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徽宗皇帝のブログ

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権力に転んだタレントたち
「阿修羅」記事から転載。この記事に書かれていることは、私もまったく同じように感じていたことである。私は、「あの」小林よしのりさえ、最初の頃はオウム真理教に単身で戦いを挑む勇気のある人間だと高く評価していたくらいである。そういう気骨のある人間が、権力からエサを与えられ、急速に権力の犬になっていく様子は、見ていて悲しいものがある。文中にある「転ぶ」という表現はなかなかいい。「転びキリシタン」ならぬ、「転び言論タレント」である。


(以下引用)


そうしてクルマを運転しながら、どうして爆笑問題はこんなになってしまったのだろうと思った。
昔はそれほど嫌いではなかった、むしろ好きだったのに、、、
実は、この爆笑問題のように「最初はいいナ」と思っていたが、あっという間に転んでしまった人というのは他にもいる。

テリー伊藤もその一人である。
私はテリー伊藤が書いた「お笑い大蔵省極秘情報」という本を読んだ時に驚いた。この本に登場する大蔵官僚の、まあなんと傲慢なことか。当時から私は日本は霞が関の官僚による独裁国家だと思っていたが、その中でもトップに位置する大蔵官僚の本音が見事なまでに引き出されている。
これまで、目を皿のようにして新聞を読んでいたとしても、あるいは必死になってテレビやラジオのニュースを聴いていたとしても、大蔵官僚というのがここまで傲慢であることを教えてくれるものはなかった。
この本が出版されたのは1990年代の中ごろだったと思う。当時はまだパソコン通信の時代だったが、私は参加していたフォーラムの会議室(掲示板のようなもの)に、「これが本当のジャーナリズムじゃないかな」と書き込んだことを今でも覚えている。
ところが、テリー伊藤もその後、どんどんおかしな方向へ進み、爆笑問題と並ぶ自民擁護、民主罵倒の急先鋒となった。

さらにもう一人。小林よしのりについても前二者と同様のことを感じるのである。
「週刊SPA!」が「週刊サンケイ」から衣替えをし、小林よしのりのゴーマニズム宣言が連載され始めた当初、私はこの漫画を高く評価して毎週、楽しみにしていた。漫画家の立場から権力の本質を見抜き、最後にゴーマンをかまして落とすというスタイルは新たな権力批判の手法だナとさえ思った。
また、SPA!では不掲載になったという雅子妃結婚の際のゴーマニズム宣言を読んだ時は、これは平成の時代の風流夢譚ではないかと思ったりもした。
ところが、この小林もその後、急速に右傾化していく。
当時、私がこの過程を見ていて思ったのは、小林よしのりはゴーマニズム宣言を比較的軽い気持ちで始めたのではないかということだった。さほど思想的に深いわけでもなく、なんとなく自分の思っていたことをそのまま漫画にしたのではないか、と。ところが、これが意外にもウケた。
一方、この漫画の影響力に危険な匂い、危ない芽を感じた人々がいた。それが、ものすごく大雑把に言うと「権力」だったのではないかと思う。私の想像では、彼らは「これはなんとかしないといけないナ」と考えた。そうして権力に付随するメディアが総力をあげて小林よしのりを取り込んだ。これに対して小林はもともと深い思想があったわけではないので、簡単に取り込まれてしまった、、、というのが私の見方である。
そうして、これはテリー伊藤や爆笑問題にも共通しているのではないかと思う。

もともとマスメディアに属する連中は、権力からすればいかようにでもコントロールできる(現在、メディアに登場する記者連中を見れば一目瞭然)。しかし、時々、そのコントロールの及ばないところから意外に権力の急所を突いてくる人物が出てくることがある。
日本の権力=霞が関というのは、とにかく国民を、そして世の中を自分たちの目の届く範囲の中で思い通りにコントロールすることだけを常に考えている。彼らにとって想定外の出来事が起きることは悪なのである。したがって、自分たちの頭の中で描いているシュミレーションを壊すような危ない芽はとにかく摘んでおく。それだけでなく、自分たちの側に引き込んで、逆にそのキャラクターを最大限利用してコントローラーの一部として利用しようとする。
そうして取り込まれたのが、爆笑問題、テリー伊藤、小林よしのり(他にもたくさんいるが)、、、といった面々なのだと思う。

しかし、権力にとって新たな不確定要素が登場した。それがネットであり、そこで繰り広げられるWeb言論だ。これについては、もはや制御のしようがない。しかもドンドン増殖している。
何もかもコントロールしたい権力にとって、これほど腹立たしいことはないはずだが、とにかくどうしたらいいかわからない。
仕方がないので、現在は自分たちの手の内にあるマスメディアや御用文化人といった国民コントロール装置のボリュームを最大限まで上げて、増殖するWebに対抗しているということなのだと思う。

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