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なぜ安倍内閣の「はちゃめちゃ」は許されるのか

「はてなダイアリー」のやしおという人(か?)の記事から抜粋。
元記事は超長文なので、たぶん全文転載はできない。「カマヤンのツィッター」から辿って知った記事である。面白いし、ここでの分析はたぶんほぼ全面的に正しいと思う。
野党議員諸君は元記事全文を熟読し、今後の戦略を立てるべし。


(以下引用)


 国会であれば「みんなで議論を尽くしていい法律を作ろう」とか「法律をこうした経緯をきちんと記録しよう」といった本来の目的からすれば、メンバーである国会議員は法律や行政や現実の課題に詳しくないとダメだということになる。本来の目的に合わせて努力してる人(議員)から見れば、目的を逸脱して最適化した人たちのことは「恥知らず」「不誠実」「舐めてる」と見えるに違いない。でも、そんな「恥知らず」な方が得してしまう。目的や建前を蹂躙してでも「よりルールに適合して利益を獲得している」人の方が強い。


 高校野球で敬遠したり相撲の立ち合いで変化したりすると「卑怯だ」「ふさわしくない」と言う人がいるけれど、あれも(本人が考える)「本来の目的」、高校生の精神修養だとか、相撲は神事だとかからズレてるから怒っていて、でも結局はルールに上手に適合した方がゲームには勝つことになる。




 ルールのシステム(規則体系)に適合することと、目的に適合することはイコールじゃない。現実の豊かさに比べて規則体系ははるかに貧しくあらざるを得ず、そのために規則体系への最適化が結局、現実に対してはせいぜい部分最適にしかならない。




(1) 内閣支持率のみを重視すること

 安倍首相のハックの仕方の肝は、内閣支持率(あるいは政党支持率)しか重視しない、という点にある。国会が立法機関であることとか、憲法による国家の制約とか、過去の経緯とか、為政者としての慎みだとか、いろいろな建前に縛られずに、ただ「内閣支持率が安全圏にあること」だけを目的にシンプルに行動を組織していく。ふつうは「不誠実だ」とか「恥ずかしい」と思って建前と両立させようとするけど、そこがすっぽり抜けているから強い。




 内閣支持率が全部だという感覚はたとえば、個別の政策の支持率が低いことを指摘されても「しかし内閣支持率はあるから自分は支持されている」といった言説となって表れてくる。たとえば憲法改正を選挙中に全く争点に挙げなかったのに、選挙が終わってから「私は支持されている、だから憲法改正は国民の支持があるんだ」と言う。あたかも内閣支持率が国民からの全面的な委任状のような言い方をする。




(1-1) 支持率に効く箇所を手当てすること

 「支持率を重視する」ということは「支持率に効く箇所を見極めて適切に処理する」ということになる。安倍首相の言動や判断を見る限りその「効く箇所」は「国民の気分を直接害するもの」と見なしているようだ。




 その第一が、人生の苦しみに直結する経済・景気で、アベノミクスへの注力ということになる。最低限「なんとかしようとしている」「民主党政権よりはるかにマシ」というイメージを維持していくことになる。


 '12年の衆院選自民党マニフェスト(パンフレット)の最初が東北震災復興、二つ目が景気回復となっており、'14年の衆院選、'16年の参院選はともにトップが景気回復となっている。(ちなみに憲法改正はどのパンフレットも一番最後に小さなスペースを割り当てているだけで、選挙期間中もほとんど争点として取り上げていない。)


 '12年の国会での党首討論上で、野田首相から「議員定数削減を約束してくれたら11月16日に解散する」と突然言われた安倍総裁は「国民の皆さんに委ねようではありませんか、どちらが政権を担うにふさわしいか、どちらがデフレを脱却し、そして経済を力強く成長させていくにふさわしいか」と答えている。政権交代が確実視された解散の時点で「選挙の争点は経済のみ」という認識をはっきりと見せている。


 それから特に、10%への消費増税を二度延期している。財政規律派からの反対を押しきってでも景気回復を優先できる人物、民主党が作った消費増税の法律をストップできる人物、というイメージの形成に大きく役立ったんじゃないかと思う。




 経済以外の「国民の気分を害するもの」への手当てもかなりしっかりしている。


 たとえば首相が稲田防衛相も金田法相も切らずに、今村復興相はすぐに更迭したという行動も同じ文脈で捉えられる。組織管理・運営能力や理解力や答弁能力が明らかに足りないことより、不倫や失言は即座に国民の感情を刺激するからまずい、という現実に対して正確に反応しているマシーンという感じだ。支持率に影響が出るラインを見極めるチキンレース的なことをしているようにも思えてくる。「はちゃめちゃな答弁が与える支持率への影響」と、「更迭することで『自分の人事がダメだった』と認めることの支持率への影響」を天秤にかけているのかもしれない。


