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徽宗皇帝のブログ 徽宗皇帝のブログ

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これからの日本のグランドデザイン 本論(1)産業と経済 追加2


10)原発すべての即時停止と廃棄、福島の処理、原発立地地方の再建策を進める。


という考えであるが、日本の電力は原発なしでも十分に足りていること、地震国日本に原発があること自体が無謀であることの2点だけでも、原発すべてを即時停止し、廃止していくべきであることに異論はありえないだろう。その「異論」がすべて無茶苦茶な詭弁であることは論を待たない。
その廃棄へのプロセスは官僚に任せるとして、原発無き後の日本を考察したい。その前に、福島およびすべての原発立地県をどう「処理」するのがいいかを考えてみる。
福島はすでに原発事故の後、他は「これから(事故が起こるwww)」という違いはあるが、その違いはまた「福島は原発依存症への反省は一部にはある」「他県はこれからも原発に依存する気満々で、原発反対の声も上げにくい」ということにもつながるだろう。とりあえず、原発は廃棄する、と政府方針が決まれば、そういう「声」は賛成論も反対論も意味をなさなくなる。これが「民主主義(笑)の現実」である。

さて、原発立地県の「切り捨て」はしないという方針で行くなら、これらの県はどうすればいいのか、また政府はこれらの県にどういう対処をしていくべきなのか。
まず、福島に関して言えば、これは広島の例を考えればいいだろう。原発投下の直後には、広島の復興は未来永劫無理、と思われていたが、数年で復興した。つまり、人が一応住める程度になるには数年あればよかったわけだ。放射能の影響が実際には数十年もあったかもしれないが、広島の街自体が数年で復興し、人が住めるようになったことは事実だ。だからこそ、「仁義なき戦い」のようなヤクザ戦争すらあったわけだろうwww 
福島の山野や農地に落下した放射性物質が除去できないのは自明であると思うが、これに関しては「福島(および関東)産の農作物、林産物、水産物は(原則として)後10年は使用しない」という方針で行くしかないだろう。その失業補償は、「原発村」の全収入を当てるしかない。それが福島原発事故を起こした原発村の責任であるのは当然の話だ。だが、それは事実上、国民の出す税金になるのは目に見えているがwww まあ、福島産品の放射能検査を行って、それにパスしたものは流通させる、という方針が今行われているようだが、そこまでして福島の第一次産業を再興させる必要があるとは私には思えない。インチキ検査で福島産品が全国や世界に流通したりするほうが怖い。これは考えの分かれるところだろう。放射能の影響が農作物から完全に消えたら、私も自分の意見を撤回するのにやぶさかではない。

さて、原発を廃棄したとなると、その施設自体が「放射性廃棄物」であり、また一種の「潜在的原爆」になる。廃棄した後も膨大なカネ(監視費用と管理費用)がかかるのが原発の特徴だ。これは、その施設は半永久的に立ち入り禁止にするしかないだろう。

で、原発立地県の新産業をどうするか、である。もともとロクな産業が無いからこそ原発を誘致した県が多いのだろうが、何をして県全体としての収入を得ればいいのか。
最悪の策は、そうした原発立地県に政府が補助金を流し込む政策だろう。それではいくらカネがあっても足りない。結局は国民全体への増税に継ぐ増税となるだろう。

第一次産業は、全世界的な競争の結果、カネにならない。
第二次産業も、全世界的な競争の結果、カネにならない。
第三次産業は、一部の「観光県」以外は外から流入するカネにならない。


というのが全体的な状況だと思われる。では、どうすればいいか。考察は次回に続く。

しかし、私もカネにならない考察をよくしているもんだ。まあ、ほとんど趣味だけど、「市民としての使命感」が無いでもない。誰もそんな使命を与えてはいないが、誰もやらないのだから、誰かがやるべきだろう。
ここで書いたアイデアの一つでも10年後100年後に実現したら、自分がこの世に倦まれた甲斐もあろうというものだ。まあ、安藤昌益や大杉栄や幸徳秋水や中江兆民やルソーやヴォルテールに自分がなったくらいのつもりで書いているのである。思想は世界を変える、というのが私の根本思想である。



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