(以下引用)
米国の中国敵視に追随せず対中和解した安倍の日本2018年10月29日 田中 宇トランプ政権の米国は、10月4日にペンス副大統領が、米ソ冷戦開始時の「鉄のカーテン演説」を彷彿とさせる、中国をあらゆる分野で猛烈に非難する演説を発して以来、中国との「新たな冷戦」を開始している。軍事面だと米国は、南シナ海で米軍と中国軍の一触即発の接近を引き起こし、台湾に軍事物資(主に航空機部品)を追加で売ることを推めている。経済面では、中国から米国への輸出品の大半に10-25%の懲罰関税をかけ、米中の貿易関係を断絶している。米国は、自国だけでなく、同盟諸国が中国と貿易を推進することも禁じ始めている。米国は、カナダ、メキシコとの貿易協定(NAFTA)を改定し、新協定(USMCA)に、カナダやメキシコが中国と貿易協定を結ぶことを米国が阻止できる(結んだら米国はUSMCAを離脱する)条項を入れた。 (The Crisis in U.S.-China Relations) (Top Communist Party Official Threatens Military Intervention Over Pence's Support For Taiwan) (China ‘threatened with isolation’ by veto written into US-Mexico-Canada trade deal) 米国は、日本、EU、英国とも2者間の貿易協定の交渉を開始す方針を発表したが、それらの交渉でも米国は、日欧英が中国と貿易協定を結べないようにする条項を入れろと要求するはずだ。米国は事実上、同盟諸国に対し「米国との同盟関係を維持したければ、中国との貿易を減らしていけ。いやなら米国の同盟国であることをやめろ」と要求し始めている。また米政府は、米国のの諸大学に対し、研究分野で中国と連携するのをやめろ、中国人の研究者や留学生を受け入れるのをやめろ、とも言い出している。「世界最先端の研究をしている米国の大学に中国を入り込ませるな」という新冷戦戦略だが、実のところ、中国から米国の大学にきている研究者たちは一般に優秀で、優秀な人材を失う米国側の痛手の方が大きいと指摘されている。 (US considered ban on student visas for Chinese nationals) (Killing Chimerica) このようにトランプが始めた対中新冷戦は、同盟諸国を巻き込んで多分野にわたる広範なものになっている。トランプは朝令暮改なので、始まったばかりのトランプの対中新冷戦の画期性がまだ世の中に認識されていないが、今後、来年1月に対中懲罰関税が実施された後、しだいにとんでもない事態が始まっていることがわかってくるだろう。米国は以前から、中露やイスラム世界に対して過激な敵視策をやると米政界主流派の誰も反対できなくなる特徴があり、トランプはそのメカニズムを使って誰も反対できない対中新冷戦を開始した。潜在的にトランプの敵であるエスタブ系のペンス副大統領に対中新冷戦の開始宣言をさせたのは象徴的だ。ここにきて大接戦が予測され始めた11月6日の中間選挙で民主党が議会の両院ともで多数派になったとしても、中国敵視は揺らがないだろう。 (NBC Admits "Blue Wave Turning Purple" As Republicans Outnumber Dems In Early Voting) 対中新冷戦は、少なくともトランプが大統領である限りずっと続く。11月4日から始まるイラン制裁強化や、以前からのロシア敵視(トランプは反対する傾向だが軍産エスタブが勝手に続けている)と合わせ、中露イランvs米国の冷戦構造になっている。しかもトランプは、米国の同盟諸国であり続けたい国々に対し「同盟国なら中国やイランと貿易するな」「中国やイランと仲良くするなら同盟国やめろ」と圧力をかけて「同盟諸国を振り落とす」ことを隠れた戦略(覇権放棄策)にしている。ドイツなどEUは、トランプのイラン制裁強化に反対し、ドルでなくユーロ建ててイランと取引する制裁迂回の新体制を作っている。EUは、中国とも親密で、米国の新冷戦に参加せず、米国との同盟関係が失われてもかまわない姿勢を強めている。 (Iran Sends Record Amount Of Oil To China) (Europe after keeping Iran bank connected to world: French MP) ▼米国との安保的つながりより中国との経済的つながりを重視した安倍の訪中 同盟諸国の中でも、日本は従来、対米従属の色彩が世界で最も強かった。