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徽宗皇帝のブログ

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「本物」と「偽物」の価値的違い
「ネットゲリラ」記事の一節で、ゲリラ氏の言葉だが、経済学的に非常に面白い。
実は、偽札も本物も機能はまったく同じであり、使う人がそれを本物だと思って使っていれば、物と物との交換媒体としての機能、つまり貨幣の機能自体は十分に果たしているわけで、その部分に関しては本物と偽札の優劣はない。そこが貨幣という存在の不思議さだ。単に作った人間が不当利得を得るという罪悪が発生するが、それは政府や中央銀行も同じであるwww
偽札が作られて一番困るのは現金を貯め込んだ人間の貨幣価値(資産価値)が下がることだろう。つまり、庶民の被害はそれほどでもない、と言えそうだ。
まあ、私は「価値論」で書いたように、価値というものは(絵画など芸術作品の「値段」で分かるように)実にいい加減に「作られている」という思想だが、資本主義はそういう不安定な価値を確固としたものだと「信仰」することで成立しているわけだ。貨幣がデジタル貨幣になっても同じだろう。いつでもハッカーなり為政者なりがインチキできるに決まっている。

(以下引用)

もっとも中国というのは広大なので、昔、日本軍も偽札刷ってバラ撒いたんだが、もともと紙幣の発行枚数が足りなかったので、むしろメリットしかもたらさなかったという笑い話もあるんだが、後のMMTであるw

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