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愛国者が売国者になる不思議

「神州の泉」から抜粋転載。ただし、記事内容を肯定しての引用ではない。単なる考察材料としての引用だ。
この神州の泉氏の意見は、よく聞く意見でもある。ここには書かれていないが、この種の意見の結論はだいたい、だから「日本国憲法改正(改定)」と「軍備増強」をせよ、ということになることが多い。神州の泉氏がこれまで書かれてきたことから見ても、そういう帰結になると思う。もちろん、これは私の推測だから、推測に基づく考察をしても、「我は馬車の影を掃く御者の刷毛の影を見たり」というような(これは「地獄」論議へのドストエフスキーの揶揄だったと思う。)、「存在するかしないかもわからないものに対する無駄な論議」になるかもしれないが、まあ、思考訓練だ。
さて、右側に属する論者が日本国憲法改定や軍備増強を言うのは、もちろん「日本の真の独立」を目指してのものだろう。まさか、「属国としての性能を高め、滅私奉公して宗主国(ご主人さま)のお役に立つ」ためではあるまい。安倍総理の真意はそうかもしれないが、まさか神州の泉氏が後者の意図だとは思えない。しかし、憲法改定や軍備増強を肯定するならば、結果は安倍総理と同じ汽車に乗って進むことになる。小泉、安倍らの売国政治を痛烈に批判してきた氏が、ここに至って同じ穴の狢と化すのである。これが右側論者の宿命だ。
いや、自分は右も左も関係なく、ただ愛国者であるだけだ、と言われるかもしれないが、その「愛国心」の結果は売国路線まっしぐら、となるわけだ。いやはや、「愛国」と「売国」は紙一重、ということだ。もちろん、これは思想的錯誤による残念な結果であり、私が愛国者の誠実を疑っているわけではない。
そもそも、日本国内に米軍基地を無数に抱え、喉首に匕首を突きつけられた状態で日本が「独立」できる、と思うほうがよっぽど頭がお花畑であるのではないか。ならば、憲法9条によって「狡猾に」立ち回り、米国の戦争に絶対に巻き込まれないようにすることこそが真の「リアリスト」の取るべき道だろう、というのが私の意見である。ついでながら、吉田茂は「米軍を日本の用心棒にして、日本は経済発展だけを目指せばいい」と考えていたらしい。昔の保守政治家は、今の右翼陣営の政治家や評論家よりもずっと大人であったようだ。



(以下引用)



1989年の日米構造協議から四半世紀のあいだ、日本はアメリカからの外圧によって、間断なく経済の底力が奪われ続けた時代だった。これを日本人側の防衛感覚から見ると、日本人は軍事的脅威に対してもそうだが、経済的な脅威に対してもほとんどゼロと言っていいほど無頓着である。


その最大の理由は、明治から戦前全ての時代と、大東亜戦争を完全な悪玉史観だと見てしまう、無理解・無知な教育体系にある。戦後教育による戦前の全否定が、国家に対する異常な憎悪を生み、世界の常識的な国家像で日本を建て直そうという試みさえも、国家は悪だからまかりならんという意識を育ててしまっている。


仕事や旅行で外国に出た日本人が、外国人から日本のことを尋ねられたときに、大きな戸惑いが出て自国のことをよく説明できない場合が多いとよく言われている。しかも、その理由を日本人が日本のことをよく知らないからだという解釈が為されている。


だが、半ば常識的に語られるその理由付けは非常におかしい。


日本人が日本を説明できない理由が、その日本人が日本のことをよく知らないからだという言い方は間違ってはいないが、あまりにも皮相的であり真実をほとんど語っていない。


真実は、日本人が戦後教育と親たち祖父母たちの東京裁判史観によって、無意識レベルに「閉ざされた言語空間」を植え付けられているからだ。つまり、欧米の歴史観だけがまっとうで、自国の歴史は取るに足らない無価値なもの、あるいは語るには邪悪すぎる道程を踏んできたと強く思い込んでいるのである。


日本の近現代史を教育から捨象しているのはそういう背景がある。


祖国感情もなく、自国のまともな歴史観もない日本人が、外へ出て日本を語る場面に遭遇しても、彼(彼女)には誇りを持って自国を紹介できないというのが、ことの真相なのである。自国に愛情を持てない教育で成人した日本人は、すでに日本人とは言えない存在であり、無国籍な日本人風のアイデンティティしか持てないのである。


これでは外国人に軽蔑されるばかりである。


外国人から日本を問われて戸惑う日本人こそ、祖国に対する愛情もなく、当然ながら自分を育んでくれた日本を大事に思っていない。つまり、ほとんどの日本人は祖国を裏切る感情を常態化させているから、堂々と日本を語ることができないのである。


日本を自分の言葉で語ることができない日本人とは、外国人から馬鹿にされて当然の精神的な祖国喪失者なのである。


神州の泉は何度も言っているが、日本人は日本という国に住んでいながらも、精神的には故郷喪失者であり、ディアスポラ(民族離散)でノマド(漂流者)に身をやつしたユダヤ人よりも哀れな存在と化している。


日本を喪失した日本人が、軍事でも経済でも決して本気になれないことは自明の理であろう。だから過去の四半世紀に日本は、米国による規制緩和の圧力に抗しきれずに、雪崩(なだれ)的に向こう側の言い分を飲まされてきているのである。


左翼知識人の駄目なところは、一度日本が買った米国債を日本は売ることができないが、中国は売ることができるという、非常にちぐはぐな事実の理由を決して語らないところである。実は中国が米国債を売ることができて、日本ができないという、決定的な違いは軍事ヘゲモニーの差異という単純な条件から来ている。


左翼知識人がこの単純な理(ことわり)を知っていて言わないのは、九条護持を頑なに信じるという面目があるからだ。日本が米国債を買った場合、買うだけで決して売ることができないという厳粛な事実は、宗主国と、刀狩をほどこされた属国の関係を物語っているのだが、欺瞞のパシフィズムを唱える彼らはここに言及することを必死で避ける。


 

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