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徽宗皇帝のブログ

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自由貿易と、明治政府の「関税自主権」回復努力
「阿修羅」の中の私好みの記事を読んでいたら、コメントの中に私の記事の引用、いや、正確には私の引用した「泉の波立ち」の再引用が出てきてびっくりした。しかし、アドレスは私のものなので、おそらく投稿者のグッキー氏は私のブログを読んだのだろう。固定的読者か、たまたまかは別として、書き手としては有難く思う。
そして、同記事の他のコメント氏の言葉にも、現在の状況では自由貿易はむしろ国家破綻を招く、という論調があるのには意を強くした。その自由貿易の究極の姿がTPPであることは言うまでもない。これは貿易において国家が主権を失うことであり、企業が国家を超えるのだから、「超自由貿易」とでも言えるだろう。
自分と近い思想の持ち主が少しづつでも増えてくれるのは嬉しいことである。まあ、「良識」で考えれば、誰でも同じような結論になるのだから、今はまだ世間の人間が「無駄な知識による洗脳」、たとえば「自由貿易は絶対に正しい」といった高等学校知識で目が曇っている人間が多いだけだろう。
念のために言えば、これも中学校社会科で習ったことだが、日本は明治維新後に、江戸時代に締結された不平等条約を改正するのにひどい苦労をして、その努力の結果「関税自主権」を手に入れたはずである。その貴重な「関税自主権」を自ら捨てるのがTPPなのだが、今の中学校の先生たちはこのことを生徒にどう教えるのだろうか。



(以下引用)



自由競争とは何か
南米の労働者は、一部の特権階級が欧米の商品を消費するため、競争市場で低賃金で働く。
その低賃金で生産した商品を、先進国の寡占化した市場の商品と交換する。
これが交換比率の不公正というものだ。

先進国でも独占、寡占化した大企業の商品と、競争市場にある労働力との交換が行われる。これでは格差が開いていく一方だ。

市場を寡占化するのなら、労働力を含めたすべての商品を寡占化しなければ公平ではない。
市場を競争させるのなら、すべての商品を競争させなければ公平ではない。

それが出来ないからその不公正を修正するため、政治による富の再分配が行われる。
しかし人々は富の再分配の根拠さえ分からないほど愚民化されてしまった。

マネーの循環が止まれば経済は破綻する。
マネーを循環させるために政治はファイナンスに頼った。
しかしファイナンスは何時までも続けられるものではない。
それが現在、国際収支危機、個人債務危機、財政危機として顕れている。

でも政治の現実は財政再建政策を取るか、積極財政政策を取るか、はっきり旗幟を鮮明にした政党すら居ない。
財政再建と、景気対策と、右と左に同時に行きますよと愚かなことを言っている。

来年は日本もこうなるのか
画像
 

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コメント
01. グッキー 2012年10月08日 18:10:40 : Cbr3d6O9vj7Mc : vfE4Rn8f7g
http://dorian.en-grey.com/Entry/1283/
ある年の場合、「キリマンジャロ」を栽培するタンザニアの生産者の取り分はコーヒー価格の 0.9%でしかない。
 コーヒーの価格形成には次のような三つの不公正が働いていると論じる。第一にその基準価格がニューヨーク先物価格という、投機的金融の影響を強く受けるものに規定されていること、第二に多国籍企業による買いたたき、第三に生産者価格と消費者価格の間に巨大な格差が存在すること。
ーーーーーーーーー
フエアトレードに関してはこちらの記述が分かりやすい。





