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徽宗皇帝のブログ

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天皇という存在の歴史的位置付け
最近、「RAPT」というブログが「天皇(家)は悪魔主義者だ」という主張をして、よくあちこちで引用されているのだが、「悪魔主義者」とは何かが、私にはよく分からない。もちろん、他の陰謀論(私流に言えば「陰謀実在論」)サイトでもよく見かける言葉であるが、ユダヤ民族のみを人間とし、他民族は家畜とするユダヤ教のことなのか、それとも本当に悪魔を崇拝する宗教というのが実在すると思っているのだろうか。後者は、私にはナンセンスそのものだとしか思えない。西洋の魔女狩りでは、悪魔を崇拝する魔女というものが実在するとされていたが、「魔女」(と想定された被害者)を狩る側の方が、よっぽど悪魔的な所業をしてきたのである。
私は天皇家は日本という国にとって有益な「歴史的存在」であるから、尊重し、もっと有効に活かされるべきだ、という「天皇機関説」的な意味での尊皇主義者である。そして、天皇という存在は「権力」から離れ、「権威」的存在である時にこそ、その本質に適合している、と思っており、それを何度も書いてきた。下の記事はまさしく私のその考えは今上天皇(私は「陛下」という呼称は好まない。今上天皇の稀な人格への敬意はあるが、その地位ゆえに一般庶民が最初からへりくだることを強要されるべきではない、と思う。)の考えと合致していることを明示しているのである。このどこに「悪魔主義者」の姿があるのだろうか。
なお、私は頼まれても天皇や天皇家の人々のような、公務に縛られ、私生活の細部に至るまですべての言動を縛られた人生は絶対に送りたくない。むしろ、彼らがその生活によく耐えながら、健全な理性を失わずにいることに感嘆する者である。
ついでに言えば、赤十字とか天皇家の隠し財産とか、くだらない話だとしか思わない。それが事実だろうが、「それがどうした」である。そんなのは下町の町工場のオヤジですらやる「経済的防衛」を少し大きくしただけのことで、それが日本国民にどれほどの害になっているというのか。
要するに、「顔を見れば人格は分かる」のであり、今上天皇、今上皇后の顔は神に近い品位を持っている。それだけですべては分かるのである。

明治維新から現在までの、官僚による天皇利用のやり方を「田布施システム」と言うのなら、(名称や細部の事実はともかく)それは実在しているだろうが、それは天皇自身の責任ではなく、日本政府の官僚支配の問題である。天皇がいなければ、他の「傀儡」が生まれるだけのことだろう。民主主義や官僚制度、行政と憲法の乖離矛盾という、システムの根本そのものにメスを入れない限り、的を外れた攻撃になるだけのことである。



(以下「播州武侯祠遍照院」より引用)


Updated   
2014.11.14 (Fri)
代替案 より

上記文抜粋
・・・・・・・
天皇陛下によれば日本の歴史と伝統に合致するのは明治憲法でなく日本国憲法である


 だいぶ前のものですが、平成21年の天皇陛下ご結婚50周年の際のお言葉を宮内庁のHPから引用させていただきます。

http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/kaiken/kaiken-h21-gokekkon50.html

***<以下天皇陛下のお言葉を引用>****


顧みますと,私どもの結婚したころは,日本が,多大な戦禍を受け,310万人の命が失われた先の戦争から,日本国憲法の下,自由と平和を大切にする国として立ち上がり,国際連合に加盟し,産業を発展させて,国民生活が向上し始めた時期でありました。
(中略)
私は即位以来,昭和天皇を始め,過去の天皇の歩んできた道に度々に思いを致し,また,日本国憲法にある「天皇は,日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」であるという規定に心を致しつつ,国民の期待にこたえられるよう願ってきました。象徴とはどうあるべきかということはいつも私の念頭を離れず,その望ましい在り方を求めて今日に至っています。なお大日本帝国憲法下の天皇の在り方と日本国憲法下の天皇の在り方を比べれば,日本国憲法下の天皇の在り方の方が天皇の長い歴史で見た場合,伝統的な天皇の在り方に沿うものと思います。

