忍者ブログ

徽宗皇帝のブログ 徽宗皇帝のブログ

RSS TWITTER RssTwitter

小休止です

森友事件関係のネット記事をコピーしようとしてもできないし、その関係のネット記事を開こうとするとパソコンがフリーズしたりして面倒なので記事を書く気を失った。まあ、そういう規制がかけられているのだろう。

拍手

PR

パソコン不調

前回の記事の前説が無かったのは、このパソコンの漢字変換が単漢字変換以外できなくなるというアクシデントのためです。一度シャットダウンしてから再起動したら、前のように普通に使えるようになっていましたが、またいつおかしくなるか。

という事ですので、ボロパソコンで記事を書くのもなかなか面倒だ。安物買いの銭失いの実例です。買ってからまだ1年も経っていないのだが、このパソコンにはうんざりした。

拍手

生存報告

今日、長期の旅行から無事帰ってきたので、とりあえず、生存報告のみしておきます。

拍手

風のように雲のように

朝からずっとパソコンがネットに接続できなかったので、記事が書けなかった。なぜか突然回復したので、やっと新年の挨拶ができる。

明けましておめでとうございます。

まあ、こんな気儘な、思いつき書き流しブログでも読んでくださる方がいるのは嬉しい。今年もよろしく。

新年の挨拶は先に書いたが、新年の抱負というか、今年のモットーとして、宮沢賢治の言葉を書いておく。有名な言葉だが、これが「農民芸術論」の一節であることを先ほど知ったばかりだ。


「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」


ついでに、これも彼の言葉


「世界に対する大なる希願をまづ起こせ。強く正しく生活せよ。苦難を避けず直進せよ」

「なべての悩みをたきぎと燃やし なべての心を心とせよ
風とゆききし 雲からエネルギーをとれ」


そうだ。風とゆききし、雲からエネルギーを取るならば、くじけることなどないだろう。なべての悩みをたきぎと燃やすなら、悩みもまた幸福の原動力である。なべての心を心とするなら、争いも無くなり、すべての問題は平和のうちに解決していくはずだ。
まあ、こんなのは一種の宗教だ、と言う人もいるだろうが、それでいいではないか。ニヒリズムが楽観主義より賢いということは無いだろう。今年も、これからも、雨の日も風の日も明るい顔で生きていきたいものである。



拍手

長いお休みのわけetc

長い間更新していなかったが、死んだわけではなく、例によってパソコンの不調のためである。このパソコンも半分壊れていて(おそらくウィルスのためだろう。)起動できないことが多く、数ヶ月前に新しいパソコンを買ったのだが、それもいきなり壊れてしまい、今、修理に出しているところである。いい加減、パソコンにはうんざりしたので、これを機会にブログの更新もやめようかと思っている。だが、私の頭の半分くらいはパソコンで外部化されているので、パソコンが無いと思考能力も半減してしまうのが困ったところだ。ブログを書かないと、一日に一度もまともな思考すらしなくなる気がする。
しかし、パソコンはなぜ故障するのだろうか。私の推理は、メーカーが結託してウィルスをばらまいているから、というものだ。(笑)あまり機械が長持ちすると、新しい製品の需要が無くなるから、というわけである。
邪推だろうか? ウィルスをばら撒く行為というものは、単に愉快犯の仕業にしては、あまりにメーカーだけに都合が良すぎる話ではないか。

