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徽宗皇帝のブログ

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利己主義の均衡社会
植草一秀のブログから転載。
まあ、少し自分で考えれば誰でも分かることを書いているだけなのだが、問題は、「保護主義が悪で自由貿易主義が善との決めつけ」が経済学者や経済官僚や経済界の主導的な連中、つまりグローバリストによって行われていることだ。

労働者の労働はすべて「サービス」である、と見做せば、あらゆる産業はすべて「第三次産業」を含んでいる、という見方もできるのではないか。となれば、労働者の輸入は、たとえその労働者が第一次産業や第二次産業に従事していても、実は必然的に第三次産業的にもコストの変化を生み出しているわけだ。そして、この場合のコストが「人件費」であるのは言うまでもない。
個々の企業にとってコスト削減は「善」だとされている。そして、人件費削減はコストを低減させようとする企業が一番最初に行うことである。それに成功したコストカッターは莫大な報酬を受けるわけで、その一人の人間の得た報酬が、削減した人件費に匹敵するくらい莫大でも、それを平然と支払うという馬鹿げた行為が、アメリカなどでは日常的に行われているわけである。要するに、労働者を単なる「物」「生産財」扱いするのがアメリカ流の経営思想なのである。それが現在の「新自由主義」と同根であることは言うまでもないだろう。
要するに、「コストの差が少しでもあるなら、そのコスト削減がいかに多くの不幸を産んでも、コスト削減をするのが当然だ」というのがアメリカ流の経営手法であり、それは今や日本でも普通に行われている。むしろ、それをやらない経営者は馬鹿扱いされるくらいだろう。
さて、昔の日本的経営、つまり「会社は家であり、社員は家族であり、会社経営は社員の幸福に寄与すべきである」という思想ははたして新自由主義経営の前に必ず敗北するのだろうか。
あらゆる人間(会社)が自分の欲望の追及だけをし、利己的行動を取れば、社会全体は最後には均衡化し、(ブラック社会として)最適化する、というのはあるいは正しいかもしれないが、そういう「狼が狼と争う(万人が万人に対して狼となる)」(現実の狼は、仲間を襲うことは滅多にないようだが)ような社会は、まあ、現在の社会はすでにそうなりつつあるが、私には地獄にしか見えないのである。

私は20年近く前から、「日本は鎖国すべきだ」と考えてきたが、その意見を変える必要性をいまだに感じない。少なくとも、アングロ・ユダヤという連中は世界を不幸にする悪魔であると思う。現在、グローバリスト(たいていは新自由主義者、市場原理主義者でもある。)と呼ばれる人間がそれ、もしくはその代理人である。





(以下引用)赤字部分は徽宗による強調。

2017年1月12日 (木)

トランプ新大統領経済政策への冷静な評価


保護主義が悪で自由貿易主義が善との決めつけは間違っている。



経済学者のリカードが明らかにしたように、それぞれの国が得意な生産物の生産に特化して余剰な財を交換し合うという意味での貿易は全体の効率を高める。



この意味での自由貿易にはメリットがある。



自由貿易自体が否定される対象でもない。



しかし、近年問題とされている自由貿易主義、言い換えれば「新自由主義」と呼ばれるものは、上記の国家間の財の取引を行うという意味での自由貿易を超える含意を有している。



その最大の特徴は、



資本の移動





労働力の移動



という分野を含めて、



これを完全に自由にしてしまうとの意味を含んでいるからだ。



一言で表現するなら、



世界統一市場



世界単一市場



を形成してしまうということである。



このことがもたらす最大の弊害は、



所得格差の際限のない拡大である。


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「財」と「サービス」に分けて考察したとき、両者の最大の相違は、生産物の移動可能性である。



「サービス」は生産地と消費地が基本的には同一である。



最終需要のある地でしか生産することができない。



医療行為の輸入



介護サービスの輸入はできない。



これに対して、「財」の特徴は、



生産物を輸送できることである。



生産地と消費地が一致する必要がない。



したがって、自由貿易の試みは、まず「財の生産活動」、すなわち製造業によって推進される。



農林水産業においても、生産物の輸送が可能になれば、製造業と同様の変化が生じる。



「財」の生産を行う「資本」は世界の中から最適な立地を選ぶ。



最終的な消費地との距離



労働賃金の水準



労働の質



政治情勢の安定性



生産可能量



などを勘案して生産地を決める。


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製造業の拠点が国境を越えて移動する場合、元の生産地では雇用が消滅する。



資本は労働コストの低さに着目して海外移転するから、元の相対的に高い賃金の労働が消滅することになる。



他方、「サービス」の生産では何が起こるのか。



「サービス」では必ず「消費地」が「生産地」になる。



「資本」は常に安価な労働力を求めるから、先進国における「サービス」生産を行うにあたり、できるだけ、賃金の低い国から労働者を輸入して生産に充てさせようとするだろう。



こうなると、先進国における「サービス」労働の賃金が下がる。



製造業で相対的に高い賃金を得ていた労働者は工場の海外移転で職を失い、新たに就業する「サービス業」での労働では、海外から輸入された労働力による賃金引き下げ効果の影響で、低い賃金の「サービス業」に従事しなければならなくなる。



1980年代以降の自由主義の急激な進展



すなわち、世界統一市場の形成、世界単一市場の出現によって、



資本はリターンを高めたが、



先進国の労働者は、ほぼ全面的な所得水準の低下という状況に直面しているのである。



「資本」の高いリターンを享受できるのは1%の人々に限られる。



99%の「労働」階層の人々は、ほぼ全面的な所得水準の急低下という現実に直面してきた。



こうした経済変動に対して、それぞれの国の国民、主権者、労働者から、



NO



の声が生まれるのは当然のことである。



英国のEU離脱国民投票での離脱派勝利



米国の大統領選でのトランプ氏勝利



は、こうした世界経済の大きな変化を背景に生み出されたものである。


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