***引用終わり*****

 このお言葉からは明仁天皇の歴史認識がよく伝わってきます。つまり、
 
*「天皇を主権者」とする「大日本帝国憲法」は、日本の長い歴史と伝統の中で異質なものであったこと。その異質さ故に、日本を戦禍に巻き込み310万人も犠牲にしたこと。

*「天皇を象徴」とする日本国憲法の方が、日本の歴史の中の天皇制の伝統に合致すること。つまり古来日本では天皇の地位は象徴的であったこと。その日本国憲法が、産業と国民生活の発展を可能にしたこと。

 私も明仁天皇の歴史認識にまったく賛同いたします。 

 安倍首相に言わせれば、日本国憲法は「GHQの押し付け憲法」であり、長州の先輩たちが作った明治憲法こそが日本が自ら制定した誇り高き憲法ということになるようです。
 しかし、天皇は、はっきりと、明治憲法における天皇の在り方は日本の伝統に反していいて、日本国憲法の方が日本の歴史に親和的だと主張しておられるのです。

 私も、日本においてから古来から天皇は象徴であり、象徴であったが故に、滅びることなく存続し得たのだと思います。専制皇帝政治の歴史が長かった中国で、革命による王朝の交代が頻繁に起こったのとは対照的です。

 もちろん、日本の長い歴史の中で、天皇自身が主権者となって親政を行った君主も存在しました。例えば天智天皇や後醍醐天皇がそれに当たります。しかし天皇親政を行った天智天皇は、朝鮮半島に兵を進め、白村江の戦いでの敗戦に至りました。その死後は壬申の乱を誘発するなど、危うく国を亡ぼしかけています。
 御醍醐天皇の親政も南北朝の争乱の引き金になり、国を危うくしています。


 日本は、天皇が象徴でいた時代に、平和で安定することが多かったのです。長薩両藩が、天皇を「主権者」に仕立て上げるという王政復古クーデターで偽造した明治国家(実際の主権者は長薩の維新官僚)は、やがては第二次大戦の敗戦に至ります。天智天皇や御醍醐天皇と同じ失敗を繰り返したといってよいでしょう。

 
 実際には日本の天皇は古来象徴であったにも関わらず、「天皇を主権者」とする水戸国学の誤った歴史観を敷衍させることによって、天皇の名の下の官僚独裁権力が生み出されてしまいました。
 「彼ら」は、「主権者」であるはずの孝明天皇が、「彼ら」の意図に反して王政復古に反対すれば、暗殺して取り除くことも辞さなかった。結局のところ「彼ら」は、天皇など自らの独裁を正当化するための道具としか考えていなかった。「彼ら」の後輩であるところの安倍政権もそうでしょう。



(追記)「陰謀論」的にではなく考えるならば、(民主制)国家衰退、国家破綻の理由としては次の指摘がもっとも的を射ているのではないか。これは「日々平安録」というブログ(産業医の方のブログらしい)に載っていたもので、橘玲という著者の「日本人」という新書の中に書かれていた考えらしい。こうした「民主主義は原理的に破綻する」という主張は、カダフィの「緑の書」の中でも指摘されていたもので、古くは、たしか、プラトンの「国家」の中でもそれに近い考えが述べられていたと思う。



 「日本をどうすべきか」には現在さまざまな見解があるが、「なぜこうなってしまったか」については大凡の合意が得られている、と橘氏はする。


 国家の統治機構は世界中でうまくいかなくなってきている。日本だけでなく、ユーロアメリカも同じである。


 これを説明したのが、ブキャナンの「公共選択の理論」である。それによれば、政治家は次の選挙に勝つこと、官僚は自分が属する組織の権限を拡大することにより自分の立場を高めることをめざし、有権者も自分に経済的利益をもたらしてくれるかで候補者をえらぶ。とすれば、民主制国家は債務の膨張をおさえることはできないことが論理的に帰結される。事実、日本の債務は膨張を続けている。




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