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自殺の統計への感想

「混沌堂主人雑記」に載っていたグラフを転載。
上の方のグラフはいろいろと面白い。
一見して分かるのは、ギリシア、イタリアなどEU内では経済がうまくいっていない国の自殺が少ないことだ。これは、能天気な国民性だと貧しいだけでは自殺しにくい、ということではないかwww まあ、いざとなれば売春をしてでも女の紐になってでも生きていけばいいさ、という連中はなかなか死なないwww 下手にプライドがあると自殺する。
一見しただけだと気づきにくいのは、男女の自殺率が、世界的に見ても(まあ、世界的と言うほど網羅的な統計ではないが)大きく差があることだ。つまり、男は自殺しやすい。女はなかなか自殺しない。これは、男が観念的な生き物で、つまらない観念で頭がコチコチになっているのに対し、女はより本能的な生き物だからだろうと私は思っている。観念に縛られると、観念に殺される。だが、本能を優先させれば、自己保存は本能の最たるものであるから自殺という選択肢は出て来ない。
三島由紀夫など、観念の化け物だから、若いころから死に憧れており、ああいう最期を遂げた。作家に自殺が多いのも観念に殺されるわけである。女の自殺はたいていが情死や心中ではないか。言い換えれば、同情や共感、優しさゆえの自殺だ。自分自身の存在や生きることで受ける恥辱を嫌悪するがゆえの(いわば本質的にはエゴイズムからの)観念的自殺は男に多いように思う。
もっとも、私は観念からの自殺を否定するものではない。自殺は究極的な「自己決定」であり、「自殺権」は人権の最たるものだと思っている。
自殺を許さないというのは人間以上の存在、つまり神を想定しないかぎりありえない話だろう。神に与えられた命だから、当人にはそれを処分する権利は無い、という思想である。
もちろん、無神論的社会でも、自殺を「無責任だ。周囲の人間に迷惑だ」と非難したり批判したりするのは周囲の人間の勝手だ。だが、「人間には生きる義務がある」などというお説教は余計なお世話というものである。生きようが死のうが当人の勝手である。

下のグラフは、「まあ、当然の結果だろうなあ」という感想だ。今の日本(あるいは韓国)のような、若者にとって「(未来への)夢も希望も無い」国で若者がどんどん自殺するのは当たり前である。

ただ、若者のために忠告しておくが、私は10代のころは毎日のように自殺を考えていたが、あのころ自殺しなくてよかったと思っている。たいていの悩みは自分自身で作り出した妄想であり(特に劣等感や恋愛関係の悩みはそうだろう。)、自殺は悩み事のいい解決策かもしれないが一度しか使えないという欠点があるwww 旧約聖書の中に「最後まで耐え抜いた者は救われる」という言葉があり、若いころの私は自殺念慮が起こるたびに、なぜかその言葉を想起しては自殺を延期し、結局、若さゆえの神経過敏が治まるころには自殺したいなどという気持ちはまったく起こらなくなった。
解決困難な人生問題に対する一番の解決策は、問題を棚上げすることだ。そうすれば、たいていの問題は、問題自体がいつのまにか消滅する。(若いころの自殺念慮は、当人が思っているようなあれこれが原因ではなく、実は若さそのものが原因であるから、若さが無くなれば自然消滅するわけだ。それに類似した錯誤は多いと思う。)

なお、「最後まで耐え抜いた者は救われる」は、よく考えると、「最後まで」とは「救われるまで(現在の状態が終わるまで)」ということであり、生きたまま救われるか死ぬことで救われるかは別として、「最後まで」行けば救われるのは当然なのである。つまり、これは「救われるまで耐え抜いた者は救われる」という同義反復とも言えるが、数学的真理とも言えるわけだwww


蛇足だが、「最後まで耐え抜いた者は救われる」という言葉を知ったのは旧約聖書を読んでではなく、ドストエフスキーの本によってである。そういう意味では私はドストエフスキーに命を救われているとも言える。ひとつの言葉が命を救う、ということは珍しくない。逆も真なりで、ひとつの言葉が人の命を奪うこともある。



(以下引用)




出典:しきそく



出典:しきそく





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現実を通して真実に至るという、「漸近線」的な試み

「現実」と「事実」と「真実」という言葉の使い分けをするほど、これらの言葉を私は明確に意識して使っていないが、とりあえず、「現実」そのものを見ることや記録することや伝えることの困難さ、そこから「真実」を把握することがいかに至難のわざであるのかがよく分かる。

この記事の場合で言えば、戦地での兵士が見た「現実」そのものが、兵士の頭の中のフィルターを経て記録され、その「歪められた現実」が、本の著作者の頭の中のフィルターを経てさらに歪められた現実となって著作化される。それを解題を書いた人によって「真実」に戻そうとする試みが行われ、その一端は成功するが、同時にそれもまた解題を書いた人のフィルターによって歪められたものかもしれないという懸念は確実にあるのである。
そうした幾重もの過程を経て「現実や事実とされるもの」の記録が後の世代に残っていく。

安易に現実や事実についての何かの言説を信じるべきではない、という結論もここからは出るが、しかし人間の認識力や表現力はもともとそういう限界を持っているのであり、そうした「原始的な道具」を使ってここまで人類の文化が発展してきたことは驚異的であるとも言える。要するに、誠実に努力をすれば、そういう原始的な道具を使ってもかなり満足のいく成果は上げられる、ということだ。


(以下「紙屋研究所」から引用)

2017-05-21 戦時の日常はのんきだったか 『「北支」占領』

田宮昌子『「北支占領 その実相の断片 日中戦争従軍将兵の遺品と人生から』Add Star




「北支」占領 その実相の断片 -日中戦争従軍将兵の遺品と人生から- 宮崎の「平和の塔」(その実態は「八紘一宇の塔」だけど)前の売店にふらりと立ち寄った時、まったく偶然に手に取った。




 「戦況や戦闘ではなく、一見『平穏な日常』と化してさえいた占領の諸側面」を描き、「対象となってこなかった諸側面」を描いているということに興味があったので購入して読んだ。遺品を残したのは、「とりたてて好戦的でも反戦的でもない平凡な個人」(いずれも本書p.22)であるという。したがって、


戦争の大義従軍への彼らの姿勢と意識は「時代の趨勢」の側に居た大多数の国民や、戦争の遂行にあたった大多数の将兵の意識に繋がるだろう。(本書p.22)




 この本は、「北支」すなわち中国北部華北)を占領した日本軍将兵として参加した3人の日本人の資料・遺品から占領の日常・実態を読み解こうというものだ。「北支」に派遣された独立混成第四旅団に参加した田宮圭川、山本泉、田村泰次郎の3人である。




 この本の読みどころは3つある。


 第一に、戦後の戦争批判の洗礼を受けることのない将兵の日常感覚、生活感覚がわかること。


 第二に、中国民衆との「対話」「往来性」、つまり侵略をうけた人びととの乖離や対決。


 第三に、筆者・田宮昌子と、「解題」を書いた加藤修弘との対決である。



将兵の日常感覚、生活感覚がわかる

 第一の点、すなわち戦後の戦争批判の洗礼を受けることのない、戦時のままの将兵の日常感覚、生活感覚がわかる、という点について。占領=侵略をおこなった将兵の感覚と生活、ということである。


 圭川のアルバムやそこに書き込まれたメモ。


 それを眺めると、占領の日常が驚くほど「のんき」なように見えてくるのだ。


 典型的なのが、子どもたちとの交歓だろう。


 子どもたちとののどかな写真に加えて、現地人たちの証言が載っている。


日本兵の中には子供の頭を撫でて涙ぐむ人も居た。自分の子供を思い出すんだろう。(日本兵だって)人情もあった(盂県文化研究会13.4.23)。(本書p.114)



実を言えば、兵隊たちの中には子供を可愛がる者が結構いた。ほんとのことだ。(日本兵だって)何もいいとこがなかった訳じゃない(杜修新07.9.5)。(同前)


 「日本軍がおこなったことは、残虐でもなく、侵略でもなかった」という「根拠」となりがちなのは、こうした側面をとりあげるからだろう。




侵略をうけた人びととの乖離や対決

 第二の点、中国民衆との「対話」「往来性」、つまり侵略をうけた人びととの乖離や対決。


 どういうことか。


 この本では、アルバムやメモを紹介するだけでなく、実際に現地に行ってみて現在はどうなっているか、どんな土地なのかを確かめるとともに、当時のことを現地人に聞いているのである。


