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徽宗皇帝のブログ

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高学歴者ほど学問的権威を否定できなくなる心理的機制
「大摩邇」所載の「in deep」記事で、私がこれから書こうとしている「自己愛」という哲学的問題の一例として載せておく。

自己愛とは人間の最大の精神的特徴であり、それは動物の「自己防御本能」に根差しているだけに、強烈な力を持つものである。これに比べれば「東海アマ」氏の言う「利他主義」など、屁の突っ張りほどの力もないだろう。ただし、この「自己愛」はエゴイズムの土台ではあるが、「自分のためにも他者を愛する」ことにつながるわけで、破壊的なものだけではない。
「他者は、存在するだけで、私が存在の基盤とするこの素晴らしい世界を構成する一部であり、尊重すべきものだ」、というのが正しい自己愛の他者への姿勢だろう。この正反対が、他者を単なる道具か家畜と見る思考法であり、世界の中にはそういう連中もたくさんおり、しかも大きな権力を持っている。はたして「人類」はそういう存在(例の漫画の「魔族」か?)と共存できるだろうか。

そしてまた、その「自己愛」の出現の仕方は、かなり「自己幻想」によるところが大きい。たとえば、「現実の自分が理想の自分になれる可能性がゼロであることに絶望して自殺する」こと、つまり、「自己愛ゆえに自殺する」という矛盾すら生じることもあるのである。

で、下の記事との関連だが、「自分の達成したものや自分を作り上げた存在は、自分を価値づけるものであり、自己の一部である」ということだ。これが、高学歴の人間が、学問的権威を否定できなくなる心理的機制である。

(以下引用)


以下は、2022年11月の In Deep の記事からの抜粋です。


2022年11月15日の記事より


なぜ、日本でも、あるいは他の国でも、あの戒厳令政策に大部分の医師たちまでもが従い、ましてや、ワクチンさえ多くの医師たちが奨励したのか。


ほんの少し合理的に考えればわかるようなことに対して、なぜあのようなことになったのか?


少し前に、「マインドコントロールを増大させるもの」という記事を書きましたけれど、このマインドコントロールは、一般の人々に対してだけではなく「医師に対しても同じ」だということにも気づきます。


お医者様は、基本的には全員が大学の医学部を卒業してから医師になりますが


「医学部というのは、軍隊でいう軍人養成システムになっている」


という大きな現実があります。


もちろん、そのことを批判しようとしているわけでは当然ありません。


つまり、多くのお医者様方は、悪意からあのようなことを述べたり、おこなっているのではなく、「それ以外の方法論を教わっていない」という部分が強そうです。


熱が出たら解熱剤、ガンに対しては抗ガン剤、感染症の予防にはワクチン。


そうならざるを得ない。そう「本当に確信」している


これは、そのお医者様が良い人だとか素晴らしい人物だというような人間性とはまったく関係のないことであり、現代医療者の養成所で訓練を受けた人々は教わったことに従うしかないという現実があるというだけの話です。


先ほどのマインドコントロールの記事では、


「マインドコントロールは、時間の経過と共に自己暗示が加わる催眠状態となるため、その催眠を解くことが大変に難しい」


と書かせていただいていますが、大多数のお医者様たちも同じだと考えざるを得ません。


indeep.jp


もちろん、その中から「マインドコントロールから解けていく」人が、ほんの少数ではあるにしても、出てきます。


上の記事では、アメリカの小児科医であったロバート・メンデルソン医師 (1926-1988年)や、日本の医学者だった安保徹さんが、「マインドコントロールから解けたとき」についてもふれています。


先ほどの大阪府のワクチン接種率のグラフからいいますと、最初の 1回目と 2回目の接種を拒否した「 0.4%」などのごく少数が、それに該当するのでしょうか


他の職種にしても、高学歴の人たちが多い職種ほど、「マインドコントロールの呪縛から解放される」人たちの率は、やはり低いようには思います。


もちろん、高い学歴を持つ人たちを揶揄しているのではありません。それは、はっきりさせておきたいと思います。


尊敬はしないですが、否定的な見方もしません。


そういう方々は、多くの人が、小さな頃からよく勉強をして、人生の道を踏み外さないで真っ直ぐに来られた方が多いと思います。


それは立派なことだと思います。


本当は子どもの頃にやりたかったことも、ある程度は抑えて生きて、そして大変な努力を積んできたという意味では、ある意味で尊敬に値します。


しかし。


ここに問題があるのです。


自分に対しての規制、抑制、そして努力は、「どれもマインドコントロールを強化する心理状態を育む」可能性が高いのです。


ひとつには「自己とその環境すべてを否定することを思考する」ということをしなくなる、ということもあるかもしれないですが、それはたとえば、「人間の脳の成長の特徴」からも言えなくもないかもしれません。


以下は、2011年のオランダやアメリカの科学者たちによる論文の冒頭で、これが論文の主題ではないですが(瞑想の効果についての論文です)、「人間の脳の発達の性質」などをよく示しているのではないかと思います。



論文「脳と認知可塑性の神経科学的研究におけるツールとしてのメンタルトレーニング」より

学習能力は脳の可塑性(変化する性質)の機能であり、すべての動物の生存に不可欠だ。人間は適切な訓練を受ければ幅広いスキルを習得できるため、この点では注目に値する。


過去数十年間の神経科学研究により、人間の脳は可塑的であり、そして、これまで考えられていた以上に可塑的であることが確認されている。


最も顕著な発見の 1つは、おそらく、成人の脳が経験の結果として構造と機能の両方で依然として大きく変化する可能性があるという観察だ。


…したがって、可塑性は生涯を通じて保持される神経系の固有の特性であり、精神的実践を含むすべての神経活動の必然的な結果であると考えられる。実際、脳は各感覚入力、運動行為、連合、報酬信号、行動計画、意識そのものに応じて継続的に変化するというのが現在では一般的に考えられている。


しかし、いくつかの研究は、学習が一般的に非常に特異的であることも示している。あるタスクについて訓練を受けた人はそのタスク自体を改善するが、他のタスクは、非常に類似したタスクであっても、ほとんどまたはまったく改善が見られないことがよくある。


PMC




 


ここまでです。


脳は大人になってからでも「どんどんと変化していく」もののようなのですが、「徹底的に訓練を受けたものにしか、その改善は示されない」というようなことでしょうか。


 


小さな頃からずっと受験勉強だけをし続けた人がいるとします。


その場合、「勉強している対象に対しては、脳はどんどんとスキルを上げていく」けれど、「他に対しては上がらない」。


 


さて、長い受験勉強期が終わり、社会人になりました。


 


その時に、長い受験勉強で鍛え上げられた「脳のスキル」が、社会で適応できるスキルとして機能するのかどうか。


しかし、「自分はあれほど勉強をしたのだから」という強い思い込みの心理が、そのような疑問が生じることを拒否します。


 

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