 この辺は首相1回目で、閣僚のスキャンダル、自殺、失言、不祥事が相次いで、切るのが遅くて結局総辞職に至った思い出にもよるところが大きいのかもしれない。


(メディア対応という点でも、もともとお上からのリークに頼っていた報道機関に対して、「報道の意義」といった建前は全部捨てて、都合の悪い記者・紙・局にはリークしてあげない嫌がらせ、都合の良い相手には手厚く優遇といったことをしているのかなという気もするけれど、この辺はあまり詳しく知らないから漠然と想像しているだけ。)




 どれだけはちゃめちゃに見えたとしても、致命傷を負う箇所に関してはしっかり手当てをしている。




(1-2) 支持率に効かない箇所を無視すること

 一方で内閣支持率に大きな影響を与えない(と思ってる)箇所についてははちゃめちゃしてる。




 首相本人が「2020年に憲法改正目指すという発言はどういうつもりか?」と国会で聞かれたら「読売新聞を見てね」と答えたのもはちゃめちゃの極みだけど、支持率に影響しない(と思ってる)箇所はとことん雑にやるという意味では態度が一貫している。普通は「ちゃんとやること」と「支持率を保つこと」を両方やろうとするけど、後者のみに特化している。


 首相や閣僚が答弁にまともに答えないという態度も、発言がマスコミに切り取られて一人歩きすると制御できないし、場合によっては致命傷になるといった認識の上の行動なのかもしれない。誠実に答えようとして追い詰められるくらいなら、不誠実でも回避し続ける方が良い、誠実さの満足をとことん捨ててでも支持率への影響を回避するように行動しているのだと思うと、本当に一貫しているという気がする。




 '15年の安保関連法もすごかった。与党が参考人として憲法学者を呼んだら全員「違憲です」と言い出して、菅官房長官が「『違憲じゃない』という憲法学者もいっぱいいる」と打ち消そうとするから「いっぱいって誰?」と聞いたら3人しか名前を挙げられなくて「数の問題じゃないです」と言い出した。ほとんどコントの域だったけれど結局、法律は成立した。


 今の共謀罪も「テロ等準備罪」と名前を変えたのは本当にずるいし上手だ。「テロの防止に役立たない上にゆるゆるな条文でやばい運用になりかねないから直せ」という極めてまっとうな批判に対して、「ちゃんと運用するからいい」「こいつらはテロを防止する気のないやつらだ」とレッテル貼りしていく作業も、本当によくできている。どうせ一般人は法案の中身なんか見ない、法案の名前しか見ないから大丈夫という気持ちがここまであからさまだと、いっそすがすがしささえ覚える。「公式な記録を残す」「最終的に歴史にジャッジされる」といった建前を捨てて、「どうせ国会で過半数を占めてるから何だって通る」(実際'15年の安保法もそうだし)という実態だけをとことん選び取っていく。


 森友学園・加計学園の話も、官僚が首相周辺へあからさまな利益誘導をしていく、わざわざルールを改変したり回避するスキームを組み立ててあげているということをしている。それ自体は官僚の人事権を官邸側が掌握する仕組みに起因するだろうし、昔も無関係の予算を無理やり土建業者に流したりしていたので誘導先が変わった(票田が変わった)だけとも言える。しかしバレた後の対応がすごい。まともに答えずにひたすら長引かせていけば国民はそのうち飽きる、ずっと「合法だ」と言い続ければいい、その間に他の重大時が起きれば「些末なことを言い続けて重要なことを進めない野党」のイメージに追い込めば支持率に決定的な影響を与えないというはちゃめちゃな対応をしている。




 近ごろヤフーニュースの人気コメント上位を眺めていると、安倍首相には厳しく、しかし民進党にはもっと厳しく、「テロ等準備罪」には賛成(テロを防ぐ法律だと信じているため)、という傾向になっている。以前は安倍首相には擁護的なコメントが人気だったけれど逆転している。「ちゃんと答えていない」「嘘をついている」というイメージで捉えられている。「ネット民」に限らず割と一般的な大多数の認識もこんな感じにシフトしてきているのかもしれない。


 個別の政策については支持率が低かったりするし、首相個人への批判も見られるけれど、内閣支持率政党支持率はそれなりに安定している。


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