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徽宗皇帝のブログ

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戦争は経済で決定される
これは、社会科教師などにアドバイスしておきたいが、「経済から政治を見ると、歴史の謎、政治の謎が容易に分かる」ということがある。
たとえば、私が長い間疑問に思っていたのが、「アメリカはなぜベトナムのような小国に戦争で負けた(撤退した)のだろうか」という問題である。南ベトナムの背後にソ連がいたから、という回答は零点だろう。まあ、零点は大袈裟でも、赤点の答えだろう。

実は、これは森田実と副島隆彦の大昔(小泉時代)の対談「アメリカに食い尽くされる日本」(日本文芸社)を読んでいて、愕然としたことなのだが、言われてみれば実に簡単な話だったのである。

森田「ベトナム戦争において、超大国アメリカが小国ベトナムを相手に敗れた最大の原因は、アメリカに巨額の戦費を調達するだけの大きな植民地がなく、戦費を調達するために、ニクソン政権は国民へのしわ寄せ、つまり増税を検討せざるを得なくなったからです。
 これによって、アメリカ国民はベトナム戦争に疑問を感じ、ベトナム反戦運動が起きて、アメリカはベトナムから撤退せざるを得なくなったのです。アメリカ国民は増税を嫌い、戦争の継続を拒否したのです」


これを、「反戦運動の結果、アメリカは戦争をやめた」と解釈するのは、猫を虎だと言うようなものだろう。虎とは「増税」だったのである。あるいは「増税への国民の憎悪」だったのである。アメリカは「資本主義の王国(大資本家は貴族階級)」であり、国民はカネという神を崇拝しているわけだ。とすると、その国民に、カネを出せ、と要求することがいかに危険な行為か、となる。
そう論じると、国民性の話になるが、これは資本主義世界のどの国でも、程度はともかく、本質は同じだろう。


森田は次のように言っている。

「第二次大戦終結以前の帝国主義の時代には、各列強は植民地を持ち、植民地から富を収奪し続けることによって、巨大な軍備を整え、戦争をしながら自国の国民(徽宗注:主に大資本家、特に軍需産業)を富ますことを可能にしました。
 軍備に巨額の金を投入しつつ、減税などによって国民を富ませるためには、植民地からの富の収奪が不可欠でした。そうしなければ国家財政は破綻してしまうからです。
 しかし、戦後、植民地は存在しません。」


この言葉がまさに事実そのものであることを、今、我々はウクライナ戦争におけるNATOの無様な有様として、目の前に見ている。
これをさらに敷衍すると、「大国対大国の第三次世界大戦を起こすのは、DSがいくら画策しても、もはや不可能だ」という楽観的な思想になるが、そこまでは断定しないでおこう。
要は、政治現象(あるいは人間世界の現象)を見るには、その背後の経済を見よ、ということだ。




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