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曽野綾子という人間

文芸評論家山崎行太郎の「毒蛇山荘日記」より無断転載する。
マスコミやマスコミ言論人自体が、情報の正確さについていかに無神経であるか、あるいは他人を陥れるために、いかに粗雑な情報操作をし、そして世間がいかにそれに簡単に騙されるかの実例として貴重な記事であるので、ここに紹介する。
筆者山崎氏自身はご自分をどちらかといえば保守系統の思想の持ち主だと自認しておられるようだが、マスコミ言論人のこうした不正行為への怒りが、この記事を書かせたものかと思われる。

なお、曽野綾子という人間の論理の低劣さは「知る人ぞ知る」ところで、ボーガスニュースという面白いブログがあるが、そこでは桜井良子(訂正:櫻井よしこ。どうでもいい奴だが)らとともに、人気喜劇俳優の一人として扱われている。彼女が、右翼の「巨魁」笹川了一の隠し子だという噂は本当かどうかは知らないが、なぜかいきなり「日本財団」のトップになったのには驚かされたものである。


(以下、引用)


曽野綾子の「誤読」から始まった。大江健三郎の『沖縄ノート』裁判をめぐる悲喜劇。
曽野綾子誤字誤読事件




大江健三郎の『沖縄ノート』をめぐる名誉毀損裁判で、被告の大江健三郎自身が大阪地裁に出廷し、かなり詳細な証言をしたことから、特に保守陣営側から、証言内容はそっちのけの、大江健三郎に対する激しい批判と罵倒が新聞やネットに氾濫したわけだが、驚くべきことに、と言うか、当然と言えば当然のことにと言おうか、大江健三郎批判や罵倒を繰り返す人たちが、揃いもそろって、問題の本、つまり大江健三郎の『沖縄ノート』は言うまでもなく、曽野綾子の『ある神話の背景』(『集団自決の真実』に改題)さえも、二冊とも本屋に行けばいつでも手に入るにも関わらず、ろくに読まずに、マスコミ情報やネット情報を元に、大江健三郎批判や罵倒を繰り返していることがわかり、いささかシラケルと同時に、あらためて最近の保守論壇や保守思想、ネット右翼のあまりの無知無学、思想的レベルの低さに愕然とし、同時に爆笑したわけだが、そういう必読文献とも言うべき問題の本も読まず、関連資料を点検することもない、無知無学だけが自慢の人たちによる幼稚・稚拙な大江健三郎批判や罵倒の起源が、『沖縄ノート』裁判の仕掛け人の一人である曽野綾子の『沖縄ノート』への「誤読」に由来することは、余り知られていないようなので、ここに、実証主義的手続きの下に(笑)、論証しておくことにしよう。さて、「SAPIO」という雑誌をご存知だろうか。小林よしのりの『ゴーマニズム宣言』が連載されている雑誌と言えばお分かりだろうか。まあ、雑誌の名前などはどうでもいいのだが、その、「SAPIO」という雑誌に、曽野綾子が登場し、これまた無知無学を絵に描いたような池田信夫とかいう御仁を相手に、「誤字」「誤読」に基づく間違いだらけの「集団自決問題の真実」とやらを、あたかもこの問題の権威者であるかのごとく、まさか、作家としては恥ずべき、自分の初歩的な「誤読」からすべては始まったなどとは夢にも思うことなく、それ故に、恥も外聞もなく、堂々たる態度で、傲岸不遜、自信満々に、ご披露している。たとえば、池田信夫を相手に曽野綾子曰く、

決定的だったのは、大江健三郎氏がこの年刊行された著書『沖縄ノート』で、赤松隊長は「あまりに巨きい罪の巨魁」だと表現なさったんです。私は小さい時、不幸な家庭に育ったものですから、人を憎んだりする気持ちは結構知っていましたが、人を「罪の巨魁」と思ったことはない。だから罪の巨魁という人がいるのなら絶対見に行かなきゃいけないと思ったのです。

