政治のこの自殺行為について発言しなかった知識人階級の責任は重い。とは言え、他人の戦争責任を言えば、自分の戦争責任を問われかねない状況で、他人を批判できるような人間も少なかったであろうことは理解できる。しかしながら、日本社会を腐らせ、ほとんど倫理的な死を招いて無道徳社会を作る真の原因になったこの出来事に対する名称としては、「逆コース」などという言葉はあまりに軽すぎる。はっきりと「日本支配者層復活」と言うべきだったのである。かくして戦前の社会のエートス(気風)を残した人間たちが政治と経済の中枢に残ったまま、日本は表向きだけは民主主義国家を標榜し、この偽りを抱いたまま戦後五十数年を過ごすことになり、そのダブルバインド(二重拘束)が日本を神経症的国家にしていったのである。

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抑圧された秩序と秩序無き自由 2

我々の日常生活の大半は、論理的思考によってではなく、自動反応(もしくは感覚的反射作用)によって行われている。論理的作業は強靭な意志の支配、思考の統御作用を必要とし、一般の人々には普通、論理的思考の習慣は無い。(これは、最近の国政選挙の結果などを見れば自明であろう。国民は、自分の利益になる政治家よりも、マスコミがもてはやす政治家に票を投じるものであり、マスコミは話題性のある政治家しか取り上げないのだから、つまりは政治家の内容よりも話題性だけが問題となるのである。)人間はいわば出来の悪いコンピューターのようなものであり、外部からの刺激に対し、持ち合わせの解答の中からその時の気分で一つを選んで間に合わせるのである。ということは、人間の(刺激―反応)の傾向を知りさえすれば、人々を支配し、操作するのも容易だということである。
 人間性の傾向とは次のようなものだ。第一に我々は、一つの物事に集中している時には、他の事は忘れている。これは奇術の基本原理であり、右手に観客の注意を向けている時、真のトリックは左手で行われているものである。第二に、人間の記憶力はあきれるほど短いものである。特に自分が見たくないものや忘れたいものは簡単に忘れてしまうものである。(マキァヴェリは、このことを「人は自分の親が殺された恨みは忘れても、金を奪われた恨みは忘れないものだ」と皮肉に言っている。)従って、為政者にとって都合の悪い事件も、半年も過ぎれば国民は忘れてくれるのであり、特に官僚の不祥事など、いつ処分が行われ、その後どうなったのかなど、誰も知りはしない。おそらく単に名目的な処分が行われ、半年もすれば前以上の役職に戻っていることだろう。第三に、人間は信じる根拠のあるものを信じるのではなく、信じたいものを信じるのである。これは新興宗教の信者などを見ればよく分かるだろう。彼らにとっては、その時、その神や教祖を信じることが必要だったのであり、外部の人間がその宗教のいかがわしさを言っても、彼らは聞く耳など持たないのである。
 こうした人間性の弱点が我々の社会をどう動かしているか見てみよう。
 人間が刺激にたいして単純な反応しかしないことを良く示すのは、「レッテル的言葉」である。たとえば「戦後民主主義」という言葉もその一つだ。この言葉が右寄りの思想家によって用いられる場合は、戦後の社会の様々な悪の根本原因というニュアンスをこめて用いており、それはまるで説明不要の、アプリオリな前提であるかのごとくである。「嘘も百回言えば本当になる」とはナチスの宣伝相ゲッペルスの言葉だが、人々も今では右翼的評論家のレッテル的言葉を信じるようになっている。しかし、戦後の様々な悪現象と民主主義との間にいかなる関連があるのか、彼らははたして論証できるのだろうか。後で論証するように、民主主義と社会悪とは結びついてないというのが私の考えである。
