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沖縄の人間(あるいは日本人)には珍しく、問題の本質をつかむ能力にすぐれ、精密で論理的な文章の書き手であるキー坊の文章を紹介する。
以下に載せる記事は『幻想の島沖縄』という本への批判だが、その批判には沖縄問題を論じる時の微妙なポイントが良く示されていると思う。キー坊のブログは「曽野綾子『神話』」で検索すれば見つかるだろう。


(以下引用)


小泉政権に反抗して外務省を追放された元駐レバノン大使・天木直人氏は、ブログで普天間基地の県外移設を主張しており、民主党の公約違反を批判している硬骨の言論人である。その天木氏が10月25日、ブログで「鳩山民主党政権は結論を出す前に『幻想の島 沖縄』を読むべきだ」というタイトルの記事を書いていた。(引用以下)

「いまこそ彼らは日経新聞前那覇支局長・大久保潤氏の著書「幻想の島 沖縄」(日経新聞社)を読むべきだ。この本は、普天間基地問題の結論が出される前に、この国の指導者が読むべき本だ。いや日本国民のすべてが読むべき本だ。
 普天間基地問題のすべてがそこにある。沖縄問題のすべてがそこにある。いや戦後の日本の日米関係史のすべてがそこにある。この本を読むと、湯水のように使われてきた沖縄支援や減税特別措置によって、基地住民の気持ちがいかに分断され、歪められてきたかがわかる。」
と、著書への最大級の評価を下しているような推薦の言辞である。沖縄の過重な米軍基地負担を憂えている天木氏が称讃するほどの本なら読んでみたいと思って買った。著者大久保潤氏は05.3月から08.2月まで3年間、沖縄那覇で日経新聞の支局長を勤めた社会畑の記者であり、本は今年7月23日に発刊されたものである。

天木氏の薦めもあって、私は期待感を持って読み始めたのだが、徐々にそれは裏切られて失望感が沸いてきて、読むほどにそれは怒りに変わってきている。
三百数十頁あるこの本は全編にわたって、過去数十年の間に米軍基地存在によって歪められ、劣化してしまった沖縄社会のあらゆる点についてレポートしている。天木氏はおそらく今まで沖縄の実情に疎かったのだろう。この本を読んで初めて、補助金を垂れ流す日本政府の基地押し付け政策によって、沖縄社会が如何にスポイルされているかを知ったのだと思う。
それ故、天木氏はこの沖縄の現状を嘆いて、民主政権の幹部及び日本国民のすべてはこの本を読んで沖縄の実態を知れと、ブログで言ったのだと思う。そういう意味では、沖縄社会の実態を描いた日経記者・大久保潤氏の『幻想の島 沖縄』(日経新聞社)は存在価値があると思える。沖縄の事を知らない人にその実態を知らせるのには役に立つ本であろう。
米軍基地によってスポイルされた沖縄社会の実情は、大方の大和人には知られていないし、あくせくその日の暮らしに追われている大部分の沖縄人も、自分らの社会がどれほど劣化しているかを自覚してないと思う。

沖縄の言論人であれ大和の言論であれ、沖縄について辛口の論評を行う場合、その根底にある心情に思いやりが無ければ生産的でないことは言うまでもない。大和人が沖縄への強い贖罪意識や同情心をもっている場合は、辛口の言葉を敢えて投げ掛ける事は勇気のいる事だろう。反対に、贖罪心、同情心が無ければ、「ニセ沖縄人」「特殊奄美人」らがやっているようにどんな侮蔑的、中傷的言葉でも平気で投げつけるだろう。
「対象への悪意を含んだ言説」を最近では「ヘイトスピーチ」と言うらしいが、例えば狼魔人らの低劣右翼が沖縄へ向ける言説もその範疇だろう。だが、彼らのような明らさまなものは「誹謗」「中傷」と日本語で言ったほうが適当な感じがする。一読しては、対象を冷静に分析してその将来を利する為に書かれたかに見える著書でも、じっくり読み込めば誹謗中傷の内容でしかない場合、それを「ヘイトスピーチ」と言うのではなかろうか。