 それですぐ「乖離」があらわになるわけではない。


 先ほど述べたように、当時少年だった住民たちからは、むしろ日本軍にかわいがられた思い出が出されたりする。


 また、「慰安婦」たちとの、これまたのんびりした日常を撮ったスナップも多い。


 しかし、こうした写真、メモ、「事実」自体が、いかにもナイーブな解釈であることは、さらにつっこんだ取材や認識の中で明らかにされていく。




 たとえば、纏足を撮影されている3人の現地女性の写真がある。


 「ものめずらしさ」から撮影したものに違いないが、写真の3人の女性たちの顔はこわばっている。囚人の管理用ポートレートを撮影しているようなカタさなのである。纏足が、当時のある種の中国女性にとって「夫以外の男性には決して布を解いて裸の足を見せることはしない」(p.316)ものであるという認識の弱さ、その「無邪気」な撮影自体が、占領という権力者と被占領という弱者の圧倒的な対照であることを思い知らされる。




 また、現地住民は「苦力」として駆り出され、しかし、大人は殴られるものの子どもであれば殴られないので、子どもがよく派遣されたという事実をふまえると、その中での「子どもとの交流」という構図も明らかになる。




 都市と農村での体験の差も明らかになる。日本兵が来れば若い男と女は姿を隠してしまい、年寄りと子どもだけが残り日本兵使役に駆り出される過酷な農村部に対し、


一方で、大隊本部があった盂県城に住んで居た孫賜芹さんは八年近くにわたる占領期に使役を経験していない。「自分は子供で、毎日学校に行っていました」と言う。部隊長の歓送迎式など軍の行事に地元の小学生が動員されてはいるが使役はされていない。旅団司令部があった陽泉でも使役の話は出なかった。都市と農村、あるいは学校に行っているかどうかで状況は違うようだ。(本書p.114)




 さらに、「対日協力者」として占領軍日本軍)の「手先」になって現地統治の尖兵となった人間がどのように現地でその後遇されたか、という問題も興味深い。


 ぼくらの予想は、中国共産党政権ができてからは激しく追及されたに違いない、ということなりがちだが、たとえばここに出てくる李宜春という「対日協力者」は、まったく違う。


 李は、日本軍による現地傀儡組織「維持会」の会長を務めながら、共産党とも関係をもったとされる。日本軍との良好な関係を保ちつつ、それを利用するという二面性をもつ難しさを生き抜き、戦後も平穏に生活したという。詳しくは書かないが、県の抗日史では「愛国志士」「地下の党組織に派遣された」存在として描かれている。他方で、漢奸として処刑された「対日協力者」もおり、地元民の証言などからすればその地位で悪いことをしたかどうか、特に「血債」、殺人をしたかどうかが大きな分かれ目になっているようだった。


 このような事実ひとつをとってみても、例えば「現地人リーダーと良好な関係だったから、暴虐や侵略という事実はなかった」という言説の根拠にはなりえないことがわかる。




 圧巻は、李の長女に聞き取りをするために、著者・田宮がインタビューに出かけた時のシーンだ。


 長女は、絶対に会わないと憤り、会ったときも現地語でわめきながら、いきなり踊りかかるように著者に詰め寄ってきた。そして、聞き取り中も絶対に田宮に向かい合おうとしない(その写真まで載っている)。解題を書いた加藤が「臨場感と緊迫感に満ちている」「迫真ドキュメンタリー」(本書p.318)と述べているように、この「出会い」の場の迫力に圧倒される。



「解題」執筆者と著者との対決

 第三の点、筆者・田宮昌子と、「解題」を書いた加藤修弘との対決とはどういうことか。


 実は、少なくともぼくについては、この「解題」を読んで初めて、3人のいた「独立混成第四旅団」の役割、日本軍の戦略・戦術意図がよくわかった。


 「解題」はこの本のおわりにまとめて収録されているけれども、むしろ初めから読むべきもので、必読部分である。




 特に、「百団大戦」による中国共産党側の反撃によって、日本軍の報復的暴力や、治安再編にともなう暴力が吹き荒れた土地であるという、その背景がよくわかる。


 そうした全体像のなかで、アルバムやメモを見ると、その「のんき」さの異様が浮かび上がる。


圭川のアルバム写真やそれに添えられた詞書きを通観するとき、そこには戦場が生みだした悲惨な現実というものがほとんど見えてこない。(本書p.310)



圭川が必死に信じようとした「大東亜共栄」の理想は、戦場の醜い現実によって既に裏切られていた。そのことを知らないままに死んでいったのだとしたら……。圭川だけではなく、この時代の日本の若者たちの膨大な数の死を、「それもまた一つの青春」程度の薄っぺらな一言で片づけては絶対にならない。まして「英霊として国に殉じた」などと歯の浮くような決まり文句で葬り去ってしまうなどもっての外である。私はこの解題をそうした一種の「怒り」に押されて書いた。(本書p.329-330)




 圭川と同じ部隊にいた田村泰次郎や、加藤が取材をしてきた(同部隊の)近藤一の批判的な筆致との落差がすごい。(田村の場合は戦後と戦前の落差)


もし圭川が侵略の現実を伝える数々の事実に最後まで気づくことなく、それをただ「懐旧」のアルバムとして残したのだとしたら、圭川が戦場に置いてきた人生とはまるで幽霊のように実体のないものでしかない。(本書p.329、強調は引用者)


 ここまでいうか?


 「幽霊のように実体のない」人生とされた圭川の肉親・田宮昌子から解題を依頼されながら、なんともすさまじい。まさに、両者は対決しているのである。




「軍靴の音が忍び寄る不安の時代」?

 筆者・田宮昌子は、従来の「軍靴の音が忍び寄る不安の時代」という戦前・戦時イメージをはじめは想定し、遺品の行間からその苦悩が読み取れないかと挑んだという。


 ところが、そのような苦悩が「存在しなかった」というところまできて「愕然」とする。本書を出すべきなのか? とさえ思ったのだという。


 田宮が出した結論は、こうである。


――戦時に懊悩した良心を持つ層は一部であり、大多数は、そうではなく順応してしまった、というものだった。


――戦後は、希望としてその(国民のごく一部である)「良心」の物語を描くことが好まれた。しかし、今は、その「大多数」を知ることの方が重要だったのではないか。




 このことは、『この世界の片隅に』の評や、戦前・戦時を評する言葉の中に見られる問題と重なる。つまり「戦争前・戦争しているときは、そんなに暗い時代ではなかった」という話だ。




 言い換えればこうである。


 暗い時代とは思っていなかった。


 しかし、実は暗黒の対外侵略の上にその「平和ボケ」は成り立っており、そのことは自分たちがヤラれはじめるまでは無自覚であり続けた、という危険の構図だ。


 田宮は新潟県での戦争別戦没者での「戦死率」が日清戦争0.8%、日露戦争4.4%、満州事変0.4%、日中戦争10.3%で、太平洋戦争で83.6%と壊滅的となることを示して *1、次のように書いている。




泉アルバム〔戦後も生きのびた山本泉のアルバムのこと――引用者注〕には「中国では勝っていた」という表現が何度も登場する。外地において自国兵士の戦士があったとしても、母社会に脅威や破壊をもたらさない戦は厭戦に結びつかないようだ。戦争が他国への一方的で優勢な武力行使に留まる間は社会はむしろ好戦的である。米国軍事力によって日本本土が悲惨な被害を蒙るまで、戦争や従軍というものに与えられていたこのような社会的位置づけやムードは戦後社会に殆ど伝わっていない。(本書p.252)


 この問題は、清沢洌『暗黒日記』で、空襲が激しくなった1945年になって清沢が「昨夜から今晩にかけ3回空襲警報なる。焼夷弾を落としたところもある。一晩中寝られない有様だ。僕の如きは構わず眠ってしまうが、それにしても危ない」と書いた上で、「日本国民は、今、初めて『戦争』を経験している」と述べたことと重なる。



この世界の片隅に』の「危うさ」と魅力

 こうした意識で見たとき、「戦時の日常」をそのまま描くことのきわどさ、言い換えると危険性、ナイーブさの問題にも気づく。


 『この世界の片隅に』はそのような意味で、圧倒的に「呑気な戦時の日常」と、「空襲被害を受けて気づく戦争」に一つの焦点を当てている。ただし、マンガ者のこうの史代映画監督片渕須直もその「ナイーブ」さには気づいていたし、作品としてはまさにそこに一つの意義・魅力がある。*2