 我々はこうしたレッテル的言葉を用いた瞬間に、その内容について問う事をしなくなる。これが実は最も重大な人間性の欠陥であり、世の中が改善されない第一の原因であるが、それに気づいている人間は少ない。小林秀雄は、その有名なエッセイの中で「人はある物を言葉で表現した瞬間に、その物自体を見なくなる」という意味の事を言っているが、これは政治の文脈でこそ重大な意味を持つ言葉である。そもそも、たとえば人々が「民主主義」と言う時、何をその意味として用いているか、一概には言えないだろう。
 私がここで特に取り上げたいのは、「封建的」という言葉と「アカ」という言葉である。前者は主として政治的革新派が保守派に対して用いた言葉であり、後者は逆に保守派が革新派に対して用いた言葉だ。
 私の主張は、日本の戦後政治における革新派の敗北は、言語に対する無神経さと宣伝能力の無さによるものだったというものである。その代表例として、前記の二つの言葉を取り上げてみよう。
 この二つの言葉を比べた場合、後者の圧倒的な存在感、迫力に比べて前者が悪口としてほとんど機能していないことが分かるだろう。それが分からない人間は、自分が「封建的な奴だ」と言われた場合と、「あいつはアカだ」と言われた場合を想像してみればよい。明らかに、後者の場合は、自分が社会全体から抹殺されかねない恐怖と不安を覚えるだろう。「封建的」の代わりに「ブルジョワ的」とか、「プチブル」を持ってきても同じである。あるいは「米帝の手先」と呼ばれようが、そう呼ばれた人間は痛くも痒くも無いだろう。しかし、一度でも「アカ」と呼ばれたら、もうこの社会では生きていけないという恐怖感を、「アカ」という言葉は呼び覚ます。それは過去に共産主義が弾圧されてきた恐怖の歴史のためだけではない。この、「アカ」という言葉自体の持つ迫力があるのである。そして、そういう言葉の感覚に敏感であったために保守派は勝利し、鈍感であったために革新派は敗北していったのである。
 革新派の言語感覚の鈍感さは、彼らの論文に一度でも目を通してみれば一目瞭然である。まず、そこには一般人に理解可能な言辞は一つも無いと言っていい。ほとんどがその教祖マルクスの用語を撒き散らした意味不明の文章であり、しかもわざと理解されまいとするかのごとき破壊的日本語で書かれている。こうした文章や発言がまったく一般人の共感を呼ばなかったのは勿論だが、問題は、彼ら左翼人(「左翼」という言葉自体、レッテル性の高い言葉であり、私はわざと「左翼人」などという奇妙な言葉を使ってみた。)がそのことに一度も気がつかなかったことである。
 社会を変えるものは思想である。しかし、思想を伝えるものは言葉である。人々の心に伝わらない言葉が世の中を変えるはずはない。このことになぜ左翼陣営の誰一人として気づかなかったのか。それは、彼ら知識人の発言は大衆にではなく、常に自分と同レベルの知識人階級に向けられていたからである。つまりは彼ら自身の論壇における評価だけが彼らの関心の中心だったからであり、その不誠実さを人々は鋭く見抜いていたからである。
 もちろん、仮に誠実な発言をしていたところで一般人の賛同が得られたかどうかは分からない。前に書いたように、人々は理性や論理によって判断するよりも、むしろ雰囲気や直感で判断するものだから、ヒトラーのような巧妙なアジテーターによって人民が扇動されていく可能性は非常に高い。しかし、どのような形であれ、人民の意志が国家の意思を決定していくのが真の民主主義である。知識人のなすべきことは、その決定を誤らないように人々に呼びかけること以外にはない。
 左翼活動家たちは、言葉に対する鈍感さと不誠実さのために敗れていった。しかし、その事は、保守派の思想が彼らの思想より正しかったことは意味しない。事は単なる技術的問題だったのである。
 もう一度、「アカ」という言葉がいかに巧妙なものであったかを示しておこう。
