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庶民はなぜ権力側に付くのか

「俺は民主主義国家にとって反権力、ないし権力に批判的であることは国民の義務だと思っている」

と言うのは理解されにくい言葉、あるいは舌足らずな言葉だと思うが、「健全な政治を維持するためには与党に均衡する野党議員数が必要である」と言ってもまだ理解されないだろうか。
言い換えれば、有名な「権力は腐敗する。絶対権力は絶対に腐敗する」というのが、議会政治における「与党が常時過半数である」という状態なのである。
なお、庶民がなぜ権力側に付くか、というのも実に簡単な話で、「自己防衛(自己保身)」のためなのだが、そのメカニズムを論じるのも面白いかもしれない。庶民の「意味不明の(根拠のまったく無い)共産党嫌い」とか、政治家が言う、無根拠な「悪夢の民主党政権時代」をなぜ庶民まで口移しに言うか、という理由も、その「庶民の自己保身」にある。
まあ、それは端的に言って下種根性であるが、庶民はそれを正当化する理屈で自分自身を騙しているわけだ。
「悪いことしてなぜ悪い」は、権力者だけではなく、庶民の大多数にもある、ということである。権力のおこぼれに与る(体制派である)ことで利益を得る(あるいはその利益を期待して行動する)人間は無数にあり、それを利用することで政治悪は存続し続ける。





なので俺は、仮に共産党が政権与党になったら当然これに批判の目を向ける。れいわ新選組も同様。現時点でこの2つを支持するのは、政権与党に対する一番有効な批判勢力だからだ。



  • 俺は民主主義国家にとって反権力、ないし権力に批判的であることは国民の義務だと思っているのだが、これはイデオロギーとは関係がない。事実、私は共産党やれいわ新選組の主張は非常にまともだと考えるが、同時に反体制右翼団体である一水会にもシンパシーを抱いている。



  • 東日本大震災のとき俺が心の底から驚いたのが、単なる一般庶民なのに政府や権力の側に立つ人がこんなに多いのか、と言うことだった。反権力の言辞を弄する人間をことごとく左翼扱いされることも気になった。









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