 『「北支」占領』に戻ろう。


 本書は、当時の国民、将兵たち、それがたとえ戦地に出かけている将兵であっても、「のんきでナイーブ」であった可能性を示しているし、同時にそれが実際にはどんな暴力に支えられた「日常」であったかを対決させている、スリリングな一冊である。



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罪と許し

「紙屋研究所」から転載。
いい指摘だと思う。
私もかねがね「いただきます」が、食物(となる生命)への感謝の気持ちの表明である、という言い方に実に偽善的なものを感じていたのだが、他の生命を殺すことでしか自分の生命を維持できないというのが、キリスト教的な意味ではなく、動物としての人間の「原罪」のようなものだ、と思っている。原罪という言い方が大げさなら、「業(ごう)」と言ってもいい。業という言い方も大げさだが、とにかく、人間の根本的生存条件がそれだ。

とすれば、下の記事にもあるように、人間と動物は截然と分ける、という考え方しか合理的な動物との付き合いはできないのだから、一部の動物愛護思想家の言動が実に欺瞞的に思えるわけである。朝昼晩ステーキを食っていながら、野生動物を保護せよ、とか言うのはおかしいだろう。それが哺乳類でなく、魚だって同じことだ。クジラやイルカは知能が高いから保護すべきだ、というなら「知能の低い存在は殺していい」となるしかない。そこから「経済的有用性のない存在は殺していい」までは一足飛びだろう。あの養老院大量殺人者の思想だ。
そのような偽善や欺瞞、論理的不徹底が、環境保護論者や動物愛好家、ナチュラリストには多いような気がする。

動物(を殺す)だけの話ではない。感謝すれば、あるいは謝罪すれば、何かの罪が消える、という思想そのものが、私は大嫌いなのである。

この思想は世に大きな害毒を流していると思う。

たとえ犯罪者が刑期を務め終えようが、犯した罪や、その事実が消えたというわけではない。ただ、社会的に、「無かったかのように」処理される、というだけのことだ。罪を償えるのは、その被害者の許しだけである。それも「償える」だけで、罪が消えるのではない。起こった事実が消えることはありえない。
罪を犯した人間には、永遠に消えないカインの印が額に付くのだ。ただ、それが他人の目には見えないだけだ。

はたして、食べられる動物は、食べる人間を許すだろうか。


(以下引用)

2017-05-15 「感謝」すれば殺していいのか 『マンガで学ぶ動物倫理』

伊勢田哲治・なつたか『マンガで学ぶ動物倫理 わたしたちは動物とどうつきあえばよいのか』Add Star




 日経新聞によれば、イタリア法律では、


生きたエビを氷の上に載せておくのは虐待に当たり、禁錮刑や5000ユーロ(約67万円)から3万ユーロ(約400万円)の罪になる。


http://www.nikkei.com/article/DGKKZO95101870U5A211C1NZ1P00/

という。


 動物の命を奪っていいのか。あるいは、どういうふうになら奪っていいのか。あるいは、そんな問い自体が無意味なのか。




 小4の娘といっしょに劇を見に行ったのだが、「命」を考えるというその劇の中で「『いただきます』と言って食べよう、命をいただくのだから」的なセリフが出てきた。


 親子で見たその劇の、教条ともいうべき薄っぺらさが気になった。


 「いただきます」と「感謝」さえすれば、命を奪っていいのだろうか。


 ペットや実験動物虐待には反対するが、害獣は殺していいのだろうか。


 外来生物生態系を壊すというが、その生態系はせいぜい江戸末期のもので、それをどうしても守らないといけないのだろうか。




マンガで学ぶ動物倫理: わたしたちは動物とどうつきあえばよいのか 『マンガで学ぶ動物倫理』(化学同人)を読むと、動物の権利、動物をめぐる倫理にかかわって、こうした境界部分の疑問が次々と押し寄せてくる。


 著者の伊勢田哲治科学哲学倫理学)は、筆者として、例えば「動物の権利」を認めることに反対するためにこうした疑問を並べているわけではない。読者に考えてほしいので、こうした際どい問いを次々と投げかけるのである。




 「ペットのしつけ」「殺処分と去勢」「化粧品動物実験」「肉食と集約的畜産業」など10章にわたるテーマが描かれる。


 「マンガ」なので、高校生の今上琳太郎と幼なじみの根岸清音が、高校の部活(ミステリー研)の活動として「生き物探偵」をするというストーリーだ。


 なつたか、というマンガ家が描いているが、解説マンガとして非常によくできていると思う。


 まず、ネームが長くなりすぎるという解説マンガの悪いクセはまったくない。


 そして、世の中の学習・解説マンガにやはり多く見られる、マンガ部分はただのギャグで、「解説」になっていないという事態(小学館の「ドラえもんの学習まんが」シリーズにこの傾向が強い)にもおちいっていない。なつたかのマンガを読むことそのものが、その章のテーマを基本的に理解するようにできている。


 そして、ライトな恋愛要素が、自然に入っている。今上と根岸は恋愛感情があるのではないか? とぼんやり思わせ、そのことがうるさすぎずに読者に効いてくる。まあ、絵がぼくの好みなんだけどね。


 筆者の伊勢田は、「おわりに」で、編集者から「マンガで学ぶ」シリーズを出してみないか誘われた話を書いている。


 倫理学をマンガで表現できるものかと半信半疑だったが、先行の『マンガで学ぶ生命倫理』を実際に読んでみて、


思った以上のクオリティに驚き、わたしもやってみたいと思いました。(本書p.141)


 『マンガで学ぶ生命倫理』も、マンガ担当は、なつたかだったから、この描き手の質の高さがわかる。




 マンガが解説としてうまくいっているのは、マンガ家によるところも小さくあるまいが、何と言っても伊勢田のスタンスがいいのだろう。


 主張を押し付けるのではなく、対立的な考えをじっくりと考えてもらう立場に徹しているから無理がないし、マンガにしやすいのである。




 冒頭にぼくが見た劇が提示した問題は、例えば本書で伊勢田はこう書いている。


●感謝すれば何をしても許されるのか


 最後に琳太郎たちが話していた、「牛や豚にちゃんと感謝して食べる」という意見について考えてみましょう。


 動物という文脈を離れて考えてみたとき、「相手の苦しみの上に自分の楽しみが成り立っていても、相手に感謝すればその楽しみは正当化される」と言えるでしょうか。いじめっ子がいじめられっ子に「いじめられてくれてありがとう」と言えばいじめ正当化され、そのまま続けていいのでしょうか。「それはあくまで人間の話で、相手が動物のときは話が違う」という返事が返ってくるかもしれませんが、どう「話が違う」のでしょう。ちゃんと筋道だてて説明できますか。(本書p.55)


ぼく自身はどう考えているか

 人間の中の権利が、男性から女性、成人から子ども、自国民から他民族・「人種」へと広がっていった。そして、そういう広がりの先には、境界にある動物の権利が見えてくるし、そこが当然問題になってくる。




 ぼくは、高校時代に本多勝一の影響を受け、自然の中で人間が特別に扱われるべき存在であるという無条件の命題を「信じる」ことを自分の指針にしてきた。*1「あらゆる命は平等」ではなく、すべて人間の都合だ、という立場である。この指針を長く続けてきたのは、ぼくが高校以降に「ペット」(伴侶動物)を飼わなかったという事情も反映しているに違いない。


 したがって、実験動物イルカ、閉じ込められた家畜などは、大きな「問題」としてはぼくの前に現れてこなかった。


 もちろん、例えばネコエアガンで撃ったり、それを見たりするのは、心理的に抵抗がある。しかしそれは、あまりにも人間に近すぎる「愛玩動物」であり、ぼくらがその動物に感情移入しているために、まるで小さな子どもいじめているような錯覚を引き起こすからだろうと思っていた。


 つまり、その虐待人間社会の倫理を侵食してしまうためにやめたほうがいいのであって、あくまで人間社会が脅かされるという論理だ。動物そのものが「権利」を脅かされていたり、かわいそうなわけではない、というのがぼくの立場であった。もし動物の権利というロジックに踏み込めば、決して家畜の肉などは食べられないからである。