 この言葉の持つ異様な迫力は、「赤」が死と破壊の色、殺戮の色であることから来ている。言うまでもなく、共産主義は現体制を破壊するものであり、それが赤色を自らの象徴として選ぶことは当を得ている。しかし、それが人々に与える心理的イメージに対し、共産主義者はあまりに鈍感である。赤とは何よりも血のイメージであり、火事、危険、災厄のイメージである。共産主義という正体不明の「破壊的存在」に対し、相手を「アカ」と呼ぶことほど効果的に相手への嫌悪感や忌避感情を煽り立てるものはないだろう。この感覚は人間の生理に根ざした感覚であるため、聞く者に直截的な恐怖を呼び覚ます。人々は自ら災厄に近づこうとは思わないものだ。こうして「アカ」に対する嫌悪感、忌避感は人々の間に醸成されていったのである。
 私は、人々が共産主義を理解した上でそれを忌避したとは思わない。なぜなら、彼らのほとんどは、「鎖のほかには失う物も無い労働者」だったからである。現体制が変わることによって何らの不利益も被らないはずの、そのプロレタリアートの支持さえも得られなかった所に共産主義の敗北の根本原因があったのである。
 おそらく人々のほとんどは、共産主義と社会主義の区別もつかず、また社会主義とは必ずしもマルキシズムだけの専売特許でもないことも知らないだろう。バーナード・ショーやH.G.ウェルズら、当時の一流知識人の賛同を集めたウェッブ夫妻らのフェビアン協会のような穏健な漸進的社会主義の存在も知らず、社会主義者とアナーキスト、テロリストを混同している人間がほとんどであるはずだ。そうでないと思うのは、自らは象牙の塔の中にいるおめでたい学者先生くらいのものだ。
 人民の知的レベルを買いかぶってはならない。しかしまた、人民の直感的理解を過小評価してもならない。人民が社会主義にノーと言ったのは、マルクスの唱える「科学的社会主義」こそが空想的社会主義であり、現実に即さないものであることを本能的に見抜いていたからかもしれないのである。もっとも、ソ連にせよ中国にせよ、マルクスの社会主義でもレーニンの社会主義でもなく、その時その時の国情に合わせた土着的社会主義であっただろうが。
 ともあれ、人間は理性や論理よりも直感や本能で判断し、行動するものであり、ある種のアメーバーのようなものである。その本能的部分に訴えることができた為政者が人民を思いのままに動かしてきたのであろう。その良い方の一例を挙げれば、アメリカの独立戦争(これは米植民地のイギリスに対する革命であったが、この戦争を革命として捉えている人間は少ない。なぜなら、革命が正義であることを認めることは、為政者や支配階級にとって都合の悪いことなので、アメリカの歴史の中ですらこの独立戦争は非常に軽視され、ハリウッド映画などが独立戦争をテーマにした映画を作ることも滅多に無いのである。これまで一本か二本くらいしか無いのではないだろうか。同様に、フランス革命もハリウッド映画では取り上げられない。)の時の、パトリック・ヘンリーの「我に自由を与えよ。しからずんば死を与えよ」という言葉である。この言葉は、あるいはそれ以外の無数の物理的条件以上に、アメリカの勝利に貢献した言葉かもしれないのだ。
 一つの言葉は、時には人間を死地に飛び込ませる力を持つものだ。つまり、人間は本能に動かされるばかりでなく、観念のためにでも死ねる奇妙な存在だが、しかし人を動かすその観念なるものは、通常はごく単純な一言なのである。天草のキリシタン一揆にせよ、信長がてこずった石山本願寺の戦いにせよ、信徒たちは宗教の教義や来世の観念について深く知っていたわけではないだろう。今、パレスチナで戦っているイスラム教徒やユダヤ教徒を動かす力も、この人間の奇妙な単純さを考えなければ理解はできない。
 もう一度確認しておこう。人間は論理よりも感覚的、直感的判断で行動するものである。そして、その判断は、些細な言葉の持つイメージによって大きく左右されるものである。世の中のレッテル的言葉というものは我々の行動を決定する大きな働きを持つものであり、我々はそういう言葉の存在に常に気をつけなければならない。

