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大久保利通の国家構想

大久保利通の国家構想                              


 


 


吉川弘文館の「明治維新の政治と権力」という本の中に、大久保利通がどのような国家構想を考えていたかをうかがわせる文章があったので、それを(元の文章は難しいので私が適当に表記を変えて)メモしておく。


 


特に、「天皇陛下の権」の中に


 


「議院の議全国に障碍あるときはその議を廃す」


 


というのは、私が前に書いた政治構想と同じである。つまり、「天皇の機能」をここに集約しよう、というのが私の構想だ。それ以外の「天皇陛下の権」は、君主国家としての君主の権だから、ここには引用しない。


しかし、大久保には、「君主国家としての日本」以外の構想も実はあったのである。


彼は「民主政体」についても、けっして頑なに否定してはいなかった。


 


「民主政体は『天下を以て一人に私せず広く国家の洪益(広益・公益)を図り、あまねく人民の自由を達し法制の旨を失わず首長の任に違わず実に天理の本然を完具するもの』として高い評価を与えているが、続けて『この政体は創立の国新徒の民に施行すべくして旧習に馴致し宿弊に固着するの国民に於いては適用すべからず』とあり、暗に日本の政体として採用すべきではないとの判断を下している。」(「大久保利通の『国民国家』」藤田正)


 


君主政体については


 


「君主政体は『一時適用の至治』ではあるが、『ややもすれば廃立簒奪の変』があるので『人情時勢に於いて久しく持守すべからざるもの』と結論する」(同)


 


と、実に冷徹に見ている。


 


「つまり『民主もとより適用すべからず君主もまた固守すべからず』である」(同)


 


明治維新の段階で、各種の政体について、これほど透徹した目を持っていた政治家は、あまり多くはなかっただろう。


 


以下、藤田の文章を引用する。


 


「それでは日本にどのような政体がふさわしいのであろうか。政体選択の基準として『我が国の土地風俗人情時勢に従ってまた我が政体を立てざるべからざるなり』と前置きしたのち、『君主専制(徽宗注:原文の表記は「擅制」)の体を存す。この体や今日宜しくこれを適用すべし』として、現在の日本には当面「君主専制」の政体の活用が主張される。(中略)そして『土地風俗人情時勢に従って我が政体を立つる、宜しく定律国法以てこれが目的を定むべきなり』として将来的には「君主専制」から「定律国法」の制=立憲制へ移行する必要性を説く。また「定律国法」とは「すなわち君民共治の制にして、上(かみ)君権を定め下も民権を限り至公至正君民得て私すべからず』ともいい、立憲制もしくは立憲君主制を「君民共治の制」といいかえている。」


 


さて、なぜ当面は「君主専制」がベストだとされるのか。同じく藤田の文章を引く。


 


「前述したとおり大久保は当面『君主専制の体』を『適用すべし』としているが、その要因として指摘されるのは『人民久しく封建の圧政に慣れて長く偏僻の陋習を以て性を成す、ほとんど千年』という人民観であった。しかし次第に『風俗は進取競奔の気態を存し人情すでに欧米の余風を慕い時勢半ば開化の地位に臨」むに至ったので、『将来以てこれ(=君主専制)を固守すべからざるなり』としている。政体の移行は、大久保の判断する民度の発展段階にそっていることがうかがえよう」


 


引用が長くなったので、このメモもこのへんで終わる。大久保利通という人物は「無私の人」であり、国家を思う至情だけが彼の維新から明治政府創建時の原動力だった、と私は思っているのだが、彼への一般に流布した誤解を解き、その人間像の理解に少しでも資することができたら、嬉しいと思う。


我が日本人は現在はたして「民主政体」を担えるだけの能力を持つに至っているだろうか。「久しく封建の圧政に慣れて偏僻の陋習を以て性を成す」状態を脱しているだろうか。


 


 


 








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