人口減少問題の解決は日本の喫緊の課題である。
少子化による市場の縮小、生産年齢人口の減少、急速な高齢化による社会保障の増大に対し、政府は高齢者の雇用や需要喚起政策、金融政策など様々な対応を図っている。
だが、それらが有効に機能せず、根本的解決に至っていないのは何故なのだろうか?
この問題を考える上で『人口の経済学 平等の構想と統治をめぐる思想史』は多大な示唆を与えてくれる。人口をめぐる経済学者の思想史を振り返ると、何が見えてくるのだろうか?
ここでは、人口減少の問題を初めて本格的に論じた、20世紀を代表する経済学者ケインズの人口論について考える。
(※本稿は、野原慎司『人口の経済学』を一部再編集の上、紹介しています)
ケインズは人口減少を予見した
1937年の「人口減少の経済的影響」においてケインズ(1883-1946年)は、経済の長期的変動を分析しており、それは人口変動の分析を通じてのことである。
その主著『雇用・利子および貨幣の一般理論』においては人口について本格的に分析がされていないが、そのことは人口変動がケインズにおいて重要ではなかったことを意味しなかった。むしろ、初期から人口変動には興味をもっていた。
しかし、『一般理論』に至る道で短期・中期の経済変動について理解を深め、とりわけ失業の理論的解明を行った後で残されているのは、失業が根本的な前提とする人口変動についての経済学的理解である。
そしてその際、18世紀以来の平等への関心の継続がケインズにも見られる。
人口変動は経済にとり重要なものとしてケインズは認識していた。ケインズは、人口変動への人々の予測が景気変動にも影響を与える可能性に言及している。人口が増加しているときは、需要見込みに楽観的になりやすい。
というのも、人口が増加しているとき、一般には期待よりも需要が大きくなるからである。そうして需要見込みが楽観的となり資本需要が増加傾向になる。
ところが人口が減少すると、需要が期待よりも少なく過剰供給の解消が困難となる。その結果、悲観的雰囲気が広がり資本需要が減少傾向となる。
こうしてケインズは、人口の増加から減少への転換は、繁栄に対してきわめて悲惨な結果をもたらすと述べる。
人口減少への対応策とは何か?
人口の減少という問題への対応としては、所得に対して貯蓄の割合が小さくなるように富の分配を変更するか、あるいは技術や消費が促進されるように利子率を低下させるか、そのいずれかが必要だとケインズは述べる。
そしてもっとも賢明なのは、両者を用いることであるとする。
このうち、後者の利子率の低下は金融政策を意味する。金融政策が人口減少にともなう需要の減少問題への対応として有効だというのである。
これに加えてケインズは、前者すなわち分配も重視する。
それは人口増大の悪影響を論じる中でのことである。ここでケインズは、定常的人口が生活の向上をもたらすとのマルサス主義の立場を否定しない。定常的人口でも、資源・消費が増大するなら生活水準は増加するであろう。
したがって、人口増加が停滞する状況にあっても、不況が必然化するわけではない。定常的人口のもとでは、「より平等な所得分配によって消費を増加させる政策、および生産期間の大幅な延長が有利となるように利子率を強制的に引き下げる政策」が必要となる。
ところが、このような変化に反対する社会的・政治的な力は多いとケインズは考える。
もし、資本主義社会がより平等な所得分配を拒否し、また銀行や金融の力によって、19世紀中に概して支配的であったような数字にほぼ近い利子率が維持されたとしよう。すると、労働や資本などの資源が十分に用いられない傾向が続き、社会は結局のところ破壊される。
しかし平等な所得分配が拒否されないならば、人口が定常的あるいは減少する環境でも、社会は進化する。現体制の自由と独立を維持すると同時に、現体制の顕著な誤りは資本蓄積の重要性の低下にともなって次第に安楽死し、資本への報酬が社会体制の中で適切な水準に落ち着くであろう。
ここから、18世紀以来の社会の平等という課題は、ケインズにとっても重要であったことがわかる。平等な所得分配は、人口減少社会の課題を解決するために重要なものであった。
そして、ケインズが平等な所得分配を重視したということは、既存の制度を絶対視せず、制度の変更により最適な経済を導こうとしていることを意味する。
短期・中期では、既存の資本主義制度を前提としていたケインズであるが、長期的な資本主義社会の運動法則・行く末を考察する際には、資本主義が行き詰まる可能性があることを認めつつ、平等という観点から制度変更することが重要だとした。
人口減少問題に結びつく制度変更とは!?
ケインズの人口論は、18世紀以来の平等な社会を課題とする問題意識を継続させつつ、資本主義社会の行く末についての独自の見解に基づいて平等な制度を考え直したものと言える。たしかに、短期・中期の経済においては、金融・財政政策という点で統治の役割をケインズが重視しており、根本的な制度変更は前提としていない。
しかし、長期の経済変動を考える場合には、資本主義の前提にある制度の変更が必要となってくる。このように、制度への関心をケインズが示しており、しかも、平等な制度を模索していることは、とりわけミル(1806-73年)の問題意識をケインズが受け継いでいたことを示すものである。
ただ同時に、ケインズには統治論・制度論の革新が見られる。財政・金融政策の革新はよく知られているが、同時に、平等な制度の導入による資本主義の制度的前提の変更をケインズは模索した。
資本主義をもはや、その既存の制度が絶対に維持されるべきものとも、かといってミルのように社会主義的に抜本的に変更されるべきものとも考えない。
資本主義社会は制度の変更によりよくなる可能性があることを、ケインズは示したのである。資本主義の進行の法則についてのマルサス以来の関心に対しての応答が、ケインズの人口論であると言える。
さらに、ケインズの人口論での画期性は、人口減少の問題と、18世紀以来の人口論で課題とされていた平等論を結びつけたことにあると言えよう。
むろん、人口増加率の低下はマーシャル(1842-1924年)も述べていたものの、マーシャルはそれと平等な制度への変更を結びつけなかった。
これに対して、ケインズは人口減少社会の到来を正面に据えつつ、平等の問題を考えた。経済理論は、その前提を人口増加から人口減少へと変えると論理が変容することをケインズは示した。
それは平等のあり方にも影響する。そしてその論理の変容の先に見えるのは、人口減少社会の暗い見通しと、そうであるからこそ今一度、市場の自律的メカニズムの根底にある制度と統治のあり方を考え直さなければならないということであった。
人口減少社会に向きあうには、既存の制度を前提とするのは不十分で、どのような制度が最適かを考えることが重要である。そのことをケインズは教えてくれるのである。
人口減少問題に対しては、それ自体を食い止めようとする直接的な解決が図られがちであるが、もっとも重要なのは、そのような解決策ではなく、人口の増減にともなって生じる問題の解決を考えることなのかもしれない。
アダム・スミス、J・S・ミル、ケインズといった経済学者が見出したのは、その問題が〈平等〉にかかわるということだった。人口問題に対応するには、どのような経済政策をとるか? だけでなく、もう一度、社会の〈制度〉の問題として見直す必要があるのではなかろうか。
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