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日本の政治の実態

15年ほど前に書いた文章だが、日本の政治の実態をかなり分かりやすく書いていると思うので、ここに載せておく。





#92  分割して統治せよ


 


「分割して統治せよ」とは、ローマ帝国の植民地支配の秘訣だった考え方だが、これは帝王学のアルファであり、オメガだろう。まさしくローマは支配のエキスパートだったから、あれほど続いた帝国を作り上げることができたのだろう。そして、その考え方は現在の「見えない植民地」の支配にも生かされている。たとえば日本の場合、第二次大戦後にアメリカによって支配されたが、表向きは日本が独立した後もアメリカの支配は続いている。その手法は、まずCIAを通じた資金援助で自民党が作られ、その一方では革新政党にも援助を行なうことで不断の政治的対立を作り出すというものである。もちろん、常に保守勢力がやや優位になるように調整されているが、少なくともこれで表向きは民主政治が行なわれているという形にはなっているわけだ。完全にアメリカの支配を受けているグループが自民党だけでは弱いので、野党の一部に第二与党となる「中道勢力」を作って、さらに分割する。もちろん、あらゆる政治家のスキャンダルはCIAの手に握られているから、アメリカからの指示に本気で反対できる人間は政治家の中には存在しない。


このように見たときに初めて、なぜ日本の政治家が、日本の国益に反してまでもアメリカにとって有利なようにしか行動しないのかが分かる。つまり、日本はとっくに滅びた国なのである。現在の日本は、アメリカの植民地なのであり、それが目に見えないだけの話なのだ。……という仮説はどうでしょうか。え、常識でしたか?


 






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徽宗皇帝親任による新内閣布告

菅総理の退陣が確定して、次期総理の話がかまびすしいが、現在出ている総理候補はどれも総理の器ではない。
もちろん、小沢一郎がベストだし、小沢が駄目なら森ゆう子という手もある。あるいは田中真紀子なども、米国の支配に敢然と立ち向かえる人材だろう。
これまでろくな政策構想も持たず、日本の政治と日本の未来のために戦ったこともないくせに、総理になりたがっているだけの樽床とか鹿野とか、小沢鋭仁とか、野田とか、海江田とか、あるいは米国の御用聞きの前原などが、なぜ総理候補として名前があがるのかと言えば、もちろん、それが米国の意思だからだ。そういった連中を総理にしたら、日本にとっては菅総理以上の災厄だろう。

そこで、現在の民主党、あるいは政権与党の人材の中から、仮に小沢政権が誕生した場合の閣僚を選んでみた。べつに彼らについて調べたことはないから、ほとんど直感だ。
この中の、たとえば蓮舫など、悪評だらけだが、その悪評の大半は弁のたつ才女・美人への嫉妬や反感がほとんどだろう。だが、事業仕分けは彼女の一存でやったことではない。無駄な政府事業をカットするのは菅内閣の方針だったのであり、彼女がそれを熱心にやりすぎたからといって非難されるのはおかしいだろう。それが間違っていたなら枝野も同罪なのである。人格はともかく、彼女が才能のある人間であることは確かだろう。
また、松本龍は、あの傲岸不遜な知事会見放映のせいで最低の政治家と見做されたが、あれは外資による松本潰しの策略に引っ掛かったのであり、実際には有能な政治家だという評判も聞く。米国によるTPP日本収奪作戦と戦うためには、あれくらい強面の政治家がいいだろう。もっとも、他に適当な人材がいれば、松本ドラゴンにこだわるまでもない。
そういう意味では枝野も使える政治家なので引き続き官房長官にしてみたが、松下政経塾出身者は売国奴集団であり、内閣に入れないほうが安全かもしれない。まあ、おしゃべり(政府広報)だけなら沖縄選挙区出身の玉城デニーもタレント上がりだから、使えるはずだ。なあに、レーガン大統領の例を見れば分かるように、しゃべるだけなら、政治家とタレントは、脚本家次第である。レーガンやブッシュジュニアなど、ただの操り人形にすぎなかったことは誰でも知っているだろう。
福田衣里子など、まったくの新人だが、森ゆう子と同様に、女性らしい健全な人生観・生命観・正義感がある人間であるなら新人が大臣になってもかまわないだろう。もちろん、彼女を選んだのは、何と言っても「顔が可愛い」からだが、経歴も筋が通っている。
防衛大臣を横路孝弘にしたのは、もちろん旧社会党の持つ「憲法第九条尊重精神」を期待してだ。
その他は説明を省く。中には、ボディビルをやっていて筋肉自慢の馬淵澄夫なら、国土建設という土方仕事向きだという冗談からの選出もあるが、彼は実際、「耐震偽装証明問題」でよく働いた実績もある。まあ、総理よりは大臣クラスの人物だろう。
最後になったが、総務大臣は電波関係を扱う担当大臣でもあるので、森ゆう子には、ぜひ電波利権にメスを入れ、日本のマスコミの腐敗を徹底的にあぶり出してほしい。小沢問題でほとんど単身で戦ってきた彼女なら、それができる。そして、小沢の次は亀井か森ゆう子総理である。

小沢一郎が現在訴追されていて総理になれないというなら、亀井静香総理が現在のベストの選択だろう。もちろん、それも常識では不可能だろうが、いやいや、世の中、何がどうなるかは分からないよ。何でこんなのが総理になれたの、という例は自民党時代にゴマンとある。いや、自民党だけでなく、細川にしても村山にしても、偶然が偶然を呼んでマグレで総理になったようなものだ。


念のために付記しておくが、大臣名は不正確な略し方をしている。正式名称を書くと長くなるし、正しい略し方はよくわからないからである。財務大臣など、昔は大蔵大臣でよかったのだが、大蔵省は、現在は財務省と財政省とに分かれているかと思う。
もう一つ補足すれば、鈴木宗男が官僚内部の反ロシア勢力の陰謀で現在、監獄に入っていなければ、彼は何かのポストにつけるべき人間である。それだけの骨のある人物だ。


小沢(亀井)内閣試案

総理大臣:小沢一郎(亀井静香)
副総理大臣:亀井静香
官房長官:枝野幸男(玉城デニー)
総務大臣:森ゆう子
財務大臣:鳩山由紀夫
経済産業大臣:田中康夫
法務大臣:川内博史
防衛大臣:横路孝弘
文部科学大臣:福田衣理子
厚生労働大臣:長妻昭
国土交通大臣:馬淵澄夫
環境大臣:蓮舫
農林水産大臣:松本龍


まあ、私は皇帝を僭称しているので、彼らを任命する資格もあるわけだ。任命式は日本の「敗戦記念日」の8月15日でどうだろうか。
ついでと言っては何だが、次期総理に関して「毎日崖っぷち」ブログに、崖っぷち社長とスロウ忍氏とのやり取りがあったので、それも掲載しておく。


(以下引用)


ところで、この件に関連して、スロウ忍どのからコメント入ってたので、ちょっとその話を。

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毎度!