さて、記事更新関係の近況報告はこれくらいにしておく。

私のジンクスだが、私にとって嬉しい事件(出来事)は、私の知らない間に起こることになっている。橋下の大阪都構想住民投票が失敗(反対派勝利)に終わったという事件や、横浜ベイスターズがいつのまにかセリーグの首位になっていたことなどがそれだ。(安倍総理の「ポツダム宣言読んでません」事件もそのひとつだが、私も読んでいなかったので、「罪の無き者まず石を投げよ」と言われたら、どうしようもない。)
ちなみに、私は弱小球団ファンなので、横浜を応援しているだけである。ただし、阪神などのように、弱いくせに関西マスコミにやたらにひいきにされているチームは大嫌いだ。つまり、世の中で不当な利益を貪っている輩が大嫌い、ということである。言うまでもなく、巨人などは読売の御用球団だから一番嫌いだ。パリーグはリーグ全体がマスコミに不当に軽視されているから、全球団応援している。
まあ、こうしたエコヒイキはエコヒイキされている側(巨人や阪神)の責任というわけではないが、エコヒイキによる利益を黙って受け取っているだけでも、彼らが完全に無罪というわけにはいかないのである。昔の谷亮子や巨人の松井、芸能界で言えば今のAKBなど、異様なまでのマスコミの寵児に対しては、どうしても不快感を持たざるを得ない。などと言いながら、昔の巨人の王や長嶋は大好きだから、首尾一貫していない。
確か、埴谷雄高だったか、「左翼のくせに巨人ファンでいいのか」と批判されて、巨人ファンであることと政治思想はまったく別だ、と答えた記事を読んだような記憶がある。今の横浜の中畑監督や高田GMだって元巨人なのだから、本当はアンチ巨人の私としては応援するべきではないのかもしれないのだが、そういうことを言い出せば、元巨人の広岡や森の作った黄金時代の西武ライオンズなども応援できなくなる。まあ、私は阪急の方が好きだったが、西武は「敵としても天晴れ」だった。
こういう駄弁は書いているときりがない。それに、数多い巨人ファンや阪神ファンの神経を逆撫でする発言を公開して、何のメリットがあるわけでもないが、とにかく、世の中で不当な利益を得ている存在というものに世間の人間はあまりに寛容すぎるのではないか、と思うから、プロ野球などをその一例として書いただけである。これは恵まれた者への嫉妬やルサンチマン(恨み、と訳すのか? 怨念と訳すのか?)ではなく、義憤とか公憤というものだ。
この公憤こそが社会正義の根源であり、社会を良くしていく原動力だと私は思っている。おそらく、不当な利益を黙認する人間は、不当な迫害や不当な悲劇にも目をそむけるのではないか。もちろん、私憤を公憤と掏り替えるインチキな輩も世には多いだろうが、それは別の話。
政治の話は、まあ、そのうちまた、気が向いた時にでも。もっとも、パソコンが死ななければ、である。




拍手

新年の挨拶と個人的感慨

新年おめでとうございます。今年が善人にとっては良い年で、悪人にとっては悪い年でありますように。(笑)
言うまでもなく、悪人にとって良い年は、善人にとって悪い年だからだ。
もっとも、夏目漱石が「こころ」の中で言っているように、「善人も悪人も存在しない。ある人が、時としては善人になり、ある時には悪人になる。だから厄介なのだ」(正確な引用ではなく、「先生」の発言の趣旨です。)と見るのが正しいのだろう。
安倍や麻生だって、自分は日本のために頑張っているのだ、と思っているのかもしれない。(笑)その結果、日本人が不幸になっても「それは自分の意図したことではなかった」で終わるのだろう。まあ、要するに、本当に頭のいい人間、人格の優れた人間、見識の優れた人間が組織の上に行かないと、組織全体、ひいては社会全体が不幸になるということだ。
原発村の住人たちでさえ、自分は正しいことをやっている、と信じているのだろう。
自分が正しいと思い込むことが、一番危険なことなのかもしれない。
だから、何度も書いている言葉だが、「自分自身ほど信じられないものがあるか!」(by横島忠夫@「GS美神」)という金言を官僚や政治家や大企業社長のみなさん、あらゆる指導的立場の人々に贈っておこう。(もちろん、「勝利する」ためには「自分(たち)は絶対的に正しい」と心から信じるのが有効だが、果たしてその「勝利」は善良な人々の利益になっているだろうか、と顧みることが必要だろう。つまり、その「勝利」には自分たちの利得以外に何の意味があるのか、ということだ。まあ、それを言えばあらゆるスポーツやコンテスト、ひいては競争行為のほとんどが空しいものになる可能性はあるがw)
さて、下に引用したのは「fromdusktildawn」氏のツィートだが、これを引用したのは「視点を変えて考える」ことを面白いと思ったからだ。たとえば、これは「反戦な家づくり」の明月氏が言っていたことだが、「衆院選の投票率52%は、まだ48%もの潜在的票数があるということだ」と前向きに考えればいいのである。下のツィートにあるように、ピンチなのかチャンスなのか、それは所与の機会の本質ではなく、取り組む者がそれにどう取り組んだかによる、ということだ。
有給休暇の法定日数を増やすことが地方創生に大きく貢献する、という考えには私はまったく賛成しない(休暇が増えようが、そもそも庶民にはレジャーなどに使えるカネが無い。)のだが、しかし、「地方創生」と「厚生労働省」を結び付けて思考できる、その思考の柔軟性や発想法は見習いたいものだ。
とりあえず、それを今年の私自身の思考課題の一つとしたい。


