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合理主義+資本主義=少子高齢化

「シロクマの屑籠」過去記事の一部である。
日本の少子化(と高齢化)の問題に解決策はあるのか、考える材料のひとつとして転載する。
下の記事を一言で言えば、「少子化とは合理主義と資本主義の当然の帰結である」と乱暴に要約できるだろう。逆に、そこからの脱出も、合理主義と資本主義の超克にあるのではないか。
まあ、私が自分のブログで合理主義や資本主義をしばしば批判してきたことはここにもつながるわけであるwww

(以下引用)


 子どもを若者に育てるためには膨大な時間とカネがかかるとわかっているにも関わらず、企業が優秀でない40~50代をリストラしたがっている社会情況を見据えるなら、平凡な人間が子育てを回避しようと思うのはきわめて合理的、かつリスクマネジメントに秀でた判断といわざるを得ない。
 
 むしろ、このような社会情況のなかで、自信も無いのに子育てを始めるほうがどうかしているのではないだろうか? ───少なくとも、合理主義的・資本主義的に人生を考え、リスクマネジメントの精神で人生設計をするような人ならば、自信も無いのに子育てを始めたりはしないのではないか。40~50代で安定した収入を維持できる見込みもないのに、時間とカネがすさまじくかかり、そのうえ親としての責任を問われてやまない子育てをスタートするのは狂気の沙汰である。生物としてはきわめて自然な繁殖ではあっても、合理主義的・資本主義的主体として考えるなら、ナンセンスとみなさざるを得ない。
 
 してみれば、現代社会の少子化とは、生物としては不自然な現象でも、合理主義的・資本主義的社会の行き着く先としては理にかなった現象のようにみえる。日本よりも凄まじい勢いで少子化が進んでいる台湾や韓国の若者は、より一層合理主義的・資本主義的に考えて、将来の年収と諸リスクをしっかり勘案して人生設計しているのではないか。
 
 頑張って大企業に就職してさえ、子どもを育てる盛りの時期にいきなりリストラされて再起不能になりかねない社会とは、「優秀でなければ子どもをつくるな」という圧力がかかっている社会にも等しい。そのうえ、子どもを放任しておけばそれはそれで虐待だと言われてしまう社会なのだから、産みっぱなしというわけにもいかない。よほど自信があるか、よほど子育てしたくてウズウズしているのでない限り、こんな社会情況でホイホイと子どもをつくって育てにかかるほうが、どうかしている。
 
 ……どうかしていると思いませんか。
 
 


「優秀な人」を基準にした社会では子どもは増えない

 
 もちろん、こうした問題は優秀な人には関係あるまい。
 
 優秀になれば大丈夫だよ。
 ↓
 優秀になりなさい。
 ↓
 優秀でないあなたが悪い。
 
 こうした考え方を良しとする人々にとって、リストラが心配だから恋愛・結婚・子育てを回避するのは負け犬仕草とうつるだろうし、実際、そのような論調をメディアでは稀ならず見かける。
 
 しかし、優秀な人を基準にした社会は、全体としてはけっして子どもは増えない。
 増えるわけがない。
 優秀な人は、その定義からいって少数派だ。
 少数派だけが子育てしたくなる社会なんて終わっている。
 
 もし、社会全体として少子化を解消していくとしたら、優秀な人だけが子育てを選べるような、優秀な人ベースの社会はどうにかしなければならない。平凡な人が子育てを選ぶ気がなくなる社会は持続不可能だし、あまり巷間では語られていないけれども、とんでもなく人間を疎外している社会ではないかとも思う。
 
 合理主義的思考と資本主義的イデオロギーが日本・韓国・台湾並みに浸透していて、それでもなお、優秀な人もそうでない人も恋愛・結婚・子育てに向かえるような社会はあり得るのだろうか。あったとして、それは東アジアでも真似できるようなものなのだろうか。
 
 大企業の40~50代がリストラされるニュースは、該当世代だけでなく、若者だって眺めているだろう。いまどきの、合理主義的思考や資本主義的イデオロギーをしっかり身に付けた若者たちは、ああいったニュースをどう眺めて、何を思うのだろうか。
 





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