ちなみに「哲人統治」は独裁制の肯定であり、現代世界ではプーチンのロシアがそれに近い。私も「人を得たら」哲人統治が最良の政治形態だと思っている。
(以下引用)
そこでネットで調べ始めたら、実に驚くべき結果に直面したので、興奮を覚えながら報告する次第である。アメリカの大学では、プラトンとマルクスを徹底的に教育しているのだ。紹介しよう。
納富信富
最初に見つけたのは納富信富のテキストである。元国際プラトン学会の会長。東大。田中美知太郎の孫弟子だろうか。現在のプラトン研究の権威だが、57歳と年齢は若い。プラトンの『国家』を概説するサイトでこう述べている。
全米大学教科書トップ100
へえ、そうなのかと、この指摘に驚き、本当なのかと確かめるところとなった。日本学術会議会員でサントリー学芸賞を受賞している権威の弁だから、まさか誇張はあるまいと確信したが、プラトン賛辞を熱く綴る筆致にどこか大袈裟な響きもあり、素人としてエビデンスが欲しいと思った。日本では、プラトンは古代ギリシャの哲学者の一人であり、著名な思想家であり、残している古典理論は重要で必須の知識だけれど、ここまでの高い評価はなく、これほどの人気と関心はない。そもそも、納富信富も言及しているように、プラトンには(英米にとって悪魔である)全体主義の起源とされる要素と性格が間違いなく存在し、その点からも、リベラルデモクラシーの根拠地であり総本山である英米で、このプラトンの地位と評価は意外に感じた。
そこで、裏付けとなる具体情報をさらに探索したところ、オープン・シラバス・プロジェクトが纏めた「米国の大学の授業でよく使われている文献トップ100」に遭遇した。文系理系総合した順位が示されているが、このランキングには本当に感嘆する。納富信富の指摘は事実だった。1位がストランクの『英語文章ルールブック』、2位がプラトンの『国家』、3位がキャンベルの『生物学』、4位がマルクスの『共産党宣言』、5位がアリストテレスの『二コマコス倫理学』、6位がマキアヴェリの『君主論』、7位がホッブスの『リヴァイアサン』、8位がソポクレスの『オイディプス王』。1位の本は、教員が学生に論文やレポートの書き方を指南する上での必読マニュアルとして活用しているのだろう。プラトンの『国家』が事実上の1位だ。
プラトンとマルクス、ギリシャ・ローマの古典
人文社会系では、プラトンの『国家』の次にマルクスの『共産党宣言』が来ている。これも衝撃の事実ではないか。他を押しのけて第2位。マルクスが2位である点について、オープン・シラバス・プロジェクトは注釈と説明を付けていて、この総合ランキングを弾き出す際の元データとなった、歴史、政治学、経済学、社会学、哲学、等々のフィールドで、マルクスは高順位を獲得しているため、総合ランキングでこうなったと「釈明」している。体操競技の個人総合得点と同じ計算方式の結果だ。いずれにせよ、このようにアメリカの大学は学生にマルクスを推薦し、学問研究の必修教材としているのである。これがアメリカの大学教育の事実なのだ。アメリカの若者が社会主義を肯定する原因が頷けるし、OWS運動の背景と必然が理解できる。
オープン・シラバス・プロジェクトの100冊のランキングを見て、アメリカの大学教育は素晴らしいなあと感動した。古典が入っている。学生に大事な古典を読ませている。古代ギリシャの作品が多い。100冊の中に、プラトンは6冊、アリストテレスは5冊も入っていて、他を圧倒している。いかに教授たちがプラトンとアリストテレスを熟読し、自らの人生と専門研究の糧とし、その恩恵を踏まえた上で、学生たちに課題図書として精読させているかが分かる。プラトン・アリストテレスと常に対話し、知の原点に還り、物事を根源から問い返して本質を見極める営為に努め、論理的能力と科学的知性を磨いている環境が分かる。アメリカの大学は、まさにアテナイのアカデミアの現代版なのであり、教授たちはプラトン・アリストテレスの弟子なのだ。
日本の大学の指導図書ベスト100
民主主義の考察と理解は、決してトクヴィルの1冊(31位)で終わりではないのである。それが決定版で、その理屈さえ頭に入れて水戸黄門の印籠の如く結論すればいいというものではないのだ。自由と正義も、ロールズの1冊(76位)を読めばそれで決着というわけではない。ロールズを教条的に振りかざせば、それで自由と正義の問題が解決して終端するのではない。プラトン・アリストレスに遡って一から問い直し、ロゴスを研ぎ澄まし、自分の頭で理論の構成に挑むのである。アメリカの大学はそのように学問し、学生を教育している。古典から学び、古典を血肉化している。古典を学び合う知の共同体として動いている。素晴らしいことだ。これこそ知の強さの秘訣だろう。日本とは全く違う。日本のアカデミーは、そのときどきの欧米の流行思想を普遍的教義として崇め奉り、教授が商売しているだけだ。
翻って、わが日本の大学の教材状況はどうか。比較資料として、有名国立大の教師が新入生に勧める100冊という情報があり、ランキングのデータが並んでいる。どれも価値のある立派な文学書や研究書や思想書が並び、納得感は十分するけれども、アメリカとはずいぶん違うという残念な感想を抱かされる。あくまで大学生の教養の指導書群であり、講義の教科書ではないから、単純な比較はできないが。それにしても、ウォルフレンが11位に来ているのに、丸山真男が94位という順番は解せない。首を傾げる。1位の『銃・病原菌・鉄』は、こんなに高評価される本なのかと戸惑う。両方のベスト100冊を見て思うのは、日本の大学の教養なりリベラルアーツが、いわゆる博覧強記や博識多芸にフォーカスされていて、古典で知を鍛えるという修行的契機が薄いことである。後述するように、やむを得ない面はあるにせよ。
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