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 イギリス経済が崖っぷちに立っている。同国の中央銀行・イングランド銀行は統計開始以降最長のリセッション(景気後退)に直面していると指摘。さらに、“経済は非常に困難な2年間”に見舞われる可能性があると警告した。市場の混乱を招いて退陣に追い込まれたリズ・トラス前首相に続き、10月に就任したばかりのリシ・スナク首相の手腕が問われることになるが、目下のイギリスは日本以上の物価高騰に苦しめられている。「イギリスのインフレ要因はブレグジットであり、インフレ以外にも大きな影響を及ぼす」と指摘する経営コンサルタントの大前研一氏が、分析する。

 イギリスがEUに加盟していた時は、他のEU諸国から最も安くて良いものが無関税で速やかにドーバー海峡を渡って入ってきていた。しかし、ブレグジットによってEUの全商品に関税がかかるようになり、その手続きで物流の停滞も日常化した。しかも、EUに半世紀近く加盟していたから、もはや農産物・水産物だけでなく機械や部品などの工業製品も自給自足が不可能になり、輸入に頼らざるを得なくなっている。


 また、ブレグジット後の移民・難民規制で国外からの人流が滞って人手不足が加速し、失業率が3%台に下がって賃金が上昇している。ボリス・ジョンソン元首相は「移民・難民がイギリス人の職を奪っている」と主張してブレグジットを煽ったが、それを裏付ける数字的な証拠はない。むしろ、移民・難民がサービス業や清掃業など敬遠されがちな仕事を低賃金でやっていたから、イギリス経済が回っていたのである。


 さらに、EU内は人の移動が自由だから、ブレグジット以前は医師、弁護士、会計士、研究者などの知的ワーカーが東欧諸国などから大挙してイギリスに入ってきていた。「英語圏で住みやすい」というのが、その理由だった。しかし、それも今は止まってしまった。


 こうしたブレグジットに伴うモノとヒトの構造的な問題が、ボディブローとなってイギリス経済にダメージを与えているのだ。したがって、ブレグジットを見直さない限り、イギリスのインフレは続くと思う。


 EUの仕組みは、いわば「広域平均化=世界最適化装置」である。関税がなく、人の移動も自由なEU域内は完全なボーダレスワールドだ。どこの国でも保守層は「伝統を守れ」「国内産業を守れ」「雇用を守れ」と言うが、いまやグローバル化は不可避であり、イギリスのように国境を復活させると国民がインフレに喘ぐことになる。一度グローバル化・世界最適化したら、後戻りは苦難の道なのだ。


 スナク首相は「私が率いる政府は次世代に負債を残さない」と強調し、財政規律を重んじる姿勢を明確にしている。だが、もともとイングランド銀行(イギリスの中央銀行)は、日本銀行と違って財政規律を重視している。財務相を務めたスナク首相は経済に明るいというが、その手腕は未知数だ。そもそも財政規律を重視したところで、私が指摘したブレグジットによる根本的な問題は解決しないし、その因果関係をスナク首相が理解しているとも思えない。

カギを握る来年の住民投票

 さらにスナク政権を待っているのは「イギリス連合王国(UK)【※】崩壊」の危機だ。


【※イギリス連合王国(UK)/イギリスは18世紀以降、イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドが合併して成立。正式名称は、グレートブリテン及び北アイルランド連合王国(United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland)】


 スコットランドでは来年10月、独立の是非を問う2度目の住民投票が行なわれる予定だ。前回の住民投票では、まだイギリスがEUに加盟していたから、仮にスコットランドが独立しても、イギリスが反対してEUに加盟できなくなる可能性があった。結果、独立反対派が勝利した。しかし、今はイギリスがEUを離脱してその“拒否権”がなくなったので、独立賛成派が優勢になっているのだ。スコットランドが独立すればウェールズも後に続くだろう。北アイルランドも独立し、アイルランドと合併するに違いない。私はブレグジットの日、BBC(イギリス放送協会)の番組に出演し、イギリス連合王国は崩壊して「イングランド・アローン」になると予言したが、それが現実のものになるかもしれないのだ。


 この危機的状況を脱するためには、イギリスがEUに再加盟するしかないが、それは明治維新後に江戸時代へ戻るようなものだから容易ではない。加盟国も“出戻り”に反対するだろう。


 イギリスの混乱は、日本にとって他人事ではない。日本はアベノミクス以降、政権と中央銀行が一緒になって財源の裏付けがないバラ撒きを続けている。岸田政権は総合経済対策のために約29兆円もの第2次補正予算案を閣議決定し、日本銀行も金融政策決定会合で政府と歩調を合わせるかのように「異次元金融緩和」の継続を決めた。


 前述したようにイギリスはトラス前首相が大型減税策を打ち出しても、イングランド銀行が財政規律を重視しているため歯止めがかかった。一方の日本は日銀が歯止めをかけるどころか、野放図に紙幣を印刷し続ける政府の片棒を担いで国債の発行残高の半分を保有するという異例の状況になっている。9~10月には総額9兆1881億円の為替介入も行なった。それでも日本経済は低迷から抜け出せず、円安も続いている。完全な官製相場【※】で金融市場のアラート(警報)が鳴らないからだ。


【※官製相場/政府の財政政策や中央銀行の金融政策、公的金融機関の大規模な取引が相場を主導すること】


【プロフィール】


大前研一(おおまえ・けんいち)/1943年生まれ。マッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社長、本社ディレクター等を経て、1994年退社。現在、ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長、ビジネス・ブレークスルー大学学長などを務める。最新刊『大前研一 世界の潮流2022-23スペシャル』(プレジデント社刊)など著書多数。


※週刊ポスト2022年12月2日号