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徽宗皇帝のブログ

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「それで何人死んだ」
沖縄県石川市宮森小学校の事件を知らない人も多いだろうから、後でそれを追記しておく。


  1. エンジントラブルを起こした米軍機からパイロットは緊急脱出したが、機体は横浜市青葉区の住宅地に墜落。あたり一面を破壊。ジェット燃料をまき散らし、普通の暮らしていた親子3人が全身を火傷して亡くなった。お子さんはまだ1歳、3歳の男の子だった。続



  2. 米軍機の相次ぐトラブルに対し「それで何人死んだ」と国会でヤジを飛ばした副大臣が辞任した。この方は過去の米軍機事故を知らないのだろうか?沖縄県での事故は言うまでもなく、1977年には神奈川県でも「横浜米軍機墜落事故」が起きている。続




1959年6月30日午前10時40分頃に、アメリカ空軍ノースアメリカンF100Dジェット戦闘機が操縦不能となり、パイロットのジョンシュミット大尉は空中で脱出、機体は民家35棟をなぎ倒した後、石川市にある宮森小学校(現うるま市立宮森小学校)のトタン屋根校舎に衝突、さらに隣のコンクリート校舎を直撃し、炎上した。



事故直後から軍警消の各部隊が事故現場に急行し救助活動に当たった。被害者の治療のために沖縄本島中部在住医師のほとんどが駆けつけた。



事故による火災は1時間後に鎮火したが、死者17人(小学生11人、一般住民6人)、重軽傷者210人、校舎3棟を始め民家27棟、公民館1棟が全焼、校舎2棟と民家8棟が半焼する大惨事となった。



事故当時、学校には児童・教職員ら約1000人がいた。当時は2時間目終了後のミルク給食の時間で、ほぼ全児童が校舎内にいた。特に直撃を受けた2年生の教室の被害が最も大きく、火だるまになった子供たちは水飲み場まで走り、そのまま次々と息絶えたと伝えられている。




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