またまた紹介ありがとう。

さて、ポスト菅についてだが、小沢一郎はあの通りだし、亀井静香や田中康夫が就くことも当然ないわけで、国民はまともな選択肢がゼロという絶望的な状況である。

石を投げればアメポチ松下政経塾か民主党のフリをした自民シンパ(大連立を掲げている馬鹿幹事長筆頭に)のマニフェストクラッシャーしかいないわけだ。

だから、消去法的に菅継続しかないだろう、、、そう俺は思っていたわけだ。
それに、デフレ政策をやっているのも菅本人というよりも、内閣に何故か入り込んでるデフレ妖怪とか自民シンパだからね。ちがうかな。もちろん、首相としての責任は当然あるわけだが。

まぁ菅が退陣する状況で盛り上がってるマスゴミを見ていると、絶望という文字しか浮かんでこないのだ。

民度に合った政治家が選ばれるというけど、本当にそうかなぁと最近思い始めた。政治家を選んでいるのはマスゴミだろう、と。おっと、其れも民度の表れか。

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言ってることメチャクチャよくわかるよ(笑)。

ていうか、スロウ忍どのもおいらも、基本的には同じこと言ってんだよね。
マスコミから聞こえてくる総理候補って、ほんとに新自由主義系のとか、増税路線のとか、原発大好き系とか、TPP大賛成とか、ほんとにろくでもないのばっかりなんだよね。

そいつらが政権を取ることを考えたら、そりゃまあ菅直人のほうがはるかにマシってことになるのは間違いない。
でも、なんというか、そんな不幸な選択をしなきゃならんというか、スロウ忍どのほどの人が菅直人なんぞを肯定しなきゃならんような政治情勢って、ほんとになんか辛いよね。

この間のいろんな騒動を見てきて思うわけだが、ほんと、表でも裏でも構わんので、小沢一郎に頑張ってもらうしかないってことだな。

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私の家の裏庭以外なら設置していいよ

「長周新聞」より転載。
この前の部分には原発事故避難者の生活を伝えた部分があるが、割愛した。

下記記事にある「原発は麻薬である」という言葉は切実だ。
こうした「NIMBY (not in my backyard)」と呼ばれる存在(迷惑施設)は、それを引き受けさせるために地元に巨額の金が投下されるため、それを見込んで誘致する地方自治体やその関係者が後を断たない。普天間基地移設問題でも、辺野古がだめならうちにどうかという村(地区)もある。もちろん、そういう連中は地元全員の合意を得ているわけではない。
そして、下記記事にあるように、迷惑施設推進のための金は、基本的に箱モノにしか使えないから、地元建設業者はその設置を切望するわけである。だが、だいたいの場合はその仕事も大手建設企業が請負い、地元には金の一部しか渡らない。しかも、箱モノの維持費など出ないから、その箱モノは不良資産となり、維持費に毎年無駄な金が出て行く。
こうして、国から投下された金で潤うのも一時的なものとして終わり、後は迷惑施設が文字通り迷惑な存在として残るだけである。金を得た連中はまだいいが、その他の住民は迷惑しか受けない。そして、今回の原発事故のようなことが起こると、地元住民全員が「お前たちのせいで日本全体が迷惑している」と言わんばかりの扱いを受けることになる。
だからこそ「原発を作るなら東京に作れ」「米軍基地が必要なら、それが一番に守るべき東京の側に置け」と言うのである。
これはもちろん東京の住民自体の責任ではないが、そういう意識は持っていてほしいと思う。
ついでに言えば、私はよく冗談で、「米軍に日本を守ってもらってばかりでは申し訳ないから、米国を守るためにワシントンに自衛隊基地を作らせてもらったらどうか」と提案している。まあ、日米安保条約が双務的なものだとすれば、そうあって当然だろう。国内に他国の軍隊が常駐している気分をぜひ米国にも味わってもらいたい。


(以下引用)

双葉町の住民たちに上関原発計画のことや山口県にとっても今回の事故が決して他人事ではないことを伝えると、「俺たちみたいになるぞ。止めるべきだ」「原発は麻薬だ。40年の夢が覚めたら、家も生活もすべて失ってしまった。叩き出されてからでは遅い。こんなことは二度と繰り返してはいけない」と親身になって語っていた。