(以下引用)



fromdusktildawn @fromdusktildawn  ·  12月30日

「俺は運が良かった」って言う人は、ビンチにもチャンスにもなりうるイベントをチャンスに変えた人であることが多く、「俺は運が悪かった」という人は、それをピンチに変えた人であることが多い。それって、はたして「運」なんだろうか、と思うケースって多い。


             
 

拍手

goodby before goodby

今使っているパソコンがとうとう本格的に死亡寸前のようなので、おそらく近いうちにこのブログおよび「酔生夢人のブログ」は自動的終了ということになるかと思います。まあ、新しいパソコンを買う可能性も無いではないので、その際、ブログを再開するとしたら、「新・徽宗皇帝のブログ」「新・酔生夢人のブログ」とかいう名前になる可能性もあります。ということで、今後、更新が途絶えた場合はそういう事情なので、ご心配なく。
今のパソコンは騙し騙し使っているような状態なので、よほど書きたい記事があって機械の調子がいい時にだけ記事をアップします。

拍手

「ディエゴ・ガルシア」記事について

前回の記事に追加記載をしたところ、記事画面が、二つの記事の一部が横に並ぶといいう奇妙なものになってしまい、それを修正することもできないので、そのままにしておく。これはブラウザーの管理画面の不備によるもので私のせいではない。まあ、無料でブログを書かせてもらっているので、あまり文句も言えない。

拍手

新年のご挨拶

あけましておめでとうございます。

昨年の終わりごろから、日本の未来を考察するための叩き台になるような「日本改造案」を書こうと考えているのですが、生来の怠け癖のため、まったく進んでいません。
ただ、北一輝の思想が少し私に近いように思うので、ウィキペディアから北一輝の「日本改造法案大綱」の解説の一部を引用しておきます。




(以下引用)





日本改造法案大綱



出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』




  



日本改造法案大綱
(にほんかいぞうほうあんたいこう)
国家改造案原理大綱
(こっかかいぞうげんりたいこう)



著者



北一輝


発行日



1923(大正12年)59


発行元



改造社西田税内務省警保局保安課、みすず書房筑摩書房ビデオ出版書肆心水




日本


言語



日本語


公式サイト



NDLJP:1273534


コード



ISBN 4-622-02022-X
ISBN 4-902854-07-4


ウィキポータル 思想


テンプレートを表示

日本改造法案大綱』(にほんかいぞうほうあんたいこう)とは、北一輝による日本の国家改造に関する著作である。


1911明治44)、中国の辛亥革命に、宋教仁など中国人革命家と共に身を投じた北は、1920大正91231に帰国し、3年後の1923(大正12年)に刊行した著作である。


言論の自由基本的人権尊重、華族制廃止(貴族院も廃止)、農地改革普通選挙、男女平等・男女政治参画社会の実現、私有財産への一定の制限(累進課税の強化)、財閥解体皇室財産削減、等々の実現を求めており、軍国主義に突き進んだ日本を倒した連合国による日本の戦後改革を先取りする内容が含まれる。


この北の主張に感化された若手将校たちによる二・二六事件により、北は、事件への直接の関与はないが[注釈 1][注釈 2]、理論的指導者の内の一人とみなされ、1937昭和12)に処刑されたため、自らの『日本改造法案大綱』の改革内容の実現を、北が生前に見ることはなかった。


詳細は「二・二六事件#判決」を参照


第二次大戦後、GHQによる日本の戦後改革で実現されたものには、北の主張も多く含まれている[5]



 

 


概要[編集]

1883明治16)、新潟県佐渡郡両津湊町(現:佐渡市両津湊)の酒造業の家の長男として生まれた北は、弟の北昤吉早稲田大学に入学すると、その後を追うように上京、早稲田大学の聴講生となり社会主義を研究して、1906明治39)、処女作『国体論及び純正社会主義』(『國體論及び純正社會主義』)を著し、また中国の問題についてはアジア主義を主張した。