03. 佐助 2012年10月08日 22:24:42 : YZ1JBFFO77mpI : TUhrPgEJIU
なんたる悲喜劇
「関税をゼロにして,自国の農業や中小企業を壊滅させたい民自公議員は多数派」
世界と日本のマスコミとエコノミストや政治経済の指導者のほとんどは,超関税自由貿易主義者なのである。TPPの関税をゼロにして,自国の農業や中小企業を壊滅させても、世界信用収縮恐慌の再発は絶対に防止すべきだと信じているのだ。そのために、世界信用収縮恐慌を発生させる世界基軸通貨の交代は見えない。そして、迫りくるバブル崩壊のインジケーターの足音が振り切れるタイミングも予知できない。野田政府と民主党及び自民党多数派は、その時その時の対症療法で、根本治療のタイミングを遅らせ、朝令暮改を繰り返すだけなのである。彼らには世界恐慌の渦中にあることを認識していない。平時ではないアベコベの政策で乗り切ることは最早できない。
「世界恐慌は関税引き下げと通貨切下げ競争で、10年間も悪夢にうなされた」
野田政権と民主党や自民党や及び日経新聞は1929年の世界恐慌で世界経済が関税引き下げと通貨切下げ競争で、10年間も悪夢にうなされたことを忘れてしまった。そしてまたも同じ過ちの歴史は繰り返される,2006年に包括関税引下げ交渉は行き詰まり、二国間の交渉に中心が移った。これは第一次世界信用大恐慌前後と同じ状況に突入したことを意味する。1929年にスタートした世界恐慌,1930 年代の世界信用恐慌は、農業信用縮小恐慌(自作農の破産)と株式信用縮小恐慌(大暴落)だった。 40年過ぎて1972年にニクソンのキン離れで繁栄をもたらし日本も輸出の神風が吹いた。しかし80年ぶりの世界恐慌が2008年12月のリーマンショックで一幕目がおりた。二幕・三幕が続くことを認識して対策しなければならない。だが2011年12月、ついに新興国のブラジル・中国・インドの住宅土地バルブが弾け、同時に、欧州各国の債券バブルが弾けた。

マンガ資本主義の常識として「自由な貿易と内外投資が,世界市場を拡大させるので,バブルは発生しない」とアト知恵の金科玉条になってしまった。世界恐慌を認識できないデフレの混乱期なのに平時と錯覚したのである。経済は民主党政権と自民党及び大マスコミ官僚によって,同じ過ちを繰り返すのである。それも2016年前後に古今未曽有のパニックを迎えることになる。

ナチスドイツと軍国日本が、第一次世界金融恐慌から早く脱出できた決定的で、普遍的な要因は、世界の金融システムから隔離された「経済鎖国」のセイである。つまり貿易と外国からの投資を制限したからである。経済鎖国は、世界的金融バブルの打撃を軽減する。だが、経済現象の停滞は免れないのは当たり前。徳川幕府や韓国の鎖国政策は、能動的な「経済鎖国」の例である。特に吉宗がしたことを学ぶ事だ。

英国のスターリング地域(英連邦と植民地)の特恵関税も「経済鎖国」である。そのため、第一次世界金融恐慌の打撃を軽減し、経済指数の早期上昇を可能にした。戦争によって、その凋落を加速させた。それなのに、どうして、戦争が金融大恐慌から脱出る早道だという妄想を捨てられないのか!残念なことである。1929年の米国政府は、輸入商品に高関税をかけ規制した。外国投資流入は規制しなかった。いや、外国投資の利益を防衛するため、高関税政策を採用していたのだ。

官僚が支配する社会では自由経済システムそのものが腐敗堕落する
資本主義国家は、官僚支配するビジネスに参加するにはコネと賄賂が絶対必要である。社会主義政治体制は官僚支配なので、どんな開放政策にも認可権がつきまとう。そのため、自由経済システムそのものも腐敗堕落が避けられない。そして国家は自衛のための戦略物資の確保と貿易拡大TPPを優先させる。

そこで国民は生活防衛のために,買い溜めと買い控えに走る。そして消費思考と行動を転換させる。そのために,国内と国外市場の縮小が避けられない。世界恐慌とデフレなのに消費税値上げを決めただけでも,消費者は,現象を連関させて思考するために,「やむえない」と,最初は容認しても,買い溜めして自己防衛する。消費者は生活防衛が限界点になると,企業や国家と対立抗議する。生活必需品値上りは,国家と企業の結託だと見なして自然発生的に暴動を起こすものである。




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