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徽宗皇帝のブログ

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新国富論 7
7 欲望というエンジン

 「起きて半畳、寝て一畳」という言葉がある。人間が生きるにはそれだけのスペースがあればよい、ということだ。それは勿論、他の生活物資でも同じことで、人間がいくら頑張っても、一度に飯を10杯も食うのは難しいし、できてもそれは快楽ではなく拷問にしかならないだろう。いくらきれいな衣服が好きでも、一度に服を10枚も着る馬鹿はいない。高級なホテルが好きな人間でも、ベッドで寝ている間は自分がどこにいるのかという意識さえもない。つまり、一日三食喰えて、夜寝るための住居があれば、人間、本当はそれ以上の金はほとんどいらないということだ。だが、それでは資本主義は成り立たない。Aの商品よりはBの方が高級で、Cはそれよりも高級だ、という序列を消費者にマスコミと宣伝を通して「教育」し、彼らに常に消費の欲望を掻き立てる。物を得るには金がいる。金が欲しいから他人と競争して、その競争に打ち勝って出世する。そして高給を得て高級な商品を購入する。これが資本主義社会の庶民の姿である。もちろん、出世競争に敗れた人間は「下流社会」行きだし、能力があっても不運な人間も同じことだ。
 「象箸」という言葉がある。ある王様が象牙の箸を作らせたのを見て、その臣下が暇を願って他国に行ったという話だ。なぜ、と聞いた知人に、その男は「象牙の箸を使いだしたら、他の器もそれにふさわしい器にしないと気が済まなくなるものだ。当然、それに入れる食物も、それにふさわしい美味珍味になるだろう。それは食事だけにはとどまるはずがない。やがて生活のすべてが贅沢品で満たされ、その費用をまかなうために国民から苛酷な税を徴収することになり、国民から恨まれて、他国のつけいる隙をつくり、この国は滅びるはずである」と答えたという。まるで、「風が吹けば桶屋が儲かる」みたいな話だが、象牙の箸一つから国が滅びるというのは面白い。だが、ここでの意図は、実はこの象箸の話の中に、資本主義社会の欲望の原理があるからだ。それは、欲望は無限連鎖であり、かつエスカレートしていくという原理である。
 我々は、かつてはクーラーの無い社会に生きていた。夏は暑いのが当たり前で、時々涼しい風でも吹けば、それでよかった。だが今、我々はクーラーの安楽さに慣れて、それ無しでは生活もできないような気分である。身の回りのあらゆる品々はそうである。我々の年代では、電化製品など無いのが当たり前で、昔はテレビも冷蔵庫も無かったのである。せいぜいがラジオくらいか。しかし、ラジオしか無かった時代の我々には、未知の世界への畏怖と憧れと夢があった。要するに、贅沢品など、無ければ無いで、実はやっていけるのである。ところが恐ろしいことに、贅沢には薬物中毒と同じ禁断症状がある。いや、薬物依存症よりもたちが悪い。なぜなら、麻薬なら、次から次へと新製品やら一段上の高級品が出てくるわけではないが、贅沢品は常に「ワンランク上」の商品を餌に我々を生存競争の渦の中に投げ込むからである。それこそ、「死して後已む」というか、「馬鹿は死ななきゃ治らない」というか、死ぬまでこのレースは続くのである。そうした下等動物の生存競争のエネルギーを利用して金持ちは一層金を稼ぎ、またこの奴隷たちが購入する商品によって一層懐を豊かにする。
 いや、私は金持ちの存在自体を否定しようというわけではない。自分が彼らの立場なら、同じようにする可能性も十分にある。だが、悲しいことに、彼らは自分が稼いだ金の使い方を知らない。彼らが、世界中の文化や芸術や科学の発展のために、あるいは人間全体の幸福度を増すために金を使ったことなどない。慈善事業への寄付行為も、節税対策か、別種の金儲けの布石でしかないのである。つまりは、彼らもまた一種の依存症なのだ。金の魔物に取り付かれた精神異常者でしかないのである。私が金持ちを批判するのは、その一点においてである。そう、彼ら自身も不幸な人間なのである。本当は、彼らは不幸なのだが、自分たちを幸福だと信じている。それは、より幸福な状態を知らず、物質的な幸福こそが幸福だと信じているからである。他人の不幸の上に成り立つ幸福など、本当は幸福などではないのだが。
「起きて半畳、寝て一畳」という言葉を彼らは馬鹿にするだろう。王侯貴族の生活も知らない貧乏人が何をほざく、と。
 しかし、たとえば日本なら、毎年3万人から4万人の自殺者が出るが、その死体の上に自分の豪華な生活があると知りながら、平然としていられる、そうした神経は、600万人のユダヤ人を虐殺したとされているヒトラーよりも病的だと私は思う。あるいは、平和なイラクに戦争を仕掛け、その国を破壊しつくして、国民のそれまでの生活のすべてを奪って平然としているその神経も、同じである。つまり、日本であれ米国であれ、「自分の金儲けのためなら世界中の人間が死んでも平気だ」という連中が世界を動かしているという、この事態が私には不愉快でならないのである。だから、せめてはできるだけ多くの人々が、そうした世界の裏の姿を知って欲しいと思う。

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