しかし当時の日本の国家政策はアジア解放の理念を損なっていると認識して北は具体的な解決策を構想し、日本政治を改革するために1919(大正8年)に40日の断食を経て『国家改造案原理大綱』を発表した。これが1923(大正12年)に加筆修正されて『日本改造法案大綱』に改題されたのが本書である。北は本書を書いた目的と心境について、「左翼的革命に対抗して右翼的国家主義的国家改造をやることが必要であると考へ、」と述べている[6]


この著作は第1章(正確には「巻一」、以下同様)の『国民ノ天皇』、第2章の『私有財産限度』、第3章の『土地処分三則』、第4章の『大資本ノ国家統一』、第5章の『労働者ノ権利』、第6章の『国民ノ生活権利』、第7章の『朝鮮其他現在及ビ将来ノ領土ノ改造方針』、第8章の『国家ノ権利』、以上の8章から構成されている。


北によれば明治維新によって日本は天皇国民が一体化した民主主義の国家となった。しかし財閥官僚制によってこの一体性が損なわれており、この原因を取り除かなければならない。その具体的な解決策は天皇によって指導された国民によるクーデターであり、三年間憲法を停止し両院を解散して全国に戒厳令をしく。男子普通選挙を実施し、そのことで国家改造を行うための議会内閣を設置することが可能となる。この国家改造の勢力を結集することで華族貴族院を廃止する。


次いで経済構造改革を行う。具体的には一定の限度額(一家で300万円、現在の30億円程度)を設けて私有財産の規模を制限し、財産の規模が一定以上となれば国有化の対象とする。このことで資本主義の特長と社会主義の特長を兼ね備えた経済体制へと移行することができる。この経済の改革は財政の基盤を拡張して福祉を充足させるための社会改革が推進できる。労働者による争議ストライキは禁止し、労使交渉については新設される労働省によって調整される。また労働者でもその会社の経営に対する発言を認めることも提案には盛り込まれている。


経済や社会の改革については日本本土だけでなく日本の植民地であった朝鮮台湾にも及ぶ。朝鮮は軍事的見地から独立国家とすることはできない。ただし、その国民としての地位は平等でなければならない。政治参加の時期に関しては地方自治の政治的経験を経てから日本人と同様の参政権を認め、日本の改革が終了してから朝鮮にも改革が実施される。将来獲得する領土(オーストラリアシベリアなど)についても文化水準によっては民族にかかわらず市民権を保障する。そのためには人種主義を廃して諸民族の平等主義の理念を確立し、そのことで世界平和の規範となることができると論じる。


北は戦争を開始するためには自衛戦争だけでなく、二つの理由がありうるとする。それは不当に抑圧されている外国や民族を解放するための戦争であり、もう一つは人類共存を妨げるような大領土の独占に対する戦争である。国内における無産階級労働者階級)が階級闘争を行うことが正当化されるのであれば、世界の資本家階級であるイギリスや世界の地主であるロシアに対して日本が国際的無産階級として争い、オーストラリアやシベリアを取得するためにイギリス、ロシアに向かって開戦するようなことは国家の権利であると北は主張する。


世界に与えられた現実の理想は、いずれの国家、いずれの民族が世界統一を成し遂げるかだけであり、日本国民は本書にもとづいてすみやかに国家改造をおこない、日本は世界の王者になるべきであるというのが本書の結論である。

目次・構成[編集]