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抑圧された秩序と秩序無き自由 1

抑圧された秩序と秩序無き自由

目次
Ⅰ フラクタル天皇制
 1 国家構造としての天皇制
 2 地方の小天皇たち
 3 家庭の小天皇たち
 4 「封建的」と「アカ」
 5 観念的動物としての人間

Ⅱ 戦後民主主義のダブルバインド
 1 生き延びた官僚
 2 保守政治家の復活
 3 実態と表面~憲法の問題
 4 実態と表面~社会生活の問題
 5 引き裂かれた心~教育の問題

Ⅲ 抑圧された秩序と秩序無き自由
 1 抑圧された秩序の二つの意味
 2 秩序無き自由と自由からの逃走
 3 我々は何を選ぶのか?















   Ⅰ フラクタル天皇制

 フラクタル図形とは、全体の形が細部の形と相似形になっているような図形であるが、戦前の日本社会を一言で言うなら、フラクタル天皇制という言葉がぴったりであろう。つまり、国家構造としての天皇制と、地方行政、そして家庭がいずれも同一の構造を持ち、だからこそ社会権力と秩序の維持の上で比類の無い堅固さと安定性を保っていたのである。言うまでも無く、地方行政における天皇制的構造とは、県知事を筆頭にした地方官僚組織のことであり、彼らは末端の小役人に至るまで、天皇の御言葉を民に伝える者(ミコトモチ)として、天皇と等しい権威を民に対して保持し得た。家庭における父親は、家族の中での唯一の社会への窓口として、そして男権的社会における「家長」として家族に対する権威を振るっていた。官僚も小役人も家庭の父親も、天皇という説明不能・説明不要な権威の存在があったため、その類似性を暗黙の前提として、自らの権威を周囲の者に押し付けることが可能だったのである。もちろん、そこに至る過程として、教育勅語をはじめ、官僚たちによる様々な天皇の神格化があった。そして、いつのまにか様々な社会的権威というものは問答無用に従うべき存在、「言挙げ」すべきではないものとする心性が日本人の心の奥深く植え込まれていったのである。天皇制の最大の問題点は、こうした日本人の奴隷根性の根本原因が天皇制にあったことであり、また、天皇が、天皇を利用しようとする人々に巧妙に利用されてきたことにあるのである。天皇を単なる絶対君主的支配者として打倒の対象としようとする左翼的思想は、天皇制の真の問題を見据えていない議論である。
 さて、戦後の日本社会は、メーデーなどにおける天皇への痛烈な批判、あてこすりなどに見られたように、まず社会的権威の喪失から始まった。戦争指導者や軍人などが白い目で見られ、かつての英雄たちは日陰者となったのである。しかし、権威の喪失はそれだけに留まらなかった。家庭内の父親の権威もまた同様に喪われたのである。もともと、家庭における父親の権威なるものは、その背後に有無を言わせない社会的権威が無い限り、個人的力量に拠らざるを得ないものだ。何の後ろ盾も無しに、妻に対し、あるいは子供に対し、人格的優越を主張できる父親が、果たしてどれくらいいるだろうか。さらに、個人の価値は幼児に至るまで同一に保障されるべきであるとする戦後の人権思想がここに加われば、家庭内の父親の権威喪失は当然の帰結となるだろう。その結果、家庭の秩序の崩壊となるのも自明の事である。しかし、私はそれによって戦前の社会の優越を主張するものではない。その一つの理由は、家庭内における父親の権威の存在は、他の家族への抑圧にほかならなかったことであるが、その他の理由は後に述べよう。
 私の主張は、現代日本社会の様々な病理は、良く見られる議論にあるように戦後民主主義に原因があるというのではなく、日本が戦前の日本社会を清算しなかった事から生じているというものだ。簡単に言えば、社会の表面だけは民主主義の形態をとりながら、社会の実権的部分になお天皇制的思考や構造を残しており、それが日本社会の二重規範となって社会が精神分裂病にかかっているというものである。
 しかし、現代日本について論ずる前に、少しばかり戦前の社会について論じておこう。
 天皇制の特徴を丸山真男は「中空構造」つまり、責任の中枢が存在しない無責任体制だと見抜いたが、確かに社会的権威の根幹が「神聖ニシテ犯スベカラザル」ものとされれば、それに対する一切の批判は不可能となり、その権威の代行者たちが何の責任も無く、あらゆる権力を勝手気ままに振るえるようになるのも当然だろう。社会の上位にある人々にとってこれがどれほど居心地の良いものであるかは想像に余りある。そして、そうした人々から常に戦前の社会への郷愁や賛美の声が出てくるのも当たり前のことである。しかし、そこで忘れられているのは、その陰で抑圧されていた無数の人々の存在である。ただし、その抑圧はその本人たちには意識されてはいなかっただろうが、被害者が被害に気づいていないことは犯罪を正当化するものでは無いだろう。