大久保潤氏の『幻想の島 沖縄』は、「幻想」という文字が入っているように、沖縄の内情はイメージで捉われているものとは、大きな落差のある悲惨なものであると言う事をレポートしている。全ページ次から次へと沖縄のマイナス部分の洗い出しの感がある。そして、沖縄をこのような状態に追い込んでいった最大の要因は米軍基地の存在であり、その米軍基地を沖縄に押し込めておくための日本政府による超優遇的経済措置、つまり補助金の垂れ流しであるというものだ。それがもたらす経済格差の増大、官民の格差、自助努力の喪失、補助金に頼った土建行政による見るも無惨な自然破壊、等々…。

実際、私もその通りであると思う。米軍基地の属性のうち何が一番恐ろしい事かと言えば、米軍の犯罪でも事故でもなく、騒音被害でもない。それは、米軍基地が存在する事によってもたらされる地域社会の劣化・スポイルである。現在、沖縄はもう回復がおぼつかないほどに、それが進んでいるという事をこの本は語っているように思える。日本政府が今まで湯水のように、沖縄に金をつぎ込んだのは、沖縄を黙らせる為だけでもなければ、沖縄を思いやっての事でもない。つぎ込んだ金はゼネコンなどを通じて、かなりの部分が大和に還流する事も大きいからであり、ヤマト政治家の利権になっていた。

米軍基地の固定化に協力するほど住民はより多く利益が得られる仕組み、軍用地代高額化での親族同士の利益の奪い合い、拝金主義の浸透。のんびり生活しているように見えても、基地を抱える地域ほど社会は劣化・腐敗が進行し、それは基地の無い地域にも拡散する。
米軍基地の集中する地域に生まれた自分は、大久保氏が言っている沖縄の惨状を否定するつもりは毛頭ない。私が米軍基地を強く憎む理由は、米軍基地が存在する事によって地域の住民を堕落させると思うからである。そして、それを沖縄に押し付けて自分らはその弊害を免れようとするヤマトの政府と民の態度に怒りを覚えるのである。

ところで、大和人である大久保潤は自分の立ち位置をどのように捉えているのだろうか。沖縄の住民をスポイルしている米軍基地の存在を問題視して、それ押し込める為のヤマト政府の補助金垂れ流しと、それを沖縄が安易に受け取る事、つまりアメとムチ関係は止めようとは言っている。沖縄=被害者vs本土=加害者の構図で、日本政府から金を引き出して安楽なやり方をする沖縄に未来は無いという。真にごもっともな言説であるが、それを力でもって実行しているヤマトの権力への追及はこの本には無い。つまり、佐野眞一の本と同じで、物事の本質に迫らないのだ。

本土も沖縄も、このような日本と沖縄の関係性から脱却しようと勧めているだけであり、その為の具体的提言は何ら無い。結局、上っ面をなでるような沖縄批判を繰り返しているだけではないか?天木直人氏のように見識のある人物なら、この本を読んで沖縄の現況を知り、危機感を持って政府へ追及の目を向けるが、一般の大和人は、沖縄への大規模な補助金垂れ流しと、それ故の沖縄社会の堕落振りに冷ややかな目を向けるのではなかろうか?沖縄は俺たちの税金を無駄使いしている。それなのに米軍基地は要らないと虫の良い事を叫ぶ…、と思う人が大部分ではないか。そんな印象を読者に与える為に書かれたのではないかとの疑惑を持つ。

佐野眞一の『沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史』もヘイトスーピーチの一つだと思うが、この『幻想の島 沖縄』も、全体を読み通してみると沖縄への「思いやり」というものは感じさせず、執拗かつ悪質な「ヘイトスピーチ」でしかないと、私は思う。実効的な沖縄への提言は何も無く、「です・ます」体の文章で、沖縄の悲惨な状況を延々と言い続けても、事の本質に切り込む姿勢は見せない。このような本は沖縄誹謗の書と言わざるを得ない。(続く)

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