 先日も獣害を引き起こすイノシシ、しかもやっとウリ坊から成獣になったばかりのイノシシを射殺する現場に立ち会った。かわいそうだという感情は引き起こされたが、それ以上のものではなかった。




 感謝すれば殺していいか、という問いに対しては、どうか。感謝すれば食肉のために殺していい、というのは整合的な論理になり得ないと思う。


 論理上は、人間と動物に絶対的な境界が引かれる。


 ここが基本。


 ただし、例えば動物を育てる中で一定の感情がわいてくることはあり得るし、育てたニワトリをシメて食べるということに感情が揺さぶられることはありうる。「できるだけ苦しませずに殺してやろう」という感傷が起きるだろうが、それはあくまで自然な感傷である。殺されるプロセスを見ない、日々ぼくらが口にするブタやウシについては、なんの感傷も引き起こさないだろう。何かの命を犠牲にしたな、という感情は、育てる・殺すといったプロセスの中で自然に呼び起こされるもので、「感謝しよう」と言葉だけで呼びかけることに意味はない。つうか偽善では。




 ぼくにとって、この枠組み(人間と動物に絶対的な境界を引くこと)は修正を迫られながも、本書を読んだ後も、あまり変わっていない。


 ただ、本書には、巻末にたくさんの入門的な参考文献、映画・小説・マンガが載っている。ぼく自身、もう少しいろんな立場で考えてみなければならないと思った。



(徽宗追記)シンクロニシティというか、たまたま下のスレッドがタイムリーに見つかったので、追記しておく。上と読み合わせると興味深いと思う。




1:風吹けば名無し@\(^o^)/2017/05/16(火) 02:00:01.86ID:AplRGean0.net
この畜生映画すき
1_1
1_2


2:風吹けば名無し@\(^o^)/2017/05/16(火) 02:00:28.60ID:AplRGean0.net
2_1


3:風吹けば名無し@\(^o^)/2017/05/16(火) 02:00:46.83ID:Q6JcDYXIa.net
これ泣いたわ


5:風吹けば名無し@\(^o^)/2017/05/16(火) 02:01:26.92ID:tnJn1M9va.net
ワイなら絶対食うわ
絶対美味いはずやしな


6:風吹けば名無し@\(^o^)/2017/05/16(火) 02:01:31.44ID:AplRGean0.net
子役に実際に育てさせてラストはアドリブとかいう鬼


48:風吹けば名無し@\(^o^)/2017/05/16(火) 02:15:38.62ID:PJH7irmEa.net
>>6
こマ?
頭おかしい…


7:風吹けば名無し@\(^o^)/2017/05/16(火) 02:02:34.32ID:AplRGean0.net
最後に豚を食うか引き継ぐかの会議は子役に全部アドリブさせてガチで議論させてた
みんな感情剥き出しで泣きまくり


8:風吹けば名無し@\(^o^)/2017/05/16(火) 02:03:06.68ID:zYG+mlQWa.net
昔やってたなこれ


10:風吹けば名無し@\(^o^)/2017/05/16(火) 02:04:14.62ID:zYG+mlQWa.net
実際の話の方は食ったんだよな


11:風吹けば名無し@\(^o^)/2017/05/16(火) 02:04:28.54ID:tnJn1M9va.net
この映画知らんがスタートはどんな感じよ?
食うために飼うのか愛玩物として飼うのか
後者なら畜生の所業やで


13:風吹けば名無し@\(^o^)/2017/05/16(火) 02:05:20.90ID:AplRGean0.net
>>11
名前つけてみんなで大事に育てましょう
みんなで当番決めてお世話をしましょう
最後には食うかどうか決めましょう


17:風吹けば名無し@\(^o^)/2017/05/16(火) 02:06:24.50ID:tnJn1M9va.net
>>13
クズ過ぎて草
後出しとかズッル


19:風吹けば名無し@\(^o^)/2017/05/16(火) 02:07:17.09ID:AplRGean0.net
>>17
最後に食うか結論出すぞって説明は最初にしてたはずやで
それまでは大事にみんなで育てましょうって


47:風吹けば名無し@\(^o^)/2017/05/16(火) 02:15:35.76ID:VahJpPHI0.net
>>13
見てないけどなんで議論になるん?普通に殺さないで終わりそうやけど


52:風吹けば名無し@\(^o^)/2017/05/16(火) 02:17:06.81ID:AplRGean0.net
>>47
食べる為に育てたんだし
他の動物は食べるのにPちゃんだけ食べないのはダメだと思うとか色んな意見出てたで
女の子凄い泣いてた


12:風吹けば名無し@\(^o^)/2017/05/16(火) 02:05:19.76ID:2ZfVwvx+0.net
子ども会で観に行ったわ


30:風吹けば名無し@\(^o^)/2017/05/16(火) 02:10:06.98ID:LB+Q6Ki10.net
いや別にこいつは食わなきゃいけない理由ないんやからええやん


33:風吹けば名無し@\(^o^)/2017/05/16(火) 02:10:27.32ID:+hIEnlE20.net
結局なんの料理でくったんや?
とんかつか?


36:風吹けば名無し@\(^o^)/2017/05/16(火) 02:11:03.44ID:sqHgsfCp0.net
>>33
生姜焼きやった気がする


38:風吹けば名無し@\(^o^)/2017/05/16(火) 02:12:04.24ID:nCE/fOIp0.net
こういう風に意識的に死に触れる行為って仏教でもある修行法やけど、かなり修行量をこなして精神的に強くなってからじゃないとご法度なんだよなあ
もうちょっと考えろと


41:風吹けば名無し@\(^o^)/2017/05/16(火) 02:12:20.02ID:f33xuyFrd.net
これ実際やと五年生が引き継ぐ言うたのに教師カスが否定したんだよな


42:風吹けば名無し@\(^o^)/2017/05/16(火) 02:13:10.45ID:zyX32CKza.net
この笑顔
42_1


49:風吹けば名無し@\(^o^)/2017/05/16(火) 02:15:49.81ID:9WIWS6Rra.net
子役は6ヶ月豚をみんなで育てた模様
Pちゃんかわいそう


62:風吹けば名無し@\(^o^)/2017/05/16(火) 02:19:04.55ID:CCA0O7gsM.net
大学の教職の授業でドキュメント流してたわ


63:風吹けば名無し@\(^o^)/2017/05/16(火) 02:19:06.16ID:9WIWS6Rra.net
これで食えとかサイコパスやろ
63_1


74:風吹けば名無し@\(^o^)/2017/05/16(火) 02:20:47.22ID:tnJn1M9va.net
>>63
やっぱり大人の事情やんか


67:風吹けば名無し@\(^o^)/2017/05/16(火) 02:20:00.27ID:AplRGean0.net
Pちゃんみんなのアイドルみたいに可愛がられてたんだよなぁ…


69:風吹けば名無し@\(^o^)/2017/05/16(火) 02:20:20.51ID:CCA0O7gsM.net
トラックに乗せる時かなりブタ叫んでてんぞ
生徒たち号泣や

あんなんトラウマもんやろ
二人くらい欠席したらしいな


115:風吹けば名無し@\(^o^)/2017/05/16(火) 02:26:40.02ID:KCDymmUy0.net
>>69
豚さん名演技w


123:風吹けば名無し@\(^o^)/2017/05/16(火) 02:27:41.99ID:CCA0O7gsM.net
>>115
いや、映画の方じゃなくてドキュメントの方や

演技じゃなくブタさんガチの悲鳴やったわ


73:風吹けば名無し@\(^o^)/2017/05/16(火) 02:20:38.16ID:gLKwuFn+0.net
ペットと家畜の区別をわざと曖昧にして食育と称して生殺与奪を押し付けるとか外道にもほどがある


96:風吹けば名無し@\(^o^)/2017/05/16(火) 02:24:22.22ID:/es2+1sF0.net
>>73
ちゃんと名前つけて皆で大切に育てた時点で家畜では無いわ


79:風吹けば名無し@\(^o^)/2017/05/16(火) 02:21:35.09ID:JgkaBbdL0.net
何でわざわざトラウマ植え付けるような事をすんねん


85:風吹けば名無し@\(^o^)/2017/05/16(火) 02:22:24.42ID:AplRGean0.net
 監督のインタビュー

クランクインの前、毎週土日に子どもたちを集めてリハーサル、そして合宿をしました。そこでいろいろコミュニケーションをしていったんですが、そこで一度ピークが来てしまった。まだブタを飼ってもいないし

