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徽宗皇帝のブログ

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TPPにおいては敵前逃亡こそ愛国的行為
小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・ア・警句」から転載。
プロの書き手の文章を無断引用するのは著作権的に問題があるかもしれないが、まあ、むしろ販促活動に協力している、と寛容に見てほしい。著作家の販促活動とは、「この人はこういう文章を書く人なんだ」という知名度を上げることなのだから、多くの人に引用されることはむしろ喜ぶべきことだろう。
今さら知名度を上げなくてもいい、と当人は言うかもしれないが、小田嶋隆という「思想家」について知らない人は多いはずである。もちろん、ここで「思想家」と言っているのは、私がそう認定している、ということで、彼の肩書はコラムニストである。しかし、多くの人がコラムニストという職業に抱いている軽いイメージ(要するに、まともな小説や詩や論説を書く能力が無い、雑文書き、というイメージ)で彼を見るのは大間違いである。「崖っぷち社長」(長いネット不在だったが、無事だったようでお目出たい)が日本の最高の知性の一人であるのと同様に、彼もまた日本の最高の知性の一人なのである。
それはともかく、彼がTPPについて下記の文章で言っていることは、まったく正しい。そして、他の人には出来ない切り口でTPPを切り捨てている。そこがやはりプロの文筆家である。
同じプロの文筆家とは言っても、小説家などは「買い手(読者)や販売手段(出版社)あっての自分」だからこうした政治問題については用心して、発言しないのが常である。例外は丸山健二と高村薫くらいか。しかし、この両者とも、政治的発言に関してはネット知識人の平均レベルでしかない。小田嶋隆の政治に関する見識は、彼ら程度のものではない。
そして、小田嶋隆は、いざとなればどうにでもなれ、という覚悟でいつも発言しているように私には見える。それが彼の言う「地雷を踏む覚悟」だろうか。
アメリカに赤狩り旋風(マッカーシズム)が吹き荒れていた時、文学界では純文学の作家はまったくそれについて発言も反対もせず怯えて縮こまり、一部の探偵小説作家(大衆小説作家)だけがそれを堂々と批判した、という歴史がある。前にも書いたが、「人間の格」というのはそういう危急の時に現れるのだろう。(「疾風に勁草を知る」というのはそういうことだ。)
小田嶋隆はこの文章を書いたことで、大手マスコミでの仕事をごっそり失う可能性もある。他の、どの文筆家(プロに限定してだが)にそういう勇気があっただろうか。


「闘いに負けない方法は、負ける闘いを避けることだ。
 交渉参加の流れが決定的であるとしても、まだ敵前逃亡という選択肢が残されている。
 個人的には一番評価している手筋だ。
 安倍首相にはぜひ、世界を相手に見事な小芝居を演じていただきたい。」

私も、この意見に賛成である。「お腹が痛くなりました」で総理を辞めた安倍総理なら、敵前逃亡は慣れているだろう。前の逃亡は喜劇だった。しかし、今、国家を破滅に追い込むTPP参加の直前で敵前逃亡をするなら、それは英雄的行為である。総理不在、ということで時間稼ぎをすれば、半年か1年後にはアメリカ自体が国家破産してTPPなど雲散霧消する可能性もある。



(以下引用)

