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徽宗皇帝のブログ

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天皇制廃止論について
「混沌堂主人雑記」所載の引用文を転載。
もちろん、「尊皇主義者」である私はここに書かれたことに反対の意見だが、下に書かれた内容は、「天皇制廃止論者」の主張の根拠をだいたいまとめていると思うので、議論の叩き台としては有益だと思う。

(容量オーバーらしいので、私の考えはすぐ次に稿を改めて書く。)



(以下引用)行間隔が広いので詰めて転載。


わたしの意見  より

上記文抜粋
・・・・・・・・
天皇制度は廃絶すべきだ

本日(2019年2月11日)は、皇室翼賛右翼勢力や「ネトウヨ」諸氏には大事な「建国記念の日」(戦前の「紀元節」の復古版)だ。

そこで日本建国に関係が深いとされる天皇について、改めて論じておきたい。

① 現在の天皇制度は、実際には全く新たに明治時代に作り上げたものである。

幕末明治維新の際、長州藩中心の倒幕勢力(後の明治政権)が、それまでレイムダック(死に体)だった天皇を神輿に担ぎ上げ倒幕の名分にし、政権樹立後、全国民の一括統治(国民国家の構築)を目的に、それまでとは全く異なる天皇制度を構築した。

② 明治政権は、「古事記」や「日本書紀」を強引に日本の正史として解釈し、「紀元前660年に神武初代天皇が日本を建国し、以降日本は万世一系の天皇を中心に栄えた世界最古で唯一の神の国」という天皇神格化皇国史観を創作することで国家統一を果たそうとした。
それは、キリスト教のような一神教のなかった日本にそれ代わるものを作り、西欧列強の植民地化圧力に対抗する面も有した。

③ したがって明治以降の天皇制度は、平安時代中期から江戸時代末までの、ほとんど忘れ去られていた緩い天皇制度とは根本的に異なるもの。明治維新に際し天皇暗殺・別人すり替え説もあるぐらいだ。
また、民衆の間に天皇を奉祝するなどという行為が生まれたのは、明治政権の政策によってのことである。
そして明治維新政権は帝政ドイツをまねて憲法を制定し、天皇を国家元首かつ軍隊の最高指揮権者の地位に据える。これによって統一国家大日本帝国として軍備を持ち、対外戦争ができる中央集権体制を整えた。
               

④ この天皇を中心とする(実は利用する)国家統治体制がアジア太平洋戦争(大東亜戦争)の敗戦(1945年8月)まで続く。
敗戦後は新憲法により、天皇制度の性格や権限が大幅に変更され、天皇は日本国と日本国民統合の「象徴」という地位になる。しかし、戦前の制度もそのまま多くが引き継がれた。
         

⑤ この明治期以降の新しい制度による天皇は、明治天皇睦仁・大正天皇嘉仁・昭和天皇裕仁・現天皇明仁の4人だけである。
現天皇明仁は、伝説では神武天皇以来125代目だが、実質上は4代目というべきなのだ。
      

⑥ そして、年齢等を考慮すれば、今後天皇を世襲する可能性のあるのは、徳仁(2019年5月1日に即位予定)、その弟の文仁、文仁の長男悠仁。
そして皇室典範改正で女性の天皇が可能になれば、徳仁の長女愛子、文仁の長女眞子、文仁の次女佳子も天皇となる可能性がある。
          

⑦ ここで重要なのは、天皇や皇族は、我々と全く同じ「ヒト」という動物であり、特別に一般国民よりも偉いとか尊いということはないということ。

古事記や日本書紀に書かれた神武初代天皇の血筋を2千年以上も途切れず引き継いでいる(万世一系)などという話も、全く証明はない。
仮に血筋を引いていたとしても、現代の社会で、「太古の昔日本を統治した豪族の親分の血筋」が、何か特別に高い価値を持つことなどあり得ない。

⑧ また、これまで天皇が勇敢に英雄的行動をとって、多くの国民を救ったという事実でもあれば話は別だが、そういう事実もない。
さらに、国民の安寧を祈ることが天皇・皇族の最重要の役割で、国民はその恩恵を受けているという主張がある。
しかし祈るだけで戦争や災害・事故・貧困がなくなれば、こんな楽な話はない。全く説得力のない理屈だ。

⑨ むしろ、右翼的強権政治や軍国大国を志向する勢力に、再び天皇が担がれて利用される危険性の方を、将来に向けて警戒すべきだ。
したがって、天皇や皇族を、天皇・皇族という理由だけで敬う理由も必要もない。そして天皇・皇族の利用をたくらむ勢力の跋扈を許してはならない。

⑩ 今の世の中でも、この天皇や皇族を、敬愛し崇拝しなければならないのだと、馬鹿げた不合理なことを主張する右派天皇崇拝主義勢力が存在する。
こうした天皇崇拝主義者は、いまだに戦前の皇国思想そのままの「日本は天皇を中心とする世界最古唯一の神の国」だという、とんでもないことを平気で口にし、加えて憲法も明治憲法に復古せよと主張したりする。
しかし、決してこのような考えに与してはならない。 

⑪ 【まとめ】: 日本に、後に「天皇」と呼ばれるようになる豪族の長が出現し他の多くの豪族を支配したのは、だいたい4世紀頃。
しかしこの天皇が、自身の意思で政治力と軍事力(=「権力」)を思いのままにできたのは、せいぜい平安時代の初期まで。
それ以降現在まで「権力」は失ったままで、わずかに残った「権威」だけを細々と引き継いでいただけに過ぎない。
権力の方は、藤原貴族等を経て武士政権へ、そして明治以降は国民の政治家・軍人に移った。
特に徳川時代は、皇室を取り締まる法律として「禁中並公家諸法度」が制定され、皇室は、政治・軍事に口出しするな、和歌を詠んだり読書だけしていろというもので、徹底的に皇室は封じ込められた。徳川政権は、皇室に僅かに残っていた権威的なものを儀礼として利用するだけだった。
そして当時の一般庶民の大半は天皇の存在すら知らなかったというのが実態。
さらに明治以降は、倒幕勢力中心の明治政権が、天皇への絶対忠誠を突然国民に強制し、天皇の名のもとに戦争で多くの国民が犠牲を強いられた。
アジア太平洋戦争(大東亜戦争)敗戦以降も、国民の心の奥底、本音の部分では、皇室を敬うなどという意識は皆無に等しい実態が続いている。
これらのことは、右派天皇礼賛論客がよく口にするフレーズ「125代という悠久の歴史を重ねる連綿とした皇室の存在は、世界に類例をみないわが国の誇るべき宝である。日本人は、皇室を中心に同じ民族としての一体感をいだき国づくりにいそしんできた。」は、全く歴史的事実を無視したデタラメという他ない。

⑫ 【結論】: 以上のこと(特に⑨)を考慮すれば、天皇制度は廃止すべきだと強く主張する。

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