 箱物ばかりで地元経済疲弊 潤わなかった立地町

 立地にいたるまでの経緯を老人たちに聞くと、原発ができた場所は、戦中は旧陸軍が所有する飛行場だった。戦後になって、西武グループのドンとして鳴らし、自民党大物代議士でもあった堤康次郎の関係企業に払い下げされ、塩田として開発したもののうまくいかず、もてあましていた土地だった。敷地面積の3分の1をまとまった形で企業が所有していたため、用地交渉はすんなりと進み、昭和38~39年という短期間で終わったこと、一般の地権者300人弱のなかには開拓農民が多く含まれ、その用地交渉は福島県当局や誘致に熱を上げていた町役場が、東電になりかわって進めたことを、当時の経緯を交えながら話していた。
 「浜通は昔から住む人が少なかった。産業といえば農業しかなく、水田のほかに蚕を育てて糸を紡いだり、酪農を細細とやっていた。大熊町や双葉町の辺は“海のチベット”と呼ばれるほどで、男たちはみな東京方面に出稼ぎに行って、家族が揃うのは盆正月くらいだった。そんな過疎の町にハイテク産業の誘致が持ち上がってわいたんだ…。世界に誇れるハイテク産業を支えているというのが町民の誇りだった」と80代の男性住民は振り返っていた。
 ところが双葉町、大熊町の同じ原発立地町でも原発財源には差があった。原発のおかげで町財政は潤沢だったかというと、潤ったのは電源三法交付金が入る建設段階と、その後、運転開始にともなって固定資産税が入り始めた時期だけで、減価償却が進むとその額も減って首が回らなくなっていた。
 とくに双葉町は2009年に「早期健全団体」に指定され、町長は無報酬になるなど厳しい状況を過ごしてきた。町民税や保険料を滞納すると町からの取り立てが厳しくなり、町民が楽しみにしていた盆踊り大会もやらなくなった。かつて農業を生業にしていた歴史から伝統の神楽も部落ごとに7種類あったが、そのお披露目も町からの補助金が10万円から5万円に下がるなどし、財政悪化の影響で参加団体が減少するなどの事態にもなっていた。そして7、8号機の増設を要望する事態になっていた。
 騎西高校に避難していた男性住民たちは「麻薬中毒といっしょだ」「にわか成金みたいなもんだ」と口口に語っていた。温泉施設ができ、歴史資料館ができ、草野球場までできた。電源三法交付金はデラックスな箱物に使途が限定されていたため、次次と建物が建ったが、維持コストがかさむようになり、固定資産税が減ってくると逆に首を絞める存在になっていた。「草野球場をつくったはいいが、利用する者はほとんどいなかった。いい夢を見させてもらったが、はかないものだった」といった。
 近年では東京電力のコスト削減策が徹底され、設備投資も切り詰められていた。定期点検の期間も短縮され、そのことによって地元企業の生活の糧が失われ、原発の下請や孫請で生計を成り立たせていた企業や従業員たちのなかで反発が強まっていた。物品調達も地元商店を飛ばして町外からするようになり、大熊町には大型店が出店して地元経済が寂れるなどの事態にもなっていた。
 住民の1人は、「原発の孫請が増えたけれど、社長本人が現場で働かなければもうけにつながらないほど余裕はなかった。原発の仕事は7次下請や8次下請はザラで、上部のもうける連中だけはピンハネしてもうかる構造だった。地元から東電に採用されるのは町議や県議の息子や娘たちばかりで、優秀な子が振るい落とされたりして随分話題になったときもあった。コネのある人間だけ地方採用の形で雇われていた。初めの頃は、原発構内でドライバーを持って一日中ウロウロしていただけで日当をもらえた時期もあった。交付金にせよ、すべてが麻薬だったんだ。上関の人たちに伝えて欲しい。私たちのような目に二度とあわせたくないから、原発に町の運命を委ねるべきじゃない。運命共同体で飲み込まれて何もかも失うんだ」と真剣な表情で語っていた。

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死ぬのが他人なら、戦争も楽しいだろう

「阿修羅」経由で岡留安則のブログから転載。言うまでもなく、岡留氏は反骨の雑誌「噂の真相」の発刊者だった傑物だ。現在は沖縄に在住している。
「異例の日」じゃない、「違令の日」でもない、「慰霊の日」は沖縄戦が終わった日、ということになっている。詳しく言えば、沖縄における組織的戦闘が終わった日である。「日本軍がいたために」、日本軍の総司令官が自決するまでは沖縄は戦闘被害に遭い続けたわけである。
この日は沖縄の小中高校は休みになり、12時には黙祷などもする。
第二次大戦の経験から沖縄の人間は「軍隊は住民を守らない」ということを骨身に沁みて知っている。むしろ「軍隊がいるからこそ、民衆が被害に遭う」とも知っている。沖縄の反・米軍基地感情の土台にはその気持ちがあるのである。
戦争で被害を受けなかった人間ほど、愛国心を言い、軍備増強を言い、国のために命を捨てろと言う。
今の日本のエスタブリッシュメントは、ほとんどがそういう「戦争に行かなかった卑怯者の子や孫」なのである。


(以下引用)


http://okadome.cocolog-nifty.com/blog/



【沖縄の敗戦記念日「慰霊の日」、県民のホンネは菅に爆弾一つも投げつけてやりたい気分!( 岡留安則 「東京ー沖縄ーアジア」幻視行日記 】


2011.06.24

■6月某日 沖縄戦の組織的敗戦日は6月23日の「慰霊の日」。沖縄戦の総指揮をとった牛島司令官が自決した日である。糸満市摩文仁の平和記念公園にある「平和の礎」には24万1132人の戦争犠牲者の名前が刻まれている。この平和記念公園だけではなく、糸満市米須にある「魂魄の塔」など、県内各地の慰霊碑には全国各地から遺族が駆けつける。

 「一定のメド」発言で開き直り、70日の国会延期を勝ち取った菅総理も、昨年に続いて参列。今年も「沖縄の負担軽減と危険性の除去」などと書かれたペーパーを棒読みしていたが、沖縄で菅氏に基地負担軽減で期待を寄せている県民は皆無だろう。せめて、日帰りではなく一泊して、沖縄の関係者とひざ詰め談判し、普天間問題を語り会ったらどうか。空港で知事と無言のうちに沖縄そばを食っただけらしいが、そんな儀礼的な追悼などいらないよ。沖縄県民のホンネは菅に爆弾一つも投げつけてやりたい気分だったのではないか。

 というのも、この慰霊の日の前日にワシントンで開かれた2+2では,普天間の移設先として辺野古V字が決定された。クリントン国務長官、ゲーツ国防長官、北沢防衛大臣、松本外務大臣の4人組の談合だ。2014年までの建設着工の期限は延期されたものの、あくまでも沖縄県民の意志を無視して強行するつもりなのだ。

 米国型の民主主義ならば、地元に歓迎されないところに基地はつくらないというポリシーを投げ捨てたやり口に沖縄県民は怒り心頭だ。クリントンは日本と交わしたグアム協定の当事者だが、ゲーツ国防長官の後任が内定しているCIA長官で次期国防長官バネッタ氏がグアム移転じたいの根本的見直しを要請しており、辺野古移設そのものにも疑問を投げかけている。

 何も知らない松本「バカ」外務大臣はともかく、極悪は北沢防衛大臣だ。鳩山前総理の時代から、総理の県外・国外移設案を完全無視して沖縄県内移設に独断一直線。完全に防衛・外務官僚の言いなりになっている亡国大臣である。チビッコのくせにでかい顔をして、沖縄県民の意志を完全無視しているこの人物には反吐が出る思いだ。一体、何様だ。管総理もホンのひとかけらの良心があれば、予想される復興大臣を含む小幅内閣改造で、北沢を更迭せよ!でないと、普天間問題は一歩も進まないよ。後任は川内博史で十分勤まるはずだ。