、見てもいないのに、泣いたり叫んだり、一言も口を利かなくなる子、豚肉を食べられなくなる子もでたりして、いろんな感情が噴き出したんです。それは子どもの想像力だと思います。元々子どもってそういう素質を持っています。
いまの時代に一番危惧するのは、想像力が失われているんじゃないかということです。
それを養っていくことが、教育者やクリエーターの使命、責任じゃないかと思います。


88:風吹けば名無し@\(^o^)/2017/05/16(火) 02:22:53.82ID:uOg9B0uwa.net
>>85
えぇ…


97:風吹けば名無し@\(^o^)/2017/05/16(火) 02:24:36.43ID:3AuV2Xev0.net
>>85
サイコパス


86:風吹けば名無し@\(^o^)/2017/05/16(火) 02:22:29.15ID:ouD6C9zfd.net
養畜業者だってペットと食用動物の扱いを同じにしたりせーへんやろ


90:風吹けば名無し@\(^o^)/2017/05/16(火) 02:23:09.44ID:VahJpPHI0.net
中3くらいでやるなら全然わかる
小学生にやらせてトラウマになったらどうすんねん。一生肉喰えなくなる可能性すらあるぞ


99:風吹けば名無し@\(^o^)/2017/05/16(火) 02:24:52.87ID:GnkwleQhd.net
Pちゃんが運ばれていった一ヶ月後くらいの給食がしょうが焼きやったんや
みんな食べ終わったあたりに教師が一言「Pちゃんにありがとうを言いましょう」

ここでエンドロール


104:風吹けば名無し@\(^o^)/2017/05/16(火) 02:25:41.56ID:PRkGBvYp0.net
>>99
サイコホラーかな?


102:風吹けば名無し@\(^o^)/2017/05/16(火) 02:25:15.71ID:VrFceAnfx.net
サイコパス系教師やんけ


107:風吹けば名無し@\(^o^)/2017/05/16(火) 02:25:48.82ID:8apR1YZia.net
子役の涙で評価を得る中々エグい映画やったで


116:風吹けば名無し@\(^o^)/2017/05/16(火) 02:26:48.65ID:AplRGean0.net
――ブタは撮影用にどれくらい用意したんですか?

11頭いました。「幼」「小」「中」「大」と大きさを分けて。子どもたちには毎日当番制で世話をさせました。当番じゃないのに毎日来る子もいて。
だからシンクロしています。「撮影後はどうするんですか、小さいのをうちで飼いたい」と言う子もいました。


118:風吹けば名無し@\(^o^)/2017/05/16(火) 02:27:01.12ID:eFOCg8q30.net
せめて名前はつけちゃだめだったわ
てか畜産農家も感情の折り合いのつけ方については長年の経験あっての特殊技能があるわけで子供にいきなりそういうことさせるのは違うやろ


124:風吹けば名無し@\(^o^)/2017/05/16(火) 02:28:00.35ID:9Nc3twG90.net
義務教育でやることやないな


133:風吹けば名無し@\(^o^)/2017/05/16(火) 02:30:08.20ID:jzWnL/qa0.net
これ何10年経っても叩かれてそうだよな
実際ただの自己満足だし


136:風吹けば名無し@\(^o^)/2017/05/16(火) 02:30:16.15ID:bkHf9Mq2a.net
当時も色んな意味でかなり話題になった作品やね
子供達の議論シーンは感情剥き出しで見入るから是非見て欲しいわ 
 










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馬鹿につける薬

「幸福の科学」に関連して、「サイエントロジー」について少し調べたが、ウィキペディアのこの部分を読めば、その正体は丸わかりである。だが、信者の悩みをこの「宗教」が解決したことも多いだろう。新興宗教は詐欺の一種であるのがほとんどだが、馬鹿につける薬としての薬効はあるわけだ。



(以下引用)




営利団体として[編集]

サイエントロジー教会とその関連団体はオーディティングで得た利益以外にも総額数億ドルにも達すると考えられる不動産を世界各地に所有している[20]。L・ロン・ハバードはサイエントロジー教会に宗教の皮を被せて教会とその関連団体に宗教法人として免税措置を享受させ、宗教法人とすることによってサイエントロジーのプログラムで発生した結果に対する医学的な訴追を避けようとしていると生前批判されていた[54]。これに関連して、様々な人物、特にハバードと交流のあったハーラン・エリスンネイソン・ヒメルサム・マーウィンサム・モスコヴィッツセオドア・スタージョンロイド・エイバークまたロイド・スタート等のSF作家とSF研究家は、ハバードが様々な状況で「裕福になるには宗教を創始すれば良い」と発言していることを聞いている[55]。また、この他にも1980年5月、ハバードは「本当に裕福になりたいのなら自身で宗教を創始するのが一番手っ取り早いだろう」とリーダーズ・ダイジェストで述べている[56]


教会側は「かつてL・ロン・ハバードが1948年に行った講演の中でこのような発言を行ったと主張した者がいたが、その該当講演に行っていた人物2名に聞いた所、ハバード氏はそんな発言は全く行っていないと言った」と主張し、それ故これはただの噂であると片づけた。しかし、サイエントロジー教会は個人的にハバードがそのような発言を様々な状況下で行っているのを聞いたことがある他の人物には全く言及していない。また、教会側はこの「噂」の出所は彼らの主張する所ジョージ・オーウェルがハバードの言ったことを「勘違い」したことにあるとされる。しかし20年間の教会生活の後1989年に教会を去ったロバート・ヴォーン・ヤングは「オーウェルの話は彼の勘違いだと片づけることもできるかもしれないが、実際私はハバードの裕福になるためには宗教を創始するのが良いという類いの発言を聞いたことのある、彼がSF作家として活動していた頃の友人3人に会ったことがある」と発言している[6]


サイエントロジー教会は信者が新しく入信希望者を連れてきた場合それに対し報酬を支払い、他人にサイエントロジーを「売りつける」よう推奨する[20]。それに加え、サイエントロジー関連のフランチャイズ加盟店と各教区の教会はサイエントロジー本部に対し収入の全体の10%を払うこととなっている [57]。またオーディティングや教会内で行われるその他のコースは数百万円から数千万円もの料金を徴収される[58][59]。加えて、サイエントロジー教会は教会のシンボルマークや名称の使用に対し厳格な管理を行っている。教会は「サイエントロジークロス」に対して著作権商標を主張しており、その専任弁護士は本やウェブページにおいてそれを使用した個人、団体に対して訴訟を行ってきた。それ故、教会との提携あるいはコネクションがない場合、個人団体が自分たち自身でサイエントロジー教会と同様のサービス提供するのは甚だ難しい。サイエントロジー教会は許可なくオーディティングを提供しようとしたり著作権や商標侵害している者に対して数多くの訴訟を行ってそのような行為の撲滅を図っている。

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子供は親の無言の圧力でロボット化される

「東大話法」の存在を世に知らしめた、女装の東大教授安富歩のインタビュー記事の一節である。
「なぜ日本の男は苦しいのか」というこの記事全体が面白いが、特に、親の無言の圧力について書いてあるこの部分は日本人、いや、世界中の人間を啓発するものだろう。
同様のことは岸田秀の著作にも何度か書かれており、自分自身がその「被害者」であるという点でも岸田氏と安富氏は同じである。
親(特に母親)の無言の支配力というものは恐ろしいものだが、親自身はそれを「子供のため」と信じているから厄介だ。実際、それで社会的な成功者になる子供は無数にいるのである。だが、その人生が当人にとって最良の生き方だったかどうか。そうした子供がノイローゼになったり、精神的な歪みを持つ例もまた多いのである。若くして親に反抗できる子供というのは(親以外にどこかで精神的な救いになるものがあるためなのかもしれないが)、ある意味凄いと思う。

なお、「あのね、『勉強しろ』って言葉で命令するのはまだ二流だよ。」という言葉は誤解される恐れがありそうなので、私が補足しておく。この「二流」は、「一流」を褒めているわけではない。「モンスターとして二流」ということであって、世の中にはもっと恐ろしい「教育ママ」「子供を精神的に支配する怪物」がいる、ということだろう。


(「現代ビジネス」から抜粋転載)



