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徽宗皇帝のブログ

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木が枯れれば宿り木も枯れる
「阿修羅」投稿記事から、その一部を引用する。この文章の筆者と私は日本に対する危機感を共有している。私の言う「冷酷な資本主義」「凶悪な自由主義」(後者は初めて使うフレーズだが、力のみの支配する自由主義をそう呼ぶことにする。「自由」の語感に騙されてはいけない)を変える意思を持たない限り、日本社会はいっそう悪化していくしかないだろう。

下記の文章で言う「貴族社会において下層社会の消滅はその社会全体の消滅となる」というのは、まさしくその通りである。なぜなら、貴族とは下層社会に寄生して生存する存在だからである。国際金融家などが現代の貴族である。すなわち吸血鬼グループなのである。



(以下引用)



現在の日本は、ただ格差が広がるとか、失業者が増えるというようなものだけではなく、あらゆる価値観が崩壊しつつある。いわゆる一般的な典型的な権威というものが、存在価値を失いつつある。もはやそれらを支持する地盤がない。一部の大金持ちや特権階級や公務員や政治家は安泰かもしれないが、実は、組織内部で熾烈な競争がある。また外部と完全に隔絶されており、庶民感覚を失っている。昔の貴族のようなものだ。だが、古今東西、いかなる貴族社会も崩壊し、王制度も縮小する。なぜならば、貴族社会には生産性がないからだ。庶民から強引に搾取し、むしりとった金で繁栄しているので、庶民生活が崩壊すると、貴族社会も崩壊する。弱肉強食社会で、ピラミッド状の上にいる生物でも、餌とする下位階層の生物が死滅すると、生き残れないのである。これは、物質的な金とか、食料とか、そういうものだけでなく、精神面や伝統や、あらゆる技術でも同様である。社会的弱者は抵抗する事もできず、抗議も告発もせず、問題意識を持つことさえ許されないかもしれない。だが、下層社会の人々が、消滅するということは、その社会全体の崩壊を意味する。また、そういう弱肉強食だけの残虐で無味乾燥な、文化も秩序もない社会を維持する必要性もない。それは社会というよりも、ただの野蛮な無法地帯であり、ギャングの世界であり、流血社会である。そういう社会は、維持する意味もないし、支持する価値もないし、未来もないので、たとえ存続しても、滅びたのと同じである。今後は、ますます日本は荒廃し、北朝鮮のような国となるだろう。何よりも問題なのは、仕事がないことであり、それは人間の尊厳や価値を失わせる。ただ何もせずに生きているのは、政治家や公務員や貴族のような世界である。公務員は、失業者に対して、働く義務があることを日本国憲法で示し、しつこく警告する。だが、その公務員は何も仕事をしていない。政治家も存在意味がない。今の日本は、そういうものを維持する余力を失いつつある。日本全土か、システム化され、砂漠化するだろう。権力者は次々に頻繁に交代し、政権もめまぐるしく変化する。特権階級は、激しい対立で消耗し、共倒れとなるだろう。そしてそういうときには必ず外部からの侵略がある。  

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