 2006年の日米再編が決められた時代に比べれば、米国の軍事予算は危機状況に瀕しており、アフガンから3万人の兵隊の撤退も決まっており、海外に米軍基地を置くこと自体に米国民や上院議会で疑問の声が出ているのだ。

 そうした、米国側の事情を無視して、このままでは日米関係にひびが入るなどとほざくワシントン支局の日本人記者連中は、頭がおかしいか、洗脳されたのか、どっちにしても亡国官僚と二人三脚の亡国ジャーナリストに過ぎないことは明らかだ。米国議会内には既得権益死守の2+2の安保マフィアの独走に眉をひそめている議員たちも多いことをきちんと報道すべきである。

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ヒトラーの未来予言

井口和基博士のブログから転載。
いやはや、世界はすべてヒトラーの予言通りになっているな。
まあ、ヒトラー自身がユダヤ人でありながら、ユダヤ民族を絶滅させようとしたという謎が存在するのだが、一説によるとこれは「招命」であったようだ。つまり、ある高次の存在が彼にその使命を与えたようだ。25歳くらいの時に、彼は全人格が変わり、未来予知ができるようになったと言う。こうなると、話がオカルトで、聞くのもイヤ、という人もいるだろう。
ユダヤによる世界支配は、ユダヤという言葉を「ユダヤ系国際金融資本」と言えば、まさしく実現しかかっている。ヒトラー自身がその手下であった可能性も高いので、ヒトラーをどう位置づけるかというのは、現代世界史の大きな問題である。
何はともあれ、ヒトラーによる未来予測は、それがもし本当に語られたことならば、ものすごい的中率である。これが彼自身の力ではなく、彼に憑依した存在の力ならば、こういうのは「預言」、つまり「神から預かった言葉」であり、彼はキリスト教の「預言者」と同列になる。


(以下引用)


予言者ヒトラーの「ヒトラーの法則」と「ヒトラーの山荘予言」:すべて実現(つづき)

そして、いよいよその筋では非常に有名らしい「ヒトラーの山荘予言」の話につながる。この「山荘予言」は例のヘキサゴン・インリのサイトの詳しいので、ここでは「1999年以後」の「今もあてはまるヒトラーの法則」というセクションにある「ヒトラーの悪魔の法則」というものをまずメモしておこう。

これは俗に「ウソは大きいほどいい」とか、「小さなウソならばれるが、大きなウソならばれない」とかいう言葉で知られたヒトラーの言葉のもっとも核心部分であったらしい。選挙で勝つにはどうするか?大衆を動かすにはどうすれば良いか?というようなことに対する、ヒトラーの考え方である。

ヒトラーは次のようなことを述べたという。


どうだ、わたしの言ったとおりだろう。選挙の極意とはこういうものだ。つまり大衆は限りなく愚かだ。大衆は女のように感情だけで動く。だから女をモノにするときのように、優しくしたり威圧したりすれば、大衆も政権も簡単にモノにできるのだ。

青少年も同様に愚かだ。彼らには車とオートバイと美しいスターと、音楽と流行と競争だけを与えてやればいいのだ。
 それでシャンペンの空気を抜くように、かれらの頭から”考える力”を抜き取る。あとは車とスターと流行と音楽の力を借りて、ワッとけしかければ、彼らは武器を抱いて地獄の底へでも突っ込んで行くよ。

そのためにも、大衆や青少年には、真に必要なことを何も教えるな。必要がないバカのようなことだけを毎日毎日教えろ。それで競争させろ。笑わせろ。ものを考えられなくさせろ。真に必要なことは、大衆と青少年を操るものだけが知っていればいい。

そしてあとは、”国家のため!”と何千回も呼びかけて、戦わせ殺し合わせるのだ。1人の人間を殺せば殺人犯だが、戦争で100万人を1度に殺せば、その男は必ず国家から最高の勲章をもらえるぞ。

このヒトラーの政策上の言葉が「ヒトラーの法則」あるいは「ヒトラー地獄の法則」と呼ばれたようである。

いやはや、この「ヒトラーの法則」は、今まさに世界中の国々、それも先進国で行われていることである。「どうでもいい、バカなこと」に「アニメ」や「映画」や「CG」や「マンガ」や「カラオケ」などが加わっただけのことである。

日本の在日電通、アメリカのハリウッド、こういう場所でやっていることがすべて「ヒトラーの法則」である。

はたしてこのアイデアもまた「あいつ」が教えたのだろうか? あるいは、ヒトラーを裏からコントロールさせたというイギリスのロスチャイルドの手による一種のマインドコントロールのせいなのだろうか?

おそらく、これについては、後者だろうと私は見ている。これはユダヤ人の「シオン議定書」とか「ロスチャイルドの行動計画プロトコル」とか、ジョン・コールマン博士の見つけたユダヤ人の「人類牧場化計画」とか、そういった数々のものにある基本的な考え方と同一だからである。ヒトラー自身がロスチャイルドの子孫だったという説もあるほどだから、特に驚くことはないだろう。

しかしながら、日本では、小泉純一郎時代になって、あからさまに「ヒトラーの法則」と同じような方法で選挙戦略を練ってきたのだからこれには恐れ入る。いわゆる「B層戦略」というものである。民主党の鳩山/小沢政権、そして今の菅直人政権もまったく同様である。そしてアメリカの「3S戦略」も同じである。「セックス、スクリーン、スポーツ」だけを国民に与えて、アメリカ人を馬鹿者の豚野郎にしてしまったというユダヤ戦略である。

こういう「ヒトラーの法則」に基づいた戦略の結果、ヒトラーのネオナチが政権を取った。そして、ことある度にオーベルザルツベルグの洞窟式の山荘に籠り、そこでナチの上層部の将校たちに話したとされるのが「ヒトラーの山荘予言」というものであるらしい。以下のようなものである。

■■■第4章:「ヒトラーの山荘予言」


山荘予言1 わたしの男根のような兵器が地球を燃やす
近い将来、男の性器そっくりの兵器ができるだろう。私(ヒトラー)の勃起した男根を、何百倍にも大型化して小さな翼をつけたようなものだ。それが将来の戦争と世界を支配する。さしあたっては、それが飛んで行ってイギリスを焼き尽くす。いずれはペルシャ湾にもインド洋でも飛ぶだろう。愉快なことだ。私の勃起した男根が地球を燃やすことになるのだからな。