親の価値観―”靖国精神”で満たされた家庭

安冨の両親は昭和9年、10年生まれ。生まれた時には満洲事変は終わっており、物心ついた時には日中戦争が起こり、太平洋戦争を経験した。父は学校の校長、母は元教師という家庭の長男として安冨は育った。


「男の子は大きくなったら戦争に行って、天皇陛下のために死ぬ。女の子は銃後を守り、息子を兵士として育て、立派に戦死したら靖国の神になったと随喜の涙を流す。私の両親はこの“靖国精神”を植え付けられたど真ん中の世代。私の教育にも当然それは影響した」


終戦後、世は戦後民主主義に急転換。しかし国民の腹の中はまだ靖国精神で満たされている。この世代の多くの人は、この二重構造を背負っていたはずだ、と安冨は指摘する。自らは、そのような両親からのただならぬプレッシャーを全身に受けながら育ったと言う。


「口では『お前の好きにすればいい』と言いつつ、内面では『良い学校に行って、出世しろ!』という無言の強烈なアピール。家族はお父さんの役、お母さんの役、子供の役、とそれぞれが立場を演じているだけ。心の交流は無かった」

中学生のころ、本心では指揮者や作曲家になりたかったが、親には鼻で笑われた。ゴッホ展を見て画家になりたいと思った時には、もう口にすらしなかった。エリートになる道以外に選択肢はありえない。そんな無言の空気が安冨を苦しめた。


「あのね、『勉強しろ』って言葉で命令するのはまだ二流だよ。本当に支配的な親って言うのは、勉強しなさいって言わなくても子供が気配を察して自分で勉強しはじめるような無言のプレッシャーを与えてるの。最初から、親の価値観の枠組みから外れないようにガチガチに仕込んで、そこから外れることすら想像させないんだよ」


父は職場では子供や同僚のことを第一に考え、教育に粉骨砕身する人物ではあったが、家では母親の言いなりであり、安冨の味方ではなかった。

親の期待通りに登りつめたエリートの階段

安冨は親の期待を一身に受けて京都大学経済学部に進学。卒業後は住友銀行に就職し、バブルを発生させる業務に従事したが、優秀なはずの人々が命まで削って異常な活動に没頭する姿に耐えきれず、2年半で辞職した。


京都大学の修士課程に進み、人文科学研究所にて助手を務め、その後、名古屋大学を経て、東京大学の東洋文化研究所にいたるまで、順調に研究者としてのキャリアを築いてきた。そのころは、特に自身の性認識に疑問を持った事はなく、「男の大学教授」としての立場を全うすることに全力をかけていた。


一見、華々しいエリートコースだ。しかし、心の重圧は取れず、たびたびわき起こる自殺衝動や、持病の頭痛に悩み続けたという。


東大教授という、研究の世界では日本最高峰の立場を手に入れたにも関わらず、なぜ安冨の心は晴れず、自責の念に苦しみ続けたのだろう?


「エリートにありがちだけど、高い目標を掲げて全力で取り組み、それが達成できたら“やれやれ失敗せずに済んだ”とホッとすることの繰り返し。達成の瞬間にホッとしても、喜びは感じられない。かといって、挑戦することをやめると気が狂いそうになるので、やめられない」


耐えられないほどの焦燥感。それは、子供のころから両親の教育によって植え付けられたものだった。


どんなに登り続けてもゴールの見えない断崖絶壁を、一人、延々と登り続ける孤独と不安。そこから飛び降りるきっかけを探しながらも、安冨はずっと苦しんでいた。

”靖国の母”から植え付けられた呪縛

最初の“飛び降り”は、妻との離婚だった。


その頃の安冨は、前妻からの度重なる暴言に疲れ果てていたが、「モラル・ハラスメント」という言葉も無かった時代、黙ってそれに耐え続けていた。結婚生活がうまくいっていないこと自体に、自責の念を感じていたからだ。


堪え兼ねてついに離婚を考えたとき、立ちはだかったのは両親の猛烈な反対だった。苦しんでいる安冨を擁護するどころか、あちら側について、「良くても悪くても、とりあえず結婚生活は続けろ」の一点張り。


安冨は激しい自殺衝動に襲われた。その衝動の根源を考えたとき、ようやく気づいた。それは母親から無言のうちに送られてくる「離婚して私のメンツをまるつぶれにするくらいなら、自殺しろ」というメッセージだったのだ。


「今思えば、完璧な息子を産み育てたはずの“良妻賢母の鑑"としての立場が、息子の離婚によって失われる。そういう恐怖心からの反対だったのだろう」


自分の結婚が家族全員を苦しめている――安冨はがむしゃらに離婚した。そうしなければ、本当に自殺してしまうと思ったからだ。両親へは、弟を通じて絶縁を伝えた。すると自殺衝動も消え、持病も急に軽くなったという。


安冨を長い事苦しめていた、母から植え付けられた呪縛。それは立派な兵士を育てようとする精神の現れであった。


教師の資格を持つ安冨の母は、賢くよく働き、子供家族に献身する“良妻賢母”を体現するような女だった。しかし、母から自分に向けられる期待と強制は、彼にとっては呪縛でしかなかった。


「日本の”正しい母親像”は、戦中に作られたもの。『子どもを立派な兵士として育て、戦死したらニッコリする』って言うね。戦後はその精神が、経済活動に向けられて、”産業戦士”に変化したに過ぎない。


70年経ってもずっとその呪縛が日本人を縛っている。今でも大半の母親は、知らないうちに”靖国の母”を目指している。外側は民主主義だけど、内面はいまだに“靖国精神”。その二重構造が子供を苦しめる」


”靖国の母”に植え付けられた、男は苦しんで戦死してこそ一人前という、無意識のメッセージ。それが安冨を大人になっても苦しめていたのだ。

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気質は病気か

「MEDLEY」というサイトから転載。
個人的なメモだが、他の人にも役に立つかもしれない。
ただ、私は、こうしたものをすべて「病気扱い」することは良し悪しだと思っている。昔なら、ただの「気質」として、ちょっとした変わり者で済んでいたのが、病気や障害扱いされることで「健常者とはまったく違う存在」視されているように思う。
孤独を好む気質の人間、他人との関わりを煩わしく思う人間は昔からたくさんいたはずで、そういう人間がしばしば偉大な芸術を作ってきたりしたのではないか。
人間の「気質」まで統一するべきだという「見えない全体主義」が現在の社会の風潮の中にあるように思う。
なお、下の記事には説明が無いが、「スペクトラム」は多分「全域」の意味かと思う。ゼロゼロセブンの「スペクター」を想像させるが、あれは「幽霊」「化け物」の意味らしい。


(以下引用)



広汎性発達障害(自閉症スペクトラム障害)

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正常と自分で思っているのは実はキチガイ

「現代ビジネス」の対談記事の一部で、光岡氏は武道家、福森氏は福祉施設園長らしい。
非常に啓発的な内容で、あるいは世の中の96%を占める「定型発達」という障害(笑)を持っている人々を深く反省させ、この異常な社会が正常化する機縁になる話かもしれない。
なお、私は、自閉症と定型発達の両方に足を置く人間のようだ。私の目は右目が遠視(老眼?)左目が近視だが、それと似ている。なお、両方とも乱視だから、世の中がまともに見えていないのかもしれないが、案外、乱視だからこそいいのかもしれない。何が正常で何が異常なのか、分かったものではない。


(以下引用)

私たちは定型発達という障害を抱えている

福森 アメリカの自閉症協会のニューロティピカル(定型発達)に関する定義がとてもおもしろいのです。要は多数派を占める私たち健常者のことです。ちょっと資料を読みますね。


・ニューロティピカルは全面的な発達をし、おそらく出生した頃から存在する。


・非常に奇妙な方法で世界を見ます。時として自分の都合によって真実をゆがめて嘘をつきます。


・社会的地位と認知のために生涯争ったり、自分の欲のために他者を罠にかけたりします。


・テレビやコマーシャルなどを称賛し、流行を模倣します。


・特徴的なコミュニケーションスタイルを持ち、はっきり伝え合うより暗黙の了解でモノを言う傾向がある。しかし、それはしばしば伝達不良に終わります。


・ニューロティピカル症候群は社会的懸念へののめり込み、妄想や強迫観念に特徴付けられる、神経性生物学上の障害です。


・自閉症スペクトラムを持つ人と比較して、非常に高い発生率を持ち、悲劇的にも1万人に対して9624人と言われます。


光岡 実におもしろい。

 

