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徽宗皇帝のブログ

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神と悪魔と人間
たまたまテレビを点けたら、前に触れた「正解するカド」をやっていたので、部分的にだが、見た。面白い作品である。志操が高い、という感じだ。視聴率狙いの下種な作品や或る層だけを狙った「萌えアニメ」とはまったく異なる、志の高さを感じる作品である。そういう志の高さ、という点では「けものフレンズ」と共通している。作り手の気品の高さ、と言ってもいい。そういうものは見ている人間には伝わるものだ。
ただ、前にも書いたが、「正解するカド」という題名は良くない。謎めかした題名で関心を引こうとするスケベ心を感じる。英語タイトルが「KADO:The Right Answer」のようだから、「正解」だけでいいし、「カド」は異方との境界のようだから、「境界と正解」なら、韻を踏んでいてもっといい。そもそも「正解する」のはカドではなくて、人類が正解を求められているのだから、この題名はミスディレクションだろう。(まあ、題名は作品の「顔」であり、慣れれば不細工な顔も気にならなくなるから、「君の名は。」のようなひどい題名でも、大ヒットすればいい題名だったということになる。)
先行きどういう展開になるのか分からないが、今日見た限りでは、ハリウッド映画にしたら面白い作品になるのではないか、と思う。
ただ、アーサー・C・クラーク(だったと思うが)の、SF史上の金字塔のひとつである「地球幼年期の終わり」も、映画化はされていないはずで、欧米人種は、「神様以外の、人間以上の存在」というのを好まない傾向があるように思う。魔物や怪物にしても結局は人間に打ち倒される存在でしかない。人間こそ至高、(さらに言えば、白人こそ至高)というのが白人種の思想ではないか。というのは「人間(白人)は神の似姿」として作られた、という自負があるからだ。人類以外の知的異星人である「E.T」にしても、愛嬌はあるが、醜く弱弱しい存在、として造形されている。
それが、人類をはるかに超える知的存在であり、神にも似た存在である「上主(オーバーロード)」が、悪魔にそっくりな姿をしている、という「地球幼年期の終わり」では、ハリウッドが製作に二の足を踏むのは当然だろう。
ということで、ハリウッド映画にされるのは難しいかもしれないが、この「正解するカド」の投げかける問題、つまり、「人類があらゆる欠乏から免れる」というプレゼントをもらったとき、現在の支配層をはじめとする「旧人類」はどういう反応を示すか、というのは面白い問題だと思う。ある意味、「地球幼年期の終わり」の続編(と言うより、テーマを受け継いで発展させた)というべき作品だ。
なお、画像はCGで描かれているらしく、人物の造形は私の好みではないが、背景、特に「カド」の造形はCGの良さが抜群に生かされていると思う。カドの表面に浮き出てくる模様が、実に異界風で面白い。

ついでに言えば、「ワム」を貰うまでもなく、人類はすでにあらゆる欠乏から免れるだけの科学技術力を持っている、と私は思っている。ただ、一部の人間がそのリソースを独占しているだけだろう。


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