山荘予言2 すべての機械は生物そっくりになる
私はまた、機械全体の未来もわかる。男根兵器がひとつの例だが、未来の機械はすべて生物か生物の部分と酷似してくるのだ。人間も含めた生物の部分の機能を、機械が代わって果たすようになる。単純な労働はそういう機械がやるようになる。人間の脳そっくりの機能を持つ機械も現われて、人間のほうがその機械にものを訊ねるようになるだろう。




山荘予言3 カブトムシが動脈の上を走る
そしてカブト虫。やがて赤や青や黒や白の、輝くカブト虫が動脈の上を走るようになる。世界中が、我々のカブト虫と白い動脈でいっぱいになる日が来る。




山荘予言4 月探検のとき、人間に何らかの破局が…
そのあと、月から戻って来る者もいる。しかし戻って来ても、その者は、ここがそれ以前のドイツかどうか気づかない。




山荘予言5 日本の火薬でカリフォルニアが吹っ飛ぶ
もっと差し迫った現実の見通しも言おう。我々ナチスはまもなく第二次世界大戦に突入する。世界を相手に戦う。しかし我々に味方する国も現われる。それは日本だ。日本の戦力は諸君が思っているよりずっと強い。日本は太平洋とアジアから、アメリカとイギリスの勢力を追い払う。見ていたまえ。『カリフォルニア』も『ネバダ』も『ウエールズの王子』も、日本の火薬で地獄へ吹っ飛ぶぞ。


山荘予言6 ユダヤの兵器が日本を滅ぼす
しかしその報復として、米英を背後で操るユダヤが、日本を絶滅させる恐れがある。ユダヤの天才的な科学者たちが、炎の絶滅兵器を開発するからだ。彼らはそれをアメリカ軍に与え、日本に対して使わせる。日本の都市3つがこれで火星のような廃嘘になる。そうさせる最初の契機に、イギリスが深いかかわりを持つ。また決定段階ではユダヤの『真実の男』が、より深いかかわりを持つようになるだろう。


山荘予言7 ゴルバチョフは火星から地球を支配する?
それでも、我々ナチスは日本と協力して、ソ連とも戦う。それが第二次世界大戦の最大の山の1つになり、我々はおそらく勝てるはずだ。だが、もしソ連とアメリカが──相反するはずの民主主義と共産主義が手を組んだら、我々が敗れる恐れもある。そのときはソ連とアメリカが、激しく競り合いながら、その後の世界の覇権を分け合うことになろう。そうなれば、それにふさわしい強力な指導者をソ連は持つようになる。それは、レーニンより強く、スターリンより賢明な指導者だ。彼は共産主義と民主主義を結合し、マルスの座から世界を支配するだろう。彼は額に『赤いしるし』を持つ男だ。




その他にも未来社会を予見したという山荘予言があるようである。例えば、以下のもの。

わがナチスは、一兵たりとも損わずにマジノ線を突破し、パリを占領する。


たとえ戦争も災害もなくても、人間は21世紀、空気と水と食物の汚染だけで衰えていく。いや、その前に、肉食とアルコールとタバコでも衰える。だから私は肉も食べないし、酒もタバコもやらない(これは事実そうだった)。こうすれば、汚染で破滅する者よりは保つのだ。


また人間はそのうち、外科手術で内臓をスゲ換えて、他人の心臓やブタの腎臓やサルの肝臓をつけてまでも生き延びるようになる。最後は特別な光線の手術機械を使って、脳ミソまで他人のと入れ換える。つまり、すっかり別人になってしまうのだ……




いやはや、ここまで当たると「ヒトラーの予言能力」には恐れ入るばかりである。

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日本国総理大臣閣下

「沖縄タイムス」電子版から転載。
野田佳彦ねえ。名前以外はあまり知らない政治家だが、顔だけで判断すると、あまり期待はできそうにない感じだ。知性的な感じがしない。といっても、頭の良さは顔にはあまり現れないものだが。
ハインラインの短編小説で、世界的な物理学者の一人は「ハリウッドのギャング俳優」みたいだし、もう一人は「頭の悪いグラマー女優」そのものという描写があって、思わず笑ったが、しかしハンフリー・ボガードとマリリン・モンローを科学者役で使ったら、案外面白いかもしれないとも思ったものである。
人間の顔は名前と同じことで、当人の内容をそのまま表しているわけではない。長くつきあううちに、その顔や名前が当人にぴったりするように思えてくるのである。
まあ、野田佳彦という政治家がどの程度の人間かは分からないが、前原や岡田よりははるかにましだろう。しかし、これまで総理レースにほとんど名前も出てこなかった鹿野やら小沢鋭仁やら馬淵(これは紙のほうの新聞で見た)やらまで候補になるというのは、総理の座というのもずいぶん軽くなったものだ。
そりゃあ、安倍や麻生程度でも総理になったのだから、そのへんの中学生を連れてきていきなり総理にしてもいいのかもしれないが。なに、スピーチなど、官僚の書いた作文を、カンペを見ながら喋ればいいのである。


(以下引用)

 民主党の岡田克也幹事長、枝野幸男官房長官ら菅政権の複数幹部は9日、退陣表明した菅直人首相の後継を決める代表選に向けて、野田佳彦財務相(54)の擁立を軸に検討に入った。首相の月内退陣を想定して7月上旬の代表選実施も視野に入れており、野田氏が選出された場合の党幹事長には仙谷由人官房副長官(65)を起用する方向で調整する。野田氏は出馬に前向きとされる。

 このほか党内では、樽床伸二元国対委員長(51)、小沢鋭仁前環境相(57)が立候補を検討し、鹿野道彦農相(69)の出馬も取りざたされている。民主党は「政治空白」を最小限にとどめるため、党員・サポーター投票は実施せず、両院議員総会で党所属議員の投票により新代表を選出する見通しだ。(共同通信)



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神はこの世に関与せず



すでにあちらこちらで取り上げられているから、お読みになった人も多いと思うが、京大の小出浩章氏の国会証言である。長いので、その一部だけを転載する。書き起こしは「株式日記と経済展望」のTORAさんである。