緒言
全日本國民ハ心ヲ冷カニシテ天ノ賞罰斯クノ如ク異ナル所以ノ根本ヨリ考察シテ、如何ニ大日本帝國ヲ改造スベキカ大本ヲ確立シ、擧國一人ノ非議ナキ國論ヲ定メ、全日本國民ノ大同團結ヲ以テ終ニ天皇大權ノ發動ヲ奏請シ、天皇ヲ奉ジテ速カニ國家改造ノ根基ヲ完ウセザルベカラズ。…
卷一 國民ノ天皇
憲法停止。天皇ハ…三年間憲法ヲ停止シ兩院ヲ解散シ全國ニ戒嚴令ヲ布ク。
卷ニ 私有財産限度
卷三 土地處分三則
卷四 大資本ノ國家統一
卷五 勞働者ノ權利
勞働賃金。勞働賃金ハ自由契約ヲ原則トス。…
勞働時間。勞働時間ハ一律ニ八時間制トシ日曜祭日ヲ休業シテ賃金ヲ支拂フベシ。
幼年勞働ノ禁止。満十六歳以下ノ幼年勞働ヲ禁止ス。…
  • 註。…四海同胞ノ天道ヲ世界ニ宣布セントスル者ガ、自ラノ國家内ニ於ケル幼少ナル同胞ヲ酷使シテ何ノ國民道徳ゾ。
婦人勞働。婦人ノ勞働ハ男子ト共ニ自由ニシテ平等ナリ。…
  • 註三。婦人ハ家庭ノ光ニシテ人生ノ花ナリ。婦人ガ妻タリ母タル勞働ノミトナラバ、夫タル勞働者ノ品性ヲ向上セシメ、次代ノ國民タル子女ヲ益々優秀ナラシメ、各家庭ノ集合タル國家ハ百花爛漫春光駘蕩タルベシ。特ニ社會的婦人ノ天地トシテ、音樂美術文藝教育學術等ノ廣漠タル未墾地アリ。此ノ原野ハ六千年間婦人ニ耕ヤシ播カレズシテ殘レリ。婦人ガ男子ト等シキ牛馬ノ勞働ニ服スベキ者ナラバ天ハ彼ノ心身ヲ優美繊弱ニ作ラズ。
卷六 國民ノ生活權利
兒童ノ權利。滿十五歳未滿ノ父母又ハ父ナキ兒童ハ、國家ノ兒童タル權利ニ於テ、一律ニ國家ノ養育及ビ教育ヲ受クベシ。國家ハ其ノ費用ヲ兒童ノ保護者ヲ經テ給付ス。
  • 註五。以上兒童ノ權利ハ自ラ同時ニ母性保護トナル。
卷七 朝鮮其ノ他現在及將來ノ領土ノ改造方針
卷八 國家ノ權利
國家ハ又國家自身ノ發達ノ結果他ニ不法ノ大領土ヲ獨占シテ人類共存ノ天道ヲ無視スル者ニ對シテ戰爭ヲ開始スルノ權利ヲ有ス(則チ当面ノ現實問題トシテ濠州又ハ極東西比利亞ヲ取得センガタメニ其ノ領有者ニ向テ開戰スル如キハ國家ノ權利ナリ)。
結言
全世界ニ與ヘラレタル現實ノ理想ハ何ノ國家何ノ民族ガ豐臣徳川タリ神聖皇帝タルカノ一事アルノミ。……戰ナキ平和ハ天國ノ道ニ非ズ。

日本改造法案大綱は八巻で構成されており、巻一は政治面について、特筆すべきは「天皇の国民」ではなく「国民の天皇」として定義されていること。成人男子に普通選挙権を与えること。自由権を保障し特権的官僚閥・軍閥の追放などを挙げている。巻二、三、四は経済改革と行政改革について、莫大な富の個人集中を禁じ、主要産業については国家が適切な調整を行い、全ての者に私有財産権を保障するなど、社会主義と資本主義の折衷的な政策を提示している。巻五、六は人権と社会福祉政策であり、全児童に教育を与え、利潤配分と土地配分とによって労働者・農民の自立を半ば可能とし、家のない者、貧民、不具廃病者の援助を。また、弱者(労働者)の権利保障・育成、労働省の設置など国民教育の権利と人権保障の強化を強調している。巻七、八は国際情勢や外交政策に言及している。


北は日本改造法案大綱を書いた目的と心境について、「左翼的革命に対抗して右翼的国家主義的国家改造をやることが必要であると考へ、」と述べている[6]





拍手

また会いましょう

長い間書かなかったが、べつに特定秘密法案がどうこうではなく、パソコンがおかしくなったので、初期化したら、ブログを書くのもほとんど無理になっただけである。今でも絶不調で、この記事を書くのがおそらく最後になるかと思う。まあ、新しくパソコンを買うほど、書きたいことがあるわけでもないので、パソコンが壊れた時点で、ネット界からもお別れ、ということにしようと思っている。今、北一輝に倣って、「国家改造私案」を考えているところで、それが書き上がったら掲載するつもりだが、いつになるかは分からない。とりあえず、これまでお読みいただいた方々には感謝したい。
なお、「酔生夢人のブログ」他も同様に、無期休載にするつもりだが、そちらにはわざわざ断り書きはしないので、ご承知願いたい。
それでは、日本が今後、少しでも良くなることを祈って、しばしお別れです。また会いましょう。









拍手

Clear