(「SAPIO」2007/11/28)

この発言から、曽野綾子が、大江健三郎の『沖縄ノート』の何処の、何に、拘っているかがわかるだろう。つまり曽野綾子は、『沖縄ノート』の中の「罪の巨塊(罪の巨魁)」という記述部分に拘っているのである。しかし、ここに、曽野綾子の作家としては致命的とも言うべき、とんでもない誤読、誤解がある。前の記事でも書いたように、曽野綾子は、大江健三郎が「罪の巨塊」と書いた記述を、「罪の巨魁」と誤読した上に、さらに意味をも誤解している。幼稚園レベルの誤字と誤読、誤解…。ここから全ては始まっている。つまり曽野綾子は、「罪の巨魁」(人間?)と解釈しているが、大江健三郎の『沖縄ノート』の記述は、「罪の巨塊」(物?)である。つまり、大江健三郎は、「罪の巨塊」という言葉で、「罪の巨魁という人」と言いたいわけではなく、文字通り「罪の巨大な塊」と言いたいわけで、「罪の巨塊」という言葉を、曽野綾子のように「罪の巨魁という人」と解釈することは出来ないどころか、曽野綾子の発言は、まったくの誤解、誤読に基づく妄言ということになる。だから、「罪の巨魁という人がいるのなら絶対見に行かなきゃいけないと思ったのです。」というのも、まったくの誤読に誤読を重ねた上での、謝った解釈に基づくデタラメ発言ということになる。では、大江健三郎の『沖縄ノート』の記述は、そもそも、どうなっているだろうか。

慶良間の集団自決の責任者も、そのような自己欺瞞と他者への欺瞞の試みを、たえずくりかえしてきたということだろう。人間としてそれをつぐなうには、あまりにも巨きい罪の巨塊のまえで、かれはなんとか正気で生き延びたいとねがう。かれは、しだいに希薄化する記憶、歪められる記憶にたすけられて罪を相対化する。つづいてかれは自己弁護の余地をこじあけるために、過去の事実の改変に力をつくす。・・・・

(『沖縄ノート』岩波書店)