長い間冷や飯を食わされながら原発推進派と戦ってきた小出氏や広瀬隆氏のような人もいれば、原発を町や県に誘致し、自分たちに金が入るなら50年後100年後に奇形の子供が生まれてもかまわないとうそぶく金の亡者も無数にいる。そして、原発マネーのおこぼれにあずかろうと蠢く多くの庶民たち。
おそらく、原発立地地帯にも反原発思想の人間はいただろうが、そういう人たちがどのような目に合わされたか想像できる。ところが、「天罰」は原発推進派にも原発反対派にも無差別に襲いかかるのである。それでよく神などを信じることができる人間がいるものである。
また、これほどの惨事を目の前にし、自分の親兄弟がいわば政治によって殺されながら、何一つ抗議の声を上げない人々が無数にいる。抗議をすれば、逆に弾圧を受け、自分ばかりでなく家族が悲惨な目に合うことが分かっているからである。日本は、いわば精神的な牢獄なのである。
今は、原発事故というれっきとした証拠があるから反原発の声を上げることも許容されている。だが、時間がたてば、その声も次第に押しつぶされていくだろう。
それとも、宗主国のお達しで日本も自然エネルギーへの転換が許されるだろうか? しかし、それでも反原発活動家やその縁者の味わってきた苦難の代償が得られることはない。その一方、原発で利益を得た連中の懐が少しでも痛むこともないだろう。それが我が日本である。いや、この世である。

(以下引用)


石油の現在の確認埋蔵量だけで言っても、数字で書くとこんな事になりますが、60年、70年はあるし、究極埋蔵量がすべて使えるとすると800年近くあるというほど石炭はたくさんあることがわかっています。

その次に天然ガスもあることがわかっている、石油もある。
そしてオイルシェール・タールサンドといっている現在あまり使っていない資源があるということがすでにわかっているわけです。

そして、私自身はこういう化石燃料というものがいずれ枯渇してしまうから原子力だと思ったわけですが、原子力の資源のウランは実はこれしかないのです。
石油に比べても数分の1、石炭に比べれば数十分の1しかないという、大変貧弱な資源であったわけです。

ただ、私がこれを言うと、原子力を進めてきた行政サイドの方々はそれはちょっと違うんだ。と。そこに書いたのは核分裂性のウランの資源量だけを書いただろう。実は自分達が原子力で使おうと思っているのは、核分裂性のウランではなくてプルトニウムなんだと。いうわけです。つまり非核分裂性のウランをプルトニウムに変換して使うからエネルギーとして意味があることだということを言っているわけです。

どういうことかというとこういうことです。
まず、ウランを掘ってくるという事はどんな意味としても必要です。
それを濃縮とか加工という作業を行って原子力発電所で燃やすと。
これが現在やっていることなわけです。

しかし、これを幾らやったたところで、いま聞いていただいたように原子力はエネルギー資源にはならないのです。
そこで原子力を推進している人たちはこんな事ではないと言っているわけですね。

ウランはもちろん掘ってくるわけですけどあるところからプルトニウムというものにして高速増殖炉という特殊な原子炉をつくってプルトニウムをどんどん増殖させていくと。
それを再処理とかしながらぐるぐる核燃料サイクルで回しながらエネルギー源にするんだ言ったわけですね。
で、最後は高レベル放射線廃棄物という大変厄介なごみがでてきますので、それをいつか処分しなければいけないという仕事を描いたわけです。
ただ、プルトニウムという物質は地球上に一滴もないので、仕方ないので現在の原子力発電所から出てくるプルトニウムというのを再処理して高速増殖炉を中心とする核燃料サイクルに引き渡すというこういう構想を練ったわけです。

しかし、その構想の一番中心が高速増殖炉にあるわけですが、この高速増殖炉は実はできないのです。

日本の高速増殖炉計画がどのように計画されて破綻して言ったかということを今からこの図に示そうと思います。

横軸は1960から2010まで書いてありますが西暦です。
え、何をこれから書くかというと、原子力開発利用長期計画というものが出来た年度を横軸にしようと思います。縦軸のほうは1980から2060まで数字が書いてありますが、これはそれぞれの原子力開発利用長期計画で高速増殖炉がいつ実用化できるかという風に考えたかというその見通しの年度を書きます。

原子力開発利用長期計画で一番最初に高速増殖炉に触れられたのは、第三回の長期計画。1968年でした。その時の長期計画では、高速増殖炉は1980年代の前半に実用化すると書いてある。

ところが、しばらくしましたら、それは難しいという事になりまして、次の原子力開発利用長期計画では1990年前後にならないと実用化できないと書き換えました。

それもまたできなくて5年経って改定された時には高速増殖炉は2000年前後に実用化すると書き換えたわけです。

ところがこれも出来ませんでした。
次の改定では2010年に実用化すると書きました。
これも出来ませんでした。
次は2020年代にもう実用化ではありません。技術体系を確立したいという目標に変わりました。
ところがこれも出来ませんでした。

次には2030年に技術体系を確立したいということになり、では次の長期計画でどうなったかといいますと、2000年に長期計画の改訂があったのですが、とうとうこのときには年度を示す事も出来なくなりました。

私はしかたなくここにバッテンをつけました。

そしてまた5年後に長期計画が改定されまして、今度は原子力政策大綱というような名前に改定されましたが、その改定では2050年に1機目の高速増殖炉をとにかく造りたいという計画になってきたわけです。

みなさんこの図をどのようにご覧になるのでしょうか。

私はここに一本の線を引きました。

どんどんどんどん目標が逃げていく事がわかっていただけると思います。

この図は縦軸も横軸も1マスが10年で、この線は何を示しているかというと10年経つと目標が20年先に逃げる。ということです。

10年経って目標が10年先に逃げたら絶対にたどり着けません。
それ以上に酷くて10年たつと20年先に目標が逃げていくわけですから永遠にこんなものにはたどり着けないという事をわからなければいけないと私は思います。

ところが、こういう長期計画を作ってきた原子力委員会というところ、あるいはそれを支えてきた行政は一切責任を取らないという事で今日まで来ているわけです。

日本はもんじゅという高速増殖炉という原型炉だけでもすでに一兆円以上の金を捨ててしまいました。現在の裁判制度で言うと1億円の詐欺をすると1年実刑になるそうです。

では一兆円の詐欺をしたら何年実刑をくらわなければいけないか。一万年です。
原子力安全委員会、あるいは経産省、通産省等々行政に関わった人の中でもんじゅに責任ある人が何人いるのか私は良く知りません。

