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『組織悪』のためのメモ(その1 『象を撃つ』とポジション論)

いずれ、書けたら書きたいな、と思っている、私の組織論である『組織悪』についてのメモを少しずつ書いていこうかと思っている。私は自分のブログをメモ代わりにも使っているからだ。ノートなどに書くと、なぜかあまり発展していかないのだ。ブログなどに残しておけば、案外と見直すことも多く、そこからまた考えが発展したりする。


第一に、「ポジション」の持つ「否応なしの強制力」のこと。

これは、ジョージ・オーウェルがその自伝的エッセイ「象を撃つ」の中で書いている出来事らしいが、彼が警官としてビルマに赴任した時、民間人が飼っている象が発作的に暴れ出し、警官の出動が要請された。彼が現場に行った時には象の発作は治まっていたが、周りにいるビルマ人たちは、彼が象を撃ち殺すことを期待して眺めていることを彼はひしひしと感じたのである。そして、彼が象を撃たないと「白人の威厳が損なわれる」ことを彼は直観し、そして逡巡した後、象を撃った。


「二千もの群集の意思が、いやおうなく私を前に押し出すことを私は感じた。東洋における白人の支配の空しさ、虚ろさを私がはじめて理解したのはまさしくこの瞬間、こうしてライフルを手に立っていたときだった。銃を持って武器なぞない原住民群衆の前面に立つ白人、それが私だった。まるで舞台の主役のように見える。しかし現実にはその逆だ。私は後からついてきた黄色い顔たちの意志によって、前後左右思うままあやつられる人形にすぎない。この瞬間に私はわかったのだった。白人が専制者と化すとき、彼が破壊するのは実は自分自身の自由なのだと。」(「帝国主義の解剖学」第2章より)


ここには、示唆的なことが幾つかあるが、そのひとつは「ポジション自体の強制力」であり、それはそのポジションにいる人間の人格も良心も超えた力をしばしば持ち、しかもその強制力は必ずしも「上から」のものばかりでなく下からの圧力もあるということである。

なお、ここで私は「ポジション」という言葉を使い、「地位」とか「役職」とかは書いていない。それらすべてを包含するのが「ポジション」という言葉で、日本語で言えば「守備位置」、つまり、まさに野球用語としてのポジションである。それは「攻撃担当」の面も無いではないが、「自分が守備するテリトリー」というのが組織論での「ポジション」の適正な用法になるかと思う。「攻撃」はむしろ「プロジェクトチーム(当面の優先問題解決チーム)」が担うだろう。
ポジションは、そこを守る個人の「人格も良心も超えた強制力を持つ」ことがしばしばある、というのが私が言いたいことだ。いわゆる「ポジショントーク」という言葉(概念)は、それを明確化してくれた貴重な言葉だと思う。

なお、上記引用文の赤字部分は、ここでは深く論じないが、帝国主義論を超えて、より一般的な組織論としても妥当する、とだけ言っておく。地位(ポジション)は、どんな高位のポジションでもそのポジションに就く人間の自由(自由意志)と人格を破壊する、ということだ。


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