これが、問題の『沖縄ノート』の記述部分だが、この「巨きい罪の巨塊のまえで…」という部分を誤読、誤解した挙句、曽野綾子は、哀れにも過剰反応して、見当違いの大江健三郎批判を展開したということだろう。そして多くの無知無学が自慢の保守派が、「待ってました」とばかりに、曽野綾子の間違いだらけの発言を鵜呑みにして、大江健三郎批判へと追従したということだろう。従って、先日の裁判で、大江健三郎は、「罪の巨塊」(物)という表現を、曽野綾子の誤読に基づいて、≪「罪の巨塊」(物)イクオール「極悪人」≫と勘違いしている原告の一人に対して、「極悪人なんて書いたことはない。それは曽野綾子の誤読に基づく解釈だ。」と反論したのである。ちなみに、大江健三郎自身は、「罪の巨塊」という表現で、集団自決した人たちの「死体の山」とでも言いたかったらしい。要するに、曽野綾子は、「巨塊」(物)を「巨魁」(人間)と誤読しているのである。作家を名乗る人間としては、余りにも初歩的というか、幼稚というか、実に恥ずべき原始的な誤読である。しかも、いまだに、同じような誤読に基づくデマ情報を各所で、自信たっぷりに撒き散らしているところを見ると、曽野綾子自身が、大江健三郎の『沖縄ノート』をろくに読んでいないのではないか、というだけではなく、裁判になった時点においてすら、少なくとも『沖縄ノート』を再読したり、問題の箇所を点検したり、前後の文を熟読玩味しみたり、という当事者としては必要不可欠な初歩的作業さえしていないということがわかるだろう。大江健三郎を被告席に引き摺りだしたいのならば、少なくとも大江健三郎の問題の本や問題の記述部分を厳密に点検した上で、正確に引用するべきだろうが、作家を自称しているにも関わらず、曽野綾子は、そんな初歩的な点検すらせずに、間違いだらけの引用と解釈を繰り返しているというわけだ。致命的なミスであり、即刻、「作家業廃業宣言」でも出すべき所業である。要するに作家失格である。ところで、あまりにも初歩的な誤字誤読であるが故に、これでは裁判にもならないだろうと思うのだが、裁判所が告訴を受理したということは、実は裁判官も大江健三郎の『沖縄ノート』をちゃんとは読んでいないのではないか、と思われる。むろん、この対談相手の池田信夫にしてからが、大江健三郎の『沖縄ノート』も、曽野綾子の『ある神話の背景』(『集団自決の真実』に改題)も、まったく読まずに、この対談に出向いてきたことは、明らかである。必読文献や関係資料も読まずに対談に出席する池田信夫とかいう人の野蛮な「ど根性」(笑)には感服するが、とてもじゃないが、彼の無知蒙昧な喜劇役者的な議論を読む気にはなれない。池田信夫は、従軍慰安婦問題について、さかんに発言しているが、そんなことは、ネツト右翼でさえ知っているような幼稚な発言内容ばかりで、所詮は、自分で取材し分析し論理化したことというより、ほとんどぜんぶ、雑誌や週刊誌からの受け売りだろう。ところで、話は元にもどるが、そもそも、曽野綾子の『ある神話の背景』(『集団自決の真実』に改題)には何が書いてあるのだろうか。大江健三郎の『沖縄ノート』を、どういう論理で、どういうふうに批判しているのだろうか、と思って読んでみたら、なんとここでも「誤字」か「誤読」か知らないが、同じように出鱈目な大江健三郎批判が書かれている。僕は、初版本をチェックしていないので、結論は留保するが、曽野綾子の『ある神話の背景』(『集団自決の真実』に改題)そのものが、少なくとも大江健三郎批判の部分は、「誤字」と「誤読」から成り立っている。たとえば、大江健三郎の『沖縄ノート』の問題の部分から引用して、それを批判している箇所があるが、引用自体が「誤字」だから、話にならない。大江健三郎こそ、曽野綾子を名誉毀損、人権侵害で逆告訴すべきだろう(笑)。さて、曽野綾子の『ある神話の背景』(『集団自決の真実』に改題)の中の、誤字(誤植?)だらけの文章から…。

大江健三郎氏は『沖縄ノート』の中で次のように書いている。

「慶良間の集団自決の責任者も、そのような自己欺瞞と他者への欺瞞の試みを、たえずくりかえしてきたということだろう。人間としてそれをつぐなうには、あまりにも巨きい罪の巨魂のまえで……(後略)」

このような断定は私にはできぬ強いものである。「巨きい罪の巨魂」という最大級の告発の形を使うことは、私には、二つの理由から不可能である。第一に、一市民として、私はそれほどの確実さで事実の認定をすることができない。なぜなら私はそこにいあわせなかつたからである。第二に、人間として、私は、他人の心理、ことに「罪」をそれほどの明確さで証明することができない。なぜなら、私は神ではないからである。

(『ある神話の背景』(『集団自決の真実』に改題)ワック)