米国はオバマ政権時代から「中国包囲網」の戦略をとっており、それに日本も参加していた。日米が中国を仮想敵とみなすことは、日本の対米従属の大黒柱である在日米軍の駐留を続けてもらうためにも必要だった。トランプによる米中新冷戦の開始は、日本政府が大喜びすべきことだった。日本の軍産・外務省傀儡系の評論家らは、トランプ政権の米中新冷戦の開始に驚喜していた。 (中国でなく同盟諸国を痛める米中新冷戦) (Mike Pompeo promises US will meet China’s strategies with ‘strong and vigorous response’) だがその後の日本は、中国敵視を強めるどころか逆に、安倍首相が先週中国を訪問し、これまでの敵対関係を解いて協調に転換させ、日中間の貿易関係を強化する方向に動き出している。7年ぶりに中国を訪問した安倍は、日中対立を扇動する上で最も重要だった尖閣諸島・東シナ海問題を事実上棚上げし、東シナ海ガス田の共同開発についての日中交渉を再開することで中国側と合意した。 (China, Japan to forge closer ties at 'historic turning point') (The fine line Japan must walk between frenemy China and Donald Trump’s ‘America first’ agenda) 日本は2012年に、オバマ政権の米国が始めた中国包囲網戦に参加して対米従属を維持するため、尖閣諸島を国有化して中国を激怒させた。それ以来、日中関係は敵対的だったが、それ以前は、日中が尖閣諸島問題を棚上げすることで和平の関係を維持してきた。今回、安倍が2012年以来初めての中国訪問をして、尖閣問題を棚上げ状態に戻した。米国は今回、オバマ時代の中国包囲網を、トランプ型の米中新冷戦に「格上げ」し、過激な中国敵視を開始したが、対照的に日本は、安倍が7年ぶりに訪中し、6年間の中国包囲網時代の「尖閣での対立状態」を解消し、それ以前の「尖閣問題の棚上げによる日中友好」に日中関係を戻してしまった。安倍の日本は、米国に追随せず、米国と逆方向の対中和解への道を歩み始めている。 (中国の台頭を誘発する包囲網) (尖閣で中国と対立するのは愚策) 従来の(官僚独裁制の)日本にとって(官僚が米国を、国会を上回る絶対権力とみなせるので独裁を維持できる)対米従属が絶対の国是だったという政治の面で見ると、米国が中国敵視の新冷戦を始める時に日本が中国と和解してしまうのは、意外なことだ。米国が、追随してこれない日本から距離を置き、日米同盟が崩れたら「危険」だ、という見方もできる。だが、事態を詳細に見ていくと、今回の新事態は、意外でも危険でもない。 (The end of engagement) 中国を敵視する米国に追随せず、日本が中国と協調することは、政治面だと意外だが、経済面では意外でない。中国は、日本の最大の貿易相手だ。しかも中国は、トランプから懲罰関税をかけられるのを機に、中国経済の発展基盤を、これまでの対米輸出から、中国国内の消費や、一帯一路諸国(東南アジア、南アジア、中央アジア、中東、アフリカ)への輸出・投資へと切り替えていこうとしている。長期的に見て、中国国内市場や、一帯一路諸国への輸出・投資は、中国だけでなく、日本の企業にとっても、これからの儲けの大黒柱になりうる。対照的に米国の消費市場は今後、金融バブルの崩壊によって縮小していく。今回訪中した安倍が、日本企業の経営者500人を引き連れて中国側と合弁の話をまとめ、中国が主導する一帯一路の投資や融資に日本も協力することを決めたのは、今後の経済の趨勢を考えると自然な動きだ。 (China, Japan moving from competition to cooperation, leaders say) (世界資本家とコラボする習近平の中国) 中国は、多くの日本企業にとって重要な生産拠点だ。日本企業が米国に輸出している製品の中にも、中国の工場で加工組立している製品が多い。それらの製品は中国から米国への輸出品とみなされ、トランプの懲罰関税をかけられる。トランプの中国敵視は、中国だけでなく日本に対しても、対米輸出戦略の根本的な見直しを強いている。米国はトランプになって、世界から旺盛に輸入し続ける消費覇権国の役目を放棄している。しかもトランプは、これから交渉する日米自由貿易協定に、日本が中国と貿易協定を結ぶことを禁じる条項を入れる。 (US-China trade war: Trump gets his (USMCA) clause out in Asia) これまで日本は経済的に、米国と中国の両方と付き合って儲けられたが、今後はどちらかとしか付き合えなくなる。