でも仮に100人だとすれば一人ひとり100人実刑を処さなければいけないというそれほどの事をやってきて、結局だれも未だに何の責任も取らないままいるというそういうことになっているのです。

原子力の場というのは大変異常な世界だと私には思えます。

次はいま現在進行中の福島の事故の事を一言申し上げます。
みなさんはご存知だと思いますけれど、原子力発電というのは大変膨大な放射能を取り扱うというそういう技術です。

いまここに真っ白なスライドがありますが、左の下のほうに今私は小さい四角を書きました。これは何かといいますと広島の原爆が爆発したときに燃えたウランの量です。800グラムです。みなさんどなたでも手で持てる、それくらいのウランが燃えて広島の町が壊滅したわけです。

では原子力発電の電気も原子力発電所から来ているわけですけれどこれをやるために一体どのくらいのウランを燃やすかというと、一つの原子力発電所が1年動くたびに1トンのウランを燃やすと、それほどの事をやっているわけです。

つまりそれだけの核分裂生成物という放射性物質を作り出しながらやっているということになります。

原発は機械です。機械が時々故障を起こしたり、事故を起こしたりするのは当たり前の事です。

原発を動かしているのは人間です。人間は神ではありません。時には誤りも犯します。当たり前のことなわけです。

私達がどんなに事故が起こって欲しくないと願ったところで、破局的事故の可能性は常に持っています。いつか起きるかもしれない。という事になっているわけです。

そこでじゃ、原子力推進する人たちがどういう対策を取ったかというと、破局的事故はめったに起きない。そんなものを想定する事を想定する事はおかしい。想定不適当という烙印を押して無視してしまうという事にしたわけです。

どうやって、破局的事故が起きないかというと、これは中部電力のホームページから取ってきた説明文ですけれど、たくさんの壁があると、放射能を外部に漏らさないための壁があるといっているのですが、このうちで特に重要なのは第四の壁というところに書いている原子炉格納容器という入れ物です。

巨大な鋼鉄製の容器ですけれど、これが何時いかなる時でも放射能を閉じ込めるというそういう考え方にしたわけです。原子炉立地審査指針というものがあって、その指針に基づいて重大事項仮想事故というかなり厳しい事故を考えていると彼らは言うわけですけれど、そういう事故では格納容器という放射能を閉じ込める最後の防壁は絶対に壊れないとそういう仮定になってしまっているのです。

絶対に壊れないなら放射能は出るはずはないということになってしまいますので、原子力発電所はいついかなる時でも安全だと。放射能の漏れてくるような事故を考えるのは想定不適当。想定不適当事故という烙印を押して無視する事にしたわけです。

ところが破局的事故が起きて現在進行中です。

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政治についてのあれこれ

沖縄県民としては、少し前の「普天間基地嘉手納統合案」についての考えも書くべきだろうが、いっこうに話題にもならずに終わってしまいそうなので、あまり書く気が起こらない。
案としては悪くないと思う。嘉手納自治体からは当然反対が起こるだろうが、今ある基地に隊員や飛行機などが移動するだけでどれほどの危険性が増すのか、よく分からない。べつに、飛行機の発着間隔が縮まるわけでもないだろうから、現状とそれほど変わらないのではないか? それなら、二つある基地のうちの一つを返還してもらうほうが、大きなメリットではないか。
まあ、私のように軍事知識に無知な人間が詳しい分析ができるわけもないので、この話はここまでにする。
下に引用するのは「阿修羅」に引用された『田中良紹の国会探検』とかいう文章の一部の孫引きだ。省略した前半は、菅総理の浜岡原発停止命令は、実は「原発は継続します」という意志の表明だのに、国民やマスコミは騙されている、という内容である。まあ、言われてみれば、「安全のための工事をする間停止する」ということは、「その後、再開する」という宣言であり、原発行政はこのまま継続するということを宣言しているのに等しい。
原発問題に関しては、本当は、国内の原発をすべて停止し、廃炉にするか、原発路線を継続するかの二者択一しかない。そして政府と産業界は後者を断然主張しているわけである。
私の予測では、今は潜伏してニヤニヤ笑いながら状況を眺めている前原あたりが「反原発」を主張して次期総理に名乗りを上げるという気がする。そして、今度はマスコミがいっせいに彼を褒めたたえて、めでたく「日本のヒトラー」誕生となるわけだ。案外と、橋下大阪府知事との連合も考えているのではないか? 石原、東国原という異常性格者変質者をそろえた基地外内閣というのも考えられる。まあ、日本国民がそれでよいというのなら、仕方のないことだ。
マスコミを支配すれば、国民を支配するのは容易なことなのだから。


(以下引用)


日本が原発を54基持っているという事は、54個の核爆弾を持っているに等しい。つまり核戦争に備える思考と準備が必要なのである。敵は自然の猛威かもしれないし、テロ攻撃かもしれない。日本にミサイルで原爆を投下しなくとも、テロリストは小型スーツケースの原爆を都心で爆発させる事も出来るし、また海岸に建てられた原子力発電所を襲えば原爆投下と同様の効果が得られる。

 ところがそうした備えがない事を今回の事故は示してくれた。警視庁の放水車や消防庁の放水車が出動するのを見て私は不思議でならなかった。核戦争に備えた自衛隊の部隊はいないのかと思った。こんな事では政治は国民も国土も守る事が出来ない。いちいちアメリカを頼らなければならなくなる。

 考えてみれば日本のエネルギー自給率は4%に過ぎず、すべてはアメリカ頼みである。かつては国内の石炭に頼っていたのを1960年代に政府は無理矢理石炭産業を潰し、アメリカの石油メジャーが牛耳る中東の石油に切り替えた。ところが遠い中東の石油に頼りすぎる危険性が指摘されると、これもアメリカの主導で原子力発電を導入した。発電用濃縮ウランの大半はアメリカから輸入されている。