曽野綾子は、ここで、『沖縄ノート』から、問題の箇所を引用しているわけだが、肝心な「罪の巨塊」という部分を、「罪の巨魂」と、漢字を、たぶん二重に、つまり「塊」「魁」「魂」というように、間違った上で引用をしているが、これが曽野綾子の引用間違いなのか、編集者の校正ミスなのか、わからないが、引用文の中の「誤字」をそのままにして本にしたことは、著者・曽野綾子にも責任がないとはいえないだろう。著者校正というものがあるわけだし、しかも、曽野綾子の大江健三郎批判、『沖縄ノート』批判の論拠になっている問題の文字である。校正ミスですむはずがないだろう。これは、返品、回収、絶版レベルのミスである。そもそも肝心要の「問題の漢字」を、堂々と「誤読」し、「誤解」し、「誤用」するなんて、しかも、長年の間、誤読し、誤解し、誤用したままで放置し、反復しているなんて、いったい、それは、どういうことだろうか。まさかとは思うが、曽野綾子は耄碌でもしているのか。それはそれとして、さらに問題なのは、大江健三郎の「巨塊」を「巨魁」と勘違いし、その勘違いを根拠に「赤松隊長を罪の巨魁と書いている」と批判した上に、その論拠として、「私は神ではない」発言している部分である。曽野綾子がカトリック信者だということはわかっているから、彼女がどういう「神」を信じているか、あるいはどういう「神」のイメージを持っているかには別に興味は無いが、≪第二に、人間として、私は、他人の心理、ことに「罪」をそれほどの明確さで証明することができない。なぜなら、私は神ではないからである。≫という部分には、ちょっと待てよ、と言いたくなる。曽野綾子の論理によれば、「罪」や「罪のある人」は、「神」が、あるいは「神」のみが認定し、決定するものなのだろうか。別に、曽野綾子がそう考えているとしても、それを批判する気はさらさらないが、当然のことだが、キリスト教徒でもない日本人であるわれわれが、皆、そう考えなければならないという理由にはならないだろう。曽野綾子の論理を受け入れるならば、これは冗談だが、日本人は、皆、これから仏教や神道を捨てて、カトリックに改宗し、カトリック信者になるべきだ、ということになるかもしれない(笑)。曽野綾子さん、漢字もろくに読めないくせに、日本人をナメるのもいい加減にしろよ、と思わず叫びたくなる、今日、この頃であった。というわけで、次に、曽野綾子の『ある神話の背景』(『集団自決の真実』に改題)に、解説を書いている石川水穂の文章を読んでみると、ここにもまた、曽野綾子の誤読と誤字に輪をかけたような誤字と誤読が、つまり「罪の巨魁」という活字がきれいに並んでいる。ということは、ベテラン新聞記者のはずだが、石川水穂も、問題の大江健三郎の『沖縄ノート』の記述を読んでいないし、また問題文を原典に当たって、点検してみるという基本的な手続きすら怠っている、ということは火を見るよりも明らかである。

十分な裏づけを取らずに書く日本の一部ジャーナリストらに対する痛烈な批判である。曽野氏の批判は、『鉄の暴風』の記述に基づいて集団自決を書いた大江健三郎氏らにも向けられる。大江氏は『沖縄ノート』(昭和四十五年、岩波新書)で、集団自決の責任者(赤松氏)を「自己欺瞞と他者への欺瞞の試み」「あまりにも巨きい罪の巨魁」などと指弾していた。曽野氏は「このような断定は私にはできぬ」としたうえで、「私はそこ(集団自決の現場)にいあわせなかった」「私は神ではない」という二つの理由をあげる。

(『集団自決の真実・解説』ワツク)

ここでも、「罪の巨塊」が「罪の巨魁」となっている。石川水穂も、要するに曽野綾子の間違いだらけの暴言を鵜呑みにして、そのまま何の疑いも感じることなく、大真面目に引用しているということだろう。石川水穂は、曽野綾子の足を使った「現地取材」主義を、ジャーナリストの鑑として絶賛しているが、テキスト解読や資料分析の方は、曽野綾子と同様に、「手抜き」していいいと思っているのだろう。作家や新聞記者にとって問題は現地ばかりにあるのではない、言葉にもあるのだ。いや、すべては言葉なのだ。「はじめに言葉ありき」と聖書の冒頭にも書いてあるではないか。ところで、ここにもう一つの文献がある。曽野綾子が、沖縄集団自決と歴史教科書について、雑誌「正論」に書いた「沖縄戦集団自決をめぐる歴史教科書の虚妄」と題する文章である。そこでも、曽野綾子は、まったく同じような解説と論理を展開しているが、そこでは、大江健三郎の『沖縄ノート』からの引用文は、正確に「罪の巨塊」となっている。しかし、『沖縄ノート』からの引用文に続く曽野綾子の解説を読むと、やはり曽野綾子が、「罪の巨魁」というふうに理解し、「巨塊」を「巨魁」と誤読していることがわかる。おそらく、「正論」論文の引用箇所は、「正論」編集部が原典の『沖縄ノート』の問題箇所に当たり、厳密に漢字をチェックした上で引用したが故に、正確な引用をすることができたのだろう。しかし、繰り返すが、曽野綾子は、わざわざ正確な引用をしているにも関わらず、そのことに気づかずに、いつものように、「罪の巨魁」論を展開している。いかに、曽野綾子の頭が、根強い誤読と偏見にとらわれているかがわかるだろう。(続)