そして、米国を選ぶと、日本経済は大幅縮小を余儀なくされる。経済面では、日本は中国を選ばざるを得ない。日本は、中国と付き合わないと経済的に立ち行かない。(これとは別の要因として、これから起きる金融バブル崩壊で日本経済は底が抜けるだろうが)。安倍訪中での日中大接近から見てとれるのは、日本が経済面で米国より中国を大事にしたことだ。そこから考えると、日本は今後の日米貿易協定の交渉で十分に譲歩せず、米国との2国間貿易協定は締結されず破談になる可能性が高い。 (How China plans to use infrastructure projects to build bridges with Japan) 日本がもし、トランプの言いつけに従って中国との経済関係をあきらめ、日米貿易協定を結んでも、それで得るものは多くない。トランプは、同盟諸国に無理難題を突きつけて振り落とす覇権放棄屋だ。振り落とすのが目的なので、無理難題を受け入れて譲歩しても、何か月かすると別の無理難題を突きつけてくる。 (トランプが捨てた国連を拾って乗っ取る中国) 安保面でも、日本の対米従属は今後、先があまり長くない。在日米軍が駐留する最大の必要性(=口実)だった「北朝鮮の脅威」は、トランプが金正恩と会って切り開いた朝鮮半島和平の流れによって、脅威が急速に縮小している。米国は、北が核廃絶するまで北との和解(朝鮮戦争の終結、在韓米軍の撤収)をしないと言っているが、韓国と北朝鮮は核廃絶より先に和解を進めることに合意し、南北境界線の地雷や軍事施設を南北同時にどんどん取り払っている。すでに韓国と北朝鮮は敵対していない。北の脅威がなくなると、在韓米軍と在日米軍が駐留する必要性が大幅に低下する。 (Koreas Agree to Scrap 22 Guard Posts by December) (韓国と北朝鮮が仲良く米国に和平を求める新事態) トランプは今年6月の米朝会談後の記者会見で「いずれ在韓米軍を撤退したい」と宣言した。覇権放棄屋の本音が出た。トランプはその後、米上層部でまだ強い軍産複合体に配慮して「北が核廃絶するまで在韓米軍を撤収しない」という姿勢をとっているが、南北が勝手に和解し相互の武装解除を進めてしまうと、在韓米軍の不撤収にこだわる必要がなくなり、トランプが再び本音を言い出す可能性がある。トランプは来年初めに金正恩と再会談するつもりだという。そのあたりが次の転換点かもしれない。在韓米軍が要らなくなると、次は在日米軍の撤収話になる。 (Next summit for Trump, North Korea's Kim likely after first of year - senior U.S. official) (北朝鮮に甘くなったトランプ) ▼安倍晋三は田中角栄を超えられるかも 朝鮮半島の和平が今後どんなシナリオで進むのか見えにくいが、どのような道をたどるにせよ、おそらく来年中に在韓米軍撤収の話が出てくる。北の脅威がなくなって在韓米軍が撤収しても、在日米軍は中国の脅威を理由にして駐留し続けるというシナリオが以前あったが、今回の安倍訪中での日中和解によって、そのシナリオもなくなった。日本経済の存続のため、中国との和解が必須だったから、という説明もできるが、それ以上にありそうなのは、トランプが在韓米軍と一緒に在日米軍も撤収する気でいることを、安倍に伝えている可能性だ。 (従属先を軍産からトランプに替えた日本) トランプは昨秋に訪日した時も「中国包囲網は安倍に任せた。安倍が作った4極(日米豪印)による中国包囲網のインド太平洋戦略を、米国の戦略にしたぞ」という姿勢をみせた。米国に頼らず、日本(と豪州)が中国敵視を主導せよというのがトランプの姿勢だった。安倍が中国を敵視したがらないので、トランプは、安倍が大昔に発案した「インド太平洋」の「4極ダイヤモンド戦略」も放棄し、代わりに今回の米中貿易戦争を主軸とした「米中新冷戦」に乗り換えた。安倍はもうこれに全く乗ってこない。今後、安倍が日米貿易協定の交渉での譲歩も拒否したら、トランプは安倍と日本を非難するようになる。 (安倍に中国包囲網を主導させ対米自立に導くトランプ) トランプは、日本が譲歩しようがしまいが、日本(など世界中の米同盟国)に対米従属を許さなくなる方向だ。トランプは、対米従属に対して日本が払わねばならなくなる対価を吊り上げている。どうあがいても、日本は対米自立を強いられていく。安保面で米国に頼れなくなるのだから、日本は、中国やロシア、北朝鮮と和解して関係改善していかざるを得ない。安倍は昨年から、この路線に沿って動いている。