福森 協会では、自閉症スペクトラムをニューロティピカルの対義語に当たる「エイティピカル」と呼んでいます。非定型発達を意味します。


エイティピカルは社会的コミュニケーションの障害があるといわれていて、どういう特徴があるかというと、


・自分が必要な時だけコミュニケーションをする。


・反復的で一方的、形式的で回りくどい。さらに些細なことでも柔軟に交渉できずこだわる。


・率直に本当のことを言いすぎる。嫌いな人に「お前は嫌いだ」という。


・自分だけが長々と話し続ける。断りなしに話題を変える。


・相手を不愉快にさせる言葉遣いをする(自分ではそう思っていない)。


・視線や表情、対人距離などの問題がある。近すぎたり離れたり。


・相手の言葉の意味を推論できない。言われた通りに解釈する。


・冗談や比喩、反対語の理解が困難。


光岡 「エイティピカル族」を包括して“アリ”にすれば世の中は今よりもノーマルになるかもしれませんよ。


福森 エイティピカル族は「お茶でもどうですか」と勧めて、相手に「結構です」と言われたら本当に出さない。僕らは「結構です」と言われても「まあまあ」といって出すわけです。


僕らは誰かが時計を見たら「そろそろ帰りましょうか」とか直接的ではないニュアンスの中でコミュニケーションをとる。それを侘び寂びと言ったら文化になるでしょうけれど。とどのつまりは何が正しいかわからない。両方あっていいはず。


光岡 個人の中を見ると、ニューロティピカルとエイティピカルのどちらもありますよね。


福森 そうです。しかしながら福祉業界はニューロティピカルに寄せたことを自立と呼んでいます。でも、よほど彼らの方が自立しているのです。人の賞賛を求めて自分のやることを変えたりしない。そもそも賞賛の意味がわからない。


僕らは人の賛同を求め、ブレまくっている。しかし、彼らはブレない。態度を変えない。彼らはすでに自立しているのなら、「自立支援」はいったい誰のためなんでしょう。



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「許すこと」を自分に許さないこと

「許す」というのはどういうことなのか、誰か哲学的に論じた人はいるのだろうか。自分に加えられた悪事を許したら、その悪事は「無かったこと」になるのか。その悪事に感じた怒りや悲しみは「無かったこと」になるのか。そのままどこかに消えてしまい、自分の人生の中のその一コマは「無かったこと」になるのか。本当にそれでいいのだろうか。

「寛容」は美徳であると誰もが疑わない。だが、寛容さによって悪は広がり、いつまでも続いていくのではないか。寛容とは美徳を偽装した悪徳である、という考え方もできるのではないだろうか。ユダヤ人がナチスの残党をどこまでも追いつめ続けた、あの執念こそが、日本人にも必要なのではないだろうか。

アベルを殺したカインの額には殺人の刻印が神によって押された。そのように、悪事を行った人間の額にはいつまでも消せない「(自分と被害者にだけ見える)見えない刻印」がある、と私は思う。



(以下引用)


            

わたしの元父が私に本格的に嫌われる最初の一歩が「私が3歳から13歳まで大事にしていた小物入れを、遊びに来ていた男友達の灰皿として提供した」なので、娘をお持ちの皆様お気をつけなさって。私は今年30になりますが元父のことは未だに許していません。


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富の独占という愚行

これも問題提起だけになるが、今、世界でもっとも必要とされているのは何だろうか。もちろん、不要な戦争やテロなどの被害を無くすことだろうが、それに次いでは、「幸福になる方法を教えること」ではないか、という気がする。つまり、人類が物質的問題から完全に開放(訂正:「解放」であった。手書きだとこういうミスはあまりしないのだが。)された、次の段階を考えておくべき時期に来ているのではないか。極端に言えば、誰もほとんど働かなくても、誰もほとんど飢えない、という時代は案外近づいているのではないか。
一部の人間による富の独占というのは、その人類史の最後の段階を前にした、最後の愚行なのではないか。TPPなどがそれである。誰がどう考えても愚行以外の何物でもない条約が、大真面目に論議され、国会を通過しかねない有様だ。だが、そうして愚行の限りを尽くして独占した富に、どれほどの価値があるのかと言えば、誰でも何の悪事もせずに手に入る程度の幸福にしか相当しないのではないか。多くの人の血を流させ、マスコミを利用して宣伝し、テロとの戦いなどと言っているが、それがユダ金による富の独占のためでしかないことは世界中が知っている。世界の政治機関は確かに、ほとんどユダ金の手中にあるが、そうして集めた富を、ユダ金自身が持て余しているではないか。何の役にも立たない富である。その富を多くの貧民に分け与えるだけで世界全体が幸福になるというのに。
言うまでもなく、ここでユダ金と言っているのは、必ずしもユダヤだけではない。世界の上位1%のことである。

なお、働くこと自体も、けっして幸福と相反するものではない。適度な労働は幸福でもある。特に肉体労働は、スポーツと同様の効能がある。頭脳労働のほうがストレスは多いだろう。だが、これもまた、科学者などは、考えることじたいが幸福であるはずだ。



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何となく学校に行き、何となく働き、何となく子供を生み……そこで問題が発生

前回記事と重複するが、こういう「出口なし」の問題が存在するのは「今の日本人の生き方」に根本的な方向間違いがあるのではないか、という気がするので、自分自身の宿題として意識するために記事を転載しておく。この記事へのコメントも、すべてただのぼやきや嘲笑だけで、根本的な解決策を示したり、真面目に考えているものはほとんど無いように思う。それだけ、この問題が「重篤化した難病」であるからではないか。
つまり、「なぜ子供を生むのか」「なぜ結婚するのか」「なぜ働くのか」「なぜ学校に行くのか」「なぜ生きるのか」「なぜ死なないのか」という「人生の根本問題」を考えることが実はこの問題の解決には必要なのではないか。そういう「哲学不在の時代」だからこそ、こういう「出口なし」の問題が生じてきたのではないか、ということだ。
まあ、言葉が大げさかもしれないが、では、誰が、どのようにこの問題を解決してみせるか、お手並み拝見、である。
私自身は、今はただ問題提起をするのみだ。



(以下引用)



コメント(15)


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1: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/04/11(月) 23:02:27.15 ID:4yXz+Dria.net

私立保育園「子供の声うるさい」開園断念 千葉・市川

千葉県市川市で4月に開園予定だった私立保育園が
「子供の声でうるさくなる」などの近隣住民の反対を受け、 
開園を断念していたことが分かった。
同市の待機児童は373人で全国市区町村で9番目に多い(昨年4月時点)。 
説明会に同席するなどして地域の理解を求めてきた市の担当者は
「(住民の反対で)開園が延期したケースは東京都内などであるそうだが、
断念は聞いたことがない。残念だ」と言う。



デモ反対



 
市によると、同県松戸市の社会福祉法人が3月、木造2階建ての園舎を完成させ、
4月1日に定員108人 (0~5歳児)で開園する計画だった。
予定地は市中心部に近い住宅街で、昨年8月に開園を伝える看板を
立てたところ、反対運動が始まったという。

住民側は市や社会福祉法人に対し、計画撤回の要望書を提出。
社会福祉法人による説明会も複数回開催されたが、
「子供の声が騒音になる」「保育園が面する道路は狭いので危険だ」
などの意見が強かったという。
市によると、 これまでも市内で他の保育園開園への反対はあったが、
防音対策を講じることなどで最終的に合意を得られて いたという。

社会福祉法人は3月下旬の理事会で断念を決定した。
理事長は「保育園は地域の皆さんから見守ってもらえ なければ成り立たない。
現状では無理だと判断した」と話している。【小林多美子】

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160411-00000094-mai-soci



44: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/04/11(月) 23:06:46.08 ID:FGemj5Zo0.net

そりゃ出生率も下がりますわ


2: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/04/11(月) 23:02:46.38 ID:4yXz+Dria.net

もう終わりやね日本
老人が自分のためだけに生きる社会になった


10: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/04/11(月) 23:04:10.65 ID:M0OmBUNU0.net

いやこれは正しいやろ
静かな住宅街に家買ったら後から保育園つくるンゴっていわれたら反対はされる
ゴミ集積所とかだってそうやろ


48: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/04/11(月) 23:07:17.81 ID:N5PGKxUYa.net