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ある神話の背景で最も隠したかったこと
評者が解明した筆者の赤松隊員と個別に会ったという嘘、泛水時に潮位が干潮に向かったという嘘等は無表情で乾いた嘘だ。しかし、じめじめして面白い嘘(というより、隠蔽)を紹介しておく。筆者は留利加波基地の放棄について泛水に不利だと云うが、遠浅でないから泛水時間の短縮になり阿波連方面への出撃基地集中は海上特攻基地の二重の分散配置原則(各地に戦隊を分散し、さらに戦隊をも分散する)に反するものであった。赤松隊長の腹心皆本は、留利加波基地のニッパハウスを回想している。なるほど、現実は、死ぬ前に環境の悪いニッパハウスを出て阿波連住民の家屋に寄宿し食事の供与を受けることが基地移転の動機だったのだ。曽野綾子は西山盆地の本部壕がまるで、戦隊の戦隊による戦隊のための壕のように語るが、出撃する者に壕など必要でない。あくまでも、勤務隊の勤務隊による勤務隊のための本部壕であり、それは出撃壕完成後着手され、未完成ではあるが着手間近ではなかった。実際、2月下旬に米軍偵察機により造成中の本部壕が撮影されているのだ。

別の皆本回想では、泛水時水上勤務隊が最も終結が遅れたと証言している。水上勤務隊は210人の朝鮮人軍夫でコロを扱う泛水作業専属に渡嘉敷にも派遣されたものである。 その水勤隊が米軍進出時に遅れたとはどういうことか。本部壕建設に駆り出される以外に有り得ない。完成した留利加波基地を放棄し新たに阿波連付近に基地を1944年末から造成し始めたことは勤務隊の陣中日誌などから分かっている。そして当該基地は1945年3月中旬に完成した。その前後から勤務隊(水勤隊とは区別される陸上部隊)は、水上特攻出撃後予想される米軍の報復攻撃に備え本部壕建設を始める。留利加波基地移転で勤務隊の本部壕造成が遅れた借りがある赤松は勤務隊への朝鮮人軍夫貸し出しを黙認せざるを得ない。

そして、沖縄司令部の転進命令や大町大佐の視察(状況・時間からみて出撃指導であるが)があっても朝鮮人軍夫を出撃基地近くに待機させなかった。そのため、出撃不能となり集団自決の遠因となる。
9.11テロを主導したアタは飛行訓練で指導官に着陸訓練は要らないというほど前のめりになっていた。
アタと比べて赤松隊は特攻に前のめりではなく、生を楽しみたかった。
安田善治郎をテロで殺害した朝日平吾は、労働ホテルを建設すると称して財界人からせしめた金銭を数ヶ月酒と女に注ぎ込みなお、親友の奥野に無心した。そして、テロ決行直前に紋付き袴の正装で記念撮影をしている。アタと比較すると、伊達と酔狂が多すぎる。

赤松隊は、特攻隊としても落第であり、その影響(松川(名前ではなく号と思われる)防衛隊員による軍命令の伝達)による集団自決は清らかではなく、汚辱にまみれたものである。
和田啓二 2016/11/30(Wed)17:19:16 編集
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