 天皇制は、天皇自身にとってよりも天皇を神輿として担ぐ人々にとってはるかに有益であった。むしろ天皇自身にとっては、天皇であることは人間としてこの上ない重荷ではなかっただろうか。たとえば昭和天皇にとって天皇制という「国体」を維持することは自分の利益であるというよりは「皇祖皇宗」への義務として思われていたのではなかったかと思われる。天皇自身が自分を絶対君主だと考えていなかったことは、美濃部達吉の天皇機関説に対して昭和天皇自身が「それでよいのではないか」と述べていることからも分かるだろう。ただし、戦前の人間の心性には一つのパラダイム(無意識の枠)があり、それは戦後の人権意識からみると言語道断なものである。それはたとえば親のためには子を犠牲にしても良いという思想であり、そのことは親が子を慈しむこととは矛盾しない。同様に、天皇は確かに国民を慈しみ、国民の事を大事にはするが、それと同時に、天皇制維持のためには国民が犠牲になることも当然だと思うような心性が存在していたのである。すなわち、沖縄戦を始めとして、第二次世界大戦末期における日本国民の犠牲の大きな部分は、天皇制護持のために行われたのであり、その事は、昭和天皇の戦争への関わりを示したあらゆる記録が証明している。後に書かれた大戦回顧録の類に述べられた、天皇自身はあの戦争に反対の考えであったとする言葉は、やはり天皇の自己弁護以外の何物でもない。しかし、再度言うが、それは当時としてはそれ以外の考え方はできなかったのであり、今の人間の感覚であの戦争を理解しようとするのは限界があるのである。
 いずれにせよ、天皇制の問題点は、天皇を隠れ蓑として真の権力が力を振るうというその中空構造自体にあるのである。しかし、だからといって日本を君主制の国に戻し、天皇を真の権力者にしようという右翼的発想もまた国民が自らを奴隷にしようという愚劣な思想にすぎない。まして、天皇を現人神に戻そうなどという発想は、まったくのキチガイ沙汰である。現人神としての天皇など、明治中期頃から官僚どもによって作り上げられてきた官僚自身の権力維持のための装置にすぎないことは、当の官僚たちには良く分かっていたことなのである。
 さて、戦前の日本において、天皇という絶対の権威を背景にした小天皇たちは、それこそ自らの恣意的な権力発動を、さも天皇の意思を体現したものであるかのように振舞うことができ、自分の下位にいる人々に対して絶対的な権力を振るうことができた。たとえば旧日本陸軍における上官への理不尽な絶対服従は、それが軍隊の任務遂行のための条件であったからというばかりではなく、それが天皇の名において行われたために非人間的な残酷さにまで高められたと言っていいだろう。人間は、自らに責任が帰せられない限り、如何様にでも残酷になれるものである。天皇の軍隊の非人間性は、個々の構成員の非人間性に由来するものではなく、その無責任体制に由来するものであろう。しかし、再度繰り返すが、それは天皇自身の問題ではない。天皇がたとえ天皇であることをやめたいと思っても、それは不可能なのである。また、天皇の名を利用した様々な悪行は、天皇の耳には届かなかっただろうし、知っていてもそれが天皇に対する至誠の気持ちから行ったのだと抗弁されたら、それ以上の追及はできなかっただろう。それを追及していけば、では天皇の権威や権力の正当性は何かという大問題に行き当たらざるを得ないからである。
 天皇制の最大の問題は、それが一切の批判や追及を許さない社会体制であり、それがひいては批判の精神までもいつのまにか眠り込ませるほど巧妙な体制だったところにあるのである。だから、今でも、戦前にはけっして上層階級ではなかった人間すら、戦前は良い社会だったと懐かしむ人々も多いのだ。そうした人々も、真剣に振り返って、今が過去より本当に悪くなったかと言われれば、高度経済成長の代償としての文化の低俗化と道徳の荒廃以外には、文句を言うべき部分は無いと分かるだろう。問題は、戦後の思想的変化よりも、むしろ敗戦によっても変わらなかった部分にあるのである。
 戦後社会のアナーキーな風潮の大きな原因は、確かに天皇という絶対的権威の喪失にある。庶民が「お上」を恐れる社会では確かに社会秩序の維持は容易であろう。官僚や政治家が常に戦前の社会の良さを懐かしむのも当然である。しかし、秩序、すなわち社会が変化しないことが有利なのは、社会の恵まれた層にいる人々にとってだけである。社会の底辺にいる人々にとって、社会が変化しないことは、絶望以外は意味しないだろう。いや、戦前の世の中だって、個人的努力によって社会の上位に上ることはできた、と言う人々もいるだろう。それは当然である。いかなる身分社会でも、能力ある人間は自らの力で社会の上位に上り詰めた。そのことと、その社会体制の当否とはまったく別の話である。要するに、社会の下層にいる大多数の人間にとって、固定身分社会である戦前はけっして良い時代ではなかったはずだと言っているのである。特に家庭内の被支配者であった女性にとって、戦前の社会はおぞましい社会だろう。もちろん、再度言うが、彼らがそうした自分の状態に意識的であった可能性は少ない。しかし、今の視点から見たら、戦前の女性の地位は恐るべき奴隷的状態であったと見えるはずである。
 社会のモラルについて言えば、長上への礼儀と絶対服従(すなわち忠と孝)を第一とする社会で、固い秩序が維持できないはずはない。また、逆に、個人の自由と平等を認める社会が無秩序に傾くのも当然だろう。しかし、そのどちらが、人間にとってより好ましい社会なのか。人間は目の前の現象に動かされ易いものだ。十四歳の少年が幼児の首を切って校門の上に飾るというような事件を見れば、現在の世の中の道徳的退廃に眉を顰め、戦前の社会の優越を信じたくもなるだろう。だが、結論を出すのはまだ早い。「抑圧された秩序と秩序無き自由」のいずれを選ぶべきか、あるいはこの二つを止揚する道があるか、結論を出す前に、もう少し寄り道をしておこう。

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