 普天間やTPP問題で分かるようにアメリカの足の裏を舐めないと存続できない菅政権は、原発見直しのフリは出来ても「転換」は簡単には出来ないのである。

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絶望と希望と夢

山科恭介氏のブログより転載。前半部は省略。
こういうように一部だけ引用されるというのは、引用される側には迷惑な部分もあるだろうが、前半部に書いてある内容「インターネットでの発言は無力である」には私は反対意見なので、引用しない。もう趣旨だけの引用はしたが。
引用部分については、私も山科氏と認識を共有している。今の日本はまさしくこういう国である。だが、権謀術数に勝れた人格低劣な人間ほど上に行く、というのは必ずしも日本の特性ではなく、組織というものは「冷酷非情な部分を持った人間でないと上には立てない」ものなのである。ただ、「公徳心がまったく欠如した冷酷非情なだけの人間」が上に立つのが問題なのだ。そして東電や現政府のように、そういうことはしばしば起こる。それは、「悪人は何でもできるが、善人にはできないことがある」結果、権力闘争では常に悪人が勝つからだ。それはこの世の基本原理だ。だが、権力もまた道義の前に敗れ去ることもある。

私は山科氏のブログのファンであるが、氏の「絶望」には共感しない。毎度言うが、「絶望の虚妄なること、希望と相同じい」(魯迅)が私のモットーの一つなのである。つまり、絶望も希望も、どちらもただの幻想だ。現実になるまではすべて幻想にすぎない。ならば、有益な幻想である希望を虚無的幻想である絶望よりも選ぶということでいいではないか。

私は「夢」に関してはいつも憎まれ口を叩いている。「夢は必ず実現する」などというJポップスのフレーズには吐き気がすると。あんなのは「夢商売人」のセールストークだと。しかし、岸田秀ではないが、我々の文明自体が「幻想」を土台にしているとも思っている。国家という幻想を信じるから我々は税金を払い、民主主義という幻想を信じているから選挙の投票に行くのである。そして、その幻想の一部は確かに実現されていく。それを100%であってほしいと無理な夢を持つから絶望するのである。

「夢は必ず実現するということは絶対にありえない」
しかし、
「夢を持つことによって人間は生きる力を得る」
ことも確かだろう。

夢とは、「一見実現不可能な計画」のことだ。したがって、子供が「私は将来お菓子屋さんになりたい」というのは夢でも何でもない。「それは君の人生計画だ。でも、そのために何をやるかが分かっていないと、ただの夢で終わるよ」ということである。
日本が良い国になるためにどうすればいいかについて、私にはプランがある。したがって、それは夢ではなく、ただ周囲に理解されない計画にすぎない。10年後、あるいは100年後にそれを実現してくれる人が出てくるかもしれない。それが私の希望することだ。


(以下引用)


福島周辺農民および漁民達の放射能汚染された食材の出荷要請、生食用でない食材の生食への提供、汚染されたセメント材料が日本中に出荷されていたという事実、政府自治体の隠蔽体質とそれを助長し擁護するマスメディアの姿勢、そして、それらを鵜呑みにする多くの国民。
生活住民と政府自治体とのせめぎ合いや、食品を管理する団体と業者間との裏取引、自分達の生活さえ守られれば、遠くの日本人など、どうなっても知らないという感覚・・・、
こういった事例に接すると、もはや日本人の矜持など何処にもないのだと考えざるを得ない。
かつて、日本の農民達が自分達が精魂込めて作った作物を出荷し、美味しい物を食べて欲しいと願った 「農民の気概」 など、すでに過去の遺物だ。
みんなが皆、自分達さえよければそれで良いという感覚は、そのうち、国家という共同体を滅ぼすだろう。

企業体で低い地位で働いている人のうち、そういったものを持っている人は出世できず、日本は中国とはまるで違ったピラミッド構造を為している。
日本という国家は、上に行けば行くほど、保身に凝り固まったアホやタコが多いのだ。
そして、その頂点が今の内閣総理大臣である。
これは、日本という国家が重大な欠陥を抱えているという証拠だ。

多くの人々は日々、生活を確保するために働き、時間に追われ、人間としての思考を奪い取られている。時間があり、かつ心にゆとりがあれば他愛もなく判る事も、こういった状況の中では、容易に考える事も出来ない。
緊急時には人間はパニックになるが、日本の普段の状況は緩やかな緊急時状態を演出しているように思える。
カネの再分配が不適当に行われ、その絶対量が少なく、働いても働いても取得する金銭は少なく、いつまで経っても生活は楽にはならない。
すべての神経はそちらに費やされてしまう。
日本人の民度が低く、約九割の人間が政治や経済や思想哲学などを考えもしないのは、
なにも、日本人の特質だけの問題ではないだろう。

しかしながら、国家存亡に瀕し、
日本という国家を動かしてきた本当の勢力・・・・、
天皇を仰ぎ見た閨閥・財閥の時代が、国家の解体と同時に事実上の終焉を迎える。

そして、
事態は、さらに悪くなる。

では、何を為すべきなのか?

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IT技術の功罪

インターネットというものは、居ながらにして情報が即座に得られる、まさに画期的な発明であった。
私は、IT技術それ自体は何も生産しないのだから、経済的な意味では「IT革命」などというものは虚妄だと思っていたが、情報革命・知識革命が起きたようだ。
もちろん、IT技術でコストダウンはできるのだから、そういう意味での経済的意味はある。だが、それは同時に無数の失業者を生み出す経済革命なのである。個々の経営者の利益を増すことが社会全体の不利益につながるという、まさに「合成の誤謬」がIT革命であった。社会の中間層が消え、富裕層と貧困層に二極分化したというのも、IT革命によるものだ。かつて機械の出現で手仕事をやる労働者が駆逐されたのと同じことで、IT技術によって管理業務の多くが不要になり、中間管理職がいらなくなったということだ。
分かりやすく言えば、中間管理職の仕事とは実は伝達である。トップと現場をつなぐ働きだ。ならば、それこそ情報機器の仕事そのものであり、機械が現場情報をより正確に集計して上にあげ、上からの意思を正確に現場に伝えられるようになれば、中間の人間はいらないわけである。
現場労働はマニュアル化して派遣労働者にすれば、いっそうコストは削減できる。
かくして、経営者はいっそう会社のコストダウンをして裕福になり、労働者の大半は派遣労働者となって貧困化する。
これが現在の日本であり、現在の世界である。
コストカッターが雇われ社長になるという傾向も1980年ごろから顕著になってきたものだ。東電の清水社長は雇われ社長ではないが、コストカッターとして有名である。コストカットとは、たいていは人件費削減であり、労働強化によって労働者の生活を悪化させるものだ。

とりとめもないことを書いてきたが、今日は、本当はインターネットがあればいくらでも自己教育ができるということを書くつもりだった。ただし、その自己教育は主に「社会科」であり、世界についての情報を得ることである。

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