>>10
ごみはわかるけどね
子供の声くらいがまんしようや


17: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/04/11(月) 23:04:53.05 ID:4yXz+Dria.net

>>10
昼間から住宅にいるって老人だけやん


859: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/04/11(月) 23:46:04.66 ID:r7IHEfh90.net

ワイは日勤だからええけど夜勤の人が帰ってきて
寝ようと思っても子供がうるさくて寝れなかったら気が狂うやろな


22: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/04/11(月) 23:05:13.52 ID:M0OmBUNU0.net

ちなみに煩いだけでなくママチャリとかバンバン走って老人との接触事故とかもおきてるからな


70: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/04/11(月) 23:09:01.75 ID:6LHXc9WF0.net

>>22
うちの近所の保育園も車道にママチャリ停めて喋ってるからな、
受け入れて欲しいならルールは守るべきだわ


23: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/04/11(月) 23:05:20.17 ID:m92p5Rxm0.net

実際隣に立ってるとうるさいぞ
金で解決しかない


49: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/04/11(月) 23:07:27.20 ID:sReo06fY0.net

高齢化社会とかいう地獄絵図


85: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/04/11(月) 23:10:05.81 ID:Wg0E0y/Sd.net

少子化のせいで子供がうるさいっていう当たり前のことすら忘れてしまったのか…


96: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/04/11(月) 23:10:45.30 ID:W4DN5SF4a.net

ガキは自分の昔の姿で、ジジババは自分の未来の姿なんやで
迫害したらあかん


105: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/04/11(月) 23:11:10.60 ID:mN/RPizh0.net

>>96
来た道行く道


97: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/04/11(月) 23:10:47.43 ID:Ov8fQ6NTd.net

こんなんじゃ待機児童減るわけないじゃん(嘲笑)


98: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/04/11(月) 23:10:48.35 ID:mN/RPizh0.net

幼稚園の真正面に家あるけどBGM代わりにええわ
昼寝するなら耳栓あるし


130: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/04/11(月) 23:13:06.68 ID:MEXGrfLf0.net

いや不味いのは道路に面してるってところなのでは


161: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/04/11(月) 23:15:03.89 ID:ksg9AWmbp.net

騒音はどうかと思うが狭い道路近いのはあかんな
事故ったらシャレにならん


177: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/04/11(月) 23:16:01.36 ID:zu3AY/ZB0.net

自分の子供出来たら幼稚園足りない保育園足りないとか騒ぐくせに勝手やなあ


191: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/04/11(月) 23:16:35.70 ID:xrLMks2Wr.net

>>177
どっちかっていうと縁のない方々やろ


198: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/04/11(月) 23:16:54.43 ID:zu3AY/ZB0.net

>>191
なんか納得したわ


269: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/04/11(月) 23:20:23.04 ID:So5zCGAQa.net

>>177
俺らみたいなそういうのとは無関係なやつや既に育てた老害やろ


200: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/04/11(月) 23:17:04.77 ID:PM1tlAHp0.net

実際騒音の問題って冗談じゃ済まんやろ


207: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/04/11(月) 23:17:32.21 ID:k7zXJRAxp.net

実際ガキの金切声ってガチで不快で迷惑やろ
店ん中で一人二人叫んでるだけでも煩いのにあれが近所に大量に沸くと思ったら
反対する気持ち分かるわ


211: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/04/11(月) 23:17:47.12 ID:pluq0WDm0.net

うるさいとは思うが何も言わないのが多いやろ


213: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/04/11(月) 23:17:47.70 ID:O6JNVXGk0.net

何年か前にすぐ近くに保育園出来たけど特に何も感じないわ
ちびっ子に挨拶されて嬉しくなったわ


257: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/04/11(月) 23:19:49.49 ID:FVmCX2IE0.net

>>213
???「怪しい大人には挨拶しましょう」


216: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/04/11(月) 23:17:57.02 ID:fhM7d5b+0.net

子供二人おるけどうるさいもんはうるさいわ
自分の子供やなかったら尚更や


260: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/04/11(月) 23:19:59.56 ID:lfm5cV+L0.net

>>216
しかも自分の子供は成長するけど、保育園や幼稚園の子供は
何年経っても子供やからなあ…


226: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/04/11(月) 23:18:23.21 ID:Bjq73AgYK.net

老人「子ども消えろ」
若者「老害消えろ」

結局は現代人が他人を嫌いになりすぎた


240: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/04/11(月) 23:19:07.03 ID:8IHcFSCd0.net

うるさいもんはうるさいやろうしなにより道路状況悪いのはアカンわ
後最低でも十分なスペースの駐車場敷地内に作らんと
路駐して井戸端会議始めだす保護者がくっそウザいで


265: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/04/11(月) 23:20:13.25 ID:XAqlZWIW0.net

こういう話聞くたび古い町は潰して高層マンション建てまくるのが正義な気がしてくる


282: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/04/11(月) 23:20:43.16 ID:HI/SDMLW0.net

近所のボスが反対しおたら近所づきあいで反対しないと生きていけないような土地なんだろうと


308: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/04/11(月) 23:22:19.29 ID:f7qyPSwm0.net

実際に学校と隣接してるマンションとか安いんやで
自分の資産の価値が下がるんやで


380: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/04/11(月) 23:25:13.41 ID:g14aNY290.net

難しい問題やな
都市部の方は無理矢理建てるしかないと思う


421: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/04/11(月) 23:27:26.91 ID:xNPCuXoF0.net

もう好きにしたらええねん
子供育てられない地域と思われて姥捨山みたいな町になれば静かな暮らしが手に入るんやから


501: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/04/11(月) 23:30:40.37 ID:vcNb2z440.net

余裕なさすぎやろ
子供の声うるさいって日中ほとんどの人間仕事いっとるやろ


553: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/04/11(月) 23:32:09.01 ID:PSyZz0LQ0.net

子供の声で発狂するなら、子育てしてる親や園の先生はさぞ発狂しまくってるんやろなぁ…
そら少子化で保育士不足になりますわ


630: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/04/11(月) 23:34:45.64 ID:eVgv+IKU0.net

反対派の奴らは子どものころ静かな子やったんか?ひきこもりやったんか?


639: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/04/11(月) 23:35:04.90 ID:W4DN5SF4a.net

公共の福祉の前では人権はある程度制限されるんやで


465: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/04/11(月) 23:29:27.96 ID:oRaytbyda.net

保育園とか地下に作りまくれよ
保育園帝国や


528: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/04/11(月) 23:31:21.51 ID:eVgv+IKU0.net

>>465
陽にあたらんとだめやで
地下に行くのは老害のほうや


688: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/04/11(月) 23:37:18.58 ID:RUel7ySv0.net

結局、東京になんでもかんでも集中しすぎなのが問題なんだよなw

地方の法人税を下げて企業を東京から飛ばすだけでだいぶ住みやすくなるのに


735: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/04/11(月) 23:39:36.31 ID:4yXz+Dria.net

>>688
東京とかは意外にこういうところしっかりしてるやろ
千葉とか埼玉とか無秩序都市にこういう問題が多い


785: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/04/11(月) 23:42:04.03 ID:AcywqSAi0.net

高速道路の側にある住宅なんかやと防音助成の制度あるし
ほんとに騒音が問題ならそういうのでなんとかならんのかね
道路が狭くて危険なのは警備員置くとか時間帯進入禁止の措置とかどうにかできそうやけど


792: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/04/11(月) 23:42:16.49 ID:ZpLmzMuw0.net

そんなん通用しないんだよなぁ
保育園がある意味、そこにある理由を理解してないからそんなん言えるんでしょ


932: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/04/11(月) 23:50:08.00 ID:Yom2p2Cd0.net

老人の癖に耳良すぎやろ


106: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/04/11(月) 23:11:20.18 ID:HqfXqsnM0.net

保育園落ちたの私だ
はなんとコメントするのか


121: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/04/11(月) 23:12:30.89 ID:6vmlYKDT0.net

つい最近まであれだけ保育園問題政治責任にしといてすぐにこれかいな


980: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/04/11(月) 23:52:56.88 ID:M0OmBUNU0.net

我慢できるやつはおる
でもそれは強要すべきではないし反対が多かった以上そういうことや


121: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2016/04/11(月) 23:12:30.89 ID:6vmlYKDT0.net

つい最近まであれだけ保育園問題政治責任にしといて
すぐにこれかいな


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