昨年春から安倍は「日本主導のTPPと、中国主導の一帯一路をつなげよう」と中国に提案している。今回の訪中で安倍は、この提案を実現した。安倍は、以前からプーチンと親しいし、金正恩との会談もやりたがっている。北や中国が日本の敵でなくなると、日本の安全保障は、対米従属の時よりずっとやりやすくなる。今後の極東の情勢下において、日本の自衛隊は十分に強い(米国が自衛隊を弱体化させる方向の邪魔をしなければ、だが)。 (Is Trump Pushing China and Japan Together? Not Quite.) 安倍は、昨年春から中国への敵視をやめて協調姿勢に転換したが、同時に、日本政府としての外交を進める際に、対米従属(官僚独裁)を戦後ずっと主導してきた外務省を裏方として使うことを避けて外し、代わりに対米従属・官僚独裁の権力筋から外れていた経産省を起用して裏方をさせてきた。外務省は、何とか安倍政権に食い込もうと策士な外交官たちを官邸に入り込ませて謀略させたり、経産省がいかに謀略で安倍を動かして独裁しているかという筋書きでマスコミにリークして書かせたりしたが、いずれも奏功しなかった。 (日豪亜同盟としてのTPP11:対米従属より対中競争の安倍政権) 安倍は、昨年の早い段階で、トランプが覇権放棄や多極化、北の核廃絶(という名目での在韓米軍撤収)、同盟国の振り落としなどをやろうとしていることを、トランプとの対話を通じて知ったのでないか。それで、その後1年かけて中国に接近していき、米国抜きのTPP(日豪亜の原型)もなんとか実現し、今秋の総裁選であと3年間(もしくは五輪後の1年延長によって4年間)、独裁的な首相を続けられることが決まった後、いよいよ訪中して中国との和解協調路線を顕在化したのだろう。この間に米国では、トランプとの政争で勝てない軍産が弱体化していき、軍産の一部である日本外務省も、安倍を方針転換させられなくなった。 (中国と和解して日豪亜を進める安倍の日本) 戦後日本の国会議員の究極の任務は、官僚の隠然独裁体制と、その背後にある対米従属体制の打破である(増殖する官僚あがりの国会議員の目的は、それと正反対の「官僚独裁の恒久化」だろうが)。戦後の対米従属からの自立は、一度も成功していない。田中角栄がニクソンにそそのかされて日中友好・在日米軍撤収の了承をやりかけたがロッキード事件で潰され、その後09年の鳩山小沢政権が対米自立とアジア接近を試みたものの官僚やマスコミに潰された。 (多極化に対応し始めた日本) (日本の権力構造と在日米軍) 安倍も昨年まで、ずっと官僚の言いなりの指導者だった。だが、昨年来の動き、そして今回の訪中による対中和解の顕在化を見ると、田中角栄も小沢鳩山も道半ばで潰された日本の対米自立・官僚独裁からの離脱を、トランプに加勢してもらっている安倍晋三がやるかもしれないと(楽観的に)思えてくる。世界的に、昨今の対米自立は、左からより右からの方が成功できる。トルコのエルドアンや、イスラエルのネタニヤフと同様、安倍も、独裁的な長期の権力を手にした後、これまで困難だった自国の地政学的な方向転換を進めていける状況になっている。 官僚独裁に代わるものは自民党や安倍の「独裁」かもしれない。だが自民党は、定期的に選挙で民意の審判を受ける。今のところ安倍を支持する日本人が多いから、安倍政権が続いている。これは独裁でなく民主主義だ。ほとんどの人が気づかないまま戦後ずっと隠然と続いてきた官僚独裁より、自民党や安倍の「独裁」の方が、国民が選挙で倒せるので、長期的に見るとはるかにましだ。 (日本の官僚支配と沖縄米軍) (民主化するタイ、しない日本) 日本が対米自立しつつ中国と協調するなら、もっと早くやるべきだったのは確かだ。09年の鳩山小沢のころは、まだ中国より日本の方が優勢だった。今はすでに中国の方が優勢で、今後ますますその傾向になる。世界体制が米単独覇権が崩れて多極化が進む中で、対米従属一本槍だった日本は下落傾向、多極化の雄である中国は上昇傾向だ。多極化の傾向は2005年ごろからあったのに、それを早めに指摘した私は空想論者の扱いを受けた(軍産や官僚機構にとって迷惑な指摘なので、私を空想論者扱いして影響力を削ぐのは当然ともいえる。何とか生きていられるだけましだ)。日米のバブル崩壊は日米を弱めるが、中国のバブル崩壊は中国を強める。日本は、多極化への対応が遅すぎるので、今や中国に対して劣位の伴侶だ。しかし、対応がもっと遅くなるよりは良い。そもそも、安倍の中国接近戦略がうまくいって日本の対米自立につながるかどうかすら、まだわからない。 (中国の意図的なバブル崩壊) |
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