TPP交渉への参加は、国益に資するのだろうか。
 わからない。
 国益とは、単純なものではない。
 国民一人一人の利益は、一様ではないからだ。
 アメリカにとってプラスな変化が、必ずしも日本にとってマイナスになるという単純な話でもない。
 ただ、ひとつだけ確実に言えるのは、TPPがもたらす「グローバル化」は、グローバル企業により大きな利益をもたらすであろうということだ。
 数字上の損得や目先の国益とは別に、健全な市場競争がもたらす恩恵を称揚する向きもある。
 TPP交渉への参加を主張する人々は、競争に晒されることで、産業が成長することを強調する。
 たしかに彼らの言う通りなのかもしれない。
 じっさい、品質と価格で競争する工業製品の世界では、競争は成長と向上のために不可欠な条件であるのだろう。
しかしながら、農業や医療は、必ずしも価格や生産性や利益率を競うべき分野ではない。社会保険にしても、競争することで「成長」するとは言い切れない。
 おそらく、この分野における「競争」は、弱者を切り捨てる際のイクスキューズに使われるだけで、勝利は、あらかじめ世界に展開しているグローバル企業の側にある。
 資源や環境のことも考えなければならない。
 たとえば、土地の値段の安い(ついでに言えば安全基準も甘いのかもしれない)国に巨大な池を掘ってウナギを養殖すれば、安いウナギを生産できるはずだ。ついでに、建設コストの低い土地に蒲焼きの工場を建設して、労働単価の安い現地の労働者に串打ちをさせれば、ビニールパック詰めの安価な蒲焼きが安定的に大量生産できるかもしれない。事実、様々な関係者の努力もあって、この20年ほどの間に、スーパーの店頭に並ぶウナギの蒲焼きは、500円を切るまでになった。
 が、稚魚の確保を天然のシラスウナギに依存している以上、ウナギという資源の供給にはおのずと限界がある。
で、現在、ウナギ業界は、乱獲による資源の枯渇に直面している。
 つまり、低価格で生産できるからといって、闇雲に規模の競争に走ったら、自然は枯渇したり汚染されたりするわけで、そういう部分は、純粋な工業製品と同様の理路で考えるわけにはいかないのである。
 日本のコメ農家が、アジアやアメリカのコメとの価格競争を避けて、市場での棲み分けを果たすためには、富裕層に向けたブランド米の生産にシフトしなければ云々、という話は何度も聞かされた。
 もっともな話に聞こえる。
 でも、日本の米がブランド化するということは、われわれがこれまで普通に食べていた米が、バーキンのバッグや、フェラガモの靴みたいな高嶺の花に化けるということ…であるのかもしれない。
 そうでなくても、グローバル化による市場の高度化は、貧困層の食べる米と、富裕層の食べる米の間に、巨大な価格と品質の差が生まれるというカタチで顕現する可能性を秘めている。格差自体は、市場の必然なのだとしても、ほかならぬ食品としてのコメが格差化することは、大部分の日本人にとって、憂鬱な結末であるはずだ。
 一方には、米粒ひとつひとつにブランド名が刻印されているみたいなシャネル資本の入ったライスを食べる層がいて、他方には洗米の前にコクゾウムシを取り除く手順を経ないと食べられない米を食べなければならない家族がある、と、そういう社会の到来が望ましいのかどうかは、ぜひ、その社会が実現する以前によく考えておかなければならない。
 全体としてコメの市場価格が低下することそのものは、消費者にはプラスの変化であるのだとしても、でも、私はいやだな。
 高級品が、普及品の100倍の値段で売られるみたいな市場は、バッグ売り場だけでたくさんだ。
 競争に勝つ者にとって、グローバル化がもたらすところのものが福音であるという事情はわかる。
 アベノミクス関連の週刊誌記事を見回してみると、どの編集部も「儲かる銘柄」や、「買い時の不動産」を強調するばかりで、要するに「勝つ」ことしか考えていない。
 記者は、投資家が賢明な判断をしていれば、必ず勝てると言う。
 おそらく、安倍さんご本人もそう思っている。
 競争に勝ってきた自覚を持つ人々は、自らの勝利を自身の「天性」と「努力」の賜であると考え、自分を勝利に導いた社会が「公正」な競争のおこなわれている正しい社会であるというふうに認識している。
 安倍さん自身、たぶん、自分が「他人よりも圧倒的に有利なスタートラインに立っていた」とか「下駄を履いている」というふうには考えていないのだと思う。
 おそらく、安倍さんは
「努力すれば向上するし、競争すれば成長するに決まっている」
 というふうに考えていて、だからこそ、「頑張る人が報われる社会」という言葉を繰り返し述べている。
 しかしながら、その
「頑張れば報われる」
 という観察の裏側には、
「報われていない人たちは、努力しなかった人たちだ」
 という決めつけが隠されている。

でなくても、実際の話、特定の誰かが、頑張ったのかどうかを、いったいどこの誰が、どういう資格と見識において評価するというのだ?
 「いや、それが市場なんだ」とおっしゃるのかもしれないが。
 もうひとつ言っておきたい。
 競争は、参加するメンバーの競争力を上げるという、ここのところまでは、字義通りに受けとめても良い。たしかに、競争は成長を促すのかもしれない。
 が、成長するのは自分たちだけではない。
 忘れられがちなことだが、市場競争は、競争相手の競争力も向上させている 勝つか負けるかは、結局のところ自分の努力だけでは決まらない。
 競争を通じて成長できるのなら、それはそれで収穫ではないか、と、自己啓発研修の資料みたいなことを言う人がいるかもしれないが、グローバルな市場競争における敗者は、単に順位の低下だけでは済まない。
 競争に敗れた場合、敗者は、トラックから退場せねばならない。つまり、負けは、死を意味している。
 いや、陸上の競争ならそれでも良いのだ。努力や才能が十分でなかったアスリートが競技場を去るのは、競技レベルの向上のためにはやむを得ないことだ。
 でも、たとえば、「利益率が低い」というだけの理由で、国民皆保険制度が駆逐されて病院に行けないような状況になったりしたら、私はとても困る。
 闘いに負けない方法は、負ける闘いを避けることだ。
 交渉参加の流れが決定的であるとしても、まだ敵前逃亡という選択肢が残されている。
 個人的には一番評価している手筋だ。
 安倍首相にはぜひ、世界を相手に見事な小芝居を演じていただきたい。

(文・イラスト/小田嶋 隆)






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